魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

19 / 35
No.18:千の凶刃(サウザンズ・エッジ)

「行くぜ、オラァァァァ!!!」

 

耳を劈く様な掛け声と共に赤い外見の鬼のような人物に斬り掛かる為に地を蹴り駆け出すサイ。

その表情は何時もの怠惰そうで自堕落、面倒臭がりなサイとは違う―――実に狂喜的な表情、今まで一二度程度しか見せる事のなかった楽しげな表情だ。

このような表情をしたのはエヴァと本気でぶつかり合った停電の日位なものではないだろうか?

 

『グゥ……グオオオオオオッ!!!』

 

それに併せ、今まで地に刺していた禍々しき大剣を手に取ると駆ける赤鬼。

その咆哮の意味は憎悪か、それとも歓喜か―――

 

“ガシィィィィィン!!”

 

ぶつかる赤鬼の大剣とサイの手に携えられし片刃の長剣。

それと共に二人の殺陣演舞が始まった。

 

大雑把だが、敵を大地ごと薙ぎ払うかの様な赤鬼の一撃。

斬撃が掠った場所は抉れ、大剣を振る度に放たれる旋風は木を薙ぎ倒す。

確実に一撃当たれば致命傷だというのがすぐに解る程の実にとんでもない一撃だ。

 

「はっ、やるねぇ……そうじゃなけりゃ折角コイツを解放した意味がなくなっちまうぜ!!」

 

一方、サイの方は身軽に一撃を避けるとそのまま蹴りで腕を蹴り上げてから斬撃を横一文字に放ち赤鬼を切り裂く。

そのスタイルは剣術もヘッタクレも無い、明らかに我流だと解る戦い方だが的確に敵の急所を狙っている。

所謂これはお座敷剣術ではない、明らかに実戦の中で会得した手合の戦い方だ。

 

『グ……グググ!?』

 

赤鬼がサイを追いかけて攻撃を仕掛ける。

しかし、その斬撃は空を切るばかりで本人には一太刀も浴びせられない。

 

だがそれは当然の事―――

大人Verの姿になっているとは言え、サイは六道拳の能力の一つである『高速化』によってスピードのギアが上がっている。

それに併せ赤鬼が使っているのは鎧ごと相手を斬る、つまり力任せに広範囲を薙ぎ払う為に使われる事の多い大剣を使っているのだ。

止まっている相手ならまだしも高速で動き回る相手に対して攻撃を当てるなど熟練者でも難しいだろう。

 

更に赤鬼を混乱させている事があった。

それは、サイの攻撃一つ一つが明らかにおかしいと思える位に“重い”のだ。

 

普通、武術にも剣術にも言える事だが。

安定した踏み込みやら体重移動やらと言う物が出来てこそ高い効果を期待出来る。

【無拍子】と呼ばれる初動動作をしない拳法の究極系の技術も、重心を確りと大地に根を張る様にしているからこそ出来る事だ。

空中に跳んで斬撃や拳撃を放つというのは見栄えは良いかも知れないが、重心などが不安定となる為にバランスを崩したり悪ければ相手に反撃の機会を与えてしまう。

まあ翼でもあって空を飛んでいられるのなら別だが、映画や漫画の世界の様に上手くは行かない。

 

しかしサイは先程から地上で戦うのではなく空中で何度も重い攻撃を仕掛け続けていた。

彼は半魂獣とは言え、空中戦を得意としている朱雀族ではなく白面九尾族だ、空を飛ぶ事など出来る筈も無い

―――しかしその放たれる斬撃は明らかに空中戦を得意としている者の戦い方である。

 

『……オ……ノレ……チョコ……マカ……ト!!』

 

そんな戦い方に憤りを感じたのか、赤鬼は背のまるで悪魔のような翼を開いて空中に浮かぶ。

空を飛べば翼を持たないサイでは攻撃は出来ないと思ったのだろうが、その考えは甘い。

赤鬼は考えるべきだったのだ、どうやってサイが彼に『有り得ない角度から重い攻撃を叩き込んでいた』のかを。

 

「甘ぇよ、バカが!!」

『……ナ……ニ!?』

 

天に翼で舞った筈、相手は空など飛べない筈。

なのにその声は赤鬼の遥か上から、雷が降るかの様に鳴り響く。

更にそれに続いて上から振り下ろされる一閃―――咄嗟に大剣で防御しなければ、赤鬼の頭はまるでスイカの如く真っ二つになって居ただろう。

 

「グオッ!? バ……バカナ……何故空モ飛ベナイ……筈ノ・・・存在ガ……」

 

重い衝撃と共に大地に思いっきり叩き付けられる赤鬼。

防御した際に彼が使っていた大剣は真っ二つに折れている、まさか大剣を剣で叩き折るなどとどれだけの力なのだろうか?

 

そこで赤鬼は気付いた。

何故空も飛べない筈のサイが空中戦を得意とするような戦い方が出来たのかを。

何故、其々の腕に剣や斧などを召喚しておきながら使う事がないのか?

