魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.02:機械仕掛けのReady heart

「わわわ、何これ!? 凄いや、沢山の人が居る!! これが日本の学校か~♪」

 

朝の通勤ラッシュ、どこぞの『なんとかランド』の開園時の混み様が毎日のように繰り返される麻帆良の朝の光景。

老若男女関係無く朝から慌てて走るこの光景の中に、一際珍しい人物が居た。

いや人物と言うより“少年”と言った方が良いか?

 

その子供は人がごった返す日常茶飯事の光景を珍しそうに見ている。

この姿から垣間見れば既にこの少年が麻帆良の住人ではない事が一目瞭然だ。

さらにその小さな身体に背負われているリュックサックやらを見れば、どうやら何らかの理由があって此処に来た事は解るだろう。

何故か布が巻かれた長物の、言い表すなら棒状の何かを持っているのが気にはなるが。

 

「いけない、ボクも遅刻する時間だ!! 初日から遅刻なんて拙いや、今日からボクの修行の日々が始まるのに!!」

 

スーツの内ポケットから年代物風の懐中時計を取り出して時間を確認する少年―――

独り言から推測するに麻帆良の初等部の転校生と言った所か?

だがそれにしてはスーツのような服装をしているのは余りに不釣合いだろう、このような服装では生徒と言うよりも先生の方が合う様な気がする。

 

慌てて走り出す少年、その大きいリュックサックと小さな体は実に不釣合いだ。

少年が懸命に走るその姿に微笑ましさを感じながら道を開ける大人達。

―――この少年が表の理由も裏の理由もこの麻帆良に何をしに来たのかその理由を知れば、十中八九殆どの人物が驚くだろう。

 

さわやかに地を踏みしめ、駆け抜ける少年の名は“ネギ・スプリングフィールド”。

イギリスのウェールズにある学校を卒業し、日本の麻帆良に表向きは“教師として”赴任してきた、数えで10歳(満9歳)の少年。

その正体は麻帆良にて正体を隠して生活をしている“魔法使い”達と同じく『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』と呼ばれる存在にならんと努力する魔法使いの卵だ。

イギリスの魔法学校を主席で卒業し、いざ修行内容が“日本で学校の先生をする事”などと言う無理難題を押し付けられた筈なのに、その表情は今から始まる見た事も無い世界への憧れから緊張しながらも嬉しそうにも見えた。

 

故にネギはまだ気付いていない。

この麻帆良でこの先に待つ、数奇な運命と多くの現実を。

その運命にはネギの血筋や生まれが関係し、簡単には行かないと言う事を。

更に読者にも隠されたある秘密が更に過酷な未来を見せるという事を。

 

そしてまだネギは知らない。

この麻帆良で運命的な出会いを果たし、臆さずに前へと進んでいく者達に会える事を―――

そんな先(未来)に気付く筈も無く、ネギはこれから始まる生活に胸を膨らませていた。

 

 

 

 

―――さて、一方その頃。

この物語の主人公である、記憶喪失の能天気お気楽性悪少年はと言うと。

 

「おっはよ~、ココネ!!おっはよ~、サイ君!! ってあれ……ココネ、サイ君は?」

「オはよウ、ミソラ―――サイ、まだ寝てル……こんな事、初めテ」

 

元気に教会の礼拝堂に入って来ながら挨拶をする美空。

彼女は元々、麻帆良学園の中等部の女子寮に住んでいるのだが毎朝の礼拝堂の掃除を日課としている。

最初の頃は眠い眼を擦りながら嫌々やっていた感もあるが、慣れて来たのか最近では率先してやるようになっていた。

まあ、それだけではなくイタズラ好きで多少の成長はあれどまだ遊びたい盛りの少女にとっては此処で教会の居候のような風になっている同年代の男の子のサイや自分を内心で慕ってくれているココネと話せるのは息抜きの一つだ。

 

「へえ、珍しいね? いつもなら誰よりも先に起きて礼拝堂の雑巾がけしてる筈なのに」

 

美空の言葉にココネも疑問そうな表情をしながら頷く。

いつもならサイは『住ませて貰って飯まで食べさせて貰ってるのに何もしないのは性に合わない』などと言って率先して礼拝堂の掃除や教会前の掃除に買出しなどをやっている。

しかも教会に居候し始めてから一日たりとも遅れた事は無かった筈だが、今日に限って居ないと言うのは一体どういう事だろうか?

