ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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会話に住まう一人の妖怪、揺れ動く想い

 文の表情が少年の前でコロコロと変わる。まるで百面相をしているようである。

 少年は、ころころ変わる文の様子を視界に入れながら意識を外から内へと向けると疑問を口にした。

 

 

「どうしたの?」

 

「ええ……」

 

 

 文は、少年の問いかけに我に返ったように思考を引き戻す。

 何を考え込んでいたのだろうか。話が続かないと思っていたのは、自分の方なのに。押し黙ってしまっているのは自分も同じではないか。

 文は、少しばかり反省をしながら目の前にいる不思議そうな顔をしている少年を注視した。

 

 

「私がこういうことを普通に会話の流れから言えてしまうぐらいには、貴方とのお喋りが心地よく、この時間が本当に好きなんだなと思いまして……」

 

「…………そっかぁ」

 

 

 少年は、どこかで聞いたことのあるセリフに空を見上げた。

 どこかで聞いたことがある、きっとそれは最近も聞いた言葉―――多くの人から聞いた言葉。

 少年と話している多くの人がそういう印象を抱く。話しやすい、雰囲気が心地いいと。

 相手はバラバラで、自分は一人なのに。

 印象が統一されることなどあるだろうか。

 疑問がぐるぐると頭の中を回転する。少年の視界の一面に広がる空には、雲が流れている。ぐるぐると同じように回っている。

 少年は、僅かに表情を曇らせた。

 文は、複雑な表情を浮かべる少年を見つめながら、悲しそうな笑みを作る。

 

 

「きっと、椛も同じような気持ちなのでしょうね」

 

「そうなのかもね」

 

「椛も、笹原さんとのお喋りが随分と好きなようでしたし……」

 

 

 椛という人物は、文の知り合いであり―――少年の知り合いである。

 少年は、椛という人物とも交流があった。少年にとっては、文との関わりよりも椛という人物との関わりの方が深く、会った回数も話した時間も椛の方が多い。文に関しては、指で数える程度しか会ったことがないが、椛に対しては数十回は会っているはずである。

 少年は、過去を思い出すようにそっと目を閉じる。1年前、毎日のように会っていた少女の姿を瞼の裏に浮かべる。少年の頭の中には、はっきりと笑顔を浮かべて楽しそうにしている少女の姿が映った。

 ああ、はっきりと思い出せる。

 少年は、椛のことを思い出せることに安堵し、大きく息を吐いた。

 

 

「ああ、良かったぁ……まだ、覚えている。忘れていない」

 

「どうしたのですか?」

 

「な、なんでもないよ。うん、なんでもない」

 

(何でもないなんて、嘘ですよね?)

 

 

 文は少年の安心するような様子が気になり少年へと問いかけたが、少年は文の質問に慌てた様子で声を出すだけで、質問に対して答えようとはしなかった。

 少年は安らかに、安心するように微笑んでいる。

 文は、少年が瞳の中に涙を僅かに浮かべる様子から、この半年の間に何かがあったことを察することができた。

 半年前―――人里にも来ることが無くなったあの時期。より正確には、半年前よりほんのり前の数カ月からどこにおいても見かけなくなった。人里に蔓延している噂を鵜呑みにすれば、病気にかかったからという理由ではあるが、その後人里に来なくなる理由は説明がつかない。

 絶対に何か隠している、隠されている。

 しかし、文はそれが分かっても少年を攻めきれなかった。なんでもないなんて嘘ですよね? と少年に言い出せなかった。つい先程と同じである―――露骨に話題を避けようとする少年に迫ることが悪いことのように感じる。行動に静止をかけられている。

 勢いよく突っ込むことで、拒否されることが怖いという理由で。これからの関係が変わってしまうような、自分に対する対応が変わってしまうような気がして。

 少年に聞けなかった理由は、単に良心の呵責や少年との今後の関係性を考慮したためだけではない。会話の内容にも、深く聞き出せない理由が存在していた。

 文は自分にだけ聞こえる声で、ある可能性を呟いた。

 

 

「もしかして、椛とそれほどに深い仲だった……」

 

 

 少年の様子の変化の原因は、間違いなく新しく会話の中心になった椛によって現れたものである。少年の言葉はきっと椛へと送られたもので、少年の安堵の表情はきっと椛へと向けられたものだろう。

