ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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少年との関係、明日への一歩

 各々は、食事の最中に言葉を交わし、笑みをこぼす。その笑顔は今までに見られなかったもので、初めて見合わせたお互いの顔だった。

 3人が口にしているその話は、本当に他愛もない話だった。明日は晴れなのかな? といった天気の話から、少年の両親の話まで色々なことを話した。

 しかし、いくら楽しくとも食事の時間は必ず終わりを迎える。食事の時間はあくまでも食事を取っている間のみの有限時間であり、増えたりはしない。

 現在の時刻は、晩御飯を食べるというには非常に遅く、俗に深夜と呼ばれる時間である。時間も時間なだけあり、食事の最中にもかかわらず少年の頭がカクンカクンと傾く場面が見受けられた。

 藍と紫は、眠たそうにしている少年の様子にくすくすと笑い合った。

 

 

「それじゃあそろそろお開きにしましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 3人での食事は、呆気なく終わりを告げる。テーブルに並んだ料理達は、3人の胃の中に姿を移し、テーブルから消えていた。

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 

 3人は、始まりと同様に両手を合わせて一言告げた。

 少年は、紫と藍が立ちあがるよりも先に立ちあがると3人分の食器を自分ものと重ねる。

 紫と藍は、少年が何をしようとしているのかすぐに察した。

 少年は、流し台に全員分の食器を持っていこうとしているのである。

 

 

「ありがとう」

 

「別にいいよ」

 

 

 紫は、少年に向けて笑みを浮かべ、お礼を告げた。

 少年は、紫からお礼の言葉をもらって嬉しそうに微笑み、自力で持てる分の食器だけを持って流し台へと向かう。流石に全部を持っていくことはできず、テーブルには空になっている皿がいくつか残されていた。

 

 

「残りは、私が」

 

「お願いね」

 

 

 藍は、少年に追随するように立ち上がり、テーブルに残された少年が運びきれない分の食器を流し台へと運んでいく。

 

 

「よいっと……さて、洗うか」

 

 

 少年は、持ってきた食器を流し台に置いた。少年の仕事はここで終わりではない。

 少年は、腕をまくると蛇口をひねって水を流し、食器を洗う準備を始めた。

 藍は、少年に追いつくように食器をもって流し台にたどりつく。そして、少年が食器を洗おうとしていることを確認すると食器を流し台に置き、少年の隣にそっと入りこんだ。

 

 

「私もやるぞ」

 

「ありがとう」

 

「ふふっ、本当に仲がよろしいこと」

 

 

 紫は、テーブルから動かずに頬杖をつきながらどこか面白そうなものを見るように興味深げに二人の様子を眺めていた。

 

 

「後は私がやるから、和友はもう寝ていいぞ」

 

 

 藍は、疲れているように見える少年を気遣う。

 少年にとって今日という日はあまりに大きな負担になっている。書き記す行為もそうであるが、今日あった出来事を振り返るだけでも、疲れる要素は山ほど思いついた。

 今日という日は、1週間の間にあるようなことをそのまま1日に凝縮したような内容の日である。少年は、食事の最中も眠いのか頭をカクカクさせており、疲れているのが目に見えていたし、なによりも少年の左手は包帯に包まれており水につけるわけにはいかなかった。

 

 

「ううん、一緒にやろう。二人でやればかかる時間は半分だからね。そしたら早く寝られるよ」

 

 

 少年は、藍の休んでもいいという気遣いを丁重に断り、一緒にやろうと眠そうな顔でにこやかに告げた。

 少年は、重ねてある食器をちょうど半分になるように左右に分担する。有無を言わさず、半分である。

 

 

「これで丁度二等分だよ」

 

「和友は、本当に遠慮をしないな。こういう時は、私の方の量を多めにしてもいいだろうに」

 

「そんなことしないよ。ほら、早くやろう?」

 

 

 少年はにこにこしながら食器を洗い始め、藍は少年の顔を朗らかな顔を見て笑顔を作った。

 藍は、少年の言葉にどこか嬉しさを感じていた。

 二等分という言葉は、自分を対等な存在として見てくれている証拠である。

 少年は、気を遣われるだけでなく、藍も同様に疲れているだろうから一緒に頑張ろうと気を遣ってくれている。同一作業の2等分という行動は、藍にとってそんな感情を抱かせた。

