ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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待っている、見つめている

 少年は、文の物言いで勘違いされていることを理解し、謝罪する。そして、今度こそ間違いなく伝わるように、先ほどの話を訂正した。

 

 

「ごめんね、誤解を生んでいるみたいだから訂正するよ」

 

「誤解……?」

 

「一回目に妖怪の山に入った時は注意だけで終わったんだ。ただ、妖怪の山に変わる境界線を確かめるために何度も境界線を超えたんだけど……」

 

 

 文は、少年の話の流れから少年と椛の関係がどのように発展したのか悟った。

 結局のところ、少年と椛は繰り返したのだ。何度も何度も、同じことを繰り返した。薄い関係を、薄い糸を何重にも重ね合わせて強度を高めたのだ。

 

 

「その度に椛がやってきて、それで話しをしていたらいつの間にか仲良くなった感じかな」

 

「へぇ……なるほど」

 

「特にこれといった特別なことは何もしていないんだけどね」

 

(椛も、私と同じなのですね……)

 

 

 文は、椛の心情が自身となんら変わらないことを知った。

 いつもの日常のような、柔らかな日々が愛しくなったのだろう。

 安心と温かさのあるあの雰囲気が好きだったのだろう。

 居てもいいと言ってくれる居場所が心地良かったのだろう。

 そんな何もかも許された場所を手放したくなかったのだろう。

 

 

「思えば、いつも僕の対応をしていたのは椛だったなぁ。意外と担当とか決まっていたりするのかな」

 

(椛はいつだって笹原さんを探していた……毎日、毎日、晴れの日も、雨の日も、変わらずに探していた。私と同じように、探していた……)

 

 

 文は椛の気持ちが理解できた。人里で少年を探していた時期があるからすぐに理解できた。

 椛は、今でも少年を探し続けている。半年前のあの時からずっと探している。文の瞳に映っていた椛は、いつだって少年が妖怪の山に入り込んでいるのを待ち構えていた。

 

 

「妖怪の山での警戒に、各人間に対する担当などありませんよ。そんなことがなされているのは大妖怪相手だけです」

 

「そうなんだ」

 

 

 文は、少しばかり昔になった記憶を巡る。

 椛と少年が話しているところを目撃したことはこれまでに何度かあるが、その時の椛は今の自分のように非常に嬉しそうに楽しそうに話をしていた。

 いつだって、そうだった。

 どんな日も、そうだった。

 変わらずに、そうだった。

 

 

(仕事があるから、決まりがあるからって、抜け出せない場所でずっと待っていた)

 

 

 椛は、少年と会っていた頃―――妖怪の山を監視するという名目で少年を探しながら飛びまわり、少年が妖怪の山へ入るのを目で捉えながら、少年が来るのを今か今かと待ち構えていたのだろう。

 妖怪の山から出られないから。

 役割を放り投げることができないから。

 妖怪の山の外に出ることが許されないから。

 遠くを見つめて、いつかやって来ると信じて待っていたのだろう。

 いつか来ると希望を抱えて、未来を見ていたのだろう。

 文は、椛の境遇に同情した。

 

 

(今なら、椛の気持ちが少しだけ分かります)

 

 

 妖怪の山は、当たり前だが山である。そのため境界線は、山頂を中心に円を描くように広がっている。少年が境界線を確かめに来たというのならば、妖怪の山を360度回ることになるだろう。

 少年が妖怪の山へと来る度に椛に見つかり、話をするなど確率的にありえない。それこそ、少年が来る場所を常に把握していなければ、千里眼を使って少年がやって来る場所をあらかじめ知っておかなければ、毎回のように少年の対応をすることなど叶わないのだから。

 

 

(椛は、笹原さんが来るのを待ち望んでいたのでしょうね。抜け出すことのできない妖怪の山で、一人きりで、必死にこらえて、待っていたのでしょう……)

 

 

 椛は―――自らの目で少年を捉え、焦る心を抑えてただひたすらに少年が来るのを待った。

 哨戒天狗でなければ、自分のように外に探しに行くことができただろう。妖怪の山の監視などという仕事がなければ、少年に会う機会はもっと増えただろう。少年に会って話がしたいという気持ちを抑えることができただろう。

 しかし、椛はそれができなかった。それが許されていなかった。誰からでもない、なによりも自分がそれを許さなかったのだ。

 

 

