魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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第一章:白面九尾、麻帆良ニ立ツ(吸血姫邂逅編)
No.01:吸血姫との First contact


「シャークティ、これ何処に置いときゃ良いんだ?」

「あっ、サイさん……えっと、それは奥の方に運んでおいて貰えますか?」

 

サイと名乗る少年との邂逅から約一週間程の時が流れる。

当初、名前以外の記憶を全て失っているなどと言う事柄にシャークティは直ぐ医者へと連れて行き診断して貰ったのだが―――

その時の医者の疑問を浮かべた表情と、説明を思い出す度にシャークティは目の前に居るサイの生きて来た軌跡の過酷さを想像しては悲しげな表情をしていた。

 

見た感じ、無理をしているようには見えない。

楽しそうに荷物を奥に運びながら脳天気に鼻歌を歌っているその姿は外見的に年齢相応の(外見的には小学5,6年生~中学一年位)様相を見せてはいるのだが。

 

初めてサイに出会った日―――

記憶喪失の事も併せてシャークティは彼を町の大きな病院へと連れて行く。

そこで医者が語った事は、20数年生きて来た彼女が余り直面した事の無いような“現実”であった。

 

 

 

 

~side 回想~

「異常なし、ですか?」

 

シャークティの言葉にサイを診察した医師は頷き答える。

 

「ええ、脳には異常は見られませんし打撲などの痕も見られません。

まさに健康そのものです、何処にも記憶喪失の引き金になるような原因はありませんね」

 

実に珍しい症例だったのか疲れたような表情をしている医師。

最初にサイを診た際、検診をする為に上着を脱いで貰った時は流石に傷の多さや酷さに顔を顰めた。

しかし傷全ては見た目は別としても既に確りと塞がっており、付き添いのシャークティから『記憶喪失』だと言う事情を聞いて色々な検査を試す。

 

だが結果は結局どう調べてみても健康体そのものであり、記憶喪失と言う案件に繋がるものは見当たらない。

そこでサイを調べた医者は、あくまでも可能性と言う分野に過ぎないが記憶喪失の要因として挙がる理由を述べた。

 

「あくまでも可能性の段階ですが身体に負っている傷が切欠ではないでしょうか?

昨今、親御さんや教師からの虐待や同年代の子供達からの虐め等が切欠で現実を逃避してしまう子供さんも多いです。

しかしそれには余りにも傷が大き過ぎると言う疑問が出て来てしまいますが―――」

 

医師の示した可能性に悲しげな表情をするシャークティ。

彼女は神に仕え、教会に訪れる人々に多くの教えや愛などを伝えている身の上。

そんな彼女にとって、同じ人間の悲しい行いが原因ではないかと伝えられれば心を痛めない筈がない。

当の本人であるサイは解ってるのか解っていないのか人事のような表情をしていたが。

 

「サイさんの記憶は戻るのでしょうか?」

 

サイの事を心配したシャークティは医師にそう聞く。

だが医師の方は目を伏せ、静かに首を横に振ると答えを返す。

 

「正直、難しいでしょう。

あくまでも先程の説明は可能性の段階です、それに仮にそれが事実だとすれば過去の辛い記憶のフラッシュバックから己を傷つける“自傷行動”を起こす可能性もあります。

今はとにかく心を休ませ、落ち着ける事が出来る環境が必要ですね……」

 

医師のその言葉に決心したようにシャークティは答える。

本来、正体の解らない存在はこの学園都市の裏にある“ある事情”によって学園長に引き合わせなければいけない。

だが、サイの身体に刻まれた古傷や記憶を失っていると言う事と医師に告げられた事が彼女にその答えを導かせたのだ。

 

「解りました。

教会の見習いであるあの子達がサイさんを助けたのも主の思し召しでしょう。

迷える子羊を再び路頭に迷わすも見捨てる事も出来ません……教会で暫くの間、心を休めて頂きます。

その間、申し訳ありませんが警察などには暫く黙っておいて頂けますか?」

 

シャークティの言葉に医師は静かに頷く。

こうして記憶を失った少年サイは、一時的にだが教会で預かられる事となったのであった。

しかし、ぼーっとしている事だけが生に合わないと思ったのかそれとも恩義を感じてか、サイは教会の掃除や男性しか出来ないであろう肉体労働などを誰に言われるでもなく率先してやるようになり、現在に至ると言う事だ。

(勿論最初は断ったが、何度も何度も頼むのに根負けした)

 