 

『……マ……サカ……?』

 

それは本来、普通の身体能力では絶対に不可能な技法だ。

高名な拳法家であれ、武術家であれ、絶大なまでのバランス感覚とスピードがなければ不可能な方法。

 

それは―――

 

『貴様……召喚シ、空中ニ……浮カベタ、貴様ノ……武器ヲ足場ニシテ……攻撃シテイタノカ』

 

答えは返らないが赤鬼の口走った通りだ。

サイは召還した武器を空中に浮かべ、それを足場として重い攻撃を放っていた。

更に相手がガードする事を見越し、その大剣を叩き折る程に法力を込め、バランスの取れない状態で全力の一撃を放ったと言う事。

 

サイは戦う際に無駄な事など一切しない。

全ては敵に全力の一撃を叩き込む為の布石に過ぎない。

そして、それを実現する為に彼は苦行とも言える修行を続けているのだから。

 

『チィ、ナラバ……出シ惜シミ……ハ、出来ン!!

感謝シロ、猛者ヨ……本来ナラバ、メビウスニ……見セテ……ヤル筈ノ……能力(ちから)ダ!!

ソシテ、無礼ヲ……詫ビヨウ……我ガ名ハ『テスタロス』……誇リ高キ……皇魔族ガ戦鬼ノ一人ナリ!!

強キ者ヨ……貴様ノ……名ヲ……名乗レ!!』

 

『テスタロス』―――それが赤鬼の名。

今までの様に澱み、憎悪しか見せていなかったその目はいつの間にか獰猛だが濁りが取れていた。

強き者、その存在であった事が……テスタロスの憎悪のみしかなかった心にかつての戦士としての魂に火を点けたのだ。

 

戦士には戦士の礼儀を―――

例え遥か昔に死に、その身を憎悪のみでしか残す事の出来なかった哀れな生きる屍であっても。

サイは誇りを思い出し、戦士の信念を再び灯した漢に対しては決して無礼はしない。

 

「我が名は光明司サイ!!

古の武人よ!! この魂とこの名に誓い、貴殿に誇り高き終焉を!!

我が刃、我が力、我が魂、全てを以って貴殿を倒さん!!」

 

サイの口上にテスタロスは笑う。

呪法の様なものが体に浮かび上がり、眼を見張る程の光量の光が止み、出て来たその姿は今迄の身の丈を裕に超える姿となっていた。

 

全てが真紅、それこそ翼も甲殻も尾も角も。

筋骨粒々な外見と圧倒的な威圧感、そして今までなかった腹にある巨大な鬼のような顔。

その姿は知る者が見れば即座に何なのかを答えられただろう。

 

かつて遥か昔、京都が平安京などと呼ばれていた時代。

魔窟『大江山』に巣食い、片腕の鬼『茨城童子』と共に日ノ本を掌握せんとした鬼王。

日本三大悪妖怪として玉藻前こと『白面金毛九尾ノ狐』に恨みにより大天狗と化した『崇徳天皇』と共に恐れられ、封ぜられた筈の鬼神。

 

その名は―――『酒呑童子』。

テスタロスは酒呑童子本人では無いにせよ、それとほぼ同じ程の妖気を併せ持っていた。

圧倒的な巨躯となったテスタロスを見ながらサイは苦笑を浮かべながら呟く。

 

「これが本当の本番って訳か、上等……悪ィなメルト、お前に貰った札を使わせて貰うぜ」

 

サイは懐から一枚の御札の様な物を出して宙に投げると詠唱を呟く。

 

「―――畔放 溝埋 樋放 頻播 串刺 生剥 逆剥 屎戸

(アナハチ ミゾウメ ヒハナチ シキマキ クシザシ イキハギ サカハギ クソト)

許多乃罪 登法里別卦手 生虐断 死虐断

(ココタノツミト ノットリワケテ イキハガタチ シニハガタチ)

白人 胡久美登波 国津罪

(シラヒト コクミトハ クニツツミ)

己我母犯世流罪 己我子犯須罪 母登子犯世流罪 子登母犯世流罪

(オノガハハオカセルツミ オノガコオカスツミ ハハトコオカセルツミ コトハハオカセルツミ)

畜犯世流罪 昆布虫乃災 高津神乃災 高津鳥乃災

(ケモノオカセルツミ ハフムシノワザワイ タカツノカミノワザワイ タカツノトリノワザワイ)

畜仆司 蠱物世司罪

(ケモノタホシ マジモノセシツミ)

種種乃罪事波 天津罪 国津罪

(クサグサノツミハ アマツツミ クニツツミ)

許許太久乃罪出出牟 此句出出芭

(ココタフノツミイデム コクイデバ)

此久佐須良比失比氏 罪登云布罪波在良自」

(カクサスラヒウシナイテ ツミトイフツミハアラジ)

 

それは祝詞だ……唱え終わった後、天に浮いた札が輝き、サイと変生したテスタロスを包むように結界を張る。

それも一回ではなく二重、三重、最終的には五重もの多重結界を張ったのだ。

普通、結界を多重に張るなどは有力な結界士でも難しいと言うのに。

 

巨大な、それこそ見上げる山の如き姿となったテスタロスを見てサイは小さく嬉しそうに笑う。

そして再び、戦いの続きを始めるのであった。

 

 

 

 

「馬鹿な、なんと言う妖気だ!? それにこの禍々しき力はまさか酒呑童子か!?

