大きな変革の序章から始まり、例年と同じか、それ以上の波乱のあった一年が終わった。
ゲラート・グリンデルバルドの復活という報せはイギリス魔法界のみならずヨーロッパ全体に大きな波紋を広げた。
特に彼の母校であり、彼による被害、信奉者が最も大きかったダームストロング専門学校では、その影響も大きかった。
闇の魔法使いの帰還という最悪の事態を恐れたのか学校長であるイゴール・カルカロフが学校と生徒を放り出して失踪するという異常事態が発生したのだ。
だが現在のところゲラート・グリンデルバルドの姿は確認されていない。無論のこと使徒・デュナミスの姿も確認されていない…………
ダームストロングも、元々カルカロフの評判は悪かったのもあり、異常事態のわりには混乱は大きくはない。
一見するとまだ魔法界は平穏を保っていた。
様々な変化をその水面下に抱え込みながらも…………
第86話 師弟の旅立ち
咲耶にとっては4回目の、学年としては6年目の終業式。
半期で留学を終えて魔法世界へと戻ったイズーやメルルたちアリアドネー組やダームストロングへと戻ったクラムたちはいないが、ダンブルドアは式の言葉としてそれについてもちらりと触れ、非魔法族についての見聞も広めるようにと訓示を行った。
そして迎える夏休み。終業式は終わり、各々の寮で荷物を纏め終え、咲耶はハッフルパフの友人たち、そしてディズと共に校門を出ていた。
「今年の夏休み、サクヤはこっちに来れるの?」
「ううん。あの魔法開示のんがあるから、うちも色々と顔出さなあかんみたいなんよ。それに術の修行もあるし」
今年もお泊り会をしようと思っていたのだろうフィリスの問いに、咲耶は残念そうに首を横に振った。
「そういやサクヤの家ってニホンの魔法協会のすげーとこなんだっけ」
リーシャたちにとってあんまり関係ないというか意識していなかったことだが、そういった政治的なことに顔を出す必要がある家、というのは今更ながらに咲耶の家の立場を思い出させた。
昨夏、こちらの世界の伝統魔法族に全世界的に発表された事案、魔法バラシ。それは今まで進められていた、そして今後進めていく計画の一部にすぎない。
今後はさらに両世界、魔法族と非魔法族の協力が必要となる。
軌道エレベーター“アメノミハシラ”のある日本はその中心的な役割を果たす国であり、その地にある関西、関東の呪術・魔法協会と関わりの深い近衛家の咲耶は、学生の身分とはいえ公的な場への顔出しが求められているのだ。
それだけでなく、今までリオンと修行してきた陰陽術・治癒魔法についても実家で鍛練したいと考えていた。
「スプリングフィールド先生は?」
クラリスが尋ねた。その質問に咲耶は少しだけ寂しそうに微笑を返した。
「リオンは調べものがあるから魔法世界に行って、ディズ君も修行を兼ねて一緒に行くんやって」
ちらりと隣に立つ修行仲間、ディズを見上げた。
纏め終えた荷物がその手にはあり、みんなでホグワーツ特急へと向かっているのだが、彼にとってこれは帰省であると同時に旅立ちの前日でもある。
「ああ、一応これが最後の帰省だからね。一度孤児院に戻って手続きをするんだけど、その後はマスターについて行くことになる」
彼はこれから一度、自分を育ててくれたあの孤児院へと戻る。
夏休みの度に戻っていた帰るべき“家”。
だがそれも最後だ。
イギリス魔法界では17歳で成年とみなされるのであり、ホグワーツではディズに限らず卒業までに成年となる。
ディズもまた魔法使いの卵から大人の魔法使いへとなり、自立することとなる。
「そういえばうちも聞いてなかったんやけど魔法世界のどこらへんに行くん?」
「それは――」
「日本で修行するお前には、そいつがどこに行こうが関係あるまい」
「あ、リオ、ン……?」
リオンの声に振り返ってみれば、赤毛の少年姿――リオールの状態のリオンがやや憮然としたような様子でいつの間にかやってきていた。
ここにいるメンバーにはすでにバレていることだが、ホグワーツ特急に乗車するのにスプリングフィール先生の姿では周囲の視線が鬱陶しいからだろうか。
「クロスは魔法世界旅行か~。イズーたちに会ったらよろしく言っといてよ」