尚、サイ達が帰った後に医者はサイのカルテを見直しながらしきりに首を傾げていたそうだ。

その理由はサイの全身中に付いている大小様々な傷は、どう考えても一年や二年程度の昔に負ったものでは無いという事……致死や重傷に匹敵する傷も一つや二つではない。

それともう一つ、それだけの傷を全身中に負っていながらも背中には一つも傷が付いていないと言う事らしい。

カルテに書かれた結果が何を表しているのか、医者には良く解らなかった。

 

~side out~

 

 

 

 

「……サイさん」

 

鼻歌を歌いながら黙々と荷物を運んでいるサイの背に言葉を飛ばすシャークティ。

呼びかけにサイは立ち止まると声のした方向を首だけ回して見て言葉を返した。

 

「ん~? 何、シャークティ?」

 

こう見てあどけない表情を見れば普通の少年に見える。

だが、この少年の目の奥底に見える“何か”はどこか、自分よりも年上に見える事もある。

記憶が戻らない現在にあって、それの正体を知る由はないのだが。

 

「いえ、それよりどうですか? 記憶の方は戻りそうでしょうか?」

「ん~、どうだろ? まあ、取り敢えずそんなに急いで戻らなくても良いんじゃねぇの?」

 

そのまま前を向き直すと奥の方に荷物を置きに行く。

再び戻って来た所で殆どの荷物を運び終わっていた故か、床に座り込むサイ。

そうして先程の言葉の続きを語りだした。

 

「それに俺、別に記憶が戻らなくても困ってねぇしね。

何だか記憶が無ぇのはモヤモヤすっけど、此処に居ればシャークティの美味ぇ料理は食えるし、美空やココネからは元気が貰えるしさ。

……何でか解んねぇけど、今凄く充実してるって感じんだ」

 

思いがけない言葉に一度驚いたような表情を浮かべるシャークティ。

だが、直ぐに嬉しそうな表情で微笑を浮かべる……悲しみに暮れる自分とは違い、サイと言う人物は既に前を向いている。

それに『今が充実している』と言う言葉を言う少年の表情に嘘偽りは無く、一週間と言う短い時の間で彼はこの教会の者達と打ち解けている事が理解出来たからだ。

 

多分、元々余り人見知りなどをしないタイプなのだろう。

言葉の端々に時々だが乱暴そうな口調が入るが、それも人懐っこそうな人物像故に不快ではない。

本来ならば己にも他人にも厳しく接する人物であるシャークティも、サイのこの性格に感化されて少しずつ笑顔を見せる機会が多くなっていたと言う。

 

 

―――その日の夕方。

珍しくシャークティが麻帆良学園に呼ばれた為、サイは教会を抜け出して街の散策に出かけていた。

まあ本来、その現れ方や正体不明な部分、更にこの『麻帆良』関係するある事情が理由で教会を勝手に抜け出してはいけない身の上なのだが。

悪戯小僧のような性格のサイが好奇心を押さえる事が出来る筈も無く、偶には何があるのか散策したかったのだろう。

此処の所は無断で教会の部屋を窓から脱走し、着の身着のままにそこら辺をブラブラとしていたのだ。

(まあ一応、誰かに見つからない様に人の少なそうな場所と時間帯を選んでだが)

 

ちなみにシャークティが麻帆良の中心に存在する麻帆良学園に呼ばれたのには理由がある。

実は明日、麻帆良に訳ありのある教師が赴任してくる事になっていたのだ。

 

元々シャークティは教会のシスターだけではなく、臨時で麻帆良学園の教師もやっている。

更にそれ以外にももう一つやっている事があるのだが、それはまだ此処で語るべきではない事。

とは言え、この麻帆良に関係してくる事には違いないのだが。

 

「へ~、こんな眺めの良い場所もあったんだなオイ。

(しっかし、やっぱり見覚え無ぇな……俺、こんな所に来た事無ぇと思うけど?)」

 

巨大な大木に登って辺りの光景を見ているサイ。

ちなみにこの大木は“神木・蟠桃(しんぼく・ばんとう)”と言う正式な名称を持つ、学園都市・麻帆良の中心に聳え立つ樹高270mと言う他に類を見ない巨木である。

そんな巨木の頂点近くまで登っていれば、街の全景が見られるのは当然だろう。

 

「ま、いっか。

慌てて記憶なんてものは取り戻さなくたって何とかなるだろうしよ。

さ~て陽も殆ど落ちたし……早く帰らないとシャークティやココネが心配すんな。

それに無断外出がバレて出られなくなったらそれはそれで最悪だ」

 

