魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.14:強さ求むるカンフーガール

朝、教会の手伝いが終了した後―――

真っ先にサイが向かう先はエヴァンジェリンと茶々丸が住むログハウス。

此処に来て真っ先に彼は喧嘩友達であり親友の関係となったエヴァと手合わせをする。

(まあ、エヴァの方はそれ以上の感情も持つようだが)

 

「喝ッ!!!」

 

掛け声の一言と共に構えを取るサイ。

外見はネギより少し大きい程度だが放たれる烈気は歴戦の兵(つわもの)であるエヴァすら笑みを隠せない。

もし人生と言うもので充実した時があるかと聞かれれば、彼女は真っ先に『今が一番充実している』と迷わず答えるだろう。

 

「ククク……行くぞ、サイ!!」

「……お相手させていただきます、サイさん」

「ケケケ、楽シイネェ―――コノ殺気、御主人ガ気ニ入ッタダケアルゼ!!」

 

サイに対し、エヴァ達は三人で戦いを挑む。

エヴァと茶々丸、そしてもう一人はエヴァがかつてまだ麻帆良に居なかった頃から共に戦い続けた人形にして従者でもあるチャチャゼロ。

ちなみにこれはハンディキャップと言う訳ではなく魔法使いとの戦いを想定してサイがエヴァに無理言って頼んだ布陣である。

 

「こっちも殺す気でやらせて貰う、手加減は無しで頼むぜキティ」

 

物騒な事を言うサイに対してエヴァもニヤリと笑いながら答える。

 

「あぁ心配するな、貴様相手では私達も本気でやらねばヤバイからな。

クックック……全く、唯惰性に生きていた少し前ではこんなに楽しむ事も出来なかったな」

 

その言葉を最後に空間に静寂が訪れる。

しかしその一瞬の静寂の後、サイとエヴァ達は地を蹴って一気に間合いを詰めた。

 

“ガァァァァン!!”

 

空間内にサイの拳と魔力を纏ったエヴァンジェリンの拳がぶつかり合う。

まるで鉄同士をぶつける様な音が鳴り響き、それが戦闘開始のゴングとなった。

 

「ケケケ!!」

「…………(ピピピッ)」

 

力と力のぶつかり合いの斥力で距離が離れたサイとエヴァ。

体勢を立て直す時間も与えないように相手の動きを自慢の眼で予測しながら拳を振りかぶった茶々丸と大鉈(マチェット)を両手に持つチャチャゼロが一気に距離を詰める。

その動きは確実に相手を殺しに行く者の動きだ。

 

「お覚悟を!!」

 

振り下ろされる茶々丸の拳。

しかしサイはバックステップで連撃によって崩された体勢を立て直す。

更に回避した茶々丸の拳を一瞬の判断で蹴り上げて弾いたのだ。

 

「あっ……!?」「気ヲ抜クナ妹!!」

 

腕を蹴り上げられた事によりフラッと体勢を崩す茶々丸。

チャチャゼロは注意を促すがその一瞬の隙をサイが見逃す筈も無い、茶々丸の崩れた体勢を利用してそのまま真空投げのように投げ捨てた。

更に向かって来るチャチャゼロの精確無比な心臓へのマチェットによる一撃を皮一枚で避けると、伸びきった腕を掴んで頭から大地に叩き付ける。

最初から最後までごく自然な動作であり、サイはさも当然の如くと言った表情をしていた。

 

「ヤレヤレ、本当ニ面白ェ」

 

下の砂にめり込んでしまい身動きが取れなくなってしまったチャチャゼロは呟く。

主であるエヴァンジェリンが『登校地獄の呪い』等と言う馬鹿げた封印で麻帆良に閉じ込められて幾年月を過ごしただろうか。

毎日が殆ど退屈で退屈で、いっその事このまま止まってしまった方が退屈が終わると思っていた。

 

