魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.21:心に抱えし紅き情景、黒き深淵の闇

ネギがカモに唆され、茶々丸を襲った日から明けて翌日―――

 

「やれやれ、またジジイの呼び出しかよ。

確かに住まして貰ってる恩義ってもんはあるが……いかんせん扱いが荒過ぎじゃねぇのか、全く」

 

「諦めろサイ、ジジイはそう言う人物だ……ボケてる癖に余計な所にばかり知恵が回るからな。

それに大方、此処の役立たずの魔法教師共では倒せんお前の世界のモンスターでも現れたんだろう」

 

相も変わらず学園長に対しては悪意無く、魔法先生達に対しては悪意満載な言葉を意地悪そうに笑いながら呟く二人。

もうこのやり取りもいつもの事なのでさして気になる事もあるまい―――学園長はクシャミをしていたらしいが。

 

だがそこでふとエヴァンジェリンの表情が変わる。

大体話の内容を理解出来ていたサイもまた表情を真剣なものへと変えた。

 

「サイ、話は変わるが……昨日の夜に茶々丸聞いたのだが、坊や(ネギ)が襲撃を掛けて来たらしいが事実か?」

 

「茶々丸が自分で言ったなら事実もクソもねぇだろ。

まあ若気の至りってな奴だ―――アイツは餓鬼だから人の話を鵜呑みにばかりしてたら後で後悔するってな忠告はくれてやったんだがな」

 

「……そうか」

 

そう小さく一言相槌を打つエヴァ、表面上は落ち着いている様に見えるが内心はどうだろうか?

不老不死で15年も麻帆良に縛り付けられていた彼女にとって茶々丸は『従者』という存在以上に『家族』と言っても過言ではない存在だ。

そんな自分にとって大事な存在を傷付けられそうになって何も無かった様に許せる者の方が少ないのが当然の人としての感情である。

 

ちなみに件(くだん)の少年は先の事件が切欠で引き篭もってしまい出て来ないらしい。

ありがたい事に休みの日三連休であった為に学園自体には迷惑は掛かっていないのだが、同室である明日菜にとっては落ち込んだネギを元気付けようと乱入してくるあやかだのまき絵だのが騒がしいらしく、朝会った際に苦言を呈して来ていた。

 

「全く、あのバカガキは。

テメェが引き篭もってりゃ事態が好転するとでも思ってんのかよアホが。

最初はちったあ根性のある奴だと思ってたが、こりゃ俺の目も曇っちまったかな……」

 

どこか悲しげに聞えるサイの声。

サイはネギの真面目で融通は利かないが只管に目的に向かって努力する姿に好感を覚えていた。

記憶は完全ではないので定かでは無いが、どこか前だけ見て進んでいるネギの姿と“かつての自分”が重なって見えていたのだ。

だからこそ進むべき道を陰ながら応援し、そしてほんの少し手を差し伸べていた。

成長の為に厳しくも優しく己が子を見守る厳父の如く。

 

「まあ、良く良く考えれば俺が口出しする事でもねぇな。

壁だの苦悩だのに直面して、それを乗り越えれるか乗り越えれねぇかなんてのは俺がしてやる事じゃねぇ。

テメェがテメェ自身で悩みぬいて最終的に答え出すもんだろうしよ」

 

「フン、お前の言う通りだろう。

しかし私としては家族とも言える茶々丸を傷付けられそうになった事はいかんともし難い。

お前のお陰で怪我一つなかったが下手をすれば一生消えぬ傷を負っていたかも知れん。

故に一度だけ、あの坊やに現実と言う奴を教えてやるとしよう―――」

 

ふと、急に黙っていたエヴァがそんな一言を呟く。

彼女としてはナギの事を吹っ切り、スプリングフィールドへの執着も憎悪も捨てれた今、ネギと戦う理由など無い。

しかし今回の襲撃でネギの考え方も少しは矯正しなければならない事や自分のどうし難い怒りを発散するには、お互い遺恨なくなるまでやり合った方が良いと言う結論に行き着いたのだ。

そんなエヴァを見つめるサイ……彼に対してエヴァは今までは決して見せる事も無かった優しい笑顔を見せて呟く。

 

「心配するな、殺しもしないし一生残るような障害を刻む心算も無い。

だが何かに心酔する者や現実を知らぬ者は一度『挫折』と言う奴を経験せねば変われぬものさ、それはお前の方が良く解っている筈だ。

其処から這い上がれるか、それとも堕ちて行くかは本人次第だろう……クチュン!!」

 