そう言うが早いか否か、頂点近くの大木の枝から飛び降りるサイ。

本来ならば重症を負って当然、下手しなくても投身自殺すると同じような高さから飛び降りた筈なのに、彼は怪我一つ負う事も無く地にゆっくりと舞い降りた。

そしてそのまま暗くなり始めた道を教会に帰ろうとする。

 

―――丁度、その時だった。

 

「きゃああああああああああああ!!?」

 

聞えて来たのは少女の悲鳴。

どうやら少し場所は離れているようだが、サイの耳にはしっかりと聞えていた。

 

「あん? 悲鳴だと……向こうか?」

 

何があったのか、何処で聞えたのかなど些細な事は今はどうでも良い。

その悲鳴に心の奥底にある“何か”を刺激されたサイは、声のした方向へ向かって走り出していた。

 

 

 

 

我武者羅に走り続けるサイ。

本来サイはシャークティと共に買出しに行った道位しか知らない筈だが、自然と足が声のした場所に向かって走っていた。

 

「(確か声がしたのはこっちだったな……って、あれ? つうか、どうして俺はこんな遠くの声が聞えたんだ?)」

 

己の聴力に少々の疑問を持つが、今はそんな事などどうでも良い。

ちなみにこの時、サイは無意識の内におかしな気配を辿って走っていたのだが本人がそんな事を知る由も無いだろう。

走っていったその先には、倒れていて学生服の上着を掛けられている少女とその上着の持ち主だろう少女が困ったような表情で座り込んでいた。

 

「悲鳴は確かこっちから聞えた筈だが―――チッ、何もねぇな。

んっ、ありゃあ人か? オイそこの嬢ちゃん、此処でさっき何か無かったか?」

 

急に現れたサイに驚く座っていた少女。

しかし何処と無くサイが悪人ではないと理解したのか此処であった事の説明をし始めた。

 

「誰……? はっ、そうや!?

あんな、実は此処でウチの友達が襲われて、もう一人の友達がそれを追いかけて行ってもうたんや!!」

 

慌てて言っているこの姿を見れば、状況が切羽詰っているだろうというのは理解出来る。

サイは皆まで聞かず、大きく頷くと少女に向かって言葉を返した。

 

「解った、お前のダチを助けりゃ良いんだな?

じゃあ危ねぇからお前はその気絶してる女を連れて戻とっとと戻れ、こっから先は俺が―――

(って、あれ? こんな事が昔どこかであったような?)」

 

今のような状況に既知感(デジャビュ)を感じたサイ。

だが今はそんな事はどうでも良い、何が居るのかは解らないが“前とは違い戦わずに直ぐに脱出すれば良い”。

そう思った時にまたもや頭の中に疑問が浮かんだ。

 

「(戦わなきゃ良い? 俺は何かと戦った事があんのか? ダメだ、思い出せれねぇや)」

 

しかし今は悩むのは後だ。

先程自然に追いかけてきた“何かの気配”を辿り、進んでいった方向を探知する。

そしていざ走り出そうとしたその時、後ろに居た少女が口を開く。

 

「あ、あの、所で誰?」

 

疑問を投げかける少女にサイは進むべき方向を見たまま答えた。

 

「俺? あぁ唯の通りすがりさ、名乗る程の人物じゃねぇよ」

 

そう言い終わると気配のする方向へ走り去って行った。

 

 

――― 一方その頃、サイの向かった先では。

黒いマントのようなものを羽織った人物が、赤髪のツインテールの勝気そうな少女を掴み上げていた。

 

「……フッ、愚か者が……つまらん事に首を突っ込まなければ痛い目を見ずに済んだものを」

「くっ、苦しい……て、てかアンタ、ウチのクラスの子じゃないのよ……」

 

赤髪の少女はマントの人物の顔を見て気付いた、そこに居たのは己の通う学校のクラスメートだったのだ。

何故、クラスメートが……しかもクラスでもかなり小柄の分類に入る少女にこのような力があるのか?