 

「さっキ、見に行ってキタ。

そしたらサイ、眠ってテ揺すっても起きなかっタノ―――最初に会った、あの時と同ジ」

 

確かに先程ココネはシャークティと共に起きてこないサイを起こしに行った。

しかし幾らココネが揺すっても耳元で声を掛けてもサイは一定のリズムで呼吸をしながら眠っているだけだったのだ。

尚、ココネは別としてシャークティは神への信仰が長い故か美空と同じ位の年齢だろうが男性の居る部屋に入るには少々の気恥ずかしさがあったそうだ。

まあサイが時より見せる年齢不相応の眼差しが気になっていたという理由もあるのだが。

 

「サイさんも疲れているのでしょう」

「あっシスター、おはようございます♪」

「オハよウ、シャークティ」

 

ココネと美空の二人で話しをしている所にやって来るシャークティ。

美空の朝の挨拶に微笑みながら返す……シャークティもサイが此処に居候するようになってから随分と笑顔が増えた。

かつての厳しさも勿論あるが、それ以上にまるで肩の荷が少し降りたようにも感じる。

 

「はい、おはようございます。

サイさんが此処で共に生活するようになって2週間近くになりますね。

その間に彼は、誰よりも早く起き、文句一つ言う事も無く率先してこの教会の雑務や掃除などをしてくれました。

だからその疲れが溜まっていたのでしょう」

 

確かにサイは毎日、それこそ給与を貰って良い程の沢山の仕事をしていた。

教会の掃除、買出しの手伝い、荷物の片付けに周囲の草むしりから教会にやって来た客の案内まで様々な仕事をだ。

シャークティからすれば頑張り過ぎていたように見えた為に一度本人に何故そこまで頑張るのかと聞いた事がある。

すると本人は心配するシャークティを他所に至って能天気にこう返した。

 

『だって俺は美空やココネみてぇに“学校”っつう場所に行ってねぇし。

“働かざる者食うべからず”って昔から言うじゃねぇか、唯そんだけの事だ』

 

つまりは彼は学校や仕事に行ってない代わりにほぼ一日近くを教会の雑務に費やしていたという事だ、まあそれで疲れで寝てて起きなければ世話無いのだが。

それに実際の理由は“教会の仕事が疲れた”のではなく“エヴァンジェリン&茶々丸との殴り合いで傷ついた体を癒していた”だけなのだが。

 

「(サイさんの事は学園長や他の先生方にも伝えていませんからお一人で麻帆良を歩いて回る事は出来ませんし―――やはり、学園長達に伝えるべきなのでしょうか?)」

 

シャークティとしてみれば美空達と同年代ほどの年恰好の少年をずっと教会の中に押し込めておくのは気が引けていた。

年齢相応に笑って欲しい、神の恩恵たる太陽の下で心行くまで遊びまわって欲しいとも願っている。

 

だがそれにはある懸念があった。。

学園長や麻帆良の教師達は多かれ少なかれ“魔法”に関係している者達が多い。

そんな彼らにいきなり現れた身元不明で全身に尋常じゃない量の古傷がある記憶喪失の少年を会わせればどのような事になるのか理解しているからだ。

 

特に学園長はサイに大分興味を持つだろう。

件(くだん)のイギリスから表向きは麻帆良中学の新任教師として赴任してくる子供先生のサポートなどのような形で女子中学校に入れられてしまう可能性もある。

更にそれ以外の懸念は・・・身元を調べる為に魔法で記憶を覗かれる事により、サイが苦しむ結果になるのではないかと言う懸念だ。

 

医師の説明では“記憶が戻る前に虐待による自傷や現実逃避によって記憶を失った”と言うような事が仄めかされていたが、シャークティはその説明では納得出来ない事もあった。

