9章は、妖々夢のお話になります。
笑顔を見せた橙は、思い出したように当然の疑問を口にした。
「それで和友はどうしてマヨヒガに戻ってきたの? 何か忘れものでもしたの? 忘れ物は特にはなかったはずだよ? 藍様もあれから何度か和友の部屋に入ることはあったけど、何かに気付いている様子はなかったし……」
基本的にマヨヒガで使用されている部屋は決まっている。そのため、使われていない部屋に入る機会はほぼないといっていい。
だが、藍は僕の部屋に何かしらの動機があって入ったようである。何かしらしようとして、何かしら想うことがあって僕の部屋を訪れた。何かがいた、何かがある、数多あるマヨヒガの部屋の中から僕の部屋を選んで訪れようと考える程度には違和感を覚えているのだろう。
もうすぐ霧が晴れる。
夜が終わる時が迫っている。
夜明けはもうすぐそこまで来ているのが肌で感じられた。
「もしかして、マヨヒガに戻ってきてくれるの?」
橙の表情に少しばかりの期待の色が浮かんでいる。
けれども、残念ながらその期待に応えることができないのが現状である。マヨヒガに戻るためには、藍が自らの記憶を取り戻し、なおかつ見失うことのない確固たる自分を手に入れる必要がある。そうでないとマヨヒガを出た意味がなくなってしまう。これまでの失敗を繰り返してはいけない。
今はまだその時ではない。その思いは、きっと橙も同じだろう。
僕は、藍に対して僅かな期待と不安を持ちながら、橙からの質問に答えた。
「ううん、今日は霊夢を追ってきたんだ。なんでも異変が起きているみたいでさ。さすがに僕の力じゃ異変は解決できないと思うけど、何かしらできたらなと思って。うん、ちょっとした思い出づくりだね」
「ふーん、そうなんだ。思い出づくり……私も付き合っていいかな? 藍様も紫様も二人してどこかに行っちゃって」
橙がそう言った瞬間、不穏な音が空間に鳴り響いた。
それは僕たちが良く知っている音―――スキマが繋がった響きだった。
「私を呼んだかしら?」
「わっ!?」
「あ、紫様」
紫のいきなりの出現に椛だけが驚きの声を上げる。
僕と橙は、今や普通になった紫の出現に驚かない。紫はマヨヒガにいるときでもまるでホラー映画のようにスキマで顔を覗かせてくることがある。移動するのが面倒という理由で、びっくりする顔が見たいからなんて理由で、スキマを使って突然に現れることが多々あった。
僕と橙にとっては、紫が神出鬼没にスキマを介して現れる光景は今やよくある日常の風景の一つだった。
「こうして橙と和友、二人が揃った状態で会うのは久しぶりね」
「紫様! お帰りなさい!」
「ただいま、橙。そして、お帰りなさい、和友」
「ただいま、紫」
僕と橙と紫の3人は、忘れてしまいがちになっている日常の1部を共有する。懐かしい、嬉しい。そういった感情が心に温度を与え始めた。
3人の視線が一つに交わる。8か月ぶりの再会は、僕たちの視線を一つにした。
「こうしてスキマ越しに会うのは3日ぶりだね」
「そうね、3日ぶりね」
軽い理由で神出鬼没に現れる紫ではあるが、その出現確率は徐々に低下している。博麗神社に来た当初は毎日のように顔を覗かせてきた紫だったが、今や1週間に2回程度に落ち着いていた。そこまで話をする内容がなくなったというのもあるし、藍の精神が安定しだしたというのが最も大きい理由だろう。
ただ、今日に限ってはいつもの紫とは違っていた。リボンが付けられた長い金髪、通常見ることのできない中央が凹んでいる日傘、紫色を基調としたフリルのついたドレスが日の下に曝される。紫の全身が、スキマをまたいで世界に降ろされたのである。
「そして、姿を見せて会うのは8か月ぶりかしら。恐ろしいものね……時間の流れはこんなにも速い。私たちが一緒にいたのがつい昨日のことのように思い出せるわ」
こういう言葉を聞くと、時間の流れ方の違いが身に染みて分かる。
