ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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全6話編成になる予定の第9章の1話目です。
9章は、妖々夢のお話になります。


第九章 東方妖々夢
終わりと繋がらない始まり、そんな冬の夜の小話


「和友は、幽霊の存在って信じるかしら?」

 

 

 紫が唐突にそう問いかけてきた。ちょうど真冬の寒さが極まっている季節で外に出ることも億劫になるような、そんな夜のことである。

 

 

「唐突にどうしたの?」

 

「ちょっと気になっただけよ。で、どうなのかしら?」

 

 

 紫は、スキマから上半身だけを出して前のめりに回答を迫ってくる。最初に紫を見つけたときのように、「私が見えているの?」と問いかけたときと同じような体勢で、あの時とは違う優しさが垣間見える表情で―――家族である紫が問いかけてきた。

 

 

「幽霊か……」

 

 

 幽霊を信じるか―――その質問は小学生の頃にもされた覚えがある。

 幽霊、それはよく魂と表現される。死者の魂として扱われる。ちょうど多感な時期に差し掛かるそのころに恐怖の象徴とされる存在―――それが幽霊である。

 例を挙げれば、視線を感じる、急に物音がした、寒気がする、そういうよく分からないものを説明するのに幽霊の仕業だとすることがある。恐怖心が脳内に幽霊の存在を作り出すのである。それはもはや、想像の域を超えた妄想に近いものだ。

 被害妄想ともいうべき想像から生まれる幽霊の存在。こう言うと幽霊が見えている人や見たことがある人から反感を買うかもしれないが、僕は見たことがないからここではこういう表現になっていることを許してほしい。

 ただ、この認識だけは見えている人と一致することだろう。幽霊の持つ本質は、妖怪が持つ性質に類似しているということである。見える人には見えるという意味でも。恐怖を与える存在だということも。両者の性質には共通点が多い。

 ただし、明らかに違う点が一つある。

 幽霊というのは、生まれる原因が生きていた存在が死ぬことで生まれるものだということである。そして、死んだ者に準じた特性を持っているということである。死人がいなければ、幽霊は存在しないのだ。

 妖怪の場合は、人間の恐怖や畏怖といった想像から生まれている。無からというと言い過ぎている感じはあるが、何かが変化して生まれるものではない。例外はもちろんあると思うけど、ほとんどの妖怪は何もない空間に突如として生まれているはずである。

 妖怪は無から生まれる。

 幽霊は有から生まれる。

 この両者の違いは、両者を大きく隔てていて、お互いを区別している。人間と妖怪の区別がついていない僕の中でもはっきりと別ものとして扱われている。

 さて、僕にとって幽霊の存在とはどういうものだろうか、ちょっとだけ考えてみる。これまで幽霊というものを一度も見たことがない身で考えてみる。

 僕は幽霊という存在を一度も見たことがなかったけど、見たことがあるという人の話は聞いたことがあった。テレビや友達からそんな話を耳にしたことがあった。聞くところによると幽霊のどれもが白く、人魂や人の形をしていたという。

 見たことがない僕には想像することしかできないし、存在すると断言することはできないけれども、大方の人間はきっと信じないと答えるだろう。それは僕も同じである。見たことがない者は信じることができない―――僕だってそんな普通の回答を持っていた。

 

 

「僕は信じていないかな。幽霊の存在を認めてはいるけど、信じてはいない」

 

「認めているけど、信じていない?」

 

「紫も言っていたでしょ? 信じると認めるは違うんだって。信じることはあることを肯定すること。認めることは否定しないことなんだって」

 

 

 幽霊を信じる―――それは存在を肯定する行為である。

 幽霊を認める―――それは存在を容認する行為である。

 両者は似ているようで似ていない。

 前者は、いると断言すること。その人の頭の中に確固たる存在として確定しているということ。

 後者は、いてもいなくてもどっちでもいいということ。いたとしても別に構わないし、いないならいないでいいということである。それは否定をしないということ。

 これは、幻想郷に連れてこられて紫から初めに教えてもらった事柄だ。

 

 

「ええ、確かに言ったわね。あれは和友を幻想郷に連れてきた時のことだったかしら?」

 

「よく覚えているね」

 

「忘れられないもの。これも私の大切な思い出だから」

 

 

