ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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弾幕ごっこが始まります。


藍vs少年&橙、弾幕ごっこでの対決

 紫の合図が放たれる前―――少年と橙はお互いに目配せをして、藍の弾幕に立ち向かうための心の準備をしていた。

 

 

「さぁ、やろうか」

 

「はい」

 

 

 これから始まるのは、圧倒的な実力差のある戦いである。今まで一度も勝てたことの無い戦い、勝つ兆しすら、勝つ希望すら見えないような戦いである。

 

 

「二人とも、行くぞ!!」

 

 

 藍は、紫の合図とともに弾幕を張り始める。

 空中は、瞬く間に光を放つ弾で溢れかえった。

 

 

「まずは避けるところから流れを作るよ。僕たちは攻撃しながら避けるなんて器用なことを軽々とできるわけじゃないからね」

 

「はい!!」

 

 

 少年と橙は、自分たちがどうするのか声を出して伝え合う。普段ならばしない2対1での試合において、お互いの意思疎通が図れているかどうかは非常に重要な要素である。

 どちらかがどちらかの邪魔をすることは許されない。お互いがお互いの邪魔をしてしまえば、一瞬で落とされてしまう。

 視線を交錯させた二人は力強く頷き、覚悟を決めた表情で大きく第一歩を踏み出した。

 

 

(小さく、細かく、正確に)

 

(大きく、幅広く、余裕をもって)

 

 

 少年と橙は避けることに専念し、それぞれ個別に個性を持って藍の弾幕を避け始めた。

 橙は、身体能力を生かして空を飛びまわり、空間を大きく使った避け方をしている。

 対して少年は、地上に足をつけた状態のままで地面を滑走するように藍の弾幕を小さく避けていた。

 

 

「やっぱり橙はすごいな」

 

 

 少年は、激しい光をばらまく藍の弾幕を視野に入れながら、視界に入ってくる橙の動きに目を奪われていた。空中を縦横無尽に駆け回っている橙の姿は、少年から見れば羨望の対象だった。

 

 

「本当に羨ましいや。僕も橙みたいに動けたらいいんだけど……」

 

 

 橙と和友の間には、大きな身体能力の差がある。

 藍の式神である橙と人間である和友とで身体能力に差が出るのは当前のことだった。

 具体的にいえば、少年が霊力を使って運動能力を底上げした状態と橙の素のままの運動能力が同じぐらいといえば分かりやすいだろうか。それどころか、霊力で底上げをしている少年の方が若干劣っているぐらいかもしれない。それほどに妖怪と人間というのは、身体能力に差がある。

 そして、その両者の間にある身体能力の違いが、二人の避け方にも大きな影響を及ぼしていた。

 藍は、もはや見慣れたものとなっている二人の避け方を見ながら余裕そうな表情で口を開いた。

 

 

「和友は、相変わらず空を飛ばないのだな」

 

「空を飛んだ方が避けにくいんだよ。空を飛んだ時の僕の拙さ(つたなさ)は、藍が一番よく知っているだろう?」

 

 

 少年の視界の中に、藍の余裕そうな表情が入り込む。

 

 ―――両者の視線が交錯した。

 

 少年は、藍の視線に対して不敵な笑みを浮かべる。

 藍は、少年の歯切れのいい解答に機嫌を良くし、大きく声を発した。

 

 

「それもそうだっ!!」

 

「飛べないということは―――自由度を一つ下げること」

 

 

 少年の避け方は、弾幕ごっこという遊びにおいて特殊だと言わざるをおえない。どう間違えても、他の妖怪や人間は少年のような避け方をしないはずである。

 なぜならば、空中を飛ばないということは、逃げる選択肢を一つ削っていることに他ならないから―――下方向に避けるという選択肢を捨てるということになるからだ。

 

 少年は、地面からわずかに浮いて滑るようにして走っている。滑走して弾幕を避けている。

 

 少年がこの避け方になったのには、もちろん理由がある。

 単純な話である―――飛ぶことが得意ではなかったというだけの話だ。少年は空を飛ぶのが上手くないため、地上を這うような避け方になった。

 弾幕ごっこをするうえで弾幕を避けるという動作は、基本動作になる。避けるということをせずに、弾幕ごっこは成り立たない。

 弾幕ごっこに参加するほとんど全員の参加者(少年以外)が、弾幕を躱すために飛ぶという選択をしている中、飛ぶということが苦手な少年が弾幕を避けるには、滑走するという方法しかなかった。

 少年は、なるべくして滑るという避け方になったのである。

 

