魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ) 作:ZERO(ゼロ)
『一目会ったその日から、恋の花咲く事もある』
昔やっていたテレビ番組で司会者が言っていた口上だが中々どうして当て嵌まる事は多い。
人の恋愛感情と言うものは大体が『勘違い』やら『つり橋効果』とやらから始まっているものだ。
そんな中で勘違いは相手の良い部分を見つけて『愛』へと発展していく。
恋愛の始まりとは様々である。
出会いから始まり、その工程、結ばれると言う時に至るまで全員が全員同じと言う物は一人も居ない。
自らが自分自身で相手を見つける事もあれば、偶然居合わせただけと言う事もあり、更には他の誰かから紹介されてと言う事もありえる。
―――今回はそんな恋愛模様を此処に語ろう。
全ての始まりは、ネギに届いた一通のエアメールからであった。
「あっ、これお姉ちゃんからだ♪」
その日の朝、明日菜からネギに渡された一通のエアメール。
日本より遥か遠いイギリスのウェールズにある『魔法学校』に勤める彼の姉のような存在のネカネからの手紙であった。
『久しぶりネギ、元気にしてる?』
ネカネの姿が映像として現れるとその一言から始まった手紙。
それをネギは嬉しそうに、明日菜は興味津々に見ていた。
『ちゃんと先生になれたのね、おめでとう♪ でもこれからが本番なんだから気を抜かずに頑張ってね』
映像に写るネカネの表情は、まるで自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。
自分が家族として慕う姉の言葉にネギは少々照れ臭そうに笑っている……どの世界であれ褒められて喜ばない者などあまり居ないだろう。
『それと……ふふっ。
ちょっと気が早いけど、あなたのパートナーは見つかったかしら?
魔法使いとパートナーは惹かれあうものだから、もうあなたの身近に居るかもしれないわね』
パートナー? その言葉の意味は一体何なのだろうか?
言葉通りに取るのなら『恋人』と言う事だろうが、魔法使いを引き合いに出していると言う事は違うのだろうか?
『うふふ、修行の期間中に素敵なパートナーが見つかる事を祈ってるわ♪
それじゃあもう少し話したい事もあるけどそろそろ終わりみたいだからまた手紙を送るわね。
ネギ、身体に気をつけてね……それじゃあまた次の手紙で』
その言葉を最後に手紙の映像は消えた。
ネギはまるでビデオを巻き戻す様に手紙についていた巻き戻しボタンの様な物を押してから小さく呟く。
「パートナーかぁ……やだなぁお姉ちゃん、ボクにはまだ早いよ~」
呟きに明日菜が疑問を持ち、ネギの首に腕を掛けて尋ねる。
「ちょっと、ネギ何よパートナーって? もしかして恋人の事? がきんちょの癖に生意気ねぇ」
しかしその問い掛けにネギは首を横に振る。
そしてそこで己の本分である『魔法使い』と『パートナー』の関係について語り出した。
●
―――同時刻。
いつものように教会での手伝いを終わらせた後、サイはエヴァンジェリン宅で『実戦訓練(コロシアイ)』を終えて食事をご馳走になっていた。
その時に丁度、ネギ達と同じくパートナーと言う存在の話をしていたのだ。
「魔法使いの従者(ミニステル・マギ)? 何だそりゃ?」
口の中に茶々丸特製の唐揚げを放り込みながら聞くサイ。
別に誰も取る者も居ないと言うのにじゃんじゃん食べ物を口一杯に放り込んで咀嚼している。
最初の頃は引いていたエヴァも茶々丸も何日か経つと次第にサイのこの食べ方に見慣れてきていた。
彼の頭の上でワインをラッパ飲みしているチャチャゼロの姿があったのは意外とシュールだが。
「コラコラ、良く噛んで味わってから食え馬鹿者。
うむ、そうだな……魔法使いが修行期間を終えて社会に出る際にそれをサポートする相棒の事だ。
特に『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』を目指す際にはパートナーの一人や二人も居んと格好が付かん……まあ少なくともお前には必要無いだろうがな」
