ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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背中を押すもの、吸血鬼の喧嘩

 そっと扉を開けて部屋の中へと入り込む。

 開かれた扉から見える部屋の奥には、ゆったりと深く椅子に腰かけたレミリアの姿があった。少年をフランの部屋へと行かせてから少したりとも動いていないようで、どっしりと構えている。

 

 

「お姉さま……」

 

 

 視界に入るレミリアの姿に恐怖が顔を出してくる。いつも見ているはずなのに、いつもと違って見える。きっと自分が大きく変わったせいだろう。自分が変わったから、相手も相対的に変わって見えるのだろう。

 フランは、悠然と構えているレミリアの姿を見て不安を抱える。思わず震えそうになる手を必死に握り潰し、高鳴る心臓の鼓動を押さえつける。

 

 

「っ……収まって」

 

 

 いくら気持ちを前に向けることができても。

 いくら外へ出ることを決心したとしても。

 いざ大きな壁を目の前にすると足がすくむのは止められない。

 しかし、今は怖気づきそうになる気持ちを押さえつけられるだけの大きな思いを抱えている。昔とは違う、そして昔と同じ想いが心の中で確かな存在感を見せている。

 

 

「私は負けない。絶対に負けないんだから!」

 

 

 想いは、別の想いで塗り潰せる。

 上から色を重ねるのだ。

 混ざってもいい、混ざりっ気のある色でいい。

 もっと強い色で。

 もっと濃い色で。

 足して足して、飲み込んでしまえ。

 もともとの色さえも、取り込んでしまえ。

 フランは、一色淡じゃない感情を抱えて前を見つめていた。

 

 

「ようやく戻って来たわね」

 

 

 レミリアの視線が扉が開いた音に反応し、扉の方向へと向けられる。視線の先には戻って来ると思っていた咲夜やパチュリーだけでなく、フランがいた。少年が本来いるべきポジションにフランがいた。

 レミリアは、フランの存在を視認した瞬間に怪訝そうな表情を浮かべた。

 

 

「……フラン、どうして部屋の外に出ているのかしら?」

 

 

 レミリアが疑問として‘最初に’抱いたのは、フランの部屋に行かせた少年の生存状況ではなかった。少年が何故戻ってきていないのかについてでもなかった。本来外に出ることを止める側である咲夜とパチュリーがそろいもそろってフランの後ろに控えていることでもなかった。

 最初に思ったのは、フランが部屋の外に出ていることに対しての疑問である。

 レミリアは、続いて湧き上がって来る疑問を一気に口にする。フランの体から出ている光を間違いなく少年のものと同一のものであると即座に断定し、力を得ているフランの姿から少年を食したのではないかとまで予測して、フランへと疑問を投げかけた。

 

 

「それにあの人間はどうしたの? その体から出ている光は何? あの人間を食べたのかしら?」

 

「……お姉様、私の話を聞いてください」

 

 

 レミリアの疑問に答えるつもりは微塵もなかった。

 少年がどうなったかなんて。

 自分が放出している光がどのようなものかなんて。

 そんなことはどうでもいい。

 そんなことはどっちでもいいことだ。

 無理矢理にでも会話を絶つ。

 持っていかれそうになっていた流れを断ち切る。

 再出発をかけようとする。

 

 

「私の話を聞いてください!」

 

(これは何かあったわね。だけど、何があろうとも、何があったとしても私には関係ないわ)

 

 

 フランの言葉遣いが変わっている、雰囲気が変わっている。

 何かがあったことは間違いがない。部屋に向かったはずの少年が引き起こしたことも間違いがない。

 だが、そんなものは今の状況を打開するために必要な情報ではなかった。

 レミリアはそんなことなどどうでもいいといわんばかりにフランを無視し、フランの後ろに控えている咲夜とパチュリーに言葉を飛ばした。

 

 

「咲夜もパチェも何をしているの? 早くフランを部屋まで連れて行きなさい」

 

「「…………」」

 

 

 有無を言わせぬといった雰囲気だった。口から吐き出される声の中に若干の苛立ちが含まれ、怒りの感情が沸々と湧いているのが感じられる。

 しかし、不機嫌なレミリアの気持ちに反するように、咲夜とパチュリーはバツの悪そうな顔をしたまま動かない。

 動きを見せない二人を見てレミリアの口から大きなため息が漏れた。

 

 