 できることならば、提案した通り休んで欲しいのだが、少年はそれを受け入れることはないだろう―――そのぐらいはもう分かる。

 藍は、今日の一日で少年の性格というのだろうか、精神性について理解してきていた。少年はとても頑固で、とても優しくて、とても自分に厳しい。

 少年の意志は―――どんなものにも曲げられない。

 

 

「何を言っても無駄だよな?」

 

「当たり前でしょ。僕は、やれることは全部やる主義なんだよ。半分にしているだけマシだと思ってね」

 

「ははっ、そうか」

 

 

 藍は、少年が何を言っても断るということを知った上で改めて尋ねた。すると、予想通りの答えが元気よく返ってきた。

 少年の意志は、迷いがなく、やるべきことを見据え、あるがままに、自分の心の赴くままに突き進んでいる。その意志が乗った少年の言葉は、容易に少年の未来を想像させた。

 少年は、駆け抜ける道がなくても、方角が分からなくても、目的地が分からなくても走り続けるだろう。心の中の世界のように何も分からなくてもとりあえず前に走り続け、これからもずっと、どこまでも走って行く。

 

 

(私ができることは、和友が道を外さないようにすること)

 

 

 少年の進む道は、必ずしも正しい道とは限らない。もしかしたら、間違っている方向へ進んでいるかもしれない、危ない方向に突き進んでいるかもしれない。

 そんな時こそが、藍の出番なのだ。

 

 

(両親を失った今、和友を制御できる人間はいない。和友は、誰かが上手く動かしてあげなければ、そのまま崖から落ちてしまいそうな危うさを抱えている。誰かが、支えてあげなければならない)

 

 

 藍は、前に進み続ける少年を軌道修正、速度調整するのが自分の役目だと昨日と今日の一日で理解した。

 少年の制御は、少年の両親がこれまでやってきたこと―――少年の左右にガードレールを敷き、少年が変な方向に行かないように、崖から落ちないように左右を並走して滑走すること。

 

 

(ふふっ、どうしてだろうか。和友と一緒なら、不思議と何処まででも行けるような気がするな。和友がそれだけ優しかったからだろうか。なんにせよ、私がやることには変わりない)

 

 

 藍は、少年との今後のことを考えると気持ちが高揚するのを感じていた。

 なぜこんな気持ちになるのだろうかと考えてはみるけれど、根源としてどこから来た感情なのかは分からなかった。嬉しい気持ちが湧いてきたのも、先程少年に認められたことが嬉しいのか、話し合いで少年のことを深く知ることができて嬉しいのか、今こうやって少年と一緒に作業ができることが嬉しいのか、分からない。ただただ、嬉しい気持ちだけが心の中に確かに残っていた。

 藍は、上機嫌な気持ちを隠す事もなく、嬉しそうに少年へと言葉を投げかける。

 

 

「だったら私は何も言わない、二人でやれば早く終わる。とっとと終わらせような」

 

「うん、早く終わらせて、早く寝ようね」

 

「見せつけてくれるわねー。私も会話に入った方が良いのかしら?」

 

 

 紫は、楽しそうに話す二人の様子をちょっと離れたところで見守るように視線を向けていた。

 食器洗いの作業は、二人で食器を洗っているためすぐに終わりを迎える体勢に入る。洗わなければならない皿は、残り2枚しかなくなっていた。

 少年は、怪我をした左手を上手く動かし、水にぬれないように食器を洗っている。

 藍は、怪我した左手を痛がるそぶりも見せず、手際良く洗う少年の様子に驚いた。

 

 

「和友は、食器を洗うのが上手いのだな」

 

「まぁ、毎日やっていたからね。食器を洗うのは結構得意なんだ」

 

 

 藍は、少年から得ようとしている回答を聞けず、自分の言い方が悪かったと反省する。藍が聞きたいことは、洗うのが得意ということではない。

 藍は、少年の包帯の巻いてある左手を指さしながら再度尋ねた。

 

 

「いや、食器を洗う方じゃなくて、怪我している左手を庇いながら洗うのが上手いと思ってな」

 