「笹原さんの言葉が確かなら、これは貴方と接点を持つための椛の策略だったわけですね」

 

 

 椛が少年に対してできることは、知れている。

 少年は、妖怪の山の境界線を引きに来ているわけだから、境界線をできるだけ引けないように時間引き延ばせばよいのである。

 少年に話しかけ―――その足を止める。

 その場に留まらせ―――境界線を引かせなくする。

 時間をかけさせ―――停滞させる。

 少年を見つけるタイミングは、早ければ早い方が良い。最初に捕まえてしまえば、境界線を引く暇すら与えなくて済むからである。

 

 

「努力をして笹原さんを最速で見つけて、話をして、時間をつぶして、何度も妖怪の山へと来させた」

 

 

 しかも、これは少年の邪魔をするということだけではなく、自らの心を満たすためにも一役買う方法である。

 時間稼ぎ兼楽しみ。

 この方法が上手くいけば、少年と話ができる時間が伸びるのだから。その分、心が満たされる時間が増加することになる。

 まさに、一石二鳥である。

 

 

「椛は、自らが満足するための、満たされるための、自分ができる最低限の悪あがきをしたのですね」

 

 

 文は、心のどこかで椛に―――椛の健気さに心を打たれた。

 今でも椛は変わっていない。ずっと想いつづけている。辛いと口に出さず、苦しいと顔に出さず、待ち続けている。少年が来ることを待っている。

 文は、椛ならば仕方ないとどこか上から目線で納得した。

 

 

(椛は、笹原さんのことがそれほどに好きなのですね)

 

 

 椛は、確実に少年のことを好ましく思っている。これまでの言動から、これまでに見てきた様子からも窺い知れる。

 少年は、文の考えていることを察してか同意の言葉を口にした。

 

 

「そうかもしれないね」

 

「随分と淡白な反応ですね」

 

 

 少年は、別に察しの悪い人間ではない。相手の心に敏感な少年ならば、椛から送られている好意に気付いていることだろう。

 気付いていて、それでいて、どうしてこんなに簡単に無関係のような言葉を口にできるのだろうか。優しい少年ならば嬉しい顔をしてもおかしくないのに。嬉しそうにしてもおかしくないのに。受け入れるしぐさを見せてもおかしくないのに。

 文は、他人事のように話す少年に不思議そうに問いかけた。

 

 

「椛はかなり可愛い部類に入ると思いますよ? そんな子から目をつけられていることに、何かしら思うことはないのですか?」

 

「そりゃ、椛から好意を寄せられていることは嬉しいけどさ……なにか、違うっていうか……」

 

 

 少年は、話し始めた時にした質問と同じように言い渋った。可愛い子から好かれているという言葉の内容に比例せず、少年の表情からは嬉しさが少したりとも滲み出ているようには見えない。

 文は、少年の困った様子を見て僅かに笑みを浮かべた。

 

 

(どうして、私は笑っているのでしょうか……)

 

 

 文は、自分が笑みを作っていることに疑問を抱えた。椛に対して悪いと思っている気持ちもある。本人のいないところで少年に椛に対する気持ちを聞いていることは悪いことに違いない。事実、確かに文の心には罪悪感がもたらされている。

 しかし、その感情とは対照的に文の表情には‘笑み’が浮かんでいた。何に対して喜んでいるのだろうか。悪いと思っている気持ちがあるのに、何がそうさせているのだろう。考えても疑問は一向に晴れない。

 文は、ちぐはぐな心を抑え込み、話を進めた。

 

 

「ふふっ、まぁいいでしょう。私だってあんまり大差ありませんからね」

 

「文との出会いも、そんなものだったもんね」

 

「そんなものとは失礼ですね」

 

 

 少年と文との出会いは、劇的なものではなかった。

 少年と文との出会いは、まさしく先程の話題で上がっていた椛が発端である。椛が人間と仲良く話しているというところから交流が始まった。椛がいなくては、きっと今の関係も築けていないことだろう。

 良かったといえば、良かった。

 悪かったといえば、悪かった。

 そんな出会いの仕方だった。

 文は、先ほど抱えていた罪悪感をあっという間に振り払い、楽しそうに話を始めた。

 

 

「私は、結構嬉しかったのですよ? 私の新聞に興味を持って楽しそうに読んでくれる。感想やアドバイスまでくれたのは、貴方が初めてでしたからね」

 

 