「はぁ、一体何があったというのよ……」

 

「「…………」」

 

「答えられないのなら質問を変えるわ。あの人間はどこにいるのかしら? フランの体から出ている光は、あの人間が出していたものでしょう?」

 

 

 レミリアは、自分の言葉を聞いても動き出そうとしない二人に何があったのかと考えながら、先程と同じ質問を投げかけた。今度こそ答えを得られるという確信をもって尋ねた。

 しかし、咲夜とパチュリーはそれでもなお黙したままレミリアを見つめ続けているだけだった。

 

 

「何なのよ……」

 

 

 パチュリーの視線に耐えきれず、咲夜に視線を向ける。咲夜は、レミリアの視線に対して申し訳なさそうに視線を下に向け、答える様子を見せない。

 なんだというのだ。

 何があったというのか。

 再び咲夜からパチュリーへと視線を移す。パチュリーの視線は相変わらず懐疑的な目をしていた。

 

 

(なんでそんな目で私を見るの?)

 

 

 ―――これじゃ私が悪者みたいじゃない。

 パチュリーから送られる視線に苛立ちが募る。

 

 

(どうして私がそんな目で見られなければならないの?)

 

 

 パチュリーは、レミリアにとって数少ない友人の一人である。その数少ない友達だと思っていた人物からこんな視線を向けられるとは思ってもみなかった。

 こんな気持ちになったのは生まれて初めてである。初めて会った時から今まで一度も見たことがない目だ。どうしてと疑問を持っていることが瞳の奥から伝わってくる。

 

 

(何があったというのよ……)

 

 

 どうしてと聞きたいのはこちらの方なのに。その瞳が心を見透かしてくる。そういう目で見られることが気持ちをざわつかせる。

 

 

(何があったらこんなことになるのよ)

 

 

 レミリアを苛立たせていたのは何も咲夜とパチュリーの対応だけではない。咲夜とパチュリーが現在立っている場所にも、レミリアが心を揺さぶられる要因があった。

 

 

(なんで……どうして貴方たちはそこにいるのよ)

 

 

 咲夜とパチュリーが‘自分の後ろに控えていない’だけならまだ耐えられていたかもしれない。咲夜とパチュリーが離反しただけというのならば、心を熱くさせることはなかったかもしれない。

 しかし、それ以上のものがレミリアの目の前で堂々と見せつけるように存在していた。

 

 

(どうしてフランの後ろにいるのよ!)

 

 

 レミリアが最も気に食わなかったのは―――咲夜とパチュリーがフランの後ろに控えているという事実である。本来自分の後ろに控えているはずの咲夜とパチェは―――自分ではなくフランの後ろにいた。

 それだけでこんなに心が揺さぶられる。いつもと立っている場所が違うというだけで、フランの後ろについているというだけでこれほどまでに心が熱く燃えるように昂ってくる。

 レミリアは、心の熱さをごまかすことなく、口から感情を吐き出した。

 

 

「咲夜っ! 答えなさい!」

 

 

 咲夜の肩がレミリアの声にびくりと反応する。レミリアの鋭い視線から逃げるように視線を泳がせ、恐れをなしている。

 

 

「あ、あの……お嬢様、私は」

 

 

 咲夜の口が最終的に部屋の中を取り巻いている重い雰囲気に耐えきれず、開きかける。

 咲夜は、あくまでもレミリアよりの存在だ。これまで積み立ててきた思い出が足かせになっている。いきなりフランの立場に覆ることはできない。このまま押し切れば、きっと口を割ったことだろう。

 しかし、咲夜の声を遮るようにフランが大声でレミリアへと気持ちを伝えたことで、咲夜の口は再び閉ざされることとなった。

 

 

「お姉さま、私は外に出ます! お姉さまの許可をもらって外へと行きます!」

 

「フラン、いい加減にしなさい。私がその言葉に対して首を縦に振るとでも思うの?」

 

「いいえ、今は思わないわ。‘今は’ね」

 

 

 フランの物言いにレミリアが薄く笑った。

 笑みの奥に怒りを混じえながら笑顔を浮かべた。

 レミリアから敵意を込めた瞳がフランへと向けられる。

 ふざけたことを言ってくれる。

 外に出るだって? 

