魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.20:With great power comes great responsibility~撃つ覚悟に撃たれる覚悟~

その日、サイは実に不機嫌であった。

別に昼寝を邪魔されたとか、妖怪ジジイに何かされたとか、昼飯を横取りされたとかそう言う事ではない。

 

寧ろ朝から昼にかけては表に出す事は無いが実に機嫌が良かった。

昨日から共に修行する事となった刹那はサイなりの不器用な説得により自ら木乃香に歩み寄る努力をし始めたらしい。

 

偶々朝、木乃香を町で見た時に声をかけようと必死に努力していた刹那を見た。

手を伸ばしたり引っ込めたりしている所を垣間見るとまだ完全の雪解けには早いが彼女なりの葛藤が見える。

出来れば絆を取り戻してくれれば良いのだが。

 

更に珍しく朝から勝負を挑んでくる馬鹿共にも会わない。

のんびりと、それで居て楽しく麻帆良を捜索するのが好きなサイにとってはそれは実に喜ばしい事。

しかも(サイは知らないが)恋に恋する戦闘狂共にも会わなかったのは彼にとって気ままに散歩出来る一日になると言う事だ―――当然機嫌が良くなるだろう。

 

しかも他にも良い事があった。

なんといつもお得意様としてハンバーガーを買っている為か、ハンバーガーを只で一つおまけしてもらえた。

更に更に自動販売機で缶コーヒーを買えば、当たりでもう一本と実に怖くなる程にツイて居たのである。

 

しかしまあ、大体こんなにツキがある時はどこか別の所で取り返されるのが人生だ。

その日の昼……機嫌良く学園長の呼び出しを受けたサイは実にその機嫌を最悪とする事態に巻き込まれるのであった。

 

 

 

 

「やれやれ、確か此処に向かってるんだよなその侵入者ってのは」

「うむ、そうらしい……ふわ~~~~あ、しかし昼はやはり眠いな」

 

ブラブラとしながら周囲を見渡しているサイ。

その横で眠そうな表情で一緒に歩いているエヴァンジェリン。

今回は茶々丸は留守番だ、そもそも彼女の索敵能力を使うまでも無い。

大分、サイとエヴァの二人で行く事を渋っていたようだが。

 

「しかしお前そんな面倒な事無視すると思ったが、意外にも面倒見が良いんだなキティ」

 

「意外には余計だ、意外には。

そもそも登校地獄の呪いは解けたとは言え、一応此処(麻帆良)に住んで居るからな。

面倒でも恩義位は返した方が良いだろう(まあ、昔ならそんな事を考える事も無かったろうが)」

 

そう一言だけ言うと恥ずかしかったのか照れ臭いのか顔を紅くしてズンズン先に進むエヴァ。

どうやら確実にサイとの出会いがエヴァ自身の考え方を変え始めているようだ。

そんなエヴァを見ながら『ヤレヤレ』と一言呟くと後を追うサイ。

 

「んで、俺らが探してる侵入者ってのは何なんだ?

ジジイからはとりあえず『悪さをするようなら捕まえてくれ』って言われてるが」

 

「先にしっかり話を聞いておけ馬鹿者が。

話によればウェールズのオコジョ収容所(刑務所)(※)から脱走したらしい。

罪状は確か……あぁそうだ、下着泥棒二千枚だったかな?」

 

「何だそりゃ、下着ドロかよ……んなもんテメェらで捕まえろよ面倒臭ぇ」

 

呆れた様に呟くサイ、侵入者が来るからどんな相手かと思ったがまさか下着ドロとは。

強い相手と戦えると思っていたサイのテンションは急にがた落ちとなった。

 

 

※)ちなみに此処で説明しているオコジョ収容所とは。

少し前に一般人に魔法を知られてしまった魔法使いは最悪の場合にオコジョにされると説明したのを覚えているだろうか。

そう言った所謂“失敗者”達を反省、もしくは矯正する為の施設である……まあ簡単に言えば魔法使い達の刑務所だ。

 

 

さて、それはさておき。

探す侵入者が下着泥棒だと言う事を知って途端に落胆するサイ。

しかし、学園長からの依頼は依頼なので頭を切り替えて(ある意味、細かい事は無視して)その侵入者を探す為に神経を研ぎ澄ます。

・・・サイの感覚神経は(一応、魂獣とは言え)獣人の血が混じっている為鋭いのだ。

勿論、記憶がなくなる前に比べれば精度は落ちるのだが。

 

