11章は、萃夢想のお話になります。
みんな、それぞれが自由に生きている。
集まったり、散り散りになったりしながらも動いている。
一人一人が、何かを願うから。
一人一人が、何かを求めるから。
誰かが誰かを想うから。
未来の形はみんなの想いに合わせるように変わりながら今を作り出していた。
今は、永遠亭から帰ってきて昼ご飯を食べた後――ちょうど日が最も高いところに昇ってきた頃。空を見上げてみれば目を細めてしまうほどに光が降り注いでいる時間帯である。
僕は縁側で両手を広げ、体いっぱいに太陽から降り注ぐ光の恵みを浴びていた。
「今日もいい天気になってよかったね」
「そうですね」
返ってきたのは、そうですね――それだけの返事だった。声に反応して視線を横に向けてみると、そこには新しく博麗神社に来るようになった大妖精が立っていた。
大妖精は身長が120 cmもなさそうな小さな体躯の持ち主で、太陽の光が容易に透過するほどうっすらとした薄い羽を背中に備えている。大妖精の全身からは自然の代表ともいうべき緑色を基調とした優しい雰囲気が発せられていた。
「…………?」
僕が数秒の間、大妖精の顔を見つめていると、少し不思議そうに首をかしげながら微笑み返してきた。
ただ、それだけだった。笑顔を作るだけだった。
大妖精は、決して次の言葉を繋げようとはしなかった。
「「…………」」
大妖精が博麗神社に来て1週間が経とうとしている。もう博麗神社で見かけても珍しいなと思うことはなくなり、大妖精の存在が日常の一部として転化し始めている。
僕はこの1週間の間、博麗神社で大妖精と会うたびに適当に話題を振って幾度か話をしてきた。そして、大妖精と会話をする中であることに気付いた。
「大妖精は今日、何をするつもりなの?」
「特に予定はないです」
大妖精は会話をしても、問いを投げかけても、肯定するだけで特に会話の中身を広げようとはしないのである。
会話における大妖精の反応はいつも同じで、にこやかな、微笑ましい表情で笑っているだけで、自分から何かを伝えようとしたり、話を振ったりすることはほとんどなかった。
「今日のご飯、おいしかったよね?」
「はい、そうですね」
「特に何がおいしかった?」
「え、えっと、全部おいしかったと思います」
もともと内気な性格だったこともあるだろう。そして、周りの妖精が大妖精のように静かに暮らしているタイプとは大きく異なり、元気溌剌な性格をしている者が大部分を占めていることも大妖精が受け身になりがちになる一つの要因だと考えられた。
受け側に回ることが全てのような大妖精にとって、会話というのは振られるものであって振るものではないのである。会話というものに慣れていないという雰囲気も言葉の節々から感じられた。
「「…………」」
博麗神社にはいないタイプである。おしゃべり好きが多い博麗神社では、大変希少な部類に入る。霊夢も話好きのタイプではないけれど、大妖精のただなんとなく肯定しているのと違って、聞いているのかでさえ分からない状態だから意味合いが大きくが違う。
霊夢は他人に興味がなく、聞き流している。そんな霊夢に対して大妖精はあくまでも飲み込まれる立場の存在だ。雰囲気に飲まれるタイプの性格だ。
僕は、大妖精をふわふわしている不安定な足場でバランスをとるのが非常に上手いタイプだと思った。俗に言う――世渡り上手という奴だろう。棘もなく当たり障りがない、特徴的なメンツの多い幻想郷の面々からしたら面白くないと言われてしまいそうだが、それが希少と思える所以でもある。表現としては――“無難”というのが最も適切に大妖精を表した言葉だと思った。
「じゃあ今日ものんびりぶらぶらするの?」
「はい、そうですね」
「それともお友達のところに行くの?」
「はい、チルノちゃん達に呼ばれたら行ってきます」
