魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.11:War Games ~期末テスト大作戦・前編~

高等部の女生徒達とのドッジボールの試合。

そしてサイがネギにプライベートで『お兄ちゃん』と呼ばれるようになってから早三日。

寒さも少しずつ和らいできた麻帆良は今、学生衆にとっての苦行の時期を迎えていた。

 

その苦行の名は―――期末試験。

 

いつも通り屋上で食事をするサイ&エヴァンジェリン&茶々丸。

世間話をしながらの食事は不思議と今の雰囲気が変わってピリピリしている最近の現状に及んだ。

 

「なぁキティ、最近の雰囲気は何なんだ? やけに空気が重いと言うか何と言うか、まるで戦場みてぇだぞ?」

「まあ強いて言うなら間違っては居まい、学生衆にとってはある意味で戦場と同じ……もしくは戦場以上かも知れんな」

 

サイとの邂逅から大分性格が丸くなったエヴァ。

茶々丸特製のサンドイッチを食べて茶を飲みながらしみじみとそう言った、流石は十五年も中学生をやっているだけの事はある。

 

「サイさんも宜しければどうぞ、お食べ下さい」

 

そう言って茶々丸がサンドイッチの入ったバスケットをサイの方へと向ける。

中に入っているサンドイッチの量は少なくともエヴァや茶々丸二人では食べ切れない程の量だ。

厳密に言えば茶々丸は食べた所で栄養やらエネルギーに変える事が出来ないので食べる振りだけなのだが。

 

「まあ食ってやれサイ、お前なら少々多くても食えるだろう?

そのサンドイッチは茶々丸がいつもより早起きして、何故かいつもより間違えて多く作ってしまったものだ。

棄てるのも勿体無いしな……なぁ茶々丸?」

 

「あの……もしお口に合わないのでしたら、無理にとは……」

 

聞いたサイは首を横に振るとバスケットの中に手を突っ込んで幾つかのサンドイッチを出して食べ始める。

考えや理由はどうあれ、人の好意は無にしないのがサイの良い所だろう。

 

「おぉ美味ぇ……やはり茶々丸は料理が上手だよな、良い嫁さんになれるぞ。

(ガリッ!!) んあ? こっちの卵の殻が入ってるのは急いでたか何か……(ゴンッ!!)……痛ってぇな、何すんだよキティ?」

 

「フン、何でもないわ馬鹿者が」

 

「い、いえ……それ程でもありませんサイさん。

(小声:サイさん、今回のサンドイッチはマスターも手伝ってくれました。

特にサイさんのお好きなたまごサンドはマスターが自分一人で作ると張り切って居られましたので―――)」

 

「あぁ? 何だコレキティが作ったのかよ。

だったら先に言え、お前料理苦手なんだろ? それでも作ってくれたんだから感謝して食うさ」

 

「……!? あ、当たり前だ馬鹿者!!

この私が、貴様に直々に料理の腕を振るってやったのだ、感謝して食え!!」

 

―――何この可愛い生き物。

どうやらサイとの出会いは確実にエヴァやら茶々丸やらを変えているようだ。

 

「でも本当に絡繰さんって料理お上手ですね!! あ、お兄ちゃん、もう一個唐揚げ頂戴!!」

「ホント、ホント♪ 木乃香も料理上手いけど、茶々丸さんも凄いわね~」

「嫌やわ~明日菜~♪ 褒めたって何も出ぇへんよ~。 あぁサイくんもウチのお弁当、食べてや~♪」

 

「あ、あのあのあの……さ、サイさん……よ、良ければ私の作ったのも―――……」

「のどか、そんな小さな声じゃ聞こえないです」

「ほらほら、頑張んなさいよアンタ♪」

 

「オォ、ネギ坊主の言う唐揚げも美味しいアルよ♪ サイ、自分で作ったアルか?」

「ぬぅ、この出汁巻き卵もヤバ美味でござる♪」

「ああ、それ作ったのシスターシャークティだよ。 まあ私と私の妹分も少しは手伝ってるけどね♪」

 

いつの間に湧いて出たのだろうか?