僕の心の中に入ったとき、紫の時間と藍の時間と僕の時間が異なっていたように。妖怪と人間で時間の捉え方が違うのだと思い知らされる。
僕の記憶はすでにモノトーンになり始めている。薄くなって希薄になっている。大事な思い出だけど、あれほど楽しかった思い出だけど、あれだけ悩んだ思い出があるけれど、妖怪に比べるとはるかに短い時を生きている僕にとっては、もう随分と前のことのように感じてしまう。
過去が遠くに感じるのはきっと、僕が成長しているからというのもあるだろう。時間の捉え方が違うというのもあるが、あの時の生活を超えて今を生きているから。過去を振り返らずに未来を向いているから。昔の自分を塗りつぶしたから。見えている角度が変わったのだ。もう、僕の視線は過去に向けられることはない。
だけど、記憶や思い出、気持ちの全てが変わって薄くなっていくものというわけではない。心の中には変わらないものもある。色褪せずに、むしろ色濃くなる想いがある。
それは、僕と橙と紫の3人が持っているもの。
そんな変わらないものを共有している紫は、感傷に浸るように昔を思い出すと、頭の中に残る残像を消し去るように首を振った。
「ごめんなさい、思い出に浸っている場合ではないわね。一度昇った太陽はいずれ落ちる。これは再び太陽を迎えるために月を見送るような―――そんな必要不可欠な時なのだから」
僕たちはずっと待っている。
苦難の時を超えて、幸せの時を迎える準備をしている。
毎日、善い時ばかりが続くわけがない。
人間、妖怪に限らず、悪い時は必ずある。
1年の間に好不調が推移するように、人生は山あり谷ありだ。
きっと、その谷にあたるのが今なんだ。
だから僕たちはずっと手を伸ばしている。
あの時を再び迎えるのを。
新しい時間を手に入れるのを。
僕たち家族は両手を伸ばして待ち続けている。
「いくらでも待つ覚悟はできてる。何年でも何十年でもずっと待ってる。だけど、あまりに遅かったら私たちが迎えに行く! もう待っているだけの私じゃないから! 明日の尻尾を掴みに行く準備はできてるよ!」
「そう、僕たちは後ろに灯る明かりを持って生きているのではなく、これから先の光を追い求めていくんだから。僕も紫も橙も―――もちろん藍だってね」
「夜明けを迎える、太陽は引っ張ってでも引きずり出す。世界を変える時はもう目の前よ。一回り大きくなった私たち―――八雲家が望む未来を手に入れる」
八雲家―――その言葉を聞いた瞬間心臓が激しく高鳴った。その言葉は、誰もが今まで言ったことのなかった言葉。家族だという認識をみんな持ち寄っていても、誰一人として口にしなかった言葉。
僕たちは、紫の八雲家という一つの存在に大きく頷いた。
橙と僕と紫の視線が交錯する。瞳の奥に確かな意思を宿して、僕たちは再び一つになることを望んだ。
「藍がいないのは残念だけど、心配することなんて何もないわ。私たちはいずれ一つにまとまる。藍なら必ず戻ってくるわ。だって、藍も私たち家族の一員だもの」
誰一人として異論を挟む者はいなかった。橙も僕も、皆が一堂に集う未来を疑っていなかったから。
ここに藍がいて―――初めて八雲家は完成する。
あと一つ欠けたピースは、すぐ傍でくすぶっている。
僕たちは待っている。
マヨヒガで。未来で。すぐそばで。
帰る場所を守りながら、その時が来るのを待っていた。
「さて……久しぶりに意思確認ができたところで、3人とも今からいいかしら?」
3人とは―――ここにいる全員である。
橙と僕だけではなく、椛の数を入れた数字である。
椛は、会話の中に参加する唐突な流れにきょとんとした顔で自らを指さした。
「私もですか?」
「もちろんよ。まさか、自分は部外者だと思っているの?」
「……どうしても、お三方の関係を見ていると自分の付き合いの薄さを感じてしまって。関わりを持っていない私がみなさんの輪の中に入っていいのかと考えると、気後れしてしまいます……」