大妖精が博麗神社に来る機会が増えて一緒にいる時間が多くなったことで、普通の妖精とは異なった大妖精の本質が見えてきた。だが、そんな特徴のある大妖精も妖精本来の生き方には一般的な妖精と大きな違いは見受けられず、妖精という生き物の大枠からは外れていない。妖精本来の生き方は、ただ時間を潰しているだけという目的のないもの。博麗神社にいる大妖精も本来の生き方に倣うように特に何をすることもなく、目的のない人生を送っていた。
僕は、いつもすぐに話が終わってしまう大妖精との会話を無理に繋げることもなく、再び視線を空へと向けた。
「今日は、何をしようかな?」
今日は何をしようか。いつも通り霊力の強化に取り組むのはもちろんだが、修行の分を差し引いても時間にはある程度の余裕があった。
ここまで時間が余ることになったのは、博麗神社の環境に変化があったからだった。
「希もなごみも帰ってくるのは遅いし、何かしなきゃいけない事は……」
これまでは時間があれば家族(希、なごみ、霊夢、椛……等)と話したり、魔法の練習をしたり、書き記す作業を行ったりしていた。だけど、今は希となごみが夜までいない。それに、話をすると言っても毎日話をしていれば中身がなくなってくる。書き記す作業は新しいことがなければ書く必要がないし、魔法の練習も目的を達成する程度ならば可能というところまできている。付与、強化、拡散、連結――これらはもう一通りの実践ができる。
僕が欲している終わりに必要な材料は、残るところ時間だけである。時が訪れれば、終わりは自然とやってくる。特に何をしなくても、特に待っていなくても、勝手に終わってしまう。
「何か新しくできることを探したほうがいいのかな?」
僕が、今するべきことは何なのだろうか。今しなければならないことは何なのだろうか。今頃努力しているはずの希となごみに思いを馳せながら、今後のことを考えてみる。
強さはあった方がいいけれど、絶対に必要なものではない。そもそも、強さとは何なのだろうか。強いというのは、何をもって強いと言えるだろうか。力の大きさを言うのだろうか、早く動けることを言うのだろうか、鉄壁の防御を言うのだろうか、何者にも劣らない能力のことを言うのだろうか。
いずれも強さの一部には間違いはないだろうが、これらの強さは僕には必要のないものである。僕にとって必要な強さは、そのどれにも当てはまらない。僕に必要な強さは心の強さ、メンタル面のものだけだ。僕に直接的な強さは何一ついらない。死なない程度の強さがあれば、僕にとってはそれで十分だった。
「和友さん、それでしたら異変の解決に取り組んでみたらどうでしょうか? 霊夢さんはもう異変解決に乗り出したようです。やることがないのであれば、以前のように異変の解決の方に向かってはどうでしょう?」
僕に問いかけてきたのは、椛だった。
不思議そうな色を付けた視線が僕の瞳を貫くように送られている。嘘をついているのか、何を抱えているのか、何を想っているのか、透視するような真っすぐな瞳がまるで心の底まで見渡そうとしているようだった。
「いや、今回は動くつもりはないかな。僕の目的はあくまで思い出作りだし、誰かに強制されているものでもないからやらなきゃいけないってわけでもないしね」
「どうして今回は動かないのですか? 以前の二つの異変に対しては積極的だったのに、これほどにやる気がないというか、興味を示していないのはなぜなのでしょう?」
「うーん、そうだね……」
「答えに悩むことなのでしょうか? 最近、何かありましたか?」
「特段変わったことはなかったかな。いつも通りの日常だよ」
興味がないわけではない。好奇心はいつだってアンテナを張っている。今起こっている異変についても気になっているのは本当だ。霊夢も解決に乗り出しているし、多くの人間が異変に関わっている。異変に入って行けば、しっかりとした思い出作りができるだろう。特に今回の異変は参入が難しいわけでもない。関わろうと思えば、関わることができる。物語に入ろうと思えば、いつだって入りに行ける。
