「くっそー。セドのやつ! セドのヤツ!!」
「荒れてるわねぇ……」
「荒れとるなぁ……」
ホグズミード、三本の箒にて子女らしからぬやけ食いをしているリーシャを横目に、フィリスとリーシャが頬杖をついて眺め、クラリスは黙々とカップを口に運んでいた。
ちなみに咲耶の足元には式神のシロがぬくぬくと丸まっており、机の上には人形が置かれている。
「いつまでもぐじぐじと。だいたいポッターが落ちたのはセドのせいじゃねーのに」
「リーシャのそれも大概ぐじぐ、もがもが……」
ぶちぶちと言いながらケーキを口に突っ込んでいるリーシャに、クラリスがツッコミを入れようとしたが、寸でのところで咲耶がその口を封じた。
「あ?」
「あはは~。いやー、セドリック君にも困ったもんやなぁ。あっ! そういえばフィーは今日、グリフィンドールの彼氏さんと一緒やのうてよかったん?」
リーシャは機嫌悪くドスの利いた声でクラリスを睨み付け、咲耶はあからさまに誤魔化し笑いを浮かべ、目線を泳がせてからフィリスへと話をふった。
「いいわよ。別れたから」
「はぇ?」
「別れたのよ。先月」
ただ、その話題は別の意味で地雷だった。
「な、ななな、なんでなん!!?」
「クィディッチの負けをぐだぐだ言ってきてめんどくさくなったのよ。セドリックのこととか、アンタの……なんでもないわ」
あっさりと告げるフィリスに咲耶はわたわたあたふたと動揺している。
フィリスはちらりとリーシャを見て、未練もなんにもないかのような顔で言った。
「それよりクリスマス休暇は大丈夫なの? クラリス、サクヤ?」
ざっくりと話を変えるためにフィリスは今までのことではなくて前向きに今後の予定を相談することにした。
「大丈夫。お母さんもお父さんも、是非来てほしいって言ってた」
「うん。ウチも、リオンが行ってきてええって」
夏休みに一大転機のあったオーウェン家への再訪問。長年入院していたクラリスの父母がつい2月ほど前にようやく退院できたのだ。
前回の訪問時はあまりにもどたばたしていたので、今度はちゃんともてなしたいとその父母が是非にと招待したのだ。
咲耶もイギリス国内では基本的に護衛とともに行動していることが多いので懸念していたのだが、どうやら無事に保護者の許可は得られたらしい。
「スプリングフィールド先生も来る?」
「ううん。聞いたら“忙しい”の一言やった」
感情表現に乏しいながらも、以前よりもクラリスの先生への好感度が増したように見えるのは両親の治療に何かをやったらしいことが関係しているのだろう。
「大丈夫なの? ほら、ブラックが……」
「シロ君が居るし、念のためにチャチャゼロを連れてってええって」
「あー、その人形それでなんだ」
目下神出鬼没の大量殺人犯のことを懸念して尋ねたフィリスに咲耶はニコニコ顔で隣の人形に視線を向けた。
どこかで見たような ――具体的にはスプリングフィールド先生の部屋で見た覚えのある薄気味悪い人形にリーシャたちも視線を向けた。
「オイ、サクヤ。オレノ酒ハ?」
「ごめんなー。アルコールは注文できへんからこっちのバタービールで」
一応、周囲に視線があることをはばかってか動きは自重していたが、酒のあるパブにいてお預けをくらっていることにそろそろ飽きてきたのかリクエストをするも、未成年である咲耶たちが代わりにお酒のオーダーを頼めるはずもなく、代わりに咲耶は自分の分の(という名目でオーダーしていた)バタービールをチャチャゼロに差し出した。
第44話 クリスマスの喧騒
咲耶たちがリーシャのやけ食いに付き合っていたのとは別の時間。同じく三本の箒ではホグワーツの一部教師たちと魔法大臣が寒さを逃れて暖をとっていた。
ただ、ついつい話す内容が重苦ものになってしまったのは、今現在ホグワーツ周辺に潜伏していると思しきシリウス・ブラックとその捜索のためにホグズミードを徘徊しているディメンターのせいだろう。
どこで誰が聞き耳をたてているか分からないパブでの話題にしては不穏当な会話は、かつてのブラックの悪行と彼らが懸念するイギリス魔法界の希望であるハリーとの関係についてだった。
かつてのホグワーツの卒業生、シリウス・ブラックには兄弟かと見紛うばかりの親友がいた。
友の名はジェームズ・ポッター。
