ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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不満な少年、薬の調合

 少年は、永琳と鈴仙が行っている行動を改めて確認する。様子を伺っていると、鈴仙と永琳は診療室で薬品の在庫管理をしていることが見て取れた。

 

 

「今日は、薬の点検をしているんですね」

 

「薬は定期的に点検しなければならないもの。前回点検をやってから今日でちょうど1週間じゃない」

 

 

 永琳は、作業を続けながら少年に告げた。

 永遠亭では定期的に薬の点検を行っている。頻度でいえば、週に1度全ての薬があるかの点検を行っていた。

 定期的に薬品の点検を行うのには、大きく三つの理由がある。

 

 

「減っている薬があったら作らなければならないし」

 

 

 一つ目は、量が減っている薬があれば作る必要があるからである。

 いざとなった時に量が足りないということがあってはならない。

 それこそ―――患者の命に影響を及ぼす。

 

 

「薬によっては、作るのに時間がかかる物もある」

 

 

 二つ目は、作るために時間がかかる薬があるからである。

 急を要する患者が来ないということは断言できない。患者が来てからでは、薬の準備が間に合わないことが考えられる。有事には、備えておく必要があった。

 

 

「それに、薬を持ち出されている可能性があるから定期的に点検を行う必要があるのよ」

 

 

 三つ目は、薬を持ち出されている可能性があるからである。

 永遠亭で作っている薬は、他では取り扱っていないものが多く、効果も様々あり、種類も豊富である。

 人里では、非常に効果のある薬として重宝されている。いうなれば、永遠亭の薬は貴重品の類と変わらないのだ。盗られていても不思議はない。薬の置いてある場所が診察室という患者から見える場所に存在し、外の人間に明らかになっている以上、薬が盗まれる可能性は捨てきれなかった。

 さらには、使い方を間違えれば、大変なことになりかねないのも気をつけなければならない理由の一つである。

 薬は、用途と容量を間違ってはならない。

 これら3つが―――点検を行っている理由である。

 少年は、誰も聞こえない程度の声で小さく呟いた。

 

 

「僕は、何をしたら……」

 

 

 二人と同じようにすぐさま自分の仕事を始めようとするものの、少年の動き出した両手が一瞬にして停止する。

 何をすればいいのか分からない。止まった理由はそれだ。周りの人間が困っている少年に何をすればいいのか教えてくれてもいい状況ではあるのだが、永琳と鈴仙の二人は少年の声が聞こえなかったようで作業を続けていた。

 

 

(何もできないのかな……)

 

 

 少年は、視界を左右に振り頭を回転させるものの、今何をしていいのか、何をするべきなのか分からず不安を抱える。

 少年は、まだ働き始めてから半年の新米である。

 永琳は、新米の人間にあれこれとさせるようなことをしない。特に薬という複雑な危険を孕んでいる物に対して、少年に手を付けさせるわけにはいかなかった。もしもがあっては大変なことになる。あくまでも外部の人間である少年の仕事の大部分は接客や問診であり、点検の日のように診察の時間が後ろにずれている日は、特に薬品の点検を行っている日の朝の1時間はやることがなかった。

 

 

「あっ……私も手伝います」

 

 

 少年は、暫く思考するとはっとしたように思いつき、手袋とマスクをつけて仕事に取り掛かる。

 少年は、永琳と鈴仙が行っている薬の点検を手伝おうと考え、頭の中に浮かべた内容をすぐさま実行に移そうとした。

 

 

「何かやらないと……」

 

 

 少年は、やることがないことに不安を抱える傾向があった。誰の役にも立っていない状態が少年の心をざわつかせた。

 少年は、給料をもらっている立場である。ならば、給料分の働きをしなければならないだろう。そう思っていたからこそ、無駄に時間を過ごすことに嫌悪感を覚えていた。

 少年は、二人に何か手伝うことはないかと薬品庫へと近づきながら言う。

 

 

「私に何かできることはありませんか?」

 

「何もないわよ。貴方にこれ以上仕事をさせるわけにはいかないわ。座って待っていなさい」

 

「人手が必要になったら呼びますので、ゆっくり待っていてください」

 

 

 少年に向かって二人から静止を促す言葉をかけられた。

 少年は、二人から仕事を手伝うことを拒否され、取り付く島もない様子の返答に残念そうな顔をする。

 