「ああ、そっちの方ね。怪我とか結構日常茶飯事だったし、慣れているんだよ」

 

 

 少年は、どうやらこういったどこかが使えない状況に慣れているようである。

 普段からどこか怪我をしたまま動かすということが多かったのだろうか。少年の能力を考えれば、それも仕方がないことのように思えた。

 道徳や倫理を身につけるまでは、相当な危険が身の回りにはたくさんあっただろうし、怪我をしながら何かをするということに慣れているのだろう。

 藍は、少年の言葉を自分の中で噛み砕いて解釈していた。

 

 

「これで、終わりだね」

 

「ああ、終わりだ」

 

 

 残り二つとなっていた皿洗いは終わりを迎え、洗い終わった最後の皿を水を切って乾燥させるために立て掛ける。

 少年は、食器洗いが終わると水にぬれた右手をタオルで拭き取り、背伸びをした。その瞬間、不意にあくびが出そうになり、あくびを噛み殺すようにして口を紡いだ。

 

 

「ふぁぁ……ふぅ……さすがにこんな時間まで起きていると眠いね。僕は、もう寝るよ。二人はいつも何時ごろに起きるの?」

 

 

 少年は、二人の起きる時間を気にした。

 それは、二人がいつも早起きをしていたというのならば、それに合わせて早起きをしなければならないような気がしたからである。これから生活を共にする間柄なのだからできるだけ生活スタイルは合わせた方が良いに決まっている。何をやるにも生活スタイルが噛み合わないと、物事は回らない。

 少年は、二人から明日の起きる時間を聞き、朝起きる時間の目安にするつもりだった。

 

 

「別に起きる時間が決まっているわけじゃないから、好きなだけ寝なさい」

 

「紫様、いい加減なこと言わないでください。それは紫様の日常でしょう」

 

 

 紫は、少年の質問に対して両手をパタパタと振りながら答えたが、すぐさま藍が適当に物言う紫を咎めた。

 紫の生活スタイルは、決まった時間を過ごすのではなく、たまたま起きた時間から活動するという形を取っているようだった。

 藍は、あまりに無責任な紫の言い方に大きく息を吐く。

 

 

「はぁ、紫様は本当にもう……和友」

 

「ん?」

 

 

 藍の手が少年の頭の上に乗る。

 少年は唐突に乗せられた藍の手に上目づかいになり、声を漏らした。

 

 

「今日は疲れただろうから、ゆっくり休みなさい。今日は、遠慮する必要は無いからな」

 

「分かったよ」

 

 

 藍は、もしも今日という日でなければ、少年に朝の8時までには起きてくれと言ったに違いなかった。

 今日は、あくまで‘特別’である。慣れないことの連続で少年の疲れも溜まっていることだろう。藍の言葉には、少年を気遣う気持ちが表れていた。

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

 

 少年は、優しそうな藍の表情に感染するように笑みを零し、お休みの言葉を送ると、ふすまを開けて部屋の外に出た。

 藍は、暫くの間少年の後姿を見送ると、何かを思い出したように表情を変え、少年を止めるように叫んだ。

 

 

「あっ、和友待ってくれっ!」

 

 

 藍の声は少年に届かなかったようで、少年は藍の呼びかけに反応することなく、廊下を歩いて自分の部屋へと入り込んで行く。

 藍は、少年が部屋に入っていくのを確認すると慌てて少年の後ろを追いかけ始めた。

 部屋に取り残された紫は、少年の挨拶に言葉を返して二人を見送り、すでに誰もいなくなった居間で誰にも聞こえない言葉を微笑みながら口にした。

 

 

「和友、おやすみなさい」

 

 

 

 ―――数分後―――

 

 

 

 藍は、暫くすると居間へと戻ってきた。少年への用事は終わったようで、その表情は非常に満足気な様子だった。

 紫は、静かに戻ってきた藍を迎える。迎えると言っても、言葉を口に出すことは無い。少年の後を追いかけていった藍に対して何をしてきたのか尋ねることはせず、ただただ黙って物思いにふけっていた。

 藍は、すでに寝ていると思っていた紫が未だに部屋にいたことに疑問をぶつけた。

 

 

