出てきたフランと、祈りを捧げている少年。
フランは、少年を置き去りにして、咲夜とパチュリーを付き従える。
纏っているものは、普段使っていた魔力ではなく神力だった。
フランの目的は―――自由になること、鎖を解き放つこと。
フランの目的地は―――
フランはレーヴァテインを振り払い、禍々しい光を放出しているグングニルを弾く。グングニルを振り払った目の前には驚きの色に染まっているレミリアの顔があった。
「くっ!」
「だけど、今この時に咲夜とパチュリーを死なせる気は毛頭ないわ! 私はあくまでお姉さまにお願いしに来たんだもの。これは、私達姉妹の喧嘩よ!」
レーヴァテインに広げていた白い光を消し、光り輝く炎の剣を振り下ろす。
レミリアは、振り払われたグングニルを全力で振り戻し、防御の体勢に入った。
レーヴァテインは、レミリアの防御がぎりぎり間に合うかたちでレミリアのグングニルの槍によって止められた。
そして、受け止めたその瞬間―――床が大きく凹んだ。
(っ……一撃が重いっ! こんなの何発も受け止めていられないわ)
予想以上に重い一撃に全身に力を入れる。全ての筋肉と魔力を使って膝を落とさないように伸ばし切る。一瞬でも力を抜けば一気に持っていかれる。一度でも膝が屈してしまえば、一度でも心が折れてしまえば立ち直れなくなる。
その後は―――折れた心を粉々に砕かれるだけだ。
それだけは駄目だ。余裕がないことを知られてはいけない。知られれば畳みかけられる。
レミリアは、歓喜に染まっているフランを見ながら精いっぱいの余裕を見せつけた。
「この力を……どこで手に入れてきたのかしら?」
「余裕があるように見せても無駄よ。歯をくいしばって耐えているのが見え見えだわ」
つばぜり合いの状況でフランからさらに押し込む力が入れられる。
レミリアは、必死に力を込めてフランの攻撃に耐えていた。
―――このままでは膝が折れてしまう。状況はかなり切迫している。息を吸う余裕もない。息を吸ったら力が抜ける。
(まだ、屈するわけにはいかないのよ!)
「ほらほら、どんどん行くわよ」
フランはさらに神力を放出し、押し込む力を増加させる。
(ふざけないでこれ以上上がるって言うの!?)
腕にかかる負荷が増大している。
体全体が軋みを上げている。
悲鳴を上げて今にも屈してしまいそうになっている。
楽になりたがっている。
余りの力の差に作っていた余裕の表情が崩れる。
レミリアの表情は、苦痛に歪んでいた。
「っ……!!」
「それに力の出どころなんてどうだっていいでしょう? 私は、外に出る許可をお姉さまに貰いに来ただけなのだから。ねぇ、そうでしょう? お姉さま」
(フランと私でこんなにも差がつくなんて……)
本来であれば、フランとレミリアに大きな力の差はなかった。姉妹だけあって力の大きさは拮抗している。内包している魔力についても、身体能力についても大きな差異はなかった。能力に関してだけいえば、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持っているフランの方が若干強そうに思える程度の差しかない。
しかし、これまではいつだってレミリアが優位に事を運んできた。これまでレミリアの方が優位に立てていた理由は、吸血鬼の弱点を良く知っていて、フランの感情をよく知っていて、力の使い方をよく知っていたから。フランを止める術を持ち合わせていたからに他ならない。
(フランには冷静さが垣間見える。いつものように逆上して周りが見えなくなっている状態じゃない……)
フランはいつになく冷静である。フランの防御の方法を見れば、それは嫌というほど分かった。
いつもだったら簡単に予測できるはずフランの行動は様変わりしている。今のフランの行動は直線的ではなく、変則的に推移している。
(だけど、それで私と五分のはずでしょう!? 私たちの差はほとんどないはずでしょう!?)
いつも優位に立っている要素である―――行動の先読みができていない。
だが、それで五分五分のはずである。それだけであれば実力が拮抗するだけで、突き放されることはないはずだった。能力も使われていない状況で押されている理由はないはずだった。
(状況は五分のはずなのに! フランから感じられる神力の大きさは私の魔力よりも小さいのに! どうして押し込まれているの!?)