お気楽といった調子のリーシャの言葉に、ディズは苦笑してちらりとリオンを見たが、彼から説明する気はなさそうだ。
「アリアドネーには行くかどうかは分からないけどね」
今回のリオンの魔法世界行きに帯同するよう命令されたのは、一つにはリオンが対外的にディズの監督責任者になっており、自身が魔法世界で用事があるというのが理由だ。だがそれとは別に、ディズの修行を兼ねている以上、知人とのんびり会っているという余裕がある旅ではなさそうなことは、終業式までの修行の地獄具合から察しがついた。
「ボーズ。言っておくが、俺の時間はお前の修行だけに費やしているような暇はないぞ」
校門を出て、クリスマスの戦いがあった広場を超え、徐々にホグワーツ城は遠ざかりつつある中、リオンはディズへと声をかけた。
「俺は俺でやることがある。お前が自分で強くならなければ、これがお前がこの城を見る最後の機会になるかもしれんぞ?」
「………………」
師の言葉にディズは振り返り、これから後にする白亜の城を見上げた。
ここから始まった……などという感慨を抱くのは間違いであろう。
それよりも前、ダンブルドアが自分の前に訪れた時から魔法とのつながりを意識することになっていたのだし、それよりもさらに前から、自分の生はとうに始まっていた。
彼自身の記憶にもない、面影すら覚えていない母があの孤児院の前に辿りついた時から…………
それでも感慨を抱いて見上げてしまうのは、ここもまた大切な思い出がある場だからだろう。
年下の、面倒を見るだけの子たちだけでなく、自分を崇拝染みた目で見る者だけでなく、友として接してくれた者と出会った場所。
自分の道を見つけて踏み出した場所。
師として頼む者に出会えた場所。
「戻ってきますよ…………あと一度」
あと一度。
最早この場所に戻る意味はないのかもしれない。
この学び舎で“学業”を修めたところで、ゲラート・グリンデルバルドの孫である自分は魔法省に警戒されずにはいられないだろう。
そちらで真っ当な職につくことはできない。
だが世界はそれだけではない。
だとするならば、ここに戻ってきて“勉強”する意味はない。
だがそれでも、戻って来ようと思えるだけの場所になっている。
「…………なら、生きることだな」
旅が始まる。
向かう先は昨年も訪れた魔法世界。だが、今回の旅はあのような“お行儀のよい”ものではない。
捜索と修行。
ディズがこれからも生きていくための力を手に入れるための旅だ。
・・・・・・・・
日本。軌道エレベーター内部のとある一室。
「墓所の主…………」
提出された報告書を読み返していたネギ・スプリングフィールドは、問題の名前を目にして無意識に呟いた。
報告書は昨年の冬、イギリスにおいて姿を現した人物について。
使徒2体を捕縛していたリオン・スプリングフィールドと敵対し、逃走した謎の魔法剣士。
かの人物とはネギ自身、会ったことがある。裏火星における大崩壊事変の際に、僅かな時間だけだが話もした。
あの時、あの人物は“コズモエンテレケイア”とかかわりを持ち、あの場所にいたのだが、どのような思惑からかネギたちに助力し、その後姿をくらました。
“始まりの魔法使い”の復活や魔法世界の復元などいろいろなことがあったため、あの場ではその後の追跡をすることができなかったが、よもや世代を超えて再び敵対者として現れてくるとは予想外――というよりも油断していたといえるだろう。
あの魔法剣士についてネギが知っていることは多くはない。だが、微かに見えたその容姿から、ネギ自身の母や、あるいは“黄昏の姫巫女”と何らかの関係があるのではと予想される程度だ。
人物自体も問題だが、厄介なのはかの人物がリオンの魔法を苦も無く切り裂いたという現象の方だ。
――
その力の恐ろしさは、彼のパートナーである神楽坂明日菜の頼もしさからよくわかっているし、それ以外の理由でも大きな懸念材料となっている。
黄昏の姫巫女の血統――ネギ自身にも流れる王家の血統だ。
それは“始まりの魔法使い”と関わりのある血統ということでもあり、なればこそコズモエンテレケイアとかの人物が再び繋がっているのは、あの組織が何らかの計画が進行しているということを考えるのには十分すぎる問題だ。
