毎日の大量の課題。見る物すべてが目新しい魔法学校での生活。楽しい友人たちとの笑いあえる日々。あっという間に時間は過ぎて、咲耶がホグワーツに留学して1月半ほどたっていた。
当初は精霊魔法の導入魔法にも苦戦していた生徒たちも、幾人かのリタイアを出しつつではあったが、大体の者が習得に成功していた。(リタイアした大部分がもともと異文化交流に興味などない閉鎖的な思考の生徒、もしくは新しい魔法系統習得に対して上手く行かないことに耐えきれなくなった生徒だった)
「受講開始から一月半。だいたいのやつが導入魔法は習得できたようだが……ここから先は基礎魔法、初等魔法を中心に授業を行う」
火の発現に苦戦していたクラリスも、咲耶の個人レッスンなどによりリーシャに遅れること2週間ほどでなんとか火を灯し始め、今ではしっかり小さな火柱を立たせるまでに至っていた。ちなみにリーシャは続く風を吹かせる導入魔法でも比較的早く習得することができたが、その後の水を集める魔法では大いに苦戦し、最終的にはクラリスと同じくらいの速度で落ち着いた。
いよいよ授業はホグワーツでの魔法とは異なる精霊魔法特有の部分へと入り始めようとしていた。
「授業ではまず属性魔法について習得していく。そのため貴様らがはじめに決めておくことは、どの系統を集中的に鍛えるかだ」
この一月半。あまりぱっとしない導入魔法しかしていなかったのは、やる気のある生徒のみに選抜する意味もあったのか、教室に残っているのは基本的に精霊魔法、異文化交流などに興味のある生徒ばかりだ。
もっとも、中にはウィーズリー兄弟のように、新たな悪戯の発想を得るためという、少しずれたモチベーションの生徒も紛れ込んではいるのだが。
「導入魔法の時に分かったと思うが、個人個人で得意な属性、苦手な属性がある。これは純粋に魔力と精神力、そして呪文によって発動するホグワーツの魔法と違うところで、術者それぞれに感応しやすいタイプの精霊がいるためだ」
ホグワーツの魔法にも、火を起こす魔法や水を現す魔法はある。だが、属性魔法とは違い、それは単純にできるかできないか。込める魔力の量や制御能力によって魔法の威力が規定される。
「大雑把に言うと火を灯す魔法の習得が早かった者は火属性。水を集める魔法が早かった者は水や氷。風を起こす魔法が早かった者は風や雷など、導入魔法を基準にしてある程度感応しやすい属性を判断してもいいし、単純に好きな属性を練習してもいい。基本的にはインスピレーションや直感が大きく左右するものだ」
教室にいる生徒はまだ全ての系統を十分には発現させることができないが、だからこそ、得意な属性、苦手な属性の違いに心当たりもあるのだろう。頷くようにしている生徒がちらほらとみられる。
「ある程度全ての属性をミスなく発現できるようになった奴は、今度は得意な属性を集中的に練習しろ。とりあえず最初に習得するのは魔法障壁と魔法の矢だ」
第9話 許可証を巡る攻防
「得意な属性か~。なんか、すっげえアバウトだな」
「まぁ、なんとなくだけど、得意なのと苦手なのとは分かるわね……サクヤは光と風がメインだったわよね?」
「そやで~。」
先生の話を聞きながら、リーシャとフィリスはこっそりと咲耶に話しかけた。
アバウトと言いつつもリーシャにとって得意属性は火であることはすでに十分に分かっている。フィリスもなんとなく土系統の属性が相性がよさそうだとは分かっていた。
周りの生徒もようやく本格的な精霊魔法の授業が始まるということに期待の色を浮かべていた。
「授業では攻撃の初等魔法である
こっそりとおしゃべりをしている生徒が居る中、リオンが最初の魔法について説明を始めるとおしゃべりしていた生徒たちも居ずまいを正した。
魔法を習う者としてふざけてもいい時とふざけてはいけない時があるということを2年でちゃんと学んでいるのだろう。初等とは言え系統の違う攻撃魔法を教わるというのだから今が気を付ける時だというのはこの場に居る者ならば分かることだ。
「魔法の矢は属性によっては付加効果が異なる。障壁の方は色々と種類があるが、まずは基本となる魔法を弾く障壁からだ」
基本攻撃魔法・魔法の矢
たとえば破壊属性の火や追尾性能を持つ氷、捕縛系の風や麻痺の付加属性を持つ雷など魔法の矢にはそれぞれの属性に応じた付加能力がつくことがある。