 事の始まりは、椛が人間と仲良くなっているという噂を聞きたことである。

 

 

「噂で聞いたのですよ。椛が人間と仲良くなっているって」

 

 

 これは話題になると思った。

 

 

「私は、スクープだと思いました。新聞のネタになるって思いました」

 

 

 文は、当然のように椛と仲良くなった人間が誰なのか取材に向かうことを決意め、思い立った瞬間に飛び立ち椛のもとへと向かった。

 思ってから行動するまでに数秒もかけなかった。考えると同時に飛び出した。空へと羽ばたいた。速さこそが命の文らしい瞬発力だったといえるだろう。

 文は、椛を見つけると傍にいる人間の存在を視認した。その椛と仲良くなった人間というのが、他ならぬ目の前の少年だったのである。

 

 

「椛のもとへと向かってみれば、その仲良くなった人間というのが貴方だった」

 

「ははは、その時の椛は酷く嫌そうな顔をしていたね」

 

「あの時のことは、忘れもしません」

 

 

 あの時椛は、文の取材の申し出を嫌がった。その嫌がり方は露骨すぎて思わず笑ってしまうほどだった。今思えば、その時の椛の嫌そうな顔は、誰かが少年に近づいた時の八雲の従者の顔に酷似していたように思う。

 

 

「文!? ここに何をしに来たの!?」

 

「取材です。しゅ、ざ、い」 

 

「帰れ! お前なんかに話すことは何もない!」

 

 

 椛は、取材を申し込もうとする文に敵意を向けていた。

 相当に嫌だったのだろう。邪魔されるのが嫌だったのだろう。

 あるいは、椛が文個人を余り好きではなかったからかもしれない。これまでも、散々迷惑をかけられてきたから文のことを煙たく思っていたのかもしれない。もともと文と椛の関係は、そんなものだった。別に少年がいてもいなくても大きくは変わらない、上司と部下のようなもの、迷惑をかけるものとかけられるもの。

 文は、椛が拒否の姿勢を示す様子を見ても柳に風というようにお願いを申し入れた。

 

 

「そんなこと言わずに、少しぐらいいいじゃないですか。減るものでもないでしょう?」

 

「嫌よっ! とっとと帰って! すでに大事な時間が減っているのよ!」

 

 

 文は、少し困った顔をしながら少年へと顔を向ける。取材をするのはあくまでも椛である必要はない。この件は、相手側にいる少年に聞けば十分に機能する。

 文は椛ではなく、少年に対して催促した。

 

 

「駄目でしょうか?」

 

「??」

 

 

 少年は、不思議そうに自分を指さす。文は笑顔で頷き、取材の対象が少年であることを示唆した。

 椛は、少年に向いている文の視線に気づくことなく、今にも噛みつきそうな勢いで文のことを睨んでいる。よほど二人の間には何かあるのだろう。椛のことを考えれば、少年は取材の要請を断るべきだった。断るべき状況だった。

 だが、少年は椛の意志に逆らうように同意の言葉を告げた。

 

 

「僕はどっちでも構わないよ。何を話せばいいのか全く分からないけどさ」

 

「和友さん、本気!?」

 

「ほら、彼もそう言っているじゃないですか。本人から承認が取れれば、椛も文句はないでしょう?」

 

 

 椛は、文へと向けていた意識を一気に少年へと向ける。

 文は、驚く椛の表情を横目に、嬉しそうに少年へと迫った。

 

 

「っ……和友さんが受けると言うのなら、我慢します……」

 

 

 そんなことを―――言っていた気がする。取材をしている最中は、ずっと唸り声を上げていた。威嚇行動のつもりなのか。必死にこらえているのか。

 文は、主人のために警戒する犬のようだと思った。

 少年は、文のお願いを迷惑そうにすることも無く、椛の意見を流して文の取材を受けた。

 

 

「新聞のネタに少しだけ取材させてくださいね」

 

「えっ、新聞を書いているの!? だったらぜひ見させてもらいたいんだけどいいかな? 今まで見たことがなくて。新聞なんてあったんだね。なんだよ、みんな教えてくれてもよかったのに!」

 

「え、は、はい!」

 

 

 文は、唐突な少年の切り返しに、度肝を抜かれ勢いよく返事をしてしまった。

 少年は、文から文の書いている文々。新聞を見せてもらい、興味を持った。新しい物好きで、好奇心が強く、幻想郷の事情に詳しくない少年は、当然のように文の新聞に喰いついた。