 文は、椛に向かっている少年の意識に心のざわつきを覚えた。

 

 

(どうして、こんな気持ちになるのでしょうか……)

 

 

 文は、自身の胸の中で渦巻く感情が理解できなかった。

 こんな気持ち、今までしたことがない。性格的に誰かを妬むようなことをしてこなかったのもあるが、こんな些細なことで、原因も分からないようなことで、心がざわつくなんて思いもしなかった。少年が椛から影響を受けているという思考回路の終着点に対し、嫌だと思う気持ちが心の中で蔓延している。

 

 

(笹原さんのあんな顔、見たことありません)

 

 

 少年が先程見せた表情は、文が今までで一度も見たことが無い表情である。

 先程、文との会話から元気をもらっていると言ってくれたことから、影響を知らず知らずのうちに与えている事があると分かったけれども、誰からも影響を受けないと思っていた少年が、ごく身近にいる椛という存在から影響を受けている。

 二人の間には―――何かしら大きな絆があるのだろうか。

 

 

(笹原さんにとって、椛は特別な存在なのでしょうか……)

 

 

 文は、少年にとって椛は特別な存在なのではないか、そう思うだけで、心を締め付けられるような感覚に陥った。それが、その痛みが、不思議でたまらなかった。

 なんで、どうして。

 椛は、何も悪いことをしていない。

 特別文に対して不快に思われるようなことをしたわけでもない。

 それは少年に対しても同じだ。

 なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。

 どうして、こんなに暗い気持ちになるのだろうか。

 

 

(どうして私がこんな想いをしなければならないのでしょうか……別に椛と笹原さんがどんな関係だとしても私には関係ないはずなのに)

 

 

 考えることを辞めない頭は、悪い方向へとどんどん移行していく。

 

 

(いや、私だって笹原さんに元気を与えることができているという意味では、特別な存在と言っても過言じゃないはずです……)

 

 

 少年は、ついさっき文から元気をもらっていると言っていた。それは、まさしく少年に影響を与えている証拠である。椛もそれがあっただけ、何かあっただけ。私にだってある。

 文は、動揺する心を必死に取り繕うとする。

 今をごまかさないと。今の苦しみを取り除かないと。これから先苦しむかもしれないという不安よりも、今の苦しみをどうにかしなければ心が黒くなってしまう。

 文は、理論の成り立たない推論で塗り固めた嘘を信じようとする。

 だが、一度黒くなり始めた文の心は少年の言葉を素直に受け取れなくなっていた。

 

 

(けれども、笹原さんの言葉だって本当は嘘だったかもしれない……笹原さんは、いつもにこにこしているから判断のしようがありませんし……)

 

 

 少年は、文から元気をもらっていると言っていたが、それが本当なのかどうか見た目では判断できない。外から見ていた椛のときのように、目に見えるものではない。

 人というのは、意外と外側から見ているときは相手がどんなことを考えているのか分かるのに、いざ目の前で話していると相手が何を考えているのか分からなくなったりする。

 文には、本当に少年が自分から元気をもらっているのか調べる術など無かった。

 

 

(いや、考えるのは止めましょう……聞けば分かることじゃないですか)

 

 

 文は、顔を勢いよく思考を振り払うように左右に振り、疑心暗鬼になっていく心を振り払う。

 気になるのならば、聞けばいいのだ。答えてくれる人は、目の前にいる。必ず答えを持っている。聞けば応えてくれる。

 文は、目の前にいる少年に向けて口を開こうとした。

 だが―――口は糸で縫われているように開こうとしなかった。

 

 

(どうして!? どうして何も言葉が出てこないの!?)

 

 

 文は、目の前にいる少年に椛との関係を聞けば、全てが分かることであるのに―――それを聞き出せない自分自身に戸惑った。喉まで言葉が出てきているのに、口がそれを喋りたがらない。まるで別の生き物が滞在して、自分のものではなくなっているようだった。

 文は、まさかと別の意味で唇を震わせる。

 

 

(まさか、私が笹原さんに聞くことを怖がっている……?)

 

 

 ―――怖がっている。

 少年に答えを聞くことを恐れている。聞こうとする意志よりも恐怖による硬直の方が強かったため、口が開かないのだ。

 

 

(どうして言えないのよ! ふざけるな。私の口でしょう? 私の言う通り動きなさいよ!)