 紫は、静かに三人の動きを見ながら扇子を口元で開き、三人の動きを見つめる。見つめた視線は、徐々に地面へと降りていき、滑走している少年へと向けられた。

 

 

「和友は、もう少し霊力の総量が増えると動きが変わると思うのだけど……それは高望みかしらね」

 

 

 空を飛ぶということ―――それは、万有引力の働きによる重力に逆らってエネルギーを消費するということである。現実は、夢のように無償で飛べるほど甘くない。飛んでみたいという願望だけで気軽に飛べるというものではないのだ。空を飛ぶということは、空を飛ぶために必要なだけの労力が必要となる。

 具体的には、霊力や妖力といった力を使わなければならず、力を上手く制御する必要があるのである。

 

 

「和友の霊力は人里の人間の平均よりも若干少ないぐらいだし、飛ぶために割くことのできる霊力がない」

 

 

 少年は、肝心の飛ぶために必要な霊力を入れる燃料タンクそのものが非常に小さかった。人里の人間の容量がバケツ一杯であるとするならば、コップ一杯分がいいところであろう。入れられる容器が小さいため、必然的に省エネ運転を余儀なくされている。

 だから少年は、絞り出すように僅かな燃料を使って滑走していた。

 

 

「それはきっと、外の世界の人間だからということなのでしょうけど、なんともしがたいものね。霊力の器はそう簡単に大きくなったりしないわ」

 

 

 幻想郷の人間は、妖怪退治を生業としていた者の末裔である。力を継承し、内に大きな霊力を秘めている。

 しかし、少年はあくまで幻想郷の人間ではなく、外の世界の人間である。幻想郷の人里に住んでいる人間と違って、霊力という力が必要とされなくなった外来人に霊力を溜め込んでおくための器官なんて残っているわけがないのだ。

 それに、才能と言うべき霊力の総量は生まれに依るところが大きく、練習によって増加する傾向を示すが、その幅はとても小さい。才能の壁を揺るがすことはまずないと言ってよく、少年はいくら努力しても幻想郷の人間よりも霊力が大きくなることはないと思われた。

 そんな生まれながらにして霊力の少ない少年は、紫の呟きを拾うかのように自信を込めた言葉で空を飛ばないことに対しての持論を述べた。

 

 

「地面を滑走した方が下方向から向かってくる弾を気にしないでいい分、楽だと思うけどね」

 

「だが、避けることのできる方向が―――自由度が一つ下がるぞ。選択肢を放棄することは、明らかにマイナスだ」

 

「知っているよ。それでも、それでもなんだよ」

 

 

 藍は、持論を述べる少年に向けて不敵に笑う。

 弾幕ごっこにおいて飛ばないということは―――自由度を一つ下げるということに他ならない。少年も飛ばないことに対する弊害については、十分理解していた。

 それでもなお少年にとっては、飛ぶことによるメリットよりも飛ばないことに対するメリットの方が大きかった。

 

 

「避けることができるのと、全く弾が来ないのとでは全然意味が違うよ。後者の場合、全く気にしなくてもいいということなんだからね」

 

 

 下方向から入り込むようにして接近する弾幕を躱すことは、今の少年にとって難易度が高かった。

 少年は、見えない位置にある弾幕を躱すほどの感知能力を備えていないため、目視できなければ躱すことができなかった。とてもじゃないが、音で判断するとか、空気の振動を感じ取るとか、力の波動を感じるとか、他の感覚に頼ることには、無理があったのである。

 弾幕の発生源である相手を見ながら地面を滑走していれば、後ろから攻撃を受けることもないし、下から奇襲をかけられることもない。

 少年にとって地面を滑走することは、身を守る一つの重要な手段だった。

 

 

「真下から弾が飛んでくるようなことがあれば、飛んで来ているのかどうか分からないじゃないか」

 

「和友の言うことももっともだと思うが……」

 

 

 藍は、少年の言葉に少しだけ納得するような表情を見せたが、すぐに表情を元に戻した。少年の理論では、藍の考えを論破するには押し手が全く足りていない。

 藍は、即座に反論した。

 

 

「最終的には自由度の高い方が逃げ道を作りやすいはずだ」

 

「それは、そうだと思うけど……」

 

 

 少年は、藍の反論に対して否定するような言葉を吐きだせなかった。

 議論を重ねたところで、最終的には空を飛べる方が避けやすいという結論に至る。自由度が一つ増すことによるメリットとして、袋小路に陥る可能性が大きく減少するという圧倒的な有意性が存在するからだ。