それでも、別にいいやと思ってしまうのは何故なのだろう。いつもだったらせっかくだし行こうとなるのにそうならないのは何故なのだろう。そこは僕自身もよく分からないところだった。
わずかな沈黙が空気を止める。静かになった世界で風が通る音だけが数秒間世界を支配した。しかし、沈黙の支配を打ち破るように綺麗に透き通った一筋の声が僕の耳元から放たれた。
「椛、もういいじゃない。人間誰しもいつだってやる気があるわけじゃないわ。疲れた時は休む、やる気が出なければごろごろしたっていいのよ。働きアリじゃないんだし」
「それはそうですけど……なんだか和友さんらしくないというか」
「察してあげなさい。和友だって寂しいの。希もなごみもいないんだから」
唐突に後方から登場した人物――影狼さんの口から放たれたのは寂しいという少しも頭の中になかった結論だった。
「寂しい……和友さん、そうなのですか?」
「ううん、寂しくはないよ。希やなごみも博麗神社に全く帰ってこないわけじゃない。それに、ここには椛も影狼さんも大妖精もいるし、藍だって紫だって会いに来てくれるからさ」
「わ! 怖いわー、和友怖いわー」
僕のコメントを聞いた影狼さんが驚きの声を上げて口元に手を当てる。そして、次第に口角がじわじわと上がり、目が嬉しそうに細まった。
影狼さんは、沸き上がる感情を堪えきれなくなったのか背中からギュッと抱きしめてきた。
「どうして和友はそうやってすぐに嬉しくなっちゃうようなこと言うの? ふふふ、嬉しいわー」
影狼さんの顔には、高揚した声から見なくても想像できるような満面の笑みが表情に浮かんでいることだろう。
背中全体から柔らかい温かいものに包まれる感覚が伝わってくる。温かい、背中から伝わる鼓動が心を落ち着けてくれる。しかし、少しだけ窮屈になった体の中にある脳はせわしなく動き回っていた。
寂しくない――なのになぜ、こんなにも心が躍らないのか。未知のモノに対して一歩目が出ないのか。何かの重りが足に括り付けられているように足が前に出ないのか。
僕を縛っているモノ。僕を捕らえているモノ。そのものの正体は、意外なところで頭の中に引っかかり、動き回っていた僕を止めた。
「ああ、そうか。そうだったんだ。影狼さん、僕は怖いんだ……」
見つかった重荷は、恐怖心だ。
終わりが来ることの恐怖が、続かないことの怖れが、終わった後に残される景色が、自分の存在を強く縛っている。
希やなごみが強さを手に入れようとしているのを目の当たりにして。椛が大きく成長しているのを見て。霊夢の強さが身に染みて分かって。周りに終わりを迎えるための要素が集まっているのを実感して。まだ先だと思っていた終わりが見えてきて。
僕は、終わりを集めると同時に怖さを抱え始めていたことに気付いた。
「和友?」
「自分だけだったならよかった。誰も周りにいない僕ならよかった。誰にも好かれない僕ならよかった。誰からも求められない僕ならよかった」
誰も近くにいない――1人ぼっちならよかった。孤独であったのなら、誰かを巻き込むことはなかったから。誰かの力を借りることもなかったから。親しい人に僕の我儘を押し付けることもなかったから。
「孤独だったらきっとこんなに怖くなかった。恐ろしくなかった。1人だけで全部を決められたなら、僕だけで全部を決められたなら――僕は何も考えずに終わりを迎えられた」
1人きりだったらなんて想像を巡らせてみるが、そんな想像は今となってはありえないものになっている。1人だったらそもそもこんな願いを抱えていなかったのだから。こんな終わり方を望む前に終わっていたのだから。物語はここまで続かなかったのだから。
今の僕の命は、みんなによって支えられている。家族によって支えられて繋げられている。強く、手を取り合うように繋ぎ合って今が作られている。