ハリーが1歳の時にイギリス魔法界の恐怖の代名詞である“名前を言ってはいけない例のあの人”に妻ともども殺された純血の魔法使いだ。
“例のあの人”の選民に合致する純血の名家だったが、その思想は決して彼とは相容れず“闇の魔法使い”を嫌悪する魔法使いだったのだ。
親友であるシリウス・ブラックもまた純血の名家出身でありながら、純血思想を嫌悪した魔法使いだった。
誰が“例のあの人”に与しようとも決してシリウス・ブラックだけはジェームズ・ポッターを裏切ることはない、そう思われていた親友だった。
だが、彼は裏切った。
親友を裏切り、殺害に協力した挙句、大勢のマグルを殺したのだ。
「だけど、一体ブラックはなんのために脱獄したとお考えですか? まさか、大臣。ブラックは“例のあの人”とまた組むつもりでは?」
「それがブラックの、あー……最終的な企てだと言えるだろう」
パブのマダム、ロスメルタの問いにファッジは言葉を濁した。
たしかにブラックは恐ろしい。だがさらに恐ろしいのは、ブラックにより凋落した“例のあの人”が力を取り戻すことだ。彼を打ち倒したハリーを殺した上で。
「しかし、我々は程なくブラックを逮捕するだろう。でなければならんのだ。あの魔法世界の魔法使いたちにこれ以上、介入の口実を与えないために」
「これ以上の介入?」
ふるふると怒りを堪えるようにファッジは呟き、聞きとめたマクゴナガルが訝しげに眉を顰めた。
魔法世界からの介入を嫌がる、というのは昔から見られるイギリス魔法省の特徴だ。だが、その忌避感は近年になってわずかだが変わりつつある。
精霊魔法の学校授業導入。外交交渉の活発化。
今の所、マクゴナガルたちが知る魔法世界の魔法使いはそれほど目立ってこちらに介入してきてはいない。
むしろ、よほどのことが無い限り、関わってきていないようにすら思えるのだが……
「ああ。連中の恐るべき企てを……あ、いや……ああ! そろそろ城へ向かわねばな。ダンブルドアとは念入りに話しておかねばならんからな」
呟いて、言い過ぎたことに気がついたのかファッジはごほんと咳払いをすると話題を変えて席を立った。
マクゴナガルたちは訝しげな表情を大臣に向けつつも、ただ校長との会合が待っていることは事実なので、止めることはなく一緒に席を立った。
ファッジは英国一の魔法使いと名高きダンブルドアとの会合を前に、気を引き締めた。
何としても阻止せねばならない事態を防ぐための協力をとりつけるために。
そう、まだ一般の魔法使いたちには知らされていない恐るべき企てが今、イギリス魔法省、いや各国の魔法省、魔法協会にもたらされているのだ。
マグルに対する“魔法バラシ”などという、ファッジのような魔法使いにとっては、極めて愚かで、断固として防がねばならない事態が。
ただ、彼らは気付かなかった。
この時、彼らが時間つぶしにと話していた内容 ――シリウス・ブラックが親友であったジェームズ・ポッターを落し入れて殺害幇助した―― という事実を、もっとも聞かせてはならない人物が聞き耳を立てて知ってしまったという事を。
・・・・・・・
クリスマス休暇が始まり、多くの生徒たちがホグワーツから居なくなった。
咲耶も、リーシャとフィリスとともにクラリス家へとお世話になるべくホグワーツ特急へと乗って去って行った。
ちなみに足元に白い子犬、頭の上に奇妙な人形を乗せているという一見間の抜けた格好をしており、一部スリザリン生などが揶揄していたりするが、当の本人はお友達宅へのお泊り会ということでテンション上がって気にも止めていなかった。
一方、あのホグズミード休暇の日にこっそりと城を抜け出して許可されていないホグズミードを訪れたハリーは、知りたくもない、いや知らねばならない事実を知ってぐるぐると思い悩んでいた。
ジョージとフレッドは、初の敗戦と愛用の箒を失ったことにより消沈していたハリーを元気づけようとしてとっておきの“忍びの地図”という魔法の地図を譲り渡したのだ。結果、たしかにハリーの気落ちは一時的には改善し、思う存分ホグズミードを楽しむことができた。
最後の最後、訪れた三本の箒で偶々ファッジやマクゴナガル先生たちの会話を聞くまでは……
信じていた親友に裏切られて父と母は死んだ。
