ONE PIECE~Two one~   作:環 円

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10-約束

 "絶対に来るなよ、いいな、絶対だぞ"

 アンは憮然とした面持ちで、ツリーハウスにひとり、転がっていた。

 ガレオン船は既にフーシャ村に着岸しているだろう。

 エースはアンに、念押しをして行った。だがアンにしてみれば、どうしてエースがそんな事を言うのか、全然、さっぱり分からなかったのだ。悶々とした気持ちが止まらない。

 義祖父に会わせたくないという、その理由が思い当たらなかったからだ。

 記憶を遡るが、思い当たる節が無い。だから余計に、この気持ちに対して始末が悪かった。

 

 エースはルフィを連れ、村に向かった。

 今頃村では、義祖父を迎え宴会の準備が着々とすすめられているだろう。アンもその場に加わりたかった。久しぶりの生ガープなのだ。あのごつごつとした手のひらに、頭を撫でられると無条件に嬉しくなる。

 

 わたしもおじいちゃんに会いたいのに。

 

 それがアンの、紛れもない今の気持ちだった。

 だがエースがあそこまで、絶対を連呼するのは珍しい。大概の場合、お前の好きにしろよ、とアンの自由を認めてくれるのに、だ。

 なにか、があるのだろう。

 それが分かれば対処が可能になる。だが当の本人にその記憶が無く、思考が始められなかった。

 「…ふう」

 アンは溜息をつく。

 

 以前義祖父が村に滞在していた数日間は主に、六式という技術を得るための大特訓だった。身はボロボロ、心は案外打たれ強く平気だったが、この年齢で筋肉痛を経験するとは思わなかった。なのでなにかが起る訳もない。海兵になるのじゃ! といつもの如く言われ続けていたが、それは全部エースが、なるか! ざけんな! いい加減にしろ! と一蹴していたから問題ないはずだ。

 ならば、一体なんだというのだろう。

 

 エースはなにを恐れているのか。

 それさえ分かれば、アンが起因している心配であるならば、何とか出来るはずだった。

 しかしエースは断固としてそれをアンに明かさない。アンとしても無理矢理聞き出そうとも思わなかった。言いたければ言うだろう。だからそれまで、待つ。

 …とはいえ落ちつかず、気も漫(そぞ)ろであるのは否めない。

 

 アンが原因で且つ、エースとルフィが嫌がる事。

 「って、なんだろう」

 町で買ってきたお菓子をアンひとりで食べる。なんて嗅覚が鋭いあのふたりに隠れて出来る訳もないし、勉強のためノートを渡す。…にしてもサボが居ない今、ふたりは好き勝手遊び回っている状態だ。

 

 もしかして気付かれたか。

 アンはそっと意識をエースに向けるが、あからさまにそわそわしている様子は無い。多少の緊張はしているようだが、プレゼントとは関係なさそうだ。どちらかと言えばアン、に関してもしそのま実行しやがったら義祖父と刺し違えても止めてやる、という物騒な思考をしているのが気になった。

 誕生日を祝う、という概念が低いダダン一家では、『誕生日ってそれ、美味しいの?』だ。

 抱える家族が20名近くおり、単純計算、月に1度はやってくる計算だ。はっきり言ってきりが無い。それに収入が落ちて来ている今、財布のひもを締めねば日々の荒事も難しくなってきているようだった。なので誕生日何ぞ勝手にしろ、という。

 

 だからアンは毎年任意でエースの誕生日を祝ってきた。

 そして今年もそのつもり、にしていたのだ。

 今までふたりの誕生日には見向きもしなかった義祖父が帰って来た、のには吃驚だが、毎年義祖父が弟に贈るプレゼントがとんでもないもの、だと知っているアンは、はっきり言って不安しか感じない。

 「っ、ぷっ、あはは!」

 久しぶりに義祖父には会いたいが、誕生日だというそれだけで、一歩引いてしまう自分になぜか笑ってしまった。

 