知らない内にサイ&エヴァ&茶々丸の周りには人だかりが出来ていた。

 

「―――オイ、いつの間に湧いて出た貴様ら」

 

「てか拳法バカ&忍者バカ、何を人の弁当を勝手に食ってんだゴラ?

誰でも良いからこのバカ二人止めろよ……あぁ? 泣き出すなネギ、お前の事じゃねぇ。

……木乃香、何だその食わないと許さないみたいなプレッシャーは? 俺そんなプレッシャー掛けられなくても食うぞ?」

 

いつの間にやら賑やかになったものである。

元々サイもエヴァも自分から人の輪を外れていくきらいがある。

心のどこかで人との絆を紡ぐのを苦手としているような感じもするのだ。

だが2-Aと言うこのクラスの者達はそんな事などお構いなしなのである。

それはある意味では最も難しい事なのだが。

 

そんな騒ぎの中、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。

良くも悪くも2-Aらしい光景のまま、教室へと戻るサイ達であった。

尚、そんな騒がしい者達の輪に入ろうとしようとするも、己の責務を優先した人物が一人。

更に珍しくサイの事に興味を持った長身の人物が一人いた事は誰も気付かなかった。

 

 

 

 

午後―――5時限めの授業が終わり、学園長室に呼び出されたネギ。

呼び出された理由は教育実習生として此処に赴任する期日が迫り、4月から正式な教員として採用出来るかをテストする為の課題を渡す為だ。

 

「(あわわわ……今頃に課題が出るなんて聞いてないよ~~~!?

コレをクリアしないと正式な先生にも、立派な魔法使い(マギステル・マギ)にもなれなくなっちゃうよぉ~~~~!?)」

 

課題の内容とは一体何か?

ドラゴンを倒すのか、それとも一定以上の魔法の習得か? まあ何にしても生易しい課題ではない事は容易に想像が付く。

 

ネギは恐る恐る手紙を開いた。

其処に書いてあった言葉はネギが思っていたものとは少々違った課題である。

 

『ねぎ君へ

次の期末試験で二-Aが最下位脱出出来たら正式な先生にしてあげる

それとサイ君はねぎ君が正式な先生になれたら正式な二-Aの生徒にしてあげる』

 

「あぁ? 何見てんだネギ?」

 

丁度その後ろからサイに声を掛けられる。

どうやら手に缶コーヒーを持っている所を見ると、休憩時間の間に買いにでも行っていたのだろう。

(食後の煙草の一服もしてきていたのだが)

 

「あっ、お兄ちゃん♪ 実はね、ボクが正式に先生になる為の課題が出たんだ。

でも、2-Aを期末試験の最下位から脱出させるだけっていう何とかなりそうな課題だからさ♪

よ~~~~し、頑張るぞ~~~~!!」

 

やる気を出したネギはそのまま元気良く教室の方へと向かう。

考えても見ればドラゴンを倒す事や一定以上の魔法の習得よりも明らかに簡単な事だろう、期末試験で最下位を脱出するなどと言うのは。

 

一方残されたサイは走り去っていくネギの背を見つめながら小さく呟く。

 

「期末試験で最下位脱出? 何だか良く解んねぇが、激烈に嫌な予感がすんのは俺の気の所為か?」

 

この先に待つ事への一抹の不安を抱く。

そしてこのサイの勘の良さは後に当たってしまうのだから始末に置けない。

 

実際、サイの悪い予感は見事に的中した。

この学校はテスト終了後、平均点によるクラスの順位を発表する。

実は2-A、成績がトップクラスの者が3人も居るのだが……基本的に鳴かず飛ばずの成績の者が実に多い。

 

その大きな一因として2-Aには『バカレンジャー』と呼ばれる全体の成績の足を引っ張る連中が五人も居る事だ。

つまり幾ら学年トップ3がクラス内に存在していても足を引っ張る連中が多い故に平均点が下げられて最下位になってしまう。

更にエスカレーター方式で上に上がれると言う事から赤点だろうが何だろうが気にしない脳天気な連中が多いのである。@

 