そんな事を考えている暇も無く、意識は朦朧としていく。

 

「フン……まあ良い。

丁度やつの息子が明日、この学園に来る―――念には念を入れて、下僕を増やしておくも良かろう。

怨むのならば、下らん事に首を突っ込んだ己を怨め」

 

そう言うと赤髪の少女の首筋に己の顔を近づけるマントの人物。

その開かれた口には、まるで狼や獅子など肉食動物のような鋭利な牙が光り輝いていた。

まるでこの少女は、中世の時代に人々を恐怖の渦に落とした吸血鬼(ヴァンパイア)のようだ。

 

牙が少しずつ赤髪の少女の首筋に迫る。

そしてその牙が首筋に突き立てられようとした―――次の瞬間。

 

「おおおおおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「へぶうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!????」

 

マントの人物の顔面に思いっきりサイの飛び蹴りが突き刺さった。

首を絞められていた際に意識を失っていた少女はゆっくりと地に倒れ伏そうとする。

だがサイが倒れて来る少女を優しく支えると、近くの危なくない場所へとその身を横たえさせた。

 

「ふう、どうにか間に合ったぜ。

恰好付けた手前、間に合いませんでしたじゃお話にもならねぇしな。

つうかテメェだな? さっきの嬢ちゃんのダチを襲ったって奴は」

 

「な、ななななな、何だ貴様は!?

そ、それに……それによくも、私の顔を足蹴にしてくれたなぁぁぁぁ!!!?」

 

「マスター、ご無事ですか?」

 

顔を蹴られて憤るマントの人物。

いや、サイの蹴りの所為でマントが取れてその中から出て来たのは、明らかにココネと同い年か少し上程度にしか見えない金髪の少女だった。

更に何処にいたのか、まるで人形のようにあまり感情の篭っていない喋り方をする少女が現れた。

 

「クッ……お、覚えていろ貴様!!

誰だか知らんが、私の顔を足蹴にしたその報いを必ず受けさせてやるわ!!

行くぞ、茶々丸!!」

 

ありきたりな子悪党の撤退文句を言いながら脱出する金髪の少女。

その少女を抱き抱えるようにして背中から火を噴き空を飛んで脱出する茶々丸(ちゃちゃまる)と呼ばれた人物。

二人は見る見るうちに凄いスピードでその場所から去っていった。

 

が、しかし―――

 

「待てやテメェコラ!! 話は終わっちゃいねぇぞ!!

誰が逃がすかよ、こちとら追いかけっこは負けた事ねぇぞ……逃げんなゴラァ!!!」

 

何とサイはそのまま地を駆けて二人を追う。

端から見たらどう贔屓目に見てもチンピラが少女を追いかけているようにしか見えないが。

―――尚、赤髪の少女はこの後、サイが先程会った少女が様子を見に来た事により見つかり、意識を取り戻して寮に戻ったそうだ。

 

……サイ、目的を忘れてんじゃね?

 

 

 

 

「マスター、先程の人物がまだ追って来ているようです」

 

「何っ!? チッ、ジジイが新しく雇った警備員か何かかアレは!?

あのボケジジイめ、私が事を起こすのを待っていたな……忌々しい老いぼれだ全く。

オイ茶々丸、アイツは誰だかさっさと調べろ」

 

頷くとデータを照合し始める茶々丸。

実は彼女、ガイノイドと呼ばれる女性型の人造人間である。

そのデータベースはこの麻帆良において三本の指に入る程に高く、表の情報から裏の情報まで調べられないものは殆ど無い。

しかしその茶々丸の能力を駆使して電子頭脳が出した結果は“Unknown(不明)”であった。

 

「マスター……今、私のデータベースで調べた結果ですが。

彼はこの学園の生徒でも教師でもありません……データ照合不可能、名前すら不明。

更には魔力も感知出来ませんので、カテゴリーとしては“一般人の侵入者”と言う事になります」

 

「な、何だと!? そ、そんな馬鹿な事があるか!? しっかりと調べろ!!」

 

金髪の少女が驚くのも無理は無い。

今さらっと出てきた“魔力”と言うフレーズ、それに関係して普通の一般人では金髪の少女に蹴りを喰らわす等普通は出来る訳が無いのだ。

だが茶々丸から返って来た答えは金髪の少女の予想を裏切る答えだった。

 

「もう一度データベースで照合してみましたがやはり結果は同じです。

それに魔力計測計を使い、再度計測しましたが……あの人物からは魔力が一切関知出来ませんでした」

 

「馬鹿な!? じゃあ奴は一体何だ!?

魔力が計測出来んのなら、何故奴は私の顔を足蹴に出来た!?