 少年は、内包している知識欲を埋めるように、その場で文々。新聞を読み始める。1枚1枚丁寧に読んでいく

 

 

「そんなものほとんど嘘の塊だし、面白くもなんともないのに……なんでこんなことになったんだろう……時間もあんまりないのに」

 

 

 椛は、少年の読みふける様子をつまらなさそうに眺める。

 少年は、椛の言葉を気にする様子もなく、文々。新聞の記事について次々と質問を投げかけた。

 

 

「ここの記事なんだけどさ、これって……」

 

「こ、これはですね……」

 

 

 少年は、新聞を読みながら楽しそうに文に疑問を投げかけ続ける。

 文は、今まで自分の新聞を見た相手が見せたことのない少年の見せる新しい反応に、感じた事のない高揚感を覚えていた。

 

 

「自分で言うのも何ですが……私の新聞は所詮身内物です。嘘も多いし、誇張も多い。そこが他の人には受け入れられなかったのでしょうね」

 

 

 文の書いている文々。新聞は、所詮天狗の仲間内での新聞である。仲間内の天狗の他に購読者はほとんどいないし、文の新聞の売れ行きはお世辞にもいいとは言えなかった。

 文の記事には、捏造や虚偽、尾ひれのついた虚飾記事が多すぎるのである。嘘や過大評価に塗り固められたものを喜んで受け取る人物は、そうはいなかった。

 新聞の売れ行きが良くないのは、何も内容がつたないからというだけではない。幻想郷というマーケット自体が、新聞を受け付けていないというのも理由の一つとしてあった。

 

 

「それに、幻想郷ではこういった時事情報を手に入れようとする人は稀ですし、買ってくれる人なんてほとんどいませんでした」

 

 

 幻想郷には、情報を仕入れようとするような奇特な人間や妖怪がほとんどいない。そのためもあって、新聞の売れ行きは全く伸びなかった。

 例え売れることがあったとしても、相手の気持ちとしては暇をつぶす程度の目的でしかない。情報を得ようなんて思っている人物は皆無だろう。

 要は、別に文の新聞でなくてもいいのだ。誰のだっていい、文の新聞である必要性は何もないのである。

 息を吸うだけ、休憩するための時間を潰すことができるのであれば、何でも―――文の新聞はその何でもに選ばれているだけだった。

 

 

「私の新聞を楽しみに待ってくれる人なんていませんでしたし、感想を言ってくれる人もいませんでした。悪口なら、いろいろ言われましたけどね……」

 

 

 文の新聞を読んだ相手が楽しそうに話してくれることは、今まで一度もなかったし、感想についても批評ばかりで、褒められる事も認められる事も全くなかった。それを悪いとは思わないし、それでもいいと思っていた文だったが、どこか物足りない気持ちがあったのは事実である。

 少年は、文のそんな満たされない状況を理解しているかのように話をしてくれた。

 

 

「それでも笹原さんは、興味を持って読んでくれた。楽しそうに読んでくれている姿が、私にとってはとても嬉しいものでした」

 

 

 少年は、文の書いた新聞を読んで想い想いの言葉を文に告げた。

 この部分が気になると言って、本来であれば取材を申し込んだ文が尋ねる側であるのに、逆に尋ねてくる。取材の過程を聞いてくることもあった。載っていないことまで話してきた。

 読者である少年は、楽しそうに新聞を読んでくれている。

 

 

(私の新聞は、相手に分かってもらえる、楽しんでもらえる!)

 

 

 文は、少年の楽しそうに話してくれる姿に喜びを感じた。書くことが好きで始めた文々。新聞が初めて認められたような気がした。

 それが―――文の少年との出会いの馴れ始めである。

 そこから文と少年の交流は始まった。

 文は、過去を一通り思い返すと話を元に戻しにかかる。こんな思い出話をしている場合ではない。時間は限られているのだから。できる限り後悔しないように話をしなければ。いつだって会えるわけではないのだから。

 

 

「私のことを話している場合ではないですね。時間は限られています。八雲の式神がいないのは、今日がラストチャンスかもしれないのですから」

 

 

 文は、この半年近く何も話すことができなかった少年に次々質問をして会話に花を開かせた。

 時に笑い、時に悩み、時に気持ちを一つにする。一瞬たりとも無駄にしないと言わんばかりに、空間に言葉を詰めて想いを述べた。

 

 

 

 

 

 

 文が少年に声をかけてから1時間が経過するころには、届けられた緑茶も飲みほしてしまっていた。

 このぐらいが潮時である。

 文は一息入れて立ち上がると、口を開いた。

 

 

「有意義な時間を過ごせました。椛にもぜひ会ってあげてくださいね」

 

「分かったよ。まだ予定の時間までには余裕があるし、これから立ち寄ってみる」

 

 

 少年は、文が立ち上がるのを見ると同じように立ち上がりながら言った。

 これから行く? 妖怪の山に? 