そこで最後に可愛らしいクシャミをするエヴァ。

此処の所は問題は無かったのだがどうも最近は季節外れの花粉が酷いらしく、また花粉症をぶり返していた。

まあそれだけでは無いのだが。

 

「オイオイ、大丈夫かキティ? 此処ん所、季節の割りに花粉が酷いからな。

しかもお前、顔真っ赤じゃねぇか……ちとお前、額触らせてみろ……って、おい! 何だこの熱は!?」

 

触った瞬間に理解した。

最初からやけに顔が赤かったり、何処と無く足取りがふらふらしてるなと思ったが凄まじい熱だ。

だがおかしい、もう既にエヴァ自身の魔力を押さえ込んでいた封印は解除された筈だが?

 

「……そうか、お前には言っていなかったな。

私は元々人間から不死と変えられた……だが元々、その術式が不完全のものであったらしい。

だから私は不死でありながら病を患ってしまうという面倒な身体をしているのだ、人に知られれば面倒だから教えないようにしていたのだがな」

 

いや違う、例えばそれを彼女を狙う者に知られればそれを見逃してなどくれないだろう。

己を護る為に彼女は大分無茶をしまくってきたのだ。

 

「馬鹿野郎が!! テメェ、何で俺に言わねぇんだ!!」

 

サイは直ぐにエヴァを背負うと来た道を戻る。

このままでは学園長に呼ばれた時間には遅れてしまうだろうがそれよりも先に彼にはやるべき事がある。

 

冷たく人に自ら嫌われようとするサイだが、その本質はお人好しだ。

自分の親友とも言える人物が無茶をして今にも倒れそう、しかも真祖の吸血鬼でありながら病に罹るなどと聞けば当然だろう。

 

全速力で駆け抜けるサイ。

その間、熱の所為かサイの背に身体を預けるエヴァ。

サイの頭からは彼女が不老不死だと言う事は抜け落ちていた。

唯、『友を失いたく無い』と言う思いのみで、その目にエヴァの住むログハウスが見えるまでスピードを落とす事無く。

 

ログハウスの中に入ったサイは急いで茶々丸に事情を説明する。

どうやら茶々丸もエヴァが隠していた事実は知らなかったらしく慌てて寝室の準備をし始めた。

 

「サイさん、マスターを寝かせて頂けますか? 私は急いで常備の薬や着替えの用意を致しますので。

あと向こうの冷蔵庫に氷があります、それと額を冷やす為の水の準備をお願いします」

 

「おう、氷と水だな!!」

 

実にバタバタと慌てた時間が過ぎる。

その後の二人の大慌ての看病により苦悶の表情を浮かべていたエヴァは落ち着き、すやすやと安らかな寝息を立て始めていた。

 

その時、不意に空気を読まずにサイのポケットで大音量の音楽が鳴る。

騒がしくも熱くなるその着メロは、サイが前に見て大分気に入った某超電磁砲なアニメのメインテーマである『LEVEL5-Judgelight-』。

 

意外に冷めているように見えて神曲をセレクトするものだ、と言うかサイが携帯電話を持っているのにも驚きだが。

尚、メールの方の着メロは某熱血超絶天元突破なアニメのメインテーマ『空色デイズ』と『涙の種 笑顔の花』である。

(ちなみにプライベートコールが『涙の種 笑顔の花』で通常コールが『空色デイズ』……携帯電話を持っている理由は、何かあった時に直ぐに連絡が出来るようにシャークティが買ってくれた為)

 

閑話休題(それはさておき)―――

大音量の着メロがかかってもグッスリ寝ているエヴァに安心すると電話に出るサイ。

そこから聞えてきた声は出来ればエヴァの看病に疲れているサイは聞きたくない相手だ。

 

『もしもし、サイ君かのう?』

「番号確認して電話してんだろうが、一々確認すんなよ」

 

其処から聞えてきたのはお気楽極楽な学園長の声だ。

まあ考えても見れば本来約束してる筈の人物達が来なければ連絡するのが当然の事である。

それに気付いたサイはぶっきら棒に彼なりの謝罪をした。

 

「あぁ、悪ぃなジジイ。

キティが花粉症悪化してな、だがどうせ大した事じゃねぇだろ。

茶々丸も大学病院の方に薬貰いに行っちまって離れられねぇんでな、用件があんなら今言えよ」

 

『フォフォフォフォフォ……成る程、そうじゃったか。

道理でいつもと違い、お主達がいつまで経っても来ん訳じゃわい……まあ良い、そこでそのまま聞いとくれ、実はのぅ……』

 

