俺は、自称神に王道RPGの世界に召喚された。勇者として魔王を倒し、世界を救わないと帰れないらしい。
だが、ちょっと待て。確かに俺はこのゲームが好きだが、だからって俺に勇者なんかやらせんなよ。早く帰らないと仕事クビにされちまうだろうが!
だが、そんな事情など自称神は知ったことではなかった。ああ。こうなったらやってやる。持ち前の早解きテクニックを駆使して、さっさとこんな世界救っておさらばしてやるよ!

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こんな世界さっさと救ってやるよ!

 王の間にて、俺は跪いていた。

 

「俺は、一刻も早く世界を魔の手から救いたいのです」

 

 その一見誠実な言葉に、眼前の王は大きく目を見開いた。

 

「おお。なんという立派な志よ!」

 

 俺は感心する王をまっすぐに見据えて言った。

 

「ですから、50金とショートソードを下さい」

 

 王は、途端に訝しげな顔をした。

 

「なぜわかったのだ? わしが渡す予定の物を」

「勘です。早く下さい」

 

 もちろん勘ではない。知っていた。

 

「むう。せっかちな勇者殿だな。おい」

 

 王がぱんぱんと手を叩くと、兵士が例のブツを持ってきた。俺はそれを受け取ると、行ってまいりますとだけ言って足早に王の間を去った。

 

 なぜ俺がこんなに急いでいるのか。それには重大な理由があった。決して、この世界で苦しんでいる人々を一刻も早く救いたいからという正義感溢れる理由ではない。

 

 俺は、何者かにこのRPGの世界に召喚されてしまったただのゲーマーだった。神を自称するそいつに言われた。勇者として魔王を倒さないと元の世界には帰れないと。

 

 確かに、俺はこのゲームをよくやり込んでいたから適任と言えば適任かもしれない。しかもそいつ曰く、レベルに応じてちゃんとステータスが強化されたり魔法が使えるそうだし、死亡時にお金を半分失って蘇生などの勇者補正も付くそうだから危険もあまりない。

 

 やり込むほど好きなゲームで、安全に勇者体験が出来る。まるで本格的なアトラクションか何かのようだ。普通であれば声を大にして喜ぶところだった。

 

 だが、正直俺はこの自称神からの贈り物というべき奇跡を全く喜べなかった。むしろ逆で、強い憤りと焦りを感じていたのである。

 

 ったく、神だか何だか知らないが、せっかくの楽しい旅行の途中でこんなところに呼び出しやがって! 早く魔王倒さないと有給切れて仕事クビになんだろうが! まだ入社2年目なんだぞ! たまにこんなことするのが趣味だか何だか言ってたが、そんなのこっちは知ったこっちゃないんだよ! ぶっちゃけ急がないとやばいんだって!

 

 俺は心に決めていた。持ち前の早解きのテクニックを駆使して、さっさとこんな世界救っておさらばしようと。タイムアタックのつもりでやるしかないと。

 

 

 

 城を出るとダッシュ全開で冒険者の酒場に向かった。そして、入口の扉を勢い良く開けると、驚く酔っ払い達を尻目に、奥のテーブルでオレンジジュースを飲んでいた銀髪の美少女に声をかけた。

 

「おい、そこの魔法使いの娘!」

「はい!?」

「勇者である俺にお供したいんだろ?」

「どうしてそれを!? って勇者様!?」

 

 驚く魔法使いの少女。もちろん仲間になることを知っているからだが、正直に話しても仕方がないからこう言った。

 

「お前の気持ちなど一目でお見通しだ。さっさと行くぞ!」

 

 俺は彼女に近づくと、腕をぐいっと引っ張って無理に立たせた。

 

「えっ!? ちょっ、ちょっと!」

 

 戸惑う彼女を連れ、騒然とする周囲を無視してそのまま酒場を出る。ここでのイベントはこれだけだ。用さえ済ませてしまえば長居する必要一切なし。俺には時間がないのだ。

 