そのことを知り、沈んだハリーだが、幸か不幸か、その沈鬱は長続きはせず、別のことにかかりきりになってしまった。
一つはヒッポグリフとハグリッドの裁判に協力することになったことだ。
昨年起こったスリザリンの後継者騒動で、昔のハグリッドの冤罪をはらすことができたのだ。その結果、ハリーの友人であるハグリッドが夢であった教職につくことができた。
だが、その喜びは初回の授業で嫌がらせを企んでいたマルフォイのしでかしたバカな真似のせいで散々なモノになってしまった。
ハグリッドが注意したにも関わらず、誇り高いヒッポグリフを侮辱して怪我をした。
まさに自業自得としか言えないバカな行いだったのに、マルフォイの親の権力によって事態はハグリッドの責任問題とヒッポグリフの裁判沙汰にまでなってしまったのだ。
あれが魔法薬学の授業で、やらかしたのがハリーだったとしたら、スネイプの責任問題になるどころかハリーが授業から退出されることとなっていただろう。
なんとかハグリッドが教師を解雇されるという事態は避けられたものの、当該のヒッポグリフ ――バックピークは危険生物処理委員会というハグリッド曰く“カワイイ生物たちを目の敵にしている処刑人”によって裁判にかけられることとなった。
ハリーたちは嘆き悲しむハグリッドの援護をするために、ヒッポグリフの安全を説明するための資料集めを自ら引き受けたのだ。
そしてもう一つはクリスマスの日の朝におこった。
「マルフォイのヤツ! 君がこの箒に乗ったらどんな顔をするか! きっとナメクジに塩だ! なんたってこの箒は国際試合級なんだから!!」
「夢じゃないか……」
憂鬱続きだった気分を吹きとばす最高のプレゼント。
失われたニンバス2000を上回る最高級の箒、“ファイアボルト”が匿名でプレゼントされたのだ。
クリスマスカードはなく、誰からの贈り物かは分からない。だが、ハリーはこの素晴らしい箒を、先の夏休みに飽きることなく眺めていたのだ。優秀なニンバス2000があるのだから必要ない。自分の一時の欲求に従って、両親の遺産を浪費しては後で、ダーズリー家に泣きつくというみじめな思いをすることになると必死に言い聞かせながら。
だが、今、ハリーのニンバス2000は失われ、両親の遺産を1クヌートも欠くことなくこの最高のプレゼントが自分の手の中にあるのだ。喜びが込み上げないはずがなかった。
ハリーとロンは、この気前のよすぎるプレゼントが誰からのものなのかをわいわいと嬉しそうに予想し合った。
間違いなくバーノンおじさんではない。流石に今回はマクゴナガル先生も違うだろう。ダンブルドアはどうか? いや、ハリーのことを気に入っているルーピン先生ではないのか。などなど。
いずれにしても、魔法界のこんな高級品を買うことのできる人物自体が、ハリーには学校の先生の中の誰かしか思い浮かばなかった。カードがないのは、マルフォイのような下種が贔屓だと騒がないようにするためだ、などと予想して。
二人して満面の笑みで話していると、ハーマイオニーが二人の部屋へとクリスマスの決まり文句とともに入ってきた。(男子が女子寮に行くことはできないようになっているのに、その逆はなぜか可能らしい)
ハーマイオニーは二人の笑顔を見て首を傾げ、その原因である箒を見て、その箒が素人目にも素晴らしいものであることが分かってあんぐりと口を開けた。
「まあ、ハリー! 一体誰がこれを?」
「さっぱり分からない。カードもなんにもついてないんだ」
喜色ではなく、むしろ困惑すら浮かべているハーマイオニーだが、喜びに浮かれるハリーはそれを気にも留めず、素晴らしい箒をうっとりと眺めた。
「でもなんかおかしくない? つまり……この箒は相当いい箒なんでしょう? 違う?」
控えめに、ハーマイオニーは何かがおかしいことを訝って、顔を顰めながら尋ねた。
「ハーマイオニー! これは現存する最高峰の箒だ! 魔法世界にだってこれよりいいものなんてありっこない!!」
「そう……ならとっても高いはずよね……」
「多分、スリザリンの箒全部を束にしたってかなわないぐらい高い」
まるで自分のことのように喜ぶロンもまた、ハリー同様、ハーマイオニーが何か自分たちとは違うことを訝っているのには気づいていないようだ。