 世界を渡った向こう側では、毎年元旦に年神様からひとつ、歳を貰うのだと教えて貰った事がある。歳を重ねる、という事はその年を無事に過ごせる、裏返しだという。貰えなければどうなるか。アンは祖父から聞いた話に、涙を浮かべたのを覚えていた。

 「うん、あれは初めて聞いた時は怖かった」

 

 同じ話をエースやルフィにもした事があるのだが、気丈に振る舞っていた兄とは打って変わり、弟は目尻に溜まった涙をこぼすまいと必死に鼻をすすっていた。

 泣き虫は嫌いだ。

 という兄の言を素直に従っている可愛い弟の姿に他ならない。

 

 アンはころりと仰向けに寝転がった。

 考えても考えても埒が明かない。ならばこれ以後、どんなに考えても分からないだろう。

 もやもや感が嫌だった、もどかしかった。痒い所に手が届かない。というよりか、痒い場所が分からず必死になって違う場所を掻きむしっている。

 

 アンは考えるのを止めてみた。

 そして重ねてある本の背表紙に指を滑らせる。人差し指が止まったのは、星の本だった。

 海はその時々で表情を変える。嵐に寄って流され、場所が分からなくなった時、通常、見るのは方位を示す磁石だ。しかし世界は、そう甘くはない。四方の海では常識内であっても、この世界、生命が生きるこの星の中心にある航路、偉大なる航路(グランドライン)と呼ばれる場所では意味を成さないとされていた。そう、特殊な磁場により、普通のコンパスでは役に立たないのだ。

 今すぐの入手は困難だろうが、出航までにはきっと手に出来るだろう。

 だがもし、調達出来なかったとしても現在地を知る方法があった。そう、星だ。

 天体は磁場の影響を受けない。雲にさえ邪魔されなければ、計測出来る。

 

 「ポラリス、ラムー、ミフィア……ラカーユ、アルヘナ」

 アンは恒星の名をつぶやく。

 サボとこのツリーハウスの頂きに昇り、太陽が水平線から昇ってくるまで、星の動きを眺め、そして覚えていった。

 この惑星に住む人々は、自分達が立つ大地が星だという事を知らない。大地が真っ平ら、と思っている人々も少なからずいるだろう。

 サボも世界は丸く、航路が存在し一周出来る、とは理解していたが、この大地が空に輝く星と同じだとは思いもよらぬ事実だったらしい。

 嘘だ、とは言われなかったが、どうしてそんな事を知っているのかと強めに追求された。

 どう説明すれば分かって貰えるのか。アンも最初は悩んだ。宇宙という概念が無く、この星の外側からこの星そのものを映した映像など無かったからだ。

 否。大昔は存在していた。

 しかし今、は遺失してしまっている。としたほうが正確だろう。

 

 アンは目を閉じて意識を広く浅く広げてゆく。

 そうすれば緑の木々の間を風に身を移したように、青の空へ出た。眼下には碧の海とのどかなフーシャ村が見えた。

 そして自分のかたわれへと指先を伸ばす。

  

 

 エースは厳しい表情で近づいてくる船を見ていた。いつもは定期船に乗って帰って来るガープが、仕事の船を使う理由にも見当がついていた。弟は祖父の乗る船にただ、喜んでいる。シャンクスの影響を受け海賊なると公言しているものの、その夢のきざはしである、船に関しては興味が強かった。それがどんなに小さくとも、海軍所有であっても、だ。

 よりにもよって今なのかよ。

 エースは小さく舌打ちする。ルフィは単純に大きな船が近づいて来る様子に興奮しているようだった。

 さすが海軍本部の大ガレオンだけあり、見る見る間に帆に風を受け近づいてくる。

 もしかして、が外れて欲しかった。

 しかしこの日に間違いなく入港してくる船の目的はたった一つしかない。

 

 「アンをジジイにやるかよ」

 ルフィは兄の一言に飛びあがる。

 「じいちゃんアンを連れてっちゃうのか?!!」

 エースは答えない。言葉にすると嘘も真になってしまう気がする。

 

