少年、紫、藍の3人は、仲良く会話をしながら昼食をとっていた。
少年の前では、紫と藍の二人が隣り合わせに座っている。3人は各々にテーブルに並べられている料理を次々と口へ運んでいく。
少年は、料理をある程度食べると食事の手を止めた。
「やっぱり藍の料理は美味しいね。僕、こういう薄めの味付け結構好きだよ」
「料理を作った者としては、そう言ってもらえると嬉しいな」
藍は、作った料理を少年に褒められて素直に喜びの言葉を口にした。
少年の味の好みは薄味が好みのようである。藍の料理は、少年の好みに酷く合致しており少年の舌によくなじむようだった。
「ほんとに、いつも食べていた味によく似ている……」
少年から漏れた声は、誰にも聞こえないような大きさだった。
藍の料理は、少年の母親の料理の味付けに酷似しており、これまで蓄積していた少年の記憶を徐々に掘り起こし始める。
「美味しい……」
続けて藍の料理をほおばる。
藍の料理は、少年の口の中で咀嚼されてのどに流れ込む。感じられる味は、やはり母親の料理の味によく似ていた。
母親の料理は、いつも薄味で少年が味を感じる境界線ギリギリに合わせられていた。狙いすまされた様に、境界線ギリギリだった。
それは、母親が味覚に関しても能力が発動している少年のために薄い味付けの料理を作っていたからだった。
少年の中では、甘い、辛い、しょっぱい、苦い、そういった感覚が曖昧になっている。ある境界線を境に味を感じるようになっている。少年にとっては、味の濃い料理を食べていても、薄い味を食べていてもあまり変わりないのだ。
しかし、かといって味が濃い方が良いというものではない。味の濃い料理は、体に悪いことが多い。それもあって、少年の母親は薄味の料理を作ることを心がけていた。
その母親の料理の味付けに―――藍の料理の味付けは酷似している。明確な区別のできない少年にとっては、同じものなのではないかという錯覚を覚える程度には似通っていた。
「藍は、もっと自信を持ってもいいと思うよ。藍の作った料理、とっても美味しいからね」
「ふふっ、たくさん食べてくれていいからな」
「うん」
やはり誰かのために作った料理を褒められるということは嬉しいことなのだろう。藍は、にこにこと笑顔を浮かべながら少年の食べる様子を伺う。
少年は、藍の言葉に従うように休むことなく次々と料理を口に運んでいく。少年の食事の速度は、よく噛んでいるため早くはないが、休むことなく料理を口にしていくため非常に早く食べているように感じられた。
「そんなに美味しいのか?」
「美味しいよ」
「そうかそうか。さぁ、まだまだあるからな。どんどん食べてくれ」
藍は、少年の回答に気をよくし、どんどん食べてくれと言って料理を少年の目の前に運ぶ。少年の前に食事が運ばれると、少年は握っている箸で藍が運んだ料理に向かった。
藍は、少年が目の前に運ばれた料理に手をつけようとしたところで一つの不安を覚えた。
少年は、制限をかけなければすぐに暴走するような印象がある。昨日の努力していた姿を見てしまえば、猪突猛進というかオーバーペースのイメージを抱くのは仕方がないだろう。料理をおいしそうにほおばっている少年の姿を見ていると、空腹か満腹かの区別がつかずに食べ過ぎてお腹を壊してしまうのではないだろうかと、普通なら絶対に考えないような心配をしてしまうのも致し方なかった。
「和友、いくら美味しいからって食べすぎは駄目だからな」
「うん。気をつけるよ」
「ふふっ……ゆっくり食べないとのどに詰まらせるぞ?」
藍は、そう言いながらも食べるスピードを変えない少年を見ながら心配するどころか微笑み、言葉を漏らした。
少年は、本当に美味しそうに藍の作った料理を頬張っている。
藍にとって、自分の料理を美味しそうに食べている姿が見られるだけで嬉しかった。いつもだったら喜んでくれる人もおらず、ただ淡々としている食事に明るさがあることが嬉しくて仕方がなかった。