「あぁ? 何で? あっ茶々丸、メシおかわり」
ちなみにサイはこれでおかわり10杯目。
エヴァの所の食費が逼迫しないか実に心配である、少なくともエンゲル係数は上がっているだろうが。
「はい、少々お待ち下さい」
「……まだ食うのかお前は……やれやれ、まあ良いがな」
「ケケケ、本当ニ面白ェナ」
エヴァは呆れた様な表情をしながら何故サイにパートナーが必要ないのかを説明し始める。
実は正直の話だがエヴァはサイを従者にしたいと考えても居たが、彼のある身体特徴に気付いた為か止めていた。
「元々、魔法使いの従者と言うのが必要とされるのにはある理由がある。
元来『魔法使い』と言うのは魔法を使うのに個人差はあるが多かれ少なかれ『詠唱』と言うものが必要だ、その呪文詠唱中は全くの無防備となってしまい攻撃をされてしまえば呪文は完成せん。
その際に魔法使いの呪文詠唱を守護するのがパートナー、つまり魔法使いの従者(ミニステル・マギ)の役目と言う事だ―――此処までは理解出来たか?」
頷くサイを見てエヴァは言葉を続ける。
「しかし基本的にお前の場合は近接戦を主にしているし、魔法が使えんからな。
所謂、前衛をメインとしているお前の場合は従者を作る意味が無いのに併せて私の知るあるバカに良く似ている。
故に例え魔法を使えたとしても圧倒的な戦闘能力のお陰で従者など必要あるまい。
更にもう一つ最大の理由がある……それはお前自身の持つ能力が原因だ」
「俺の持つ能力?」
サイは首を傾げながら呟く。
完全に記憶が戻っていない事もあり、自分の能力などと言われても良く解らないのが現状だ。
だがエヴァの場合は何度か彼と殺し合いじみた修行方法をしていた事により彼の能力の片鱗を理解していた。
本来なら普通の者どころか魔法世界関係者、それも上位の者であったとしても持てる力ではなかったが。
「うむ……本来、魔法世界と呼ばれる裏の世界の方でも珍しいのだがな。
お前は所謂魔法―――いや魔力に連なる力を無効化する力『魔法無効化(マジックキャンセル)』を持っている。
しかもお前の場合は本来無効化出来ない魔力さえも無効化してしまう故、従来知れ渡っている魔法無効化を越える極めて異質な力だ。
その能力の関係で従者契約を結ぼうとしてもキャンセルされてしまうだろう」
魔法無効化―――その力は魔法を知る者の中でもA~Sクラスのレアスキルである。
エヴァはサイとの最初の邂逅の際に魔力によって障壁を張っている筈の自分に何故簡単に攻撃を出来たのかを疑問に思っていた。
そして自分の共に修行をする際に幾つかの魔法を彼に黙って使った事がある、結果的にはその全ての魔法が効果なしという状況を見て彼女は確信したのだ。
光明司斉と言う記憶喪失の少年が『魔法無効化』と言う能力を持っていると。
実際にエヴァの見識は的を得ている、白面九尾の一族は無に連なる混沌の力を操る事が出来る。
更に最上位に当たる者達は他者の力やら起こった事象やらを完全に無効化出来る能力を持っているのだ。
その能力の名は『能力無効化(アビリティキャンセル)』。
事象、他者からの力を完全に無効化してしまうという能力を考えれば、ネギま世界の『魔法無効化』よりも上位の力と言えよう。
「ふ~ん、成る程ね……まあ俺は従者なんてモン要らねぇし別にどうでも良いわ。
しかし能力無効化か、そう言えば俺らの一族はそんな能力持ってたような気がすっけど」
「ふっ、まあそうだろうな。
ああ、ちなみに実に嘆かわしい事だが今となっては『魔法使いの従者』なんてのは恋人探しの口実に過ぎん」
そう、エヴァの言う通り。
魔法世界にも戦争と言う愚かな行為はあり、その頃の者達は『魔法使いの従者』と言う意味を知っている。
しかし現代のネギ達位の世代では従者なんてのは恋人探しの名目程度か仕事上のパートナー程度にしか考えられてないのだ。
色々な話を聞いてからそこでふとサイは顎に手を当てて考える。
「あれ? 何か俺、昔“戦友(パートナー)”って居たような気がするけど。
しかも確か一人じゃなくて何人か居たような気がするが……俺の気の所為か?」
「な、ななななな、何ぃぃぃぃぃ!?
