春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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魔法学校交流記

 異世界の魔法使いの卵たちが、激しいレース争いをしている丁度その頃。

 

「彼らはどうですか、ビーさん?」

「魔法の違いに戸惑っているようですね。箒の飛行技術に比べて空戦で十分に力が出せていなさそうなのは……あまり空戦経験がないのですか?」

 

 旧世界の魔法学校からの研修生を引率しているISSDAの夕映と、総長として学校を纏めているベアトリクス。

 かつて彼女たちが参加したそのレースを、二人はモニタで観戦していた。

 

「学校では模擬戦闘の類はあまり時間がとられていないみたいですから。それに飛行技術も競技という側面が強いようですし」

 

 今、ハリーたちが“スポーツ”として参加しているこのレース。今回は練習だが、本来の意義は、騎士団候補生の選抜の試験だ。

 ホグワーツでは荒事対策では“闇の魔術に対する防衛術”が、その役割を果たすが、夕映の言うように、昨今の授業においては、それは重要視されていない。少なくとも夕映の見た限りにおいては……

 なにせ1年ごとに担任が変わるような授業だ。

 イギリス魔法界がここ10年ほど、闇の勢力が著しく凋落しているのもその理由であろう。

 

「なるほど……平和的ですね」

「それほどそうではないようですけど……一部生徒は自主的に模擬戦や実戦経験を積んでいるようです」

 

 実は言うほど平和とは言えないのだが、向こうの学校のカリキュラムに関してどうこう言う筋は、夕映にもベアトリクスにもないだろう。

 

「この子とかは特に元気がよさそうですね」

 

 ベアトリクスが視線を向けたのは、初手から一気に飛びだそうとし、しかしメルディナによって足を止められた眼鏡をかけた男の子。

 向こうの学校からは、色んなことにすぐ首をつっこみたがるトラブルメーカーの問題児、として注意するように言われている生徒だ。

 幸いにも今の所、問題を起こすようなそぶりは見せていないが、負けん気強そうにメ先を睨み付けている眼差しからは、このラリーがまだすんなりとは終わらないことを予感させてくれる。

 

 夕映はベアトリクスにつられてクスリと笑い、そして別のモニタを開いた。

 メルディナたちが飛び立った最初の地点で、彼女たちと同じようにモニタで観戦をしている生徒たち。

 その中でも夕映は一人の少女をモニタに映した。

 

 褐色の肌に明るい緑色の髪、竜族の象徴である大きな角を持った少女。

 

「あの竜族の子……あの子がリオン君がここに預けた子ですよね」

「…………ええ。元気のいい子ですよ。――よすぎることがありますけど」

 

 数年前に、どういう経緯だったのかリオンがオスティアのアスナ女王へと預け、アスナから相談をされたネギが夕映に相談し、そしてここへと連れてこられた少女。

 

 どうやら咲耶やその友人と親しくなっているようで、楽しげな笑顔を浮かべておしゃべりしている。

 

「あの委員長って子との関係は、コレットとエミリィのようですね」

「そうですか? むしろアナタとお嬢様にそっくりだと思いますよ」

 

 お互いに評して、顔を見合わせてくすりと笑みを交わした。

 

「式典に派遣する警護人員の増加はそれでですか?」

「少しは。でもまだあの子たちが行くと決まったわけではありませんよ。優秀な候補生は大勢いますから」

 

 

 

 第59話 魔法学校交流記

 

 

 

 レースコースは市街を抜けた後、魔獣の森の手前を横切る形で通過し、都市の反対側から再び市街へと戻るルート。

 瞬間最高加速度、という点ではホグワーツ生と騎士団候補生の間にそれほど大きな差はない。だが、大量の魔力消費で加速させる騎士団候補生に対して、トップスピードの維持時間は箒の性能に勝るホグワーツ生の方が優れていた。

 

 しかし

 

「くっ!! 追い抜けない!」

 

 先頭集団はそろそろ市街へと戻ろうかという地点。リーシャたちは先頭集団となっている騎士団候補生から遅れていた。

 

 幾度かは最接近することもできていた。

 だが、その度に迎撃されて大きく回避行動をとらされてコースを外れ、体勢を整える間に差を離される、ということを繰り返していた。

 最初の攻防以来、リーシャやセドリックはおろかハリーでさえ、先頭のメルディナの顔すら見ることができていない。

 

 