 それに、少年が弾幕を感知できないというのは、単なる実力不足でしかない。弾幕ごっこをする者全員ができる技能を持ち合わせていないのは、愚かといっても差し支えがなかった。

 

 

「和友は、もう少し霊力の使い方が上手くならないとな。霊力の使い方が上手くなれば、いずれどこから弾が飛んで来ているのか、目で見なくても分かるようになると思うぞ」

 

「っ……」

 

 

 少年は、藍の言葉に悔しそうに軽く唇を噛み、言葉を飲み込む。

 霊力の使い方が上手くなれば、その分霊力やその他の力に対して敏感になる。そうなれば、どこに相手の弾幕があるのか、ある程度予測がつくようになる。

 弾幕ごっこの上手い人間や妖怪というのは、総じてそういうことに機敏に反応できる人物であることが多いのが実情である。

 

 

(僕もみんなみたいに飛びたい。みんなと同じように、みんなと同じところまで、みんなと互角に、対等なところまで行きたい……)

 

 

 少年は、飛べるものならば飛びたかった。みんなと同じように、みんなと同じ高さで勝負がしたかった。

 だが―――現実にその願いは叶わない。今の実力では、どうしようもなかった。

 

 

(絶対に諦めないぞ。いつか、同じ場所に立って勝負してやる!)

 

 

 少年は、昂ぶる気持ちを抑えて苦笑いを浮かべながら藍に対して口で勝負するのを諦め、いい訳を口にした。

 

 

「藍は簡単にものを言うけど、霊力ってすぐに拡散するから留めておくのが難しいんだよ。上手く使ってあげないと一瞬で散っちゃうからね」

 

「そうか、和友の能力が霊力の保持を阻害するのだったな」

 

 

 少年は、境界を曖昧にする能力を持ち合わせている。少年の能力が発動するのは少年が区別できないものであり、それは霊力に関しても例外ではない。

 

 

「霊力は、身に纏っても見た目何も変わらないし……僕には空気との区別ができない」

 

「和友の場合、霊力を空気中に放り出せば、空気との境を見失って拡散させることになる」

 

 

 霊力は、別にそれ自体に特殊な特徴があるわけではない。そこにあるだけではただの発光する球であり、身にまとっている際には不思議な力の源になるだけのそんなものだ。

 これがどうして区別することができないかというと、霊力を纏っている本人に対して全く影響を及ぼさないためである。

 例えば、水の中であれば水が視界に入り込む、息ができなくなる、体が動かしにくくなるという症状が生まれる。

 しかし、霊力はざっくり言ってしまえば空気と何も変わらない。息もできれば、見た目が変わるわけではない、見えている景色が発光の色と同じように薄い青色に染まることはないのである。

 特徴を持たない霊力は空気と区別することが難しい。少年は、空気と霊力の区別ができなかった。

 区別できない少年の中にある霊力は、少年の周りにまとわりつくと、空気との境を打消し、空中分解を起こしていく。つまりは、霊力を留めることができないのである。

 

 

「けれども、飛ぶことを諦めればいいというものでもないぞ。飛ぶことは、弾幕ごっこをやるうえで必須の技術になる。心配しなくても、これからも頑張り続けていれば、おのずとできるようになるさ」

 

(頑張り続ければ、おのずと……か)

 

「藍の言う通り、飛べることによるメリットはデメリットに比べて余りあるものがあるわ」

 

 

 紫は、少年と藍とのやりとりを見つめながら静かに口ずさんだ。

 何度も言うが、少年の言うように下方向を気にする必要が無くなるということはメリットであるのだが、それを押しつぶすほどのデメリットが存在する。

 それが―――藍の口にしている自由度の低下である。

 下方向を封じられた少年は、避けるための自由度が下がり、詰みに持っていかれる可能性が増大する。袋小路に追い込まれる可能性が大きくなるのである。

 

 

「でも、和友にはそれができない。和友は、霊力の総量が少ないこともそうだけど、その能力ゆえに霊力を留めておくことが非常に難しいのよね……下手に放出すれば、空気中に拡散して一瞬で霊力が枯渇するわ」

 

 

 少年だって、飛べるものなら飛んでいる。

 だが、空を飛ぶだけの霊力が無い。飛ぶだけの霊力を保持していられない。少年が弾幕を張ることなく、避けるところから弾幕ごっこを開始しているのだって、霊力を消費しないためである。