誰だ!? どういう女だ!? 何処にいたのだサイ!? 隠すと為にならんぞ!!
さあ吐け、とっとと吐いて楽になれぇぇぇ!!!」
サイにパートナーが居たと言う発言に珍しく動揺するエヴァ。
両の手はサイの上着の首元を掴んで締め上げている、大分彼女は暴走している様だ。
更にその横ではオロオロとしながら茶々丸が主人であるエヴァを止めるべきか、それとも話の続きを聞くか迷っていた。
……尚、別にサイは恋人とは言っていない。
あくまでも彼の場合の言い方は“戦友”としてのパートナーと言う奴だ。
「ををを、何すんだキティ? う~ん、戦友(パートナー)ねぇ……どんな奴が居たっけか? ダメだ、思い出せねぇや」
喉元までは出掛かっていたのだが、激しくエヴァに振られた事により思い出せなくなってしまう。
結局、彼女は自分の手で自分の知りたかった情報をサイに忘れさせてしまうのであった。
●
―――さて場面は再びネギ達の方へと戻る。
パートナーの説明をエヴァとは違い簡易に説明するネギ。
「へ~~、パートナーねぇ……それってやっぱり女の子? てゆーか異性なの?」
「はい、そうです。
やっぱり男の魔法使いだと綺麗な女の人、女の魔法使いだと格好良い男の人が良いですよね。
今だと大体はそのパートナーと結婚しちゃう人が多いですけど」
その言葉の返しに明日菜は『要は恋人のようなものね』などと納得する。
あまりこの話の中では語られていなかったが、彼女は所謂“オジコン(オジサンコンプレックス)”と言う奴で、自分より一回り位年上であるタカミチに恋をしていた。
まあそんな事は今はどうでも良いのだが、片隅にでも覚えておいてくれれば良い。
その時、不意に二人しか居ないと思っていたのに後ろからのんびりとした声が掛けられた。
「へ~、ネギ君実は恋人探しに日本に来たん?
じゃあ、ウチのクラスの女の子だけでも30人やからよりどりみどりやね♪
あ、のどかと古ちゃんと長瀬さんとエヴァンジェリンさんは違うかな? (まあ他にも怪しい子は何人か居るみたいやけど)」
「いえ、だから違う……って、わぁぁぁぁぁ!? こ、こここ、このかさん!? い、いつから其処に!?」
後ろに居たのは木乃香だった。
魔法の事を聞かれてしまったと思ったのかネギは慌てている。
ネギの態度は当然の事……ネギは魔法使いの見習いの為、魔法が一般人にバレようなら仮免許剥奪に強制帰国の上にオコジョにされてしまう。
もう一つバレてはいけない事もあるのだがそれはまだ秘密である。(一般人の明日菜に既にバレてるのはご愛嬌)
「ん? 途中からやけど? 何の手紙なん、それ?」
「何でもないです、何でもないんですよぅ!!」
急いで手紙を仕舞うネギ。
そこで木乃香は冗談で、しかも大声である事を叫ぶ。
「みんな~!! ネギくん、恋人探しに日本に来たらしいえ~~!!!」
「ぎゃ~~~!? ち、違いますぅぅ!! 本当に先生やる為に来たんですよぉぉぉぉぉ!!!」
実際にネギが麻帆良に来たのは本当に修行の為だ。
此処で変な噂が流れ、失敗者の烙印を押されるのも変に騒がれるのもネギは望まないだろう。
そんな事になれば魔法よりも頑なに隠してきたもう一つの秘密がバレてしまう可能性が高くなるからだ。
故郷の祖父代わりであったメルディアナ魔法学園の校長から幼い頃から言い聞かされていた。
「スマンスマン、冗談やネギくん堪忍な~♪……(ピピピピピッ♪)……ん? 誰やろ?