 箒上での攻防を理解していなかった最初の市街地戦はともかく、その後の平野部での攻防では、セドリックたちはまったく勝機を見いだせなかった。

 ジョージやフレッドが幾度か連携して攻撃をしかけるも、視界のいい平野では、障壁魔法によって楽々と防がれていた。

 

 伝統魔法は確かに呪文詠唱が短いという確かな、そして大きな利点がある。しかし光線により攻撃範囲が狭く、特化した効果しかもたない伝統魔法に対して、精霊魔法は効果範囲が広い。

 平野での空中戦をしてみて、セドリックは二つの魔法の違いを痛いほどに実感していた。

 

 伝統魔法での武装解除(エクスペリアームズ)は貫通力がなく、容易には障壁を突破できない。

 それに対して精霊魔法の武装解除(エクサルマティオー)は効果範囲が広いため、伝統魔法で撃ち落とすことはできないし、時に障壁を砕くほどの威力を持つ。もしかしたら盾の呪文ならば防ぐこともできるかもしれないが、相手の魔法の威力次第では砕かれるだろう。そもそも盾の呪文は効果が一瞬しか保たない。

 

 こうしてみると、セドリックには二つの魔法の、特に防御の概念の違いが大きいように感じられた。

 城塞にしかけるような固定型の魔法ならばともかく、戦闘中ではただ“来た呪文を防ぐ”という盾の呪文しかない伝統魔法に対して、精霊魔法では常駐できる魔法障壁(デフレクシオ)がある。他にも瞬間的に強靭な防御力を発揮する障壁や障壁の重ね掛け、多様な形態の障壁。

 思い返せば、一番初めにスプリングフィールド先生が教えたのも、“防御の魔法”であり、最初の試験は“防御を持続させる”ことだった。

 精霊魔法においてもっとも欠けていて、かつ生き残るために重要なことだ。

 

 今回の箒ラリーに参加していないディズが、遭遇した魔法使いの障壁に気をかけていた理由が今ならば分かる。

 あのメルディナという少女が、障壁の常駐という“防御の基本”すらしていなかった自分たちを格下に見ていた理由が分かる。

 

 だが………………

 

 

 

 今また牽制の魔法を放たれ、回避したハリーたち。

 

 いよいよ市街へと戻ってきて、レースは終盤へと突入し、ハリーも箒を駆りながら、なんとか勝機を探していた。

 

 

 

 

 一方、トップを走るメルディナの方では、もはや異世界の魔法使いとの勝負はすでに決着し、騎士団候補生同士の戦いの様相を呈していた。

 ただ、その中にあっても、優勢に運んでいるのはやはりメルディナとアルティナのコンビであった。

 

 優秀な騎士団候補生は多くあれど、その学年主席であるメルディナに実技演習で唯一対抗できるのがイゾルデであり、その彼女がこの箒ラリーに参加していない以上、メルディナの牙城を脅かす者は存在しなかった。

 

 市街地の建造物を華麗に避けて飛びながら、メルディナは冷めたような思いを抱いていた。

 

 

 

 失望、と言っていいだろう。

 これでも研修生には期待して、心待ちにしていたのだ。

 

 ――旧世界

 それはあのナギ・スプリングフィールドとネギ・スプリングフィールドを生み出した世界であり、今もこの世界を救うためにネギが奮闘している世界なのだ。

 

 ホグワーツ、というのがどういう国にあるのか、実は調べたりもした(メルルあたりはそんなこともしていなかっただろうが……)。

 イギリス。

 それはあの英雄たちが生まれた偉大なる国。

 

 だが、そこに住まう伝統魔法族は…………

 

 

「フン。所詮旧世界の伝統的魔法族なんてこんなものですわね。血筋と歴史しか拠り所の無い――」

「メルディ!! 一人、猛追してきます!! 凄いスピードです!!」

「なんですって!!?」

 

 パートナーのアルティナからのいきなりの注進にメルディナは思わず思考の海から引き上げられて後ろを振り向いた。

 

 距離はまだある。

 順位も追い上げてはいるが、まだ間に何人か候補生がおり、迎撃せんと杖を構えている。

 だが、たしかに一人――いや、その後に数人、ジェットでもついているのかと思えるほどに追い上げてくる者たちがいた。

 一秒ごとに、天井知らずのように加速していく流星のように。

 

 

 

 トップを走るメルディナとアルティナに追いつかんとしていた2位のコンビは後ろから猛追してきている人影に驚愕していた。

 

「ここに来て追い上げをっ!?」

「これ以上行かせないっ!!」

 

 先頭を走るメガネの男子。

 他のメンバーも速いが、なんといっても彼の速さが段違いだ。

 

