ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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第8章の1話目です。
8章は、妖々夢の前のお話になります。


第八章 楽しさも二倍。苦しみも二倍。共有するってそういうこと
外来人との会頭、色を失った瞳


 すぐ隣から笑い声が聞こえてくる。隣の部屋では、紅魔館での赤い霧異変を霊夢が解決してから1日後となった今になって後の祭りが開催されていた。

 端的に言うと隣で宴会が開かれていた。参加しているのは、紅魔館のレミリア一行と霊夢と魔理沙である。今回の異変に関わった主要な人たちが参加しているようだった。

 僕も一応参加するように言われている。異変の際に咲夜さんと弾幕ごっこをしているわけだし、異変に全く関わっていないかと言われれば関わっている僕だったが、どんな顔をして参加すればいいのか未だに分かっていなかった。咲夜さんは申し訳なさそうにこっちを見るし、美鈴も同じような顔でこっちを見てくるから、気を遣ってしまい気分が良くなかったのである。

 僕の方も咲夜さんを見ていると悔しさが再起してくるのはもちろんあった。悔しさからくる惨めさが自分の子ことを蝕んでいく。勝ちたいという想いが前面に出すぎるのだ。

 そして、なにより煽ってくるようなレミリアとフランの言葉になんとも言えない気持ちになったのが参加を控えさせた決定的な一打となっていた。

 

 

「笹原、咲夜にコテンパンに負けたそうじゃない。霊夢はあんなに強いのに、どうして同じ人間でこうも違うのかしら?」

 

「お姉さま、仕方がないわよ。霊夢は博麗の巫女なのよ。比べられるものではないわ」

 

「弱い人間はかわいそうよね。霊夢が舞台の主役なら、笹原は舞台上にあがれない黒子のよう。見えないところで何かを起こしているけど、役者として活躍していないというか。主体となっているのはいつだってその周りの存在だわ」

 

「そんな言い方じゃないんじゃないかしら? 和友には和友にしかできないことがあるわ。別に弾幕ごっこが下手でも別にいいじゃない。和友はどっちかっていうとサポートする側だし……祈ってもらった時の温かさは霊夢じゃ出せないもの」

 

 

 どうしてだろうか。いつもだったら気にすることもない言葉が僕の心を揺さぶる。そんなおかしなことを言っているわけでもないのに、そこに悪意があるわけでもないのに、心が機敏に反応している。

 レミリアとフランの煽っているとしか感じられない言葉に苛立つ心を静止する。好きで弱いわけでも、負けたくて負けているわけでも、裏方に回りたくて回っているわけでもないのに、そうなってしまう自分が恨めしくなる。

 なんでこんなに弱いのか。どうしたら強くなれるのか。このまま同じような日々を過ごしていても同じような努力を続けていても何も変わらないような気がした。

 このままじゃ願いなんて叶えられない。届きたいところに手が届かない。そういう気持ちが握る手に力を入れさせる。

 我慢しろ。これが今の実力だ。現状を受け入れろ。最後に想いを遂げるために今は我慢すべき時だ。

 今は何とでも言っていろ。いつまでも裏方にいると思うなよ。強くなりたいと、見返したいという想いがあればきっと変われる。僕は、心の灯っている炎を両手で守りながら力強く握った両手をゆっくりと開いた。

 

 

「私が和友に負けるような日が来たら博麗の巫女なんてやってらんないわよ。それこそ、負けたらこの神社を捨てて普通の女の子に成るわ」

 

「それは無理だぜ、霊夢。仮に和友が勝ったところで、霊夢が普通の女の子になるなんて……ぷっ!」

 

「何よその笑い方は!? 喧嘩売ってんの!?」

 

「だってそりゃ……なんだ、霊夢が普通の女の子って。はははっ、笑いが止まらないぜ」

 

 

 霊夢と白黒の魔法使い―――霧雨魔理沙のやり取りからは僕に対する配慮が感じられた。

 これは感じ方の問題なのかもしれないが、無理だという言葉は二人の口から出てこなかった。諦めてしまえというニュアンスは二人のセリフからは感じられない。

 ただ、なんにせよ―――ここにいてはいけない気がするのは何も変わらなかった。

 

 

「僕、ちょっと席を外すね。休んでくる」

 