―――何せ期末試験まであと三日と期日が迫っている。

にも拘らず英単語野球拳なるお遊びで騒いでいるのだからこのクラスの脳天気さは説明する必要など全く以って無いだろう。

それにもう一つ、このクラスには大きな問題がある。

 

「そもそも面倒臭ぇんだ―――何で座って勉強なんてモンして、それを一々披露する必要があるってんだ」

 

大きな問題、それは何を隠そうサイ自身の事である。

実はサイは小テストを今まで何度もやったが、解答を一度も書かずに出す為に何時も0点なのだ。

これはサイが馬鹿であると言うよりは、寧ろ座学自体を嫌っていると言う理由があった。

 

まさに2-Aの最下位脱出はある意味ではドラゴンを倒すやら規定数の魔法を覚えるやらより遥かに難しいのである。

知りたくなかった現実を知り、課題の内容が何とかなると思っていたネギも皆の脳天気さに頭を抱えていた。

 

「どどど、どうしよう、このままじゃ……ハッ、そうだ思い出した!!

3日間だけとても頭の良くなる『禁断の魔法』があったんだ……副作用で一ヶ月ほどパーになるけど、仕方ない!!」

 

ドサクサにまぎれて実に物騒な言葉を口走るネギ。

急いで杖を用意して呪文の詠唱を唱えようとした丁度その時―――

 

「オイコラ小僧、何を物騒な事を口走ってやがる」

「こら~~~~~、やめやめ~~~~~~!! 何さらっと怖い事言ってんのよアンタはぁぁぁ!!」

 

ネギの頭に落とされる鉄拳&突き。

後ろを向くと其処にはサイと明日菜が立っていた。

ちなみに明日菜は英単語野球拳で負けまくっていたので制服が肌蹴ているが。

 

「ふぎゅぅぅぅぅ!? あ……お兄ちゃんにアスナさん」

「何バカやってんのよ、ちょっとこっちに来なさい!! サイ、アンタも一緒に来て!!」

 

そのまま人気の無い廊下まで引っ張られていくネギ。

サイものんびりと二人の後を追う―――尚、明日菜はドッジボール以降からサイの事を名で呼ぶようになっていた。

 

 

 

 

「アンタねぇ、いい加減に魔法に頼るの止めなさいよ!! そもそも魔法なんてものが誰かにバレたら即帰国なんでしょ!?」

 

「で……でも……このまま期末試験が最下位だったらボク先生になれないですし、立派な魔法使いにも―――

それに、ボクがコレを失敗したら連帯責任でお兄ちゃんも2-Aを退学になっちゃうんですよ……?」

 

―――この試験の結果は己の問題だけではない。

それが成せなければ、いつも自分を勇気付けてくれている兄のような存在の人物も責任を取らされてしまう。

だが、その言葉に対してサイはいつもと同じく不敵な態度のまま返す。

 

「生意気言うんじゃねぇよ小僧、それにテメェはそんな汚い手使って課題に合格して満足か?

前にも言った筈だぞ? 努力するだけ努力してそれでも出来なけりゃそこで言い訳するのは構わねぇと。

だが努力もしねぇで中途半端な気持ちで教師やってる奴が担任なんてのは教えられる奴等には迷惑以外の何物でもねぇよ」

 

サイの言葉にネギはハッとする。

そうだ、確かにいい加減な気持ちで事に取り掛かるなどと言うのは迷惑でしかない。

己の事ばかり考えていたネギはその後学校から出ると己にある魔法をかける。

 

「うん、そうだ……安易に魔法で成績を上げようなんて卑怯だ。

よし、期末テストまでの間は魔法を封印して一教師として生身で生徒にぶつかろう!!

ラス・テル マ・スキル マギステル―――制約の黒い三本の糸よ、我に三日間の制約を(トリア・フィーラ・ニグラ プロミッシーワ・ミヒ・リーミタチオーネム ペル・トレースディエース)―――」

 

魔法を唱えるとネギの右の手首に黒い刺青(タトゥー)のようなものが入る。

コレによりネギは三日間だけは魔法が使えない唯の10歳児へとなってしまったのだ。

 

「よし、これでボクは三日間は唯の人だ、正々堂々教師としてギリギリまで頑張るぞ!!