「怪しい気配は付近にはねぇな」

 

サイはそう言うと目を開く。

だがエヴァは気付く、麻帆良学園都市に張り巡らされている結界を何かが通り抜けたのを。

 

「む、何かが結界を越えたか。

恐らくはコイツがジジイの言っていた侵入者だろう、方角は女子寮の大浴場か―――良し、行くぞサイ」

 

「……お、おう。

つうか女子寮の方って此処から大分離れてるぞ、キティそんな所まで索敵出来るのかよ?」

 

そんなサイの言葉を当然の如く頷くエヴァ。

彼女にとって見れば結界の張られているこの麻帆良の最端から侵入されたとしても気付けるだろう。

流石はかつて懸賞金600万の賞金首であり、最強クラスの魔法使いと言うだけある。

 

「そんな事よりとっとと行くぞ……逃げられても面倒だし、その所為でジジイにまた余計な事を頼まれるのも癪だ」

 

サイはその言葉に頷く。

そして二人は女子寮の方に向かって走り出した。

 

尚、この後の事だが簡単に説明しておこう。

実はこの会話の裏で女子寮の大浴場で下着ドロが発生し、旧2―Aの生徒達が更衣室で着替えられなくなっている所にサイ達が侵入してしまい黄色い悲鳴を浴びせられた。

また運が悪い事に其処には刹那、古、楓、真名に明日菜と木乃香とのどかに夕映やらザジやら美空やらと言ったサイとそれなりに交友(もしくは恋愛感情)を持っている者達が勢ぞろいしていたのだ。

その為に崩拳はぶち込まれる(古)、何処から出したのか苦無は投げられ(楓)斬られそうになり(刹那)銃撃されそうになるわ(真名)、飛び蹴りは喰らわされ(明日菜)、トンカチでぶん殴られ(木乃香)、真っ赤になってぶっ倒れられ(のどか)、でかい辞書で思いっきりぶん殴られた(夕映)と散々であった。

更にはエヴァにはこれでもかとぶん殴られ、後々説明を聞いた茶々丸からは白い目で見られと、まさに昼までの幸福感は一瞬にして消失したのだ。

しかも面倒な事に刹那が毎朝サイと修行(手合わせ)をしていると知った残りの武道四天王(古、楓、真名)に交替で毎日手合わせを頼まれるなどまさに散々である。

 

―――そしてその日、サイは誓った。

『この状況を作り出した下着ドロのクソオコジョを絶対にブッ殺す』と。

ちなみにサイが更衣室に入ってきた際に何かがあったのかと心配していたのはザジと美空だけであったとさ。

 

 

 

 

 

その日の夜。

エヴァと別れた後に紆余曲折し、本気で全力で侵入者であるオコジョの居る場所を感知したサイ。

クソオコジョの居たのは現在ネギが間借させて貰っている明日菜&木乃香の部屋だった。

(ちなみにこの時、木乃香が爆睡してた)

 

「さて弁解はあるかクソオコジョ? あるなら先に言っておけ、口が聞けなくなる前にな」

 

怖い、本気(マジ)で怖い。

口調はいつもどおり乱暴なだけだが、目が笑っていない。

多分本気でブチ切れている者とはこの様な目付きをするのだろうと思われる。

感情が見えないからこそ余計に怖い―――

 

『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ許して下さいゴメンナサイゴメンナサイ……』

 

サイの足元で青くなり冷や汗を掻いてるのは自称・オコジョ。

外見は可愛らしいが二千枚の下着を盗んだエロ親父のような存在であり、サイをブチキレさせた人物(?)だ。

ちなみに此処は麻帆良学園女子寮裏庭、時刻は既に太陽が西の地平線に沈みかけている時間。

 

「あ、あのですねお兄ちゃん……こ、これには事情が……」

 

「お前は黙っていろネギ。

おいクソオコジョ、黙ってないで弁解なり何なりしたらどうだ?

そうすればそうだな……楽に死なせてやるぞ?」

 

「……てか、殺すの前提なのね。

それよりアンタさぁ、子供を誑かせて一体何をやろうとしてたのよ?