 

 相手は魔法の攻撃態勢も、防御の態勢もとっておらず、杖すら手にしていない。

 ただただ速さを追及するかのように箒の柄を両手で握り、箒に抱き着くように前傾姿勢をとっている。

 

 魔法力で叶わないとみて、破れかぶれになったのか。

 いや――

 

 「風花(フランス)武装解除(エクサルマティオー)

 

 コンビネーションで放たれた武装解除の呪文が単騎で猛追してきたハリーへと向かい、

 

「速い!!」

「あっさり突破された!!?」

 

 武装をもぎ取る風の攻撃。

 ハリーはその抜群の動体視力と判断力をフルに発揮して、最小限の被害となるようにギリギリの回避行動のみで風の迎撃を突破した。

 

 攻撃の来るタイミング。効果範囲。攻撃を恐れない胆力。高速で翔ける箒を正確に制御する技量。 

 ハリーの箒のスピードは、ほとんど落ちることなく、むしろさらに加速してトップへと迫った。

 

 

 

 

「なっ!! 魔法を受けずに回避だけで突破を!?」

 

 なんという箒捌きの技量だろう。自分たちの後ろを飛んでいた候補生のコンビがあっさりと突破されたことでメルディナは驚きの声を上げた。

 

 ハリーが突破したことで、市街地戦は再び混戦へと戻りつつある。

 抜かれた候補生はなんとか抜き返そうとし、しかしすぐ後ろから他にも来ていることに焦って連携が乱れている。

 

 双子と思われる同じ顔をした男子が、絶妙なタイミングで次々に波状攻撃をしかけ、反撃の暇を与えない。詠唱魔法に時間のかかる精霊魔法とは違い、速射性に優れる伝統魔法の優位性をうまく生かし始めていた。

 他の選手たちも箒の性能を活かしたコーナリングやスピードで攻撃を躱しつつ、着実に差を縮めている。

 

 なんといっても持続的な速度は向こうの方が上なのだ。

 視界のいい平野部では圧倒できたが、身を隠す障害物の多い市街地にきて混戦へと持ち込まれている。

 

 魔力ブーストによって加速し逃げ切ることもできるが、この箒ラリーは本来、警護任務の選抜を兼ねる騎士団員への登竜門なのだ。

 実戦に役立つよう詰め込まれた様々な要素を掬いだし、騎士団員としての力を身に着ける鍛練。

 逃げる、という選択肢は矜持にかけて選べない。

 

 アルティナとともに杖を構え、猛追してくる魔法使いを迎撃するために狙いを定めようとした。

 

「くっ! 遮蔽物を盾にして!?」

「速すぎて捉えきれない!?」

 

 ハリーは塔から塔へ、影を留めない高速の飛翔によって照準を定めさせなかった。平野部での戦いでは遮る物がなかったが、ここでなら工夫をすることができる。

 

 身を隠す軌道をとる必要から、単純な直線軌道よりもハリーのスピードは落ちている。

 だが、それを無視できるほどに今のハリーの速度は尋常ではない。

 徐々にだが差が詰まる。

 

 

 

 

 ハリーは高揚感を覚えていた。

 これほどまでにこのファイアボルトを、箒の性能を十全に引き出したことが今までであっただろうか。

 いや。

 クィディッチの競技場ではその広さと、ファイアボルトの速度の凄まじさから、そのトップスピードを存分に発揮することはしていなかった。

 今ではそれが分かる。

 

 このレースの前、今目の前を翔けるメルディナは道具に頼っている自分を蔑んだ目で見ていた。

 たしかにそうだったかもしれない。

 だが今では胸を張れる。

 自分は今、この最高級の箒――ファイアボルトの力を完全に引き出している。

 

 全身で風を感じ、自身が風になったかのような感覚。

 視界に流れる光景が、相手の動きが、時間を引き延ばしたような感覚で認知できる。

 

 メルディナとそのパートナーが杖をこちらに向けようと体を半身にしようとしている。その動きの予兆がゆっくりとしたものに感じられ、一瞬先の未来が脳裏に閃き、その一瞬に対応できないのが嘘のように思える。

 ハリーの手が素早く懐に飛んだ。

 

 

 

 

 距離が近づけば、それだけ回避軌道をとるのは難しくなる。

 ハリーとの距離が近づいた分だけ、メルディナはハリーへと照準を定めやすくなり

 

「このっ!! 氷結(フリーゲランス)――」

「エクスペリアームズ!!!」

 

