ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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フランと話し始めた少年。
そこから見えてきたのは、フランの本心。
自分と同じように自分自身を縛る鎖を巻いている姿。
解き放て。
自由を手に入れろ。
少年は、フランの背中を押すために自らの血を与えた。


想いの力、決断の時

 閉じられた僅かにしかない扉の隙間から濁流のように膨大な量の光が溢れ出る。

 パチュリーと咲夜は、扉から漏れ出してくる光に驚きの声を上げた。

 

 

「この光は何!?」

 

「何が起こったの!?」

 

 

 ―――パチュリーと咲夜が驚きの声を上げているそのころ。

 光の発生源である部屋の中では二人の生き物が存在していた。

 

 二人の存在とは―――フランドール・スカーレットと笹原和友である。

 

 少年の血が体内に入ってくる。

 吸血鬼特有の血を吸収する器官が少年の血を分解する。

 分解した血が再び血流の中で再構成される。

 ポンプの役割を担っている心臓が血液を運ぶ。

 構成する血液の一部となって溶け込んだ僅かな血液が体の中を循環する。

 そして、脳内にまで少年の血液が届いた時―――フランの意識が一気にぶっ飛んだ。

 とてつもなく大きいものが体の中に流れてくる。

 心を守るためにある殻が突き破られる。

 中へと染み込んで、一つになっていく。

 

 

(私が、変わっていく……)

 

 

 意識を失ったフランにあったのは、遺伝子が零から書き換えられるような感覚だった。鮮明な覚醒がフランの中で起こっている。自分という存在が全く別のものになっていくような―――そんな大きな変化が生まれている。

 

 

(温かい、心地がいい……私が、私になっていく)

 

 

 気持ち悪いわけではない。

 受け入れがたい変化ではない。

 自分が本当の自分になる。

 さなぎが蝶々になるような。

 蛇が脱皮するような。

 一回り大きくなるような感覚。

 あるべき姿に戻るような感覚。

 自分の心象風景に劇的な変化が起きている。

 

 

(間違っていない。何も間違っていない。想いは変わらない。過去だって、今だって、何一つ変わっていない。外に出たいという夢が夢のままでも―――これまでとは違う!)

 

 

 元の想いは変わっていない。

 変わったのはその質だけだ。

 想いが燃えたぎり、大きく鼓動する。

 存在感を示し、生きていることを誇示する。

 

 

(和友、貴方の想いは確かに受け取ったわ)

 

 

 少年の血は、確かにフランの中で鼓動している。血の中に含まれる想いを―――少年の想いの一部が熱い熱を持っている。

 フランはゆっくりと目を開け、覚醒した意識の中でそっと目の前にいる少年に声をかけた。

 

 

「ねぇ、和友……」

 

 

 少年の首がフランの呼びかけに曲がる。まるで状況が分かっていない様子である。

 きっと、こうなることを知らなかったのだろう。あくまでも自分を連れていって欲しいとだけ言っていた少年のことだ、ここまで何かが変わるとは思っていなかったに違いない。

 フランは、余りに無防備な少年の様子に思わず笑った。

 

 

「うふふっ。和友は私がちゃんと殺してあげるから」

 

「……はは、それは大層な朗報だ」

 

 

 少年は、殺してあげるという物騒な言葉を聞いて一瞬目を丸くするものの、すぐに表情を柔らかくする。そして、そっとひざを折って祈りの姿勢を作った。

 

 

「信じているから」

 

 

 神様に祈るように、願望を一つに収集させる。

 

 

「どこまでもずっと信じているから」

 

 

 一切後悔はない。何一つ後ろ髪を引かれる想いなどない。

 仮にフランを外に出すことが悪いことだとしても。

 今こうして祈りを捧げようとしていることが悪いことでも。

 行動を遮るような思いは何もない。清々しいほどに平らな心―――起伏も凸凹もなく、あるのは真っ直ぐに伸びている希望だけ。

 少年は、フランに対して懇願するように首を僅かに垂れ、祈るように言葉を口にした。

 

 

「期待しているよ。僕は、待っている。ずっと、これからも、その時を待っているよ」

 

 

 フランは、跪いている少年の横を横切り、部屋の外へと出ようと扉へと近づく。

 少年は、部屋を出ようとするフランに声をかけた。

 

 

「いってらっしゃい、フラン」

 

「いってきます、和友」

 

 

 フランは、少年の言葉に自信満々の顔で言葉を返し、少年を置き去りにして扉の外へと足を進める。少年から貰った荷物を少しだけ余裕のできた背中に背負って、少しだけ大きくなった想いを抱えて目的を果たすための行動に移る。