ほらこれ、ネギのお姉さんからの手紙……下着泥棒二千枚って、アンタ要は悪い事して逃げて来ただけでしょうが」

 

サイの言葉にネギの表情が一気に引き攣る。

さらに明日菜の言葉でサイの足元にいたオコジョは更に全身を青くさせるかの如く真っ青になっていた。

意外とこの二人、気が合うのかもしれない。

 

更にサイがブチ切れている理由。

それは所謂、このオコジョの所為で女子寮の大浴場に入ってしまい無茶苦茶にぶん殴られただけと言う訳ではない。

その理由は離れた場所に寝かされている一人の少女、宮崎のどかの存在がある事に関係している。

 

「オイ貴様、百歩譲って下着ドロという罪は情状酌量の余地を与えてやろう。

だがなぁ……何も知らんし何も関係のねぇ宮崎をこんなモンで操って強引に“仮契約”とやらをしようとするってなぁテメェ、一体どう言う了見だ?」

 

その手に持っているのはまるで一口チョコのような物体。

しかしこれがそんな物でない事は一目見て禍々しさを感じた為か良く解る。

サイがその手に持つこのチョコレートの様な物質は何を隠そう、魔法世界の裏に伝わる『惚れ薬』であった。

 

『い、いえその……こ、これには深い事情が……』

 

何らかの弁解をしようとするオコジョ。

だが元より人の感情を操ったり弱みに付け込むような事を最も嫌うサイにとって今回の事は度し難い程に許せない事であった。

 

「テメェ……何の理由があるか知らねぇが、何も解らねぇような一般人巻き込もうとしてんじゃねぇよ」

 

その目に映るのは強烈な殺気。

事情はどうあれ、裏の事(魔法世界の事情)を知らない唯の一般人を巻き込むと言う事。

それはつまり、何も知らない者の命を握っていると言う事と同じだ。

 

「それにテメェもだ、ネギ」

「えっ……?」

 

いきなり言葉を振られた事により面食らうネギ。

サイの目はネギが今まで見た事がない程に冷たく、それでいて見方によっては悲しげな目をしていた。

 

「テメェが餓鬼なのは仕方ねぇ、まだ数えで10歳なんてのは本来なら初等部にでも通ってる年齢だからな。

だが少しは考えて行動しろ―――何でもハイハイと人の話鵜呑みにしてるだけでその事がどんな結果を生むのかを考えねぇで行動し続けてりゃあ、テメェは必ず後悔する事になるぞ。

……そんな事実に直面してからじゃもう遅ぇんだよ」

 

最後の言葉はまるで自分に言い聞かせてる様にも聞えた。

一方、兄の如く慕っているサイからそんな辛辣な事を言われたネギは眼に見えて落ち込んでしまっている。

 

「チッ、胸クソ悪ぃ……まあどうでも良いわ。

オイネギ、このクソオコジョの処遇はテメェが責任持て、ジジイの所に突き出すもテメェが匿うも勝手にしろ。

ただしこのクソオコジョのやった事の責任だけはテメェが自分で取れ、解ったな?」

 

吐き棄てるように言い終わるとオコジョを踏んでいた足の力を弱める。

その隙にネギの足元に逃げるオコジョ……それを一瞥したサイは答えも聞かずにそのまま去って行くのだった。

 

―――尚、この後に相変わらず覗き見をしていた学園長に将棋を指しながら聞いた話だが。

あのオコジョの名は『アルベール・カモミール』、ネギがまだウェールズの魔法学校にいる頃に罠にかかっている所を助けた事が縁でそれから何度か親交を深めていった自称・由緒正しきオコジョ妖精の漢。

今回の脱走騒動はあくまでも無実の罪であり、下着を盗んでいたのは病弱な妹の為であったそうだ―――更に強引な手でネギを仮契約させて隠れ蓑とし、脱走の罪で連れ戻されない様にしようとしていたらしい。

『……それの何処が漢だ』とサイは実に的確な突っ込みを入れていたが。

 

更にその後、ネギ自身のたっての希望によりカモミール(以後、カモ)は正式にネギのペットとなった。

まあペットに対して時給五千円を払うとか言っていたらしいが、果たしてそれは本当にペットなのだろうかと言う甚だ疑問が湧いてくるのだが。

しかしある意味では脛に傷を持つ、世の中の仕組みを知っている者が近くにいた方が『純粋過ぎるネギ』には良いのかも知れない。

 