こんなにも充実しているのはどれ程ぶりかは解らない。

彼女は思う―――自ら“立ち止まる事”を選ばずに本当に良かったと。

愉しい、本当に愉しい、この圧倒的なまでの実力差すらも戦闘狂であるチャチャゼロにとっては最高の愉悦だ。

 

「大丈夫ですか、姉さん?」

 

投げによって一瞬スタンしてしまった茶々丸。

しかし方向感覚が戻った事により頭から埋まってしまった姉・チャチャゼロを引っこ抜く。

傷一つ二人に付いていない所を垣間見るとそれなりに考えて投げたり叩き付けているのだろう。

 

「アァ済マネェナ妹ヨ、マサカコレ程連携ガ簡単ニ読マレルトハナ―――ケケケ、笑イシカ出ヤシネェゼ」

「はい、信じられません……流石はマスターと互角に戦うサイさんと言う事でしょうか?」

 

二人が話をしている間にもサイとエヴァの二回目のぶつかり合いが始まっていた。

拳撃、脚撃を交差させ、避け、時にはぶつけ合い二人の戦闘……いや見方によっては死闘は続く。

一合、二合、三合、それらの攻撃は確実にそして躊躇い無く急所を狙い続けていた。

 

そしてついにこの実戦形式修行(まさに言い方を変えれば殺し合い)にも幕が下りる。

 

「これで締めだ!!

リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 来たれ虚空の雷 薙ぎ払え 『雷の斧』!!」

(ケノテートス・アストラプサトー・デ・テメトー『ディオス・テュコス』)

 

エヴァから放たれるは雷光の斧。

しかしサイは六道拳アスラを纏った拳で雷光をものともせずに突進する。

 

「此処帰依奉 聖無動尊大威怒王祕密陀羅尼 不動王尊

(ノウマク サンマンダ バザラダン カン)

三世三毒 降伏 降三世王尊

(オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン ハッタ)

甘露 金剛 蓮華 軍荼利王尊

(オン アミリテイ ウン ハッタ)

六道見渡 六波羅密護 大威徳王尊

(オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ)

雷火不浄清浄 戦勝祈願 金剛夜叉王尊 烏枢沙摩王尊

(オン クロダノウ ウンジャク オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ)

四種法以 能滅無量罪 能生無量福 愛染王尊

(オン マカ ラギャ バゾロ シュウニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク)

大護摩 除魔法 魔喰功徳 孔雀王尊

(オン マユラ キランディ ソワカ)

鎮魔砕悪 救生畜生 苦悩退散 馬頭王尊

(オン アミリト ドバンバ ウン パツタ ソワカ)

激大怒相示 八大明王尊 混迷打砕 障害排除 所願成就 火界慈救咒

(ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン)

光明司流奥義―――阿修羅真拳・陀羅尼八尊明王!!」

(コウミョウジリュウオウギ―――アシュラシンケン・ダラニハッソンミョウオウ)

 

掌底は雷光を貫き、真っ直ぐにエヴァに向かって迫る。

これはサイの現在思い出している光明司流古武術の奥義の一つである業だ。

 

自らの気や法力を練り上げ掌に宿し相手の身に炸裂させる浸透勁と呼ばれる技術の究極系。

どのような防御をも素通りし、狙った所に重層の大打撃を叩き込むと言うまさに純粋なる気と力の融合技。

……だがその一撃はエヴァンジェリンに当たる寸前で止まっていた。

 

「やれやれ、今回も引き分けか……やるなキティ」

 

冷や汗を額から流しながら言うサイ。

確かに掌底の一撃は確実にエヴァの華奢な肉体を捉えていただろう。

しかし彼の首元にはエヴァの鋭い爪の生えた手刀が突き付けられていたのだ。

サイと同じように冷や汗のような物を流してエヴァは言う。

 

「まあ、これでも一応は裏世界では名が知られているんでな。

ククク……そう言う貴様もやるな、もう少しでこの肉体を貫かれていた所だ。

全く以って、毎回毎回貴様の修行の相手をするのは肝が冷えるわ」

 