 飛行しながら後方に武装解除を放つために杖を振るおうとしたメルディナだが、その腕に正確にハリーの武装解除術が命中し、杖が吹き飛ばされた。

 早抜きからの一撃。

 一瞬の時間差で、攻撃を受けなかったアルティナの魔法が発動するが、急加速したハリーはそれが当然のように避けた。

 

「なっ!! この速度で正確に!!?」

 

 ――障壁の継ぎ目のタイミングを狙われたっ!!?――

 

「メルディ!!?」

 

 アルティナは相手に魔法が命中しなかったことよりも、自身のパートナーであるメルディナが撃たれたことに衝撃を受けた。

 

 常駐型の魔法障壁、と言っても、常にその身に纏えるわけではない。

 攻撃魔法を発動させる一瞬。攻撃しながら防御を持続させられるのは、よほどの鍛練を積んだ高位の魔法使いでしかなしえない高等技術だ。

 相手がそれを分かっていたのかは分からない――いや、このタイミングで無策で突っ込んできた、というのは考えづらい。狙ったと考えるべきなのが自然だろう。

 だが、果たしてそれは可能なのだろうか?

 あの少年の乗っている箒には飛行補助の術式はあっても安定化の術式はない。

 不安定な箒の上で、この高速で飛行する中、一瞬しかない攻防の切り替えのタイミングを衝くなどという芸当を、果たしてただの学生が?

 

 

 最早リードはほとんどない。

 今はまだハリーよりも先んじており、ゴールまであとわずか。

 

「くっ!!! ティナ!! 加速(アクケレレット)!!!」

「っ!! 加速(アクケレレット)!!!」

 

 メルディナはここにきてこの勝負の訓練としての意義を捨て、ただ速度の勝負へと没した。

 残りの魔力を全てブーストに回し、ハリーの速度に対抗するために加速した。

 

 

 流星が市街を翔けるように3つの光点が奔り、宙でもつれあるように流星の軌道は抜きつ抜かれつを繰り返した。

 

 

 

 流れる景色。

 見える終着点。

 

 そして―――――

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

「やったぜ、ハリー!!」

 

 わずかな差で、デットヒートに勝ったのはハリーだった。

 コンビでのレース、ということを考えれば、ペアであったジニーを放置して単騎でゴールしたハリーではなく、コンビでゴールしたメルディナとアルティナの勝利であろう。

 だが、今回は練習であり、急造ペアであるためにそのルールは一応のものでしかない。

 

 ハリーたちがゴールしてしばらくしてから候補生やセドリックたちも競うようにゴールし、今は勝利したハリーをジョージが担ぎ上げていた。

 

「すごかったねー! まさかあんなに速く飛べるなんて思わなかったよ!」

 

 観戦していたメルルも、ハリーの絶技のような箒捌きに感嘆していた。

 咲耶やフィリスも、クィディッチの時に見せるハリー(シーカー)の腕前とは違う姿にわいわいと騒いでいた。

 

 

 

「まさか委員長に勝つとはなぁ」

 

 自分にも伍する候補生の筆頭が、一度とはいえ不覚をとったのだが、イズーはなんだか嬉しそうに、というかうずうずとしたような顔をしている。

 ちらりと、イズーはメルディナへと視線を向けた。そこにはとびっきり悔しそうにしているメルディナが

 

「あんなの!! ただ箒の性能と扱いが良かっただけですわ!! この箒ラリーの意義は実戦に必要な様々な要素をくみとることです!! アナタのやり方は実戦ではなんら通用しません!!」

 

 ビシッとハリーに指を突きつけて言い放った。

 本来の選抜試験では百キロ、しかもコンビでなければ意味がないため、今回のハリーの勝利は相棒をまったく無視した騎士()としては褒められたものではないだろう。

 だがその悔しそうな表情は言葉とは裏腹に、自らが不覚をとったことを自覚しているように見える。

 

 

 ハリーは自分たちを格下に見ていた相手に一矢報いたことで、負け台詞を遮ってやりこめてやろうと口を開きかけた。

 

「騎士団員たるもの、いつどのような状況でも力を発揮できるように――」

「それは違いますよ、メルディナ」

 

 だが、ハリーが口を開く前に落ち着いた女性の声がハリーの出端をくじき、メルディナの言葉を遮った。

 

総長(グランドマスター)……!」

「この戦いでは先に戻ってくることが目的で、相手よりも強いかどうかを競うものではないのだから。彼はその目的を正しくまっとうしています」

「ですが――」

 