「……和友、怒っているの?」

 

 

 予想もしない霊夢の言葉に思わず絶句する。驚きのあまり霊夢の顔を真顔で見てしまった。怒っているのなんて、あの他人に関心を持たない霊夢が僕に対して言う言葉だろうか。

 

 

「な、なによ」

 

「いや、意外だなと思って」

 

「意外?」

 

「だって、霊夢が僕に気を遣ってくれたことなんて今まで一度もなかったからさ」

 

「それはあんたがいつも平気そうな顔しているからじゃない。今の顔を鏡で見てみなさい。酷い顔しているわよ」

 

「霊夢、嘘だろ。こいつは最初に会った時と何も変わっていないぜ?」

 

「全然違うわよ。ほら、さっさと確認しに行く!」

 

 

 霊夢が背中を押して無理やりふすまの奥へと追いやってくる。背中を押す力が予想以上に強く、押し込まれるようにふすまを超えて使っていない隣部屋まで引きずられた。

 隣の部屋に移ると同時に勢いよくふすまが音を立てて閉じられる。ふすまががっちりと塞がれて霊夢と僕だけが部屋の中にいる状況が作り出された。

 

 

「宴会は楽しめる人間だけでやるわ。和友、あんたは少し休みなさい。今のあんたに必要なのは休息よ。体を治して疲れが取れたら参加しなさい。それまでは絶対に安静にしているのよ。もし来たらぶっ飛ばしてでも眠らせるからね!」

 

 

 それは、霊夢なりの優しさだったのだろう。取り繕ってはいたけど、疲れているのも事実で、血が若干足りていないのも真実で、休みが必要だったのも本当だった。

 煽られることに対する耐性もいつもより低い。心に炎を灯しているせいか沸点が低すぎて些細なことで力が入る。力強く刻んだ言葉が赤い文字を作り出している。触れればやけどしそうな熱量が心の中に息づいている。

 美鈴や咲夜さんにも悪いし、今日は霊夢の言葉に甘えさせてもらった方がいいだろう。宴会に参加してまで迷惑をかけるのも心苦しい。次の機会があるのかは分からないが、その時にでも参加できれば十分だ。

 その時―――そんなつまらないことを言われない人間になれていればいい。

 

 

「ありがとう」

 

「……宴会が終わったら様子を見に来るから」

 

 

 それだけを言い残して霊夢はふすまの奥へと消えて行った。

 奥の部屋からはまたしても騒いでいる声が聞こえてくる。偶に美鈴と咲夜さんの声が聞こえることから“みんな”楽しくやれているという事実を伺うことができた。

 ああ、良かった―――安心にも似た感情が生まれた。

 そして同時にどうしてだろうか、胸の奥が暖かくなった。燃えるような熱さじゃなくて安心するような心地よさがあった。心配されることに少しだけ嬉しさを感じていた。

 

 

「心配されちゃったな……」

 

 

 久々の感覚だった。

 藍の“心配する”とは距離間が違う。なんだろうか、一歩引いたところから見守られているようだった。

 どこか温かくなった心で中部屋を通り過ぎて自分の部屋へと向かう。

 自分の部屋を見渡すと部屋が随分と狭くなったように見えた。そう見えるのはきっと新しく2人の存在が追加されたためだろう。

 部屋の中には、布団で横になっている外来人の女の子が二人。そして、服を畳に敷いて横になっている椛がいた。

 ちなみに、外来人の人には布団が足りなかったから僕の布団を使ってもらっている。僕も椛と同じように服を敷いて横になっている身分である。僕が眠る場所を確保するためにもできるだけ早く起きてもらいところだ。

 

 

「布団、買ってこないとな」

 

 

 外来人の2人は、初めて見たときから眠ったままで動きを見せなかった。呼吸をしていることから生きていることは分かるが、分かるのはそれだけでそれ以上のことは何も調べていない。勝手に服をまさぐるのは嫌だったし、持っている荷物は何も無いようだったから調べるに調べられなかった。

 どこから来たのだろうか。

 どうやってここに来たのだろうか。

 これからどうしていけばいいのだろうか。

 これからどうして生きたいのだろうか。

 

 

「どうしたらいいんだろう……分からないことだらけだ」

 