笑っている―――常識的に考えればおかしな光景だ。

先程までは本気で殺し合うかのように殺気をぶつけ、戦っていた二人の空気が一気に穏やかな物になったのだから。

少々タイミングがズレただけでも大怪我は免れないし、下手すればどちらかが命を落とす程だった。

だが彼らにとってはこれが“普通の修行”と言う奴なのだ。

 

この二人の修行とは稽古などと言う『優しい世界』とは違う。

極限まで神経をすり減らし、極限まで命を懸けてギリギリまで自分達を追い込み、そして強くなる。

誰かが言った“千の稽古よりも一回の実戦”と言う言葉を誰よりも体現している二人であった。

余程の信頼が無くば出来るものではあるまい。

 

「マスター、サイさん、お疲れ様でした。

食事の用意が出来ています……姉さんにはワインの準備が」

 

いつの間に出ていたのだろうか。

普段の動き易い格好からメイド服に着替えた茶々丸がサイとエヴァ、そして満足そうに二人の戦いを見ていたチャチャゼロを呼ぶ。

 

「オウ、いつも悪ぃなキティに茶々丸」

「何、構わんさ……心の底から楽しませて貰っているのと、代価の貴様の血へのせめてもの礼だ」

「ご無理はなさらずこの中でお休みになって下さい、時間はまだありますので」

 

二人の言葉に頷くサイ。

そしてその横にはチョコチョコと可愛いらしく歩いてきたチャチャゼロが居た。

サイの足に掴まるとその体をよじ登り、頭の上まで行くとしっかりと掴まる。

 

「ケケケ……ヤハリ居心地ガ良イナ。

ドウダサイ、今カラジャマダ外ニハ出レネェシヨ、オレト一杯ヤラネェカ?」

 

「アルコール無しで良いなら付き合うぜ。

酒はどうもな―――俺の身体には合わねぇし、飲んだら飲んだで酔えねぇしよ」

 

チャチャゼロとサイはまだ出会って2~3日と言った所。

此処まで打ち解けているのは、ひとえにサイの強さやらエヴァによる賜物だろう。

特にチャチャゼロはサイの頭の上が気に入ったのか、戦いが終わると登っている事が多い。

勿論エヴァも一々従者がする事に文句を言う程に心も狭くはないだろう。

 

この後サイは軽い軽食感覚で食事を食べ、腹ごなしに再び修行(と言う名の死闘)すると言う事を計十回以上も続けていた。

恐るべきはサイの体力と戦闘力に勤勉さ、それに付いて行けるエヴァ達と言った所だろう。

 

エヴァ達との修行と言う名を借りた実戦形式のバトルを終え、サイはログハウスの外に出る。

時は少なくとも一日はログハウスの中に居たと感覚しているがエヴァ達の所を訪れてから一時間しか経っていない。

 

それにはある理由があった。

実は今までサイ達が居た場所、それは昔、エヴァ自身が創った『別荘』と呼ばれる別空間である。

ちなみにこの空間は一日居たとしても外では一時間しか経過しないという優れものであり、サイはエヴァにこの場所に招かれてさっきの半殺し合いのような修行をし始めた。

 

エヴァやチャチャゼロ曰く、狂う程に楽しい修行の場となるとは思っても見なかっただろう。

ついでに茶々丸も無表情のままだが他の者達よりも長くサイと居られる事を表情には出さないが喜んだのは言うまでも無い。

 

 

 

 

次にサイが向かうのは日課である麻帆良の捜索だ。

これを大体、休み中の昼から夕方にかけて続ける―――勿論、愚か者達を追い払うのも合わせて。

 

とは言ってもサイから喧嘩を売る事はまず無い。

この少年、喧嘩は好きだが自分が戦士と認めた相手としか戦わないのである。

故に毎朝絡まれても殺気を放って脅かして帰らせてしまうのだ。

 