 ベアトリクス総長からのお言葉にメルディナは悔しそうに俯き、反論しようとして

 

「道具の性能にしてもそう。相手が高性能のアーティファクトを持っていたからといって、任務のいいわけにはできないでしょ? それに最後の武装解除は、アナタの防御と攻撃の隙間を狙った見事なものでしたよ」

「そうそう委員長。最後のあれがエクサルマティオーだったら委員長ひん剥かれてたね」

「なっ!!!」

 

 反論できない正論と、たしかに見せたハリーの技量に言葉を封じられた。

 おまけに、にししと笑っていれてきたチャチャにメルディナは顔を真っ赤にした

 キッ! とハリーを睨み付けた瞳は涙目になっており、ハリーから身を隠すように肩を抱いてぷるぷると震えている。

 

 たしかに、伝統魔法で使う武装解除がメルディナたちのモノと同じであれば、確実に肌を晒していただろう。

 

「~~ッ!! 分かりました!! 今回は私の負けです!! ですが、次の選抜試験は必ず私が通過してみせます!!」 

 

 敗北の屈辱をしっかりと噛み締め、メルディナは総長とイズーを睨み付けるように見つめた。

 ライバルであるイズーに宣言するように。

 そして次いでハリーへと向き直り、歩み寄った。

 

 距離的には歩み寄ってきてはいるものの、どう見ても好意的な顔に見えない険しい顔をしている少女に、ハリーは敵対するように睨み返した。

 攻撃的な言葉が出てくれば、いつもマルフォイにやり返しているようにやり返してやろうとハリーは身構えた。

 

「アナタ……名前をまだお聞きしていませんでしたわね。なんとおっしゃるのかしら?」

 

 だが口を開いたメルディナは、屈辱を無理やり抑え込んだような顔で、口調だけは丁寧に問いかけた。

 

「ハリー……ハリー・ポッター」

「ハリー・ポッター…………覚えましたわ。アナタたちもオスティアに行くのでしょう? 次に会うのはそのオスティアです!! 絶対に騎士団員として、次は絶対に負けませんわ!!!」

 

 ビシリっと指を突きつけ、メルディナは堂々と言い切るとふいっと身を翻し、肩をいからせて歩き去った。

 屈辱とかなんか色々とした感情を発露させて赤くなった顔を見せまいとするかのように足早に。

 

「負けませんって、委員長のやつ、何しにオスティア行くつもりだよ」

 

 すたすた歩き去って行くメルディナとその御供たちを見送りながら、頭の後ろで両手を組んで眺めていたイズーは呆れたような、どこか楽しがっているような、そんな顔で彼女を見送っていた。

 

「どうやら、彼女たちにはいい刺激になったようですね」

 

 ベアトリクスは薄く微笑み、ハリーたちホグワーツ生にお礼を述べた。

 

 かつての自分が、そしてここにはいない“かつての”委員長が感じたのに似た思いを、メルディナが抱いてくれたこと、それはきっと小さな、それでも次代へとつながる確かな一歩だ。

 

 現実世界と魔法世界はまだまだ遠い。

 単純な距離の問題ではなく、心の距離がまだ遠いのだ。

 それだけ永く、二つの世界は隔たっていた。

 

 メルディナのように、現実世界の人々のことを知らない純粋魔法世界人は多い。

 同じように、ホグワーツの彼らもまだまだ魔法世界のことは実感としてとらえきれていない。

 ただこの研修で、少しでもそれを埋めることが ――お互いに分かっていくことが大切なのだ。

 

 

 

「単純なスピードならともかく、魔法の技能はやばかったな」

「攻守の威力の差が大きかった。戦闘技術でも学ぶことは多い」

 

 ホグワーツの魔法生徒の力を体感したメルディナたち同様、本場の精霊魔法の使い手の力をリーシャやクラリスたちホグワーツ生も体感して振り返っていた。

 セドリックやルークも参加していなかった咲耶やフィリスたちと先のレースでの騎士団候補生たちの魔法について話していた。

 

 今回の魔法戦はお互いに刺激を受け合う交流会となったらしく、総長たちはそれを満足そうに見やり、今回のレースに参戦できなかったイズーは興味深そうにハリーを見つめてにまっと笑った。

 

「ふーん……よし! 私もいっちょオスティア目指して頑張るとするかな!」

「ありゃ、どういう風の吹き回し?」

 

 なにやらやる気をみなぎらせている相棒にメルルが意外そうな顔をして尋ねた。

 メルルの知る限り、彼女の相棒はそれほどオスティアのお祭りには興味がなかったはずなのだが

 