レミリアは、押し込まれている現在の状況に動揺していた。
フランの武器であるレーヴァテインから感じ取れる神力の大きさはレミリアが使っているグングニルに込められた魔力よりも小さい。フランの体から放出されている神力の大きさよりも自分が纏っている魔力の大きさの方が大きい。
それなのに―――フランに力で押し負けている。
パチュリーは、レミリアを押しているフランを見て言葉を漏らした。
「これが、神力の力なのね」
レミリアとフランの力に差が生まれている原因は、その使用している力の性質によるものが大きい。
力にはさまざまな種類があり、大きく4つの力に大別することができる。
人間が用いる力―――霊力。
妖怪が用いる力―――妖力。
魔法使いや西洋の悪魔が用いる力―――魔力。
神様が用いる力―――神力。
以上の4つである。
これらは混ぜ合わせることはできず、個別にのみ効果を発揮する。力の性質の違いから混ぜ合わせるということができないためである。
現実に今のフランは普段使っている魔力を一切使っておらず、神力だけを使って戦闘を行っている。
これら4つの力には、それぞれに特徴がある。
「霊力は自らの身を守る力、広い応用と機転の効く力、他者を退ける力」
霊力は、霊力を作り出す器官を持っている人間ならば誰でも使うことができる力である。
生き物全てが持っているといっても過言ではないため、先天的に霊力を作り出す内燃器官を持ち合わせているのであれば、妖怪でも身に着けることが可能である。修行すれば増えていくし、使わなければ劣化する。いわゆる技能的な要素が大きい力である。
霊力は、妖怪に対して高い耐性を持っており、妖力を遮断する効果が含まれている。霊力で作った結界が妖怪に対して有効なのは、妖力に強いという力の性質によるものである。
また、霊力には汎用性が高いという特徴がある。使いどころとしては、妖力に対して耐性があるということから主に結界や壁を作る際に用いられるが、様々なものに応用が利く。役割を持たせることが比較的容易で、霊力弾に追尾、貫通などの能力を付加することができるなど、高い汎用性を持ち合わせているのが特徴である。
「妖力は自らの身を保つ力、妖怪固有の特徴を持った力、他者を侵略する力」
妖力は、妖怪であれば例外を除いてほぼ全員が用いることができる力である。
妖力は基本的に修行をしたり、練習をしたりすることで増えることはない。内包する妖力の総量は、妖怪として産まれたときの才覚によっておおよそ固定されている。妖力の総量を増やす方法は、長生きすることと人々からの怖れを多く手に入れることぐらいしかなく、急激に上昇することはない。唐突な突然変異によって大きく妖力を上昇させる者が稀にいるが、そういった者は例外である。
妖力の総量は、外での知名度に大きく左右される。外の世界での伝承が強ければ、そのままの強さを手に入れることができる。
妖怪は妖力によって自分の身を保っており、妖力を全く持っていない妖怪は妖怪として生きていくことができなくなる。
妖力は、最も力という言葉に合った性質を持っている。他者に畏怖を与え、他者を飲み込むような、粘性を感じるような雰囲気を持っている。霊力が自身を守るような遮断の力というのならば、妖力は他者を喰らう侵食の力といえる。
ただ、その分扱いが難しい。汎用性に乏しく、決まった使い方しかできないという特徴がある。決まった使い方というのは妖怪によってまちまちであり、その存在の在り方に左右される。スキマ妖怪と言われる紫ならば、境界を作り出すような運用の仕方がメインになる。
「魔力は自らを変える力、様々な色を持った力、可能性を広げる力」
魔力は、魔法使いや西洋の悪魔が使用する力の総称である。魔法使いの使っている魔力と西洋の悪魔が用いている魔力は厳密には違うものである。
西洋の悪魔は東洋でいう妖怪と同じような立場であり、力の性質が妖力の性質と非常に似通っており、ほとんど違いはない。違いがあるといえば、霊力に対して弱さを持ち合わせていないという点だろう。霊力にも妖力にも均等に対処ができる。
また、力の雰囲気としては霊力と妖力の中間をとったような場を支配しているような雰囲気が漂う力である。
対して魔法使いの使っている魔力は、もともと人間だったものが魔法使いになることで手に入れられる力である。人間のまま魔法使いになるための条件は非常に厳しいため、現実に人間のまま魔法使いになった者はほとんどいない。
魔力は、霊力と同じように修行によって増やすことができ、努力によって上昇させることが可能である。魔力を増大させる食べ物を毎日食べたり、魔力を増やすことのできる書物を読んだり、外部からの刺激によって増幅作用を得ることができる。