そんな……あれは当の昔に封印された大妖怪の筈じゃなかったのか!?」

 

サイとテスタロスの戦闘を呆然と見ていた刹那。

しかし五重の結界を張っても外に溢れ出してくる妖気は彼女を正気に戻すには充分過ぎる程だろう。

伝説の大妖怪、酒呑童子―――その存在の恐ろしさはかつて関西で呪術や剣術を習っていた彼女は良く知っていた。

……いや、正確に言えば『彼女の生まれ』が自然とその大妖怪を恐れていた、とでも言うべきか。

 

「くっ……あんな者をこの麻帆良に放たたせる訳には行かない。

お嬢様の……お嬢様の為にも、此処は私の命を賭けてでも止めなければ!! 神鳴流奥義―――雷鳴剣!!!!」

 

刹那はザジの静止を振り切り、彼女の習得している神鳴流の奥義の一つを放つ。

だが五重に張られた結界はびくともせず、虚しく雷光は消えただけだ。

 

「クッ……ならば!!

神鳴流奥義―――極大雷鳴け……『何をやっている未熟者』……なっ!?」

 

雷鳴剣が効果が無いと察した刹那は直ぐにその上の技を放とうとした。

しかし何者かに後ろから刃を掴まれて不発に終わる……其処に居たのは、本来なら『満月の夜』にしか魔法を使えない筈の真祖の吸血鬼だ。

 

「え、エヴァンジェリンさん!? そんな……貴女は満月の夜にしか魔法が使えない筈では!?」

「残念ながら今の私は満月でなくとも魔法は使えるぞ、まあ制約で中級程度の魔法まで位しか使えんのが難点だがな」

 

そう言うとエヴァは刃から手を離す。

魔力によって張られていた魔法障壁はエヴァの手に傷一つも付けていない。

彼女自身の魔力は完全に解放されていないにせよ凄まじい防御力である。

 

「それよりも桜崎刹那……貴様の様な未熟者ではサイとあの男の戦いになど介入出来ん、怪我をせん内に止めておけ」

「なっ!? そんな事やってみなければ……」

 

エヴァの辛辣な一言に刹那はカチンと来て言葉を返す。

この人物、冷静のように見えるが小さな部分で脆い所があり、直ぐに感情を表に出してしまうきらいがある。

しかしエヴァの言葉は間違っていない、特に“未熟者”と言う部分については。

 

「やらんでも解るさ。

貴様の剣は『命無き存在を祓う』物だ、私やサイの様に『命を奪う為の術』では無い事位一目瞭然だ。

まあ昨今の若造にしては実力を持って居るが、それでも貴様は所詮“武芸者”に過ぎん―――“求道者”の頂に達するには今だ未熟。

道場剣術だけで生き残れる程サイの相手は弱くは無い事位貴様自身が確りと気付いているだろう?

それに貴様の様に『自分自身を偽って半端な覚悟しか持たない輩』が一丁前の口を叩くな」

 

刹那はエヴァの最後の言葉を聞いて表情が変わる。

肩が震え、持っている野太刀がガクガクと揺れ始めていた。

 

前にもエヴァは刹那に会った時に言葉を濁していたが、彼女の正体を知っている。

当然だ、エヴァは刹那の事を知る学園長とは時々囲碁やら将棋やらを差し合う仲だ……そんな彼女が刹那の“秘密”を知らぬ筈が在るまい。

 

「―――心配するな、貴様の大事な『お嬢様』に余計な事を言う心算など毛頭も無い。

もとより誰にでも隠すべき事など1つや2つは必ず存在するものだ、それを暴露するような下種な趣味など私は持ち合わせておらんさ。

それにサイが此処に居たとしても同じ事を言うだろう」

 

そう言い終わるとエヴァはもう言う事は無いとでも言わんばかりに結界の方に目を向ける。

何故かその横にはいつも無口なザジが何を語る事も無く結界の方を向いていた。

 

「桜崎刹那」

 

ふと後ろにいた刹那に声が掛けられる。

 

「この戦いの終わりを良く己の目で確かめろ……サイがどの様な人物か、貴様自身が確りと理解すると良い。

さすれば自ずと己がどうすべきか見えてくるだろうからな―――この小娘の如く」

 

「小娘じゃない……ザジ」

 

ザジの一言はそのまま流される。

刹那は結界の方に目を向けると、其処では再び死闘が始まっていた。

 

 

 

 

駆ける、相手との体格など諸共せずにサイは唯只管に地を蹴り駆ける。

その身から放たれる覇気はそれその物がまるで巨大な“何か”を象る様に見る者に一種の畏怖感を与えた。

 

『グガァァァァァァァァ!!!!!!』

 

振り下ろされる巨大な鉄拳。

人間の背丈など裕に越えているテスタロトの鉄拳がサイに迫る。

 

「チッ、舐めんなよテメェ!!」

 

サイが叫ぶと明らかに向かってくる拳を防御するには貧弱過ぎる盾を構える。

すると目の前に晒された盾は巨大化してテスタロスの鉄拳を防御したが、余りにも衝撃が大き過ぎた。

押し潰される圧力と押し返す力の斥力によりサイの上着は弾け飛ぶ。

更にあまりの体格差によってサイ自身の身体からも鈍い音が響いた―――多分、腕の骨が折れたのだろう。

 

「痛ぇなクソが!! 流石は酒呑童子一族の力って訳か!!」

 

『メキッ!!』と言う音と共に折れた腕を強引に填め込むサイ。

長い事は持たないだろうがこれで少しの間は腕が折れているとしても動くだろう。

第一、腕が折れた事を気になどしていたら次の攻撃は避け切れなかったろう。

 