「いきなりなんなんですか!?」

「さっきも言ったが、俺は勇者だ。王からの公認証もある」

 

 俺は懐から勇者公認証を取り出して彼女に見せた。これで仲間フラグは立ったはずだ。

 

「勇者様……」

 

 胸中に複雑な思いを抱える(設定ではそうだったはず)彼女に、俺は間髪入れずに言った。

 

「お前には仲間になって欲しい」

「本当ですか? 私でもお役に立てますか」

「ああ。運命がお前を選んだ。さあ、共に魔王を倒しに行こうぜ」

 

 現実の俺とは似ても似つかぬ勇者としての端正な顔でキラリと笑うと、彼女は目を輝かせて頭を下げた。元々仲間になるキャラだからなのか、彼女はやはりちょろかった。

 

「不束者ですが、よろしくお願いします」

「……おう」

 

 このヒロイン、まるで結婚するときみたいな反応に困る台詞を言って加入してくるのだ。このゲームでは迷言として有名だった。

 

 

 

 

 魔法使いを仲間に加えた俺は、町の中央広場の噴水辺りであるものを探していた。

 

「さっきから下の方を見て何やってるんですか? 変ですよ」

 

 怪訝な顔をする彼女をシカトして、俺はひたすら足元を調べた。

 

「お、あったあった。100金」

 

 俺は、噴水の水面下に落ちていた100金を拾った。タイムアタックをやってるなら常識とも言える、最初の貴重な資金だ。ゲームと違ってこのマスを調べれば見つかるというわけではないから、少し時間がかかってしまった。

 

 俺がやっていたことが果たして何であったのかを理解した彼女は、呆れたように言ってきた。

 

「もう。そんな乞食みたいな情けない真似しないで下さいよー」

 

 俺は毅然と答えた。

 

「必要なことだ。この金をここのモンスター狩って得るのにどれだけ時間がかかると思ってんだ。スライム1匹1金だぞ。それと――」

 

 俺は、彼女の首にかかっていたロケットペンダントを外した。

 

「ああっ! 私の大事なペンダント! どうする気ですかっ!?」

 

 慌てふためく彼女に、俺は平然と告げた。

 

「これは道具屋で280金で売れる」

 

 これを持っておくと彼女とのイベントが追加される一点ものの貴重品ではあるが、なぜか普通に売れる。初期の金策には打ってつけのアイテムなのだ。

 

「そんなあ~! いつか勇者様との思い出の写真でも入れようかと思ってましたのに……」

「旅には金が必要なんだ。諦めろ」

「でもぉ」

「嫌なら、身につけてる服でも売っぱらうか? それでも同じくらいの金にはなるぞ」

「な、何言ってるんですか! 勇者様のエッチ! 勘弁して下さいよ、もう」

 

 赤面する彼女に、俺は語気を弱めて諭すように言った。

 

「だが、どちらかは選ばないといけないぞ。ペンダントなら、いつか金が十分溜まったらまた買ってやるから」

 

 まあ、ペンダントなんか世界中どこ探したって売ってないんだがな。さすがに俺も彼女の服を喜んで剥がすほど鬼畜ではないから、それとなくペンダント売却に話を誘導する。

 

「なら、しょうがないですね。約束ですよ」

「ああ」

 

 後で俺に買ってもらえると聞いた魔法使いは、微妙に嬉しそうだった。ちょろい。こいつ本当にちょろいな。

 

 

 

 道具屋でペンダントを売り払った俺は、持っている金で予算の許す限り薬草を大量に買った。ぶっちゃけこの系統のRPGは薬草ゲーだというくらい、序盤の回復アイテムの充実は重要だ。攻略難易度を下げる意味においても、攻略速度という面から見てもである。一々回復魔法のための魔力切れで宿に戻っていたら時間がかかって仕方ない。

 