そこで電話越しに学園長の説明が始まる。

話によれば、またもやこの学園に魔法を持たぬ化物が現れたのだそうだ。

しかも面倒な事に魔法関係の一部の人物がサイやエヴァにばかり頼る事に憤怒して先走った事により取り逃がしたらしい。

更にご丁寧な事にその化物と戦った者達は疲労か何かによって学校を休んだそうだ。

 

「誰だか知らんが馬鹿かそいつ等?」

『手厳しいのぅ、まあ先生方達の事を止められなんだワシにも落ち度はあるからの』

 

電話の内容で大体の事を理解出来たサイ。

要は簡単に言えば、一部の馬鹿が暴走して獲物が逃げたから探し出して始末してくれと言う事だ。

まあ(学園長本人は当然の事なので気にしないが)麻帆良に住ませて貰っている恩義もあるし、己がこの世界に来た事によって魂獣界の怪物達が来ていると言う可能性があるならば放っては置けまい。

それに学園長は自分の孫娘や孫娘と同意な少女達を守りたいと言う思いもあるのだろう、ある程度それを理解しているサイにとって全てをひっくるめて断る理由は無い。

 

「解った、任せろジジイ」

 

簡潔にたった一言だけそう言う。

だがこの言葉は嘘でも偽りでも相槌でもない事は今までの彼を見て来て居れば良く解る。

そして『任せろ』と言う言葉通り、今まで彼は何度も傷付きながらボロボロになりながらも有言実行を貫いてきた。

 

不愛想で不器用、クールっぽく見せているがその実は密かに燃える熱血漢。

有言実行、不言実行、己の選んだ道に言い訳も後悔もしない本物の漢……それが短い時間だが学園長が彼の戦いや歩みを見て理解した“サイの人柄”だ。

 

「……うむ、宜しく頼む」

 

それ以上は学園長は何も言わない。

言う必要は無いのだ、学園長は理由はどうあれ“サイ”と言う人物自身を信じているのだから。

それに今、誰よりも彼が身を粉にしているという事を知っていた……勿論、サイ自身が言った訳ではないが。

 

話が終わり、電話を切るサイ。

するとそこで急に猛烈な睡魔を覚えた……エヴァが落ち着いたのと日頃の無理が祟ったのだろう。

最近はどのようにして現れているのかは不明だが特に魂獣界からの侵入者が多い―――それを倒せるのも、居場所を感知出来るのもサイ一人だ。

必然的に寝る時間も少なくなり、真夜中の麻帆良で侵入者を探し回っていれば疲れが出るのも当然の事である。

 

「最近はちっと無茶し過ぎか……まあもう直に茶々丸の奴も帰って来るだろうし、ちっとだけ寝かせて貰うかね」

 

そのままベッドの近くに凭れ掛かって目を瞑る。

直ぐに穏やかな寝息がサイから立ち始め、彼は久しぶりに熟睡をするのであった。

 

 

 

 

サイが眠りに着いてから30分程後―――

彼と茶々丸の看病とゆっくり眠れた事により熱も引き、エヴァはゆっくりと目を開けた。

 

「うむ……? 此処は……?」

 

完全に覚醒していない思考で周囲を見渡すエヴァ。

ボーっと周囲を見渡している内にそこが己の住んでいるログハウスの中だと気付いたのだろう。

トロンとしていた目は完全に覚醒し、何故此処に寝かされていたのかも思い出した。

 

「そうか……私は確か熱を出して……」

 

ふと、彼女がベッドの横を見ると其処には座りながら壁に寄りかかって寝ている人物の姿。

いつもは事なかれ主義で冷めているが、誰よりもお節介なエヴァにとって親友にして大切に想う人物が静かな寝息を立てていた。

 

「フッ、こう見ると本当に唯の小僧だな……全く、何故私はこんな小僧を愛する様になったのだか」

 

彼が寝ていると解っているからこそ出る言葉。

普段のエヴァならば照れ臭いし、ツンツンしている為にこんな事は口が裂けても言わないだろう。

遥か昔―――ナギに対して感じていた感情よりもその感情は深く、それで居て優しい。

 

だがそれは当然だ。

言うなればナギの場合は命を助けて貰った恩人であり、その事がそのまま恋愛感情に繋がっていった。

しかしサイの場合は己と同じく、苦悩や苦痛を背負って只管に前に進み続けて答えを出したタイプの人物であろう。

 