紫は、次々と食べ物を口に入れる少年を見て、少しだけ微笑みながら口を開いた。
「和友の味の好みは、私と似ているみたいね」
「そうなの?」
少年は、話すときだけは箸を止めて声の発した人物へと視線を向ける。行儀が悪いから気にしているのだろうか。きっとそれも、親から言いつけられた決まりだろう。マナー違反ということだ。
「私もこのぐらいの味付けが一番好きなのよ」
「これまでずっと紫様と二人で生活してきたからな。料理の味付けは、紫様の好み合わせて作っているのだ」
「この料理は、紫のための料理なんだね」
「そうだな。思い返してみれば……私の料理は、紫様のための料理だな」
少年は、藍の料理が紫のために作られた料理なのだと深く理解する。
紫と藍は、少年が幻想郷へとやってきた昨日まで二人で生活してきている。それを考えれば、藍の料理の味付けが紫の味の好みに合うようになっているのは、当然のことだった。藍の料理は、紫に食べさせるために作っている料理なのだから、紫の味覚に合わせているのは当たり前なのである。
藍の料理は、まさしく、紫のために作り出された料理と言っていい。紫の胃袋は、間違いなく藍の料理にがっしりと掴まれている。
さらに、現在進行形で味の好みが同じ少年の胃袋も掴まれつつあった。
「うん、おいしい」
「料理はね、素材本来の味を楽しめればそれでいいのよ。調味料を入れ過ぎると何を食べているのか分からなくなるわ」
紫は、美味しそうに藍の料理を食べる少年を見つめながら堂々とした表情で料理に対する持論を展開する。
味付けを薄くすれば、素材本来の味が際立つ。様々な刺激や味覚を感じたいのならば、味付けは濃くするべきではない。それは、味を濃くしてしまえば、味など分からなくなってしまうからである。
紫は、適量よりも少しだけ少なめ、それが一番素材の味を感じることができ、最終的に味が美味しくなる料理だと考えていた。
「素材の味が少しだけ際立つ程度、ちょっとしたアクセントで入れるぐらいでいいの」
「うん、分かる分かる」
少年は、紫の言葉に何度か頷き、紫の意見に同調すると藍の料理をさらに褒めたたえるように口を開いた。
「藍の料理は体に優しそうだし、食べていて安心する味だよね」
「ちょっと褒めすぎではないか? そこまで言われるとさすがに恥ずかしいぞ」
藍は、少年のまっすぐな褒め言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめる。
紫は、そんな初々しい反応を見せる藍を見て、口角を上げた。
「藍、謙遜することはないわ。藍の作る料理がおいしいのは事実ですもの」
「ゆ、紫様、止めてくださいよ」
「ふふふ」
「…………」
藍は、紫にまで褒められ、さらに恥ずかしそうに顔を赤くした。恥ずかしさのあまり声も出なくなっているようで辛うじて拒否を示す言葉を吐き出すのがやっとの状態である。
藍は、お世辞にもこれまで紫に褒められたことがほとんどない。
紫のために毎回料理を作っている藍だったが、紫が料理を美味しいと口に出すことはほとんどなかった。紫は、褒めるようなことを毎回口にするようなタイプではないため、美味しいものに対して逐一美味しいことを伝えるなんて面倒なことをしてこなかったのである。
もちろん藍は、紫が美味しいと思って自分の料理を食べてくれていると思っていたが、それはあくまで藍の想像の域を出ず、曖昧で不安定な感情を抱えていた。それが、きれいさっぱり流されるように作った料理を褒めてくれている。
藍の感情は、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいだった。
紫は、動揺する藍を見てさらに深い笑みを浮かべ、追い込まれている藍をさらにたたみかけるように、ほがらかな表情で藍に告げた。
「藍は本当にかわいいわね。食べちゃいたいくらいだわ」