はあ、またやん……アスナ、おじいちゃんがまた呼んどるから行ってくるわ~」
「え~、もしかしてまたあの話? 学園長も飽きないわねぇ本当に」
携帯電話のメールを確認し、明日菜の問い掛けに困ったような表情で『せや~』と肯定する木乃香。
実は彼女、祖父の未確認生物ジジイこと学園長の半ば趣味とも言えるある事に何時も付き合わされていたのだ
それが何の話か解らないネギ……しかし取り合えず木乃香に魔法の事がバレなかったので胸を撫で下ろす。
だが二人は気付いていない。
部屋の開いたドアの影にがきんちょ二人(鳴滝姉妹)が居て、木乃香の言葉を聞いていた事を。
そして二人は知る由も無い。
“バカガキ二人”の所為でまるで灯油の染み込んだ布に火が点くかの様に十五分で寮内を駆け巡った事を。
しかもその内容は『ネギが小国の王子で正体を隠してる』だの『結婚相手は舞踏会で探す』だのと現実を明らかにひん曲げられて伝えられた。
これによりネギが暴走した2-Aの生徒達と追いかけっこをする事になるのだが、此処では全く以って重要ではないので割愛させて貰うとしよう。
●
「あ゛~~~~、ったくキティの野郎……」
先の『パートナーが居た』と言う発言により、暴走(?)したエヴァが怒りながらもくっ付いて離してくれないという厄介な状況からやっと解放されたサイ。
空を見上げれば燦々と輝く太陽はもう既に沈み始める軌道に入っていた……つまりはもう昼をかなり過ぎていると言う事だ、今日は町の方を散策に行く心算だったのだが。
「おっちゃん、『はんばーがー』一個くれ」
「おう毎度、待ってろよ坊主」
最近になって美空に奢って貰い知ったハンバーガーなる食べ物。
サイはこれが大のお気に入りであり、教会でシスターシャークティの手伝いやら侵入者の排除で学園長から貰えるボーナスやらで良く買いに来て食べていた。
(尚、ボーナスは大卒の初任給位は貰っているが彼には殆ど金を使う趣味は無い為か殆ど手付かずでシャークティに預けている)
ちなみに季節限定のメニュー以外は既に完食してるのは言うまでも無い。
「ほれ、坊主。 何時もご贔屓にしてくれてるから今回はポテトはサービスだ」
「おぉ、あんがとよおっちゃん」
手作りのハンバーガーとポテトを受け取ると食いながら歩き出す。
尚、サイはどうやらマ○ドナ○ドやらロッ○リアやらモ○バー○ーやらでは決して買わず、必ず手作りで作ってくれる移動屋台の店でしか買わないと言う変な所に拘りを持つ少年だ。
「しっかしさっきのキティの態度は何だったのかねぇ?