 フランが部屋から外に出ようとした時、扉が外からの力によって開かれた。

 

 

「笹原! 一体何があったの!?」

 

 

 部屋の中に第三者の声が入って来た。状況を呑み込めていないパチュリーの声である。

 

 

(笹原に何かあったらまずいなんてものじゃないわ。監視にまで失敗しておいて、笹原を危険にさらした私の責任は大きすぎる)

 

 

 漏れ出している凄まじい光は、部屋の中で何かがあったことを示している。

 

 

「笹原! 生きているの!? 返事をしなさい!」

 

 

 パチュリーの焦った声が部屋の中に充満するように響き渡る。仮に監視が成功していたのならば、部屋の中の様子は筒抜けにできただろうし、今の動揺するような結果には繋がらなかったはず、という心理がパチュリーの心を揺らしていた。

 しかし、パチュリーの想いに反して返って来る声はない。

 パチュリーは、光に満たされた部屋の中へと突入しようと足を進める。そして、その途中で逆方向に歩くある人物とすれ違った。

 

 

「心配しなくても大丈夫よ。和友は生きているわ」

 

「……フラン?」

 

 

 パチュリーは、声からすれ違った人物が誰なのか判断した。

 部屋から出てきたのは―――フランだった。

 

 

「…………」

 

 

 咲夜は、悠然と出てきたフランを見つめたまま固まった。咲夜から見たフランは、いつもと雰囲気が全く違っていた。

 落ち着いているといえば、落ち着いている。

 余裕があるといえば、余裕がある。

 フランを見ていると別人を見ているような感覚に陥いる。

 別人、それは―――咲夜のよく知っている人物、主であるレミリア・スカーレットである。

 

 

(妹様の纏っている雰囲気がお嬢様に似ている? 部屋の中で何があったのかしら?)

 

 

 フランからは、主であるレミリアを相手にしているような感覚に陥るほどの雰囲気が出ている。

 一体何があったというのだろうか。

 咲夜の体は、大きく変化しているフランに戸惑いを隠せずフランを見つめたまま固まった。

 

 

「笹原!」

 

 

 パチュリーは、フランの言葉を信じることができないのか本当に少年が無事なのか確かめるために部屋の中を覗く。

 

 

「笹原!!」

 

 

 部屋の中には、少年の姿があった。ちょうど、跪いて祈りを捧げているような体勢を取っている。

 声に反応しなかったのは集中していて聞こえなかったからだろうか。

 パチュリーの口から微動だにしない少年に対して疑問が漏れ出した。

 

 

「笹原……本当に、生きているのよね?」

 

 

 少年はまるで動く気配を見せず、パチュリーの声にも反応を見せない。

 まるで時が止まったように祈りの姿勢を保って停止している少年にパチュリーの手が伸びる。ゆっくりと祈りの形をとっている少年に手が伸ばされる。

 そして、パチュリーが少年に触れようとした瞬間―――フランがパチュリーの行動を遮るように声を発した。

 

 

「咲夜、パチュリー、付いてきて」

 

 

 パチュリーの手があわや少年の体に触れるというところで停止する。

 咲夜とパチュリーの視線が声をフランへと集まる。二人の視界に入ったフランの体からは、僅かに白い光が放出されていた。

 白い光からは大きな力の波動を感じる。今まで感じたことのない力の波動だった。

 二人は、いつもと様子の異なるフランに言った。

 

 

「妹様、一体何が……」

 

「フラン、その光は……」

 

「いいから私に付いてきて、お願い」

 

 

 フランは、有無を言わさずという雰囲気で言った。反論は許さないというような物言いだった。二人は何も言い出せなくなり、そっと足先をフランへと向ける。

 二人が近づいてくるのを確認すると、フランの足が二人を引き連れるように歩き始める。少年がフランの部屋までやって来た道を逆再生するように逆戻りする。真っ赤な一本しかない道をさかのぼるように、時間がまき戻るように登っていく。

 咲夜とパチュリーは、いつもと違うフランに戸惑いながらも距離を一定に保ちつつ追随していた。

 

 

「フラン、部屋の中で笹原と何があったの?」

 

「別に何もなかったわ」

 

「……教える気はないってことね」

 

「そう捉えるのならそう思ってくれればいいわ。でも、たいしたことがなかったのは事実なの。私は和友と話をした。したことなんてそれだけなんだから」

 

 

 咲夜とパチュリーは、何もなかったというフランの言葉を信じることができなかった。

 明らかに大きな変化を遂げている。光っている以外に見た目に違いがなくとも、纏っている風格というかオーラが明らかに変わっている。それなのに、何があったのか話をしないということは、フランに教えるつもりがないということだと思った。