それを本人から全部聞いた訳ではないが態度や言葉の重さからエヴァは察していた。

更に身体に深く刻み込まれた多くの古傷……それは修行で付いたものだけではない、背に傷が無い所を垣間見れば逃げずに生きて来たという証だ。

 

「振り返る事も無く、唯真っ直ぐにか。

己の選んだ選択肢に後悔する事無く、自分の選んだ結論から逃げる事無く。

救うと誓った者の為にならば、唯只管にその者を救う為に自ら自身が傷付く事など厭わない。

全く、何処ぞのアニメの主人公の様な奴だ―――どんな生き方をして来ればそんな漢になれるのだかな」

 

そこでエヴァは一つ思いついた、実はサイ本人が気付いていないだけで彼に好意を抱いている者は実に多い。

共に居る事の多い茶々丸(ただし本人は無自覚)に美空(家族愛的な物の方が強いが)、麻帆良武道四天王(古、楓、真名、刹那)を始めとし、助けて貰った木乃香にのどか、更にダークホースのザジと何だかんだで口喧嘩仲間の千雨も怪しいのだ。

そんな茶々丸を除く彼女達よりも心の底でどこか優位に立ちたいと言う感情もあったのだろう。

 

サイは自分自身の過去を聞き、そして知っている。

ならばサイの過去や記憶を知っても問題ないのではないかと彼女は悪戯心的なモノも持ちながら考えた。

実際の所、サイは表立って記憶を取り戻したそうでは無いが思い出したくない訳でもないようなのだ。

そう言う事情ならば彼女の持つ夢見の術を利用すればサイの記憶に辿り着けるのではないかと。

 

ちなみにエヴァは人の事を彼是詮索するのは嫌いだ。

しかし今回の場合は想い人の事を知る事が出来、更には記憶を取り戻す切欠にもなるかもしれない。

物は言い様だが要は人助けのなるのだ、些細な事など気にせずに居ても良いだろう。

 

「うむ……良し、あくまでもこれは人助けだ。

サイの記憶が戻る事によって、サイにとって救われる事もあろう……べ、別に他に他意など無い、他意など無いぞ!!」

 

「マスター、どうかなさいましたか?」

 

其処にタイミング良く、まるで見計らったかのように茶々丸が帰って来た。

彼女は自らの主が何らかの魔法を唱えている姿を見て問いかける。

 

「わぁ!? な、何だ茶々丸か……むっ、丁度良い所に帰ってきたな。

今から『夢見の魔法』を使ってサイの記憶の中に入り込む、お前も着いて来い」

 

「えっ……し、しかし……」

 

唐突な申し出にいつもなら直ぐに肯定する茶々丸が迷う。

『夢見の魔法』とは言うなれば"人の夢に入り込む魔法”と魔法学校では教えられているが、実際は違う。

正確には『人の深層心理というべき記憶の部分に入り込む』と言うのが正しい……高々一桁の歳の子供達には教えるのがややこしい為にそう言った部分を省いて教えているのだ。

 

人の深層―――つまり奥深くに隠れている部分に入り込むというのは、要は人の過去を暴くのと同じ。

人の本性、隠したい部分、あった事柄など全てを知ってしまうと言う事なのだ……その事を知っている(エヴァに教えられた)茶々丸が返答に迷うのは当然である。

 

しかし―――

 

「茶々丸、何を勘違いしている……これは立派な人助けと言う奴だ、サイの過去を暴くのが目的ではない。

記憶を無くし、己の事を解らぬサイを助ける為に已む無く心の中を見るのだ……まあ、その途中で“偶然”他のものを見てしまう可能性はあるがな♪」

 

意地悪そうに笑うエヴァ、後半の言葉の方が実はメインだろう。

サイの事を知れば、他の(無意識の者も居るだろうが)彼を狙ってる者達より一歩リード出来る。

そんな打算がエヴァにはあり、茶々丸もノイズの様なものを感じながらエヴァの言葉に否定出来なかった。

茶々丸の否定しない様子を見たエヴァは詠唱の続きを唱える。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック―――夢の妖精、女王メイヴよ 扉を開けて夢へと誘え……」

(ニュンファ・ソムニー・レーギーナ・メイヴ・ポルターム・アペリエンス・アド・セー・メー・アリキャット)

 

詠唱を唱え終わり、目を瞑る二人。

本来ならばサイの能力無効化(アビリティキャンセラー)によって魔法は効果が無い。

しかし今のように疲労により深く眠りに就いている時のみは、唯一と言って良い程に魔法が通用する。

これでサイの事を少しでも知れる、二人には多かれ少なかれそんなワクワク感があった。

 