「紫様、まだここにいらしたのですね」

 

「話をするのでしょう?」

 

「……紫様に隠し事はできませんね」

 

 

 藍は、紫の返答に心を見透かされているような感覚に陥った。

 こういうことはよくあることで、紫はたびたび心を読んでいるのかと錯覚するぐらいに察しが良い。紫の察しがいいのは、何も能力を使っているからというわけではなく、藍とは付き合いが長いから少しの挙動から何を考えているのかおおよそ分かってしまうというものであるが、もはやそれは―――心を読むということに近いなにかになっていた。

 藍は、何もかも見透かしているような紫に苦笑しながら紫の座っている椅子の体面に座ると途端に真面目な表情を浮かべた。

 

 

「紫様、和友の今後のことについて話をしておこうと思うのですが、構いませんか?」

 

「構わないわ、もとよりそのつもりだったから。あの子のことについては、まだまだ色々と話しておかなければならないことがあるもの」

 

 

 少年の今後のことについての話は、できるだけ早くにしておく必要がある。

 明日から少年が新しく家族として加わる形になる―――そうなる前に二人で色々と考えなくてはならないことがある。別段、寝て起きてから話をしても構わないのだが、少年を交えて話をすることができない話もあるため、なによりも紫が起きてくる時間が読めないため、今のうちに全て済ませておくのが最も都合がよかった。

 二人は、食事の際に話していた食卓テーブルで正面を見据え、互いの顔が正面に来るような位置で相対して顔を突き合わせた。

 

 

「紫様は、これから和友をどうしていくおつもりなのですか?」

 

「どうしていくつもりって、そうね…………それは、あの子に任せようと思うわ」

 

「深くは考えていなかったのですね」

 

 

 紫は、藍の質問にお茶を濁したようにはっきりしない口調で答えた。

 藍は、そんな紫の言葉を予想していたのだろうか、知っていましたと言わないばかりにサバサバした言葉を送る。

 紫は、そんな分かったような言葉を口にする藍へと疑問をぶつけた。

 

 

「……どうしてそう思うのかしら?」

 

「紫様は、他人のことに対して行動するとき、あまり深く考えて行動することがないですから」

 

 

 藍から紫への言葉の返しからは、紫と藍が長く付き合ってきたということが容易に窺えた。

 藍は、紫とこういうやり取りを今までも散々してきた。好きにすればいいとか、任せるという答えを述べた場合、その時紫は大体何も考えていないことが多い―――これは、完全に藍の経験則である。

 

 

「仕方ないでしょう? あの子を見つけたのは最近なのよ」

 

 

 紫は、ここ最近の出来事を振り返り、少年を見つけるのに酷く苦労したことを藍へと伝えた。

 

 

「本当ならもっと早くに見つけられたと思うのだけど、両親の努力とあの子の努力のたまものね。能力と上手く向き合ってきた結果と言うべきかしら?」

 

 

 見つけるのに苦労したことは、これまで藍には伝えてこなかったことである。それは単に―――少年を見つけるまで言う必要がなかったからというのもあるが、見つけられなくて恥ずかしいという想いも一枚噛んでいた。

 だが、それももう隠す必要もない、見つけられなかった理由がちゃんとある。

 

 それが―――両親の少年のために行ってきた区別するための書き記す作業である。

 

 紫は、少年の成長記録を読んだ時、単純に驚いた。両親がまさか少年の異常性についてちゃんと対策を練っているとは思っていなかったからである。少年の両親が少年の能力を知っていたとは思えないが、異常性には気づいていたのだろう。

 両親は、少年に能力と対抗する方法を与えた。書き記し、刻み込むという方法を見つけ少年に与えた。

 そしてそれは―――明確な結果を示した。

 

 

「両親は、あの子の異常が境界を曖昧にする能力だとは認識していなかったみたいだけど、よく能力に対する対策を練ったわよね。あの子を見つけるまでに相当の時間がかかってしまったわ」

 

 

 紫にとって少年を探していた1カ月という期間は、苦い経験だった。過去にも余り無いかもしれないと言うことができる程度には苦労をした。

 探している最中は、予想以上に思い通りにいかない。違和感があることは分かっているのに見つけることができないことに不甲斐なさを感じ、イライラを募らせていた。その期間は、藍とも碌な会話をしていなかったほどである。