私にはそこらの輩の攻撃など通用しない、そんな事は貴様が一番良く解っているだろうが!?」

 

その答えに答えてくれる者などいない。

だが魔力が計測出来ない、己の従者のデータベースにも無いと言う事はまさに“一般人の侵入者”と言う事だ。

彼女が科せられているのはその“侵入者”を排除すると言う事。

 

「チッ、考えていても埒が明かん。

取り敢えず先程の感じならば実力者ではなく偶々上手く攻撃が出来ただけの素人だろう……降りるぞ、茶々丸」

 

「ハイ、マスター」

 

そう言うとゆっくりと地に下りる二人。

二人が大地にしっかりと足をつけたその時、走って追っていたサイもまた、二人の前に辿り着いた。

 

「やれやれ、やっと追いついたぜ……ってか何逃げてんだテメェ、人の話を最後まで聞けや。

そもそも聞きたかったんだけどテメェ誰だ? 何で空なんぞ飛べるんだオイ?」

 

その第一声に金髪の少女がずっこける。

プルプルと震えながら青筋を立てて立ち上がると、サイに向かって怒鳴った。

 

「それはこっちの台詞だ貴様!! 誰が逃げただと!? しかも貴様、まさかそれを聞く為に私を追いかけていたのか!?」

「あぁ? 何だ文句あるか? 見た事も聞いた事もねぇ様なモンに出会ったら最初は何かを尋ねんのが当然の事だろ?」

 

再びずっこける金髪の少女。

サイはどうやら途中から空を飛んで逃げたこの少女の正体が知りたくて追っ駆けていただけに過ぎないのだ。

何処か普通の人と感覚のズレがある少年である。

 

「全く馬鹿馬鹿しい。

オイ茶々丸、適当にやっておけ―――それが終わったら記憶を封じて適当に外にでも転がしておく」

 

どうやらそんなサイの事を“頭の足りない人物”と認識したのだろう。

興味を失った金髪の少女は、茶々丸に適当に戦わせてから記憶を封じようとしていた。

しかし、無駄に耳が良いサイは少女の言葉に返す。

 

「おい幼女、記憶を封じるってどういう事だゴラァ!?」

 

「誰が幼女だ、誰が!! まあ良い、私は寛大だしどうせ忘れてしまうんだから教えてやろう。

私は魔法使い、そしてこの世やこの麻帆良には多くの魔法使いが存在する。

しかし貴様のような一般人にはその存在を知られる訳には行かない、故にそれを見た者には記憶を消去しなければならないのだ」

 

律儀に突っ込み返す少女。

『魔法使い』などと言う聞き慣れないフレーズが出て来たので聞き返そうとするサイだが、彼の前には茶々丸が立ち塞がると有無も言わさずに軽くだが攻撃を開始した。

 

「申し訳ありません、マスターのご命令ですので。

怪我をなさらないように軽く致しますので、どうか余り抵抗はなさらないで下さい」

 

放たれる攻撃は相手の意識を一撃で狩ろうと的確に急所に向かって放たれる。

だがその攻撃は当たりはしない……サイは自然に向かって来た茶々丸の拳を両手で円を描くようにして払う。

そしてそのまま懐に入り込むと掌低を放って吹き飛ばす……実にまるで呼吸をするかのように自然な流れで放たれた反撃に喰らってしまった茶々丸は元より、見ていた偉そうな態度の少女も驚く。

 

「……馬鹿な……くっ!!」

「な、ななな、何ィ!?」

 

まさか目の前の素人にしか見えない少年が受けの技術の中でも難度の高い“回し受け”が出来るなど思いもすまい。

さらに掌打の一撃……いや、良く見えなかっただけで三発は打ち込んでいただろう……それで茶々丸を吹き飛ばすなどとは思っても居なかったのだから。

 

一方、攻撃を叩き込んだサイも自分の掌を見ながら首を傾げる。

あの時、そう……茶々丸からの攻撃が放たれたあの時に身体が自然と動いたのだ。

 

「……どうやら油断していました。

少し、本気でやらせて頂きます―――お怪我した際はお許しを」

 

吹き飛ばされた茶々丸は体勢を立て直すと攻撃に転ずる。

先程の一撃の時とは大違いだ、ジェット噴射を様な事をして高速で距離を縮めてサイの腹に拳を叩き込んだ。

更にそれだけではなく……倒れ込もうとしたサイの腹を高スピードで蹴り上げ直ぐに上昇、上から組んだ両掌で地に叩き落す。

大地に叩きつけられたサイは、受身を取る事も出来ずに腹から叩きつけられた。

 

「ゲホッ!?