椛の顔に困惑の色が付着している。
椛が遠慮する気持ちも分かる。椛が関係を持っているのはあくまでも僕だけだ。紫や橙とは何一つとして繋がりを持っていない。幻想郷にきてずっと僕と一緒にいた紫や橙に対して椛が気後れするのは当然だった。
ましてや、体裁や相手の様子を伺う癖のある椛の性格からすれば避けられないことだろう。
ただ、紫はそんな怖気づいている椛に真っすぐな視線を向けてはっきりと言った。
「付き合いの度合いなんて関係ないわ。貴方も和友の家族になったのなら自分の意志を持ちなさい。歩いている道の上に自分だけの景色を持ちなさい。貴方の道は、あくまでも貴方だけのための道だということを自覚しなさい」
椛は、紫から告げられた言葉に目を見開いた。そして、強い意志を瞳の奥に宿して凛々しい顔で口を開いた。
「はい!」
椛ははっきりと言った。
はい―――と愚直なまでの真っすぐさを示した。
「貴方の代わりはいないの。自分の進むべき道を知って、自分の想いを抱えて、自分がやるべきことが見えたならそこは貴方の座るべき椅子よ。貴方の色のついた、貴方だけの居場所。誰の代わりもできない、誰も代わりのできない自分を大事にしなさい。それがちょっとだけ早く和友と家族になった私たちから言えるアドバイスよ」
「はい!!」
椛は、先ほどよりも大きい声ではっきりと言った。
はい―――と愚直なまでの真っすぐさを再び示した。
紫は、そんな素直な椛を見て表情を歪めた。
どうやら椛の対応が、どこか心に引っかかるものがあったようである。おそらく昔の藍と同じ空気感を察したのだろう。言われたことを素直に飲み込みすぎる性質に不安になったのだろう。
ここで、紫のいつものやり口が炸裂した。
「貴方はそうやって元気いっぱいに答えるけど、本当のところはどうでしょうね。私の言っていることが正しいかなんて分からないわ。この世の中に正しいことなんてないように、悪いことだってないのだから。そんなもの境界を操ってしまえばすぐに変わってしまうような脆弱なもの。受け取る側が境界を引くべき問題よ」
自分で言っておいて、それを否定するように有耶無耶にする。言っていることに対する説得力を皆無にし、うさん臭さを醸し出す。相手を引き込み、放り投げる。これは紫がよくやる相手を揺さぶる会話の流れである。
「自分の中で境界線をきっちり引いておかないと、あったのかなかったのか分からなくなっちゃうわよ?」
紫のセリフを聞いた椛が複雑な思いを抱えているのが見た目から読み取れる。
強い者に巻かれる性が完全に抜けきっていない椛にとって、紫のような人物は最もやり辛い相手の一人だろう。
言っていることが二転三転繰り返される。どれも本気で思っているようで何に対してもどうでもいいと思っているように感じられる言葉。途中で何を話していたのかさえも分からなくなるような会話の流れによって翻弄されるのである。
だけど、そんな困っているように見える椛の中に確かな答えがあることを僕は知っている。今日まで繰り返した後悔、積み立ててきた努力、固めてきた覚悟が椛の足を地につけているのを僕は知っていた。
きっと、きっかけは紅魔館で美鈴に心を折られたことだろう。
あの時から―――椛は変わったのである。
「明日は、まだまだ剣の威力が弱いので、体重が乗るような振り方を練習してみます!」
何のために明日に進むのか。
「明日は、もう少し早く動けるようになるために足さばきを工夫してみようと思います!」
明日を迎えることにどんな意味があるのか。
「明日は、和友さんに教わりながら料理の練習をします!」
何のために明日を生きるのか。
「明日は――――」
そんな答えのない問いを繰り返して。
日々が終わるのを見送って。
明日を迎え入れる。
明日はこういう自分になろう。明日はこうしよう。
毎日毎日、希望をもって明日を呼んだ。