 結局―――こういう戦い方しか、今の少年にはできないのだ。

 藍は、軽快な足取りでステップしながら避け続ける少年から大きく広く躱している橙へと意識を移した。

 藍の対戦相手は、何も少年だけではない。

 もう一人の存在がいることを忘れてはならない―――橙の存在も気に掛けるべき一人である。

 

 

「橙も避けるのが大分上手くなったな」

 

「日ごろの練習のおかげですっ!」

 

 

 橙は、唐突に主である藍から褒められて嬉しそうに笑みを浮かべるが、その瞬間藍の弾幕が紙一重のところを掠めるように飛来した。

 

 

「うわっ! わわわ、危ないっ……」

 

 

 橙は、褒められてよそ見をした瞬間に霊力弾とぶつかりそうになり、慌ててブレーキを掛けた。そして極端に傾いた体勢のまま空中で一気に静止し、再びアクセルを踏む。

 藍に誉められたことで気が緩んだのだろう、普段の大きく避けている状況とは程遠く、ギリギリのところで躱した形になった。

 藍は、慌しい橙の様子に大きくため息を吐く。

 

 

「はぁ、誉めた直後にコレか……油断は禁物だぞ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「次から気を付けて!」

 

「はい! 分かってます!」

 

 

 橙は、舞い上がった意識を切り替えて軽快な動きで弾幕をすり抜け始める。

 少年は、落ち着きを取り戻した橙に安堵すると、対戦相手である藍を見つめた。

 藍から見た橙と少年の二人の動きは、まさしく対称的だった。

 大きく動き、躍動感のある橙。

 細かく動き、流動的な少年。

 まさしく正反対である。

 

 

「まさしく対称だな。和友も橙も自分のことをしっかりと理解している。自分のできることを把握している。さて……私も‘できること’をやらなければな」

 

 

 藍は、二人が弾幕を安定して躱しているのを確認すると、次のモーションへと移る。

 場は、二人の安定回避の様子を確認した瞬間から―――一気に加速の様相を見せた。

 

 

「そろそろ行くぞ!!」

 

 

 遂に―――藍の最初のスペルカードが宣言される。

 

 

「スペルカード宣言 式神「仙狐思念(せんこしねん)」 」

 

「ついに来たな!」

 

「はい、ここからです!」

 

 

 藍から一枚目のスペルカードが宣言された。

 勝負は―――今からである。これまでは勝負にもなっていなかった。勝ち負けがつく状況ではなかった。

 スペルカードが出てきた今からが―――試合の勝ち負けを決める段階である。

 

 

 スペルカードというのは、スペルカードルールの適応された弾幕ごっこにおいて使用されるカードのことである。

 スペルカードルールというのは、その名の通りスペルカードを使った弾幕ごっこのルールである。

 あらかじめ技の名前と技の内容を考えておき、それをスペルカードという形で保持しておく。対決を行う場合はスペルカードの使用枚数を決めておき、試合中に技を使用する際にスペルカードを宣言しなければならないという規則が設けられている。

 勝敗は、体力が尽きるか、全ての技が相手に攻略された場合に負けが確定するというものである。

 スペルカードルールの決闘は技の美しさにも重きが置かれていて、美しさを競うという面もある。

 美しさについては、どういう判定で勝った負けたが判定されているのかは不明であやふやな面があるが、ようは―――センスを競っている面もあると考えればよいだろう。

 

 藍がかざしたスペルカードは、まばゆい光を放ち、内包している力を解放する。

 少年と橙は、力の濁流に飲み込まれないように大きく息を吸い、強い気持ちを吐き出した。

 

 

「僕たちも行くよ!!」

 

「分かっています!!」

 

「「スペルカード宣言!!」」

 

 

 少年と橙は、懐から持ち合わせているスペルカードを引き抜き、藍と同様に取り出したスペルカードを空に向けて見せつけるように示す。そして、大声でスペルカードを宣言した。

 

 

「朧気「事実と記憶の不整合(じじつときおくのふせいごう)」」

 

「仙符「鳳凰卵(ほうおうらん)」」

 

「ふふふっ。いいぞ、いい意気込みだ。気迫の伝わってくるいい宣言だ!」

 

 

 宣言と同時に―――空間に光が広がる。しばらくすると光の拡散が収束へと変わり、弾幕という壁がその形を形成した。

 

 

「そのままの勢いで、私を落として見せろ!!」

 

 

 藍は、二人の藍の意志に応答するような宣言に嬉しそうに声を漏らすと、最初から橙のスペルカードを知っていたかのように躱し始めた。

 

 

 勝ち負けが決まるのは―――ここからである。


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