最初にぱっと見ただけであったが、サイの身体に刻まれた傷はどう考えても“自分でつけた傷”にしては大きかったり深過ぎるのだ。

更にサイの身体、あれは細いのではなく極限まで体を鍛えた結果、無駄な脂肪や筋肉が全て無くなった……言い方を変えるならアスリートやその道を極めた者達特有の身体の造りをしていた。

そう言った事柄から想定するに、サイは“そこまで自分を追い込まなければならない理由があった”のではないかとシャークティは考えたのである。

 

彼女達の生きるもう一つの世界―――

つまり裏の世界(要は魔法世界)というのはサイ程の年代で戦っている事は多くも無いが完全に無い訳でもない。

それを考えればサイが例えば裏の世界で幼い頃から戦場のような場所で生きてきて、何らかの切欠で死に掛ける程の傷を負って記憶を失い、この麻帆良に紛れ込んでしまったのではないかと考えても何の不思議も無いのだ。

そんなもしも“戦場”のような場所で戦い続けて来ていたとしたら、今の記憶が無い方が安らげるのではないかという考えもシャークティの脳裏には浮かんでいた。

 

「……ター、シスター? どうしたんですか、いきなり黙り込んじゃって?」

「……えっ!?」

 

そんな思考に耽っていた所に声を掛けられて驚くシャークティ。

見ればいきなり黙り込んでしまった事に心配になったのだろう、心配そうな面持ちで美空とココネが見ている。

そんな二人に『コホンッ』と一度咳払いをしてからシャークティは語り出す。

 

「とにかくサイさんは疲れているのでしょうから今日の所はゆっくりと休んで頂きましょう、良いですね?」

 

その言葉に美空とココネは頷く。

そして今日の所はこれで解散となった―――筈だったが。

 

「よっしゃ、んじゃ行きますかね♪」

 

「……お待ちなさい美空、何をどさくさに紛れて朝の掃除を逃げようとしているのですか?

そもそも貴女、サイさんにばかり掃除を押し付けて自分は簡単な所ばかりやっていましたよね?

これからはちゃんとサイさんより先に起きて率先して礼拝堂の掃除をなさい、良いですね?」

 

「……え゛っ?

い、いや~シスター、流石にそれは……『良・い・で・す・ね?』……はっ、はひぃ!! 春日美空、誠心誠意やらせて頂きます!!!」

 

そう言うと急いで掃除を始める美空にその後をのんびり付いていくココネ。

二人の姿を少し見つめた後、シャークティは静かに跪くと手を合わせ小さな声で呟く。

 

「……主よ、どうか迷える子羊に救いを。

あの方がどのような方かは存知ません、ですがもうこれ以上苦しまずに済むようにお守り下さい」

 

しかし心から神に祈るシャークティの願いとは裏腹に事は進む。

神と言うのは案外ロクデナシだ、もう既にサイは再び戦いの世界に足を踏み入れ始めてしまっているのだから。

 

 

 

 

~side エヴァンジェリン~

 

一方、サイが爆睡してる同じ頃―――

麻帆良中学校のエヴァンジェリンが在籍しているクラスの中では、茶々丸と彼女の生みの親とも言えるクラスメイトである人物、この学園ではマッドサイエンティストとしても有名な葉加瀬聡美(はかせさとみ)と話をしていた。

 

「茶々丸、どう? 昨日やけにボロボロになって帰ってきたけど、体の調子は大丈夫?」

「ハカセ、昨日は夜分遅くに申し訳ありませんでした……体の方の調子は大丈夫です」

「良かった、大分関節やら何やらにガタきてたから……まあ何があったのかはあえて聞かないけど無茶ばかりしたらダメよ?」

 

葉加瀬の言葉に頷く茶々丸。

丁度そこに、彼女の主である吸血姫の少女がやって来た。

このような時間(注:朝~昼休み前)にクラスに来るなど珍しい事なのだが。

 

普段エヴァンジェリンは外因的理由により学校に必ず来なければならないが、屋上などでサボっている場合が多い。

しかしクラスに来たと言う事は、何らかの理由があるのだろう。

 