 

 

「紫様が外の世界でなんらかしらの違和感があると言って出かけるようになってから、1カ月以上経ってしまっています。和友は、相当上手くやっていたのでしょう」

 

「あの子を見つけるのには苦労したわよ。同じような能力を持っているのにあそこまで見つからないなんて予想もつかなかったわ」

 

 

 藍は、素直に紫の探知から逃れることができた少年のことを素直に凄いと思っていた。

 藍には、紫に全力で探されて一カ月逃げきる自信がない―――そして、きっとそれができる人物もいない。

 同種の能力を持っているという条件だけ考えれば、少年は最も紫に捕まりやすい人物なのだ。式神である藍よりもといわれると判断できない部分はあるが、少なくともいい勝負といえるだろう。

 類は友を呼ぶということわざがある。これは、性格や資質の似た者は自然に集まるという意味である。共通の趣味を持っている者は、趣味を通じて知り合う。同様の価値観を持っている者は、共通の意識で意気投合する。

 だから、紫に少年を見つけられない道理は本来ありえなかった。

 しかし、少年と同じような資質を持っている紫には、なぜか少年の事が見つけられなかった。同じ境界に関する能力を持ち、片方がその境界線に影響を及ぼすほどの能力を使っているにもかかわらず、見つけられなかった。

 もしかしたら少年にとって類は友を呼ぶということわざは、無縁のことわざなのかもしれない。本物と偽物の入り混じる少年の在りようでは、類は友を呼ぶなんていうことは起こりようもないことなのかもしれなかった。

 藍は、話が本流から流れてしまっているのを引き戻そうと、少年を見つけられなかった過去の話を打ち切り、これからのことについての話に話題を戻す。

 

 

「紫様、話を戻しましょう。あの子のこれからのことです」

 

「そうねぇ……」

 

 

 紫は、考えるそぶりを見せると唐突に手のひらを藍へと向け、右の手を出したまま親指と小指を折り、指を3本立てた。

 

 

「あの子には、3つの道があるわ」

 

 

 藍は、立てられた3本の指に意識を集める。

 少年には、これから生活していく未来に関して大きく分けて3つの選択肢が存在する。

 紫は、一つ一つ少年の未来の道の説明を始めた。

 

 

「1つ目、ここで私達と一緒に死ぬまで幻想郷で暮らしていくという道。2つ目、私達と一緒ではなく人里で暮らしていくという道。3つ目、努力して能力の制御を可能にし、外の世界に戻るという道。この3つがあるの」

 

 

 少年が取ることのできる道は、大まかに紫が言った3通りである。他に選択肢は存在しない。

 選択肢がこの3つに絞られる原因になっているのは、他でもなく少年が原因である。

 少年にとって能力の制御は―――絶対にやらなければならない必要条件、それを考えると少年にはもはや何もせずに幻想郷を出て行くという選択肢はない。どちらにせよ能力の制御ができるようになるまでは、幻想郷に滞在する必要がある。

 変わることといえば、どこで能力の練習をするか、そして―――能力の制御ができるようになってから‘どうするか’というところだけである。

 

 

「和友が幻想郷に来た第一目的は、能力の練習をして制御できるようになることです。練習さえできれば、場所はどこでもいいのではないでしょうか?」

 

「それは、能力の練習ができるのであればどの選択肢でも問題はない、ということよね?」

 

「そうです」

 

 

 藍は、少年がどの道を選んでも条件が達成されるのであれば、少年が何を選んでもいいと思っているようだった。

 少なくとも紫には、どれを選んでもいいと藍が思っているように聞こえており、藍の物言いにちょっとした違和感を覚えた。

 

 

「本当かしら?」

 

「なにがでしょうか?」

 

「あの子にとっては、どこで生活するかなんて、それこそどっちでもいいのでしょうけど……」

 

 

 紫は、藍の回答が藍の本心から来ているものには到底思えなかった。先程の微笑ましい様子を見ていれば、藍が少年に対して少しばかり特別な感情を少年に抱いていることは読みとれる。