しかも茶々丸もチャチャゼロも止めてくれりゃ良いのに立ち止まってフリーズしてたり爆笑してただけだしよ。
それに何だか大事な事を思い出せそうな気がしたんだが……あ~、ダメだ思い出せん」
そんな事を呟きながらもぐもぐとポテトとハンバーガーを直ぐに食べ終わる。
食後の一服てな具合に自動販売機で缶コーヒー『ジ○ージアの微糖』を買うと、壁に寄りかかって飲み始めす。
更に着物の様な衣装の内ポケットから煙草を出すと吸い始めた。
紫煙が宙に浮き、実に平和で穏やかな時間が流れる。
その時、ふと二本目の煙草を吸おうとしたサイの目線に此方に走ってくる少女の姿が捉えられた。
走って来る人物は腰まで届く長い黒髪で着物姿の大和撫子と言った感じだ。
どうやら大分走ってきていたのかハアハアと肩で息をしている様にも見えた、何かにでも追われているのだろうか?
「チッ、ま~た厄介事かよ。
本当に此処に着てから厄介事に巻き込まれねぇ日がねぇなオイ……まあ、良いけどよ」
口では文句を言いながらも自由気ままでお節介焼きな性分のサイ。
こちらに向かって来る少女に見えるように手招きした後に自動販売機の後ろを指差す。
どうやらそこに隠れろという意味だろう……着物姿の黒髪の少女は急いでその後ろに隠れた。
「「「お嬢様~~~~!! 何処ですか~~~!?」」」
野太い声やら低い声のサングラスに黒服の明らかに堅気ではなさそうな屈強な男達が走り去っていく。
どうやら自動販売機の裏に隠れた少女には気付かなかったらしい。
「……おい、もう大丈夫だぞ」
サイのぶっきらぼうな言葉に呼吸を整える少女。
その少女は誰かに似ているような気がしたがそんな事はサイにはどうでも良い。
別に彼は気が向いたから助けた等と言うだけなのだから。
「ふー、助かったわ~、おおきになサイくん♪」
「誰だテメェ? つうか何で俺の名前知ってる?」
サイの言葉にずっこける少女。
「『誰だ』なんてイケズやわ~……サイくん、同じクラスのウチの事を忘れたらアカンやんか~♪」
その喋り方とほんわかした雰囲気。
いつもとは全く違う服装やら髪型をしていたので解らなかったが顔を良く見てサイは理解した。
「あぁ、何だ木乃香か。
しかし何だその格好? 普段着にしちゃあ随分と動き辛そうな格好だが?
ついでに何だ、さっきの明らかにカタギにゃ見えねぇ連中? お前の知り合いか?」
そう、逃げて来た少女は木乃香であった。
木乃香に気付いたサイが矢継ぎ早に質問をぶつけると彼女はいつも通りのんびりとした口調で返す。
「さっきの人達はおじいちゃんの部下の人や。
この格好はおじいちゃんがお見合いが趣味でな、お見合い用の写真を撮る為にこんな格好してるんよ。
ウチまだ中2やのにフィアンセとか言って無理矢理進められとったから逃げ出して来たんやわ」
「やれやれあの妖怪ジジイ、いつかヤバイだろうと思ってたが遂に痴呆かアルツハイマーにでも罹ったか。
下らねぇ事やってる暇があったらもっと別の事に心血注げってんだ……全く、今度会ったら絶対に引き毟ってやる」
身も蓋も無い言い方である、最早此処まで悪口を叩けば怒りやら呆れやらを通り越して賞賛に値する程だ。
だが元より自由に生きているサイにとってはどんなに学園長が偉かろうが何だろうが孫の人生の伴侶を勝手に決定するというのは気に食わないようである。
人生とは自分で選択するからこそ意味がある。
道を切り開くのは己自身だと考えているサイにとって幾ら親心の様なものでも余計なお世話と言う奴だ。
「んで、これからお前どうすんだ? 逃げ回った所でど~せ、またさっきのバカ共が探しに戻ってくるぞ?