 パチュリーは、まるで教える気がない雰囲気のフランに部屋に戻るように忠告した。

 

 

「何もなかったのだったら早く部屋に戻りなさい。貴方は危険だから外に出てはいけないの」

 

「もう部屋に閉じこもっている理由はなくなったわ。ううん……違うわね。部屋に閉じこもることよりも大切なものができたと言った方が良いかしら?」

 

「どういうこと?」

 

 

 意味が分からない。もっと大切なものだって。フランにとって部屋にこもっているよりも大切なことがあっただろうか。フランの大切なものを知らないパチュリーは、フランの言葉に眉をひそめた。

 フランは、理解できていないパチュリーを見て勝ち誇ったような顔で挑発する。

 

 

「パチュリーは何も知らないものね」

 

「知っているわよ。貴方を外に出すと危険だから、外に出してはならないということはね」

 

「ほら、やっぱり何も知らないじゃない。ふふっ、何も知らない、何も知らないのよ。自覚した方がいいわ。こういうのを無知の知っていうのかしら。ふふふ……」

 

 

 フランの顔に笑顔が浮かぶ。

 パチュリーは、まるで別人のようになったフランに驚きを隠せなかった。今までになく口にする言葉に余裕がある。相手に気持ちを気取らせず、想いを秘めた表情で含みを持たせている。いつもの直情的で短絡的なものではなく、重い想いが言葉に乗っていた。

 

 

(まるで別人と話しているみたいだわ、何がこれほどまでにフランを変えたというの?)

 

「パチュリーは、お姉さまが私を地下に閉じ込めていた理由も、私が地下に閉じこもっていた理由も、何もかも知らないでしょう?」

 

「…………」

 

「ほらね。パチュリーは何も知らない」

 

 

 パチュリーが知っているフランを閉じ込めている理由は、外に出すと危険だからというものだ。外に出して何か起こされれば責任が紅魔館全体にかかるから外に出してはいけないのだということしか知らないし、それが全てだと思っていた。

 パチュリーの表情が暗くなる。

 普段見せることのない表情で口を紡いでいた。

 

 

(何が起こっているの? 妹様がパチュリー様に言葉で押し切っている……まるで夢を見ているみたいだわ)

 

 

 咲夜は、今目の前で繰り広げられている状況が信じられなかった。

 パチュリーに対してフランがちゃんとした会話をしていることはもちろんのこと、対等の関係ではなく、上から物言うような対話を果たしている。

 そんな姿はこれまで見たことがない―――想像すらしていなかった姿だった。

 フランは、沈黙するパチュリーに謝罪の言葉を述べる。

 

 

「意地悪を言ってごめんなさい。でも、きっとパチュリーは知らないと思ったわ。これはお姉さまと私が抱えている問題だから」

 

 

 フランは迷うことなく、図書館を抜けた。

 フランの足に迷いは一切ない。明確な目的地があるようで迷うことなく足を進めている。

 この先は。

 この先には。

 咲夜の口から質問が投げかけられる。

 

 

「これからどちらに行かれるのですか?」

 

「お姉さまの所へ」

 

「……ああ、もう! 分からないことばかりだわ! 一体何が起こっているのよ!」

 

 

 パチュリーは、先程から予想外のことが起こりすぎて頭が追いついていなかった。

 フランのいつもの行動としては、外に出ようと玄関や壁を壊しての逃走が基本だった。それなのに、今回はレミリアの所に行くと言っている。これから外に出るのかと思いきや、レミリアの下へと行くと言うのである。このまま外に出てしまえば、あれほど願っていた外の世界へと行けるというのに―――レミリアの所に行くというのである。

 

 

(これはもう、いつもの妹様と思ってかからない方が良いわね。文字通り別人、いいえ――もともとこちらが本来の姿なのかもしれない……今の妹様は、酷くお嬢様に似ていらっしゃる)

 

 

 これが本来の―――フランドール・スカーレットの姿。あの主であるレミリア様の妹。咲夜は、そう思った。

 今までの妹様の印象はもう欠片ほどしか残っていない。僅かに子供っぽい悪戯好きな笑顔を浮かべることぐらいしか、面影が残っていなかった。

 咲夜は、振り回されるパチュリーよりもいち早く冷静さを取り戻す。何より、そのレミリアに似ている雰囲気が咲夜の心に規律と緊張を与えていた。

 

 

「お嬢様の所へ何をしに向かわれるのですか?」

 

「もちろん直談判をしに行くのよ。外に出るために意固地なあいつの許可を貰うの。何を失うのか分からない、何を取られるのかは分からないけど、体が通れれば何でもいいわ」

 