「紫様! からかわないでくださいっ!」
「ふふっ、本当に面白いわ」
紫は、完全に藍を茶化して遊んでいた。藍は、自分の言葉にいいように反応してくれる。素直な動きをする藍を見ていて自然に口角が上がったのが、確かめなくてもはっきりと分かった。
「またそんな顔を……私をからかって遊ぶのは止めてくださいよ」
藍は、紫の表情を見て茶化しているのだとすぐに気付き、心を落ち着けようと大きく息を吐こうとする。
しかし、藍の安定状態への移行を塞ぐように、さらなる衝撃がやってきた。藍に向かってさらなる攻撃が少年から飛んできたのである。
「僕も、藍はかわいい方だと思うけどね」
「和友もやっぱりそう思うかしら」
「な、な……!」
藍は、予想外の少年からの横やりに突き刺された。顔はさらに赤くなり、藍の体は心の揺れを表現するようにわなわなと震えている。
藍は、注意をしたことで話が逸れていつも通りの、普段通りの会話になると思っていたが、さらなる状況の悪化に追い詰められ、その場で立ちあがってあたふたと慌てふためいた。
「和友まで何を言っているのだ!?」
「ん? 僕、何かおかしいこと言ったっけ? 特に変わったことを言ったつもりはなかったんだけど……」
「そ、それはだなっ……」
藍は、少年のよく分かっていない様子に言葉の行き場をなくして、口をもごもごさせる。
少年は、藍の言葉にきょとんとした表情を浮かべた。
「??」
「和友は、別におかしいことなんて言っていないわよ。藍は、かわいいもの」
「そうだよね。僕、別に変なこと言っていないよね」
「何度も、そういうことを言うなっ!」
少年からの言葉は、藍の気持ちを大きく揺さぶった。紫の場合は、藍を弄っているだけかもしれないと考えることができる。紫の言葉からは、冗談染みたものを感じるのだ。
しかし少年は、これまでの言動から素直に本心から言っていると分かってしまう分、恥ずかしさを隠せなかった。
(これは面白いわ)
紫は、たった今目の前に繰り広げられている光景に思わず笑い声を上げてしまいそうになる感情を押さえつける。二人の表情の対比は、それほどに面白かった。
藍は、二人の言葉を聞いて食事をする余裕がなくなり、立ったまま二人の顔を交互に見つめている。二人の言葉のやりとりを、首を振って確認するだけになっている。
少年は、自覚もなく堂々としており、特に何も感じていないようである。あたふたとする藍と少年の存在は、コントのように組みあがっていた。
「ねぇ、どうして藍はそんなに恥ずかしがっているの?」
「そういうお年頃なのよ」
「うぅ…………」
藍の顔が下を向き、口が閉じる。
二人の言動はずっと藍について褒めちぎるような内容で一貫している。藍は、顔に熱がこもっていくのを感じていた。
「紫、もしかして藍って褒められ慣れていないの?」
「そんなことはないはずよ。私が初めて藍を見つけたときは、随分とちやほやされていたように思うわ」
実際に藍は、もともと褒められることに対して耐性があった。
藍は、姿形の綺麗な体を持っている、造形の整った顔をしており、過去に傾国の美女とまで言われた存在である。綺麗だ、美しいと言われたことなど数えきれないぐらいあった。
だが、現に褒められることに耐性が無くなっている。もちろん藍がここまで動揺したのには、ちゃんとした理由があってのことである。
紫の式神になった藍は、昔に比べて人との交流が少なくなり、多くの人と関わり合うことが無くなっている。藍にとって久しくなっていた褒められるということは、昔を思い出し、非常にくすぐったい気持ちにさせていたというのが原因の一つとなっていた。
「今でも、今日も綺麗ですねぐらいは、言われることがあるんじゃないかしら?」
「そんなこと……」
「ないなんてことはないでしょう? 九尾の妖怪と分かっていても、危険がないのなら言い寄る人間もいるでしょうし」
