大広間では楽団に引き続いて“妖女シスターズ”の激しいロックが流れていた。
生徒たちはゆったりとしたダンスから一転、激しいテンポで踊っており、ステージ前に詰め寄った生徒の中にはヘッド・バンキングをしてノリにノッテいる生徒もいる。
司会進行のような役目をしていたフリットウィック先生は、ステージ前の生徒によってその小さな体を持ち上げられて、とうにステージから担ぎ出されてもみくちゃにされている。
ホグワーツ学校長のダンブルドアは生徒たちの笑みが溢れる広間を優しげな笑みで見つめた。
グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。
ボーバトン、ダームストロング。
さらには異世界の魔法騎士団候補生。
国内だけではなく、海外、そして魔法世界。
普段いがみ合いの目立つ寮同士の生徒もこの宴の中にあっては、笑い合っているように見えるのは彼の欲目なのかもしれない。
長命な彼はこれまでに多くの物事を見てきた。
家族に降りかかった悲劇と死。
周りの全てが自分よりも劣っていると錯覚した若き日。
何にも代えがたく、理解し合えたと思った親友との出会いと……対立。
自らの愚かさと権力の恐ろしさを知った。
いくつかの自分にとって価値の無い肩書を付けられ、自らの居場所を定めた。
多くの子供たちの成長を見守り、いくらかは導き、そして彼らの内のいくらかは正しい道をへと進むことができなかった。
二つの暗黒期を生き、一つは自らの手で終わらせ、もう一つはその芽を摘むことができずに今へと至らせてしまった。
できるのならばそれを次の時代に引き継がせることなく幕を閉じさせたい。
世界は変わっていくのだ。
愚かだった若き日に追い求めた愚かな夢 ―― 死の支配とマグルの従属。
そんなくだらないものを抱き、親友と語らっていた同じ口で、愛の重さを説いているのだ。
魔法世界の魔法使いたちが思い描く未来 ―― 魔法と
それが彼の心にどれほどの波をたてたかが分かる者は、おそらく居なかったであろう。
自分
そんな計画に愚かな自分がどんな言葉を挟めるというのだろう。
また同じ思いを抱いてしまわないとなぜ言えるだろう。
マグルの文化を尊重しつつ、彼らにない力を使って、彼らを支配する望みを抱かないと誰が言えるだろう。
ファッジ魔法大臣とは別の意味で、彼はあの計画が恐ろしかった。
大臣が危惧する価値のない恐怖ではなく、今では唾棄するものであるはずのかつての思いを、自分が再び抱いてしまわないかということが。
世界が変わるというのなら――――それはきっと愚かな旧時代の遺物である自分ではなく、ここにいる、未来を紡ぐ子供たちこそが作っていくべきなのだ。
ダンブルドアはぐるりと広間に溢れる笑顔を見て――――そして異変に気が付いた。
「あれは! …………なんと……」
「ダンブルドア? どうされましたか?」
動揺を露わにして窓に駆け寄ったダンブルドアに、マクゴナガルが訝しげな顔をした。
他にはだれもまだ気づいていないのかもしれない。
―――いや。幾人かの生徒たちは気が付いた。
窓の外、そして広間の天井に映る景色の異常に。
「なんだ?」
「ん? どうしたんだ?」
疑問の声を上げなら気が付いた生徒たちが窓の外を見て、天井を見て、次第にその戸惑いは伝播して広間に広がった。
天井の景色が消えている。
ホグワーツの城にかけられた魔法の一つ、景色を写す魔法が消えてむき出しの天井がそのままになっている。
そして外の景色はさらに異常だった。
「なんだあれは?」
「オーロラ!?」
半透明な膜のような何かが空に輝いており、それは所々食い破られたように亀裂が走っており、それは瞬く間に広がっていた。
「ダンブルドア! あれは一体!?」