そういう日々が、自分の居場所を作った。
誰にでも座れる椅子を自分色に染めた。
自分だけの景色、自分だけの未来―――そこに介在する者は誰もいない。誰も入り込めない。誰の代わりでもない、誰にも代わりのできない自分だけの世界がそこに生まれたのだ。
それを知っているのは今のところ僕だけだけど、きっと紫や橙も分かってくれるだろう。僕と家族になった椛の―――椛だけの世界をいずれ見る機会があるだろう。
今は分からなくても、未来にきっと分かるときがくる。
僕は、未来の楽しみの一つだと思って、フォローの言葉を告げた。
「紫、椛が困っているよ」
「あら、ごめんなさい。和友が来てから随分とましになったと思っていたけど、まだまだうさん臭さが抜けないようね」
紫の言葉に、橙が酷く納得した顔で言った。
「きっと、身に染みているから抜けないのでしょう。臭いは一度つくとなかなか取れないって言いますからね」
「橙、後で話し合いね」
「え、どうしてですか? 私が何か悪いことを言ってしまいましたか?」
「理解力が足りないようね。これは、教育が必要かしら?」
笑顔でほほ笑む紫に恐怖を感じる。橙も同様に何かしら逆鱗に触れるようなことを言ったと気付いたのか、肩に力が入っていた。
僕は、恐ろしく凍った雰囲気を変えるために慌てて話題を変更しにかかる。
「ごめん、話を戻すんだけど、紫の要件って何かな? 紫の頼みだったら僕たちもできるだけ叶えてあげたいけど、余り大事な要件じゃないなら霊夢を追いかけたいんだ。もう随分と先に行ってしまっているし、早くいかないと置いていかれちゃうよ」
「霊夢に追いつこうとしているの?」
「うん、だって霊夢に追いつかないと異変の現場にたどり着けないでしょ?」
「ああ、だったらその心配はないわ」
そう言った紫は、さっきとは種類の違う微笑みで―――何かを企むような表情で。
紫の口から出てきた言葉は、耳を疑う言葉だった。
「だって、今からその霊夢よりも先を行ってもらうのだもの」
どういうことだろうか、クエスチョンマークが頭の上に浮かぶ。そして、湧き上がってきた疑問を続けて口に出そうとしたところで、紫に巻き込まれる形でスキマを通過した。
真っ暗な無重力の暗黒空間を通って光のある世界にたどり着く。移動時間は1秒もなかった。瞬きする間―――一瞬にして空間を渡った。
「ここ、どこ?」
空間を飛んだ先にあったのは、何段あるのか分からない、見上げても終わりが見えないほどの急な階段だった。
周りを見渡せば、ところどころにふわふわと浮いている白い靄のような物質が浮いている。空間は静寂に包まれ、音が全くしていないのかと思うぐらいに静かである。果てしなく続いているように見える階段の周りには春を強くイメージさせる桜がその色を染め上げていた。
美しいという言葉がよく似合う場所だった。目線を奪われるものが多く、自然と見上げてしまう自分がいる。椛も橙も初めて訪れた場所のようで、呆然と美しい景色に酔いしれているようだった。
そんな僕たちを現実に引き戻さんとばかりに、紫から説明がなされた。
「ここは冥界よ」
「冥界!? あの、死者が成仏する前に集う場所ですか!?」
「そうよ」
椛は冥界についての知識を持っているようだったが、あいにく僕は行ったことのない場所の記憶は全くなかった。
後から聞いて分かったが、冥界とは死者が成仏するまでの間を過ごす場所のようで、基本的には生きている人間が入っていい場所ではないらしい。天界と呼ばれる場所が成仏した後に行ける場所なのだが、そこが満杯であるため成仏待ちをする形で冥界に留まっている幽霊が相当数いるという。
「これが幽霊なの?」
「そう、その和友の目の前で白くゆらゆら揺らめいているのが幽霊よ」
ちょうど目の前をゆらゆらと飛んでいる発光体が幽霊のようである。幽霊は、妖精と同じように僕の周りに集まってきた。