「だけど、孤独だったら今の僕はここにはいなかった。みんなに支えられていたから生きることができた。みんなが強く僕との繋がりを持ってくれたから生きてこられたんだ」
ここに生きている僕を支えている希望があるのは、今をこうして生きていられているのは、間違いなく幻想郷にいるみんなが作った希望のおかげだ。
僕の望む終わりは僕だけでは成し遂げられないもの。僕だけでは迎えることができない結末。だから、みんなが――家族が同意してくれることが大前提になる。
(うん、みんなに聞いてみよう、頭の中のみんなに問いかけてみよう)
問いかけてみよう。僕が願いを告げたら、みんなはどんな反応をするだろうか。僕の知っているみんなに、“頭の中のみんな”に問いかけてみる。
家族に、みんなに――僕の願いを告げてみた。
「ええ、いいわ。最初から分かっていたことだもの。私は受け入れるわ。それで、和友は夢の終わりを受け入れる私に何を望むのかしら?」
紫は頷いてくれるだろう。しっかりと受け止めてくれるだろう。
全てを受け入れてくれるような慈愛の表情で抱きしめながら僕のことを受け入れてくれるだろう。
「紫に望むこと? 僕は受け入れてさえくれれば良いと思っていたから紫に特別やって欲しいことっていうのはないかな。気負う必要もないし、責任を感じる必要もない。普段通り過ごしてもらえればいいよ」
「ごめんなさい、こんな言い方をしてしまったら和友はそう答えるわよね。分かっていたつもりだったけど、私もまだまだ和友のことを分かってあげられてなかったみたい」
紫は、こうなることを予測できている一人だから。終わり方を想像できている一人だから。規模感が変わるだけで、結末の展開に大きな差が見られない終わりに対して特に驚きもしなければ、拒絶反応も示さないはずである。
悲しみはするだろうけど、静かに受け入れてくれるだろう。
辛い気持ちはあるだろうけども、それらを飲み込んでくれるだろう。
「和友、もう一度聞いて。言い方を変えるわ」
いや、紫だったら――きっと次に繋がる未来を口にするはずである。
だって紫は、最初に僕が病気になったときに僕が死ぬことを受け入れたから。藍を守るために、藍の頭の中から僕の記憶を消すことを受け入れたから。よりよい未来のために――僕のために――僕を捨てられるから。
紫なら現状を受け入れるだけじゃなくて、未来を創る一言を告げるはずだと思った。
僕が繋げた――僕が繋がっていない未来を求める一言を口にすると思った。
「和友、私は新しい夢の始まりを迎えられるような素敵な終わりを望むわ。私は、自らの幸せのために何ができるかしら?」
紫は優しいだけじゃなくて強い人だから。
誰よりも家族を大切にしている人だから。
誰よりも――未来を大切にする人だから。
紫は、笑顔のまま素敵な別れの言葉を告げてくれた。
「……はい、分かりました。和友さんは最初からそうおっしゃっていましたよね。私が妖怪の山で告白した時にも、ここ――博麗神社に救いを求めに来た時も」
椛も頷いてくれるだろう。
椛にはすでに結末を伝えてしまっているから。死ぬという最後の終わりを告げてしまっているから。僕がそれを受け入れるつもりでいることを知っているから。
例え、終わりに付属品のように僕の希望が追加される形になっても受け入れてくれるはずである。悔しい想いを抱えながらも、僕の気持ちを受け入れてくれるはずだと思った。
だけど、僕を終わらせるという覚悟を持たない椛は、受け入れることはできても引きずらずにいることはできない。
どこかに僕の存在を抱えていたいという想いが抜けきらない。
僕の存在を捨てることができない。
今の椛の口から出るのは、僕が繋がっている未来だと思った。
「ただ、まだ覚悟が決まっていないので和友さんを殺すことはできません。ですが、きっと、きっとこの物語の幕引きの時には幕を下ろせるような人に成れるように努力しますから。最低でもすぐそばで終わりを見届けられるように成りますから。それまで待っていてもらえますか?」