悪戯好きのウィーズリー兄弟はまだ見ぬ魔法の悪戯への応用を考えてか、互いに視線を合わせてにやりと笑みを浮かべたりしている。
「先に行っておくが、期末の試験では障壁を特に重要視した課題を出す。受ける受けないは自由だが、受ける場合はそれ相応の覚悟をしてこい。どういった障壁が必要かは近くなったらまた通知する」
それに気づいたのか、リオンは防御魔法を優先するような説明を行った。
だが、その発言内容。試験内容は先に教えるという言葉に、生徒たちは少しざわめいた。
「あらかじめ試験にだす課題教えてくれるなんて、スプリングフィールド先生優しいな!」
特に毎回試験に頭を悩ませるリーシャのような生徒は嬉しそうに笑みを浮かべて、中には口笛を吹いている生徒まで居る。
だが、楽天的な発言が聞こえる一方、セドリックのようなタイプやクラリスなどは眉根を寄せている。
「いやー、そうやないと思うえ」
「えっ?」
「たしかにね……」
リオンのことを知る咲耶もまた、苦笑いをしながらリーシャの楽天的な発言を否定し、フィリスもそれに同意した。
意外な反論にリーシャが友人たちを見やると、クラリスが二人と同じ懸念を口にした。
「精霊魔法の授業では基本的に攻撃魔法と防御魔法が中心。なのにテストで必要なのが防御魔法だけだということは、生徒以外の誰かが攻撃を仕掛けるということ」
「げっ。誰かって、もしかして……」
クラリスの言わんとしていることを察して、リーシャは頬を引き攣らせた。
「スプリングフィールド先生しかいない」
「しかも“それ相応の覚悟”ってことは結構情け容赦なく仕掛けてきそうだしね」
ホグワーツでは身を守る呪文よりも他者にかける呪文を優先する。
そのため防御のしっかりとした魔法使いは少ない。
戦闘でも用いられる防御呪文では盾の呪文があり、限定的には強い呪いですら弾くこともできる。だが、その習得は難しく、魔法省に務めるほどの魔法使いでも使いこなすのは難しいとされる。
授業は、初回の今回、障壁の中でも最も基本的な対物障壁の練習となった。
二人一組で組み。リオンが用意したボール(マグル育ちの者にはテニスボールと呼ばれている物)を投げ合ってそれを弾く練習を行った。
だが、今までの導入魔法と同じく、咲耶を除くほぼ全員が障壁を授業時間に発動させることはできず、ただひたすらボールをぶつけ合うという授業内容となった。
・・・・
「はぁ。スプリングフィールド先生の授業、段々と容赦がなくなってきたな」
「ちょっとリーシャ。あんたのバケツから飛び跳ね毒キノコが跳び散ってるわよ!」
互いにボールのぶつかった痣をつくった精霊魔法の授業が終わり、次の薬草学の授業。溜まった疲労から集中力が低下しているのは無理からぬことだ。ボーとしていたリーシャのバケツから今日の授業内容である飛び跳ね毒キノコが元気よく飛び跳ねてフィリスが注意をした。
「でも障壁魔法は役に立ちそう」
「そうね。もう少し上級生になったら盾の呪文も習うみたいだけど、かなり難しいって聞くし」
クラリスとフィリスも打撲痕をつけ、疲労こそしていたが、寮監でもあるスプラウト先生の授業のため、手慣れた様子で作業をしていた。
「あー、今度の休みが待ち遠しーよー」
「あんたねえ……そう言えば、時期的にそろそろかしら?」
「時期? なんなん、フィリス?」
飛び散ったキノコをバケツに戻しながらリーシャは次の休みに思いを馳せた。先ほどの授業の疲労もあって休みが欲しくなっているのだろう。そんなリーシャにフィリスは呆れ眼を向けつつ、ふと思い出したように呟いた。
「ホグズミードよ。学期前の手紙に今年から行けるって……あっ、ホグズミードって分かる?」
フィリスの口から出てきた覚えのない単語に咲耶は首を傾げ、その様子に気づいたフィリスの問いに首を横に振った。
「ホグワーツ近くにある魔法族だけの村。ホグワーツ特急が到着していた駅があるところ」
「そうそう、ホグズミードがあるんだよな! 毎年先輩たちが色々お菓子とか持って帰って来てくれてさ! すっごい楽しいとこなんだって!」
よく分かっていない咲耶にクラリスが言葉短かに説明し、とっておきのお楽しみを思い出したリーシャが元気を取り戻して活き活きとした顔を見せた。
「許可証が入ってたハズなんだけど……もしかしてサクヤ、保護者さんのサイン、貰ってないの?」