一思いにあの痴呆ジジイに『見合いなんて嫌だ』って言えばそれで大丈夫じゃねぇか」
確かにサイの言う事にも一理ある。
だが厄介な趣味を持っているとは言えど木乃香にとっては誰よりも心優しく、しかも身近に居る唯一の肉親だ。
祖父に何度かお見合いをしたくないと言う事を仄めかした事はあるが結局は聞いて貰えていない。
老い先短いが故に曾孫の顔でもとっとと見たいのだろう、殺しても死にそうに無いが。
「サイくん、そないにに簡単なモノやないんよ……だからウチ、困ってんねんて」
心底困っている表情の木乃香……だがサイは『何故そんなに困る事があるのか?』とでも言わんばかりに返す。
迷う必要などあるまい、自分が嫌だと思うのならば自分で自己主張なり何なりをしなければ話は進まないのだから。
「何が難しいんだ、簡単だろ? お前がどうしたいか、どうするかを伝えれば良いだけじゃねぇか。
流石に妖怪ぬらりひょんジジイでも本気で孫が嫌がってると思えば止めるさ……それか適当な理由考えて断るかだな」
「……? 適当な理由って?」
聞き返した木乃香にサイは言葉を返す。
それが後に己にしっぺ返しの様な形で返ってくる事も知らずに。
「まあ『好きな男が出来た』とか、何だとか理由付ければ良いだろ。
んなものは適当にだ適当に、要はジジイが信じる要素があれば問題ねぇんだからよ。
さて、んじゃ俺は麻帆良散策の続きに行くんでな……まあ頑張れや、俺には何も出来ねぇが」
言い残すとサイは手を振りながら去って行く。
その場所に残された木乃香は不意に何かを考える素振りを見せたり、急に顔を紅くしたりとしていた。
最後には顔を紅くしながら微笑んで何処かに向かって行ったが……何故か嫌な予感しかしないのは気の所為だろうか?
―――まあ、気の所為等ではないだろうが。
●
次の日の朝、珍しくサイは学園長に呼び出された為か学園長室に来ていた。
しかも何故かエヴァが先に来ており、他の者が居たら間違いなく引く程の殺気を纏った目付きで腕を組んでいる。。
「何だよジジイ、俺に話って? つうかなんだこの空気の重さ? 何かあったのか?」
エヴァの放つ強烈な殺気に学園長さえも引いている。
これ程の殺気なら上位……いや、最上位種のドラゴンであったとしても尻尾巻いて逃げ出すだろう。
事実、脳天気なサイに比べて学園長がどれ程此処から逃げ出したいと思っている事か。
「じ……じ、実はのぅサイ君。
昨日、木乃香がわしの所にやって来て『好きな人が出来たからもう見合いはしない』と言ったのじゃよ」
「へぇ、そうかよ……つうか俺にゃ関係ねぇだろ。
何で一々、テメェの孫娘が好きな男が出来たからって呼び出されなきゃなんねぇんだ?
昨日も何だかテメェの下らねぇ趣味に付き合わされて迷惑だみてぇな事を言ってたし、好きな男が居たってんならそれで良いじゃねぇか。
まっ、取り合えず木乃香にゃあ『おめでとう』とでも伝えておいてくれや」
全くマイペースな少年である。
まあ彼にとって誰と誰が愛し合おうが無かろうがそんな事はどうでも良いのだ。
だが学園長はその態度に溜息を吐き、エヴァは更に殺気を強くする。
「何だよ、その可哀想な人を見るような目は?」
学園長の視線にサイがそう言い放つ。
すると学園長は深く大きく溜息を吐いて切り出した、エヴァが機嫌の悪い理由を。
「ハァ……良いかのぅサイ君? このかが好きだと言ったのは他でもない、君の事じゃぞ?」
「……はぁ? 何だジジイ、痴呆かアルツハイマーが信仰して本格的にボケたのか?」
サイは学園長がボケたのでは無いかと本気で心配して言う。
しかし学園長はゆっくりと首を横に振って疲れているかの様に返す。
「わしゃ、まだボケとらんわい。
昨日、木乃香が此処に来て『ウチはサイ君と言う好きな人が居るからもう見合いはしない』と言ったんじゃよ。
お主、いつの間に木乃香とそんなに仲良うなっておったんじゃね?」
学園長の言葉にサイは顎に手を当てて考える。
可能性があるとすれば一つ……昨日、木乃香との別れ際に言った言葉だろう。
しかし確かに適当に理由を付けて断れば良いとは言ったがまさか自分をダシに使われるとは思って居なかった。
そんな風に思考を巡らせていると不意に誰かに首元を掴まれて振り回される。
「サ~~~~~イ~~~~~!!