「ハカセ、茶々丸と話がある……向こうに行っていろ」

「はいはい、わかりました~♪」

 

そう言うと葉加瀬はエヴァンジェリンの言葉に従い、そそくさとその場から離れる。

他の者達はおしゃべりや自分の趣味などをしている為か、二人の邪魔にはならない。

少しの間の沈黙の後、茶々丸が切り出した。

 

「マスター、学園長のお話は……?」

 

「うむ、桜通りの事を感付かれて釘を刺された。

次の満月までは派手に動く事は出来ん……まあ、従者も居ない現実を知らん小僧一匹程度なら問題ないがな。

それよりも問題は昨日現れたあの“サイ”とか言う小僧だ、何か解ったか?」

 

そんな問いかけに茶々丸は首を横に振る。

 

「いえ、改めて情報を集め検索しましたがやはり彼に対しては何一つ解りませんでした。

名前から検索しても情報は一切なく、魔法世界のデータベースにアクセスしましたが何も出てきません。

調べられた事と言えば、現在彼は麻帆良の教会にて『居候』と言う身の上でいるという事だけです。

マスター、学園長への報告はいかが致しましょうか?」

 

茶々丸の言葉に一度顎に手を添えて考えるような素振りを見せるエヴァンジェリン。

そして少しの沈黙の後、小さく言葉を返した。

 

「いや、必要ない……それに伝えてしまってはつまらんだろう? 奴は私が八つ裂きにする、必ずな」

 

その口調には何処と無く怒りを含んでいるように見える。

サイへの怒りだけではなく、自分自身への怒りのようなものもだ。

当然だろう、一瞬でもサイの目を見た時にその目がかつて己の前から姿を消した赤髪の魔法使いに似ているなどと思ってしまったのだから。

 

「(何故だ……何故、奴の目があの馬鹿と似ているなどと考えた!! それに何故だ、何故あの馬鹿を思い出すんだ!?)」

 

彼女自身の自問自答に答えれる者等誰も居ない。

その時、クラスに元気な誰かの声が聞えてきた―――――

 

「ねえねえ聞いた!? 今日から新しい先生が来るんだって~~~~!!」

 

クラスメイトの言葉を聞いたエヴァンジェリンは小さく哂う。

そう、それは彼女の目的とも言える人物が到着したという事なのだから。

 

~side out~

 

 

 

 

―――その日の夕方。

またも人通りが少なくなったその頃にサイは目覚めると、窓から外に抜け出した。

今日は一体どんな新しいものが見れるのかと言う期待に胸を膨らませて。

 

記憶喪失になった事は別に苦ではない。

寧ろ見るもの感じるものが何であっても新鮮に見える今の現状は、サイにとって楽しさの連続であった。

しかし昨日フラフラになる程殴られたと言うのにこの回復力は実に凄まじいものである。

 

「さ~て、今日は何処に行くかねぇ?

シャークティが帰ってくるまでの間だけだから遠くには行けねぇな、昨日はエヴァンジェリンとか言う幼女の所為で散々だったしよ。

……よし、んじゃあ今度は昨日と反対の方に行ってみっかねぇ」

 

―――これが本当に記憶を失った人物の態度だろうか?

本当に能天気な人物で……もとい、深く考えない少年であった。

 

 

夕方の桜並木の河川敷。

どっかの恋愛ゲームのシュチュエーションに出てきそうな道をサイは楽しそうに歩いている。

やはり時より大人びた眼差しを見せる少年もこう言った姿を見ると歳相応の人物だという事が良く解る。

まあ単にシャークティとの買出し以外は外に出られない為に珍しいと言うのもあるのだろうが。

 

「あ~ヤレヤレ、やっぱ外は良いねぇ。

シャークティに心配かけないように昼間は外に出れねぇけど教会の中ばっかじゃ飽きちまうぜ」

 

そんな独り言を呟きながら歩くサイ。

人通りの少ない並木道をのんびりと歩き、周囲に視線を走らせるがやはり目に映る光景に見覚えは無かった。

それでも気ままに歩き続けているとその目に前に出会った人物が映る。

 

「あっ? あれって確か茶々丸とか言ったっけ?