 冗談もここまでくると怒りを覚える。

 視線が訴えている。

 

 

(お嬢様が、本気で怒っていらっしゃる……)

 

 

 作り出されたレミリアの表情に恐怖を感じる。

 完全に場の流れが戦闘へと移ることを望んでいる。

 自然の流れが、戦闘を起こすことへと帰着していた。

 

 

「力づくというわけ? 私に対して力で押し切ろうというのかしら?」

 

「いいえ、力はあくまでも手段よ。私は、お姉さまに許可をもらって外へと出るのだから。そうじゃないと意味がないもの」

 

 

 フランは、そっと息を吐いて真剣な眼差しでレミリアを見つめる。絶対に引かないという意思と明確な覚悟をもって、過去を全て押し潰す勢いで心に灯を点ける。

 

 

「お姉さま、行くわよ。止まっている針を動かすには誰かが回してあげる必要があった。それがたまたま和友だっただけ、いずれは回ることになる運命だったのだから!」

 

「何を言っているのか分からないけど、聞き分けの悪い妹を躾けるのも姉の役目―――やれるものならやってみなさい!」

 

 

 言葉が交わされた瞬間―――お互いの力が解放された。

 

 

 

 

「うっ……」

 

「っっ……」

 

 

 レミリアとフランが解放した力の余波は、部屋の中を凄まじい勢いで伝搬する。解放された力によって生まれた波が風を作り出し、暴風が出口を求めて吹き荒れる。いくばくかの窓を打ち破り、出口を得た流れは外へと流出していった。

 咲夜とパチュリーはその場で何とか踏み留まり、二人の動向に集中する。

 フランとレミリアは悠然と相対している。

 先手を取ったのは、乗り込んできたフランの方だった。目を見開き、レミリアに向けて宣言するように声を高らかに響かせた。

 

 

「レーヴァテイン!」

 

 

 フランが持ち出した武器は―――レーヴァテイン。北欧神話において登場する武器の名前と同じ名前を持った武器である。

 見た目は剣とも槍とも取れる形状を取っており、枝のように見えなくもない。ぐねぐねと曲りくねって、先端はトランプのスペードのような形状になっている。まるで悪魔の尻尾をほうふつとさせるような形である。

 フランは、手に馴染んだ武器を持ちながら、不思議な感覚に囚われていた。

 

 

(うふふっ、今までにない感覚だわ。何かに守られているような感覚、誰かに必要とされている感覚、全身の感覚が歓喜している、五感全てが研ぎ澄まされている)

 

 

 体から噴き出している神力は、フランを包み込むように滞留している。

 途切れる様子は全くない。

 無尽蔵に溢れ出る力。

 地下から湧き上がってくる水のような。

 無限に続いていくような。

 そんな普遍の力を感じる。

 そして、そこにはある存在が感じ取れた。

 誰からに包み込まれているような優しい雰囲気の中で確かに少年の存在を感じていた。

 

 

「ねぇ、和友……私はあなたの希望に成れているかしら? 貴方の願いを叶えることのできる神様に成れているかしら?」

 

 

 与えられている力は―――少年から送られてきているもの。

 少年の祈り。

 少年の希望。

 少年の願望。

 それらの連なりが力を繋いでいる。

 

 

「私は必ず外に出てみせる。お姉さまに許可をもらって、外の世界へと足を踏み出してみせる」

 

 

 与えられている想いは―――自分と全く同じもの。

 外に出たい、自由になりたいという感情。

 

 

「私を縛っている最後の鎖はここで断ち切る。私が自由を得ることを望んでいる人がいるから。なにより、私がそれを望んでいるから」

 

 

 二人の想いは同調し、同期する。

 心を縛る鎖を解き放ち、外に出るという目的の一致によって。

 遥か外の景色を―――自分の見たことのない景色を見たいという願望の一致によって。

 

 

「私は一人で戦っているんじゃない。私の想いは私だけのものじゃない。和友、力を貸してもらうわよ!!」

 

 

 フランは、持ち出した武器にすぐさま少年から送られている神力を注ぎ込む。

 自分の体からレーヴァテインへと神力が流れていく。

 レーヴァテインは単なる武器じゃない。体の一部だ。体全体を包み込む神力が武器と体を一体化させる。

 

 

(レーヴァテイン、貴方の本当の姿を見せて)

 

 

 神力がレーヴァテインに注がれていくと―――黒色をしていたレーヴァテインが徐々に真っ白に染まっていき、輝きを解き放ち始めた。

 