不倶戴天の敵であるマルフォイの持っている“1年も前の箒”よりも数段高級な箒をハリーが手にしたことが嬉しくて仕方ないらしい。
「そう……そんなに高価なものをハリーに送って、しかも自分が送ったって教えもしない人って誰なの?」
「誰だっていいじゃないか。ねえ、ハリー。僕、試しに乗ってみてもいいかい?」
ハリーを取り巻く今の状況を鑑みれば当然浮かぶはずの疑問を興味本位だけではない懸念から尋ねたハーマイオニーだが、ロンはすでに誰からのものかは興味がなく、唯々この箒の素晴らしさを少しでも体感したいと心躍る状態になっているらしい。
「まだよ! まだ絶対誰もその箒に乗っちゃいけないわ!!」
今にも箒を掴んで外に飛んでいきそうな二人に、ハーマイオニーが鋭い声で注意をした。
彼女には、ハリーたちの考えていなかったある懸念があったのだ。
だが、それを告げる前に、ハーマイオニーが連れてきたクルックシャンクスが、ロンの憐れなスキャバーズに襲い掛かって、疑問の追及どころではなくなってしまったのだった。
・・・・・・・・
咲耶たちのクリスマス休暇は、喧嘩をこじらせ始めた誰かさんたちとは違い、今までで最高のクリスマスだったと言っていいだろう。
咲耶にとって、一番隣に居て欲しい人たちこそいなかったが、それでも今までで一番の笑顔を見せてくれたクラリスや、フィリスとリーシャとともに過ごしたクリスマスはとても素晴らしく、段々と迫りつつあるO.W.L試験を忘れて存分に休暇を楽しんだのだった。
そして城に残ったハーマイオニーやハリーにとって、あの朝以降、クリスマス休暇はまったく楽しめるものではないまま、休暇明けを迎えた。
ハリーに箒が届いたあの日。豪華なクリスマスの食事を楽しんだ昼食の後に、ハリーとロンは意気揚々と最高級箒の試乗を行おうとしていた。
だがその楽しみは、ハーマイオニーとマクゴナガル先生の“善意”によって台無しとなった。
ある懸念を抱いていたハーマイオニーは箒の件をマクゴナガル先生に相談し、その結果マクゴナガル先生はハリーから箒を取り上げたのだ。
「ふーん。そしたらそのプレゼント、マクゴナガルセンセに没収されてもうたんや」
「ええ。だって仕方ないでしょ。あんな、明らかに怪しいもの」
クリスマス明け、決闘クラブのメンバーが揃う前に咲耶とクラリスは、とある“何でもある部屋”にてハーマイオニーとその件について話していた。
去年使っていたリオンのダイオラマ魔法儀は“普通の”人間には負担が大きいだろうということで使用許可が降りなかったのだ。そのためディズの言っていた心当たり ――この“必要の部屋”と呼ばれる特殊な部屋でクラブを継続することになった。
幸いにもこの部屋は広く ――さすがにリオンの別荘ほどの広さは勿論ないが、他の教室に比べれば十分な広さだ ――そして必要と思われるものは色々と揃っていた。
衝撃吸収用のクッション、ちょっと勉強するための魔法書、魔法を当てる的、椅子やふかふかのソファ、箒、ほかのも色々なガラクタなんかもあった。
ハーマイオニーも参加している決闘クラブだが、フィリスやディズはそれぞれ監督生の仕事が、セドリックとルーク、リーシャはクィディッチの練習があって、今現在は3人が集まって話をしているのだ。
なんでもハリーの為を思っての行動をとったハーマイオニーだったが、喜びに沸いていたハリーたちにとってその行動は冷や水で済むものではなかったらしい。それ以来ハリーとロンは、スキャバーズのこともあって冷戦状態になっているのだそうだ。
ハリーはハリーで大きなお世話だと思っているらしく、ハーマイオニーはハーマイオニーで不用心が過ぎるハリーを思って怒っているらしい。
咲耶はむしろ、ハーマイオニーが何をそれほど懸念しているのか分かっていないらしく、うにゅぅと唸っている。
「貴女の方が正しい」
「そうなん?」
だが、話を聞いていたクラリスは淡々とジャッジを下した。片一方の言い分のみを聞いての判断は流石にあっさりと受け入れられないのか咲耶が疑問顔で尋ね返した。
「ハリー・ポッターは今、命を狙われている。いきなり送り主不明で送られた物を手にする方がどうかしてる」
シリウス・ブラックが“例のあの人”を倒した“生き残った少年”の命を狙っているのは魔法省ですら認めるところだ。