 

 フランは、あくまでも外に出ようと考えているようである。

 咲夜は、外に出るという変わらない目的を持ちながら、決まった方法で外に出ようとしているフランの意図を読み取ろうとする。

 外に出るだけであれば、方法はそれこそ多数ある。外に脱走するというだけならば、壁を破壊して外に出ればいいだけの話である。

 しかし、フランの物言いからすれば、レミリアの許可なく外に出るということはしなさそうである。あくまでも、外に出る手段はレミリアに許しをもらってということなのだろう。

 

 

「ここから直接出て行くわけではないのですね」

 

「それじゃあ意味がないもの。これは、お姉さまから許しをもらってこそ意味があることなのだから。お姉さまの許しがもらえなきゃ……私が本当に自由になることはない」

 

 

 無理矢理脱出するような方法では決して長続きしない。

 ここで無断で外へと飛び出したとして、それがどれほど長く続くだろうか。追手として咲夜が送られ、パチュリーがバックアップに入り、夜にはレミリアが脱走した兎狩りへと向かうだろう。そこで3対1の状況になり連れ戻されるのが目に見えている。

 だからこその―――直談判である。レミリアの言葉でしか基本的に動かない咲夜と基本的に読書ができればいいパチュリーは、レミリアを抑えてしまえば動くことはなくなる。

 フランは逃亡者になりたいわけではない。あくまでも外に出たいだけなのだ。帰る場所は紅魔館のままなのだ。

 フランは、さながら外に遊びに行くための許可をレミリアから貰おうと考えていた。

 

 

「お姉さまの許し無しでは、永遠に私の鎖は解き放たれない。自分を縛っている鎖を取り外せば自由になれると思っていたのだけど、私を縛っている鎖は一本じゃなかったから」

 

 

 フランの心を縛っていた鎖は解き放たれている。自らを律し、抑圧してきた心は解放され、溜め込まれた想いが激しい鼓動となって木霊している。

 それでも―――まだ足りない。

 心残りとでもいうのだろうか。

 一本の鎖がフランの想いを引きずっている。

 体を縛っている。

 レミリアがフランに付けた鎖が心を離していなかった。

 

 

「お姉さまの分の鎖も取り除かないと、本物の自由は手に入れられないの。私は、本物の自由が欲しい。心に何一つ鎖が残らない、'本物'の自由が」

 

 

 目的を果たすために、レミリアに会わないという選択肢はフランにはない。レミリアから与えられている鎖を、どうしてレミリアに直接会って話をせずに解き放たれることがあろうか。

 

 

(フランの意志はまじりっけなしの本物ね……私はどうしたらいいのかしら?)

 

(これは、妹様とお嬢様が闘う流れになりそうね。どうしたら……いいえ、ここはどうしたらいいのかなんて迷っている場合ではないわ。意志を固めるのよ。私はお嬢様の意志を仰ぐだけ)

 

 

 パチュリーと咲夜は、フランの固い意志を感じ取っていた。そして、これから先に起こるだろう出来事を予期していた。

 きっと、レミリアとフランは戦うことになる。互いの主張をぶつけ合って、勝った方が意志を突き通すことになる。そうなったら、どっちに付き従うべきだろうか。

 咲夜は、主であるレミリアの意志に従うと決めた。

 パチュリーは、どうすべきなのか迷っていた。

 二人が考え込むことで会話がいったん切れる。僅かな沈黙の雰囲気が立ち込める。

 パチュリーと咲夜は、後ろめたいことを話すわけでもないのに小声で話し始めた。

 

 

(それにしてもこの変わりよう……笹原の奴、一体何をしたというの? あの一瞬の間でできること、劇的な変化をもたらすもの……咲夜は何か分かるかしら?)

 

(笹原が何かをしたのは間違いないと思います。ですが、妹様がこれほどに影響を受けるなんて……何をしたのか想像もつきません)

 

(でも、明らかに笹原からの影響よね。私達は何もしていないし、部屋の中には笹原しかいなかったのだから)

 

 

 咲夜とパチュリーのお互いの顔によく分からないといった表情が浮かぶ。

 部屋の中で何が起こったのだろうか。何を話したのだろうか。二人には分かる術もない。こうなると、あの本がきちんと作動して監視できていればと思わずにはいられないが、そこはドジを踏んだパチュリーの責任でしかなかった。

 

 

(部屋の中にいた妹様に直接聞いてみるしかありませんね)

 

 

 咲夜は、会話の中心を謎になっている部分に近づけていくために、遠回しに目に見えている変化についてフランに問いかけた。

 

 