「ヤレヤレ、面倒臭ぇ―――あ~、全くどうすりゃあの金魚の糞共が居なくなるかねぇ本当によ」

 

そんな事を言いながら麻帆良を宛を決めずにぶらぶらするサイ。

すると彼の目に明らかに奇妙な光景が映った……人、それも屈強な男達が空を舞っているのである。

 

「何だありゃ? 最近は人が空を飛ぶのか?」

 

暢気にそんな事を言いながら好奇心からサイは『人の飛んだらしい場所』に集まる野次馬を掻き分けて中心を覗き込んだ。

そこに居たのは出来れば休みの日まで会いたくは無い人物、会う度に何かと理由をつけては勝負を挑んでくるカンフー馬鹿娘がいた。

毎回毎回断るのも面倒な為に上手い具合に出会わない様にして時間をずらして登校してもどっからともなく嗅ぎ付けて来る面倒な少女。

しかし最近は何らかの心境の変化でもあったのか、サイを見ては顔を赤らめて逃げる事が多くなっていた。

 

そちらの方が面倒事が少なくて良いと言えば良いのだが、何処か物足りなく感じる部分もあるのは事実。

 

件(くだん)のカンフー馬鹿娘・古菲。

何だかくねくねしたり、いきなり頭を抱えたり、顔面を真っ赤にして恥らったり……少なくとも彼女を知る者からは想像出来ない程に彼女は『乙女』となっていた。

 

「ハァ~、しかし全くサイに相手にされないアルネ。

それに何アルか、このサイの事を考えると胸が締め付けられる感覚は。

どうすれば良いアルか? やはり此処は住んでいる所に押しかけるべきアルか?

でもサイの住んでるのは寮じゃなくて教会アルし……あぁあぁ、こう言った感情は初めてアルから良く解らないアルよぉぉぉぉ!!」

 

まあ最初はある意味では一目惚れの気はあったとは言え、裸を見られた事とサイの半裸を見た際にかなりの実力者だと彼女は気付き、本気で挑みたいと思っていただけだ。

騒ぎ好きだったと言うのも関係しているだろう―――全般的に3-Aの生徒は馬鹿騒ぎする奴が多い、最初の内は古もノリで好意を告げていた部分もある。

 

しかしそれはいつしか何度もサイを追いかけている内に彼女が感じた事の無い感情へと変わっていた。

学校が休みとなり、会えなくなってからその想いに気付いたのだろう。

勿論、その間に挑んでくる者達を自然と蹴散らしながらだ。

 

「何だ、それなりに強ぇな。

周りの連中は雑魚だがあれを上の空のままぶっ飛ばしてやがる……そんだけ強ぇなら、先に言えってんだよ」

 

それは見た者全てが引く凶悪な笑み。

サイにとって強い者と戦えると言う事はこれ以上無い喜びでもある。

古はサイの事を婿にしようなどと言って何時も絡まれて迷惑だったが、今この時だけは違う。

自然とサイの足は古菲の居る場所に向かっていた。

 

「オイ、そこの拳法バカ」

「えっ……さ、サイ? な、何のようアルか?」

 

いきなり声を掛けられ動揺する古。

今までは殆ど彼女が暴走して飛びつく事が多かったが悉く無視されるか逃げられるかだった為、サイ自身が話をしてきた事など一度も無い。

それは所詮、茶化しているかふざけているかと思っていただけだった為に本気で取り合った事が無かっただけだ。

しかし、相手が相応に強いと言う事が理解出来た現時点でサイが興味を持たぬ筈が無い。

 

「テメェ強ぇんだな、だったら初めから求婚なんて方法使わねぇで殴りかかって来いよ」

「え、ええっ!? あ、相手……相手をしてくれるアルか!? 本当に!? う、嘘じゃないアルよね!?」

 

まさにその表情は寝耳に水と言った所か。

自分から望んでも相手をしてもらえなかったのに実力を見た後は応じてくれた。

サイ自身が彼女の動きやら戦いを見て彼女を『戦士』と認めた結果だ―――彼は愚者の喧嘩に付き合うのは嫌いだが、戦士との戦いは望む所である。

 