 

「そうですか……何か出来ればと思ったのですが」

 

「ねぇ……貴方の手伝いたいという気持ちは嬉しいけれど、貴方はまだ薬にそれほど詳しくないし、下手に扱われて問題が起こる方が面倒なのよ」

 

 

 永琳は、少年の落ち込むような声色に作業を行っていた手を止め、はっきりと少年に告げた。

 

 

「もちろん、世の中に絶対の安全なんてないわ。安全は、決して100%にはならない。私達だってミスをするときはある。だけど、だからって誰が扱ってもいいというわけではないの」

 

「それは、分かっているつもりです。でも、何か手伝いたくて」

 

「つもりじゃだめなのよ。ここに置いてある薬は貴方のためのものではないと自覚しなさい。貴方が手伝いたいと思ったから置いてあるわけではないの。この薬は、病に侵されている者のためのものであって、健常者のためのものではないのだから」

 

 

 永琳の薬の中には、触れるだけで病気や怪我を引き起こす劇物が混ざっている。

 どうしてそれほどの影響が出るのか。触れるだけで影響が出るような薬を誰が飲むというのだろうか。

 その疑問に対する答えのありかは、薬の在り方にある。

 薬とは、相手に合わせて作られるものである。合わない人には合わない。

 永琳の薬は万人のための薬、種族が違う者たちをも救うための薬である。永琳の薬の中には、人間用のものだけでなく、妖怪用の薬もあった。

 

 

「私が妖怪用の薬を作っているのは知っているでしょう? そんなマスクや手袋じゃ、意味を持たない薬だってここには置いてあるのよ」

 

 

 少年は、永琳が人間用だけでなく妖怪のための薬を作っていることを知っている。だからこそ、自らマスクと手袋とはめている。

 だが、それだけでは永琳の薬を扱うには足りない。マスクや手袋は、気休め程度でしかないのである。

 ただ、少年は永琳から理詰めで問いただされるものの、不安な表情を崩さない。

 永琳は、納得できていなさそうな少年に向けて追撃をかけた。

 

 

「それに、貴方が永遠亭の人間ならばともかく、貴方は八雲紫のところの人間でしょう? 貴方が怪我を負ったり、病気になったりされると私が迷惑をこうむるのよ」

 

 

 少年は、八雲家の存在であり八雲紫の所有物である。永琳は、もしものことを考えると少年に危ない真似をさせることはできなかった。

 怪我を負ってしまえば、八雲から何を言われるかわかったものではない。特に、八雲紫の従者からの報復行動だけは、絶対に避けなければならなかった。

 

 

「師匠、そんな言い方しなくても……」

 

 

 鈴仙から見た永琳は、いつだって少年に向けてきつく当たっているように見えた。少なくとも鈴仙から見れば、そういうふうに見えた。

 

 

「鈴仙、いいんだ」

 

 

 少年は、すぐさま鈴仙を静止する。

 

 

「先生ありがとうございます。じゃあ、私はちょっとだけのんびりさせてもらいますね」

 

「ええ、ゆっくりしていなさい」

 

「え……?」

 

 

 鈴仙は、なぜ少年が永琳に向かってお礼を告げているのか分からなかった。

 

 

「ウドンゲ、固まっていないで仕事なさい。貴方まで薬に触るななんて言っていないわよ」

 

「は、はい」

 

 

 少年は、手伝おうとする気持ちを抑え、診察室に備え付けられている椅子に座ることもなく、立ったまま周りを見渡し始める。二人の邪魔をしないように、周りに置いてある物の配置を見回した。

 

 

(あれは、いつも出しているやつだから人間用で……あれは、妖怪用なのかな?)