―――だが、これが。

このサイの過去を知る事が何よりも辛く、好奇心で知るべきでなかった事を後悔する事となるが。

 

 

 

 

~Side 記憶~

 

暗い―――何処までも暗い闇。

聞えるのは悲鳴、怨嗟の念、銃声や斬撃音。

鼻を突くのは腐臭、死臭、鉄のような血の臭い。

 

目に映るのは折り重なる獣人達の亡骸、犠牲者の血河。

その数は千を超え、万を超え、億を超え、明らかに数える事すら苦痛になる程だ。

この様子を見れば“地獄”とはまさにこの様な場所の事を言うのだろう。

 

そんな血河の中で青年はゆっくりと前に進んでいた。

向かって来る敵を斬り、穿ち、その命を絶つ―――たった一人でその銀髪の青年は戦い続ける。

戦友(とも)は居ない、己を進ませる為に文字通り命を賭けて道を切り開いてくれたのだ。

 

誓いを果たすまでは死ねない……否、死ぬ訳には行かない。

己が進む意味を、魂を賭けて戦い続ける意味を青年は誰よりも知っているのだから。

 

先に待つのは絶望でも、歩みは決して止める事は無い。

己が魂『七魂剣』が砕けようとも、父の誇り『六道拳』が砕けても、そしてもう一つの神具が砕け、この腕が千切れけ、足が無くなろうとも這ってでも喉元に喰らい付く。

それがかつて現実から逃げた己を救ってくれた戦友達や大切だった人達に報いる唯一の方法なのだから。

 

決して諦めない……かつて父が、母が教えてくれた。

『己を信じ、誇りを貫く事が出来る者こそが無限大の強さを得れる』のだと。

 

迷いは無い、涙ももう既に枯れ果てた。

彼の心の奥底にあるのは唯一つの誇り高き思い―――『全てを終わらせ、皆が笑って暮らせる世界を作る』と言う途方も無い“幻想(ユメ)”。

 

だが夢を持つ事、その大切さを父は教えてくれた。

目に映るのは巨大な人影―――その姿を垣間見ると、青年は笑って戦場に響く鬨の声を上げた。

 

 

『―――限界だと?

そんなモン当の昔に超えてるんだよ、舐めんじゃねぇぞテメェ!!

テメェの限界を人に押し付けるんじゃねぇ……俺を、俺達を、誰だと思ってやがる―――ッ!!!』

 

 

その言葉を最後に光景は暗転する。

広がるのは無窮にして深淵、深く暗い闇が再び辺りを立ち込めた―――

 

~Side out~

 

 

 

 

目を開いたその時、エヴァの目からは涙が流れていた。

それと共に己の軽率さを呪う、サイの記憶はそんなに軽弾みに見て良い様なものではなかったのだ。

 

「サイ、お前は……どうしてお前はそこまでして、笑っていられる?

世界そのものを敵に回し、多くの苦しみや悲しみを背負ってまで―――何故、其処まで誰かを救おうとする?

何故お前は、人の幸せばかりで己の幸せを願わない……この、大馬鹿者が……」

 

知ってしまった現実は少なくとも己よりも遥かに重い。

だがそんな中でも不平も不満も一つも言わずに己の命を賭して戦う姿、それは真に『英雄』と言う奴だ。

 

言葉だけではない。

その言葉と共に貫いてきた生き方という物が記憶を無くしている筈の彼の今を生み出しているのだ。

だからこそ彼は誰よりも救いを求める者を放っておけない底抜けのお人良しなのであろう。

その時、不意に後ろから声がした。

 

「あの……すみません、ノックはしたんですが……」

 

其処に居たのは引き篭もっている筈のネギだ。

突然の訪問に意図が解らないエヴァであったが、目から零れていた涙を払うとネギの方を見る。

 

「何の用だ、ネギ・スプリングフィールド。

私は貴様に用事など無い、大体貴様は何も考えずに私の家族とも言える茶々丸を良く考えもせずに襲ったのだろう?

挙句の果てにはサイに激怒され、挙句の果てには現実逃避して引き篭もっているのではなかったのか」

 

棘のある言い方にしゅんとするネギ。

だが意を決したように一度目を閉じると、エヴァの後ろにいた茶々丸に向かって頭を下げた。

 

「茶々丸さん、すみませんでした!!