「俺は冗談は嫌ぇだ」

 

腕を回してからゆっくりと構えるサイ。

構えは瞬時に攻撃と防御を切り替えて戦えるような自然としながらも隙の無い構え。

今まで本当に戦いたかった相手が自分を見てくれた事に古は喜ぶ。

 

「ありがとうアルよサイ!! なら、ワタシも最初から全力で行くアル!!」

 

途端に古の目付きと雰囲気が変わる。

目はまるで獲物を狙う肉食獣の様に、気配はいつものおちゃらけている雰囲気から極限まで研ぎ澄まされていた。

構えは中国拳法、それも柔系と呼ばれる独特の軟らかい構えだ。

 

更にその姿を見た周りの野次馬達の様子が変わる。

今まで何度も古の戦いを見てきた事はあるのだがこれ程までに集中しているのを見るのは初めてだ。

古に好かれていると言う嫉妬からサイに勝負を挑んでいた者達は何故サイが古に好かれたのかを今此処で初めて理解したのである。

それは彼女が文字通り『全力で戦える相手』であり、それが無意識にだが好意と言う形で現れていたのである。

 

「―――行くアル!!」

 

力強い踏み込みから一気に間合いを詰め、その勢いを利用して拳を叩き込む。

これは八極拳の高速歩法の内の一つである『活歩』と呼ばれるものだ。

 

「……まだ遅ぇな」

 

向かって来た拳、いや腕の部分にサイは蹴りを叩き込んで上に逸らす。

しかも丁寧に手首の部分を狙う事によって少々の間、腕に痺れを発生させるようにしながら。

 

「クッ、まだアルよ!!」

 

痺れてしまった腕とは反対側の腕で身を翻しながら裏拳を放つ。

止まる事無く流れるような動きだった為、誰もがサイの頬に叩き込まれると思っていた。

 

しかしその攻撃は空を切る。

サイがボクシングの高等技術である技法『スウェーバック』のような方法で避けたのである。

確実にヒットするだろうと思っていた者達からすれば目を疑う程に流れる様な動きで。

 

「マジアルか、まさか避けれるとは思わなかったアルよ~~~」

「フン、当然だ阿呆……この程度で終わったら偉そうな事を言う資格など無ぇ」

 

言いながら古は拳、サイは蹴りを交えてから距離を離す。

一般の者やら格闘技系の部活動者達には見えなかったが一瞬で今、三合の攻撃のぶつかり合いがあった。

……まさにこの二人、達人同士と言う事か。

 

「(強い、強いアル……やはりワタシの直感に狂いは無かったアルね)」

 

思えば自分が全力を出して戦える相手など市井の者達にはいない。

全力についてこれるのはクラスでは刹那やら真名やら楓やらが居たが、これ程までに『勝ち目が無い』と思える相手など一人もいなかった。

古の体が小刻みに震える―――だがそれは恐怖からではない、強者との戦いに武者震いをしているのだ。

 

 

 

 

だが古には一つだけ不満があった、それは―――

 

「サイ……さっきから何で拳を使わないアルか?」

 

サイは先程から足のみで戦い、防御のみにしか腕を使わず、拳を一切使っていない。

その事に対し、まるで手加減されているように感じていたのだ……いや、勿論蹴りだけでも互角以上なのだが。

 

そう言えば図書館島の時も足のみで拳は一切使っていなかった。

使っていたのはエヴァとの戦いの時位だろうか?