傾国の美女と称された藍は、今になっても周りの人から視線が集まり、注目を浴びることが多い。視線が集まるのは、藍が妖怪だからと言うこともあるのだろうが、それが全てではなかった。
話しかけてくる人間がいると言うことは―――‘そういうこと’なのだから。妖怪であっても興味がありますと言っているも同然なのだ。
話しかけられること、注目を浴びることが良いことであるか、悪いことであるかは分からない。
しかし、そんな良くも悪くも人から見られることが多い藍は、現在においても人里に行って人里の男性の視線を集めることもあれば、綺麗ですねと言われることも無いわけじゃなかった。
「僕は、藍はかわいいと思うけどなぁ……」
「私が、かわいい……?」
「藍?」
紫は、僅かに上気したような表情を見せる藍に問いかけたが、藍から返事は返ってこなかった。
「かわいい、か……ふふっ……」
藍は、かわいいと言われることに綺麗とは違った、また特別な感じがしていた。
藍がかけられる褒め言葉は、あくまで綺麗ですね、美しいといった類いの褒め言葉だけで、愛らしいと、かわいいと言われたことはなかったのである。
美しいとかわいいでは、褒め言葉としての質が違う。
一般的に美しいというのは、完璧、完全、完成といったイメージがあることが多い。
例とすれば、美しい人は孤高の人、高根の花と呼ばれ、人を寄せ付ける雰囲気ではないことが挙げられるだろう。美しいというイメージに近寄り難いというイメージが先行するのは、そこに完全性がうかがえるためである。これは、美しいという言葉が景色や絵画にも使われることからも分かるだろう。
景色に対してかわいい景色とは、絶対に言わないはずである。美しさには、完成されたものを見た時の憧れや尊敬が含まれるのだ。
しかし、美しいという言葉に対してかわいいという言葉には、不完全のイメージがつくことが多い。人に対しても絵画に対しても、どこか不完全性を感じさせるものを人は、かわいいという。未熟な赤ちゃんをかわいいと言うように、どこかぎこちない様子をかわいいと言うように。「そんな失敗、かわいいものだ」なんて言葉がある程である。
傾国の美女と言われた九尾は、美しいと言われることはあってもかわいいと言われることはなく、かわいいという褒め言葉に新鮮な感情を誘起されていた。
「ふふふ……」
「一体、どうしたのかしら?」
「ふふふ」
「完全に自分の世界に入ってしまっているわね」
藍は、一人で不気味に笑う。紫は、完全に一人の世界に没頭している藍を見て薄く笑い、続けて少年へと視線を向けた。
「和友、貴方は……」
「ん? なに?」
「っ……本当に貴方たちは噛み合わないわね」
紫は、余りの藍とのギャップに思わず笑いそうになるのを堪えた。紫の視界に入って少年は、ひたすら藍の料理をほおばっていた。美味しそうに料理を次々と口に運んでいた。
「私がかわいい……ふふふっ、かわいいか」
「これ、結構面白いかも……」
「うん。やっぱり美味しいや」
藍は、少年が料理を頬張っている最中、意識を外へと放り投げていた。紫は、藍の様子を見て何か面白いおもちゃを手に入れたように口角を上げている。少年は、二人の様子を気にすることなく、料理を次々と口へと運んでいた。
3人は、この緩やかな雰囲気を壊すことなく、会話を楽しみ、食事を進めた。藍も途中から自分の世界から帰還し、通常の状態で言葉を交わした。
少年は、料理を食べながら先程の紫の言葉を思い出す。紫のための料理を頬張っていて考えていたことがあったと、唐突に紫に向かって話題を振った。
「そうだ、紫の味の好みが僕と一緒ならさ。今度、紫の作った料理も食べてみたいな」
少年は、紫も藍と同様に美味しい料理が作れるに違いないと思っていた。先程の紫のコメントからは料理のことをよく分かっているような印象を受ける。少年は、紫が藍に料理を教えたのだと想像していた。