異常に気付いたマクゴナガルが、ダンブルドアの横に立って尋ねた。
その声は今まさに、恐ろしい何かが起こっているのではないかと問うかのように震えていた。
彼女だけではない。
スネイプやフリットウィック、スプラウトたち他の教師も、ファッジやパーシーのようなゲストも、愕然として空を見上げている。
「ダンブルドア校長先生! ありゃあ一体!?」
「……ホグワーツの、護りの魔法が破られた――いや、消えたのじゃ」
ハグリッドの問いに、ダンブルドアは動揺する声で答えた。
ホグワーツの城には、様々な古代の魔法がかけられている。
許可なしに敷地を越えられない魔法。位置の探知を不可能にする魔法。姿現し・姿くらましを不可能にする魔法――あらゆる護りの魔法が働いており、ダンブルドアがここにいることと併せて、イギリスでもっとも安全な場所とも評されているのだ。
だが今、その魔法が唐突に破られた。
ダンブルドアの動きは素早かった。
高齢とは思えないほどの素早い動きで広間の前方に行くと注意を集めるために爆竹をならすような音を立てて生徒たちを振り向かせた。
ホグワーツの領域に異変が起こっている。
ここにいる全ての魔法使いがそれに気づいていて、その理由を求めてダンブルドアに視線を向けた。
ダンブルドアは起こっている異常事態を皆に伝えるために、注意を集め、言葉を発しようとした――――その瞬間。
「!!」
異質な気配に気が付いた。
その在りかは自らの背後。
並みの魔法使いよりも遥かに早く、しかし、往時のアルバス・ダンブルドアから見れば遥かに遅い反応速度で、ダンブルドアは振り向こうとし――――
――「
ダンブルドアが振り向ききるよりも、杖を振るうよりも早く、イギリス魔法界最高の魔法使いの周囲に剣が突き刺さり乱気流のような黒い影が半球形に渦を巻いた。
「!! ぬっ―――――」
激しい濁流に詠唱も集中も掻き乱される。
そして次の瞬間、ゴトッ、という音と共に黒く小さな球体のみが、ダンブルドアのいたその場所に残った。
「え……?」
第75話 ホグワーツ強襲
ダンブルドアが姿を消した。
それを見ていながら、しかし広間の魔法使いたちはその意味を理解できなかった。
ホグワーツ城にかけられた古代の守りが突然に消失したことも、ダンブルドアの背後に黒衣の魔法使いが立っていたことも……そして、ダンブルドアが黒い球体に成り果ててしまったことも。
皆の視線を集めているのは、すでにダンブルドアではなかった。
黒衣のローブを纏う魔法使い。顔には仮面がつけられており、その顔を見ることはできない。
驚愕を打ち破ったのは、広間を震わせる地鳴りのような轟音だった。
「ダンブルドアになにをした!!!!」
「! ハグリッド!!」
もっとも早く動いたのは、この広間にあっておそらく最も魔法使いらしからぬ男だった。
毛むくじゃらの顔を赤黒く染め、踏みしめるフロアを巨体で揺らし、突然現れた黒衣の魔法使いへと駆けた。
憤怒の迸る大音声は、それだけでビリビリと魔法使いたちの心に本能的な恐怖を思い出させた。
通常の人よりも遥かに大きなルビウス・ハグリッドの突進。
激高したハグリッドは、先程までダンブルドアのいた場所まで一気に駆け、勢いのままその巨腕を振りかぶり、フロアをぶち抜かんばかりの勢いで振り下ろした。
魔法使いたちは一瞬先の未来として、黒衣の魔法使いがぐしゃぐしゃに潰れることを幻視し、
「ぬぅうぐっっ!!!!」
「なっ!!?」
黒衣の魔法使いの目前でハグリッドの巨腕が止まったのを驚きとともに見た。
激突までまだ1mはある。
寸止めをしている、というのではない。
その証拠にハグリッドの顔は我を忘れているのではないかと思うほどの憤怒の形相のままで、魔法使いの遥か手前で止まってしまった自らの腕に、咆哮を上げている。