しかしこの後。

そのカモの言葉によってある事を引き起こしてしまう事をネギは知らない。

そしてそれによって、直接的にではないにせよ一人の人物の未来を変えてしまうという事も。

 

 

 

 

カモの学園都市侵入から明けて次の日。

既に学校が始まっている事もあり、3-Aと上の学年となった元2-Aの生徒達。

ネギも正式に採用され、サイもあまり興味は無いが(一部の生徒は大喜びしていたが)正式に麻帆良学園の生徒となった。

その日は一日何も起こらず、平和であると思っていたその矢先……ある事が起こってしまう。

 

始まりはカモが自身の良くやる『まほネット』という魔法世界に繋ぐ為のインターネットの様な物でネギのクラスに居たエヴァが懸賞金600万の賞金首だと知った事による。

実はエヴァは今は別として、かつてはネギの父親であるナギを追い回していたという事によりネギに危害が及ぶのではと考えたカモは先手必勝というような考えの下に彼女の従者である茶々丸を狙おうとしたのだ。

しかもご丁寧にネギと共に居る事の多い明日菜を仮契約させて。(実際の所は中途半端な契約の仕方なのだが)

 

この後に二人+一匹は茶々丸の良い所を存分に見る事になるが、それはかつてサイが助けた時と同じなので割愛しよう。

紆余曲折あり、いつも通り茶々丸がネコに餌をあげ終わった後に唐突にそれは起こった。

 

「何か私に御用でしょうかネギ先生、それに神楽坂明日菜さん」

 

急に声をかけられて驚く二人。

だが呼ばれたからにはいつまでも隠れてなど居れまい、ゆっくりと物陰からネギと明日菜が現れる。

 

「……茶々丸さん」

 

小さく呟くネギ―――本当の所はネギは迷っている。

彼女は自分の受け持つクラスの生徒であり、しかも率先して人の為になる行動をしていた人物だ。

だから本当ならば戦いたいなどとは思わない……しかし、ネギには放っておく事も出来ない。

 

ネギが目指すのは『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』。

魔法世界で英雄と呼ばれている父親のようになりたいと思うネギにとって、悪の魔法使いと言う存在をカモから聞かされた時は許せなかった。

世の為人の為に働くのが魔法使いの義務―――そんな風に“洗脳”されていたのだから。

 

しかし正義などと言うのは所詮、偶像に過ぎない。

正義の反対が悪、悪の反対が正義などと言う考え方は本質と言う物を何も解っていない。

正義の反対はまた別の正義であり、悪の反対はまた別の悪である―――更に人其々に考え方がある様に、正義と言うものも人の考え方で全く変わって来るものだ。

自分の考えをすべて相手に押し付けるというその行為そのものが言うなれば『悪』だろう。

 

だが悲しいかな、立派な魔法使いなどと言う物を目指す者達は大体が理想と言うものばかり追い求め現実から目を背けている。

そう言う風に幼き頃から教わっているのだから仕方が無いのかもしれないが。

兎に角、そんな事によりネギは父の背中を追い求めすぎるが故に今はまだ大切な事に気付けて居なかった。

 

「茶々丸さん……申し訳ありません」

 

有無も言わさずに構えるネギ。

目には迷いがあれど、此処までなってしまったからにはもう引き返せない。

 

「ネギ先生……そうですか、解りました……お相手させていただきます」

 

ネギのその姿を見て茶々丸も何かに気付いたのだ。

いや、多分……ネギがしようとしている事に気付いたのだろう。

カモに唆されたとは言え、父親を狙っていた悪の魔法使いが居るとなれば10歳の子供のネギでは感情を抑える事が出来ないという事も。

 

エヴァも茶々丸も今更ネギを襲撃する理由などない。

彼女の主は本気・本音でのサイとのぶつかり合いによって過去を吹っ切って先を進む事を選んだ。

そして茶々丸もまた主の変化を喜び、己自身の心の変化に戸惑っている節がある。

しかしそんな事を説明した所でネギは納得しないだろう。

 

だから彼女は選んだ。

かつて主を過去と言う名の呪縛から解き放ってくれた“彼”と同じ様に。

なんらかに囚われてしまい前しか見えていないネギを救うと……その為に自分自身を賭けると。

 