あの後ボク……お兄ちゃんに言われた事を思い返して見て、先生失格だと思いました。

今までボク、魔法学校を主席で卒業して何でも出来るっていい気になっていたんです……」

 

後悔するかの様に、それで居てしっかりと茶々丸やエヴァの方を見ながらそう言う。

その目にはどうやら迷いのようなものは無いようだ、ネギなりに引き篭もっていた間に色々と考えたと言う事だろう。

 

「その所為で自分で考える事もせずに、流されて……。

結果、茶々丸さんを傷付けそうになって―――他に逃げる為の道ばっかり考えて言い訳してました。

馬鹿ですよね、そんな事した所で現実から逃避してるだけで何も変わらないというのに……」

 

小さく震えているネギ。

己のしてしまおうとした現実を改めて考え、怖くなったのだろう。

しかしその目は決してエヴァと茶々丸から外そうとしない。

 

「だからボク、決めました。

これからは流されるんじゃなくて、ボク自身がしっかりと考えて答えを出すって。

で、考えた結果、まず最初に迷惑をかけた茶々丸さんとお兄ちゃんに謝りたくって……」

 

「……そうか」

 

唯一言だけエヴァは呟く、見ればネギの目の下には深い隈が刻み込まれていた。

恐らく、引き篭もっている等と言っている時に自分一人で眠る事も無く良く考え、考え抜いた結果と言う奴だ。

 

「―――ネギ先生、頭を上げてください。

元より私は怒ってなど居ません、謝罪していただいただけでもう結構です」

 

その言葉を聞き、改めてもう一度頭を下げる。

サイにも謝る心算だったようだが、爆睡しているのに合わせてエヴァが『寝かしておいてやれ』と言う為に謝罪は後日と言う事になった。

そしてそのまま背を向けて帰ろうとするが、不意にエヴァがネギを引き止める。

 

「おい待て、ネギ・スプリングフィールド」

 

『何だろう?』と思い、エヴァの方を向くネギに彼女はある事を言う。

 

「一つ、貴様と私の蟠りを解消する方法がある……貴様はそれなりに実力があるのだろう? ならば私と魔法で戦え」

 

驚いた表情になるネギを無視して時と場所を簡潔に伝えて追い返すエヴァ。

確かに本気で殴りあった方が遺恨も何も吹っ飛ぶだろう、余計な言葉よりも拳を交わした方が良い時もあるのだから。

 

「……ん~、あぁ寝ちまってたか?

あん? キティお前……もう大丈夫なのか? 熱は?」

 

と、そこでまたもやタイミングを計ったかのようにサイが目を覚ます。

そんなサイにエヴァは熱が引いた事とネギとの決闘の事、そして不注意で過去の事を少しだけ知ってしまったと言う事を説明して謝罪した。

本当は茶々丸もエヴァも全部知っていたのだが、それを伝えるには辛過ぎると言う事で黙っている事にしたのだ。

 

その時に彼女が知った事の内容とは、彼の戦友達の名である。

 

「メルト以外にロック、ミツキにアガート。

それにダレスにカヌキ、デヒテラにキリク、ボルトにユーナにギギにバエル、それにルーグにムジナ、か――」

 

「あぁ、お前の戦友達の名だ……済まんな、記憶を覗いておいてその位しか解らなかった」

 

そんなエヴァの言葉に首を横に振るサイ。

彼にとっては急いで記憶を取り戻そうとしている訳では無いが友の名を思い出せただけでも充分だ。

 

「いや……ありがとな、キティ。

確かに俺には戦友であるそいつ等が居てくれた、顔は思い出せねぇけどよ……」

 

そんな風に小さく呟くサイ。

エヴァと茶々丸は罪悪感を抱きながらもネギとの決闘の為の準備を始めたのであった。




第二十一話の再投稿を完了しました。
今回の話は原作第三巻、ネギがエヴァに果たし状を渡しに行って夢の中を見たところです。
まあ役柄を殆ど変えちゃいましたけどね。

何だかんだでこれにてエヴァVSネギの決闘が始まります。
完全に流れは辻褄合わせの如くですが、一応『茶々丸を傷付けようとした』って理由があれば性格が丸くなったエヴァでも戦うかと思いまして。

そして此処で遂にサイの過去を知ってしまいました。
この事がエヴァや茶々丸の進む先に色々な影響を与え、恋に恋する少女達にも何かしらの影響を与える事となります。
ですがその辺の話はまだ後で書きますので今のところはお気にせず。

では次回、お楽しみください^^

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