「ぐ、がぁぁあああああ!!!」
次の瞬間、魔法使いの周囲から黒い槍のような影が数十条、ハグリッドの巨体へと襲い掛かり、その巨躯を吹きとばした。
「ハグリッド!!!」
悲鳴を上げたのは誰だったのか。
生徒たちが、教師たちの数人が、吹き飛ばされたハグリッドの名を呼んで鞠のように吹きとばされた姿を目で追った。
「くっ!!」
ハグリッドが吹き飛ばされたのと間髪入れずにマクゴナガル、スネイプ、フリットウィックの3人が杖を抜き放ち無言呪文を黒衣の魔法使いへと飛ばした。
ダンブルドアが消えたことによる動揺が収まっていない、平常心とは程遠い精神で放たれたとは言え、ホグワーツ教師陣の中でも魔法力に長けた3人の魔法の集中砲火だ。
だが黒衣の魔法使いは仮面の奥で微かに鼻で笑うと、微動だにすることなく呪文の放射をまともに受けた。
いや、受けてはいない。
先程のハグリッドの剛腕同様、魔法使いの体に届くことなく遥か手前で何かに防がれたように弾けた。
「っ! ポモーナ! 生徒たちを広間から連れ出してください!!」
「ミネルバ!」
常軌を逸している。
奇襲であったとはいえ、ダンブルドアすら消し去ってしまったような相手だ。何人の魔法使いがいても相手になるものでないとうのは分かっている。
そしてマクゴナガルたちは今の攻防で黒衣の魔法使いの異常性に気が付いた。
2年前、ホグワーツを襲撃してきた悪魔の貴族。その相手に対しても杖を交える程度はできたのだ。
だが今のは、まるで通る手ごたえがなかった。
それにここには生徒が多すぎる。
マクゴナガルはこの場で指揮する副校長として、スプラウトに指示を出した。
スプラウトは加勢をしようと杖を抜き、だが、大勢の生徒がいることに思いとどまった。
一方で、夕映はマクゴナガルたちに加勢すべく前に進み出た。
「加勢します!」
「ユエ先生!」
装剣して魔法剣を手に持つ夕映。
マクゴナガルが一瞬、心強い援軍をえて振り返るが、彼女の表情は苦々しく歪められていた。
「ほう。まさかここで再会するとは思わなかったぞ。
進み出てきた夕映を見て、黒衣の魔法使いは初めて会話のための言葉を発した。
その言葉はまるで、彼女のことを知っているかのような口ぶりで、マクゴナガルは杖を構えながら尋ねた。
「あの者を知っているのですか、ユエ先生?」
「知っています。けれど…………」
夕映は歯切れ悪く答えた。
彼女には、確かにあの姿に見覚えがあるのだ。
だがそれはありえることではないはずなのだ。
彼女たちはそれが封印されたところを見た。……いや、見たはずだった。
“闇の福音”の創りだした対“人形”用の最強呪文。
決して終わることのない永続的な氷結継続魔法による氷の薔薇に捉えていたはずだ。
だが、時を越えて、確かにかの魔法使いは彼女の前に姿を現している。
「なぜ、アナタがここにいるのですか!? 魔術師・デュナミス!!」
大勢の生徒が大広間の出口に殺到し、すでに周囲は大混乱していた。
「姫さま!!!」
「な、なんなん、あの人!?」
戸惑う咲耶に、彼女の式神シロが警戒を発した。
「敵です。姫さまもお早く退避を!」
彼の顔には焦りの色が浮かんでおり、愛刀を抜き放ち、すでに臨戦態勢になっている。
「て、敵って」
「かなりの手練れです。メイガスたちが時間を稼いでいる間に」
「サクヤ!!」
どうするべきか。混乱の広がる咲耶にシロは退避を促し、そこにセドリックの声が届いた。
「セドリック君! みんなも!」
振り返るとセドリックだけでなく、リーシャやフィリス、クラリスたちも一緒におり、わずかばかりの安堵感を咲耶は覚えた。
だが続く言葉は、現状が到底安心できるものではないということをさらに教えるものであった。
「玄関ホールも無理だ!! 黒い魔法生物が何体も現れてる!!」