故に本来は戦う事を嫌う優しき少女は合えて理由を問う事もせずにネギの前に立ちはだかったのだ。

 

「行きます!! 契約執行、十秒間!! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」

(シス・メア・パルス・ペル・デケム・セクンダース・ミニストラ・ネギィ)

 

その瞬間、明日菜は不思議な感覚を身体に感じる。

まるで身体に電流が走ったかのような感覚に密かに呻き声か喘ぎ声の様なものが口から呟かれた。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 光の精霊十一柱、集い来たりて……」

 

魔法の詠唱を唱え始めるネギ。

それを耳で捉えた茶々丸は魔法の詠唱の阻止をしようとするが間合いに入り込んで来た明日菜によって邪魔されてしまう。

しかし慌てる素振りも見せずに茶々丸は呟く。

 

「……早いですね、ですが甘いです。

マスターや姉さん、それにサイ“様”はその程度の速度ではありませんから」

 

向かって来た二発目の攻撃を読み、絡み取って足を払う。

これは彼女の主であるエヴァがかつて気まぐれで覚えた合気柔術の技法。

更に此処から首を下げた相手の首筋に向かって肘打ちを打ち下ろすサイの古武術の基本技法“首断(くびだち)”も見て覚えていたが、流石に今使うべきではないだろう。

その技は言うなればさながら断頭台の罪人に斧を振り下ろすような“殺人技”なのだから。

 

自然とサイの事を様付けで呼んでいる事に首を捻りながら直ぐにネギの方を振り向く。

すると既にネギの周囲には光の玉が展開していた……正直な話、詠唱終了までの時間が実に早い。

前にエヴァの命令によりネギの事を調べていた際に天才魔法使いだと称されていたのは嘘でも冗談でもなかったという事だ。

もう準備は出来てしまったのだろう、多数の魔法の矢の切っ先が無慈悲に茶々丸に向かって構えられている。

 

『兄貴、相手はロボだ!! 手加減しちゃいけねぇ、此処は一発派手な呪文でドバーッっと!!』

「う、ううっ……!! 魔法の射手 連弾・光の11矢(サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス)!!!」

 

ネギの掛け声と共に放たれる光の矢は一斉に茶々丸に襲い掛かる。

追尾するタイプの光の矢にいつもエヴァやサイと修行をしている茶々丸も流石に避けるのは無理だと理解した。

ならば自分に出来る事は唯一つ、出来る限り大きな損傷を受けない様にする事だけだ。

 

「追尾型魔法至近弾多数、避け切れません。

申し訳ありませんマスター、修行の成果を発揮する事は適いませんでした」

 

回避行動を止めて立ち止まる茶々丸。

 

「サイ様、申し訳御座いません。

また共に猫達に餌をあげに行こうと約束したのに適わぬようです……どうか私が動かなくなった後もマスターと共に」

 

そんな悲しげな呟きが口から漏れる。

慌てて魔法を止めようとするネギだが時既に遅い、魔法弾を止めようとするが放たれた銃弾の如きものが止まる筈も無かった。

明日菜も止め様とするが間に合う筈も無い、魔法弾はそのまま茶々丸の身体に喰らい付こうとした。

 

だが―――

 

「剣衝・八爪発破―――ッ!!」

 

まるで茶々丸を包み込む様に放たれる斬撃痕。

その斬撃は向かって来た光の矢を削り取り、一発残す事無く消し去る。

余りの事に三人は言葉を無くす―――そこに居たのは勿論、七魂剣を手に携えたサイであった。

ただしいつもとは違い、知り合いであるネギに対してあくまでも無表情でだ。

 

「さ、サイ様……?」

「アンタ……」

「お、お兄ちゃん……」

 

いきなり現れたサイに皆、呆然とした表情をする。

そんな事など気にする事もなく、サイは茶々丸の方を一瞥し無事なのを確認してからネギ達の方を向いた。

どうやら原因の少年少女は今までに見た事のないサイの態度にビクッと肩を震わせる。

しかしそんな事に頓着する事も無く淡々と彼は口を開いた。

 

「……テメェ、何やってんだ?」

 

問い掛けの言葉は簡潔でありながら最も憤怒の感情が解り易いもの。

逆にいつも辛辣な言葉を吐いているサイだが、この様に淡々と口を開かれた方が怖い。

 