 港には村から船の影を見た人々が集まり始めていた。

 「マキノ!!」

 ルフィが姿を見かけ走り寄ってゆく。この時間であれば多少店を空けていても平気なのだろう。

 「この時期に戻ってくるだなんて珍しいわね」

 町では式典があったと言うし、東の海を巡る世界貴族という方達の安全確保かという声も上がっている。よもやアンとエースの誕生日だと気付く者はひとりとして居ない。

 

 船がゆっくりと着岸した。帆がたたまれ梯子が下りる。そして長であるガープを先頭に乗組員が次々と上陸した。

 抱きあげた孫にメロメロ顔になった上司に代わり、平和の象徴である東の海ではあるが警戒は怠らないように、と副官であるボガードが下士官達に通達をしている。

 

 「珍しいのう、エース、お前が迎えに来るとは」

 「何しに来やがった」

 いの一番に尋ねたのは目的だった。東の海(イーストブルー)の巡視であればよし、そうでなければ抗うまで、と決めてきている。

 ガープはアンの姿がこの場に無い事を確認すると、ルフィを下ろし腕を組んだ。

 「聡くなったな…お前も一緒に来るか?」

 「ざけんな」

 エースの声は静かだ。

 考えての行動なのだろう。子供らしい激昂を予定していたのだが、これもまた一興だとガープは笑みの形をより深くする。

 それにしても子供の成長とは早いものだと思わざるを得なかった。

 人の言にすぐにカチンときていたエースが、物事の先を見ている様に感じ入る。

 そもそもアンだけに至っては、子供らしくは無かった。無理に背伸びをしているようでも無く、自然に大人の中に混じって遜色の無い考え方をしていたからだ。

 売り言葉に買い言葉を放つ事無く、必ず一息置く。それは大人でも難しい所作だ。

 「じいちゃん、アンはダメだ!! おれの大切なねーちゃんだぞ!!」

 言葉遣いの悪さに、愛のゲンコツが下る。

 声にならない叫びがふたつ、その場で上がった。

 変わらぬのは、我が血を引いた孫だけか。ガープはそれもまた良しとした。

 

 「約束は、約束じゃからな。わしは果たしに来ただけじゃ」

 にやりと笑む顔は、山で見るガープの姿とはまた違う。正義を表す白のスーツに、将校のみが纏う事を許された同色のコートを身につけた義祖父は海軍の一翼を成す中将の名に恥じない貫禄を見せていた。

 敵対すると決めた相手だ。気圧されてたまるかとエースは目に力を込める。

 

 「なるほど。隠したか」

 ガープの笑みが濃くなる。どこかは分からないが、ダダンの隠れ家ではないだろう事は確かだ。

 探しに行くのは良策ではないだろう。おびき寄せるが良いか、出て来るのを待つか。

 そもそも好奇心の強い子供だ。よもや約束を忘れてはいないだろう。となれば、わざとこちらからの一手を待っている可能性がある。

 どちらかと言えばガープは中央突破型の、アン曰く、脳筋類に振り分けられている。

 だが講ずるのが嫌いではないのだ。準備期間が面倒なだけで、いざ実行するその時の高揚は好物だ。

 「中将、これはどちらへ」

 「家に運びこんどいてくれ。わしもすぐ行く」

 船から様々な物が、主に料理機材が海兵たちによって村へ運ばれてゆく。

 

 村ではガープの帰還に村を挙げて宴会の準備が始まっていた。どれだけお祭り好きなのかと思うくらい、村人たちは何でも宴にしてしまう。この村の風土や村人たちの気性も関係してはいるが、大海賊時代の幕開けと共に、陸だけの恐怖に加え海からの恐怖に輪をかけた、これが一番の理由だろう。貴族諸侯、王族が済む町には軍隊があるが、小さな村々には駐在所すらない。ガープが時折寄港するとは言っても、いつ襲われるか分からない環境にある。ならば皆楽しめる時にぱーっと騒ごう。日々の不安も宴の時だけは感じなくても済む。