 紫は、藍のどれでもいいという言葉に藍の気持ちが入っていないように思えてならず、藍の気持ちを問いかけた。

 

 

「藍、あなたはどうしたいの?」

 

「私は……できればここにいてもらいたいです」

 

「ふふっ、あなたはそう言うと思っていたわ。随分と仲良くなったようだしね」

 

「和友とは、色々……ありましたから。貰ったものを返すまでは、ここにいてもらいたいです」

 

 

 藍は紫の質問に少し恥ずかしそう答え、紫は藍の答えを聞いて口角を挙げて笑った。藍が口にする答えなど、藍の様子を見ていれば最初から分かっていたことである。

 やっぱり本心はそこか、と安心にも似た温かさが紫の心の中に広がる。最初からそう言えばいいのだと心のどこかで思いながらも、そんな素直じゃないところも藍らしいと微笑ましく思った。

 藍が少年にマヨヒガにいて欲しいと考える理由としては、3つの事が考えられる。

 少年に助けてもらった過去があるため、恩を感じているからなのか。

 それとも、少年に対して悪いことをしてしまったという罪悪感を持っているからなのか。

 もしくは、少年に対して好意的な気持ちを持っているからなのか。

 とりあえず、藍が少年に対して何らかしら普通とは違った想いを持っていることには違いなかった。

 

 

「まさか藍がここまで惹きつけられるとはね。あの子のどこが良かったの? どこに惚れたわけ?」

 

「ほ、惚れたわけではありません!! 和友は、なんというか、こう……守ってあげたいといいますか……守ってやらなければならないといいますか……」

 

 

 藍は、紫の茶化すような言葉に顔を赤くし、あたふたと言い訳を並べる。

 しかし、言い訳もしどろもどろで慌ただしく言葉になっていない―――それがまた紫の心をくすぐった。

 

 

「何といえばいいのでしょうか、その……」

 

 

 藍は、自身の抱いている感情がよく分からなかった。恋心ではないと断言できたが、それが明確に何であるか言い表すことができない。一番近いのが怯えている子犬を守ってあげたいという保護欲が最も近いように思える。

 だが、正確には違う気がする。

 藍は、複雑な感情を表す言葉を持ち合わせておらず、答えに行き詰まる。

 紫は、そんな戸惑うような藍の反応に満足したようで藍を茶化すのを止めた。

 

 

「ふふふ、分かっているわよ。冗談よ、冗談」

 

「からかわないでください!!」

 

 

 藍は、自分ばかりが踊らされているのが気に入らず、紫に向けて同様の質問を投げかける。

 

 

「だったら、そういう紫様は和友のことをどう思っているのですか?」

 

「えっ、わ、私?」

 

「ここには、紫様しかいませんよ」

 

 

 紫は、予想外の藍の反撃に動揺し、自身に人指さしを向ける。ここには、紫と藍の二人しかいないのだから藍の質問が紫に向けられているのは明らかである。

 紫は、唐突に投げかけられた藍の質問になんだかよく分からないという様子で少し悩む素振りを見せると、紫の口がそっと開かれた。

 

 

「うーん、あの子はなんて言ったらいいのかしら……ちょっと分からないわね」

 

「はぐらかさないではっきり答えてください。私には喋らせたのですから、紫様も」

 

「そうねぇ……」

 

 

 紫は、自分から少年に向けられた感情がなんであるか判断がつけられなかった。藍の言うように、守りたいという気持ちが湧かないわけではない。同じような能力を持っていて、努力している少年のことを擁護してあげたい気持ちは十分にある。それでいて、その努力を応援してあげたい気持ちもある。これから生きて行くための支えになってあげたい気持ちもある。

 

 しかし―――はたしてそれだけなのだろうか。

 

 紫は、心の中に湧き上がる感情の源泉を特定するために、少年の姿を脳内に映し出す。紫の脳裏には、少年の笑顔が鮮明に映り込んだ。

 紫は、頭の中に存在している少年にどこか心が引き寄せられる感覚に陥った。近くに行って抱きしめてあげたいような衝動に駆られた。

 

 

 紫は―――それが何なのか分からなかった。




これで少年のお話はひとまず終わりです。分からないことだらけですね。分かるようになるのは、結構後になります。

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