 

 

 少年は、二人の邪魔にならないように声を出すことなく、置いてある物を確認していた。指をさしながら、棚の中に何が入っているのか視認する。

 患者が来ない日、薬を投与しない日の朝―――少年の仕事内容は殆ど何もない。

 だが、できないことを挙げても意味がない。そんなことは不毛なのである。やれることをやるのだ。少年は、できることである場所の確認や清掃を行った。

 診察室に置いてある薬品の点検が終わると外来の患者の受け入れが始まる。

 永琳は、少年に診察を任せる旨を告げた。

 

 

「点検はこれで終わりね。診察の方は任せるわよ?」

 

「はい、任せてください。困ったら呼びます」

 

「決して深追いはしないこと、いいわね?」

 

「はい」

 

 

 永琳が少年に向けて注意するように再度問いかけると、少年は微笑み頷きながら一言告げた。

 いつもの診察の始まりである。

 

 

「今日はあんまり患者さん来ないね」

 

 

 少年は、椅子に座って静かに患者の到来を待った。

 しかし、患者はいくら時間がたっても来る気配がなく、少年の視界の前には、一切の動きを見せない扉がたたずんでいるだけだった。

 

 

「こんな日もたまにあるけど……今日は一人も来ないのかな」

 

 

 永遠亭は、予約制をとっているわけではないので急に患者がやってくる場合が大半だ。そのため、いつ患者が来るのかは本当に偶然によるもので、やってこない日もざらにあった。

 今日は、患者も来客もないようで、少年の仕事がものすごく少ない日のようである。むしろ何もないと言っても過言ではない状況だった。

 

 

「不満そうね。いいじゃない、具合の悪い人が少ないってことなのだから」

 

「確かにそうなんですけどね」

 

「はぁ、しょうがない子ねぇ……」

 

 

 永琳は、少年の反応に溜息をついた。

 永琳から見た少年は、大体いつもそうだった。一生懸命で何でもやろうとする。何もしてない時間、与えている給料の対価に見合った働きができていないと感じている時間を酷く嫌っているように見えた。

 

 

「笹原、ウドンゲ、薬の調合をするわよ。手伝いなさい」

 

「はいっ! 喜んでやります!」

 

「師匠、分かりました」

 

 

 少年は役割を与えられると表情を明るくし、慌てて立ち上がる。そして、待っていましたと言わないばかりに嬉しそうに大きな声を発した。

 

 

「薬の調合をやるのは久々ですね」

 

 

 少年は、意気揚々と楽しそうに言葉を口にする。例え、薬の調合をしようとも少年の実入り(給料)が何も変わらないというのに、嬉しそうにしている。

 少年の貰っている給料は、定額の月給であるため労働時間や労働内容に依存しない。どれだけ仕事をしても、どれだけ手を抜いても同じ給料が入る。

 

 だから―――手を抜きたくなるのが普通である。その給料形態は、努力や成果が反映されないからである。

 努力しても変わらないというのであれば頑張ろうという気持ちは、‘普通は’湧かない。隣で3時間サボったように居るだけの人間と3時間真面目に取り組んだ人間で給料が同じなのだから、やる気を削ぐのもいいところだろう。

 それでも、少年は手を抜くことだけは絶対にしない。それは、ここにいる誰もが知っていることだった。

 永琳は、浮かれているようにも見える少年に向けて注意喚起を行った。

 

 

「気を抜かないようにね」

 

「それに関しては心配しなくていいです。絶対に大丈夫だと胸を張って言いますよ」

 

「ふふっ、笹原さんは絶対に手を抜きませんからね」

 

「鈴仙の言う通りですよ。私は、絶対に手を抜いたりしません」

 

 

 鈴仙は、少年が決して手を抜くということをしないことを知っていた。

 少年は、貰っているものに見合う働きをしなければならない、やりすぎて困ることは絶対にないと考えている。

 少年の考えはいつもそうだった。1を貰って、2で返すことの何がいけないのか。銀の皿を貰って、金の皿で返すことの何が悪いのか。給料以上の働きをして困る人間でもいるのか。そんなものいないはずだ。

 そして、そんな考えが周りを心配させることになろうとも、それを理解していても―――少年は決して変わらない。

 

 

 ―――薬品庫―――

 

 

 3人は薬品庫へと移動し、それぞれの机の前に座った。

 薬品庫にある薬と診察室にある薬は、質が異なるものである。頻度と危険度の掛け合わせで算出した値が一定以上の場合は、薬品庫に薬が保管されることになっている。一定以下の場合は、診察室に置かれることになる。

 薬品庫は、危険な薬、扱いに困る薬や薬の材料が保管されている場所だった。

 

 

「さっそく始めましょうか」

 

「「はい」」

 

 