また、汎用性も高く、魔力に属性を持たせることや力の運用に意味を持たせることもできるため、様々な使い方ができるのも特徴である。
魔法使いは、何かを目的に魔法使いになった者が多く、目的を成し遂げるための運用の可能性の広がり方は他の力の追随を許さないほどに広い。その力に惚れて魔法使いになる人間がいるほどである。
「神力は他者から与えられた力、誰にも侵されない力、希望の連なりからなる積算の力」
神力は神様が人々の信仰によって与えられる力のことである。
神力は、霊力や妖力、魔力とは全く異なる性質を持っている。
第一に、霊力・妖力・魔力が自分自身から生み出される力であるのに対して、神力は外部の人々から与えられる力である点である。当然のように修行や努力によって力が増大することはない。
神力の総量を増やす方法は、たった一つである。信仰の力の量を増やすことである。神力の総量はより多くの人間から、より多くの信仰を得ることによってのみ増加する。その外部からしか得られないという特性上、力を集めることは非常に難しい。
さらには、求められた方向にしか力を使用することができないという縛りが加えられている。遥か昔の神で考えてみよう。信仰をする人間たちが領地を守りたいと祈れば、領地を守るという目的にしか力を使うことができない。恵まれた生活をしたいというのならば、その目的を果たすためにしか力を使うことができなくなる。
そんな信仰の収集の難易度や使用範囲の狭さに比例するように―――力の質は他の3つの力の質を遥かに凌駕する。
神力は、ある目的のために使われるエネルギー効率がほぼ100%で効いてくる。
例えば、大きな重い箱を動かすという目的があるとする。箱を動かすために霊力や妖力、魔力を使うと、押す力として取り出せる量は人にもよるが6~7割程度になる。神力は目的が限られている制約上、100%に近い力を押す力として使うことができるのである。
それが―――魔力を使っているレミリアを押し込んでいる現状に繋がっている。
レミリアはフランの力に押されながら、必死に声を振り絞り、咲夜とパチュリーに助けを求めた。
「咲夜、パチェ、手伝いなさい! フランを止めるわ!!」
「二人に助けを求めても無駄よ」
レミリアは、バッサリと切り捨てるような言葉を吐き出すフランと視線を合わせる。
フランの赤い瞳は逃がさないと言わんばかりにレミリアの瞳を見つめ続けている。瞳の奥に燃え滾る炎を見せつけて、白い輝きを放って、存在感を増して、目の前に存在している。
「「…………」」
咲夜とパチュリーは、レミリアの声に答えることはない。一切動く様子を見せず、心配そうな顔でレミリアを見つめるだけだった。
レミリアは、何の反応も見せない二人に歯ぎしりをしながら大声で叫ぶ。
「どうして!? どうして手伝ってくれないのよ!?」
「当然よ、咲夜もパチュリーも正しい方向を向いているわ。例え戦列に加えたところで、迷いが生じている二人を入れても戦力は増えない。邪魔をするというのなら一緒に相手にするけどね」
咲夜とパチュリーの二人は、レミリアに助けを求められて酷く悩んでいた。
今、何をするのが正しいのか分からなくなっている。
フランの気持ちを真っ直ぐに受け止めて、外に出してもいいのではないかと微かでも思ってしまった時から、迷ってしまった時から足が止まってしまっていた。
「手伝ってよ!!」
「お姉さま、意識を外に向けている余裕なんてないわよ。相手は目の前にいるわ。前を向きなさい。じゃないと、何もかも終わってしまうわよ?」
フランは、意識を外へと向けるレミリアに対してさらに押し込むように力を入れてきた。
レミリアはすぐさま逸れた意識をフランへと戻す。そして、意識がそれていたことで僅かに弱まっていた力を最大まで上げて、フランの押し込みに対応した。
(このままじゃ終わってしまう。フランの言う通り、終わってしまう)
今起こっているのはただの耐久レースだ。
のこぎりで木の板を切っているようなもの。
耐久値がどんどん下がって最後に真っ二つになるようなもの。
苦しい、辛い、逃げ出したい。
負の感情が心の多くを独占する。
許してしまえばいい―――そんな甘い考えがちらつく。
許可を出してしまえば今の状況から逃げられるのだろうか。
外に出てもいいと、これまでのことを曲げてしまえば楽になるのだろうか。
(私が許せば……)
フランに対して外に出る許可を与える。
外に出てもいいと口にする。
そんなこと―――できるわけがなかった。
(―――嫌! それだけはできないわ!)