「? うん」
「げっ!!? それじゃ、サクヤ行けないじゃん!? やっば……」
咲耶の反応から、もしかしてというようにフィリスが問いかけると、咲耶は頭をこてんと横に倒してよく分かっていなさそうに頷いた。サインが無いと行けない規則に、リーシャがうめき声を上げた。咲耶と一緒に行けないかもしれないということにクラリスも眉根を寄せている。
「まあ、サクヤはホグズミード行きの許可証のこと、知らなかったみたいだし。一度スプラウト先生に相談してみましょう?」
フィリスの提案にクラリスとリーシャはこくこくと頷き、咲耶は「はーい」と同意の声を返した。
飛び跳ね毒キノコを原木に移し換え終わるころ、薬草学の授業時間も終わりごろとなった。
「みなさん、ご苦労様です。さて、そろそろ授業は終わりですが、その前にお伝えすることがあります」
生徒たちが終わり支度をして、温室から出て行こうとするのをスプラウト先生は呼び止めた。
「通知と前後してしまいますが、今月末の日曜日に3年生以上の許可証のある子はホグズミードへ行けます。許可証にサインをもらった子はホグズミード行きの日までに私に許可証を提出してください。許可証がなければ、ホグズミードには行けませんよ!」
月末の日曜日まで2週間弱。スプラウト先生からの通達は折よく、咲耶たちが話していたホグズミードのことについてだった。
授業中におしゃべりしていた内容のことだったので、咲耶たちは思わず顔を見合わせた。
ちょうど許可証を持って来ていた生徒たちが先生に提出し終えるのを待って咲耶はリーシャたちに言われたようにスプラウト先生のもとへと近寄った。
「スプラウトセンセ。うち、それ知らんかったんですけど?」
「コノエ。あなたの件については呪術協会の協会長からうかがっています」
許可証のことやホグズミードの件についてよく知らなかったという事情を話した咲耶に対して応えたスプラウトの言葉に、咲耶を始め近くで聞いていたルームメイトたちはぱっと顔を明るくした。
日本の魔法の権威から直々の言伝ならば、そうそう悪いことにはならないだろうという期待を抱いているのだろう。
しかし続けられた言葉に呆気に取られることとなった。
「『イギリス滞在中における保護者であるリオン・スプリングフィールドの同行のもと、ホグズミード行きを許可する』という連絡をいただいています」
「えっ!? リオンと?」
続けられたスプラウトの言葉に咲耶は驚きの声を上げた。喜びから一転、条件を付けられた友人たちも唖然とした表情となっている。
「本来であれば教師の同行の必要はありませんが、あなたの場合、事情が事情です。当日までにスプリングフィールド先生の許可を得て下さい」
薬草学の温室から寮へと戻る道すがら、咲耶たちはスプラウト先生から言われた条件について話していた。
咲耶は留学生という立場であるのに加え、日本における魔法社会の重鎮の孫娘にして異なる魔法社会の融和の役目もあるのだ。先方がそのように条件をつけたのなら、それは仕方のないことであった。
「よかったじゃん、サクヤ。なんとかなりそうで」
「でも先生と同行か~」
とはいえ、リオンは咲耶の兄代わりとも聞いているだけに、なんとかホグズミードに行けそうな流れとなったことでフィリスは嬉しそうだ。
ただ、せっかくの羽を伸ばす機会に教師同伴ということになるためリーシャはやや不満そうだ。
「う~ん……」
「どうしたの、サクヤ?」
すでに楽観的なムード漂う二人に対して咲耶は眉根を寄せており、それに気づいたクラリスが問いかけた。
「リオン行ってくれるかなぁ……」
フィリスの問いかけに対して、なにか心配事でもあるのか、自信なさ気に懸念を口にした。
「スプリングフィールド先生ってサクヤのお兄さんみたいなもんなんだろ? 大丈夫だって」
「う~ん、けどなぁ……」
不安げな咲耶に対してリーシャは楽観的に構えており、励ますように明るい笑顔を向けた。
周りから心配ないと言われながら、咲耶は懸念のある顔で窓の外を見た。夜になれば昇るはずの月はしかし、つい先日朔となって、ようやく細長い弓を描き始めていた。
・・・・
「は? なんで俺がそんなとこ行かなきゃなんねーんだよ?」
翌日、当日まではまだ時間があるが、咲耶たちは休み時間にリオンを訪れていた。