 紫は、懐かしい記憶を取り出して少し嬉しそうな顔をする。

 そんな紫を見て僕の頬もほころんだ。

 

 

「幽霊については、いてもいいと思うし、いなくてもいいと思うんだよね。そう―――どっちでもいいと思うんだ」

 

「そうね、和友らしい回答だと思うわ……そんな和友にちょっと聞いてみたいことがあるのだけどいいかしら?」

 

 

 少しの間を置いた紫の口から疑問符が放たれた。

 普段は勢いづいてこっちの事情をほとんど気にせずに質問を投げかけてくる紫がワンクッションを入れてくる。

 こういう場合に聞かれることはいつも同じだ。

 内容はまちまちだけど、関係していることはいつだって同じもの。

 気にしなくてもいいのにと思うけど、構わないよといつも言っているけど、それでも気にしてくる。気を遣ってくる。

 だけど、僕はそれを面倒だとは思わなかった。だってそれは、紫が僕を大事に思ってくれていることの証明だから。

 

 

「いいよ。何でも言って。僕に対して遠慮することなんてないよ」

 

「そんなわけにはいかないわ。これは和友にとって大切なことなのだから。和友はもう少し、気を遣われることに慣れなさい。そうやって相手にばかり気を遣って、遣われるのは嫌なんてわがままよ。この話は、ないがしろにしてはならないことなのだから。貴方にとっても、そして―――私にとってもね」

 

「いつも気を遣ってくれてありがとう。僕は、紫の優しさに守られてばっかりだね」

 

「そんなことないわ。私たちだっていつも和友の優しさに守られてばかりだった……甘えて、寄りかかって、包まれていた。そんな和友がいたから―――私たちは家族になれたのよ」

 

「きっと僕がいなくても、みんなは家族に成れたと思うよ? なんだかんだで、みんな繋がりを持っていたし、引き付けあって、集まったと思う」

 

「……きっとそうでしょうね。和友がいなくても、私たちは家族に成れた」

 

 

 家族に成れた―――きっと僕がいなくてもみんなは家族に成れただろう。僕がいなくても紫と藍は主従関係を結んでいたし、橙とだってどこかで繋がったことだろう。家族の形は違えど、そこには確かに別の家族としての形が形成されたことだろう。

 紫もそんな僕の予想を否定しなかった。

 だけど、そこから先に紫の口から出た言葉は僕の予想を裏切る言葉だった。

 

 

「けれど、きっとそれは特別な家族だったわ。特別な私と、特別な藍と、特別な橙がいる。それぞれが特別な関係を持っていて。特別な日常を送っている。そんな家族の形だったと思うの」

 

 

 紫は、少年が来ていなかった場合の自分たちの生活を想った。2年前までの自分たちの生活を思い返しながら、そのままの生活が続いていたらなんていう想像を巡らせた。

 

 

「そうね……マヨヒガにはずっと橙だけいて。どこか分からないところに私がいて。眠っている私の代わりに藍が働いて。ただ、それだけの家族だったと思うの」

 

 

 そんな特別な家族の関係を壊したのが少年の存在である。

 誰に対しても特別扱いをしない少年の存在である。

 嬉しい時に嬉しいと言う。

 楽しい時に楽しいと言う。

 苦しい時に我慢をする。

 悲しい時に涙を流す。

 時に同じ感情を共有する。

 時に共有できない感情に苛立つ。

 そんな普通のことができるのだと、何も特別な存在じゃないと教えてくれた。

 何でもできるわけじゃない。孤高の存在でもない。何でも自分で抱え込むことはない。全てを飲み込む必要はない。誰かを頼り、誰かを信じ、誰かを想う。そんな普通の存在としての自分を見つけてくれた。

 

 

「和友が教えてくれたのよ? 和友が私のことを特別な存在じゃないと教えてくれたから。私にとっての和友だって特別な存在じゃないから。だから、私たちは普通の家族に成れたのよ」

 

 

 特別でも何でもなくて、特殊でも何でもなくて。

 どこにでもあるような、どこにでもいるような。

 ありふれた家族に。

 

 

「ねぇ、そうでしょう? 私たちは同じ景色を共有しているわ。同じ日々を過ごして、横並びで歩いて、同じものを見て、同じ方向を向いている。これはそんなただの普通の家族からのお節介なの。普通の家族の大切な和友に向けたお節介―――だから、素直に受け取りなさい」