 それから、手早く民家のタンスや壺で金目の物だけを回収した俺たちは(予め取るべきものの位置を覚えていたから速かった。また彼女に泥棒みたいだと白い目で見られたが)、残りの金を携えて武器・防具屋に向かった。

 

「旅立つに先立って、やっぱり守りは固めておかないといけませんよね」

 

 そんな彼女の呑気な言葉に、俺は耳を疑った。

 

「何言ってんだ。武器を買うに決まってんだろ」

「でも。武器なら勇者様のショートソードと私の木の杖がありますし。それに、外は危険ですよ?」

 

 とぼけてんのかと思ってしまうくらいズレたことを言う彼女に、俺は盛大に溜息を吐いた。

 

「はあ……お前は、ぜんっぜんわかってないな!」

 

 たじろぐ彼女に、俺は指を突きつけた。

 

「いいか! ダメージ計算式を考えればだな、同価格帯なら武器>防具は確定的に明らかなんだよ! 耐性防具ならまだしも、普通の防具を先に買うとか愚の骨頂にも程があるだろ! 武器を先に買えば敵が早く倒せるから敵から攻撃を受ける回数が少なくなり結果お金が溜まるのも早く装備が整うのもだな――」

「わかりました! わかりましたから落ち着いて下さい!」

「わかればいいんだ」

 

 実際はちっともわかっていないだろうとは思いながら、彼女の言葉にとりあえず溜飲を下げた俺は頭の中にあった予定を口にした。

 

「ここで売れるものは全て売り、ほぼ全財産を叩いてブーメランを買う」

 

 一度に一体ずつしか斬れないショートソードと違って、ブーメランは全体攻撃武器だ。複数の敵が一度に攻撃可能な武器は、タイムアタッカーの心の友である。

 

「で、お前はしばらく素手な。どうせ魔法以外役に立たないし」

 

 序盤は、攻撃力皆無の彼女に武器を持たせる意味はあまりない。ブーメランを買う資金として有効活用させてもらう。

 

「ええー。護身用の杖くらい持たせてくれたって」

「素手な」

 

 そこを強調して冷淡に告げると、彼女は涙目になって首を縦に振った。

 

「はい。ぐすん」

 

 

 

 

 装備を整えた俺たちは、食事を済ませるとフィールドへ出た。時間は夕方。移動すれば夜になって、丁度良い頃合いだろう。

 

「宿には泊まらないんですか。暗くなってきましたよ」

「何も体力消費してないのに泊まるとか馬鹿か。それに、この時間だからいいんだよ」

 

 俺はきょとんとする彼女に言った。

 

「最序盤の狩りと言えば、夜に現れるファイアゴーストだ」

 

 本当はメタリック系が一番良いのだが、奴らは中盤くらいになるまでは出てこない。というわけで、タイムアタッカーが最初のボス戦に向けた狩りとして編み出したのがこのファイアゴースト狩りだ。

 

「ファイアゴーストですか? でも、奴らは火の呪文使ってくるって聞いたことがありますよ。レベル1じゃ危険じゃないですか?」

「火の呪文と言っても1発だけだ。それで奴の魔力は切れる。魔力のない奴の攻撃など大したことはないし、脆いから叩けば2発で沈む。しかも、同地帯の他のモンスターの約2倍と経験値が高い」

「詳しいんですね。さすが勇者様」

「まあな」

 

 攻略データベースを何十時間も睨んだ経験舐めんな。

 

 しばらく探し回っていると、ファイアゴースト2匹がいるのを見つけた。

 

 向こうはまだこちらに気付いていないようだ。奇襲をかけるか。

 

 俺は魔法使いを自分の後ろに下げると、思い切りブーメランを投げた。その投擲は、勇者補正がかかっているとしか言いようがないものだった。ブーメランは、現実ではあり得ない軌道で2匹の炎状の身体にしっかりと当たると、綺麗に手元に返ってきた。

 

 直後、俺たちの存在に気付いた2匹のファイアゴーストが戦闘態勢に入った。1匹が身体を震わせて何もしなかったのに対し、もう1匹がすぐに火の呪文を放ってきた。

 