さあこうしちゃいられない、明日の授業のカリキュラムを組まなきゃ!! 見ててね、お兄ちゃん!! ボク、頑張るから!!」

 

そう元気に天に向かって叫ぶと、ネギはそのまま準備の為に走っていった。

 

 

 

 

一方、その夜―――

女子寮の大浴場で何気ない世間話をしながら湯に浸かっていた明日菜らバカレンジャー。

ちなみに説明しておくとバカレッドが明日菜、バカブルーが長瀬楓、バカイエローが古菲、バカブラックがのどかの親友である綾瀬夕映(あやせゆえ)、バカピンクが委員長こと雪広あやかの親友である佐々木まき絵(ささきまきえ)である。

(尚、此処にサイもバカホワイトとしてエントリーされているのを本人は知らない)

 

そんな彼女たちに木乃香が深刻そうな表情で語るその内容は―――

 

「「「「「えぇぇぇぇ!? 期末試験が最下位のクラスは解散~~~!?」」」」」

 

何でも木乃香の話によれば万年ビリの2-Aに対し妖怪ぬらりひょんジジイ……もとい学園長が酷くご立腹であり、次の期末試験の結果発表でまた最下位を取ったら小学生からやり直させるなどと言う無茶振りをしているらしい。

事実では無いにせよ、その事を信じたバカレンジャー達は酷く慌てる。

 

その時、バカブラックこと夕映が抹茶コーラなる不思議なジュースを飲みながら言った。

 

「こうなったらアレを探すしかないかもです。

皆さん『図書館島』は知っていますよね? 我が『図書館島探検部』の活動の場ですが、実はその図書館島の深部に読めば頭が良くなるという【魔法の本】があるらしいのです」

 

「「「ま、魔法の本!?」」」

「綾瀬殿、抹茶コーラって美味いでござるか?」

 

四名(一名は全く違う事を考えていたが)は夕映の半信半疑な言葉に聞き返す。

勿論、明日菜などは全く信じていなかったが……良く考えればネギやらサイやらのような魔法使いが居るのだから魔法の本があってもおかしくは無い。

―――ちなみに彼女はまだサイの事を魔法使いだと勘違いしていたが。

 

「うん、行こう!! 『図書館島深部』へ!!」

 

明日菜は目を輝かせながらそう言った。

ちなみにこの選択がこれからの面倒事の始まりの序章である事を彼女らは知る由もない。

 

 

 

 

時は過ぎて数時間後。

麻帆良学園図書館島の裏手にある秘密の入り口には『バカレンジャーズ+2』にシェルパとして木乃香を加えたメンバーが揃っていた。

まあ若干一名、物凄く機嫌が悪そうに明日菜を見ていたが。

 

「で? 何で俺までその図書館島だか何だかって場所まで連れて来られなきゃならねぇんだ?」

 

縄でぐるぐる巻きにされているのはサイ。

実は努力しろと言った手前、自分も努力せねばいけないと感じたので帰りにエヴァ&茶々丸に期末テストに出そうな部分の参考書を貸して貰い試行錯誤していた。

其処をいきなり入り口に呼ばれたと思ったら縄でぐるぐる巻きにされて理由も解らないまま連れ出されれば機嫌が悪いのは当然だろう。

 

「そりゃあ、トラップが多くて危険な場所らしいからよ。

でもほら、アンタやネギがちょちょいと魔法の力で私たちを護ってくれれば」

 

確かにネギやサイが居れば大丈夫だと思うだろう。

魔法使いと言う非現実的な力を使えれば、どんな危険な場所でも護って貰えると。

……それが間違いだと彼女は知らずに。

 

「え? あのアスナさん、魔法ならボク、封印しちゃいましたよ?」

「それに俺は前に言ったと思うが魔法使いじゃねぇぞ……魔法なんてモン、一切合切使えねぇぜ?」

「え……ええぇぇぇぇぇぇ!!!!!?」

 

そんな明日菜の悲鳴とも取れる叫び声を尻目に皆が魔法の本を求めて図書館島深部へと歩き出した。

 

 

 

 