「っ!」
逸早く大広間から逃げ出した生徒たちは、しかし城から脱出するという望みを果たすことはできなかった。
絵本にでも描かれているような姿をした悪魔のような黒い魔物が数体、いや十数体、外へと通じる扉の前に出現し、近づく生徒に襲い掛かっていたのだ。
「きゃああああっ!!」
一体の魔物が女生徒へと襲い掛かる。
彼らの言うところのマグルとは違うはずの魔法使いは、しかし迫る異形の魔物の姿に杖を振るうどころか抜くこともできずに、恐怖から目を瞑り悲鳴を上げた。
「こん、のぉっ!!!」
拳がぶつかるその直前、ドゴンッ、という鈍い音を響かせて魔物の一体が殴り飛ばされた。
「あ、あ……」
「戦えないやつは下がってろ! このっ。なんだこいつら!?」
恐怖で崩れ落ちた女生徒に、瞬動で駆けつけたイズーが怒鳴るように言って魔物たちと相対した。
「召喚魔だよ、イズー! おそらく自立思考型でたぶん広間の方の魔法使いがマスター!」
その横に、アリアドネーの魔法剣を装剣したメルルたちも追いつき構えた。
スプラウト先生たち教師陣も追いついてそれぞれに魔物に立ち向かっていくが、倒す傍から次々に地面から湧いて出ており、行先を見失った生徒たちへと襲い掛かるのを守るので必死だ。
逃げ道は上にもあるが、上に逃げたからと言ってどうなるというのか。
空を飛んで逃げることもできるかもしれないが、魔物の中には明らかに翼の生えた飛行タイプも交じっている。
「ちっ! あっちを潰す方が優先かっ!!」
「お待ちなさい、イズーさん!!」
ガンッ!! とまた一体の魔物を殴り飛ばしたイズーが、広間の方に取って返そうとするのをメルディナが制止した。
「あちらはここの先生方やユエ先生たちが対処しています! 私たちはここをなんとかして生徒たちを避難させなければ!」
メルディナは氷魔法の矢を飛ばして、魔物を牽制しながら指示を飛ばした。
彼女たちも今は生徒でしかない。
だが同時に人々を守る騎士団の候補生でもあるのだ。
「メルディナさん!」
「ハーマイオニーさんですか!」
氷結武器強化した剣を振るって一体を退けたところで声をかけてきたハーマイオニーにメルディナが振り向いた。
傍にはクラムが杖を抜いて付き添っており、同じようにフレッドやロンなどのグリフィンドール生も混乱した顔をメルディナたちに向けていた。
「これは、いったいどうなっているの!?」
「分かりません。敵性の召喚魔がここを襲っているようです。召喚主は広間の魔法使いのようですが、この数の召喚魔を同時使役できるなんて並みの使い手ではありません。何とか退路を開きますから、皆さんは外に退避してください」
メルディナとて状況を完全に把握できているわけではない。
それよりも急務の問題として襲撃してきている召喚魔に対抗しなければならない状態になってしまっているのだ。
「だ、ダンブルドアはどうなったんだ!?」
「くっ! それも分かりません!!」
のんびり話をしている状況でもない。
切羽詰まったロンが泣きそうな顔で聞いてくるが、分かっているのはイギリス魔法界最強の魔法使いは現在動くことができない状況に陥っているということだけだ。
上の方を見れば、生徒の一部は行き場を失った鼠のように上へと逃げ始めているが、まだ玄関ホールにも大勢の生徒がいるし、大広間から抜け出せていない生徒もかなりいる。
なんとかしてあの玄関を突破しなければジリ貧どころではない。
必要なのは突破力。
それも一人や数人で突破するのではなく、一気に大量の生徒が逃げるだけの道を作るだけの……
メルディナにはそれはない。アルティナやメルルにも。彼女たちが力を合わせても、大勢の生徒の一部を守るのが精いっぱいだ。
だが…………
「メルル!! やるぞ! 委員長、アルティナ! 援護よろしく!!!」