『グガァァァァ!!!!! ガアアアァァァァ!!!!』

 

咆哮と共に連続して叩き込まれるテスタロスの拳。

その一発一発はまさにその大きさから流星雨の様なものだろう。

大地に拳が当たる度に地を抉り、砕き、隆起させ、地割れを起こし、見る見る内に地面は見る影も無く荒野の様になっていた。

 

「ったく、滅茶苦茶やんじゃねぇよこのバカが!!」

 

だがサイはギリギリの部分を己自身で見極め避けている。

身体には傷を負い、腕が折れているのは端から見ても理解出来るが、致命傷は避けていた。

流石に縦横無尽の攻撃を無傷で避ける事は出来なかったが、サイの思惑通りとなる。

 

『グ・・・グウウウウウゥゥゥ・・・』

 

見るからにテスタロスの動きが鈍っている。

それは当然の事、例えどの様な存在であったにしても魂獣に属する存在は法力無くば力は制御されてしまう。

法力が存在する魂獣界ならいざ知らず、存在しないこの世界で暴走するままに暴れまわると言う事は即ち、法力切れを起こす事に繋がる。

力とは何で合っても無限ではない、有限である……サイが防御・回避主体で居たのにはその様な理由があったのだ。

 

そして今こそが反撃の時だ。

魂獣解放+魂獣武装の二つを合わせて覚醒した為、サイ自身の法力が切れるまでの時間も数少ない。

だがそれでもこの状態のサイにのみ使える技法はある―――サイの使う光明司流古武術、そしてもう一つの流派。

 

剣を極めし者たる彼の使う剣術流派―――その名は『火群流剣術』。

幾多の剣士が夢に見る、天地史上最上にして最強、最凶の剣とまで称されたサイの流派だ。

その圧倒的たる法力の消費量故に普段は殆ど使えない業が多いのが難点だが、いざ放たれたその斬撃は神をも断つ。

 

「梵天王魔王自在大自在 除其衰患令得安穏 諸余怨敵皆悉摧滅―――」

(ボンテンノウマオウ ジザイダイジザイ ジョゴスイガンリョウトクアンノン ショヨオンテキカイシツザイメツ)

 

大梵天王問仏決疑経の一部を唱えるサイ。

するとその身から放たれる覇気は周囲を寒くさせる程の殺気へと変わる。

この業は使う者の殺意により強化される火群流に伝わる上位業の一つ―――サイの内に眠る感情によって本来のものから歪んでしまった凶義の一つ。

 

「颶風・蠅声(グフウ・サバエ)―――ッ!!」

 

刃から放たれる斬風……それは言うなれば斬撃そのものを遠当てへと変え、遠距離の相手を切り裂く業。

『蠅声』とは悪意・殺意の総称であり、つまりは凶気の事―――この業は殺意・殺気そのものを相手に叩き付けて気概を削ぐのが本来の形であり本来の目的。

しかしサイの内に内包する強烈なまでの殺気がその姿を歪め、同時に圧倒的な剣気との融合により物理的な殺傷能力を有するまでに到ったのだ。

 

その性質、その狂気的な能力故にこの業には別の名がある。

かつてサイと戦った者達がその特徴によりつけたその忌み名は―――『頸飛ばしの狂風』。

 

『グオオオオオオ!?』

 

放たれた凶気の斬風はテスタロスの腕を深く切り裂く。

傷口からは黒い靄のようなものが立ち上り、明らかにテスタロスが弱体化した様にも感じた。

これは所謂、テスタロスを現在の巨大な鬼へと変えている法力が受けた損傷によって漏れ出していると言う事だ。

それを見たサイは攻撃の手を緩めない。

 

「五障深重消除在 執着絶 怨念無 怨念無故妄念無 妄念無故我知―――蠅声・連残月ッ!!」

(ゴショウシンチョウノショウジョアレ シュウチャクタチ オンネンナク オンネンナイガユエニモウネンナシ モウネンナイガユエニワレヲシル―――サバエ・ツラネザンゲツ)

 

サイの刃が連続して振るわれるとテスタロスの腕に、脇腹に、太腿に、足に、同じ斬痕が深く刻まれ残り其処から法力が漏れ出す。

放つ為には殺意の量に比例した溜め時間が必要な業なのだが、二つの解放を合わせて使っている事により大量の法力を有し、それにより連続して斬風を放つ事も出来る。

 

この連撃によりテスタロスが明らかに弱対したのは明白。

巨大なテスタロスは蟻の如き大きさのサイの攻撃によって体制を崩し、膝から地に崩れ落ちる。

だが強引にでも立ち上がろうとするその姿は戦いが終わっていない事を感じさせた。

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ……強かったぜアンタ。

どうやら俺もアンタも限界で戦いの終わりも近いみてぇだしよ―――これで終幕とするぜ」

 

故にサイは火群流の奥義とも言える業の一つを解放する為に詠唱を唱え、片刃の長剣と化した七魂剣スサノオにありったけの法力を注ぎ込む。

覚醒していられる時間は後一分を既に切った、魂獣解放状態を長く維持出来ない状態のサイにとってはこれが覚醒中に使える最後の一撃となるだろう。

 