 ある意味刹那的な喜びを急いでいるようにも感じられる。

 だがそれもまた、仕方の無い話だった。世界はいつまで経っても落ちつかない。状況はガープが海兵となった若かりし頃より、悪化傾向にある。それは熟れすぎた果物に似ていた。甘い香りはする。だがその実、中身は腐りかけている。丈夫な皮に守られているが、裂けたが最後、どうなるかは想像に容易い。

 

 「そういえば初めてじゃったな」

 不意にエースは抱きあげられる。いつもの強引さが無く、自然に体が持ち上げられたショックもあって一瞬だが身が固まった。

 「大きくなりおって。たらふく誕生日ケーキ食わせてやるから待ってろ」

 そう言われて大人しく出来る訳もない。避けたかった未来が確定した瞬間でもあったのだ。身を捻って地に足をつく。

 そして久しぶりに会う村の人達に揉みくちゃにされているルフィに構わず、エースは駆け出した。気が付けば追って来るだろう。

 それに。

 エースは思う。今だけでもぽっかりと空いた心の隙間を感じずにいられるなら、村に置いておいたほうがいい。

 だから気がつかなかった。

 そっとガープの後方に控えていた海兵の姿が消えていた事に。

 

 エースは森を走る。いつも通る獣道とは違った路だ。まさかありはしないだろう。そう思ってはいたが、追手がつけられているかもしれない。だから一応の安全策を取り、遠回りしつつ目的地へと向かう。

 途中で丸々とした鳥を捕まえ、道すがらきのこをいくつかひっこ抜いた。材料さえあれば、アンが煮るなり焼くなりして美味しいものに仕上げてくれるからだ。

 ログハウスについた時には両手が塞がるまでに量が増えていた。

 不器用なりに編んだかごに食材を入れ、エースはログハウスに登る。

 アンは眠っていた。本を読んでいるうちに寝落ちたのだろう。

 時計の針が秒を刻む音がやけに大きく聞こえてくる。サボの姿が無いだけで、こんなにも狭いとすら感じていた部屋が広々とするものかと、エースはその場で座った。

 書きかけのメモがしおり代わりに挟まれ、細かな文字で似通った記述がされた本の題名があった。

 

 "読み書きくらいは出来るようにならなくちゃな"

 

 ダダンの所では鉛筆すら持ったことが無かった。アンが出来るならば別に必要ないだろうと見向きもしなかった識字だ。サボは両親に出来が悪いと言われ続けていたと言っていたが、エースにしてみれば十分すぎるくらいだった。そもそも教えるのが苦手だと言っていたアンが途中で匙を投げても、サボは根気強くエースに教え続けた。その結果、世界で使われている共通言語のみではあるが、読み書きできるまでに至らせた。

 

 サボって先生に向いてると思うな。エースにここまでさせたんだもん。凄いと言わざるを得ない。

 それはおれが馬鹿だって言いたいんだな。

 ううん、エースの事はなーんにも。サボが凄いって言ってるだけよ?

 

 そんな会話をしていたのがつい昨日の事のように思い出す。

 「どれだけ考えないようにしてても、ふと思い出すものよ」

 いつの間にか目を覚ましていたアンが、くあーっと背伸びする。まだ眠そうにうとうとしていたが、エースが持ちかえった材料をみて早速料理の準備に取り掛かろうとしている。

 「で、おじいちゃんの用件ってなんだったの?」

 直球だった。

 

 ツリーハウスから少し離れた場所で鳥を捌き、4人で作ったかまどできのこと鳥をことこと煮込みながら、入港時の様子をアンは聞いていた。

 誕生日ケーキを義祖父が作ってくれるという話を聞き、心の底から嬉しそうな顔をする半身に、エースはため息をつく。

 「お前覚えて無いのか?」

 「…えと、何を…かな?」

 本気で覚えていない様子を見せるアンへ今度こそ盛大なため息を放つ。

 