“始まりの魔法使い”は倒された。
他でもないネギ自身と、彼の仲間たちの手によって。それは紛れもない事実だ。
だがその具体的な顛末を知る者は限られている。
報告書にはリオン・スプリングフィールドが調査を行う予定である、ということが記されておりネギは目を険しくした。
リオン・スプリングフィールドを“始まりの魔法使い”の事案に就かせることの危険性。
報告によれば組織自体はほぼ壊滅したが、最古の使徒・デュナミスとこちらの世界の魔法使いであるグリンデルバルドが使徒となって動いているという。
そんな敵であれば、対処できる遣い手が限られているのは確かであり、リオン・スプリングフィールドがそれだけの魔法使いであることはネギも認めるところだ。
――――だが、違うのだ。
リオンを“始まりの魔法使い”の件に近づけてはいけない。
他らなぬ“彼”自身の願いのためにも。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
【継がれる願い】
関西呪術協会総本山。
神社をも兼ねているそこは常から荘厳な雰囲気の漂う場であり、清浄な結界に覆われている神域でもある。
だが今、その神域は常とは違う空気が漂っていた。
集う者たちは一様に黒と白の格式ばった衣装で身を包み、普段会うことのない友人や知り合いと再会する貴重な場であってもバカ騒ぎのような雰囲気はない。
周囲から訝しみの眼差しを向けられている少年――リオン・スプリングフィールドは今日の主役へと目を向けた。
けれどもそこには主役はいない。
たくさんの花と、祭壇と、何度か見たことのある頭部の突き出た禿げ頭の写真と、そして彼が納められた棺が置かれている。
関西呪術協会の長の義父にして関東魔法協会理事長、麻帆良学園学園長。日本最強の魔法使いの一人である近衛近衛門――――その葬儀。
長きにわたり日本の、そして旧世界の魔法界を支えてきた彼の葬儀には、まだこの世に出でて十年にも満たないリオンの知らない者たちが大勢弔問に訪れていた。
政府高官、財閥の人間、多国籍企業の幹部。ほかにも、彼が学園長を勤めていた学園の生徒の中にはユニークかつ秀でた才能を開花させた者も多く、魔法世界の発明家や作家、某国の女王などまでやってきている。
喪主を務めているのは近衛近衛門の義息子であり関西呪術協会の長、近衛詠春。
ただそれらのいずれも、リオンにとってさしたる関心事ではない。
喪主の娘である近衛木乃香は、言葉も碌に喋れない赤子を腕に抱いており、その赤子が見慣れない人の多さと雰囲気にあてられたのかぐずりだしたのを見て、リオンは場を後にした。
彼の母にとっても、来ている顔ぶれの肩書はさしたる関心事ではないらしく、少し前までは弟子や“友人”たちに話しかけられていたが、今は遠くからつまらなそうに一人佇んでいた。
「どうしたのですか――――母さん?」
「リオンか。いやなに。また知り合いが一人逝ったと思ってな」
話しかけ、返ってきた言葉と母の顔からは彼女の思いは分からない。
遠くを見ているようであり、どことなく――――寂しげに見えた。
「珍しくないのでは? 母さんは不老不死なのでしょう?」
真祖の吸血鬼、童姿の闇の魔王。
「……ああ。もう何人もの死を見てきたし、死をもたらしてきた。死に慣れ過ぎるほどにな」
「…………」
六世紀を越える時を生きた不死の魔法使いであり、その生の中では数多の人の死を見てきて、知った人間の死に添い、そして時に自らの力で人を殺してきたはずだ。
「あのジジイとは珍しく長い付き合いになったからな。もうヘボ碁に付き合わされることもないと思えば、そこそこには感慨もわくさ」
ただ、どことなくその顔が寂しげに見えた。
それは彼女が、あの学園に来てから変わってしまったがためなのか。
“子”という今までにはない存在を紡ぎ、親としての自分をもってしまったがためなのか。
“子”であるリオンには分からない。
「100歳を超えていたのでしょう? 人にしては長命だ」
「ああ。ひ孫を見るまでは死なんとかほざいてたが、まさか本当にひ孫を見てすぐにくたばるとはな」