「なっ!! イゾルデさん!?」
戸惑うメルディナに、炎を浴びせかけたイズーが告げた。
普段はいがみ合うライバルと視線があった。
この場を切り抜けるための力を――持ちうるすべての力をここで解放することをすでに決めている顔だ。
「くっ! ティナ、前に!! メルルさん!!」
「了解!!!」「分かってるよ!!」
戸惑いを捨て、メルディナは二人に指示を飛ばして前に飛び出した。
アルティナもそれと同時に剣を振るいながら前に飛び出し、メルルはイズーの傍へと駆け寄った。
「道を抉じ開けます!! みなさん! 扉から離れて下さい!!!!」
合流した咲耶やセドリックたちは人混みに身動きがとれずにようやく大広間を脱しようとしていたところであった。
だが、その途中でさえも上空から襲撃してくる魔物の対処に追われていた。
「インペディメンタ!!」
上空では翼をもつ魔物に対して宙を翔けるシロが刀を振るって魔物を切っていた。空を飛べないセドリックなどは、それでも妨害呪文や攻撃呪文を使ってシロを援護していた。
夕映やスネイプ先生たちが“デュナミス”というらしい魔法使いと派手に戦っている逃げ場のない広間よりも、まだ広がりをもつ玄関ホールでは動きに自由がきくはず。
なんとか広間の扉をくぐり抜け、玄関ホールの階段の前に立ったリーシャたちは、そこで信じがたい光景を目にすることになった。
「よし! ……って、なんだありゃ!!?」
イズーから伸びている尻尾が巨木の様に大きくなっており、玄関ホールの魔物を打ち払っていた。
前衛ではメルディナとアルティナが障壁を使って生徒たちを魔物から守りつつ引き剥がし、メルルは動けないイズーを守るように中衛に。そしてイズーはビキビキと骨格を変え、今や人としての姿すら変えようとしていた。
背中からは巨大な翼が生え、地面を掴む四足は獰猛さを表す鉤爪をもち、体全体が膨れ上がっていく。頭部に生えた角は、いつも以上に大きく太く、しかしもはや体の大きさからすれば大きなものとは言えなくなっている。
その姿はきっと誰もが知っているものであり、リーシャたちですら見たことのない強力無比な魔法生物。
「ドラゴン!!? うそでしょ!?」
フィリスが驚愕して声をあげた。
今や玄関ホールでは一体のドラゴンが出現し、大暴れしようとしていた。
ドシンッッ!! と踏みしめた脚が前に進んだ
「やっちゃえイズー!!」
背に乗ったメルルの声に応じて、ドラゴンがその豪爪を振るった。
その一撃は数体の魔物をまとめて薙ぎ払い、陽炎を薙ぐかのように消し去っていた。
メルディナとアルティナの二人は、イズーが進撃するのに合わせて後退し、拡散していた魔物の排除に移っている。メルルは時折、バックアタックを仕掛けてくる魔物を警戒し、ドラゴンの巨体ゆえに目の届かない部分を守っていた。
ただし、そんな攻撃はほとんど届いているようには見えない。
なにせドラゴンはただでさえ強靭な耐久力と並の魔法を寄せ付けない皮膚を持っている。どうやらそれは竜化したイズーであっても同じようで、しかも魔法障壁まで使ってガードしているのだ。
生徒たちは、ドラゴンという、知識上では極めて危険で獰猛なはずの生物が、今は確たる意思と理性とをもって自分たちの退路を切り開こうとしてくれているのを、消し去りようのない根源的な恐怖を抱きつつも目撃していた。
しかし、次から次へと湧いて出てくる魔物はキリがなく、なんとしても脱出を阻止しようとしているかのように現れてくる。
イズーは大きく息を吸い込み、ググゥッと背筋が反り返った。
咆哮とともにその口からドラゴンのブレス――炎が放たれて、直線状に扉までの魔物を燃やし、扉を吹きとばした。
「アレ、イズーか!?」
「イズー、スゴっ!!」
口から火を吐いて魔物を一掃した