あの幼女の従者とか言ってた奴だよな、しかもクソ強ぇし……まっ、んな事は良いや、あのロボ子ちゃんはこんな所で何してんだ?」

 

名前を覚えている癖に身も蓋も無い渾名をつけるサイ。

どうやらコイツは意外と性悪小僧のようだ―――そんなロボ子ちゃん(茶々丸)を何気なく見ていた。

 

すると茶々丸は木に引っかかっていた女の子の風船を飛んで取ってあげている。

更に歩道橋を登っているお婆さんを助けてあげたり、ドブ川の真ん中に流されている子猫を助けたりと実に良い奴であった。

それを見ていたサイは誰に聞かせる訳でもないが呟く。

 

「ふ~ん、何だ昨日のアレを考えたら性悪ヤロウかと思ったが良い奴じゃねぇか。

―――おっ、ありゃ野良猫か? 中々別嬪(可愛い)のが多いじゃねぇの」

 

更に野良猫達にご飯を食べさせていたシーンを見て、先程以上にサイは感心した。

こう見えてサイ、実は猫やら犬などと言った動物・小動物・愛玩動物が好きで、黙って教会を抜け出した時は偶に子猫や子犬と戯れている事が多い。

何か食べ物などでも持って来てやろうとも思っているのだが、何を持ってきてやれば良いのか良く解らなかったので何時も手ぶらである。

しかし今回の茶々丸があげている餌を見て、買って来てやろうかなどとも内心考えるのであった。

 

昨日の今日の為に気付かれない内に帰ろうと背を向けるサイ。

だがその時おかしな事に気付く……それは多分、自然と周囲に気を向けている故なのかもしれない。

最初の頃からサイは周囲に気を配る事を怠らず、十代前半程度の外見とは反してまるで戦場の歴戦の猛者のようにも感じる部分もある。

そんな年齢不相応の目付きを自然とするサイが気付いた周囲の違和感、それはあくまでも“人の少ない時間”を選んで外出してるとしても在り得ない事。

夕方だというのに人が一人も居ないのだ、幾らなんでもこれはおかしい。

 

「……何だ、一体何が?」

 

そう思って辺りを見回していたその時。

 

『『『『『ウ……ウア、アァァァァ、アアアアアァァァ……』』』』』

 

そこにいきなり現れたのは呻き声のようなものを挙げる何体もの泥のような姿の怪物。

茶々丸もその怪物がいきなり現れた事に驚いた。

 

「そんな馬鹿な……レーダーには何の反応も無かった筈なのに……」

 

すると泥の怪物は茶々丸と子猫達に虚ろな視線を向けた。

どうやら獲物を定めたらしい、まるで外国のB級映画に登場する生きる屍のようにズルズルと足を引き摺りながら茶々丸と子猫達を包囲する。

その異様な、しかもレーダーでも何故か認識出来なかった泥の怪物の群れを前に茶々丸は電子頭脳で結果を導き出した。

勿論勝てるだろう、だが未知数の敵を相手に子猫達を守り通す事が出来るだろうか?

 

「クッ、今此処で私が戦っても勝つ確率85%以上。

しかし……この子達を護りながら戦えば……未知数の相手に対してこの子達を……」

 

そんな計算など興味なくゆっくりと徐々に茶々丸達との距離を狭める泥の怪物達。

咄嗟に茶々丸は背後に居る子猫達を護るように泥の怪物達の前に躍り出る―――『再び昨日のように損傷を負い、葉加瀬に面倒を掛ける事となるのか』などと考えながら。

 

だが茶々丸は傷一つ負う事はなかった。

何故ならばそれは、本来なら助ける理由も無い筈の男が此処に乱入して来た故にだ―――

 

「ケッ、雑魚がッ!!!」

 

泥の怪物に飛び蹴りを叩き込むサイ。

しかし泥の怪物は砕けた部分を他の部分で補って体を修復するとサイの方向を向く。

どうやら攻撃を仕掛けて来た方を獲物だと認識したのだ。

 

「……!! ……貴方は、確か昨日の……」

 

「よう、元気かロボ子ちゃん。

多勢に無勢ってのは気に入らねぇからちと協力させて貰うぜ、別に文句はねぇよな?