 

 分からないことばっかりで、何をしていいのか分からなくなる。

 どうすればいいのか分からなくなる。

 だけど、今心に灯っている炎は確かに存在している。

 力強く、熱いものが揺らめいて進むべき道を示していた。

 

 

「この想いだけは忘れたくないし、ノートに書いておこう」

 

 

 僕は、ノートを取り出した白紙のページに想いを綴った。

 真っ白なページが真っ黒になるまで書きなぐった。

 疲れ果てて寝てしまうまで、僕の指は止まらなかった。

 

 

 

 

 眠っている間―――不思議な音を聞いた。きっと今までに聞いたことがある声だった。

 これは、明晰夢だ。夢を見ることに慣れている僕は一瞬で夢の中にいると気付いた。

 あ、また声が聞こえた。

 なんて言っているのかは聞き取れなかった。

 何を話そうとしていたのかは分からなかった。

 もはや言葉と呼称することができるのか分からない。それが何なのか考えていると、今度は視界が霞んで周りが見えなくなった。聞こえてくる声も遠くなる。自分の体がどんどん自分の体ではなくなる。右手がどこにあるのか分からなくなって、左手がどこにあるのか分からなくなって、体が自分の意識から解き放たれる。意識が遠のいていく。それはまるで昨日の霊夢を見ている時と同じだった。

 そして―――僕は目覚めた。

 

 

「なんだろう……夢っていうにはなんだかぼんやりしている気がするけど……」

 

 

 いつも死んで生き返っていることで夢から覚める僕からすれば、珍しいタイプの夢だった。あれを死んだと言っていいのかも分からないし、夢だったのかどうかも判断がつかない。一体何を見たのだろうか。今の僕には分からなかった。

 

 

「気にしても仕方がないか。夢が正夢になって困るタイプの夢じゃないだけましだと思おう」

 

 

 考えるのを止めていつも通りの行動に移る。

 起きている時間はいつもと変わっていないはずだ。急に赤い霧がなくなったせいで時間の感覚が僅かに狂っているかもしれないが、そこまでの誤差はないはずである。

 

 

「おはよう」

 

「あ、おはよう」

 

 

 朝のストレッチをしていると不意に挨拶の言葉が飛んできた。僕の後ろを霊夢が通り過ぎていく。その声はとても眠そうで、すぐにでも惰眠を貪るのだろうと直感的に分かるような声をしていた。

 そういえば、昨日は様子を見に来てくれたのだろうか。僕は疲れて眠ってしまっていたから記憶がないけど、宴会が終わった後に来てくれたのだろうか。

 お礼を言わなきゃと思う前に、僕の口はその言葉を吐き出した。

 

 

「心配してくれてありがとうね」

 

 

 僕のお礼に対して応えるように霊夢の手がふらふらと揺れる。反応してくれた霊夢の手が少しだけ楽しそうにしていた。僕の心が楽しんでいたからそう見えていただけかもしれないけど、なんだかようやく霊夢に受け入れられたような気がした。

 霊夢が部屋の中に消えていくのを見送った後、ストレッチを終えて太陽の光を浴びる。久々の太陽の力で眠気が完全に飛んだ。

 さて、今日は永遠亭に行こうかな。いつも通りの生活に戻さなきゃ。

 そんなことを考えながら自分の部屋の扉を開けると、布団から起き上がった外来人の姿があった。先に起きたのは長い黒髪をした女の子の方だった。

 

 

「あ、あんた誰? ここはどこなの? 私……なんでこんなところに?」

 

「起きたんだね。おはよう」

 

「おはよう……ってそうじゃない! 質問に答えて!」

 

「うーん、もう一人の子が起きてからでもいいかな? 説明が二度手間になるのも面倒だしさ、まずは起きて体を動かそう? 体の調子とかもっと先に調べなきゃいけないことがあるんじゃない?」

 

「そんなことしている場合じゃ……そうだ、なごみは!?」

 

「なごみ……? あの子のことだよね?」

 

 

 勢いよく周りを見渡す女の子に指をさしてもう一人の女の子のいる場所を示す。なごみと呼ばれている彼女はまだ眠っているようで、目を閉じて横になっていた。

 寝息を立てて、呼吸に合わせて布団が上下している。その様子を確認した彼女は大きな息を吐き出した。

 