 

「……別に手を抜いてる訳じゃねぇよ、心配すんな」

 

実は彼が腕を使わない理由はある、しかしそれは言うなれば自分の為ではなく相手の為だ。

それに無意識のうちに彼は『刎頸の契り(※)』とでも言うべき位の相手か、相応の実力を持った者にしか腕は使わないのである。

この事もまた彼の失われた記憶に関係しているのだろう。

 

※)互いの為ならば頸(くび)を刎ねられる事も厭わない深い友情の契りの事。

 

だがその答えに古は不満そうだ。

彼女にとっては強き者と戦う事こそが望み、人からの賞賛も賛辞も必要ない。

例え『敗北した』としても、全力でやったのならば構わないのだ。

 

しかし全力を出してもらえない事。

それは彼女にとってやっと望む相手と戦えたのに関わらず、彼女の誇りを侮辱する事なのだ。

無知や無謀さと言うのは時に己の命を脅かす事にもなるのだが。

 

「サイ、ワタシと戦ってくれたのはすっごい嬉しいアル……でも手を抜かれたまま戦われてもそれはワタシへの侮辱アルネ。

『我只要 和強者闘(私が望むのはただ強者との戦いのみ)』―――このまま手加減を続けるなら、ワタシは一生サイを許さないアルよ」

 

真っ直ぐにサイの目を見ながらそう言う古。

他人の誇りを汚す事、それは誇りや信念を持ってブレずに真っ直ぐ生きて来たサイには耐え難い屈辱だと言う事も理解している。

あそこまで覚悟があるのならば“鬼神”の片鱗を見せても問題無いだろう、大きな溜息を一つ吐くとサイは古を見据えて言葉を返す。

 

「悪かった、誇りを汚すなんてのは俺の嫌ぇな事だ。

だがさっきも言った通り別に俺は手を抜いてる訳じゃねぇ、事情があるんだよ事情が」

 

次の瞬間―――

古は急に全身中の血の気が覚めるような感覚を感じ、体に震えが起こった。

『一体何故?』……そんな疑問の答えは直ぐに出る。

 

明らかにサイの気配が変わっている。

今までが喧嘩だったとすれば今度の気配は完全に“殺意”だろう。

放たれる圧倒的な殺意を浴びた瞬間、まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまう古。

周りのギャラリーなど、殺気を向けられている訳では無いのにまるで心臓を握られているかの様に青褪めていく。

怒気や興奮は一瞬で冷め、心身共に萎縮し、膝を折りたい衝動に駆られる―――これは一体、何なのだ?

 

「俺が腕を使わねぇ理由は一つだ」

 

解き放たれた凶悪な殺意は古を弛緩させ動けなくさせる。

甘かった……強い者と戦えるなどと言う歓喜は一瞬にして去り、全身中を恐怖と言う彼女が感じるであろう初めての感情が満たしていく。

歓喜は恐怖に、興味は戦慄に、身体の震えも最早既に武者震いではなくなってしまっていた。

 

「それは至極簡単な理由に過ぎねぇさ」

 

サイの一言一言がまるで刃のように突き刺さる感覚を感じる。

全身は総毛立ち、戦いの中で初めて感じる感情に震えるも目はその男から離せない。

ゆっくりと歩を進めるサイを止めようと動こうとするが足は恐怖から一歩も動かない。

やがて距離がほぼ零になった時、無造作にサイの腕が空を薙ぐ。

 

咄嗟に目を瞑ってしまった古、耳を劈く程の騒音が響く。

しかし痛みは一切来ない―――疑問に思って目を開けるとサイの攻撃は外れていた。

いや違う、外れていたのではなく外してくれたのだ。

 

「―――相手を殺しちまうからだ」

 

無慈悲で無感情な一言。

掌と爪は古の近くにあった電灯の柱を無残に削り取っている。

まるで獣が獲物の肉を喰らい千切るが如く……普通の人間、いや達人であったとしても其処まで達するのは数える程度だろう。

サイが腕を使わない理由は本当に単純で至極簡単な事、相手を簡単に殺してしまうからだ。

 

「さて、これで良いだろ?」

 

その言葉が呟かれると同時にサイから放たれていた殺意が消える。

緊張の糸が解けたのだろう……古はそのままヨロヨロし、ペタンと尻から座り込んでしまった。

俗に言う『腰が抜けた』と言う奴だ。

 