貴様ぁぁぁ、私と言う者が居ながらぁぁぁぁぁ……どういう事だぁぁぁぁぁ!!?」
首を掴んでいたのはイイ笑顔をした金髪の悪魔だった。
本来、登校地獄の呪いはサイの血によって解けたが、本来の魔力を封印している方は完全に解除されていない筈。
なのに付近のテーブルやら窓やらがエヴァから漏れた魔力の所為でミシミシと音を立てているし、更にテーブルの上にあったカップが粉々に粉砕する。
正にこの中に居る者は並の人間では正気を保っているのが難しい程だろう。
「あ~いやキティ、誤解だ誤解。
昨日其処のUMA(未確認生物)ジジイのアホらしい趣味から逃げて来た木乃香を匿ってな。
そん時に『見合いすんのが嫌なら好きな男が出来た』とでも言って断れって俺が言ったんだ。
多分、その言葉を鵜呑みにしただけだろうよ」
その言葉にピタッと動きを止めるエヴァ。
どうやらサイの目を見て、真偽の程を確かめているようだ。
まあ良く考えて見れば『男として何かが欠けているのではないか』と疑いたくなる程に淡白で無愛想な彼がそんな事に一々嘘を吐く理由などあるまい。
特に男子の身の上でありながら女子校に編入し、しかもエヴァが知る限り2-Aの中で特に“癖のある”人物達から好意を寄せられてアプローチ(物騒なのもあり)を受けているにも拘らず、色恋沙汰には興味が無いと言うスタンスを貫いているサイにそんな器用な事が出来る筈もないだろう。
「フン、良かろう信じてやる……ジジイ、私はもう行くぞ、邪魔をしたな」
サイの首元から手を離し、さっさと部屋を出て行くエヴァ。
心なしかその足取りはスキップを踏んでいる様にも見えたがそれは本人でなければ解らない事だ。
彼女の後姿を見送りながらサイは『……やれやれ』と呟くと立ち上がって服の埃を払う。
「全く木乃香の奴は何で一々、俺の名前なんぞ出すんだかな? もっと他にも身近な奴が居るだろうが」
ブツブツと文句を言う。
ちなみに同年代の男子ならばいざ知らず、サイ自身は余り女性に興味は無かった。
かといって同性愛と言う訳でもない、寧ろ『色恋沙汰』と言うそのものに興味を持っていないのだ。
だから彼には“何故人を愛するのか?”と言う意味さえも解らない。
「フム……そうか、木乃香がのぅ。
確かにわしは勝手にあの子の将来を決めさせようとしとっただけかも知れんな。
うむ良し、わしとてあの子の幸せの方が大事じゃからの……これから見合いをさせるのは程々にしようかの、フォッフォッフォッフォッフォ」
サイの言葉で木乃香の思惑が解ったらしい学園長。
しかし木乃香は信じられずとも孫娘だ、彼女の心内は完全ではないにせよ理解している。
そして彼女が“断る為のダシとして目の前の少年を使う”とも思えない。
目の前の少年はそれに気付いていない様だが。
「どうじゃね、サイ君? 君が正式に木乃香と見合いをするというのは?」
この一言も学園長なりに孫娘を応援する心算か、もしくは冗談で言ったのだろう。
案の定、サイの答えは予想した通りだった……後に続いた言葉は予想外だったのだが。
「あぁ? 正気かジジイ……まあ遠慮するわ。
それに俺の様な正体不明な奴と大切な孫娘をくっ付けようとすんな、それに俺は所詮は人とは相容れない『バケモノ』だ」
「フォ? バケモノ? わしから見たらどう見ても唯の人間じゃが?