 

 

 文は、自分の不甲斐なさに怒りをため込む。ふざけるな。怖がっている? 何を怖がっているというのか。何を恐れているというのか。

 聞け、口を開け。動け、声を出せ。

 しかし、その命令系統が上手く伝わらずに、口は紡がれる。

 少年は、そんな苦悩している文を知る由もなく、椛の話題を展開した。

 

 

「椛かぁ、そういえばあれ以来会っていないな」

 

 

 文は、少年の話題の変化に目を大きくした。

 ―――チャンスである。絶好のチャンスが到来している。

 

 

「でも、文の言葉から察するに元気にはしているみたいだね。ちょっと安心したよ」

 

(これは椛との関係を聞く絶好の機会です!)

 

 

 文は、少年の話題の変化にチャンスだと思った。

 少年の方から椛の話題を広げてきたのは、文にとって願ってもない状況である。少年の話題転換は、聞き出せずに疑心暗鬼になっている思考の回答を得る絶好のチャンスに他ならない。

 文は、絶好の機会を逃がさないようにすかさず飛びつき、椛との関係を聞き出そうと会話を続けた。

 

 

「あれ以来と言うと、半年ぐらい前でしょうか? 貴方が急に姿を現さなくなったあたりです」

 

「そうそう、そのころからだね。あの頃から椛とは一度も会っていないから元気にしているか気になっていたけど、心配なかったみたいだね」

 

 

 少年は、相槌を打ちながら文の疑問に答えた。

 文は、話題がスムーズに展開する雰囲気を感じ取ると、すぐさま本題へと入り込みにかかった。

 

 

「ちなみに、椛との馴れ初めを聞いてもよろしいですか? 椛に聞いても答えてくれなかったので、非常に気になっていたのですよ!」

 

 

 文は、座っている位置をさらに少年の座っているすぐ隣まで詰める。まるで逃がさないと言わんばかりに、空間を開けないように座り、少年の顔を覗き込むようにして答えを差し迫った。

 

 

(やっと落ち着いてきました。これが本来の会話の形です。後は、流れに乗って会話を広げていけば!)

 

 

 会話を繋げていれば、それだけで気持ちが落ち着いてくる。

 話しているだけで気持ちが安定状態に落ち着いてくるのは、自分自身会話が好きだからなのか、少年の気質や雰囲気から与えられているものなのかは分からない。

 昔からそうだった―――理由も何もない、ただ少年と話しているという事実が文を安心させた。

 

 

「そんなに近づかなくてもちゃんと答えるよ。何も逃げたりしないからさ」

 

「そ、そうですよねっ!」

 

 

 文は、拒否の姿勢を示す少年に慌てて距離と取ると、乾いた笑いを漏らす。またやってしまったという想いが、落ち着いてきた心を僅かにざわつかせた。

 

 

「ははははっ……別に貴方が逃げていっているわけでもないのに私ったら何をしているのでしょうか」

 

「今日は割と時間があるから焦らなくてもいいよ。それに、別に今日じゃなくてもいずれまた話す機会もあるだろうしね」

 

(意識しているわけではないのですが、どうしても話している途中で寄ってしまいますね……意識が前姿勢になりすぎているせいでしょうか)

 

 

 文の座っている場所は、少年から離れたといっても、もともと最初に座った位置よりは若干近い位置になっている。

 文は、話している最中に少年とのどんどんと距離を詰めていく。これは、文が少年と話している時の特徴である。昔から変わらない癖のようなもの。話している内に無意識に距離を縮めていく―――性のようなもの。

 文は、この現象を自分の気持ちが前のめりになっているために起こっているのだろうと考えていた。少年と話ができる機会が少なく、この時間を有意義な時間にしたいという想いから前傾姿勢を取ってしまい、それが原因になっていると思っていた。

 

 

「それじゃあ、どこから話をすればいいのかな」

 

 

 少年は、そう言いながらもともといた位置よりも近くなっている文から少しだけ離れた。これで少年と文の位置関係は、最初に二人が話していた距離と同じである。人がちょうど話しやすい位置―――人と人がプライベートゾーンを犯されない位置である。

 少年は、自分が最も話しやすい距離というのを持っている。というよりも、誰しもが会話をする時の最適距離というものを持っている。

 

 近すぎれば―――圧迫感を与える。

 遠すぎれば―――聞こえ難くなる。

 