 避けようとするが、RPG補正なのか呪文は避けられず、まともに食らってしまった。衝撃と共に、焦げるような熱さが全身を襲う。

 

「あっつ! 死ぬ! 焼け死ぬ!」

 

 戦闘も忘れて思わずのたうち回りたくなるほどだったが、なんとか堪えた。

 

 ぶっちゃけ本物の攻撃舐めてた。超熱いじゃないか。

 

 ステータスを確認すると、HPの約半分が持って行かれたようだ。こんなに痛くても半分なのか。

 

 数値だけではわからなかった攻撃の恐ろしさ。プライスレス。

 

 あまりにきつそうにしてたから見かねたのか、彼女が心配そうに声をかけてきた。

 

「やっぱり危険じゃないですか? いきなりこれと戦うのはやめてスライムからにしましょうよ!」

「誰が止めるか。俺にはこのやり方しかないんだよ!」

 

 もたもたしてる間にも、刻一刻とタイムリミットは迫っているのだ。最も効率が良いとわかっているやり方を、攻撃が痛いからと言ってやめるわけにはいかない。

 

 俺は歯を食いしばってブーメランを投げた。それはまた2匹ともに当たり、奴らは萎むようにして消え去った。

 

 パンパカパーン! 脳内にファンファーレが鳴り響く。

 

「よし。レベルが上がった」

「たった一回でとか、凄いですね!」

「そのためのファイアゴースト狩りだからな。この調子でこいつらばかりもう十匹ほど狩るぞ」

「ガンガンいこうぜですね」

「その作戦名はやめろ」

 

 レベルが上がった後はステータス補正がかかったのか、相対的に火の呪文が辛くなくなったのが幸いだった。

 

 

 

 モンスターというのは、いるようでいないものだと思った。途中薬草で回復しつつひたすらブーメランをぶつけて予定の数を狩り終えた頃、既に空は白み、夜明けが迫っていた。思った以上に時間がかかってしまった。

 

 彼女がほっとした笑顔を見せた。

 

「やっと終わりましたね。今日一日だけで結構強くなっちゃいました! 最初は何やってるんでしょうって不安でしたが、やっぱり凄いです。勇者様は」

 

 出会ってから初めて、彼女に純粋な尊敬のまなざしを向けられた気がする。それはまあ悪い気分ではないのだが、おそらく次に言うことでその笑顔も吹き飛ぶだろう。

 

「さて、今からダンジョン行くぞ。近くの洞窟の奥に巨大獣がいるから、そいつを倒しに行く」

「ええーーー!? 町に帰るんじゃないんですか!?」

 

 案の定、彼女は天地がひっくり返るくらい驚いた。だが、これは別に無茶を言っているわけではなかった。

 

 このゲームでは、レベルアップに応じて最大値が増えた分だけ一緒に現在HPやMPも増える仕様になっている。ここまでは薬草ばかり使ってきたからMP消費はない。つまり、身体の疲労はあるが能力値的にはまだ全快ということだ。

 

「それに、巨大獣って。まだ無茶ですよ」

 

 肩を落とす彼女に、俺は冷静に答えた。

 

「問題ない。現時点で勝率8割というところだ」

「えっ。8割も勝てるんですか、って2割は負けるってことじゃないですか! そんなの嫌ですよ! まだ死にたくないです!」

「大丈夫だ。俺は勇者だからな。パーティーの仲間であるお前も含めて、もし死んでも王様の前で生き返る」

「そうなんですか? でも、この年で死ぬ経験はしたくないんですけど」

「この先何度も経験することになるぞ。魔王を倒すんだろ? 慣れろよ」

「うぐ。わかりました」

 

 彼女はしぶしぶ従った。

 

 

 

 

 洞窟に入った俺たちは、出会う敵から片っぱしから逃げ回りつつ、時に狭い通り道を進んで奥を目指した。

 