「妹様の体から出ているその光は、笹原の纏っていたものと同じものですよね?」

 

 

 フランの体の周りには淡い白い光が存在感を放って存在している。目に優しい程度の光、少し体が温かくなる程度の光がフランの体をふんわりと包み込んでいる。

 この光は―――先ほど外で見ていたものとよく似ていた。

 

 

「妹様が体から放出している光は、外で美鈴と闘っているときに笹原の体から出ていた光と酷く似ている気がいたします」

 

 

 フランから放出されている白い光は―――少年が美鈴との戦いで体に纏っていたものと同様の色をしている。色に関していえばほぼ間違いなく一致しているだろう。

 どこからか滲み出るように、湧き出るように光が漏れ出し、空中を漂い、体にまとわりついている。

 ただ、輝かしい光を放っているが眩しいと反発されるような感覚は全くない。何となく視線が集まってしまうような不思議な光だった。

 笹原が纏っていたものと同じように見える。

 見た目に違いはほとんどない。

 だけど―――同じものではないと心が訴えている。

 

 

(確かに……妹様から出ている光は笹原の出していた光と似ている。だけど……同じかと言われると断言しかねるわね)

 

 

 咲夜は、笹原が出していた光とフランが出している光が全く同じ光かと聞かれると首をかしげてしまった。

 

 

(笹原の光は、もっと存在感があって強さとか硬さを感じるものだった。妹様の光は、硬いというより柔らかい印象が強いわ)

 

 

 フランが放っている光は、明確な存在感を放っていた少年の光とは異なり、柔らかい印象を受ける光だ。そんな曖昧な感覚に頼ったもので判断されても困るといわれるとそれまででしかないが―――心が違うと判断している。何が違うのかは分からない。見た目では分からない違いがそこにはある。

 しかし、これを作り出しているのが少年であるということだけは確信をもって言うことができた。今まで見たことがないものを放出しているフラン。その変化の中心になったのは少年で間違いないのだから。

 

 

「ああ、これのこと……?」

 

 

 フランはそっと体から出ている光に目をやり、手のひらをゆっくりと目の前に持ってくる。

 視界に手のひらから放出されている光が入る。手のひらからも、指からも、淡い白い光が放出して放射線状に伸びているのが確認できた。

 

 

「……こんなものが出ていたのね」

 

 

 フランは、自分が光を放出していることをここで初めて知った。目でしっかりと見るまで光の存在に気付かなかったのは、意識していなかったからというよりも―――意識させないほどにあるのが当然のように感じていたからだろう。

 フランは、ふと湧き上がってきた疑問を咲夜にぶつけた。

 

 

「これって私の全身から出ているの?」

 

「そうですね……足の裏とか見えない部分は分かりませんが、見える限りでは全身から出ているように見えます」

 

「……この光が和友のものと同じかどうかはちょっと分からないわね。私が和友と出会ったのはさっきが初めてだもの。和友が纏っていたものと同じかなんて聞かれても、答えられないわ」

 

 

 自分の体のことは自分が一番よく分かっている。

 自分の体に入り込んでいる力の源―――自分の体に入って来る力の大きさが、期待の大きさが手に取るように感じられる。少年がすぐ隣にいるような、話しかければ声が返って来るような気さえする。

 自分が纏っている光は、少年が纏っていたものときっと同じものだ。

 確信に近い感覚があったが―――フランは答えを濁した。

 

 

(なんて言ったけど、これは確実に和友から送られている力。それが和友の出していたものと違うわけがないわ)

 

 

 自分の今の力は和友の力と同じものだ。

 エネルギー源が同一のものなのに、エネルギーの形態が違うはずがない。同一の乾電池を使っているのに、出力される電圧や電流が違うということはあり得ないし、取り出せるエネルギーの形が電気エネルギー以外になることはない。少年の出力が似たような光ならば、それを送られているフランから放出されている光もまた、同様のものだと考えられた。

 

 

(だけど、これが和友の力だとしても一体どんな力なのかしら……温かくて力強い。何の不安も何の恐怖もない。あるのは―――目的を達成するための強い熱意だけ)

 

 

 いつも使っていた魔力による力ではない。

 人間が使っている霊力による力でもない。

 心が芯から熱される。

 温度は人肌程度だろうか。

 守られている。

 包まれている。

 不安は全くない。

 恐怖も全くない。

 視線も心も方向性をもって一直線に向かっている。

 全てが―――何もかもが、一新する。

 そんな―――温かさだった。

 

 

(それにしても……)

 

 

 それにしても、少年も同じものを纏っていたのか。

 それは直に見てみたかったな。

 今度見せてもらおうかな。

 そんなことを考えていると、自然と笑みが深まってくる。

 未来のことをこうして考えるのは久方ぶりだ。

 自分の願望がどんどん膨らんでいっている。

 今後の予定を立てるのは、こんなに楽しいことだったのか。

 

 

(私の未来を決めるのは、さぞかし楽しかったことでしょう―――ねぇ、お姉さま)

 

 

 姉であるレミリアに想いを馳せると自然と口角が上がる。普段だったら怒り狂っているところだろうが、今は酷く気分がいい。温かさが体を包み、心に安定をもたらしている。

 

 

(楽しみが無くなって残念ね。これからの私の未来は、私が決める!)