だからこそ、学校にはディメンターなどという嫌なモノが張り付いているのだから。
「えっ!? ハリー君て命狙われとんの!?」
だからなぜこの少女がそんなびっくり驚きの顔をしているのか。クラリスの感情に乏しい表情の中に、モノ問いたげなものが宿り、尋ねることなく視線をハーマイオニーに戻した。
「…………彼もそのことを知らない?」
「ううん。知っているわ。ロンのおじさんから聞いたみたい。ブラックがそのために脱獄したんだって」
流石にまさかと思って確認をとると、やはり当の本人はそのことは知っているらしい。
だが、知っているのなら、なおさらその不用心さは頭痛ものだろう。思わずクラリスの顔が顰められる。
まさにハーマイオニーが懸念していたのと同じことを、クラリスは一度話を聞いただけで思い至ったようだが、それはむしろハリーの箒を失った時の悲しみと手に入れた時の喜びようを知らないからだろう。
ハリーとて本当はハーマイオニーのとった行動の意味と重要さは理解しているのだろう。だが、理解と納得とは別のところにある。だからこそ、直接的にハーマイオニーとの喧嘩にはならずに控えめな冷戦状態になっているのだろう。
そして、理解よりも感情を優先するのがここにも一人。
「う~ん……ウチとしては……許せんのはハリー君とウィーズリー君の態度や! ハーミーちゃんがこんなに心配してくれとるのに! 除け者にするやなんて!!」
ダンと床を鳴らして怒っている咲耶。正解のようで、どこかズレている回答にハーマイオニーがガクッと傾いた。
「サクヤ。問題にする所が違う」
「いーや。ちがくあらへん! 女の子を困らせて泣かせるんは大罪や!!」
理論的なハーマイオニーとクラリスに対して、感情的な咲耶の意見。
ぷんぷん怒っている咲耶にハーマイオニーは苦笑し、クラリスはなんともツッコミづらそうに眼を細めた。
クラリスも咲耶が何に怒っているかは分かるし、違うとは言いつつも、その怒りがある意味正しいと分かっていた。
“誰が狙っているかはともかく”、ハリーがあまりにも危うい行動をとったことは明らかで、それをハーマイオニーが制止したのはどう考えても正しいから。その優しさを理解しないハリーに怒っているのだろう。
おりしも、必要の部屋の扉が開き、残りのメンバーたちが入ってきた。
タイミングがあったのか、フィリスとディズも一緒で、クィディッチ組の姿があった入室したディズたちは、何やら咲耶が妙にハイテンションなことに首を傾げた。
「なんか今日はいきなりヒートアップしてるね、サクヤ」
「あの状態の時のサクヤは、なかなかメンドーだぞ。あれきっと恋バナとかだな」
ディズが興味深そうに咲耶を見るが、あの少女の燃えるポイントが分かっているリーシャはすでに及び腰だ。
なお、咲耶やクラリスがハーマイオニーに味方したように、ハリーにはロンとグリフィンドールチームのキャプテン、ウッドが味方したのだが、彼のとった行動 —―試合でスニッチを取った後ならばハリーが箒から振り落とされようが構わないとマクゴナガル先生に直訴するという行動は、先生の猛烈な怒りを買ったことは言うまでもない。
・・・・・・
決闘クラブでは、精霊魔法の他にも色々と魔法を練習していた。
O.W.L試験も近く迫ってきているため、咲耶たちはホグワーツでの魔法もたくさん勉強する必要があるのだ。
ハーマイオニーも、友人たちと仲違いしたことで談話室には居辛いのだろう、環境の整ったここで咲耶たちと一緒に大量の宿題をこなしていた。
なにせこの部屋には“必要な”教科書や優秀な先輩がいるのだから。
「なあなあディズ君。聞きたいことがあるんやけど。ディメンターをなんとかする方法ってあるん?」
「ディメンターを? ……ああ、ハリー・ポッターのディメンター対策か」
ハーマイオニーから咲耶へ、そしてディズへと伝言のように聞かれる質問。ディズは一瞬、意図を推し量るように咲耶を見て、すぐに思い至った。
ハーマイオニーは冷戦中とはいえ、見るたびに気絶してしまうハリーのディメンター対策のことを気にかけているのだろう。そして、それをこの中で一番親しい咲耶に尋ねてみて、そこから一番博識なディズへと質問が回っていった。
「なんで分かったん!?」
「サクヤ……」