 

「はぁ、よかった。生きていたのね」

 

 

 そう言った彼女の表情からは、彼女たちの関係に僕の考えているものよりも大きなものがあるような気がした。

 彼女たちの事情を何一つ知らない僕としては、その内容を知る術は何一つない。想像すらできない。何があって幻想郷に、どうやって幻想郷に、外の世界で何があったのか。それらを知ることができれば、この後彼女たちが何をしたいのか想像することぐらいはできるけど、何も知らない今では無理な話である。

 何も知らない僕から彼女たちに言えることは何もなかった。聞いてもいいのかも分からなかった。一応助けるという行動をとった僕だが、僕が彼女たちを助けたのはただ助けたいと思ったからというもの。これからも一緒に住みたいとは思わないし、これから先の生活を保障する気は一切ない。

 選ぶのは彼女たちである。どう生きたいのか、残りの一人が目を覚ましたら尋ねよう。

 これからどんなふうに生きますか? その問いを投げかけよう。僕たちも考えあぐねているその答えを二人から聞こう。例え、答えられなくても。考えること自体に未来を変える何かがあると思うから。そこから何かが生まれると知っているから。

 その問いを投げかけるのは、もう少し後のことである。

 

 

「ご飯まで後30分ぐらいあるし、のんびり待っていて。ご飯―――おかゆとかの方がいい? 食べやすい物の方がいいかな? それとも魚料理でいいかな?」

 

「ちょ、ちょっと待って! 分からないことばっかりで頭が混乱しているの。一から説明してもらえない?」

 

「一緒に聞いた方が手っ取り早いって言ったよね? そこの眠っている子が起きてから一緒に説明した方がいいと思うよ。時間の無駄になるし、僕もこのあと仕事があるしさ」

 

「だったらなおさら今説明してくれない? その方が効率がいいわ」

 

「なんで? 一緒の方がどう考えても効率がいいでしょ?」

 

 

 別々の方がいいという彼女の意見がよく分からなかった。

 どう考えたって一緒にいるときに説明した方が手間が省ける。質問の内容が同じだったり、後になって気になることが出てこられたりすると浪費する時間が増加する。

 僕には彼女の意見を聞いて疑問でいっぱいだったけど、次に彼女の口から出てきた言葉で理由を察した。

 

 

「なごみは、耳が聞こえないのよ」

 

 

 随分と抑揚のない平坦な声が空間にこだました。

 耳が聞こえない―――その言葉で何となくこの子が言いたいことは理解できた。

 なごみという子は聴覚障害を持っているから、話ができる私に先に話した方がいいと言っているのだろう。もしかしたらこの子は手話ができて、それで意思疎通が取れるのかもしれない。僕から聞いた話をそのまま伝えてくれるのかもしれない。

 

 

「だから何なのかな?」

 

 

 だからなんだというのだろうか。

 それがなんだというのだろうか。

 それは、説明の際に二人を別ける理由にはならないだろう。

 

 

「え? だから、耳が聞こえないから私に先に話してくれた方が……」

 

「耳が聞こえないからなんなの? 一緒に聞けばいいじゃないか。何の問題もないじゃないか。情報を伝える手段が何もないのならまだしも、筆談でもジェスチャーでも伝える方法はあるよね」

 

「……私が先に聞いて手話で伝えるわ、その方が楽でしょ?」

 

「いや、同時にやった方が早いと思うよ。伝言ゲームみたいに情報が間違ったまま伝搬する可能性も大きくなるし……」

 

 

 彼女は酷く困った顔で、困惑した瞳でこちらを見つめてきた。

 そんな顔をされても僕にできることは何もない。

 僕からすれば、聞こえないからなんてどうでもいい理由で別々に説明する方が面倒で、時間の無駄だ。

 もちろん別の理由があるなら話は別だけど。例えば、そうだね。

 

 

「もちろん、君が一緒に聞きたくないっていうのならそれでもいいけど……どうしたいの? 君だけに先に話しておく?」

 

 

 僕の質問に彼女は静かに頷き、肯定の意思を示した。

 

 

 

 

 

 

 彼女にあらかたの説明を行った。

 ここがどういう場所であるか。

 どういう生き物が生きている場所なのか。

 外の世界との違いをおおよそ話した。

 