「必要ない敵からは全逃げが基本だろ」

「これが勇者のすることなんですか」

 

 呆れながら命令に従う彼女に、俺は詭弁で返した。

 

「あれだ。勇者が勇者らしくないことするのにも勇気が要るだろ?」

「そういうものですかね」

 

「ちょっと待て」

 

 俺は、ほんの少し寄り道して宝箱を見つけた。中からひのきのぼうを拾った。

 

「そんなもの取って何の役に立つんですか?」

「まあいいから」

「もしかして、私にもやっと護身用の武器が……!」

「いや、お前にはやらん」

「ううっ……まだ素手ですかぁ」

 

 やがて、洞窟の最深部の開けた場所に出ると、そこには狼のような姿をした巨大獣がいた。

 

 さあ、ボス戦の始まりだ。

 

「戦法だが。まず、お前はひたすら防御だ。なるべく奴の攻撃を受け止めろ。俺に来そうな分もだ」

「はい、ってちょっと待って下さい! 私みたいなか弱い乙女に勇者様をかばわせる気ですかっ!?」

「そうだ。何のために防具だけは残してやったと思ってるんだ」

「私のためではないのですか?」

「んなわけないだろ。こいつの攻撃に耐えられる回数を増やすためだ」

 

 俺は彼女の服を剥がすほど鬼畜じゃない。ただ合理的なだけだ。

 

「うええ、そんなぁ~!」

「で、俺がひたすら攻撃してダメージを稼ぐ。どっちかが危なくなったらお前が薬草で回復してくれ」

「はーい……」

 

 作戦通り戦っていると、ボスには少しずつだが着実にダメージが蓄積していった。とはいえ、さすがに低レベルで戦っているからかなり強く感じた。薬草もまた着実に減っていき、もう底が尽きかけていた。ボスはまだ半分以上は体力が残っている。普通に戦っていればじり貧で負け確定の場面だった。

 

 もしかしたら間に合わないかと思ったそのとき、やっとボスの動きが少し止まった。

 

 狙いのときがきた。このゲーム、一部のボスには怯み値があり、攻撃を重ねると少しの間だけ怯んで一方的に攻撃出来るようになっているのだ。

 

「怯んだな。ここで氷の呪文!」

「え?」

「早くしろ! これが間に合わなかったらおしまいなんだぞ!」

「は、はい! えーと。『ヒルマ』!」

 

 魔法使いの初級氷呪文が炸裂。氷属性がこのボスに対しては弱点になっているから、これが実によく効いた。

 

 だが、ここまでは下準備だ。果たしてどうなるか。

 

 俺は、予め拾っておいたひのきのぼうに装備を変更して、またブーメランに装備を戻す。一見意味のない行動であるが、これが重要だった。

 

 それからブーメランを投げた。ボスに攻撃が当たると、まさに狙い通りのことが起こる。内心ガッツポーズを決めた。

 

 ファイアゴーストとの戦いで、この世界がかなり純粋にゲームを再現したものであるということが予想された。だから、きっと上手くいくだろうとは思っていた。それでも不安はあったが、賭けには勝ったようだ。

 

「よし。また怯んだな。再び氷の呪文」

「えっ!?」

「だから早くしろって!」

「はい! 『ヒルマ』!」

 

 これこそが、かの有名な怯みバグだ。通常、一度怯んだボスが再び怯むにはかなりのダメージがいるのだが、このボスに限っては例外だった。弱点の氷呪文を当てた後、装備を二回変更してから攻撃すると、このボスはなんとそれだけで再び怯んでしまうのである。これによって、魔法使いのMPが続く限り永続的にハメることが可能だった。

 

 装備を二回変更して攻撃すると、またもボスは怯んだ。奴は何も出来ない。こうなるともう哀れですらある。

 

「もう一発」

「はい!」

 

 再び氷呪文を撃ち、装備を二回変更して攻撃。ボス戦は、これを繰り返すだけの簡単なお仕事と化した。

 