がびんと驚いた顔をしている咲耶に、クラリスが静かにツッコミをいれようかどうかという眼差しを向けた。
なんでもハーマイオニーの話では、前回のクィディッチの試合中に箒から落ちてしまったハリーは次の試合でも同じことが起こらないようにと対策を講じたのだそうだ。
ハリーが目を付けたのは、ホグワーツ特急内でハリーたちと同じコンパートメントに居て、ディメンターを追い払ったルーピン先生の魔法。ハリーは先生にその方法を尋ねたのだそうだ。
ただしその具体的方法はまだ教えられていないらしく、おり悪くルーピン先生は病気を患ってしまったりしてまだタイミングが合わないらしい。
今は仲良く話すことが憚れるとは言え、やはりハーマイオニーもそのことは心配しているらしく、なんとかその方法を知ろうという事らしい。
ディズはふむ、と顎に指を当てて言葉をまとめた。ディズはちらりとセドリックにも視線を向けた。この場に居る中で、下級生のハーマイオニーを除けば魔法技能に優れているのはディズ、そしてセドリックだからだ。
セドリックが譲るように軽く肩を竦めたことでディズが口を開いた。
「こちらの魔法でディメンターに対抗できる魔法と言うのはそう多くはないね。失神呪文も妨害呪文も対して効かないし、そもそも対抗しようとする意志を保つこと自体が難しいと言われているからね」
ディメンターが看守を務めるアズカバンが英国最悪と言われるのはディメンターの存在があるからこそだ。
ディメンターは幸福感、生きようとする意志、活力、そういった陽の気を吸い取り糧とする。それは魔法使いにとって魔法力を奪い取ることにもつながる。だからこそ、ブラックが脱獄するまでアズカバンは脱獄不可能と言われていたのだ。
ただ、リーマス・ルーピンが列車内で使ったという魔法やダンブルドアが使った魔法のように対抗手段が全くないわけではない。
「最も効果的なのは
「パトローナス・チャーム?」
「パトローナスを創りだす呪文さ」
ディズの説明に咲耶とハーマイオニーは首を傾げた。
「そんな呪文、見たことないわ」
「それはそうさ。パトローナス・チャームはO.W.LどころかNEWTクラス以上の高等な魔法だ。少なくとも13歳の魔法使いがどうこうするようなレベルの魔法じゃない。むしろ精霊魔法で、どういった対策ができるのか聞きたいくらいだけどね」
自分の学年の予習どころか先の学年の予習すらしているハーマイオニーは、知識にない魔法に驚いた顔をするが、ディズはそれも仕方ないと慰めるように言った。
守護霊の呪文、パトローナス・チャームは、呪文自体もさることながら、魔法の使用が困難になるディメンターとの対峙で使用するという局面を考えてみても、非情に難易度の高い魔法だ。
大人の魔法使いでも手こずるレベルの魔法を、独学で学生の魔法使いが習得していることの方が驚きだろう。
ディズはこの決闘クラブを開いている大きな理由である“精霊魔法でできること”に興味を示すように話しを傾け、咲耶に話をふり返した。
「サクヤは活力回復の魔法を使ってたよな?」
「うん。せやけどあれは元気をだすための呪文やから、直接どうこうするんはウチもよう知らへんのよ」
そこで思い出したのは咲耶たちが居たコンパートメントでのできごとだ。
リーシャが確認するように尋ねるが、ディメンターという生き物自体をよく知らない咲耶は曖昧な笑みを返すほかなかった。
ただし思い出すのはもう一つあった。
「スプリングフィールド先生はなんか睨みつけて追っ払ってたぜ」
ルークが付け足すように言った。わずかに、ディズの顔が嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
あの時、ディズは見てはいなかったが、ディメンターの矢面に立ったスプリングフィールド先生は、一見なんの魔法も使ってはいなかった。だが、ディメンターはまるでそこには近づけないかのように、もしくは何かを恐れたかのように咲耶たちのコンパートメントを遠巻きに素通りしたのだ。
「まあ、あの彼は悪魔でも殺しそうな魔法使いだからね。その気になればディメンターでも殺せるんじゃないのかい?」
「どやろ?」
軽く微笑んだディズは冗談なのか、本心からなのかは分からないが、ディズの顔は楽しそうに咲耶を見ていた。