 文は、これから行くと言う少年の対応の速さに疑問を投げかけた。

 

 

「え、これから行かれるのですか?」

 

「今度来るときには藍がついてくるかもしれないから、今日行くべきだと思うんだ。文と同じように、藍が来ることで話しにくくなるのは間違いないからね」

 

「確かに……」

 

 

 もしも八雲の式神が来てしまえば、椛が話せる状況は永久に訪れない。妖怪の山に近寄らせてもらえないということと、話しかけることができないという状況が作られてしまうことが接触を遮断する要因になる。文でさえ、八雲の式神が隣にいると話すのを躊躇うのである。椛であれば、口を開くことさえ叶わないだろう。

 少年は、文々。新聞の入ったカバンを持つと先程食べた饅頭の支払いに向かう。文は、少年の後ろで頭を悩ませながら張り付くように追随した。

 少年は、文が悩んでいる間に会計を済ませ、妖怪の山を目指そうと足を向ける。

 

 

「じゃあ、僕は今から妖怪の山へ向かうから」

 

「これから行くのでしたら、私も一緒に行ってもいいですか?」

 

 

 文は、久しぶりにあった少年との話を止めることを名残惜しく感じていた。もっと話しをしていたいという気持ちを抑えることなく、少年の予定までに時間があることを知り、付いていこうとしていた。

 もしかしたら、こんなふうに少年と話す機会はもう無いかもしれない。それに椛とのことも気になる。

 

 

(こうやって1対1で話せる機会は非常に少ないですし……それに椛のことも気になりますから)

 

「僕は別に構わないよ。文が来てくれると妖怪が近づいてこないし、何より話をしながら道中を進むのは楽しいからね」

 

 

 文は、予想通りに少年の許可を貰う事に成功した。

 文が少年についてくるメリットは多々存在する。道中暇な時間に話ができるというのはもちろんのことであるが、安全面において文の存在は大きな役割を果たすのだ。

 妖怪の山は、文字通り妖怪が住んでいる山である。人間である少年が一人で出歩くには若干荷が重い。もちろん空を飛んでいけば、ある程度の危険を排除することができるが、完全に排除することはできない。世の中には、完全にリスクが排除された安全など存在しない。

 だが、リスクを減らすことはできる。妖怪の中でも目に見えた強さを持っている文がそばにいれば、少年を襲ってくる妖怪は少なくなるだろう。

 少年は、不敵な笑みを浮かべて文へと問いかけた。

 

 

「それに、断ってもついてくるんでしょ?」

 

「よく分かっていますね。でも、和友さんが本当に嫌ならついていきませんよ」

 

「僕は、文がついてくるのが嫌なんて言わないよ」

 

 

 文は、少年の答えに気をよくして笑みを深めた。

 しかし―――続いて少年から飛んできた言葉が文の心の中に大きなしこりとなって残ることになる。

 

 

「ただ……椛は、どうか分からないけどね」

 

「はははっ……それは、そうかもしれませんね……」

 

「きっと、嫌そうな顔をするんだろうなぁ。あの時と同じような、あの瞬間と同じような顔をするんだろうね」

 

 

 文の脳裏に機嫌を悪くした椛の姿が映った。そんな不機嫌な椛に少年と一緒に会いに行くことを想像すると少しだけ苦笑してしまった。

 きっと、あの時のままだろう。取材を申し込んだ時のままだろう。機嫌を悪くして、表情を曇らせるだろう。

 少年と文は、少しの不安を抱えながら楽しそうに妖怪の山へと足を向けた。

 

 

「妖怪の山―――幻想郷に唯一存在する山。きっとそこで待っているはず。あの日と変わらずに……あの時のように」

 

 

 彼らは、あの時と同じように待っているはずの椛の下へと飛んだ。

 


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