他の生徒たちも今この場においてはドラゴンの恐ろしさよりも、その頼もしさに心強さを覚えて歓声を上げていた。
「いまのうちに!! 早く外に退避を!!」
玄関門までの魔物が一掃されたのを見て、メルディナが素早く道を指示した。
ただしそこは炎の残り火――というには業火すぎる火が残っており、道自体を遮っていた。
しかし、メルディナの声に応じたかのように、イズーのブレスによって生じた炎が通路のように道を作った。
イズーがばさりと翼を羽ばたかせ、突風を生じながら巨体を浮き上がらせた。
自らの巨体が避難する邪魔にならないようにするのと同時に、空戦型の魔物を倒すためだろう。
スプラウト先生がメルディナに頷き、生徒たちに避難の合図を――――
「みなさん今のうちに――」「!?」
「イズー!?」
出そうとした瞬間、浮かび上がっていたイズーが背に乗っていたメルルを振り落とした。
驚くメルル。
だが次の瞬間、ドラゴンの姿になっているイズーの体を、黒く
「なっ!!?」「きゃああああっ!!!」
「くぅっ! イゾルデさん!!」
城の壁面を砕く轟音を響かせながら外から伸ばされた手は、軽々とイズーの巨体を掴んで有り余るほど。
メルディナたちは咄嗟に落ちてくる岩塊を防いで生徒たちへの被害を防ぎながら、捕えられたイズーの名を呼んだ。
「なんだあの腕!!?」
「ちょっ! 外に何か居るぞ!!!」
悲鳴が上がり、その中で生徒たちは外の異常事態を見た。
地面から這い出ようとしている巨大な魔物の姿。
その姿は巨体と言えるハグリッドよりも、ドラゴンの姿になったイズーよりも、そして7,8mはあると言われる巨人よりも大きい。しかもそれは、まだ地面から現れきっていないのだ。今はまだ地面から肩が出てきた程度でしかないそれは、右手でイズーを握り掴み、左手を地面にかけて這い上がろうとしている。
「嘘だろッ!!?」
ズズズズと這いあがってくる巨大召喚魔の姿は、あまりにも大きすぎる。
あっという間に玄関ホールからのぞく程度では顔の頭頂部を捕えることができなくなってしまっており、もがくイズーは抵抗虚しく外に引きずり出されていた。
イズーを外に引き抜いた超大型は、イズーを掴んだまま腕を上に伸ばした。
「グゥ!? グ、ォオオオオオッッ!!!!!」
ギシギシ握りつぶされそうになりながらも、イズーは渾身のブレスを吐いて攻撃を行った。
玄関ホールに立っていた召喚魔を一掃した火炎のドラゴンブレス。
だが、あまりにも大きすぎる超巨大召喚魔の体には、焦げ跡すら残すことはできなかった。
イズーの体は、ホグワーツ城を超えるような高さまで持ち上げられ、そして――――
「ダメっ!! イズーーッ!!!」
「ッ!! ―――――――――ッッァ!!!!」
轟音と共に、イズーの体が地面に殴りつけるようにして叩きつけられた。
・・・・・・・・
夕映やマクゴナガルたちは初撃以降、近づく事さえ許されなかった。
魔術師の周囲から沸き上がる影のような物が槍となり剣となり魔物となって襲いかかってくるのだ。
ただでさえ相手の力量は夕映たちとは比較にならないほど隔絶している。それに加えて奇襲を受けたことも状況を苦しくしていた。
夕映自身は基本的に戦闘の準備を万全に整えてこそ力を発揮するタイプだからだ。
すでに乱戦に近い状況の今、
魔物を召喚し続けている本体を攻撃するほどの余力はなく、また、あの敵の障壁を抜くことは彼女たちでは難しい。
それはマクゴナガルやスネイプたちも同様であちらも防戦一方。なんとか避難している生徒たちの方に行かないように頑張っているが、すでに支えきることすら難しくなり、幾体かの魔物が突破している。
幸いにも迎撃しているようではあるが、だからといって安心できるものではまったくない。