 

 

 フランは、少しだけ足早にレミリアの下へと向かっていく。

 そんなフランの後ろを歩いているパチュリーの口から咲夜へと質問が投げかけられた。

 

 

「咲夜、このフランの周りから出ている光は本当に笹原が出していたものと同じものなの?」

 

「パチュリー様は見ていらっしゃらなかったので分からないかと思いますが、私が見た限りではよく似ているように思います」

 

「信じられない……」

 

「何がでしょうか?」

 

 

 パチュリーは、咲夜の問いかけに表情をいつも通りの顔に戻し、平静を取り繕う。フランの体から放出される光、伝わって来る力の性質は自身の考えを疑うほどの真実を抱えている。

 それは―――本来吸血鬼が絶対に手に入れることのできない力。

 人々の願い、想いの結晶。

 数多の祈りの終着点に生まれる力である。

 

 

「フランの体から出ている光の源となっている力―――これは、信仰の力よ」

 

「信仰の力?」

 

 

 咲夜は、聞いたことのない単語に首を傾げた。

 信仰の力―――それは普段目にすることのない力である。

 幻想郷には信仰の力を持っている神様がほとんどいない。神社といえば博麗神社しか思いつかないほどに信仰を集めている場所がない。その唯一といえる博麗神社も信仰が集まっている場所ではないというのが、何とも悲しいところである。

 幻想郷には後に神様が外の世界からやってきたり、信仰を集めるための戦いが始まったりするのだが、それはあくまでも未来の話だ。現時点で神様といえば、紅葉の神と豊穣の神様である秋姉妹が挙がる程度だろう。咲夜が信仰の力を知らないのも無理はなかった。

 

 

「私たちが使っている力に種類があるのは知っているわよね?」

 

「もちろんです。私が使っている霊力、パチュリー様の魔力、妖怪が持ち合わせている妖力などですよね」

 

「そうよ、人間が使う霊力、魔法使いが使う魔力、妖怪が使う妖力……今、フランが纏っている力はそれらとは違うものよ」

 

 

 たった今フランから放出されている力は、霊力でも魔力でも妖力でもない。実際にフランから漏れている力に意識を集中させれば分かるが、本来吸血鬼が持ち合わせている魔力は一切感じられない。全ての力が呑み込まれ、包み込まれて一色の光になっているのが分かる。

 この力は―――

 

 

「本来神が宿している力、人間から与えられた信仰心から得られる力―――神力よ」

 

「妹様が今纏っているものが神力だというのですか?」

 

「私も実際に見たことがないし、めったに見られるものではないからはっきりとは言えないけれども、神力で間違いないと思うわ。他に力の種類があるなんて聞いたことがないし」

 

 

 パチュリーは、疑いの言葉を並べる咲夜に曖昧な言葉を返すしかなかった。なぜならば、パチュリーも咲夜と同様に神力を見たことがなかったからである。

 幻想郷で信仰の力―――神力を見ただけで確認できるほどの密度で纏っている者はいない。これほどの力の余波を感じるほどに力強さを感じる神様は、幻想郷には存在しない。ましてや、外に出る機会がほとんどないパチュリーに視認する術はないといっていい。

 唯一存在する神様―――秋姉妹という神様は、その場を大きく動かず、紅魔館へとやって来ることなどあるわけがないのだから。

 

 

「妹様に神力が……なぜなのでしょうか?」

 

 

 パチュリーの説明を聞いているとますます分からないことが増えた。

 フランが纏っている力が神力だとするならば、その源はどこにあるのだろうか。

 

 

「信仰の力というからには誰かが妹様に祈りを捧げているということになりますよね。祈っているのはおそらく笹原だけですよ? 一人の祈りでこれほどの力が集まるのですか?」

 

「フランにこれほどの力が集まっている原因は分からないわ」

 

 

 信仰の力は―――数の力。人間の個体数を全面に押し出した群集のベクトルの総合計の力である。方向性の同じ力が集まって大きな力になる―――流れる水の量が増えれば、押し込む力が増加するのと同じ要領である。もっとわかりやすく言えば、綱引きと同じ要領だ。