(な、何だコイツ……まるで鉄の塊でブン殴られたみてぇだぜクソ!! これじゃあまるであの野郎と同じ……ん? ちょっと待て、あの野郎って一体誰だ?)」

 

頭に浮かんだフレーズに疑問を浮かべるサイ。

直ぐに立ち上がり攻撃に併せて反撃を放とうと構えを取る。

しかし脳裏に余計な事を考えていたと言う事実が先程のとは違い精細さを欠いた反撃を放たたせ、大きな隙を生んでしまう。

その隙が茶々丸に更に連撃を喰らわされる切欠となってしまった。

 

「グッ、がああ!!

野郎、味な真似しやがって……あぁクソ、思い出せねぇモンを考えてたって仕方ねぇ!! クソが、嘗めんなよオラッ!!」

 

サイの呻き声が口から漏れるも直ぐに再び構え、今度は自ら攻勢に転ずる。

茶々丸に向かって地を蹴ると、吶喊しながら拳を振り被り、一撃叩き込もうと打ち出した。

しかし、その一撃は茶々丸に届きはしない。

 

「……無駄です」

 

魔法と科学の融合体たる茶々丸にとって、攻撃を見切る事は難しくは無い。

勿論、達人の攻撃を避けたり見切るなどは容易ではないが、素人に毛の生えた程度のサイの攻撃なら読む事など容易い。

向かって来た拳の手首を掴むと引き寄せつつそのまま腹に膝を叩き込んだ。

 

「グアッ!? テ、メェ……!!

(クソ、強ぇ……攻撃が通用しねぇ、攻撃を避ける事も出来ねぇ……如何すりゃあ良い。

んっ? つうか何で俺はこいつ等と戦ってんだっけか? そもそも如何考えても格上な奴相手に何で俺はこんな馬鹿やってんだ?

あぁそうだ、さっきの嬢ちゃんに頼まれたからか……ケッ、良く考えりゃ知りもしねぇ様な奴に助けを求められただけじゃねぇか。

んなモン、俺にゃあ元々関係ねぇじゃねぇかよ……あ~もう面倒だ、このまま寝ちまおう。

この連中も命までは取らねぇだろうし、こんだけやりゃあもう充分だろ)」

 

よくよく思い返してみれば最初に追い始めた時。

あの時既に首を掴まれていた少女は助かっていたような気がする、だったらこれ以上意地を張る必要なんぞ無い。

サイは倒れたまま、立ち上がる気力を捨てて意識を手放そうとしていた。

 

しかし不意にその時、サイの脳裏に木霊した事があった。

確かに面倒だ、これ以上戦っても良い事など何も無い―――そんな事は解っている。

しかし先ほど偉そうにしている少女(幼女?)は確か言った……『記憶を封じて適当に転がしておく』と。

 

サイにとって記憶喪失だという事は然程問題では無い。

生来、口は悪いが前向きな人物である彼は名前以外を全て忘れていたとしても悲嘆にくれる事は無いのだ。

例え記憶を失おうとも、新たに見る物・聞く事全てが新鮮だという現状は彼にとっては楽しい事に過ぎない。

 

だが、それも全ては短い時間であったがシャークティや美空、ココネと言う人物達が居てくれたからこそだろう。

孤独で何も見た事も聞いた事もなにも無い世界に放り出されたとしても今と余り変わらないかもしれないが、それでも考え方が違ったかもしれない。

全ては助けてくれた人が居て、何も聞かずに言わずに自然と接してくれる……そんな優しさのお陰で救われている部分もあった。

 

その記憶を消されるという事。

シャークティ、美空、ココネと言う三人との出会いや触れ合いを面倒などと言う理由で失うという事。

それは結局の所、彼女達の思いを踏み躙っているのとなんら変わり無いのだ。

 

「(面倒? 寝ちまう? 違う、諦められるかよ。

確かに此処で終われば楽になるかも知れねぇ、だが……そりゃあシャークティや美空やココネの思いを裏切るのと同じ事だ。

俺はもう逃げねぇし、俺はもう屈しねぇ……じゃねえと、此処で逃げたり、諦めたり、屈したら俺は“あの時”と同じになっちまう!!)」

 

もう、この状態では立てないだろう。

そう思った金髪の少女の思惑をサイは見事に裏切り立ち上がる。

しかし先程から何発も攻撃を叩き込まれていた彼は限界に近いのは目に見えていた。

身体はガクガクと揺れ、息も荒れているのだから。

 

痛みに歪み、震える身体を押して無理矢理立ち上がってるに過ぎない。

もう限界だなどと言うのは誰が見ても明白だろう。

 

「……何故だ」

 

そんなサイを見て金髪の少女が呟く。

先程までには愚か者としか見ていなかったが、何故だろうか? この少年の“眼”はある人物に似ていた。

 

「何故そこまでして立ち上がる?