 もちろん人によって個人差はある。実際に文は、少年と至近距離で話していても問題なく、話ができている。違和感を覚えることなく、圧迫感を受けることもなく、話ができている。

 だが、それは少年も同じというわけではない。少年は、自分の距離を保ち文と会話をしようとしていた。

 だが、そんな少年の感覚とは違って、文は元の位置に戻った少年がとても遠いと感じた。

 

 

「そこまで離れなくてもいいのでは……?」

 

「話すならこのぐらいの距離が一番話しやすいから」

 

「そうでしょうか……? もう少し近くの方が私は話しやすいのですが」

 

 

 文は、もう少し近づこうと少年に近寄ろうとする。そっとベンチに手をかけ、横にスライドしようと力を入れる。

 その瞬間―――少年から声をかけられた。

 

 

「お願いだから」

 

 

 たった一言だった。たった一言の言葉だけだった。

 それが、全ての時を止めたような錯覚を与えてきた。

 

 文は、ピクリともせず動きを止めた。

 少年の視線は、逸れることなく文の瞳を貫いている。

 文は、心臓を撃ち抜かれたような気分に陥った。

 少年は、文が静止するのを確認するとそっと笑みを浮かべて話を再開した。

 

 

(今のは一体……体が動かせなくなった?)

 

「話を戻すね、確か椛の話の途中だったかな?」

 

 

 文は、少年に話しかけられることで一気に現実に引き戻される。

 

 

「そ、そうです、椛との慣れ始めを教えてください」

 

「椛と会ったのはちょうど一年前ぐらいかな。幻想郷の主要な場所を覚えようとしていたころだね」

 

 

 少年は、文との距離を保ったまま、一つ一つ椛との交流について話し始めた。

 少年には、幻想郷の各地の場所を覚えるために幻想郷中を駆け回っていた時期がある。ちょうど幻想郷に来て能力の練習を始めたころだ。

 正確には―――飛べるようになってからである。少年が椛と出会ったのは、そんな各地の地理を覚えようとしている時期―――1年前であり、幻想郷を回り始めたころだった。

 

 

「地理は大事ですからね。いざとなった時や用事がある時に何処に行けばいいのか分からないのでは、話になりませんから」

 

「そうだよね。それで、各地を訪れていた時にもちろん妖怪の山にも行く機会があってさ」

 

 

 少年は、一度頷いて文の言葉に同意するとジェスチャーを加えながら話を続ける。

 少年が幻想郷の地理を覚え始めた理由は文の言う通りである。きっかけは、紫から幻想郷について深く知りなさいと言われたことが始まりだ。

 地理を把握しておくことで迷うことが無くなる。困った時、何処に行けばいいのか。どうすれば家に帰れるのか。帰り道を把握することは、幻想郷に来て家が新しくなった少年の最重要課題だった。

 

 

「それで、椛と知り合ったってことですか? それだと、ほぼ1日だけで椛と知り合ったってことになりますが……あの子がそうそう人間と仲良くなるとは思えませんよ?」

 

 

 文の知っている椛であれば、1日で人間が仲良くなるのは不可能のように思えた。どうすれば仲良くなれるのか、教えてもらえるのならば教えて欲しいほどである。

 特に人間の場合は、妖怪の山を守護している椛から言えば邪魔者でしかなく、仕事上の敵のようなものだ。その人間が1日で仲良くなるなんて信じられなかった。

 

 

「1日だけなら無理だっただろうけど、覚えるのにかかった時間は1日だけじゃなかったから」

 

「どうしてです? 場所を覚えるだけならそれほど時間はかからないでしょう? ましてや妖怪の山の場合は、中に入れるわけでもありませんし、どうして時間がかかったのですか?」

 

 

 少年は、境界を曖昧にする能力を持っているが、地理が分からないということはない。地図さえあれば、間違えることもなければ迷うこともない。地名を覚えられなくても、現在位置と方角さえ分かれば目的地が分からなくなることなど決してなかった。

 境界を曖昧にする能力を保持している少年が方向音痴でないことは文でも知っている。道に迷ったという話はこれまで聞いたこともなかった。

 

 

「幻想郷の主要な場所って、基本的にしっかり塀があったり壁があったりしてはっきりと区切りがされているんだけど……」

 

 

 ただ、妖怪の山の場合は、少年が地理を覚えるにあたっての例外中の例外だった。

 