「味の好みが同じなら作る料理も僕の好みと同じような味付けだろうし、紫の作った料理がどういったものか、ものすごく気になるんだ。もしよかったら、作ってくれないかな?」
少年は、期待を込めた瞳で紫を見つめる。
紫は、少年の期待のまなざしに対して都合が悪そうに目を泳がせた。
「こ、今度ね……」
「そっか、今度だね」
少年は、笑顔のまま紫の言葉を素直に飲み込もうとする。今度作ってくれるのだと信じて紫の言葉を飲み込もうとした。
しかし―――それを藍が許さなかった。
「紫様、頑張ってくださいね」
藍の表情には、少しだけ意地の悪い笑顔が浮かんでいた。
少年は、ここで話が終われば―――素直に引き下がったことだろう。紫の今度という言葉を信じて、少年は待ち続けることになっただろう。
けれども、紫の傍には悪い笑顔を浮かべた藍が控えていた。ここで藍が紫に対して口を開いたことで会話は継続の様相を見せる。
「紫様は、きっと和友の期待に応えてくださる。そうですよね、紫様? 紫様なら、料理なんて朝飯前のはずです」
藍の口から心のこもっていない応援の言葉が飛ぶ。
紫は、最後のセーフティネットに見放されたように、最後の砦が壊されたように、余裕じみた表情を大きく崩した。
「藍、ちょっとぐらいは手伝ってくれても……」
「ダメです」
「藍は、私が料理できないのを知っているでしょう?」
「知っていますよ。作っているところなんて見たことありませんからね」
紫の時間を稼ぐ思惑は、藍の言葉によってすんなり粉砕されることとなった。
紫は、藍が明らかに自分をからかっているのだと察しながらも、料理ができない自分が悪いのだと強く言い出すことができなかった。もしも、ここでふざけるなと上から怒鳴れば、見捨てられることは分かり切っていたからである。
「だったら、ちょっとぐらい手伝ってくれてもいいじゃない」
「ダメです」
紫は、お世辞にも料理ができない。随分と昔までさかのぼれば、やったことはあるのだが、藍に任せるようになってから料理を一回も作ったことが無く、今となっては何一つできなくなってしまっていた。
紫は、今度という言葉で時間を稼いで、練習した後で少年に料理を作ろうと考えていた。もしくは、少年の期待に添えるために藍の力を借りて料理を作ろうと考えていた。
だが、紫の期待は藍のとりつく島もない言葉によって無残に砕け散ることになりそうである。少なくとも、藍から助力を期待するのは不可能となりかけていた。
「そんな顔をしてもダメなものはダメです」
藍は、泣きそうな顔で懇願する紫に向けて真剣な顔で告げる。
「和友は、紫様の料理を純粋に欲しがっているのですよ。期待に応えてあげたらどうですか?」
「藍、言うようになったわね」
「先程のお返しです。私も負けっぱなしじゃ癪ですから」
紫は、藍の言葉を聞いて苛立ちや怒りを感じる以前に、素直に驚いた。
昨日までの藍だったならば、ここまでのことを言うことはなかっただろう。
藍は、紫が頼んだことを基本的に断らないし、断ったとしても最後には折れてくれることがほとんどだった。今の藍は、昨日までの藍とは明らかに違っている。
(これまで自分から何かを言うことも、意見することもほとんどなかった藍が主体的になっている)
藍は、今までと違って自分の意見をはっきり口にしている、主に対して従うだけの存在ではないということを示している。
藍からは、自主性というか個人としての自覚があるように感じられ、今までのどこか壁のあった藍との心の距離が縮まったような気がしていた。
けれども、嬉しさを表情に出したりはしない。今は、喜んでいる場合ではないのだ。紫は、追い詰められている状況なのである。
「それに紫様は、こういう機会でもないと料理をしないでしょう? いい機会だと思ってやってみてはどうですか?」
「…………」
紫は、絶対の味方で従者である藍に追い詰められ、口を閉ざした。
少年は、そんな二人を見て、そっと口を開いた。