 

 

 どうしてだろうか。

 どうしてこんなに心がざわついているのだろうか。

 僕の口からは、うん―――その一言しか出てこなかった。

 それ以上の言葉が詰まって出てこなかった。

 頷くのが精いっぱいだった。

 嬉しくて、涙が出そうで、言葉が行方を失った。

 もうすぐこぼれそうになる涙を必死に堪えて、詰まった言葉を必死に吐き出す。詰まった感情を吹き飛ばすように無理やりに話を戻した。

 

 

「それで、僕に聞きたいことって何かな?」

 

「和友は、もしも幽霊になった両親となら会えるって言われたら会いたいかしら? 会って話をしたいって思う?」

 

「幽霊になった両親と、か……難しい質問だね。今まで考えたこともなかったよ」

 

 

 両親に会いたいかと言われれば、素直に会いたいと言うだろう。

 話したいことは山ほどある。これまでのお礼もしたいし、今の自分がどうなっているのかも報告したい。あの日、強盗殺人犯が家に入った日、どんなことを想って死んだのか。僕にどうしてほしいと思っているのか。生きている人に対する―――僕に対する想いを聞いてみたいという気持ちはある。

 だけど、幽霊として現れた両親と会いたいかと言われると複雑な気持ちになる自分がいた。だって、両親はもう死んでしまっているのだから。そして、何よりも僕自身が両親のことを識別できないからである。

 

 

「僕は……会いたくはないかな」

 

「そう……てっきり和友は会いたいって言うと思っていたわ。外の世界、それも両親に関してはかなり未練があるでしょう? いきなりの別れだったでしょうし、話しておきたいこともたくさんあるのではないかしら?」

 

「それはもちろんあるけど……会ってもそれが本当に僕の両親なのか判別できないし、死人に口なしってわけじゃないけど、死人からは何も受け取れないから。ふわふわしている幽霊に動かされるほど浮足立っているわけでもないしね」

 

 

 例え、何を言われたとしても。

 例え、何を想われたとしても。

 果たしてそれを受け取ることができるだろうか。

 軽すぎるその想いを受け止めることはできるだろうか。

 死人には何もできない。死んだ人は生きている人に何も与えられない。そこには温度もなければ、重みもない。さまよっているだけの幽霊には、地に足をつけて歩いている者は動かせないのだ。重みを失い、想いだけが浮足立ってふわふわしている幽霊に心を動かされるほど、僕は重さがない想いを持っていない。

 

 

「幽霊として出てくる両親を見たくないってこともあるけどね。だって、それって何か現世に縛り付ける想いがあったってことでしょう? 僕は、死んでまで心配されたくないから。両親には死んでまで苦しんでほしくないから」

 

 

 もしも、幽霊として両親が僕の目の前に現れたらそれはきっと僕の責任なのだろう。僕が縛り付けているのだろう。生きている間も相当に縛っていたのに、死んだ後も縛ってしまうなんて考えたくもなかった。

 僕は覚えていられなくて。両親は僕を覚えていて。それで幽霊として僕の前に現れるとしたら何て酷い悪夢なのだろうと思う。

 会いたくないなんて言うと親不孝者なのかもしれないけど、やっぱり僕は幽霊として出てくる両親なんて見たくなかった。

 

 

「何も幽霊全てが後悔や未練を持っているわけじゃないわ。こと幻想郷に限って言えば、なおさらね。半人半霊なんて存在もいるぐらいだし、幽霊という存在も案外悪くはないと思うわよ?」

 

「そうかな? 僕には余りいいもののようには思えないけど」

 

「幽霊になれば、寿命とは無縁の生活が送れるわ。それまでの記憶を失ってしまう可能性は少なからずあるけど、死んだ存在として、それこそ未来永劫生き続けることができる」

 

「死んでいるのに、生きているの?」

 

「そうね。そういう意味では、幽霊って矛盾した存在なのでしょうね」

 

 

 死んでいるのに、生きている。

 寿命という運命ともいうべき枷から外れて、独り歩きする。

 それは、何て悪い冗談だろうか。

 それは、何と恐ろしいことだろうか。

 

 