幽霊が僕に引き寄せられるのを見た紫は、あっちに行けと言わんばかりに手首を上下に揺らす。すると幽霊たちは何かを察したのか僕から離れていった。
「しっしっ! ほんとに油断も隙もないんだから。まぁ、恐怖を感じる感情があるだけ妖精よりましね」
本当にそうだろうか、僕からすれば五十歩百歩の違いだと思う。
どちらにしても僕には防ぎようがないという意味では、妖精も幽霊もどっちでも変わらなかった。
「いきなりで申し訳ないけど、この階段を登ってちょうだい。そこに会ってほしい人物がいるわ。今起きている異変とも関わりがあるし、霊夢は後から追ってくると思うわよ。あの子の直感は必ずここを指し示す。もちろん、それまで和友が
「紫が会ってほしい人?」
「会ってほしいというか、会いたいって言っている人かしらね。ほんとに困ったものだわ。そういうところも好きなところではあるんだけど、和友に興味があるみたいで会いたいって聞かないのよ。私もこれ以上断りきるのは難しいし、
僕は、霊夢が後を追ってくるという紫の事実めいた予測よりも、紫が会ってほしい人がいるという事実に驚いた。
紫はプライベートな話をほとんどしない。誰かと会ってきたとか、誰かと話してきたとか、誰かと何かをしたという話を一切しないといっていいほど登場人物が限られている。紫の口から出てくる話は、基本的に僕たちについてやマヨヒガであったことばかりだったのである。
初めて紫の口から聞いた
「了解、行ってみるよ。紫の大事な友人なら粗相がないようにしないとね」
「普段通りの和友を見せてあげなさい。私の最も知っている、自然のままの、そのままの貴方を見せてあげて」
「安心して。僕にとってこれ以上もこれ以下もないから。どんな僕だって、そのままの僕だよ」
「ふふふ、余計な心配だったわね。それじゃあ、和友―――いってらっしゃい」
「いってきます」
別れの言葉を告げて一歩を踏み出してみれば、すでに後ろには紫の姿はなかった。ただ、椛と橙が笑顔で僕を見つめていた。それを見たら僕も自然と笑顔になった。
僕たちは、無限に続いているように見える階段を飛びながら登り始める。相変わらず音が一切聞こえないほどに静かで、風が吹いている音だけが鼓膜に響いていた。
周りにまとわりつくように集まってくる幽霊は、椛と橙がけん制してくれている。幽霊は切り伏せられることや攻撃されるのを認識しているのか、途中から近づいてくることはなくなった。
そして、飛び始めて数十分が経過したころだろうか―――目の前に幽霊以外の存在が映った。明らかに今まで見てきた幽霊とは違い、発光もしていなければ、輪郭線がはっきりしている。
両手を広げて立ちふさがっているそれは、まさしく人間の形をしていた。
「止まりなさい! どうやって結界を破ってきたの? 目的は何?」
発せられた言葉に飛ぶ勢いを緩める。そして、目の前の相手に対してちょうど3メートルぐらいの距離を確保して停止し、会話の中身に集中した。
見た目―――立ちふさがった者の身長は145 cm程度である。橙よりは大きいが霊夢よりは小さい。身長の小ささが腰に刺さっている刀の長さを強調している。全長約200 cm、刃渡りとしても170 cmはあるだろう長い刀、全長80 cmほどの脇差、合計2本の刀が腰に刺されている。刀の鞘についている桜の装飾と黒をベースにした塗装が景色と同化して綺麗に見えた。
珍しい髪色である、白髪のショートカットに黒いリボンがモノトーンになっていてよく栄えている。服装は緑を基調として白をちりばめた目に優しい色をしていた。
ただ、何より目を惹きつけたのは、その少女の傍で纏わりつくように白い発光体―――幽霊の存在である。
そんな特徴的な少女が目の前で一時停止をかけている。相手の表情を見る限り、歓迎ムードというわけではないらしい。どうも、紅魔館を訪れたときと同じように訪問のためのアポイントはとられていないようである。