「ホレ、手ぇ貸してやるから立てや―――言ったろ? 別に手を抜いてる訳じゃあねぇってな」

 

恐る恐る手を伸ばす古。

サイの今の気配はいつもと同じ、口は悪いがどこか風の様な雰囲気を出している。

手に掴まって立ち上がるとまだ足元はおぼつかないが、何故か彼女は笑い出した。

 

「アハ……アハハハハ……アハハハハハハ!!」

 

見守っていたギャラリー達は古がおかしくなったのかとも思った。

だが違う……これ程に、これ程までに圧倒的な実力の差があれば最早笑うしかあるまい。

散々笑い続けた後、古は実に清々しい笑顔で言う。

 

「サイ、ありがとう……この勝負、完膚なきまでにワタシの完敗アルヨ」

 

 

 

 

騒いでいたギャラリー達が居なくなった後。

完全に腰が抜けたのが治っていない古はサイに背負われて寮の方へと向かっていた。

 

「ったく面倒臭ぇな、とっとと抜けた腰ぐれぇ気合で治せカンフー馬鹿」

「ワタシが腰抜けたのサイが原因アルよ、最後まで責任見るのが筋って奴アル……間違ってるアルか?」

 

確かに腰抜けたのはサイが原因だ。

弁解しようも無い正論であり、サイ自身も文句を言いながらも面倒見は悪くないので歩き続けていた。

 

ふと、そこで古が呟く。

本当ならばもっと前から聞きたかったが、何故か憚られて聞けなかった簡単でありながらとても難しい疑問。

 

「サイ……サイはどうしてそんなに強くなれたアルか?」

 

その言葉に解答は返って来ない。

当然だろう、おぼろげに記憶は戻るも肝心な事などは殆ど思い出せていないのだ。

彼が記憶喪失だと言う事を知っているのもシャークティやココネや美空にエヴァ達を抜かせば数える程しか居ない。

答えを返したくても返せない、そんなもどかしさの様なものもあった。

 

「さあな……だが少なくとも何かを成したくて俺は強くなった、そんだけの事だろうぜ」

 

成すべき事の為に強くなった、あながち間違っては居ないだろう。

しかし一体、何を成す為に『見ていた者達から恐れられる程』強くなったのだろうか?

その理由は一切合切解らない。

 

難しい事や頭を使う事は苦手な古だが感情の機微の様なものは解る。

それ以上は敢えて聞く事もせずにサイの背中に寄りかかったままだった。

其処から無言で歩く事数分、女子寮の前に到着したサイは言葉とは裏腹に優しく古を地に降ろす。

 

「やれやれ、そもそも町が広過ぎんだよボケが―――だがこれでやっと荷物運びから解放されるぜ」

 

「本当に失礼アルね~、 ワタシは荷物ほど重く無いアル!!

でも此処までありがとうアルよ♪ 腰が抜けたの治ったし、それに自分がまだまだ修行不足だって解ったアルから」

 

清々しい笑顔は色々な事があり、そして色々な事を知った証拠だろう。

立ち上がった古はお尻の部分の埃を払うと、まるで思い出したかの様に笑いながら口を開く。

 

「さて、ちなみに一つ忘れてたアルが……ワタシに勝ったと言う事は正式に婿として考えて良いと言う事アルよね~?」

「……勘弁してくれや、それに俺は未だ道の途中だから色恋沙汰に現抜かしてられる程暇じゃねぇよ」

 

元よりそうでなくても彼は誰かを愛する事などないだろう。

記憶無き彼にとって、その存在の意味を知らない者にとっては重荷にしかならない人生を生きているだろう事は全身の怪我だの何だのを見れば明白だ。

覚悟なくば彼と共に行く事も出来ない―――その『覚悟』の意味は後に語られる事となるが。

 

「ウ~ン、残念アルねぇ。

でも、ワタシは諦めないアルね!! これから努力して絶対にサイを振り向かせて見せるアル!!