「和友だったらどうする? 幽霊になってみたい? そうすれば、今みたいな苦しみを味わうこともないし、死の危険に冒されることもなくなるわ」

 

「そういう話、永遠亭でも言われたね。結局、一度しか会えていないけど……」

 

 

 紫の話を聞いて病気で入院していたとき、ふとある人に話しかけられたことを思い出した。名前も聞いていない、その場限りの一回きりの会頭だった。

 その人からすれば、ほんの戯れだったのだろう。気まぐれの一言だったのだろう。結局その人とはそれ以来会っていないけど、その時の話は酷く記憶に残っている。

 

 

「貴方は、永遠の命が手に入る薬が手の届くところにあったらどうするかしら?」

 

「見向きもしないと思うよ。僕は、ゴールテープを自分で消すようなことは絶対にしない」

 

 

 その時の僕はそう答えたはずだ。迷うことなく、詰まることなく、心に抱えた思いをそのまま吐き出したはずだ。

 紫の質問も厳密には異なるが、その時にされた質問と本質は同じだろう。

 幽霊になる―――そんな自分を想像してみる。生きていたときの記憶を持っているか持っていないかに関わらず死んで、幽霊として存在している自分を想像する。

 その瞬間、感情が騒めき出した。嫌だと、受け入れられないと。心が絶叫ともいうべき叫びを発した。

 

 

「やっぱり嫌だ。幽霊にはなりたくない」

 

「どうして? 今までの生活をガラッと一新することができるのよ? 新しい体で不自由のない生活を送ることができるのよ? 運命から解き放たれて、何にも縛られることなく真に自由になることができるのよ?」

 

「嫌だよ、そんなの。だって、それは運命から見放されただけじゃないか。生き物というものから、人間というものから、世界から見放されただけ。置き去りにされて、置いてけぼりにされただけじゃないか」

 

 

 生きているから死ぬ。

 死ぬから生きている。

 幽霊になって死ぬことを忘れてしまったら、どこに行くというのか。

 終わりを知らずに、どこに走れというのだろうか。

 そんなものただそこにあるだけだ。ただそこにいるだけ。いうなれば道端の石ころと同じ。特に何をするでもなく、特に何を想うこともない。そこにいれれば満足で、そこで時間を過ごせれば十全で、変化することなく、何物にも影響を受けない。

 そんなもの生きているなんて言わない。

 そんなものどこにもたどり着けやしない。

 

 

「そんなことになったらさまようだけだ。どこにも行けなくなる。どこにも走れなくなる。自由しかなくなって、不自由がなくなって。それで本当に自由が感じられるなんて僕は思わない。僕は、誰かに縛られているから、何かに繋がっているから―――だから迷わずにいられるんだよ」

 

 

 完全な自由が得られたら―――僕はどこに行くだろうか。どこに向かえばいいのだろうか。自由になるというのは、しがらみを捨てるということ。具体的に言えば、周りの人間と一切関係を持たず、周りの事象に関与せず、何もしないということである。

 それは、目印もなく、こちらを呼んでいる声も聞こえず、殺風景の砂漠の中心にいるようなものだ。

 繋がりがあるから束縛される。

 関係性があるから不自由が生まれる。

 誰かが繋いでくれるから。

 何かが縛っているから。

 だからこそ、僕は前を向いていられるのだ。

 だからこそ、走っていたいと思うのだ。

 

 

「人生のゴールは、生き物として死ぬことだ。それすらも失ったら前さえ向けなくなる」

 

 

 ゴールを失った走者は、そこで佇むだけ。

 スタートを切る銃声はとっくに放たれたのに、切るためのゴールテープがないなんて、進むべき方角が無いなんて、僕には耐えられる気がしなかった。ましてや幽霊ならなおさらだ。生きていない幽霊なら、なおさら生きていられない。少なくとも、僕には無理な話だった。

 

 

「死から繋がるものなんてない。もしも、そこから幽霊という存在になるのだとしたら、きっとそれは違う者だ。それまで生きてきたその人じゃなくて、別の誰かだと思うよ。別の何かになっているんだ」

 

 