「干萎病枯盈乾如沈臥 又如此石之沈而沈臥 

(カワキ シボミ ヤミコヤセ ミチヒルガゴト シズミコヤセ マタコノイシガシズムガゴトク シズミコヤセ)

如此令詛置於烟上 是以其兄八年之間于萎病枯

(カクトコヒテ カマドノウエニオカシメキ ココヲモテ ソノアニ ヤトセノアヒダ カワキ シボミ ヤミコヤシキ)  

故其兄患泣請其御祖者即令返其詛戸

(カレ ソノアニ ウレヒナキテ ソノミオヤニコヘバ スナハチソノトゴヒドヲカエサシメキ) 

於是其身如本以安平也 此者神宇禮豆玖之言本者也

(ココニソノミ モトノゴトクニハヒラギキ コハカミウレヅクトイフコトノモトナリ)

火群流・奥伝―――不動神剣・級長戸辺狂颶ッ!!」

(ホムラリュウ・オクデン―――フドウシンケン・シナトベノカゼ)

 

見なくても解る程にボロボロになり、息も上がり、限界が近いだろうサイ。

そして身体中の傷から法力が漏れ続け、体を維持する事が不可能となり始めているテスタロス―――二人は同時に動く。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

『ガアアアアアアアァァァァァァ!!!!』

 

一歩先に攻撃を放ったのはテスタロスだ。

崩れ行く身体を感じながら渾身の力で放たれた巨大な拳がサイに一直線で向かう。

もう既に走り出しているサイ、方向転換をしたとしても間に合わないだろう。

 

「舐めんなこの野郎がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

迫り来る巨人の一撃をサイは無謀にも盾一つで抑えようというのか?

何と言う無謀、何と言う無茶、何と言う下策、しかしサイはそれを迷う事無く選んだ。

サイの掛け声と共に前よりも巨大化する盾……最悪彼はこれで防御出来なければ片腕を犠牲にしてでも敵を切り裂く心算だった。

 

ぶつかる拳と盾、力の関係からすれば明らかに拳の方が上だろう。

圧力と衝撃波がサイを襲い、身体中の古傷から血が噴出す……『ブチブチッ』と言う音がする所を見れば、筋肉や筋が断裂してるのだ。

誰もがこの光景を見てサイが終わりだと思った―――次の瞬間、奇跡が起こる。

 

いや、偶然に起こった奇跡ではない。

象と蟻程に違う体躯の差を恐れる事無く、多くの傷をテスタロスに刻み込んでいたサイが起こした『必然の奇跡』だろう。

全身中、特に腕や足に傷を刻み込まれていたテスタロスは限界を超えた為に拳が崩れたのだ。

 

「これで……仕舞いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

更に体勢を低くしてテスタロスに突っ込むサイ。

片刃の長剣の柄を両手で確り握り締め、渾身の一撃を放つ。

それに対しテスタロスは崩れていない方の腕でサイが放った斬撃を防御しようとする。

この一撃が通用せねばサイは倒れてしまうだろう。

 

テスタロスの執念の方が強かったのか、それとも斬撃が不発であったのか、攻撃は放たれない。

サイは自らの長剣を杖のように大地に突き刺し、肩で息をしながら凭れ掛かっていた……既にもう限界は当の昔に突破してしまっている。

それを知ったテスタロスは止めの一撃を放とうと腕を持ち上げた。

 

しかし―――

 

『グッ!? ガッ、グッ……ガアアアアアアアァァァァ!!!?!?』

 

急にテスタロスが苦しみ始める。

一体何故なのか? その理由は直ぐに理解出来た。

 

テスタロスの体がまるで獣の爪牙に晒されたかの様に引き千切られていく。

それはさしずめ、見えない巨大な獣に食い尽くされているかの如く。

 

そう、サイの一撃は外れたのではない。

火群流剣術の奥伝の壱たる不動神剣・級長戸辺狂颶は元々こう言う業であるのだ。

 

この奥義は極限まで鍛えられた剣術・視線移動・体捌きを駆使して放たれる乱撃業である。

視線移動と体捌きにより相手の注意を向けさせ、その間に死角から連続して斬撃を放つという能力を持つ。

故に対峙する者は避けたと思っても避けられず、更に当たって剣筋を見極めようとしても全てが死角より襲い掛かるが故に斬撃を見抜く事も出来ない。

自分の見切れぬ先から一呼吸遅れて幾千・幾万もの斬撃を放たれ、斬り崩されて行くその様はまさに見えない獣に食い荒らされているような錯覚に陥らせてしまうのだ。

剣筋も見抜けず、気付かぬ内に全身をズタズタに切り裂かれてしまうこの業は、サイ自身が記憶のある時代において『天地無双の斬撃』と賞された程であった。

 

見えない斬撃によって全身中を切り裂かれたテスタロスは見る見る内に元の姿へと戻る。

サイの身体また限界を超え、魂獣解放が解除されていつもの少年状態に戻った。

 

『ミゴト……コノ、決闘……貴様ノ……勝チダ。

誇ルガ良イ……光ノ戦士トテ……我ヲ……一人デハ、倒セナカッタ』

 

身体がどんどん灰化していく。

全てが灰と化したその時、テスタロスは完全な消滅を迎える。

魔導神メビウスによって翻弄された運命―――しかし最後には満足して逝ける事を彼は誇らしく思っていた。

 

『感謝スルゾ……光明司斉。

コレ程マデニ……充実シタ……終焉ハ……初メテダ。

憎悪モ、何モカモ……貴様ノ……オカゲデ……晴レタノダカラナ』

 

もう既に胸から下は灰となり、崩れてしまっている……残った頭も灰となり始めパラパラと粉が降り始めた。

いよいよ最後の時と言う事だろう、そんなテスタロスにサイは静かに呟く。

 

「忘れねぇよ、アンタの事は。

例え誰が忘れても、例え誰が蔑んでも、俺はアンタと言う『強き漢』を決して忘れねぇ。

だから安心して逝け、そんでゆっくりと休めよ―――アンタの眠りを邪魔する奴はもう居ねぇからな」

 

果たしてその声は、散り逝くテスタロスの耳に届いていたのか?