 

「レーヴァテインが、真っ直ぐな白い剣になった……」

 

「これが、本当のレーヴァテインの姿なの?」

 

 

 パチュリーは、フランの持っているレーヴァテインの変化に驚きの声を漏らした。

 咲夜は、姿を変えたフランのレーヴァテインを見て感嘆する。

 真っ白に染まったレーヴァテインは、曲がりくねった形状から真っ直ぐに伸びた鋭利な剣へと変化している。心の真っ直ぐさを表すように、素直さを表すように、真っ白な淀みのない想いを表すように、白く光り輝く真っ直ぐな刀剣となっている。

 そして、間をおかずして刀剣に炎が纏わりつき始める。刀身から漏れ出す光を受けて、本来赤い炎が若干白く燃えているように見えた。

 レーヴァテインは人を惹きつけるような、それでいて神々しいほどの存在感を放ち、フランの手に収まっている。

 レーヴァテインを持ったフランの姿は、さながらに伝説の勇者を見ているような錯覚を覚えるほどに凛々しく見えていた。

 

 

 

 レミリアもフランに対応するように―――武器を取り出す。

 

 

「グングニル!」

 

 

 レミリアが作り出した武器は―――グングニル。レーヴァテインと同様に北欧神話に出てくる武器の名前と同じ名前を冠した武器である。

 長さは、三メートル強というところだろうか。フランのレーヴァテインと比べれば2倍以上の大きさの違いがある。

 

 

「これが、お姉さまのグングニル……」

 

 

 レミリアのグングニルとフランのレーヴァテインには大きく違っている点がある。それは、レーヴァテインには武器となる質量を持った物質が含まれており、グングニルには武器そのものの存在がないということである。

 フランは、レーヴァテインと呼んでいる武器に力を注ぎこむことで炎の剣を作り出している。

 対してレミリアは、何もないところに魔力を固定し、密度を上げることでグングニルの槍を作り出している。

 フランのレーヴァテインとレミリアのグングニルで、実体があるものと実体がないものとしての違いがある。

 魔力という名のエネルギー体で構成されているグングニルは、激しく揺らめきながらも槍の形状を保っている。少しでも気を抜けば爆散しそうな危うい雰囲気があった。

 

 

「相変わらずレミィのグングニルには、桁違いの魔力が込められているわね」

 

 

 レミリアは、槍を構えて一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりにフランへと視線を集中させる。

 自分だけを見つめているレミリアにフランが微笑んだ。

 レミリアは笑みを浮かべるフランを不思議に思い、疑問を投げかける。

 

 

「何を笑っているの?」

 

「……私、笑っているのね。やっぱりお姉さまの所に来て良かったわ。本当にいい気分、今までで一番嬉しいかもしれないわ」

 

「私は、最低の気分よ」

 

 

 レミリアは歓喜に打ち震えているフランの言葉を聞いて眉をひそめ、言葉を吐き捨てた瞬間にフランへと飛び込んだ。

 

 

「その減らず口が叩けないように、部屋の外には出てはならないと身体に刻んであげるわ!」

 

 

 吸血鬼の身体能力は人間に比べて非常に高い。力も速さも桁違いに高い水準にある。

 吸血鬼であるレミリアの移動速度は辛うじて目で追いかけられる程度で、姿はほとんど確認できなかった。グングニルから放出される光の線が伸びてくるのが分かるだけである。

 

 

(狙うは―――人体の中心線。とりあえず痛めつけて動きを止める! 吸血鬼は、急所を突き刺される程度では死なないわ!)

 

 

 フランとの距離を一気に詰める。

 手に持っている槍を伸ばし、フランを突き刺しにかかる。

 グングニルで狙うのは―――弱点の多い人体の中心線である。最も剣で防御がしづらい部分であり、最も避けにくい部分でもある。

 

 

(止められるものなら止めてみなさい!)

 

 

 レミリアは、腕を伸ばしながらフランの表情を見つめる。フランの表情には相変わらずの笑顔が浮かんでいた。

 いつもとは違う―――狂気に満ちた顔ではなく、純粋に楽しんでいるような笑顔を浮かべていた。

 レミリアのグングニルの突きに対してレーヴァテインが縦に立てられる。

 

 

(その構えじゃ私の槍は止められないわよ!)