其処からはまさに苦難の連続である。

確実に命を落としそうなトラップの山、山、山。

落ちたら間違いなく怪我をする本棚の上を歩き、スイッチを押せば本棚が崩れてくる。

その度にバカレンジャーズの身体能力によって助かったのだが、こんな場所は命が幾つあっても足りないような状況下だ。

特に魔法を封印してしまっているネギにとっては身体能力が歳相応の子供となってしまっている。

いつもの人間離れした運動能力は魔法の力によって得ているものだった。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!!」

 

床が抜け、落ちそうになるネギ。

それを助けようとした明日菜だったが、それより先にサイがネギの襟首を掴む。

 

「チッ、気をつけろネギ……こんな所でクタバった所で何も良い事はねぇぞアホが」

「あ、ありがとう……お兄ちゃん♪」

 

片手で本棚の上に戻すサイ。

その後はサイが手を引き、ネギを誘導してやる―――そこでふと、ネギが小刻みに震えている姿が映った。

良く見てみればパジャマで連れて来られたのだ、例え春が近くなって来たとは言っても夜は寒いだろう。

 

「やれやれ、しゃあねぇな……ほれ、これでも着てろ」

 

サイはいつも着ている着物のような上着をネギに投げ渡す。

この服、殆ど素肌を晒している部分が無い為に防寒効果もかなり高いのだ。(実際は別の理由があるのだが)

 

「えっ? でも、それじゃお兄ちゃん寒いでしょ?」

「心配要らねぇ風邪引いたら引いただ、悪ぃのは理由も告げずにこんな所に連れて来やがったあのアホ女の所為だしな」

「あぁ、もう!! 悪かったわよ!! そんなにいつまでも……!?」

 

明日菜がサイの方を向いて何かを言おうとした時、言葉が止まる。

その様子に疑問を持った他の者達もサイの方を見、一瞬で絶句した。

 

「あ、アンタ……何、それ……?」

「あぁ? あぁコレか? 見りゃ解るだろ、古傷だよ古傷、それ以外に何に見えるんだ?」

 

絶句するのも当然―――もし気の弱い者、例えばのどかでも居たとしたら確実に気を失うだろう。

何時もはどんな時でもサイが着物のような上着を羽織っている事の理由が解った。

 

それは二の腕やら首の付近やら胸にかけて尋常では無い程に刻み込まれた傷。

しかも一つや二つではない―――殆ど傷が無い所を探す方が難しい程に無数の傷がサイには在ったのだ。

上着を借りたネギさえ、あまりの酷さに言葉を失い涙目になる。

 

「ふ、古傷だじゃないわよ!? あ、アンタ……アンタ一体、何があったらこんなに傷が残るってのよ!?」

 

その疑問も当然だ。

普通の人間がこんなに傷を受けるような事が在る訳が無い。

そもそもこんなに傷を負えば傷の深い浅いは別として痛みで発狂するだろう。

しかしサイは傷を触りながら呟く。

 

「いや、記憶がねぇから良く解らねぇよ。

だが少なくともこれだけは覚えてる、これは“大切なモン”を護る為に負った傷だってな。

そうだな―――俺が誇りを貫き通した“勲章”って所だろうよ」

 

そう言うサイの表情はどこか誇らしげだ。

身長など夕映とさほど変わらず、どう見ても中学生かそれ以下にしか見えないサイ。

だが明日菜達が見た彼は少なくとも、遥かに大人びて見えた。

 

「つうか俺の事なんざどうでも良いから先に進もうや、早くしねぇと一昨日と同じで寝る事が出来ねぇし」

 

彼の一言に正気に戻ったバカレンジャー達。

気を取り直すと先を急ぐのであった―――若干のサイへの心境の変化を残しつつ。

 

 

 

 

その後、第178閲覧室で食事休憩を取った後、人外魔境と化した様相の図書館島内部を進んでいく。

地下湖に絶壁の如き本棚に身長の半分も無い程のエリアを進み、遂に一向は魔法の本が安置されている場所へと辿り着いた。

 

其処の様相はまさにTVゲームのラスボスの間の如く、神々しくも禍々しく見える。

 

「あぁ、あの本!? アレは伝説の魔道書の『メルキセデクの書』ですよ!?