 3人は、薬の調合を開始する。目の前の机に薬の材料となるものを置き、加工を施し、調合をする。

 少年は、新米ということもあって薬に関しての知識があまりないため、いつも永琳から細かく指示を貰いながら薬の調合を行っていた。

 少年は、永琳に指示されるままに薬を小分けにして色々な粉末と複合させ、間違えないように永琳の声をしっかりと聞き取り、確認をしながら綺麗に混ぜ合わせていく。

 

 

「この薬は、そこまで量が必要になることは無いから」

 

 

 少年の机の前には、材料が山ほど並んでいる。

 下手に間違えれば、何が出来上がるか分からない。患者の口に入ることを考えれば、ミスは許されない。ミスをすれば永琳が止めるだろうが、怒られることは確実で、そのためにもミスをしたくなかった。

 永琳は、そんな少年の気持ちを上手くハンドリングしながら着実に前へと進めていく。

 

 

「全体量が少ない分、分量を間違えないようにね。少しの誤差が致命的になるわ」

 

「分かっています」

 

 

 少年は、慣れたような手つきで微量の粉末を取り分けて混ぜ込む。

 永琳は、見知らぬ間に少年が上達していることに少し驚き、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。

 

 

「上手くなったわね」

 

 

 薬の調合は、少年の領分ではないため、やった回数も数えるほどしかないはずである。

 しかし、少年の動きはとても慣れているように見える。少年の仕事ぶりは、半年の間に随分と様になっていた。

 

 

「そう……そういうこと」

 

 

 永琳には、目の前に現れている少年の薬の調合が上手くなっている原因に心当たりがあった。

 知らぬ間にでも練習したというのももちろんあるだろう。努力家という言葉がよく似合う少年のことである、練習をしていることはほぼ間違いない。

 それでも―――それだけじゃない。

 目の前で少年が行っている行為は、あることによく似ている。新しい薬を作る時に見ている少年の能力の動き。境界が乱れて、互いを分ける線が消えていく様子。目の前の光景は、それによく似ていた。

 

 

「いつもやっているものね」

 

 

 混ぜ合わせるという行為は―――境界を曖昧にする行為に非常に似ている。

 永琳は、少年の動きを見ながら一人心の中で納得した。

 そんな少年とは対照的に、鈴仙は少年の隣で永琳から指示を受けることもなく作業を進めていた。少年の仕事のペースが速くなっているといっても、長年の経験を持っている鈴仙と比較すると遅いことに変わりはない。鈴仙の偶に大きな間違いを犯す部分を除けば、鈴仙の薬の調合は少年よりも手際がよく、正確さ含めスピードも速かった。

 

 

(私の分は、もうすぐ終わり……笹原さんの方はどうだろう? もし、手こずっているようだったら私が手伝ってあげようかな)

 

 

 少年の隣で作業している鈴仙は、横目に少年に視線を向ける。視線の先には、綺麗に混合した薬が広がっていた。

 

 

「笹原さん、随分と上手くなりましたね」

 

「鈴仙さん、ありがとう。そう言ってもらえるとすごく嬉しいよ」

 

「い、いえ……」

 

 

 鈴仙は、少年に真顔でお礼を言われて思わず顔を赤くする。今の少年の顔は、普段の笑顔の表情と比べると大きなギャップがあった。

 

 

「ど、どういたしまして……」

 

 

 鈴仙は、少年の方から目を離すことができないまま、回らない口を開き、ぼーっとする。

 鈴仙は、あまり人付き合いが得意な方ではなく、もともと持っていた内向的な性格や能力の関係から、人と関わってこなかった。真正面を向いて話してしまえば、どうしても恥ずかしくなってしまう。ぶしつけな態度を取るだけ、視線を背けながら言葉を吐き出すだけならできるのだが、向かい合って話すことを苦手としていた。

 少年に対しては、少し慣れてきたこともあって随分と改善してきている。目を合わせて、面と向かって話ができている。今のように、恥ずかしくなって固まってしまう場合を除いては、対応が変わってきていた。

 永琳は、茫然としている鈴仙に鋭い視線を向ける。

 

 

「……ウドンゲ、貴方は顔を赤くして何をやっているのかしら?」

 

「えっ……?」

 

「手元を見てみなさい」

 

 