自分のために。
自分じゃない誰かのために。
それだけはできない。
パチュリーは、意固地になっているレミリアにそっと声をかける。
「レミィ……私は、フランを外に出してもいいと思っているわ。今のフランなら何の問題もないと思う」
「ふざけないで! パチェ、貴方何を言っているのか分かっているの!?」
レミリアは明らかに冷静さを失っている。何を言っても聞き入れる様子はない。普段であれば話を聞くぐらいの器を持っているだけに、今の状況はかなり切迫していると嫌でも分かった。
「レミィ、落ち着いて! 私の話を聞いて!」
パチュリーは何も考えなしで、フランを外に出してもいいと言っているわけではない。出してもいいと思えるだけの材料があるから、出してもいいのではないかと言っているのだ。
「今のフランには、外に出ても問題ないほどの力がある。冷静さも持ち合わせている。それは、さっきのやり取りからもはっきり分かるわ」
今のフランには争いに巻き込まないようにする気遣いも、機転も、力もある。
外でも十分にやっていけるだけの能力がある。
自由を手にするだけの条件を揃えている。
もう十分じゃないか。
もう許してあげようじゃないか。
閉じこもっている理由はもうなくなった。
もしも、問題が起これば叱ってあげればいい。
いいことがあったら一緒に笑ってあげればいい。
そんな誰でもできるようなことをしてあげればいいじゃないか。
あの頃のフランは―――もうここにはいないのだから。
「もう……これまでのフランじゃないのよ。子供っぽくて、わがままで、癇癪持ちのフランじゃないの」
フランには、とっくに外に出られるだけの力がある。それなのに、無理矢理に外に出ようとはしていない。今使っている神力と合わせて、能力であるありとあらゆるものを破壊する能力を使えば容易に外に出られるにもかかわらず、出ていない。
それが何を意味しているのか―――分からないわけがないだろう。
「レミィだってもう気付いているのでしょう? フランは、もうあなたの手を離れている。手加減されているのは、レミィからの許可が欲しいから以外の何物でもないわ」
フランにレミリアに対する殺意がないことはすでに確認されている。フランが話していた内容からも、レミリアから許可をもらいたいということだけで殺してまで外に出たいというわけではないことは理解できる。能力を使う様子を見せていないことからも殺す気が一切ないことが読み取れた。
「フランは、これまでずっと我慢してきた……もう、十分でしょう?」
これまでのフランの境遇を想う。
狂っていると思っていた。
気がふれていると思っていた。
だけど、それは違ったのだ。
自分の意志で部屋の中に閉じこもっていたのだ。
そうと考えると、パチュリーと咲夜は同情をせずにはいられなかった。自分が何をしてきたのかと考えたときに重苦しく感じた。その重たい気持ちが動きを止めていた。
レミリアは、パチュリーのフランを肯定するような物言いに苛立ちを隠せず、表情を怒りに染める。
パチュリーは、意地になっているレミリアを必死に説得しようとした。
「ねぇ、レミィ。フランを外に出させてあげて」
「っ……フランを止めるのが嫌だというのなら、あの人間を殺してきなさい! この力の出どころは間違いなくあの人間よ!」
レミリアは、フランを止める直接的な手伝いをするのが嫌ならば、間接的に手伝ってもらおうと咲夜とパチュリーに向けて言葉を飛ばした。
しかし、咲夜もパチュリーもお互いの顔を見合わせるだけで行動に移る気配も、言葉を返すこともない。
「行きなさい!!」
レミリアは、二人の反応を見て完全に頭に血が上った。友達だったパチェに裏切られたという想いと、従順な従者だった咲夜が動きを見せないこと、そして庇っている相手がフランということもあって心が悲鳴を上げて絶叫のような叫びをあげた。誰にも聞こえない声を響かせた。
「行けと言っているのが聞こえないのかしら!? 私は行けと言っているのよ!!」
パチュリーは振り返り、そっと歩き始める。行動に移り始めたのを見たレミリアは、少し嬉しそうにパチュリーの名前を呼んだ。
「パチェ、やっと分かってくれたのね」
「ごめんなさい。ちょっと気分がすぐれないから図書館に戻るわ」
「パチェ! どうしてなの!?」
「ごめんなさい、レミィ……私にはこの件に関して思うところが多すぎるわ。力になれなくてごめんなさい」
レミリアの表情がパチュリーの一言で絶望に染まる。