その時まで首を洗って待ってろアル!! ぎゃ~~、恥ずかしいアルよぉぉぉぉ!!」

 

いや、意外にこんな脳天気な少女こそがサイと共に行けるのかも知れない。

それだけ言い終わると古は恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして寮の部屋へとダッシュで戻っていく。

彼女の後姿を見ながら、サイは『……ヤレヤレ』などと呟き、肩を竦めながらまた何処かへと歩き出したのであった。

 

そんなサイのバトルを見張っていた人物が何人か存在が居た事を彼は未だ知らない。

更にこの事が後の彼の進む先で更に女難の相を齎す事も。

 

尚、この後サイは麻帆良の捜索にほぼ一日を費やす。

あれ程今まで絡んできた者達も、サイの圧倒的(ある意味では狂気的?)な強さを目の当たりにして恐れるようになり、サイ自身は絡まれる事は少なくなって万々歳である。

まあ代わりに次の日からの古のスキンシップがより一層強くなったのはご愛嬌だ。

 

正に休めてるのか休めていないのか解らないサイの休日の一幕。

だが意外にも『……悪くは無いな』等とも密かに考えているサイであった。




第十四話再投稿完了です。
今回はエヴァとの修行風景にサイに一目惚れした古の初めて手合わせをしたシーンを描きました。
原作には無いような部分でしたので辻褄が合ってないかもしれませんがご容赦ください。
今回はあとがきが短いですがこれで、また次も読んで下さいね~^^


補足:サイの戦闘スタイルについて

サイの戦闘スタイルである光明司流古武術は超実戦的な戦闘スタイルです。
故に他の格闘技のように自分や他人を護る為の術や精神修行の為のものではなく如何に効率的に相手を倒せるかと言う部分一点に集約された武術。
そう言った事情からサイは基本的に『使っても死なない』と認めた相手以外には拳は使いません。
更に込み入った事情でもう一つサイには使う流派があるのですが、それが出てくるのはもう少し後。(その流派の記憶自体は思い出してますけど)


補足②:阿修羅真拳・陀羅尼八尊明王

無手の流派『光明司流古武術』の奥義の一つ。
サイ自身の身体に存在する法力(一種の気であり魔力)を掌に集め、掌打による打撃と浸透勁による気の攻撃を融合させた一撃。
光明司流においての練氣による拳打の技法は最大規模の気を練りあげて打撃力と化す最も直接的な威力を有する攻勢技。
純粋に気と力の融合である為に受ける方も同規模以上の気力と体力で応じなければ滅殺出来ない。

素の身体能力だけで地震と錯覚する踏み込みを、続く拳は落雷と見紛う衝撃を相手に与える修羅の如き技能。
気脈を司る毛色を制御し、膨大な気を循環させながら圧縮させ、物質化する程の闘気を拳に集めて放つ拳技の真骨頂。
弾けた余剰の生命力は零落れた士気と疲労を瞬時に拭い去る域で練り上げられた気の総量は夥しい。
正に拳における一撃は三千世界随一とも言える凶拳。

尚、浸透勁とは銃弾で言う所のソフトポイント弾(※)の原理を気で行う事と同義。

※)弾頭がギルディングメタル(真鍮)で覆われておらず、鉛が剥き出しになっている弾丸。
命中すると先端の柔らかい鉛が激しく変形・破砕し、目標内部で運動エネルギーを効率的に目標に伝達させて対象に致命的な損害を与える。

この業は拳打と浸透勁の究極系である。
どの様な防壁、防御、防備をも浸透して対象に痛烈な一撃を与える業であり、実質的には防御不可能。
ただし現在のサイでは直接防御抜きの肉体に正拳を叩き込む程度のダメージしか与えられない。(それでも脅威には違いないが)

ちなみに詠唱の元ネタは五大尊明王+有名な三柱の明王の真言。
金剛夜叉明王と烏枢沙摩明王のみ二つ名があるのは宗派によって五大明王に入る人物が違う為。

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