 永琳は、鈴仙に向けていた視線を横にずらす。鈴仙は、永琳の視線の先を追い、視界を正面に戻した。

 鈴仙の手元には、何が混ざったか分からなくなった膨大な量の粉末が山になっている。そして、左手に握っていた入れ物の中には殆ど何も残っていなかった。

 鈴仙は、今の状況を理解して驚愕の声を上げた。

 

 

「ああっ!」

 

 

 鈴仙は、少年の方向を向いている間、茫然と何も考えずに手を動かしてしまっていた。今の状況を見れば、明らかに分量を間違えてしまっていることが分かる。

 鈴仙は、シュンと顔を下げて落ち込んだ。

 

 

「すみません、分量を間違えてしまいました……」

 

 

 薬は、混じってしまえば分離することが非常に難しい。それは、液体同士が混ざって分離することができないのと同じである。

 例えて言えば、オレンジジュースとアップルジュースを混ぜて、元に戻してくださいと言われても戻せないのと同じだ。間違いなく鈴仙の作った薬は、廃棄されることだろう。

 少年の両手が動きを止める。

 少年は、鈴仙の狼狽する声を聞いて自分の責任を感じ、鈴仙の方向に顔を向けて手を合わせながら軽く頭を下げて謝罪した。

 

 

「ごめんね、僕が邪魔しちゃったのかな」

 

「貴方は悪くないわ。ウドンゲが集中していないのが悪いのよ」

 

「そうです……これは私の責任です」

 

 

 永琳は、少年の優しさに苛立ちを感じながら全面的に鈴仙が悪いと告げた。

 少年は、集中して薬を作っていただけで、声をかけられたから言葉を返しただけで、何も悪いことをしていない。悪いのは、集中を切らした鈴仙の方である。

 

 

「私は、大丈夫ですから。笹原さんは心配しないでください」

 

「ウドンゲが大丈夫でも私が大丈夫じゃないわ」

 

 

 永琳は、大丈夫だというウドンゲの頭を軽く叩き、辛辣な言葉を口にした。

 

 

「貴方が今作っている薬は、薬同士の調合で作っている薬よ。その材料にしている薬を作っているのはいったい誰なのかしら?」

 

「し、師匠です……」

 

 

 鈴仙は、永琳の言葉に先ほどよりも気落ちした。

 鈴仙の失敗は、そのまま永琳へと返って来る。今行っているのは、薬と薬の混ぜ合わせである。混ぜ合わせることで効果が生じる薬同士を混合させている。つまり、再び作りたい薬を作るためには、原料となる薬を作る必要があるのである。

 その薬は誰が作っているのか―――永琳が作っているのである。鈴仙のミスは、そのまま永琳の労働へと変わり、時間の浪費へと繋がる。

 少年は、怒られている鈴仙に対して悪いと思っている気持ちがあるのか、小声で隣にいる鈴仙にだけ聞こえるように声を発した。

 

 

「ごめんね、鈴仙」

 

「い、いえ、いいんですよ、ははは……」

 

 

 鈴仙の表情にでひきつったような笑いが浮かんでいる。

 

 

「ふふっ……」

 

 

 少年は、鈴仙の反応に思わず笑ってしまった。

 

 

(ありがとう)

 

 

 鈴仙は、謝ってくる少年に対してどうしゃべっていいのか分からず、とりあえずの笑顔で少年を安心させようとしている。少年は、そこまで心配しなくてもいいのにという気持ち6割と、気遣ってくれてありがとうという気持ち4割を込めて誰にも聞こえない声を漏らした。

 しかし、そんな心の声など鈴仙に聞こえるはずもない。

 鈴仙は、少年が自分のひきつった笑顔に笑ったのだと勘違いをし、馬鹿にされたと声を荒げた。

 

 

「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」

 

「ウドンゲ! 笹原も何しているの! ちゃんとやりなさい!! その調合が患者の命を支えているのよ!!」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 

 永琳は、ふざけているように見える二人の様子に眉にしわを寄せ、二人に向かって怒りを振り下ろした。

 少年と鈴仙は、永琳の剣幕に押されてシュンと項垂れる。そして、お互いに顔を見合わせて僅かに微笑んだ。

 少年は、そんな普通の日常が堪らなく愛しかった。

 


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