 あのなぁ。

 おれでも覚えてたくらいなんだぞ。なんで忘れちまうかなぁ。

 本心がさっくりとアンを刺す。

 「だって本当に覚えてないんだもん」

 エースは胡坐を書いた肢に肘を突き要約する。

 まだ幼かった頃、ルフィが2歳を迎える前後にガープが同僚を連れ帰郷してきたを話を出すと、何となく思い出してきたのか、そう言えばそんな事もあったと口にした。

 「でさ、ジジイがこの子らを海兵にするつもりだってもう一人の奴に言ってたろ。それだったら今からでも預かってやろうかってそいつがジジイに言ってさ」

 「あ…」

 椀にスープを入れていた手が止まった。すっかり忘れていたという顔だ。

 「だって海軍って、普通12歳からでしょ。入隊できるのって」

 海軍の支部が人員を募集する張り紙を町に配布した際、記されていた募集要項に年齢制限が12歳以上の健全な若者、とあった。

 だから、11歳の誕生日までに大きなケーキをおじいちゃんが作ってくれて、一緒にお祝い出来たら3年間だけついてゆく、と言ったような気がした。額に手をあて、忘れていたかったと、複雑な心境を胸中に渦巻かせる。

 

 「で、どうすんだ」

 このまま海軍にはいっちまうのかよ、とエースの目が語る。

 前例が無いからと言って、諦めるようなガープでは無いのだ。年齢制限があるなら、今回を特例として認めさせればいい。海軍では英雄とふたつ名がつく万年中将でもある。その孫が入隊するのだから、多少の決まりごとはねじ伏せられる、否ねじ切るだろう。そしてそれでも通らぬならば、今まで培ってきた全てをつぎ込み、跡型も無く壊滅させるに違いない。

 

 「どうって…」

 アンは自分がまだまだ弱い存在であると知っていた。違う。火事の日に思い知らされてしまったのだ。

 友達を、兄弟を助けに行ったはずが、助けられ、支えられている。

 この島には自然が溢れ、人が近づかない危険地域も多い。鍛練してゆけばそれなりに強くなれるだろう。海に出ても1年や2年、新人(ルーキー)から脱却し始めた猛者達に勝るとも劣らない力を付けることも可能だ。

 しかし。世界は広い。

 この世界の海は5つ。赤い土の大陸(レッドライン)の向こう側にある新世界は、東西南北というそれぞれの海で揉まれのし上がってきた一団が"偉大なる航海(グランドライン)"という更なる洗礼を受け、試練と言うには厳し過ぎるふるい分けを乗りきった末に足を踏み込む事を許された果て近き海だ。

 父であるロジャーが、何かを次の世代へ伝えるためにあえて"ひとつなぎの大秘宝"(ワンピース)を置いて来たと明言した場所でもある。

 エースは瞬く間に、最後の海に辿り着くだろう。Dという名が導くからだ。

 その時自分は果してエースの隣に立っていられるだろうか。

 背を任せて貰える力量を果たして手にしているのだろうか。

 

 女海賊として名を馳せている人物も確かに居る。

 しかし腕力ひとつとっても男に比べ、どうあがいても女は劣るのだ。幼いころなら違いも些細だが、成長期を迎える頃には格差が生まれるだろう。例え今、たがいが互角であろうとも、頂きを迎えた後は加速度的に下へと向かってしまう。

 弱さを認め、力量に合わないから背中を守り合う相手を誰か探せと言ったとしても。

 エースはそれでも、きっと共に行こうと手を差し出してくる。

 義祖父が自分達を海兵にしたい理由も分かっていた。

 ゴール・D・ロジャーの血を引いた鬼子だと知れたとしても、父親とは真逆の路を歩く、正義の言葉を背負った存在であれば、殺さずの理由となるからだ。なんだかんだと無理無茶無謀を素で行う義祖父ではあるが、家族、とりわけ孫には甘い。

 だから迷う。

 「ねえ、エース…」

 名を呼ばれ、ぶっきらぼうに声を返す。アンは静かにほほ笑んでいた。

 「聞いてやる。話してみろよ」

 お代わりの器を差し出しながら、エースは先を促した。

 

 

 