だが少なくとも崩れ落ちる最後の瞬間、テスタロスは笑っていた様に見えた。

 

「安らかに眠れ、偉大なる先達……鬼の王よ」

 

崩れ落ち、降り積もった灰を一陣の風が吹き飛ばす。

周囲に張られていた五重結界は解除され、鬼の最後を見届けたサイはゆっくりと目を瞑ると―――地に倒れ付した。

 

 

 

 

「全く、この大馬鹿者が……毎回毎回どれだけ無茶をすれば気が済むのだ?」

 

結界が解除された瞬間に既に動いていたエヴァ。

倒れているサイに向かって回復魔法をかけ続ける……彼女は不得意とは言え一応回復魔法も覚えていた。

しかし何度も何度も魔法をかけても傷は塞がらず精々血が止まる程度だ。

 

「やれやれ、こんな時は実にサイの能力を怨みたくなるな。

仕方が無い……茶々丸を呼んで別荘にでも放り込んでおくか、あそこならば外よりも魔素が濃いから傷の治りも早いだろう」

 

するとエヴァの肩に手を置く者が居た。

それは何を隠そう、黙ったままのザジだ……交互にサイと自分を指差す。

どうやら『私が運ぶ』とでも言いたいのだろうか?

 

「フン、まあ良い……だったら貴様が運べ、ザジ・レイニーデイ。

それにどうやら貴様は根本はサイと似て居るようだ……サイに比べると力は小さいがな。

もし良いなら貴様も休んで行け、それで“少しはマシになる”だろう」

 

静かに頷くザジ。

サイを背負うがどうやら予想外の重さによろけてしまう。

すると誰かがザジを支えた―――まあこの場所に居るのはサイを抜かせば三人しか居ないのだから自ずと誰だかは理解出来るが。

 

勿論、其処に居たのは―――

 

「何だ、桜崎刹那……先程までサイの事を恐れたような目をしていた貴様が、助けるとはな。

貴様にとっては『大事なお嬢様』以外はどうでも良かったのではないのか?」

 

ザジを支えていたのは刹那だった。

最初は疑問を浮かべたような顔をしたが、直ぐに真面目な顔になる。

 

「目の前で傷ついている人や困っている人が居れば助ける。

もしお嬢様が此処に居れば同じ事をしたでしょうから―――ただ、それだけです」

 

いや、彼女には口に出さないが他にも思いはあった。

しかしその思いの意味はまだ彼女は気付いていない―――気付いても目を背けていると言った方が正しいか?

 

「フン、好きにしろ」

 

その答えに対してつまらなさそうに呟くエヴァ。

真面目一辺倒な答えを聞いた所で彼女には興味も湧かず、更にサイがかなりボロボロだという事も相俟ってこんな所でぐずぐずしても居られまい。

そそくさと帰りに向かう道の途中、不意に刹那が口を開いた。

 

「エヴァンジェリンさん、一つ聞かせてください」

 

対してエヴァは何も言わなかったが、聞えているだろうから刹那は言葉を続けた。

 

「何故……何故サイさんはこんなに無茶をするんですか。

明らかにこんな状態では生きている方が不思議な位です―――何故、此処まで命を賭けてまで無茶をなさるんでしょう?」

 

「……さあな、知らん」

 

エヴァは唯一言だけ返した。

サイの状態は先程、回復魔法をかけた際に理解している。

腕の骨は利き腕の右腕が粉砕骨折、左腕は陥没骨折、これは巨大な鉄拳を盾一つで防御した結果だ。

更に無茶な動きをした所為で靭帯が伸び、筋肉やら筋は断裂して内出血を起こし、肌が紫色の斑点を出している。

しかも全身中に刻まれていた古傷から血を噴出し、全身から出血を伴っていた……血だけは何とか止めたが明らかに重体だと言う事は火を見るよりも明らかである。

 

「知らんって……エヴァンジェリンさんは私達よりもサイさんの事を知っているのでは無いのですか?」

 

「まあ、少なくとも貴様らより先にサイとは会っている。

だがこいつは所謂『記憶喪失』と言う奴らしくてな、名前だの何だのや少しずつ戦闘技術のようなものは思い出しているが重要な事は何一つ思い出せていないらしい。

まあ本人も取り立てて記憶を急いで取り戻したい訳でもないらしいからな、風の向くまま気の向くままに少しづつ思い出せればそれで良いらしいぞ」

 

呆れた事だが、それと共に過去の記憶がないと言う事を刹那は初めて知った。

そんな彼女にエヴァは笑いながら返す。

 