「僕は待ってはいられないよ。時間はいずれやってくる。先に伸びることもないし、止まることもない。リミットは迫ってくるだけで待ってはくれない」
椛の覚悟が形を持つのは、何年後になるだろうか。
確固たる想いを抱えるのは、いつになるだろうか。
椛は悩み始めると解決するまでにかなりの時間がかかる。妖怪の山のことだって、僕のことだって、答えが見つけられずに迷った時間は相当なものになっている。
でもいずれ、その覚悟が固まったら――思い悩み、掛けた年月の分だけ固い決意が形作られる。
椛は、何時だって悩んだ分だけ強くなってきたのだから。
苦しんだ分だけ、涙を流した分だけ、強く、かっこよくなってきたのだから。
「だからね、できるだけ早く追いかけてきて。僕は先に行くから。先に行ってその先で椛が追いかけてくるのを待っているから」
「…………」
噛みしめた唇から言葉が漏れないのは、ここで軽々しく答えを口にすることを椛自身が良しとしなかったから。中身の伴っていない言葉ほど軽いものはないと知っていたから。
答えられない――それが今の椛の答え。
僕はいつか、きっとという不確定な前置きがない言葉が椛の口から聞けたとき、誰よりも強くなっているだろう椛の姿を思い描いた。
「好きにすればいいんじゃない? どうするかは和友が決めることでしょ? 私がとやかく言うことじゃないわ」
霊夢は、肯定も否定もせず受け入れるだろう。
霊夢は、人の生き方や人生観に深く突っ込んでくるタイプではないから。繋がりを強固に持とうとせず、常に浮いているような生き方をしているから。人がどう選択するのか、どう思うのか、そこに興味を持たないから。
直接霊夢に影響しない限り――僕の生き方を肯定することも否定することもないだろう。僕の知っている霊夢は、そういうものだ。
「そもそも、私が何か言ったところで和友は聞かないでしょ? なんで私に聞いたのよ」
「霊夢にも聞いてほしかったから。霊夢だって博麗神社一緒に過ごしてきた家族だと思っているから。霊夢にも僕がどうしたいのか分かっていてほしかったんだ。お別れするときに家族に挨拶もなしっていうのは、ちょっと違うかなって思ってさ」
「私は、知らない……知らないから」
それだけを言い残してどこかに行ってしまう。そこから先の言葉がイメージできない。返事が想像できないのは、霊夢が僕に対してどう思っているのか分からないからだろう。
でも、少しぐらいサヨナラの挨拶が欲しいなと思うのは僕の我儘だろうか。そう思うのは僕にとって霊夢という存在が特別だからだろうか。
僕は、意外と最も別れの言葉が欲しいのは霊夢からかもしれないと思った。
「和友さん、急にぼうっとしてどうしたのですか?」
椛の手と声が肩と共に鼓膜を揺らす。すぐ目の前に椛の顔が広がっている。
僕の意識は椛に引っ張られるように現実世界へと引き戻された。
「何だか変ですよ? 少し休んだ方がいいのではないですか?」
おかしいと、変だと言っている椛――僕はそんなにおかしなことを言っただろうか。変なことを言っただろうか。
おかしいところなんて何もない。変なところなんてどこにもない。これは今更なことなのだ。一番大事だったはずなのに、最も重要なポイントだったはずなのに、見て見ぬふりをして放置していたから気付くのが今になっただけの話なのである。
「ううん、何もおかしくないよ」
今ある想いの火が消えてしまう前に伝えなければならない。ここにいる全員に、僕が抱えているモノを共有してもらわなければならない。これは僕一人で運べるものではないのだから。
僕は、背中に密着している影狼さんの体を離し、接近していた椛と少しばかりの距離を取り、大妖精から見えやすいように少しだけ後ろに後退して全員と向き合うように太陽に対して背を向けた。
「みんな、僕の言葉を聞いてほしい」
できる限り真剣に言葉を伝える。力を込めて想いを伝える。