 

「妖怪の山は、場所というより空間に近かったから覚えるのに時間がかかったんだよ」

 

 

 妖怪の山が例外になった理由は、境界線が分からなかったからだった。

 人里には門がある―――門を通り過ぎた所からが人里である。

 人里のような例は、少年にとってとても分かりやすい構図だった。迷いの竹林を抜けた先にある永遠亭も、鳥居がある博麗神社も、瘴気が立ち込めている魔法の森も、はっきりと明確な境界線が分かるものは、境界線を引くのが容易く、覚える上で全く問題がない。

 しかし―――妖怪の山には、区切りが存在しないのだ。妖怪の山には敷居があるわけでも、線が引かれているわけでもないため、少年が判断できる要素が皆無と言っても過言ではなかった。

 

 

「椛が言うには、ある一定のラインがあって、そこを越えると妖怪の山になっているって言っていたけど……僕には、そのラインが分からなかったんだ」

 

「ふむふむ……」

 

「だから、妖怪の山のラインを踏み越えることもしばしばでさ」

 

「なるほど」

 

 

 文は、自慢していたペンを用いてメモ帳に少年の話を記載する。椛に対して何らかの形でからかうことができれば良し、何かしら好奇心が満たされれば上々、不安が取り除かれれば十全、記事になるような話ならば万々歳だと手を素早く動かし、少年の言葉を書き連ねていく。

 

 

「そのラインを越えるたびに哨戒天狗である白狼天狗によく注意されていたわけなんだけど。最初に注意を受けたのが椛からだったんだよ」

 

 

 少年は妖怪の山の立地を知るために―――妖怪の山へと変わる境界線を引くために妖怪の山に近づいた。当然、境界線を踏み越えずに妖怪の山の立地が分かるわけも無く、流れるように境界線を踏み越えて妖怪の山に入った。

 妖怪の山へと入った際に―――山に入るなと注意を受けたのが椛からだった、というのが、少年が椛と知り合ったきっかけである。

 

 

「最初会ったときは、随分と威嚇されたなぁ。帰れの一点張りだったし」

 

 

 もちろん椛は、少年に対し妖怪の山に入らないように注意をして少年を帰らせた。

 けれども少年は―――注意如きでやると決めたことを諦めるような、覆すような性格をしていない。

 少年は、当然のように、毎日のように妖怪の山の境界線を踏み越え、白狼天狗から注意を受けて、その場は引き下がり帰って、次の日にまたやってきた。何度も何度も少年が妖怪の山へと来るうちに、椛が折れて少年の意志を通した。椛と少年が仲良くなったのは―――そこからである。

 文は、思ったよりも薄い少年と椛の繋がりに疑問を口にした。

 

 

「それで知り合いに? 接点としては随分と薄いような気がしますが……」

 

「確かにきっかけとしては薄いかもしれないね。でも、出会いってそんなものだと思うよ」

 

「そんなものですかねぇ……」

 

 

 文の思っていた椛と少年の繋がりは、もっと濃いものだと思っていた。

 注意を受けている間に話をするようになって、仲良くなるということが果たして起こるだろうか。妖怪の山にある掟を考えれば、哨戒天狗である椛と人間である少年が仲良くなるには、非常に希薄な関係性な気がしてならなかった。しかも、少年の言い方だけを鵜呑みにすると、どうしても初めて出会ってから一気に仲良くなったように聞こえるのだ。

 椛に限ってそうなことがあるだろうか。

 人間同士ならともかく―――椛と少年の場合は種族の違いが存在するのだ。

 

 

「和友さんの話だと、最初の一回目に注意されたときに一気に仲良くなったってことになりますけど、そんなことってあるのですか?」

 

 

 文は、人と妖怪が仲良くすることがいかに難しいことなのか知っていた。

 幻想郷という場所においても、妖怪は敵意の目で見られたり、恐怖のまなざしで見られたりすることが多い。妖怪に関しても人間を同等の存在と思っている者は少なく、人間に対して上から目線で話をするのが普通である。

 椛と少年には、妖怪と人間という垣根がある以上、それほど早くに仲良くなることなどできはしないはずなのだ。

 

 

(唯一、一目惚れという線を除いては……ということにはなりますが)

 

 

 文は、そんな可能性に不安を感じつつも少年の答えを待った。

 


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