「こいつは掛け値なしの大馬鹿者さ。

記憶を失っているというのに、自分が信じたものを愚直なまでに真っ直ぐ只管貫き続ける真性の馬鹿だ。

自分が傷付こうが何だろうが関係ない、自分の信じた事を疑わない底抜けの大馬鹿だろう。

だからこそこいつの言葉や行動は人を惹き付けるんだ……“かつて”私が愛した馬鹿を超えている程にな」

 

一呼吸置くエヴァ。

彼女の目には既に自らが住処のログハウスが見えている……その外で無表情ながら心配そうにしている従者も見えていた。

 

「さて、話は此処までだ。

取り合えず“コレ”の事は、傷が治って目が覚めたら改めて本人にでも聞け……茶々丸、急いで“別荘”を解放しておけ、サイを寝かせておく」

 

「はい、マスター」

 

これにてサイの今回の戦いは幕を閉じる。

この後、サイは別荘の中で約五日間(定刻の時間で言えば一時間が一日なので約五時間)も仮死状態のままで起きる事無く眠り続けたそうだ。

エヴァや茶々丸曰く、獣が本能で傷を治す為の冬眠をしているかの如くであったと言う。

 

 

 

 

「フォフォフォ、一時はどうなる事やと思うたが……しかし凄まじいものじゃ、あれがサイ君の本気と言う事か」

 

いや多分、あれでも本気ではないだろう。

まるで映画のように壁に映される光景を見ながら学園長はそう思った。

 

此処は学園長室―――部屋の中にはこの学校に居る魔法先生達が集まっている。

このような状況となり、学園長の使い魔を利用してサイの戦いを見物していた事には理由が在った。

 

突然学園に現れた不振人物。

その人物はエヴァンジェリンを倒し、圧倒的な存在感のようなものを他の者達に植え付けた。

そんな人物を学園で生徒として、しかも件(くだん)の英雄の子『ネギ・スプリングフィールド』が教師を務めるクラスに編入させるなどと言う暴挙は否が応にも魔法先生達の不信感を高めていたのだ。

 

しかし口が悪いが真っ直ぐな彼を何度も見てきた学園長。

そんな学園長が一計を案じ、サイに一つの仕事を請け負わす事で人となりと力量を見せる事にしたのだ。

まあ念の為にエヴァがいつでも動ける様に手を回しておき、見張り役として刹那にサイと同じ様な雰囲気を感じたザジを向かわせてはいたのだが。

 

「確かに強いですね学園長……しかもまさか、あれ程までに強力な結界術まで出来るなんて思いませんでした」

 

感嘆の吐息を零すはタカミチ。

正直な話、先程の様な実力を持っているという事は少なくとも自分と互角かそれ以上だろう。

 

「ああ、そうだな……しかもあの戦い方、少なくとも指の数じゃ数えられん程の修羅場を潜り抜けている。

どうだ刀子、お前の目から見た感じは? 勝てると思うか?」

 

見た目は何処かのマフィアにしか見えない教師、神多羅木が横に居る女性に話しかける。

 

「―――正直、あれは桁外れです。

少なくとも少し見ただけでしたが、斬撃の鋭さ、速度、重さ、どれを取っても超一流ですね。

どう想像しても自分が斬られる姿しか思い浮かべられません……正に戦闘のみに特化した驚異の業と言った所です」

 

横にいた女性、葛葉刀子は驚愕を張り合わせた口調で淡々と語る。

この人物は言うなれば刹那の師匠であり、神鳴流の中でも最強クラスの人物だ。

その人物をして、そこまで言わせるとは他の者も思わなかっただろう。

 

「さて、彼を学園に迎えているのに反対の者はおるかね?」

 

学園長の一言に誰もが反対の意など唱えない。

いや違う、唱えられないのだ……例え不振人物だとしても、あれほどまでに強力な鬼を調伏した実力を垣間見れば。

しかも自らを犠牲にする事も厭わずに……結果、サイ以外誰一人も怪我すら負わされていない事も反対出来ない理由だった。

 

しかしその中でたった一人だけ、反対の意を現す者がいた。

 

「学園長、私は納得出来ません!!」

 

その人物は褐色の肌の見るからに頑固そうな人物。

他の誰よりも『正義』というものに頑なな教師、ガンドルフィーニ先生だった。

 

「実力は認めましょう、誰一人とて傷つけさせなかった度量も。

ですが……ですがそれでも、私は彼がこの学園に居るのは納得出来ません!!」

 

頑なにそう言うガンドルフィーニ。

その理由が解らない……いや、ある意味此処に居る者達は殆どが理解しているが口に出さないだけだ。

理由を察していながらも学園長は頑ななガンドルフィーニに『何故じゃね?』と尋ねる。

 

「気付きませんか、学園長!?

彼は、あの少年の戦い方は『サウザンドエッジ』と同じような戦い方なのです!!

もし彼がサウザンドアームズの血族ならば、サウザンドマスターの息子であるネギ君に何をしでかすか解らないではないですか!?」

 

その言葉を聞いた殆どの魔法先生達が恐れたように肩を震わせる。

『サウザンドエッジ』……その名は、実はある意味ではネギの父親であるナギ・スプリングフィールドよりも“有名”だ。

 

「高畑先生も気付いていた筈です!! そもそも誰よりも貴方が反対するべきではなかったのですか!?