「聞えねぇのか? 何やってんだって聞いてんだクソガキ」

「あ、あの……そ、その……」

 

しどろもどろに答えを出せずに言葉に詰まるネギ。

その横にいた明日菜は言い訳をしようとするのだが―――

 

「あ、あのねサイ、これには深い訳が……」

「……黙れ、テメェにゃ聞いてねぇ」

 

無表情でありながら怒気を含ませた一言に明日菜が青褪める。

無理もない、こんな状態のサイを見たら麻帆良の百戦錬磨の魔法先生や魔法生徒達でも恐怖を覚えるだろう。

庇われた茶々丸さえ見た事もない、本気で怒っているサイの姿だ。

 

「おいクソガキ……確か俺は言ったよな、テメェ自身で考えねぇで人の話にホイホイ付いて行けば必ず後悔するってよ。

今回の事は大方、テメェの肩の上のクソオコジョにでも吹き込まれた入れ知恵だろうが」

 

サイの怒気に震え上がるネギとカモ。

腹立たしかった……親友の様に感じていた茶々丸を襲撃された事も理由の一つだ。

だが最も腹立たしかったのは、自分の浅はかな行動がどの様な現実(けっか)を生むのか考えていなかった目の前の小僧。

 

「ならテメェは茶々丸を撃破した後の事を考えたか?

茶々丸が動けなくなって悲しむ者が居ると考えなかったのか? それが原因でキティが本気で怒る事も考えていなかったか?

いや、そもそもキティ本人にテメェは狙われたりしていたのか?」

 

ネギの肩の上で縮こまるカモを一瞥する。

その鋭い殺気を纏った視線に『ひいっ!?』と小さく悲鳴を上げるとカモはネギの後ろに震えながら隠れた。

 

「自分で深く考える事も無く、流されるまま。

それについて弁解も出来ずに黙り込んでいれば事態が好転するとでも思っているのか、その御目出てぇ頭は?

―――それで良く人を導くなんつう“教師”が勤まるモンだな」

 

静かに歩き出すサイ、一歩一歩大地を踏みしめながら怒気を含めた言葉を吐く。

それに気圧されたのか、それとも恐怖で弛緩しているのか、二人は顔面を蒼白にして動く事すら出来ない。

そのままサイはネギの前に立つと恐怖で涙ぐみながら顔を背けているネギの頭を鷲摑みにして強引に自分の方を向かせた。

 

「クソガキ、良く覚えとけ。

誰かを撃って良いのは自分が撃たれる覚悟がある奴だけだ、誰かを傷付けるならそれ相応のモンを背負うって事も覚悟しろ、その覚悟もねぇなら人を襲おうなんて考えんな。

それとな、選んだ“理想(みち)”の結果を受け入れずに目を背けるなら初めから目指すなんじゃねぇよ」

 

鷲摑みにしていた手を離す。

するとネギは耐え切れなくなったのか泣きながら走り去ってしまった。

無理もない、兄の様に慕っていた人物からそのように言われてショックを受けない者など居ないだろう。

 

「あっ、ちょっとネギ!!

ちょっとアンタ、幾らなんでも言い過ぎじゃないのよ!! ネギはまだ10歳のガキンチョよ!? それなのにあんな……」

 

其処まで言って更に何かを言おうとした明日菜。

しかしその言葉は喉元まで出掛かっていたが止まってしまったのだ、サイの顔を見た瞬間に。

サイの表情はどこか辛そうな表情をしていたのだ―――

 

「あぁ? チッ、10歳の餓鬼だから何だ。

餓鬼だろうが何だろうがアイツのやった事は褒められた事じゃねぇ。

しかもテメェ自身で考えて出した結論ならまだ多少は許されるが、他人の言葉を鵜呑みにして流されただけだろ。

現実を知らねぇ餓鬼に優しく言った所で理解出来る訳ねぇだろうが」

 

辛そうだった表情は一瞬で消え、直ぐにいつもの毒舌が戻る。

彼のその表情、更に言い返す事の出来ない言葉に明日菜は溜息を吐くとネギの走り去って行った方向へと向かっていった。

 

「……大事ねぇか、茶々丸」

「あっ、はい大丈夫です……それよりもサイさま……いえサイさん、少々失礼致します」

 