お主、理由は解らぬがそんなに自分を卑下するものではないぞ……そもそも何処がバケモノなんじゃね?」
言葉を聞いたサイは肩を竦めてから出口の方に歩き出す。
学園長が声を掛け様としたその時、不意にサイは学園長室の壁にそっと手を当てる。
瞬間―――巨大な耳を劈くかの如き騒音が鳴り響き、無残に学園長室の入口近くの壁は巨大な獣の爪牙によって抉られたかの様な痕が刻まれたのだ。
「ジジイ……これの何処が“唯の人間”だ?」
目元が前髪で隠れ、表情から彼の考えている事は理解出来ない。
しかし少なくとも……彼が自分の事を人間扱いしていない事だけは手を取る様に理解出来た。
どれだけの修行を積めばあれ程になれるのかなど理解出来ないが一つだけハッキリとしている……彼は普通に他人と接するだけで他人を傷付けてしまうのだと言う事を。
「耄碌すんのは眼と耳だけにしとけ、脳味噌まで耄碌したら人生終わりだぞジジイ」
言い終わると静かに部屋を出て行くサイ。
暴力的で、口が悪く、化物の如き力を持つ正体不明の少年。
調べようと思っても調べられない故に彼は要注意人物なのかも知れない。
だが学園長は気付いていた。
彼はわざと自分から自分を危険人物の様に見せる事で平穏にいる者を近付けさせない様にしていると。
そう言った人物を今まで何人も見てきた学園長だからこそ理解出来る部分なのかもしれない。
それともう一つ。
彼は本当は誰よりも優しいのだろう……優しいからこそ誰かを自分に近付けさせないのだ。
体中の傷を見れば解る、日常生活を容易に出来ない程の力を見れば解る、誰よりも危機的な現実を生きてきた事を。
自分の所為で無関係な者に傷付いて欲しくないからこそ、厳しさと優しさを以って彼は誰かと接して来たのだろう。
そんな彼の不器用ながらの優しさを少しだけだが垣間見た学園長は、益々サイの事を気に入るのであった。
第十六話再投稿完了です。
今回の話は原作第二巻の木乃香のお見合いの所の話ですね。
しかし中身は別としても外見は中坊のサイが煙草吸ってる姿はシュールですな。
基本、この作品のサイは誰かを愛する資格がない云々以前に自分を人間だとすら思っていません。
それはある意味ではその簡単に人を殺せる程に昇華されている武術の数々が原因の内の一つです。
そこら辺の事情はもう少し後に出てきますので敢えて此処では書きませんけど。
そして明かされたサイの能力。
明日菜の魔法無効化を超える力を持つ能力の名は『能力無効化(アビリティ・キャンセラー)』。
明日菜の場合は魔法を無効化する能力ですが、サイの場合は魔法どころか魔法に連なる能力の一切合切を無効化出来ます。
……まあ故に後々その事がネックになるんですけどね。
そう言えば読んでる皆様方にこの場を借りてご質問宜しいですか?
懲りずに作者はハイスクールD×Dのクロス作品を書こうと思っているのですが、その際この作品の主人公・サイ君を出そうと思ってまして。
そこで2つ質問です。
【質問その一】
サイ君を主人公にする場合、グレモリー陣営に入れるべきでしょうか?
またサイ君が主人公として出る上で兵藤一誠君は作中に出すべきでしょうか?
【質問その二】
グレモリー陣営に入るor入らないと言う質問に答えた方に問います。
その場合はサイ君と契約締結(コントラクト)した魂獣(スピリッツ)達は出すべきでしょうか?
以上の二つの質問に答えて頂けると大変参考になります。
それではこの辺で、次回をどうぞお楽しみに。