信じられない!! ボクも見るのは初めてです!! 何故、こんなアジアの島国に!?」

 

「何だ『エノクの書』って奴じゃないのか。

キティの奴が面白い本だから読んでみろって言ってたが……はぁ、キティの所で前の続きを早くやりてぇね本当に」

 

驚くネギと興味の無いサイ。

―――と言うかお前、何で知識無い筈なのに『エノクの書』なんて知ってるんだ?

ちなみにエノクの書とは某『そんな装備で大丈夫か?』『大丈夫だ、問題ない』の掛け合いで有名なPS3のゲームソフトの元になった書の事である。

大方、エヴァンジェリンの入れ知恵だろう……実は語られていないが、エヴァもサイもTVゲームが好きなのだ。

 

ネギのその言葉にサイと木乃香にネギ以外の者達が静止も構わず一斉に走り出す。

その先の行く末は勿論、言うまでも無く最後のトラップである。

 

「い、痛ったたた……え、何これ? コレって……ツ、ツイスターゲーム……?」

 

誰がそんな事を呟いたか。

その場所には『英単語TWISTER☆Ver10.5』などと描かれている。

と―――次の瞬間、メルキセデクの書の傍らにいた二体の石像が突然動き出したのだ。

 

『『フォフォフォフォ、この本が欲しくば……『―――死ね』……フォォォォォォ!? い、いきなり何をするんじゃ!?』』

「「「「「「蹴ったぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

迷わずに蹴りをゴーレムに叩き込むサイ、その行動に驚くバカレンジャー+α。

その一撃でゴーレムの内の一体は頭を破壊されて倒れ付す。

 

「な、ななななな、何やってるんですかお兄ちゃん~~~~~!?」

「ああ、いや済まん……ある未確認生物ジジイの笑い方を思い出してムカついてな、つい体が勝手に」

『ちょ!? わし倒しちゃったら魔道書やらんよ!? しかもこっから出れなくなっちゃうよ!? それでも良いのかのぅ!?』

 

―――何だか見方によってはゴーレムが命乞いしているようにも見えるが気の所為だろうか?

だがそんな必死とも取れるゴーレムの台詞と様子にサイは一回だけ睨んでから溜息を吐きながら下がった。

 

「(ボソッ)……命拾いしたな、デカブツ」

 

実に不吉な一言を残して―――

 

 

その後、気を取り直した石像によって問題を出されるバカレンジャー達。

『DIFFICULT(難しい)』やら『CUT(切る)』やら『BASEBALL(野球)』やら明らかに問題に作為を感じるツイスターゲームをしながら、ついには最後の問題まで彼女たちは辿り着く。

……ちなみにサイは『くっだらねぇ』の一言と共に参加しなかったのは言う必要は無いだろう。

 

そして遂に最終問題がゴーレムから出される。

 

『最後の問題じゃ……『DISH』の日本語訳は?』

「あ、解った『おさら』ね!!」「『おさら』OK!!」

 

しかし、物事と言うのは必ず上手く行く訳ではない。

懸命に『お』と『さ』に足を伸ばした明日菜とまき絵であったが、最後の一文字で間違えた。

 

「『お』! 『さ』! 『ら』!」「……おさる?」

 

最後の一文字は悲しいかな、明日菜とまき絵がとちった事により不正解となった。

 

『フォフォフォフォフォ、ハズレじゃな』

 

ゴーレムの一言と共に足場はハンマーで破壊され、全員真っ逆さまに落ちて行く。

 

「「「アスナのおさる~~~~~~!!!!」」」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ハア、何で俺がこんな目に……」

 

高速スピードで落ちて行くバカレンジャーとネギと木乃香。

このまま落ちて怪我でもすれば、それこそ本末転倒となるだろう。

 

「やれやれ、仕方ねぇなぁ。

まあ戦う訳じゃねぇし直ぐに普段の姿に戻りゃあブッ倒れる事もねぇだろ―――魂獣解放(スピリッツバースト)ッ!!」

 