貴様が茶々丸に勝てないというのは、もう理解出来ているのだろう?

素直に記憶を消されるだけで、これ以上痛い思いをしないで済むと言うのに何故だ?

それ以上は足掻いた所で無駄な事に過ぎん」

 

茶々丸もどこか悲しげな眼でサイを見ている。

彼女は確かに少女の従者であり、主の命あればどんな相手であろうとも戦う。

だが勿論、彼女もただの人形ではない……心も持ち合わせているのだから。

 

「……が、俺の……だから……だ……」

「……ん、何だ? 良く聞こえんぞ?」

 

ボロボロになりながら小さく呟くサイ。

それを聞き直そうとした少女―――そこで彼女の耳にサイの言葉が届いた。

 

「今の記憶が……俺の、全てだから……だ!!」

「何? それはどういう……」

 

最後まで少女の言葉は続かない。

それはサイの目を見てしまったからだ―――その眼は何時も不敵に笑い、英雄と呼ばれたあの男の眼とそっくりだったから。

 

「今の俺には……過去の記憶が……無ぇ。

だから、シャークティや……美空や……ココネと過ごした短い時間が、今の俺の全てだ!!

それを勝てないから……自分より強いからなんて理由で……贖いもせずに消されたら……短い間でも一緒に居てくれた人達の思いを踏み躙んのと同じなんだよ!!!!」

 

いや、それだけではない。

それは己が焦がれ、追い続けた男の仲間の眼にも似ていた。

何よりも真っ直ぐで、例えどんな事があろうとも己の誇りを貫き通す者達の目に。

今の彼女にとって見れば誰よりも見たくない眼だ―――己の焦がれた男はもう既に、この世に居ない筈なのだから。

 

「俺は、俺はもう……大切なものを手放したりしねぇ!!

誰が相手だって、何が相手だって……もう、俺は下を向いたりなんてしねぇんだ!!

それが……俺が親父から託され、俺自身が貫くと決めた“誓い”だからなぁ!!」

 

「チイッ、何を訳の解らん事を。

茶々丸、やれ!! そいつの眼は……見ていて不愉快だ!!」

 

苛立った様に茶々丸に命令を下す少女。

いや、本当は少女は己自身に対しても不快だと感じていた―――それを、脳裏に浮かべてしまった事を払拭したかった。

 

それは、サイの眼が一瞬でも“あの男”にそっくりだと思ってしまった事。

あの何処までも真っ直ぐな目……薄汚れてしまった自分自身には決してないあの眼差しに嫉妬しても居たのかもしれない。

主の言葉を聞き、茶々丸もまたサイを倒す為に狙いを定めた―――

 

 

 

 

だが不意に、茶々丸の高性能のセンサーアイが凄まじい数値を計測する。

その膨大な数値が計測される場所、その場所にいるのはボロボロの状態である筈のサイだ。

まるで大気が鳴動し、空間が歪む程の力を彼自身から放たれている事に茶々丸は驚く。

 

「……!? マスター!!

彼から膨大なまでのエネルギー反応を確認!! これは魔力でも気でもありません!! この力、解析不可能です!!」

 

「な、何っ!?」

 

そうして二人は見た。

サイの体から立ち上る虹のように輝く光を。

正体不明のエネルギー反応はサイの体から眩いばかりに溢れ出し、その両腕を包み込んだのだ。

 

「なっ、何だ……何なのだあれは、茶々丸!?」

「ダメですマスター、解析不可能です!!」

 

光はそのままサイの腕に何かを作り出す。

それはかつて、サイがこの世界に現れた時にその手に携えていた剣。

そして金色に輝く、両手を覆う篭手だ。

 

「……解る、解るぞ。

殆どの記憶を失っちまったけど、ずっと俺の中にあったんだな―――スサノオ、アスラ……!!」

 

それこそが魂より生み出された至宝。

強大なる力を持つ、神の名を冠す武器―――神具(アーティファクト)。

 

魂石(クリスタル)の力を得、進化する魂の太刀『七魂剣・スサノオ』。

そして己が父より誇りと夢と共に託された、刹那の速度を得る篭手『六道拳・アスラ』。

 

どちらも共に戦い抜いて来た、サイの神具。

強き想いにより今、サイの手の中へと具現化したのだ―――

 

「行くぞ……我が奥義、その身に受け取れ!!