あんな、あんな“裏切り者”で立派な魔法使いの面汚しの男と同じ戦い方をする人物なんて……」

 

「ガンドルフィーニ君、少し落ち着きなさい」

 

まだ何かを言おうとしたガンドルフィーニに、眉の下に隠れている目で睨む学園長。

その視線によって、少しだけガンドルフィーニは落ちついたらしいが……彼がそれ程に狼狽するサウザンドエッジとは一体?

 

「も、申し訳ありません学園長……そう、ですね、余計な事を言い過ぎました。

しかしお解かり頂きたいです―――もし彼がサウザンドエッジの血を引く者ならば、また世界に轟く大犯罪者になるかもしれないのですよ!?」

 

「サイ君がそうだとまだ決まった訳では無いのじゃろう?

ならば早とちりでつまらぬ事を言う物ではないぞ、ガンドルフィーニ君。

他の皆も、知らぬのに憶測で物を考えるでない……ではこの辺でお開きとしようかのぅ」

 

学園長の言葉に出て行く魔法先生達。

最後までガンドルフィーニはサイをこの麻帆良に残す事に反対だったようだが。

 

「すみません、学園長」

 

「フォッフォッフォ、先生方の言う事も解る。

しかし全てを風評で決めるというのはわしは好かぬのでの。

それに―――かの人物の人柄なら、君の方が良く知っているのじゃろうタカミチ君?」

 

その言葉に静かに頭を下げるとタカミチも去って行く。

何とも言えない沈黙が流れる中――― 一人学園長は遠い空をただ眺め、何も言わなかった。

 

 

 

 

サウザンドエッジ―――

 

その名は先程も言った通り、ある意味ではサウザンドマスターよりも知る者が多い。

 

伝説にして最強―――かの『紅き翼』の実力者を相手に一歩も引かなかった猛者。

紅き翼に陰ながら協力し、たった一人で多くの敵を屠った武の魔人。

そして今では何時からか『裏切り者』と罵られ、世界を震撼させる犯罪を犯した重犯罪者。

 

彼と戦い、犠牲となった魔法騎士の数は述べ数万を軽く凌駕する。

メガロセンブリアから恐怖され、元老院の憎悪の象徴とされた最狂最悪の魔王。

 

その手に携えるは幾重の刃。

大量の人の血を纏い、血河の中に佇む姿を人は畏怖してこう呼んだ。

 

 

“千の血を纏う剣鬼(サウザンドエッジ)”。

または―――“千の悪夢(サウザンドナイトメア)”と。




再投稿第十八話、此処に完了しました。
この物語は原作に無いオリジナルバトルであり、敵としても神羅万象で強かった人物を出して見ましたが如何でしたか?

実はこの話、再投稿に際して今迄の中で一番改変した話です。
前ににじファンで投稿していた際は刃一本ではなく、幾多の模倣神具を召喚し、それをFateのギルガメッシュの王の財宝(ゲートオブバビロン)の如く撃ち出して戦う方法で戦ってました。
ですがそれだとサイ自身の強さではなく特殊能力が目立ってしまうという事で大分変え、魂獣武装と魂獣解放に剣術を組み合わせた戦闘方法で勝ったと言う事にしたんですよ。
この改変が吉となったか凶となったかは読んで頂いている皆さんの考え方と言う事にしておきます。

ではそろそろ次回に。
次の話もある意味ではオリジナルストーリーとなります。
しかしその内容は私がよく読ませて頂き、許可を取らせてオマージュさせて頂いている兄貴さんの作品に似ているかと思いますがご了承を。


補足:テスタロス

『幻魔戦鬼テスタロス』と言うのが本当の名。
神羅万象 第二章 第二弾に初めて登場し、黒幕とも言える存在『魔神マステリオン』を復活させようと暗躍した皇魔族の鬼神。
当時、光の戦士と呼ばれる少年達に協力した魔元帥ベリアールと戦い、倒されたにせよベリアールを死寸前まで追い詰めたのは後にも先にもコイツのみ。

尚更に補足だが、テスタロス戦で唱えていたサイの詠唱のネタは以下の通り。

【五重結界発生】……『古事記』『日本書紀』の神道における罪の概念の祝詞『天津罪、国津罪』
【不動神剣・級長戸辺狂颶】……『古事記(中巻 応神天皇段)』の一説


補足②:颶風・蠅声、蠅声・連残月、不動神剣・級長戸辺狂颶

殺意や憎悪と言った負の感情が濃密過ぎる故に物理的な破壊力を持った凶義。
特に不動神剣・級長戸辺狂颶は狂気の斬気を刃と化す業の中で高位にあたるもの。
とはいえ何か大規模な現象を起こすのではなく斬断万象という剣の理合いを突き詰めた無駄ない技。
至近距離での無拍子で放たれる精妙な一閃は事前予測が不可能であり故に回避もまた不可能。

更に火群流剣術において天地史上最強の剣と呼ばれた技術の実体は極限の視線誘導と体捌きを駆使する乱撃技で、総てが必ず死角から飛んでくる。
故に対峙する者はどれだけ斬られようと剣筋を見る事すら出来ず、見えない獣に喰い尽くされるかの様な錯覚に陥る凶剣の業。
つまり摩訶不思議な能力を駆使するのではなく、極限まで鍛えられた剣が昇華したもの。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。