とっとと後ろで震えてる可愛い子ちゃん達を安全な所に連れてけ」

 

その言葉に茶々丸は戸惑う。

この人物は己の仕える主とつい昨日戦ったばかりではないか。

それが何故、敵である自分を助けてくれるのか……その意図が解らないのだ。

 

「あの……貴方は……」

 

何かを言おうとする茶々丸―――

だがそんな事はお構い無しにサイは背を向けたままもう一度言う。

 

「良いからさっさと行け……“こいつ等は並の攻撃が通用しない”、打撃を叩き込んだ所で周囲の土や砂を吸収して再生する面倒臭ぇ連中だ。

こう言うクソ面倒な輩の相手は俺がやった方が都合が良い、勘も取り戻せるしな……出でよ、七魂剣・スサノオ!!」

 

サイの手に握られる一振りの剣。

それは昨晩出せるようになったサイの神具(アーティファクト)の一つ。

この剣が己の記憶に関係しているか、何故出せるようになったのかは理解出来ないが、その二つの神具の名と使い方は脳裏に刻み込まれていた。

 

「さて“ドロール”を潰すには泥を消し飛ばすか、それとも蒸発させるかが一番だな。

“白面九尾派導術 初之伝 焔術・装炎烈火”―――行くぞオラァ!!」

 

唱え終わるとサイの持つ七魂剣の刃から炎が噴出す。

この術は所謂、初歩中の初歩といっても過言ではない術だ。

元々サイには導術の才能は無い、だが初歩の術のみを使用して彼は何度も生き残って来たのである。

まあ記憶戻らぬ今の状況にあって、それを知る者が居る筈も無いのだが。

 

「(これは魔法!? ですが魔力は一切感じない……未知の力……)」

 

一方、剣から噴出した炎を見て茶々丸も驚いた。

何しろこの力を調べてみても、魔力は一切観測されなかったのだから―――

その炎を纏った剣で、サイは泥の怪物達を次々と倒していく。

 

胴を薙ぎ、その返し刃で上方向に向かって払う。

泥の怪物達は刃に灯った炎によって体の水分を蒸発させられ、砂となって崩れ落ちる。

 

仲間が簡単に倒されたのを見ていた残りの泥の怪物達は我先にとサイに攻撃を仕掛けようとする。

しかし、完全に死角から攻撃を仕掛けたというのにサイはまるで後ろにも眼があるかのように攻撃を避け、そのまま回転しながら後ろに居た泥の怪物を横薙ぎに切り裂く。

更にそのまま横から同時に迫ってくる怪物に対し、一方の頭部を蹴り飛ばして時間を稼ぎつつもう一方の怪物に炎を纏った刃を突き刺して砂へと還す。

 

そんな戦い方を見て茶々丸は気付く。

サイの戦闘方法は完全に“一対多”を想定した戦闘術だと。

思えば昨日、あの召喚した刀身に孔の開いた小剣で放った衝撃波も広範囲に攻撃する技であったようにも感じる。

だがそんな事よりも茶々丸の脳裏には別の疑問が浮かんでいたのだが。

 

そして最後の一匹を唐竹割りに両断するサイ。

泥の怪物の群れを消滅させた事を確認し終わった後、刃に付いた泥を払うかのように振ると共に炎も七魂剣も消える。

まさにあっという間の出来事であった―――荒削りな喧嘩の様な剣術だったが、それに茶々丸は救われたのだ。

 

 

 

 

終わった事に安心したのか伸びをしながら、ふとサイの目が大きな時計塔を捉える。

時間を見た瞬間、急にサイは慌て始めた……時計の針は既に自らが居候する教会の家主が帰ってくると言っていた時間となっていたのだ。

 

「ヤレヤレ、終わったか……さてこれで大丈夫だな、奴等の気配も感じねぇようだし。

ん? あっ、ヤベェ!! もうこんな時間かよ!? 早くしないとシャークティが帰ってきちまう!!