火群流剣術奥義……不動剣――――アカラナータ!!!!」

 

二人はただ見ているだけしか出来ない。

それ程のその力は強大で、そしてその太刀を振るう少年の姿に少女と茶々丸は魅入られている。

剣から放たれた虹色の衝撃波が二人を飲み込み、たったその一撃がこの戦いに決着を付けたのであった。

 

巻き起こる大爆発。

攻撃を受けて弾き飛ばされた少女と茶々丸―――衝撃波を受けただけなのに、身体が痺れて動かない。

 

「クッ……無事か、茶々丸?」

「四肢や回路には問題はありません……ですが今の一撃でそれ以外の部分に損傷が激しいです」

 

その答えに驚く少女。

今まで優勢だった、しかも制限が掛かっているとは言えこの学園都市内では五本の指に入る実力者の己と、己の最も信頼する従者の二人がかりをたった一撃で覆した事に。

 

「ば、馬鹿な、有り得ん!! 何だ!? あの小僧は一体、何なのだ!?」

「はあっ、はあっ、はあっ……どうする、まだやんのか? まだやんなら……相手になるぞ、オラァ!!」

 

たかが一撃にて二人を此処まで追い込んだサイ。

ゆっくりと光は止み、二つの神具も姿を消した―――サイはそのまま立ったまま一歩も動こうとしない。

余裕か、それとも限界かは理解し難いが。

 

「クッ、貴様ァ……この屈辱忘れんぞ!! 次の満月には必ずその素っ首、必ず引き千切ってくれるから覚えておくが良い!!

我が名はエヴァンジェリン・A(アタナシア)・K(キティ)・マクダウェル!! 小僧、貴様の名は……名乗れ!!」

 

そこでサイは静かに呟く。

 

「―――サイ、光明司斉だ。

エヴァンジェリンだな……テメェのその名、絶対に忘れねぇ……!!」

 

「光明司斉だな、貴様の名も決して忘れん!!

次に戦う時は必ず私の足元に跪かせてから八つ裂きにしてくれるわ!! 帰るぞ、茶々丸!!」

 

そう言い終わるとそのまま闇に消えていく二人。

その後姿を消えるまで見つめた後、不意に目の前の景色が歪む……既に限界は当の昔に超えていた。

 

「……はあっ、はあっ、はあっ……。

七魂剣・スサノオに六道拳・アスラ……これが、記憶を取り戻す切欠になんのか?

あぁ……ダメだ、腹減った……きゅぅぅぅぅ……」

 

そのまま大地に倒れる―――急の力の覚醒や受けていた攻撃によって限界ギリギリだったのだろう。

それが金髪の少女エヴァンジェリンを追い払った事により緊張の糸が切れたのだ。

ゆっくりと目を瞑ると、サイの意識は闇に落ちて行った。

 




にじファンから此方に引っ越してきて再投稿一発目(正確には二発目)です。
まあ、といっても実際の作品に台詞の追加・修正・変化などもつけては居ますので、コピーしての再投稿と言う訳でも無いですが。

しかし、昨今の二次創作作成禁止については少々大げさ過ぎるとも感じなくも無いですね。
再度ストーリーを書いたからといって原作者様を必ずしも馬鹿にしている訳ではなく、リスペクトして居るだけだというのに。
まあ、そう言った業界の良し悪しは良く解らないですからね、傍観が一番かと。

現実世界の方ですが……週間少年マガジンにて『ネギま』は幕を閉じました。(と言っても結構中途半端な終わり方でしたが)
これにより我が二次作品がこの後にどのような結末を迎えるのかは定かではありませんが、皆さんに楽しんで貰えるように努力しようと思っています。
ですので、どうか長くなるでしょうがお付き合い頂けると作者としても嬉しいですね。

では次回へと続きます。
感想、要望などもお待ちしておりますのでお気軽にどうぞ。


では最後に此処で一言。
神羅万象第八章の主人公であるアーク。
大魔王でありながら人間との共存を望み、平和を望んだ人物です。
ラハールちゃん、マオちゃん、ゼタさん、少しはアークの爪の垢でも煎じて呑みなされ。
(まあそもそもアークが変わり者の魔王なのだから、日本一ソフトの魔王の方が普通なのかな?)

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