“子”の言葉にエヴァンジェリンは微かに笑みを浮かべた。
悪態をつきながらのその顔は、今度こそ紛れもなく寂しげだった。
「親が死に、子が死に、孫が死ぬ。そうして命が紡がれていくのが本来の人の在り方なのさ」
「…………」
人はかつて人間50年、などと謡っていた。
科学技術、魔法技術が発達した今でさえ、大抵の人間の寿命は一世紀にも満たない。
親が死に、子が死ぬ、それが人の在り方なのだとしたら、死ぬことのない身である彼女はどうなのだろう。
吸血鬼の血を半分しか受けていない自分は、人に比べれば頑丈でも、おそらく真祖ほどの不死身度はない。
ならばいつの日か、自分もこのような顔をこの人にさせてしまうのだろうか。
自分の死を彼女の永い生の中に刻み付け、得たものを失うことを押し付けてしまうのだろうか。
胸の裡に靄のようなものが立ち込めた。
せめて自分だけは彼女にそんな思いを背負わせたくない。
せめて自分だけは、彼女よりも先に死ぬわけにはいかない。
そのためには――――――――
人のはけていく中、母をこっそりと撒いたリオンは一人の魔法使いに話しかけた。
「ネギ・スプリングフィールド」
「リオン君。珍しいですね。僕に話しかけてくるなんて」
ネギ・スプリングフィールド。
母の弟子であり、彼の父親であるという噂のある人物であり、現代最強・最高の魔法使い。そして――――
「聞きたいことがある」
“闇の魔法”の唯一の継承者。人を越え、不死の道へと足を踏み入れた魔法使い。
最高の魔法使いである彼ならば答えられるかもしれない。
「何ですか?」
少し驚いた顔をしていたネギ・スプリングフィールドは、その驚きを押し隠したような平静なそぶりで質問を促した。
魔法使いの中で、おそらく最も可能なことが多いであろう魔法使いに質問を許可され――――しかしリオンは、直前まで問おうとしていた意志を逡巡させた。
何を問えばいいのか。
何が自分の望みなのか。
望みは、知りたいことは一つ。
「不死を、終わらせる方法を知っているか?」
終わらぬ生を終わらせる術を。
「! ……それは、マスターのことですか?」
「……ああ」
最高の魔法使いの驚いたような顔。
少年の質問は、願いは――――彼が叶えてはいけない望みなのだから。
「マスターは君のお母さんですよ」
ネギ・スプリングフィールドは顔を険しくしてリオンを睨み付けた。
彼にとっても、彼の母、エヴァンジェリン・AK・マクダウェルは師であり、失いたくない女性の一人なのだから。
「ああ。だからこそだ」
「どういうことですか?」
だがリオンは挑むように応えた。
「……親が死に、子が死に、孫が死ぬ。それが人としての真っ当な死に方なのだろう?」
「それは…………」
母自身が言った、“人”の世の真っ当な在り方。
そして
「俺は自分の死をあの人に見てもらいたくはない。あの人には、人として真っ当に生を終えて欲しい」
決して“母”を殺したいわけではない。だが自分の死で、あの人に悲しみを抱かせたくはない。
そして何もしなければ自分よりも真祖の吸血鬼であるあの人が長命であり、自分の死をあの人が看取ることになるのは決定された事項だろう。
だからそれを変えたい。
「…………残念ですけど。マスターの不死は造物主によって与えられた真祖としての不死です。僕ではどうすることもできません」
「そう、か…………」
例え、その望みが―――――母を殺すことと同義であろうとも………………
人の生の終わりである葬儀の中、
人の始まりを告げるかのような赤子の泣き声が、道を踏み始めた少年の耳に届いた。
今はまだ知らない。
その泣き声が――その少女こそが、鍵となるということを。
ようやく第4章が終わりました。
物語のキーとなるものもほぼ出し終えたので後は収束していき、いよいよ次章、第5章が最終章となります。
ネギまのアフターストーリーが描きたいという思いから始めた本作ですが、開始後すぐにUQ holderでネギまの続編が出てしまい慌てたりもしましたが、かなり後の世代の話だったのでそこにつながるまでの平行世界の話という形で最後まで行きたいと思います。