そして、あいにく僕たちは幽霊をまとった少女の質問に答えられる情報を持っていなかった。結界については何も知らないし、そんなものがあったのかどうかさえ認識できていない。きっと、紫のスキマで通ってきたから無視した形になっているのだろう。
ただ、目的についてははっきりしていたため、僕は応えられるだけの答えを返した。
「結界については何も知らないけど、目的はこの上にいる人と会うことかな? もともとの目的は別のところにあったんだけど、家族のお願いはできるだけ聞かなきゃね。だから、邪魔しないでもらえるかな。別に危害を加えに行くわけでもないんだから」
「行かせません! ここは冥界、死者が住まう場所。生きている人間が来てはならない場所だ!」
「生きている人間は来ちゃいけないの?」
「そうです! 来てはいけない場所です!」
たった一言の何気ない言葉が、僕の心の中を疑問で埋め尽くした。
目の前の相手からの言葉を聞いていると、冥界に来るということを「全ての生きている人間」が許されていない印象を受ける。
生きている人間が「来ることができない」場所というのならばまだ分かるが、来てはならない場所―――果たしてそんな場所など存在するのだろうか。
これは誰かの家に不法侵入するのとはわけが違う。公共施設に忍び込むのとはわけが違う。これらは相手を選んでいるだけでちゃんと生きている人間がいる場所である。僕もそういう他者や自分のために守られているモラル的なものなら理解できた。
だけど、今言われている言葉にはそういう意図は全く感じられない。ただ、頭ごなしに否定しているだけだ。それはそういうものだからと思考停止に陥って、決めつけているだけに聞こえる。
そもそも何か行動を起こす時に―――何かの許可や了承が必要になるということはありえないのだ。あくまでもそれを許すかを決めているのはそれを自らに問いかけた本人自身である。
近所に不法侵入するかを決めるのは自分だ。それを咎める法律や世間体、そして自分も同じ目に合ってもいいというところまで飲み込めさえすれば、不法侵入という行動を許可するのは忍び込まれる対象ではなく、自分自身のはずである。
誰かに許されているから、誰かに認められているから―――そんな理由が足を踏み出す理由にはならない。
よくよく思い出してみてほしい。前を進む理由には、目的地に向かう気持ちの根源には、いつだってそこに行きたいという欲求だけがあったはずである。
友達が家に来てもいいと言われたから行くのではない。友達の家に行きたかったから足を前に進めるのだ。
デパートが来てもいいですよと言われたから行くのではない。買い物に行きたかったから歩むのだ。
工場見学にぜひ来てくださいと言われたから行くのではない。見学に行きたかったから目的地を決めたのだ。
誰かに許されたからではない―――人は自分の気持ちの進むままに目的地を決めるのである。
「人間に来ることが許されていない場所なんてないよ。それはただ単に君たちが許していないだけだ。僕たち人類は誰に許されるわけでもなく、地球の裏側にも、深海にも、空にも、月にだって足跡を付けたのだから」
「屁理屈を! どうしても止まらないというのならそのなけなしの春を頂く。死人に口なし、幽々子様に殺される前に私が斬ります!」
目の前の白髪の少女に問答無用とばかりに持論を一刀両断される。次いで、腰に差していた長い方の刀を引き抜き正面に構えた。
月の光を浴びて
こういう場合は、弾幕ごっこによる決着だったはずなのだけど、まだまだ普及していないということだろうか。そんなことを考えながら身構える。美鈴と戦った時のように、藍の教えを守りながら相手に焦点を合わせる。一挙手一投足に目を配り、僅かな動きに対応する。
内部エンジンをもうすぐ点火できるところまで温める。じわじわと感覚が研ぎ澄まされていく。