 フランには、少年の祈りによってものすごい勢いで力の流入が起こっている。フランに人間の知り合いが咲夜と少年を除いていないことを考えれば、咲夜が祈りを捧げていない以上、祈りを捧げているのは少年だけしかいないはずである。

 だが、少年一人の祈りでこうも力が集まるのかと問われれば、ありえないと答えなければならないだろう。

 だったらどこからだ。

 ―――どこから力が集まっているのだろうか。

 

 

「今、フランに集まっているそれは―――本来であれば、数千、数万、あるいはそれ以上の人間の想いによって集まる力の結晶なのよ」

 

 

 もしかしたらエネルギーの種類を変換しているのかもしれない。

 霊力を神力に変えるようなファクターがそこにはあって、テレビが電気エネルギーを音や光に変換しているように、他のエネルギーを変換して神力としているのではないだろうか。

 だが、エネルギーは保存されるものである。送られてきたエネルギー以上の働きはできない。少年の霊力の総量を考えると、今のフランが纏っている力の強さは説明できなかった。

 

 

「だから、おかしいのよね……」

 

 

 フランを見つめるパチュリーの目が細まる。

 力の源は間違いなく少年である。そこに異論は全くない。

 だが、問題は供給されている力の量についてである。

 信仰の力は個体数によって増減する。一人当たりの信仰の力は、人によって多少の個体差があるとは思われるが、そこまでの違いがあるとは考えにくい。

 仮に、少年の一人当たりの信仰の力が大きいとしても、少年と普通の人間とで何が違うのかが分からない。少し変わったところがあり、意志の固さは類を見ないが、他に異なる点は見当たらない。

 

 

「笹原一人の祈りだけでは、絶対にこれほどの力にはならないわ」

 

 

 パチュリーの思考が別の可能性へとシフトする。

 

 

「笹原の力は大きくはない。感じられたのは、人里の人間よりも少し多いぐらいの霊力だけだった。仮に霊力から神力へ変換をしても、決して届かないオーダーだわ」

 

 

 パチュリーの頭の中で思考がぐるぐると回る。

 そんなことを考えていると――――もうすぐ目的地に到達するところまで進んでいた。間もなく目的地であるレミリアのいる部屋へ辿り着く。

 それでまでにできるだけ状況を把握しなければならない。焦る想いと思考は、マッチングせずに不整合を叩き出す。

 咲夜は、考え込むパチュリーの反応を伺いながらフランに追随していた。

 

 

「「…………」」

 

 

 必死に考えても、いつになっても答えは出ることはなかった。答えが出るための知識がパチュリーの頭の中に足りな過ぎて想像が飛躍しすぎるのだ。想像が想像の域を出ないため、何一つはっきりとした答えが出てこなかった。

 特にパチュリーの場合は、知識や情報に上乗せされた想像以外をできるだけ省きながら思考をすることが多かったため、一向に答えが出る気配がなかった。ありえないという先入観が、答えを先回りするように潰してしまっているのである。

 フランの足がもうすぐで目的地である対外用の謁見の間に着くというところでいきなり止まった。

 

 

「ねぇ、咲夜、パチュリー」

 

 

 フランは二人の名前を呼び、二人の意識を自分に向けさせる。

 

 

「私の気持ちを、私の意志を、私の心の声を聞いて欲しい」

 

 

 今まで一度もしたことがなかった。

 自分の気持ちをはっきり相手に伝えるということ。

 今ならできる。

 今の自分ならできる。

 

 

「これから私は、お姉さまに会って話をしに行くわ。外に出るために、自由を得るために、戦いに行く」

 

 

 気持ちを真っ直ぐに表現する。

 間違えないように、明確に気持ちを示す。

 今までの子供の駄々っ子だと思われていたような表現ではない。

 曲解も、誤解も生じない真っ直ぐなストレートでストライクを取りに行く。

 フランの言葉は真っ直ぐに咲夜とパチュリーの心に直撃した。見たことのない真剣な顔で言われて思わず体に力が入った。

 

 

「別に私を止めてもいいわ。邪魔をしてもいい」

 

 

 フランは、咲夜とパチュリーから力で抑えられても構わないと思っていた。レミリアとこれから話をしに行く場面において、レミリアだけでなく二人までも相手にしても構わないと思っていた。

 

 

「きっと二人が私を止める行動も間違っていないから。私は、間違いじゃないって思うから」

 

 