咲耶のホグズミード同行のお願いに対して返ってきた答えは、咲耶の予想通りのものであった。
「先生、お願いします。せっかくの留学なんですから、サクヤにもイギリスの魔法族の町を見せてあげたいんです」
「ゾンコとか三本の箒とか、先生も一回行ってみると気に入りますって」
ルームメイトの危機とばかりにフィリスとリーシャはリオンへと詰めかけているが、肝心のリオンはそちらを一瞥もせず、読んでいる本に視線を落したままだ。
「あいにくと忙しいんでな。ガキにつき合っている暇はねーよ」
「そんなぁ」
赤い髪のリオンはどこか不機嫌そうにしており、その対応も素っ気ない。あっさりとした拒絶にリーシャが絶望的な声をあげた。
「リオンセンセ、お願い?」
友人たちの奮闘に、咲耶も上目づかいにリオンを見上げてお願いした。妹のような咲耶のこれには弱いのか、リオンは本から目を外して咲耶に視線を向けた。
後ろのお友達たちはともかく、目の前のこの少女は、一応教師である自分が同行することに対して特に思うところはないようだ。
保護者の同伴などというもっともらしい訳を使って、自分と咲耶を一緒に行動させたがっているどこかの狸ジジイの思惑など、きっとこの少女はまったく感づいてはいないのだろう。
リオンは、遠く離れた日本に居る狸ジジイの、戯れの冗談と聞き流した言葉が意外に本気っぽいことを感じ取って、呆れる思いを抱いた。
「…………咲耶。お前魔法薬学から課題が山のように出されてるだろ。あと魔法史」
「うっ……」
とりあえず、これ以上狸ジジイの思惑に乗っかるのは癪なので、リオンは溜息をつきながら大忙しのはずの咲耶の足元を指摘した。
咲耶も課題の多さにグロッキーとなっていることは覚えており言葉に詰まった。
「大人しく課題でもやってろ」
「リオン~~」
すげなく言い切るリオンは再び本に視線を戻した。
「どうだった!?」
寮へと戻った咲耶たちに、事の次第を聞いていたセドリックとルークが近寄って尋ねてきた。
自分のことよりも、期待してくれていた友人がガッカリしていることに咲耶はしょんぼりとして、首を横に振った。
「ダメか……」
「ちぇー」
「まあ、先生も忙しそうだったからね」
残念そうなルーク、舌打ちをして不満を表すリーシャに、フィリスは仕方ないというように宥めた。
「でもさー、せっかくサクヤ、留学で来てるんだから。ホグズミードこそ行った方がいいと思うんだけどなー」
不満そうにもらすリーシャに同意するようにクラリスもこくこくと頷いており、二人でなんとか咲耶を連れ出せないかという話し合いまで始まってしまい、咲耶は苦笑いを浮かべた。
「そう言えば……」
二人の陰謀にルークまで混じり、咲耶の横で同じく苦笑を浮かべていたセドリックは、ふと思い出したように口元に手を当てて呟いた。
「どうした、セドリック?」
「いや……たしかグリフィンドールのフレッドとジョージが抜け道を知ってるんじゃないかって話があるんだけど」
「それだ!」
何か思い出したようなセドリックの様子に、ルークが期待の眼差しを向け、セドリックの言葉にリーシャは嬉しそうにセドリックを指さした。
グリフィンドールの双子のウィーズリー兄弟。
その名は咲耶も幾度か聞いたことがあった。記憶違いでなければリオンの精霊魔法の授業でまだ受講を継続している赤毛の兄弟だ。
悪戯好きとして有名で、彼ら双子は学校の管理人であるフィルチよりも学校の通路に詳しく、監視の目を掻い潜ってホグズミードに行く手段も知っている
悪戯好きの彼らなら、留学生をホグズミードに連れて行くというミッションに面白みを感じて賛同してくれるだろう。
セドリックの言葉をきっかけに、ルークとリーシャが計画を練り始め、咲耶はそれを止めようと口を挟んだ。
「でも勝手に行ったらあかんやろ?」
「そうやって規則をすり抜けるのだってここの醍醐味だって」
「それにサクヤの場合、行っちゃだめとは言われてないじゃん」
それに対し、ルークとリーシャは悪戯の面白みを口にした。いつもであれば制止役のクラリスやフィリスも、咲耶と一緒にホグズミードに行けるという期待があるためか、考え込んでいる。
「とりあえず、ホグズミードまでにあの二人に話しておかないとな」
「行けるといいな、サクヤ!」
なにやらすっかり前向き意見でまとまりそうな場の流れを締めくくるようにルークとリーシャがにこやかな笑顔を向けた。