パチュリーは謝罪の言葉を言い残し、入ってきた扉からそっと外へと出て行く。後姿はどんどんと遠ざかり、小さくなって曲がり角を曲がったあたりで見えなくなった。
レミリアは、最後の望みの綱になっている咲夜へと声を飛ばす。
「咲夜っ!!」
「っ……!」
咲夜の肩がレミリアの大きな声にビクリと動く。
「はい……お嬢様がそうおっしゃられるのなら」
咲夜は、悲しそうな表情を浮かべながら震える唇から声を漏らすと逃げ帰るように走り去った。
見たことのない主の姿に恐れがなかったと言ったら嘘になる。鬼気迫るものに恐怖しなかったと言ったら嘘になる。
だけど、別に逃げているわけでも、命令に背くつもりもなかった。向かうのはフランの部屋である。そこで祈りを捧げている少年の所である。
咲夜は、お嬢様が‘そう命じるのならば’という想いだけを抱えて走っていった。
しかし、レミリアから見ると走り去る咲夜が逃げていくように見えた。
―――裏切られた。
そんな身勝手な想いが心の中を駆けずり回る。
レミリアは怒りを爆発させ、全身から魔力を放出した。
「ああ、もうっ!! なんだっていうのよっ!!」
「きゃっ」
レミリアの魔力の放出によって押されていたフランとの距離が僅かに開く。
レミリアはフランの動揺を好機といわんばかりに、レーヴァテインをグングニルで振り払い、一旦フランと距離を取った。
「さすがは私のお姉さま。あのままで終わるわけがないものね」
「はぁ、はぁ……私は、貴方だけには負けるわけにはいかないのよ!!」
レミリアは、圧倒的に不利な状況だと分かっていながらも自分を鼓舞するように強い姿勢を崩さない。一度弱音を吐いてしまえば、自分の心が崩れることを悟っているように、決して諦めの言葉を口にしなかった。
「それでこそ私のお姉さまよ」
フランは、愛しいものを見るような優しい笑みを強がるレミリアへと向ける。
そう、それでこそ私のお姉さまだ。
そんな強いお姉さまだからこそ。
だからこそ、こうして私は生きているのだ。
こうして、生きていくことができたのだ。
フランは、瞳に涙を僅かに溜めて自分の気持ちを素直に伝え始めた。
「こうしてお姉さまと闘っていて、やっと感じられた。私は、お姉さまの妹で本当に良かったわ」
「フラン……」
フランは、瞳にたまった涙をふき取り、真剣な表情でレミリアへと足を向ける。
「だからこそ―――そんな強い私のお姉さまだからこそ、許してもらわなきゃいけない。私が外に出ることを許してもらわなきゃいけなのよ」
再び強くレーヴァテインを握り直す。意志は十分に乗っている。背中に背負えるだけ背負った。
さぁ、行くわよ。
フランはレミリアへと襲い掛かる。
レミリアは、苦しい状況にありながらもフランの攻撃をいなして受け流した。
「休む暇なんて与えないわ」
「きょ、距離が……」
「前に! 前に! 私は前に進むだけよ!」
フランは、攻撃が流された端から次々とレーヴァテインを振りかざし、前へと攻め入る。一歩一歩間合いを詰めて、槍での攻撃がし辛い超接近戦闘へと移ろうとする。レミリアも負けじと、足でさばいて槍で一方的に攻撃できる距離を保とうとする。
しかし、明らかに武器を振るっている力が違う。ぶつかり合えば、握力が削られる。振り払おうとすれば、凄まじいほどの魔力を消費する。
レミリアは、力で優っているフランに徐々に追い詰められていった。
(このままじゃ押し切られるわ……認めたくないけど、フランの力は私の力よりも強い)
接近戦闘に持ち込んで来るフランに対して、魔力を使った弾幕を使う余地は一切ない。現在戦っているフランとレミリアの間には、一瞬でも気を抜けば一気に勝負を決められるだけの力の差が存在する。
武器を振り回す速度が同じでも、相手に与える重さが違う。地面に力を受け流すことで多少の緩和を起こしているが、それも気休め程度である。レミリアの手首は、力の増したフランの攻撃によって次第にいかれ始めていた。
レミリアは、そんなフランが圧倒的に優位に進めている戦闘の中である疑問を抱えた。
(フランが圧倒的優位、それなのにどうしてフランは勝負を決めにこないのかしら? 能力を使う場面なんていくらでもあるのに、どうして……)
今のフランの勢いであれば、能力を使うことができる場面は数えることができないほどある。剣を振り、それをレミリアが受け止めれば、レミリアの足は自動的に止まる。いうなれば、剣を振りさえすればどこでも使うポイントがあるのである。
こうして捌けていることを考えれば、心なしかこちらに多少の余裕ができるように間を空けられているのではという疑問さえも湧いてくる。