 仮に、僕の友達が死んで幽霊になったとしよう。死因は何でもいい。病気でも、怪我でも、事故でも何でもいい。

 きっと、幽霊になった友達に会った僕はこう言うだろう。

 初めまして、これからよろしくお願いしますと。

 人間として生きていた友人は死んだのだ。僕の友達は死んだのだ。死んだら終わりで、文字通り後には一切続かないのだ。終わりは始まり―――何て言う人もいるけど、終わりは終わりで始まりは始まりで、両者は確かに違ったもの。

 僕には同じ者には見えなかった。同じ者として区別できなかった。

 同じ容姿で同じ見た目かもしれないけれど、目の前にいる幽霊の友人は人間として生きていた友人とは違う。

 

 

「生きている人はみんな命を輝かせている。よく蝋燭なんかで例えられるけど、命の灯って光っているんだ。大なり小なり形に差異はあるけど、みんな何かしらの想いをもって生きている。ここにいるみんなだって、色んな気持ちを抱えて命を燃やしている。そう―――生きているんだよ。もちろん紫だって、沢山の想いを抱えて“生きている”」

 

「ええ」

 

「それが全部なくなる。死んでしまって、幽霊となったときに―――紫の言う真の自由になって、繋がりという重荷を全て降ろしてしまう。俗世から離れて、守ることを忘れて、大切なものを失って、残っているのは軽くなった体だけ、魂だけだ。それはもう別人だと思わない?」

 

 

 紫はその一言に押し黙った。

 何か思い当たる節でもあるのだろうか。

 複雑な表情で、少し悲しげな瞳でこちらを伺うように佇む。

 僕を幽霊にする案でもあったのだろうか。何て、必ずあったであろう意見を思い描く。

 ごめんね、そうなったらきっと現れる幽霊は、きっと僕じゃない僕だ。

 僕に似た―――僕とは違う僕。

 

 

「死んで生まれ変わる。何て言うと僕の心の中みたいだなって思うけど、それで間違っていないんだと思う。心が死んで新しい心が生れるように。死んで幽霊になったとしたら、やっぱりそれも別の者だ」

 

 

 きっと幽霊になって出たら僕自身もそう思うはずだ。

 生きていたころの僕と重ねてほしくないと。

 同じ存在として扱ってほしくないと。

 生きていた僕は、今いる僕で。

 死んでしまって生まれた幽霊は、新しい僕で。

 きっと二人とも、区別してほしいと思うはずだから。

 

 

「紫はどう思う? 僕が幽霊になって出てきたら。今縛られている不自由を捨てて、努力もせず、変わろうとせず、もう走りたくないって、ただそこで立っているだけの僕をどう思う?」

 

「そんなの嫌よ。和友じゃないわ。私の知っている和友じゃない」

 

 

 首を振って答えてくれる紫に思わず嬉しくなる。

 そんなの僕じゃないと言ってくれるだけ、今の僕を見てくれているということ。

 そして、それは僕も同じである。

 僕も同じだけ今の紫を見ている。

 

 

「僕も嫌だよ。紫が幽霊になって出てくるなんて想像もしたくない。僕が知っているのは今の紫だから。今の家族になってくれた紫だから。死んで幽霊になって出てくるなんて言わないでね」

 

「口が裂けても言わないわ。私は今の私を捨てる気なんてこれっぽっちもないもの」

 

「だけど、もしも幽霊として出てきたら―――その時はまたその場所から始めよう? また1から。終わりを終えて、始まりを始めよう。決して終わりと繋がっていない始まりをね」

 

 

 ええ―――そう肯定してくれた紫の表情は晴れやかで。

 終わりが目の前に迫っている僕たちは、真冬の静かな夜に静かに笑っていた。




貴方は幽霊の存在を信じますか?
死んだ両親に会いたいですか?
幽霊になりたいですか?
主に三つの問いかけがありました。
何かしら想うことがあったら作者としては幸いです。

これから妖々夢に入るということで若干幽々子様を意識しているところはあります。
幽々子様は、もろにまた最初から(0から)スタートした人間ですよね。

本来この話は、各章に設けている俗にいう前書きというものです。
3000字ぐらいに収めたい話ではありましたが、ここまで長くなってしまいました。

妖々夢には、橙、藍、紫の八雲家全員が出るので楽しみで仕方がありません。
次回は、橙が出るかなってところまでは書くつもりです。
久々に出てくる橙にワクワクしますね。

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