椛、影狼さん、大妖精の視線が一気に僕の瞳に集中する。誰も口を開こうとせず、僕の言葉を待っている。
聞いて、聴いて。僕の想いを受け止めて。
僕は抱えていた想いを吐露し始めた。
「これは先延ばしにしてきた僕の心の弱さが招いたことだ。覚悟の足りなさが招いたことだ。変わろうとしてこなかった僕の責任だ」
椛が変だと感じるのは、きっと僕自身がこれまで自覚していなかったから。自分自身で理解することができていなかったから。
自分が分かっていないことが相手に伝わるなんて奇跡はどうやったって起こらない。僕の中にある僕自身が気付いていないことをどうして相手が気付くことができるだろうか。
自覚症状のない病気など、死ぬまで認知されない。死んだという結果が出てから理解することになる。
それでは遅すぎるのである。終わってから分かるような話であってはならない。これは終わりを迎えるために必要なことなのだ。結果が出る前に理解してもらわなければならない事なのだ。
「一歩が踏み出せていなかったのは僕の方だったんだね。みんながいなかったらきっと気付かなかったよ。みんなが変わろうとしなければ、秘密を抱えてきた歪が見えるまで気が付かなかったと思う」
いつかは話さなければならないことをここまで引っ張ってきた。いずれ告げなければならないことを先延ばしにしてきた。意味のない延命措置をしてきた。
「変わっていくみんなを見て、強くなろうとするみんなを見て、僕は――1人で変わらないものを抱えたまま変わらない自分の存在がようやく見えたんだ。みんなの存在が大きくなるのを見て自分の存在が小さくなっていくのに気づいたんだ」
みんなの存在がどんどん大きくなることで、相対的に見えなくなる自分に気付いた。変わっていかない自分の姿がはっきりしてきた。
絶対に変えるつもりのない終わりを告げられなかったのは、僕が弱腰だったからだ。みんなが強くなろうとする姿に怯えていたからだ。椛が、希が、なごみが、強くなろうと、強くあろうとする姿に怖気づいていたからだ。
「こうしていずれ話さなければならないことを抱えたままここまで来てしまったのは、僕がみんなを信じ切れていなかったから。“みんなを信じる”という気持ちを信じる強さが足りなかったから」
決めよう――今日から始めよう。
家族全員に終わりの形を告げるんだ。僕の抱えている願いを告げるんだ。そこからが僕のスタート――僕の変化の始まり。
「椛、影狼さん、大妖精、後で希やなごみにも聞かなきゃいけないんだけど……ちょっとお願いしたいことがあるんだ。いいかな?」
「はい、和友さんの願いならば」
「お姉さんにできることなら対価込みで聞いてあげるわよ?」
「私なんかにできることでしょうか?」
三者三様に答えが返ってくる。
みんなにお願いすることは、何も難しいことじゃない。
これは、誰にだってできること。
これは、何者にだってできること。
“僕が信じるみんな”ならできること。
「今日の夜――家族会議をしたいんだけど、いいかな?」
ここに変化するための一歩目を踏み切る変化点を作る。
今を変えることで、未来を変える。
今度は、僕が変わる番――スタートを切る番である。
会社の忘年会、幹事を務めまして無事終了しました。
そして、無事風邪をひき、熱を出しながら会社に出勤して、なぜか家族と旅行に行っていました。
そんなこんなリアルの状況ではありますが、小説の2週間更新はできる限り守ります。
さて、今回は主人公が周りの変化を見て、自分が変化していないことを自覚する話になります。もっと実直に言えば、終わりを形作ると同時に恐怖を抱えていたという話ですね。
前回の話で、希が一歩目を踏み出し、二歩目を歩み出したことも上手く繋がって書けたかなと思っております。
次回は、家族会議と異変解決の終幕を書けたらと思っていますが、あくまで予定ですので期待せずにお待ちください。これからもこの作品をよろしくお願いいたします。