そう言うと何を思ったのか茶々丸がサイの腕を取る。

良く見てみればその掌は余りにも思いっ切り拳を握っていた所為で爪が食い込んで血が流れていた。

サイは握力が強過ぎるが故、本気で拳を握ると自身を傷付けてしまうのだ。

 

「別に手当てなんぞ必要ねぇよ、どうせ放っておいても直に俺自身の法力で塞がっちまうんだからな」

「申し訳ありませんがその言葉には肯定しかねます……目の前で傷付いている者が居れば助けるのは当然かと」

 

手際良く何処からともなく取り出した包帯を巻く。

直ぐにサイの掌は綺麗な白の包帯で包み込まれた―――と、ふと足元を見ればサイと茶々丸がいつも餌をやっている猫達が擦り寄って来ている。

どうやらこの猫達も彼らなりに心配していたのだろう、茶々丸がそっと撫でてやれば嬉しそうに身体や頭を摺り寄せていた。

 

「さて、俺は行くぞ。

偶々散歩してたらこんな状況に出くわしたんでな、そろそろ散歩の続きにでも戻るさ。

まあもうあんな事はねぇだろうが一応気を付けて帰れよ」

 

本来ならば送ってやった方が良いのだろう。

だがそんな気分になれないサイは一人になろうと再び何処かへと向かって歩き出そうとしていた。

 

「あっ、はい解りました……あのサイさん、今日は本当にありがとうございました」

 

ぺこりと頭を下げる茶々丸に後ろ手で手を振りながら歩いていくサイ。

一人になった時、不意に彼は小さく呟いた。

 

「チッ、胸クソ悪ィな……クソが」

 

その言葉は果たして誰に向けられたのか。

愚かな行為をしたネギに対してか……それとも己自身に対してか。

しかしその答えを解る者は居らず、サイの小さな呟きは太陽の光降り注ぐ空に吸い込まれて消えた。




これにて第二十話の再投稿を完了しました。
今回の話は原作第三巻のエロオコジョが合流した後、茶々丸に攻撃を仕掛けた際の話です。

はい、遂にやっちまいましたね。
ネギまSSで必ずと言って良い程に書かれるストーリーの内の一つ、ネギの暴走。
話によって優しく諭したりしたりしますが、私のは敢えて厳しくしました。

コードギアスの名言
『撃って良いのは、撃たれる覚悟の在る奴だけだ』―――まさに真理ですな。
自分が凄い力を持っているって事はそれ即ち、誰かを簡単に傷付けれるって事と同義ですし。
大きな力を望む望まないに関わらず持ったって事は、それ自体や行動自体に責任持たなきゃならない訳ですし。
それを高が生まれて10年も経たない、毛も生え揃ってないような尻の青いガキに理解出来るとは思えませんから。

我等がマーベルコミックの最愛なる隣人、スパイディことスパイダーマンの中でも語られてました。
やはり人と違うという事、人を傷付けれる力を持っているという事を自覚しなければいけませんね、例え子供でも。


尚、題名の『With great power comes great responsibility』
これはスパイダーマンことピーター・パーカー氏がまだ学生の時分に蜘蛛の能力を得た頃に彼が叔父から教えられた言葉です。
放射能汚染された蜘蛛に咬まれた事で蜘蛛の如き身体能力と危機認識能力(所謂第六感や超直感)を得た事で有頂天になったピーターは貧乏であった事もあり、賭けプロレスの世界で金銭を稼ぐ生活を送っていました。
その際に『自分には関係ないから』と一人の強盗が警備員から逃げるのを見逃した事で、後に自分の大切な叔父をその逃がした強盗に殺されてしまう事になります。
関係ないからと見逃した強盗に叔父を殺された事で後悔の念に苛まれたピーターは此処から叔父の残してくれた言葉を胸に、どんなに辛い道でも逃げずに進んでいくのでした。
叔父、ベン・パーカーの残した言葉が『With great power comes great responsibility(大いなる力には大いなる責任が伴う)』でした。

大きな力(権力なども含む)を持つと言う事は、それにより伴う結果も逃げずに受け入れねばならない。
口に出すのは簡単ですが、本当の意味でこの言葉の意味を理解出来ている人は少ないのでしょうね。

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