 

 

 槍に対して剣の腹で受け止めるという動作は非常にリスクのある行動である。少しでも槍の位置と座標がずれてしまえば、そのまま直撃することになる。剣の腹の中心線からずれてしまえば、素通りするように槍が通過することになる。

 仮に、剣の中心で槍を受け止めることができたとしても、力の入らない状態での食い止めは難しいものがある。てこの原理が同時に働く状況での防御は、ほぼ不可能と言ってもいい。

 レミリアは、確実にフランの体に当たると確信をもって突っ込んだ。そして、何かに突き刺さるような感覚が手から伝わってきた。

 目の前にはグングニルの刺さったフランの体がある。そう感じた触覚に続いて視覚からの情報が脳に送られた。

 

 

「お姉さま、駄目じゃない。咲夜とパチュリーは安全な場所に移動させなきゃいけないでしょう?」

 

 

 触覚と視覚の情報には齟齬があった。そして、聴覚からの情報は何一つトーンの変わらないフランの声を伝えていた。

 レミリアは、自身の槍の先を確かめるために視線をフランの顔から槍先へと移す。グングニルの矛先は、進行を阻まれるようにレーヴァテインから広がる白い壁に突き刺さっていた。

 

 

「これは、神力? どうしてフランが……」

 

 

 レミリアは、直接的に力を目の当たりにしたことでフランが使っている力が神力であると把握した。

 神力を見る機会は余りなかったため見た目では判断できていなかったが、こうして間近で力を使っているのを見ると―――フランの使っている力が神力であると理解できる。

 レミリアのグングニルのように目に見えるほどに密度の濃い壁がレーヴァテインから盾になるように伸びている。

 

 

「咲夜、パチュリー、離れていなさい」

 

 

 フランは、レミリアのグングニルを抑えながら戦闘で固まってしまっている咲夜とパチュリーに声をかけた。

 名前を呼ばれた二人はフランの言葉で我に返ったように息を吹き返し、できるだけ被害の及ばない部屋の隅の方へと移動を開始する。

 

 

「随分熱くなっているのね。私との喧嘩に本気になってくれている―――素直に嬉しいわ。でも、二人を巻き込んではいけないわ。二人は何もしていないのだから」

 

 

 あのままだったらどうなっていたことだろうか。フランがグングニルの槍を止められず、勢いに負けていたら。フランの後ろに陣取っていたパチェと咲夜はどうなっていただろうか。レミリアは、フランの行動で自分が必要以上に熱くなっていることに気付いた。怒りで周りが見えなくなっているのは、自分の方だと気付いた。

 

 

「っ……」

 

 

 レミリアは自分が劣っていると感じられる状況に、助けられたような状況に、苛立ちを隠せなかった。そして、その苛立ちが思ってもみないことを口に出させた。

 

 

「邪魔をするのならもろともよ!」

 

「それ、本気で言っているのかしら?」

 

「本気だと言ったらどうだっていうのよ!?」

 

「お姉さまには分からないのね。無くなる前の当たり前が存在の大きさを隠しているから。失ってから知るといいわ。無くなってから存在の大きさに気付けばいい。和友のように後になって気付けばいいのよ」

 

 

 大切なものは―――後になって気付く。

 大事なものは―――失ってから気付く。

 普通になってしまった。

 当たり前になってしまった。

 そんな頭の中の普遍性が視界に靄をかけるから。

 特異性を、特別性を、普遍性が塗りつぶすから。

 だから―――色が見えなくなる。

 

 

「なんていったって私たち吸血鬼は、それからも続いていく者なのだから」

 

 

 色を失って悲しみに暮れるかもしれない。

 モノトーンの世界に心が死にそうになるかもしれない。

 それでも―――生きていかなければならない。

 色が見えなくても―――命は鼓動するから。

 失われた穴を抱えても―――血が流れるから。

 

 

「大事なものを失っても、大きなものを失っても、何もかもを失っても、生きていけるわ」

 

 

 私達吸血鬼は生きていかなければならない。

 そういうふうにできている私達は生きていくことしかできない。

 取り残されて。

 何もかもを失っても。

 変わらないものがそこにはあるから。

 変わらない関係がそこにはあるから。

 

 

「私とお姉さまは、同じお腹から産まれた姉妹(かぞく)なのだから。無くならない繋がりがあるのだから」

 

 

 独りじゃないから―――生きていけるのだ。


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