「オスティアに行けばまたハリーたちと会えるんでしょ?」

「えっ!!?」

 

 にこやかな笑顔のまま告げた(一部少女にとってやたら不穏な)言葉にぎょっとなってハリーたちはかえりみた。

 

「うっわぁ、あのイズーがやる気になってる。これはいいんちょー強敵出現だ」

「これはまた随分とオモシロ……複雑怪奇なラブ空間になってきたわね」

「えっ!? なに!? そゆう感じなん!?」

 

 一部、別の意味で交流が深まったことになにやら顔を輝かせていたが、これもまあ交流の形であろう。

 

 

 

 

 ・・・・・・・

 

 

 

 アリアドネーでの研修期間も終わりに近づいた休日。

 騎士団候補生に混じって講義を受けていた咲耶やハリーたちは、ハーマイオニーやクラリスたちとともに、彼女たちのクラスメイトのメルル、そしてイズーとともに街へと繰り出していた。

 

「それじゃあレッツゴー!」「おー!」

 

 元気いっぱいのメルルに合わせるように腕を突き上げるサクヤの様子に、お供になっているハリーは心温まる思いで見つめた。

 

 

 ホグワーツでは学年も寮も違うためにあまり一緒にいられないサクヤと(周りに友人たちがいっぱいいるが)、一緒にデートのようなことができるとのことでハリーは心が弾むのを感じていた。

 ほわほわの無邪気な笑顔は相変わらず幼く見えて、けれどもとても可愛らしい。

 彼女はいつも友人たちと一緒に行動しており、今日だって彼女の友人がたくさん同行している。

 どうやら波長があうのかサクヤはメルルやイズーともすっかり仲良しになっており、次の国に行く前にスイーツ巡りをしようと画策するに至ったらしい。

 

 

 のだが

 

「ちょい待ち」

 

 同行しているイズーが待ったをかけた。

 おそらくハリーが気になっていたことと同じことだろう。

 

「なんで委員長たちがいんの?」

 

 イズーが指さす先には、箒ラリーで激戦を繰り広げた委員長ことメルディナと、その御供のアルティナがいた。

 

「わ、私は! あ、アナタたちが研修生と出かけると聞いて、アリアドネーに関して間違った知識を彼らに教えてしまいはしないかと思っただけで! 委員長として異世界からの客人をもてなそうと……ぐ、総長(グランドマスター)からもくれぐれもと言われたのです!!」

 

 指をさされたメルディナは顔を赤くして言い分を述べ、なぜかハリーを睨み付けていた。

 その瞳はなぜか涙目になっており、言葉もどこかたどたどしい。

 

「要するにいいんちょーはハリー君と一緒におでかけしたいと?」

「なっ!!? あ、わ、わたくしは別に! あ、あちらのコノエさんにお母上のお話を伺いたいだけですわ!!!」

「あんだけ面と向かって“次に会うのはオスティアだ!” なんて言ってたのにな~」

「~~~ッ!!! アナタたち!!!!」

 

 メルルとイズーがにまにまと代わりばんこに指摘するとメルディナはぷるぷると震え――爆発して二人を追い駆けまわした。

 どうやら彼女なりに堂々と敵対宣言をしておいてこの交友会に参加するのは気が引けるものがあるらしい。

 

 一方でそんなメルディナの相棒のアルティナは

 

「よろしゅうな~、うち近衛咲耶」

「よろしく。私はアルティナ・ヴェルル。メルディもあんなだけど、あなたたちと話をしたがっていますから」

 

 表面上淡々としつつも和気藹々とニコニコ顔のサクヤと挨拶を交わしていた。

 

「それじゃあ、まずは私のおススメのスイーツめぐりから行ってみよー!」

「ゴー!」

「えっ!? そ、そういう趣旨だったのですか!? それじゃ、これはデー……」

「おーい。人数多いの忘れないでよ、委員長」

 

 どこでどうまとまったのか。すっかりメルディナも参加することになったスイーツ巡り(今決定)へと一行は歩き始めた。

 

「わ、分かってます! しかしメルルさん。彼ら(・・)は研修に来ているのですよ! 時間も残り少ないのですからもっと学ぶべき価値のある――」

「メルディ。もうみんな行ってる」

「にゃっ!!?」

 

「へー、クラリスはこっちに留学希望してるの!?」

「うん。だから色々教えてほしい」

 

「ちょっ! ま、待ちなさい!」

 

 

 

 

 


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