そんじゃなロボ子ちゃん、気ぃつけて帰れや……もう多分連中の生き残りは居ねぇだろうが、念の為によ」

 

そう言うと背を向けて走り出そうとするサイの背に茶々丸は声を掛ける。

 

「一つ聞かせて頂きたい事があります―――何故貴方は、私を助けたのですか?

昨日の事を垣間見れば、貴方が私を助ける事に意味など無い……寧ろマスターと戦うのであれば真っ先に私を倒すべきでしょう?

それなのに、何故貴方はあの正体不明の存在から私を―――」

 

これは茶々丸でなくても当然の質問だ。

普通は昨日今日敵対した(であろう)相手を戦力の低下を狙って倒すならば理解出来るが、助けるなどとは聞いた事も無い。

特に茶々丸は女性型人造人間(ガイノイド)であり、コンピューターのような無駄などをあまり持たない思考を持っている。

そんな彼女からすればサイの行動の意味が解らない。

 

だがサイはそんな訝しげな茶々丸に対してさも当然のように言葉を返す。

それは記憶を失っていようが居なかろうが関係ない、彼の魂に刻まれた『彼の信念』のようなものだったのだから。

 

「誰かを助けるのに一々理由が必要か? 馬鹿かテメェ? 敵だとか味方だとか、んなモン関係ねぇよ。

俺が助けてぇって思ったから助けただけだぜ? それ以外に小難しい理由なんぞねぇし、身体が勝手に動いたんだから気にすんな。

つうか別にそれで良いじゃねぇかよ、結果的に俺もテメェもテメェが庇ってる可愛い子ちゃん達も誰も傷付かなかったんだから。

うを!? てかそんな禅問答してる暇ねぇんだった!! んじゃな、またどっかで会おうや」

 

そう言うとサイは颯爽と走り去っていく。

彼に打算や思惑など無い―――唯“助けたいと思ったから助けた”と言う理由だけなのだ。

 

「………あっ」

 

そんなサイの去っていく後姿を見つめる茶々丸。

サイの言った言葉は効率を重視する彼女にとって、理解し難い事だろう。

そもそも何の見返りも求めず、しかも昨日戦ったばかりの相手を助けるなどと言う事の意味を彼女が気付ける筈もあるまい。

絡繰茶々丸、稼動してまだ2年(人間年齢2歳)の少女にそれを理解しろと言うのが度台無理な話なのだ。

 

しかし―――

 

「サイ―――光明司、斉―――」

 

そんな風に小さく口の中でサイの名を繰り返す茶々丸。

思考や頭脳では理解出来なくても、少なくともそれとは違う茶々丸の“何か”に、サイの言葉や名は深く刻み込まれたのであった。




ハイ、再投稿第二話完了です。
この作品の主人公、光明司斉は原作とはかなりキャラクター性が変化しております。

本来のサイの性格は
『天真爛漫だが熱い正義感を持った情熱家、ただし純粋な魂獣で無い事にコンプレックスを抱く故に上昇志向が非常に強い』
と言うような性格のキャラクターです。

ですがこの作品、白面ノ皇帝においては
『口が悪く無愛想、深く考えずに事件に飛び込む無鉄砲、しかしどんな時でも殆どその意思は揺ぎ無く、一度選んだ道に後悔も逃避もしない、誰かの為に泥を被る事を気にしない優しさを併せ持つ
生きたい様に生きる自由を好み、その実誰かを護る為なら自分が傷付く事もルールを無視する事も厭わない、他人の命令に従うよりも苦悩しても自由や自分の意思を貫く事を選ぶ漢』
と言うソニック・ザ・ヘッジホッグのような性格になっています。

原作性格好きの方にはすみません。
ですが性格的にそう言う性格のキャラがネギまにはいるものでして。
(てか、ぶっちゃけそう言う性格のキャラクター描くのが好きなだけなのですが)

ではこの辺で次回へ。
ちなみにこの物語の主人公はあくまでもサイです。
ですので主人公至上主義的な内容になると思いますがご勘弁を。

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