サイの姿は青年の姿に変化し、落下しながら近くの壁を蹴ってネギをキャッチした。

このような落下中に壁を蹴って方向転換してネギをキャッチするなど彼が修羅場を越えて来ていると言う事が良く解るだろう。

更に再び壁を蹴って落ちて行く者達を掴んで行く。

 

「……ん? 何だこりゃ?」

 

ふと冷静に落ちながらサイはおかしな感覚を感じる。

何故だかは解らない―――だが不意に落下のスピードが緩やかになったように思えた。

例えるのならばそう、パラシュートを開いたかのように。

 

実はこの図書館島と言う所に入った時から感じていた一つの違和感がある。

大量に仕掛けられていた罠の数々はある一つのルートのみ余り意味を成していなかった。

聞いた話によればこの図書館島は侵入者を排除する為にそれこそ隙間なく罠が設置してある筈らしいのだが?

 

「……まさか、な」

 

状況や今迄の事を想定すればある可能性は浮かぶ。

しかしそれはあくまでも“可能性”の領域に過ぎない、それを断定するにはまだ少し情報が足りない。

早合点で良い方に考える事、それは自らや周囲の者達を危険に陥れる可能性が高い。

 

「まあ良い、取り敢えず残りの事は降りてから考えるとすっかね」

 

そんな風に一言だけサイは呟き、ゆったりとした速度で下に降り立つ。

気絶した明日菜やネギ達を優しく大地に横たえると、周囲を見回しながら肩を竦めるのであった。

 

 

 

 

~Side 明日菜~

 

何故か意識が朦朧とする。

だがそれは当然の事―――図書館島の中では時間の流れは解らないが、外はもう完全に真夜中となっていたのだから。

……ゆっくりと瞼が下りていく。

 

先ほど巨大なゴーレムによって奈落の底に落とされた筈。

しかし身体に痛みなどは感じず、寧ろ何故だかは解らないがまるで誰かに抱きしめられて居るかのように感じた。

 

その朦朧とする意識の中、明日菜は最後に人の姿を見た。

それは説明した所で信じてくれる者もいる筈も無いだろうが、確かに彼女達はその目で見たのだ。

 

長い銀の髪をなびかせ、耳と何本もの尾を持った青年がゆっくりと優しく少女達を砂浜に寝かせていた。

間違いない、怪我を負っていないのは正体不明のこの人物のお陰だろう……その姿は幻影の如く揺らめき、それが実体なのか幻体なのかも解らないが。

 

だが……明日菜はその人物を知っている。

名前は解らない、何故此処に居るかも解らない―――しかし消え行く意識の片隅で“その人物を知っている”と言う鮮烈な記憶だけは脳裏に刻まれていた。

 

「あ、貴方……誰……?」

 

誰と無くそんな一言が口から出る。

しかしその青年はそこで何も言う事も無く、全員の無事を確認すると背を向けて去って行く。

明日菜は去って行く後姿に必死で手を伸ばしたが、そこで意識は消えたのであった。

 

最後にその青年が誰かに似ているという事だけを記憶の奥底に刻み込んで。

 

~Side out~




第十一話、再投稿完了ですね。
原作で言う所の第二巻の期末試験の所です、話が長くなりそうでしたので前後編二部構成で。

今回にて明かされた馬鹿レンジャーの新メンバー・バカホワイト。
中間テストを無記入で出す、ある意味では潔い程にバカな子ですねぇ。
ま、解らない問題を悩まずに答えも書かないで出すのはある意味違った意味で漢らしいとも言えますが。
バトルの際は機転や思考が行き届くんですけどねぇ、色んな意味で残念な子です。

元々座学が大嫌いなサイ。
真面目にやれば頭は良くなると思うのですが本人はそんな事に一切興味がありません。
だから導術(ネギま世界で言う所の魔法)も基礎中の基礎しか使えないんですが。

では、そろそろ次回の後編へ続きます。


題名の意味は『(地図上での)机上作戦』
「コンピュータネットワーク下の戦争」を題材としてコンピュータ制御の戦争システムの危険性、また『Tik Tak Toe(三目並べ)』を通して核戦争の無意味さを描いた映画の題名

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