お互いの視線がもうすぐ戦いを始めることを歌いだしたとき―――それを遮るように椛が前に出た。
「和友さん、先に行ってください。ここは私が受け持ちます」
椛の言葉は、紅魔館でも聞いた言葉だった。
しかし、同じ言葉を口にした椛の表情はあの時とは違っていて。
真っすぐに向けられた瞳は確かに自分の進むべき道を映し出していた
「すぐに追いつきます。これは和友さんの道であり、私の道です。自分の道を自分で切り開くぐらいしてもいいでしょう?」
もうあの時の椛はここにはいない。
迷って、悩んで、無理やりに納得していた。
それしかないと、仕方がないと、現実にひれ伏していた。
唯一の支えを失って。
生きている意味が分からず。
居場所が見つからず。
どうしていいのかも決められない。
だから、悩んできた。
だから、苦しんできた。
そんなこれまでの想いが今の椛を作っている。
自信に満ち溢れて、心が満たされている表情を生み出している。
誰に許されるわけでもなく、誰かに認められるわけでもない。
その結果何が起きようとも、誰に咎められようとも、そんなもの関係ないと言わんばかりに、自らが決めた道を歩く。
自分の居場所を自分で決めたのだから。今いる自分の場所を、自分だけの、自分のためだけの、自分の色に染めあげたのだから。
椛の顔は今まで見てきたものの中で最も凛々しく―――何よりもかっこよく見えた。
「うん、先に待っているから。すぐに追いついてきてね」
「待っているからね。絶対に来てね!」
「二人からそう言われたら、急いで行かないわけにいきませんね」
椛からの余裕の返しに笑みが浮かぶ。僕たちは笑顔のまま椛に背を向け、飛び立った。
後ろを振り向かなくても椛がどんな顔をしているのか想像できる。そこにはくつくつと笑いをこらえるような微笑みがあることだろう。
その微笑みは―――未来を楽しむもの。
椛の瞳は、すでに自分の道を見据えている。自らの道を捉えている。
それは僕が歩いている道とは違うもの。確かに僕が進んでいるものと同じレールの上かも知れないし、僕と同じ方向を向いているかもしれない。もしかしたら真後ろを歩いているのかもしれないけど、歩いている足は確実に椛の道に色を付けていっている。
椛の色付いた歩みは、確かな足跡を付けていた。
「あっ、待て!!」
追いかけようとする少女の道の前に椛の存在が立ちはだかる。
「だから言っているでしょう。今のあなたの道を遮るのは私です。ちゃんと前を向かないと自分の歩くべき道を見失いますよ?」
「妖怪の山の下っ端ごときに私が止められるものか」
「そうでしょうか。意外とやれると思いますよ? 試してみればいかがですか? 都合がいいことに私たちはお互いに剣を持つものですし」
椛は背負っていた大剣を構え、臨戦態勢をとる。
お互いにかざした武器がこれから先の未来を明示する。
道に立ちふさがった少女は、武力行使の椛に怪訝そうな顔を見せた。
「私と剣術で対峙しようというのですか? 本当に死にますよ?」
「分かり易くていいでしょう? 私とあなたの格の差を知る意味でもね」
「格の差を思い知らせてあげます! 妖怪が鍛えたこの
「私たちの道は、誰にも邪魔させません!」
自分の道は自分で切り開く。
道を開くための剣を持った二人の少女は、弾幕ごっこを必要としない戦いの火蓋を切った。
明日を望んで迎える。
望んだ未来を追いかける。
積み立て、抱えてきたものが歩む足音を大きくする。
堂々と自分の道を歩く人って、望む明日を追いかける人だと思います。
自分の代わりは、誰にもできない。
誰かの代わりは、自分はできない。
自らの座っている椅子が自分色に染まっている人は、何より輝いて見えます。
前回のあとがきで申し上げたところまで進まなかったこと、誠に申し訳ありません。次回には、幽々子が出てきます。次話は、戦闘+幽々子登場+??ですね。
これからもよろしくお願いいたします。