デュナミスは最初にダンブルドアを“黒き牢球”で封印して以降、腕を組んだまま魔物を召喚するのみだ。
彼の積層多重障壁を破る術は現状ない。
だがなんとかしなければ。
ゴウッッッ!!! という豪音が、広間の外、玄関ホールの方から響いた。
――外でなにかあった!!?――
焦りが視野を狭くする。
分かってはいても、思考が袋小路に陥っていくのを止められなかった。
あちらではアリアドネーの騎士団候補生たちがなんとかやってくれていると信じたいところだが、確かめることはできない。
不可解なのは、奇襲を仕掛けて来た敵が――それもこの場の全員を瞬殺できるほどの手練れが、時間稼ぎでもするかのような消極的な戦いに徹しているということだ。
たしかに、このままだと遠からず一人また一人と力尽きてしまうだろう。そうそうに殺られるつもりはないし、元より“あの魔法使い”が人を殺すということはないのだが、最大戦力のダンブルドアを封じた今、この場の片を付けるのはたやすいはずなのだ。
「セタ先生!!」
「!! しま――――」
思考が目の前の戦闘から状況把握により過ぎた。
フリットウィックの危機を報せる声に反応した時には、すでに槍衾は回避不能の状態にまで迫っていた。
せめてもの抵抗に耐魔障壁を全力展開しようとし、しかし接触の瞬間、黒い槍は奔る剣閃によって斬りおとされた。
「ほう」
仕留めるつもりだった攻撃を斬りおとされたことでか、デュナミスがわずかに反応を見せた。
夕映の前に立ったのは、白い尻尾と耳を持つ童姿の剣士。
「ナイスシロくん!!」
剣士の主である少女の声が、夕映たちの背後から飛んできた。
「アナタは!」
「我が主の命により、今より某が相手をしてやる、魔術師!!」
夕映にとって最優先護衛対象であるはずの咲耶の式神が、前に出てきたことで驚く夕映だが、主からの命令を下されたらしいシロは刀を無形の位にして声を張り上げた。
「我こそは祖神猿田彦命の御末裔! 四十八天狗が一、富士山陀羅尼坊太郎が眷族! 山宮配子。藤原朝臣近衛咲耶様が式神、白狼天狗!!! 主より賜りし式名を――――」
「ちょっ! 上に来てるです!!」
大音声で名乗りを上げるシロに、容赦なく影槍が襲い掛かった。
シロは愛刀・魁丸を振るってその攻撃を斬りおとすと、ダッ! と前へと駆けた。
「おのれっ! 某の名乗りを妨げるとは無礼者めっ!!!」
「言ってる場合ですか!?」
名乗り上げを遮られたシロが怒りながら距離を詰める。
夕映はツッコミを入れながらも後陣に下がり、無防備になっている咲耶の傍についた。
距離を詰めるシロに浴びせかけられる無数の攻撃。
シロは獣そのものの反射速度でそれを躱し、一気に地を蹴って瞬動で魔術師の脇をとった。
振るわれる白刃。
その刃は、先ほどのハグリッドや魔法攻撃と同様に、魔術師の障壁に阻まれ、弾かれそうになる。
「っ!!」
足元から影が襲い掛かり、シロは再びの瞬動で距離をとることを強いられた。
シロの斬撃でも、あの魔術師を覆う堅牢な城塞のような魔法障壁を破ることは難しい。
瞬動の抜きと同時に再び振るわれた刃。
刀身に込められた気が剣閃となって魔術師へと襲い掛かり、障壁にぶつかり――
「!!!」
瞬間、魔術師は咄嗟に半歩をずらした。
「なっ!!」
「なんとっ!!」
マクゴナガルたちが驚きの声を上げた。
障壁を徹り抜けた斬撃が、魔術師の躱しきれなかった腕を半ばで斬り落としたのだ。
初めて、この魔術師に攻撃が通った。
魔術師もこの小さな式神に感心したように視線を注いだ。
「なるほど。神鳴流の技か」
—―斬空閃 弐の太刀――
あの大戦の英雄にして幾度もその剣技をもって立ち塞がった強敵と同じ技。
堅固な魔法障壁を破るのではなく、任意の物のみを切る最上の剣技。
魔術師の眼差しが鋭く敵意を帯びた。