 二人が自分を止める理由は、痛いほど理解できる。今からやろうとしていることを止めようとして当然で、それが間違っていないことも分かっている。

 だから、その行動を止めようなんて思わない。それぞれが正しいと思ったことをやればいい。それがその人にとっての正しさならばそれを貫けばいい。

 

 

「二人が私を止めるという選択を選ぶのなら、私はそれを受け止めるわ」

 

 

 紅魔館の党首であるレミリアに言われてしまえば、断るという選択肢を持たない咲夜はもちろんのこと。

 読書の邪魔をされたくないと思っているパチュリーにとっても、フランが好き勝手な行動をとることは望ましくないだろう。

 二人がそれを選ぶというのなら、その選択を称賛しよう。

 フランは二人の想いを汲み取りながらも、真面目な顔で言った。

 

 

「けれど、これだけは分かっていて欲しい」

 

 

 フランの表情に精いっぱいの笑顔が浮かぶ。

 

 

「私は、いつまで待てばいいのか分からない希望に縋るのはもうやめたの。495年も待って、我慢して、耐えてきたのに―――私の心にはまだ何もないわ。私には、思い返せるだけの思い出も、記憶も、何もないのよ」

 

 

 フランは、これまで積み重ねてきた想いを吐き出す。誰にも伝えられなかった気持ちを初めて二人へと伝える。

 

 

「危険だから、危ないからって―――遠くを見つめるだけ、羨望の眼差しで見ているだけなんて、もう耐えられないの」

 

 

 外に出たいと願って何年の月日が経っただろうか。

 自由が欲しいと望んで何年の月日が過ぎただろうか。

 月明かりは眩しいほどに輝いているのに。

 手を伸ばせば、すぐに届きそうなのに。

 ずっと―――遠くにある。

 

 

「決断するのが遅かったのかもしれない。もっと早くに外へ出ることを決意してお姉さまに言っておけばという想いもある」

 

 

 そっと目を閉じて過去を振り返る。今の気持ちになるまでの過程を思い返す。外に出たいと望んでいながらも、それを抑え込んできた過去を振り返る。

 もっと早くにお姉さまに気持ちを告げていたら。

 もっと前に上手く気持ちを吐き出せていたら。

 もしも、もしも、そんな過程の過去が頭の中に生まれては消える。

 それでも、今こうして意志を固めている自分を感じていると、今思えば―――それも今に至るまでの必要なことだったのだと感じる。

 積み重ねて募らせてきた気持ちは、ちっとも無駄になっていない。ちっとも間違っていない。全てが―――今という時間に解き放たれている。

 フランは、窓の外に確かにある最も見てみたかった世界を眺めた。

 

 

「でも、きっと今なのよ。今がその時なの。過去でも未来でもなく、今こそが、私が空を見上げる時なの」

 

 

 窓越しに空を見上げる。

 そこには、確かに自分が見たい世界があった。

 

 

「私の夢が夢のままでも、昔とは違うわ。私の願いが変わらなくても、望む未来は変わっている」

 

 

 フランは、空を見上げていた視線を二人へと向けて頭を下げた。

 

 

「今までありがとう。私のために、私たちの想いのために、私を抑え込んでくれていてありがとう。私からお礼を言うわ」

 

 

 咲夜とパチュリーは、時間が止まったように固まったままフランを見つめていた。

 見たことのない表情。

 聞いたことのない想い。

 心に突き刺さるような言葉。

 激しく動悸を始める心臓。

 止まった空間の中で視線だけがフランへと注がれる。

 頭を上げたフランの顔には、精いっぱいの笑顔が浮かんでいる。少年が浮かべていたような何もかもを受け入れて何もかもを許すような笑顔を見せつけている。

 

 

「でも、もう何も心配ないから。だから―――私たちの邪魔をしないで」

 

 

 二人は何も言わない。

 フランからも何も言わない。

 フランはその場で振り返り、目的地へと繋がる扉へと手をかけた。

 

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 ―――どこかから声が聞こえた気がした。

 気がしただけで、気のせいかもしれない。

 だけど―――不思議と心が温かくなる声だった。

 

 

「行ってくるわ」

 

 

 呟いた声は、誰に向けられた言葉か。

 誰もがその言葉の向けられた方角を知らなかったが―――誰もがその言葉に頷いた。




 フランがもうフランじゃなくなっている雰囲気ありますね。正直なところこの今進んでいる話の部分が自分の一番書きたいところなので時間がかかっているのは、そのせいです。
 原作の紅魔郷、妖々夢と入っていきますと本作の主人公の活躍は、格段に減るので今が見せ場の一つですね。原作は、霊夢が主人公のお話なので、その傍らに笹原和友がしていることを書いていく形になるでしょう。

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