 夜。

 円を描いた満月に負けじと、焚かれた積木が赤々と炎を上げていた。

 町の広場には幾つものテーブルが置かれ、人々が持ち寄った食べ物や酒が並んでいる。

 その中でひときわ大きなテーブルには、11段重ねの巨大ケーキが鎮座していた。少々形は歪んでいるが、しっかりと夜空にそびえ立っている。

 「んだこれは…」

 手を繋いで山を下りたふたりに、クラッカーの祝福が待っていた。

 山で自活しているというルフィの兄と姉に、会った事も話した事も無い村の人々が、おめでとう、と声をかけてくる。

 「どうじゃ、アン、エース!! ワシのケーキは!!!」

 可愛いウサギ柄のエプロンを付けたガープが、仁王立ちでふたりを待ち構えていた。

 心配する事はありませんよ。

 ひげにホイップをつけた上司に、その人物が行った報告はほほえましい内容だった。

 例え利用される、としてもだ。自身の境遇を悲観する事無く、未来と向き合っている。

 もう少し頼って欲しいと思わなくもないのだが、それをダダンが聞けば、世話してるのはわたしらだ!と鬼の形相をして叫ぶだろう。

 それで良い。とも思うのだ。

 安易に底辺まで転げ落ちる事は無い。

 

 「凄い!」

 アンは感謝を義祖父に伝え、抱きつく。

 後ほど知った事だが、ケーキ作りを会得するまで5年かかったと教えてくれた人物がいた。そう、ボガードだ。孫との約束を守るため、初年、次年共にスポンジ地獄を味わったという。3年目からは言わずもがな、だ。

 主役のふたりが到着し、宴も盛り上がる。

 音楽が奏でられ、歌を唄い、酒が入った樽が割られていた。

 「これすっげェ美味かった!!」

 こっそりと盗み食いしたのだろう。ルフィがケーキタワーを指さす。

 「ケーキは最後だよ! さあさ、お腹いっぱいお食べ!!」

 村の女性が頬を膨らませるルフィの頭をポンポンと撫でている。

 ガープの帰還を祝っての宴が、いつの間にか村を挙げての誕生日パーティへと変貌している状況に、エースはがっくりと肩を落としていた。

 

 こいつら調子良すぎじゃねェか…

 

 都合良すぎだろう。そう思わなくもない。だが当のアンが楽しそうにしている。

 サボの消息が分からなくなってから、考え込む事が多くなっていたのだ。

 生き別れてしまったのは、誰のせいでも無い。もし責任の所在を決めねばならない場合でも、アンには無いのだ。サボは自分の身の振り方を自分で決め、そして実行に移した。エースとしても諦めた訳ではない。見つかるまでずっとサボを探し続けるだろう。

 

 海兵たちも混ざり、いつもより、随分と騒がしくも愉快な会場だった。

 肉や魚、野菜を次々と皿に盛ってくれる村人に感謝しつつ、賑やかしい中心部分からアンはそっと抜け出ていた。動きの先を読んでいたかのように、エースがそこに待っている。

 「アン…」

 テーブルの上に皿を置き、瞳を見る。

 「うん、もう決めたことだよ。後悔したくない。わたしはエースと海へ出る。その為の力を得に行く。だから少しの間だけ、頑張って来てもいいでしょう?」

 答えは言葉では無かった。

 強く抱きしめられた体が痛む。けれど押し返したりは出来なかった。

 母の胎内で留まっていた時からずっと一緒だったのだ。そうやすやすと、割りきれる感情でもない。

 緩んだ腕がだらりと下がる。肩に額が乗った。

 今度はアンが、エースを抱きしめる。ほんの少し、身長差が出てきていた。

 いつまで一緒に居られるだろう。その問いに応えてくれる声は無い。

 だからアンはもうひとりの自分にそっと囁いた。

 すればエースが慌てて顔を上げ、アンを見る。

 

 「約束。わたしは必ず戻って来る。だからそれまで、わたし達の弟を、よろしくね」

 

 エースは頷いた。

 そして心をもう一度強く結びつける。

 離れ離れになっても、ずっと一緒だと。

 


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