あれほどの力が出せるのならば、間を空けずに一気に攻勢に出れば捌き切れなくなったレミリアに対して攻撃を当てるチャンスを作ることができる。
そう思うと、今の状況が不自然に思えてしかたがなかった。
「はぁ、はぁ……フランは能力を使わないのね。それは私に対する情けかしら? 私なんて、能力を使わなくても倒せるということなの?」
「…………」
レミリアの問いにフランの攻撃が止まった。
レミリアは、フランが攻撃の手を止めた瞬間に一定の距離を取る。その表情はいつもの余裕を持ったものではなく、息も絶え絶えに疲れを見せた顔だった。
「どうして……?」
唐突に―――フランの纏っていた白い光が急速に萎んでいく。暫くすると光が全く見られなくなった。レーヴァテインもいつもの曲がりくねった黒い枝のような物質に戻り、赤い炎だけが変わらず残存するような形になった。
(咲夜か……)
レミリアは、神力の力を感じなくなったフランの様子を見て確信した。先程命じた咲夜がしっかりと命令を成し遂げたのだ。
先程逃げて裏切られたと思っていたが、咲夜はちゃんと命令に従ってくれた。レミリアは、自分の咲夜に対する信用のなさを自覚し、悪いことをした気になった。
そんな感傷に浸っているレミリアに向けてフランからの言葉が飛来する。
「まだ勘違いをしているの? 私は言ったはずよ、許可を貰いに来たって。ここでお姉さまを壊す意味なんてないわ。私が壊したいのは、あくまでもお姉さまに繋がっている鎖だけよ」
フランは、体から消え失せた白い光について何か反応することなく、未だに勘違いしているレミリアにはっきりと告げた。
レミリアと闘っている理由は、あくまでも外に出る許可をもらうためである。それどころか、レミリアを殺してしまったら許可をもらうことができなくなるのだから。
レミリアは、フランの物言いに歯ぎしりをする。
「っ……どうして今なのっ!? どうして今、外に出たいと思ったのよっ!?」
「外に出たいと思っていたのはずっと前からよ。何も今になって外に出たいと思ったわけじゃない。そんなこと、お姉さまが一番よく知っているでしょう?」
怒りの形相をしているレミリアに向けて淡々とした言葉が送られる。
フランが外に出たいと思ったのは、何もついさっきの出来事ではない。
昔から募らせてきた想いが今になって爆発した―――それが今だっただけだ。
大きく膨らんだ風船を壊したのが偶々少年だっただけのことだ。
少年が偶々今日紅魔館へとやってきて。
偶々フランに会って。
偶々フランの心を解放した―――それだけのことだ。
なんてことのない―――それだけのことである。
「一番近くで一番私のことを分かっていたお姉さまが、私の気持ちを一番よく知っているはずよ!」
「……だったら私の気持ちだって分かるでしょう!? 私の気持ちが分かるのなら、これからもずっと部屋に閉じこもっていなさい! 貴方を外に出すのは危険なのよっ!!」
レミリアは、駄々をこねる子供のように涙を流しながら大声で叫ぶ。
フランは、涙を流すレミリアに対して無表情のまま歩いて近づいた。
「お姉さまは困ったらすぐその言葉を使うわね。私がそれを気にして動きが鈍ることを知っているから。それが枷になっていることを知っているから」
外に出てはいけない。
外に出ると危険。
これらの言葉は、フランの心に大きな鎖を取り付けている。
毎回のようにフランが外に出るのを失敗していたのはその言葉があったからだ。
この言葉の意味を知っていたから。
この言葉の重さを知っていたから。
この言葉を守りたいと思っていたから。
だから失敗していた。
でもそれも―――今日までの話である。
「でも、その言葉―――もう十分じゃないかしら?」
「何がかしら?」
「もう、守る必要がないって言っているのよ」
レミリアは、その言葉が不必要だというフランに怒りを爆発させる。
「何を言っているの!? これは、お母様とお父様が残した言葉なのよ! 貴方を守るために残した言葉なのよ!」
ついに―――言葉の出どころが判明する。
霊力・妖力・魔力・神力についての説明を書いていたら思った以上に文字数が伸びました。紅魔館編が終われば、おそらくまた設定として書くことになると思います。
今回の話は、力の性質についてと危険だからのくだりがどこから来ているものなのかを示すものになっています。次回の話が非常に分かりやすい展開ですね。
今主人公がどうなっているのかについては、ご想像にお任せします。