「よし。またやれ」

「あと一発しか撃てませんよ!」

「いいから撃ってしまえ。大丈夫だ」

「わかりました」

 

 そして、最後の『ヒルマ』を食らったボスは力尽き、その巨体は霧のように崩れ去った。

 

「丁度倒せるように計算したからな」

 

 魔法使いは、あまりにあっけなくボスを倒してしまったことが信じられないようだった。

 

「うそ。ほんとに、倒しちゃった……」

「俺の作戦に間違いはない」

「凄いです、勇者様! ほんとに、凄いです! また見直しました!」

 

 彼女は感動していたが、俺にはごく当たり前のことだ。余韻に浸っている暇はない。

 

「よし、じゃあ帰るぞ」

「あっ! 待って下さいよ~。勇者様~!」

 

 

 

 

 俺は引き返す途中で、行きのときとは違う道へ進んだ。

 

「あの、こっちは出口じゃないような気がするんですけど」

「いいのいいの。こっちで」

 

 しばらく歩くと、お目当てのものを見つけた。

 

「これって……毒の沼地じゃ」

「さあ、入るぞー」

 

 事もなげにそう言った俺のことを、彼女はまるで悪魔でも見るような目で見てきた。

 

「な、な、何考えてるんですかっ! 自殺行為ですよ!」

「いや、言ったろ? 死んだら王様のところに戻れるって。歩いて帰るよりこっちのが早いからな」

「でも! おかしいですよ! 勇者様、やっぱりおかしいです!」

 

 震える彼女に、俺は無表情のままずいと歩み寄った。

 

「おいおい。何を怖がってんだよ。お前もさっさと入るんだよ。俺だけ死んでも意味ないだろうが」

「い、いや! いやああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 嫌がる彼女を引っ張って、毒の沼に引きずり込んだ。かなり暴れたが、しばらく取り押さえていると観念したのか、死んだような顔をして後ろについてきた。

 

 身体中にじわじわと痛みを感じる辺り、さすが毒の沼地だなと思う。歩いていると、みるみるうちに体力が減った。そして体力が思い切り減ったところで、沼地にいたアシッドスライムに二人とも殺されて意識が途切れた。

 

 

 

 

「おお! 勇者よ、死んでしまうとは情けない!」

 

 はっと気付くと、俺は王の間に立っていた。後ろを見ると、棺桶が一つ。

 

 ふっ。彼女には言ってなかったが、ひとまず生き返るのは俺だけだ。

 

 教会へ行ってお金を払い、彼女を蘇生させた。

 

「はっ!」

「気が付いたか」

「私、何だか凄く怖い夢を見ていたような気がします。暗くて狭いところに閉じ込められていたような」

「気にするな。気にしたら負けだ」

 

 俺は、彼女を連れて教会を出たところで言った。

 

「さて、次の町行くぞ。思ったより時間がかかっちまった」

「なっ! あれでですか? たった一日であそこまでやったんですよ!?」

「おう。俺の本気はまだまだこんなもんじゃないぞ」

 

 ここまでは、ぶっちゃけテンプレに過ぎない。熟練者なら、流れの決まっている序盤というのは誰がやっても大体一緒になってしまうものだ。この先からこそが、ゲーマーとしての腕の見せ所なのだ。

 

 このとき、俺は案外このゲームを楽しみ始めているなということに気付いた。まあ、神とやらを驚かせるプレイをするのも悪くないだろう。

 

「……おかしいよ。絶対おかしいよ。私、ほんとにこの方について行ってもいいのかな……」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、なにも!」

 

 

 

 この後、勇者と魔法使い+αはわずか一カ月で世界を救うことになるのだった。

 

 その後の勇者の行方は誰も知らない。さる高名な占い師に水晶玉で居場所を占わせたところ、勇者とは似ても似つかぬ冴えない男が、日出ずる国というところのいつも明るい道具屋で働いている姿が映っただけであったという。



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