 

「まるでおとぎ話ね……」

 

「でも、真実だから変わらないよ。否定しても事実は事実からはみ出ることはないから」  

 

「誰も信じていないなんて言っていないでしょ?」

 

「いや、君は信じていないよ。君は夢の中にいるような気になっているだけだ。人は聞いただけでは何も理解できないから」

 

「知ったような口を利くわね」

 

「だって知っているから。僕だって最初ここに来たとき何も理解していなかった。説明を受けたけど何にも分かっていなかった。妖怪も、妖精も、人間も、幻想郷に生きている者、そして幻想郷という世界について何も分かっていなかったんだから」

 

 

 百聞は一見に如かずとは上手く言ったものである。

 伝聞では何一つ理解できない。特に自分の立っている位置を知るという目的の場合、人から聞いた内容では何も把握することができない。それはまるで目隠しをした状態での西瓜割りのようなものだ。目が見えていれば外れるはずのない一撃がほぼほぼ外れる。当たる可能性は非常に低いうえに、雑音に左右されすぎて真偽のほどが判断できなくなるのだ。

 

 

「というか僕が信じられないのは、料理を手伝うって言ったくせに何もできないことの方だよ。おかゆ作るのに指示待ちって何なの? ご飯を炊いたこともないの?」

 

「仕方ないでしょ!? やったことないんだもの! ちゃんと教えないあんたが悪いのよ!」

 

「逆切れしないでよ。頭が悪く見えるよ?」

 

「わ、私ってそんなに頭悪く見える?」

 

「頭悪いっていうか。張り詰めているっていうか。尖ったナイフみたいな印象を受けるかな。近寄りがたい雰囲気が出てる。結構頻繁にイライラするタイプでしょ? 当たってる?」

 

「うっ……なんで分かるの?」

 

「目つきが鋭すぎ。眉間にしわ寄せすぎ。もっとおおらかに行こうよ」

 

 

 僕がそう言った後、唸りながら目元を気にしている様子を見ていると、やっぱり女の子ってみんなこんな感じなんだと懐かしい気持ちになった。クラスメイトの女子にもこんな人がいた気がする。見た目を気にしているのって意外と男子の方が多いような気はしていたけど、女の子も気にしているんだよね。やっぱり人間誰しも容姿には気を遣うか。

 そんなことを考えながらおかゆを作り終え、料理を部屋へと運んでいく。彼女は出来上がった料理をのぞき込むと眉間にしわを寄せて口を開いた。

 

 

「結局、私何も手伝っていない……」

 

「いいよ。次の機会にでも手伝って。今はできなくても今後できる様になればいいさ。できなくても僕は全然かまわないけどね」

 

「もっと私に期待しなさいよ。こう見えて私はやれる女よ!」

 

 

 胸を張って自慢げに話す彼女に言葉を失いそうになる。その自信はどこから来るのか。その元気はどこから来るのか。その余裕はどこからくるのか。

 そして、一体どこに期待しろというのだろうか。期待というのは、できるという希望があって出てくる言葉だ。何もできないやつに期待するやつなどいない。僕が霊夢に勝つことを期待されていないのと同じである。

 

 

「えっと、期待してほしいの?」

 

「うん!」

 

「うん、じゃないよ。どこに期待するの? 僕は、無い物ねだりはしない主義なの。そのセリフは、何かを抱えられるようになってから言ってね」

 

「すでに抱えているわ!」

 

「ああ、はいはい。期待してあげるねー」

 

「そんな投げやりな期待の仕方がある!? もっとあるでしょ? ああ、(のぞみ)様! 貴方の本当の力を見せてください! 的な何かがあるんじゃないかしら?」

 

「本当の力はさっき出したでしょ? あれが君の真値だ。おかゆも作れない程度の実力が君の本当の力だよ。自覚したらどう?」

 

「そう、料理はその程度よ。でも次からは作れるわ! 私はまた一歩成長したのよ!」

 

「またっていうか。これが初めての一歩じゃない?」

 

「そんな細かいことを気にしていると嫌われるわよ?」

 

 

 最高潮に面倒くさい。何を言ってもダメ―――久々にこのタイプと会った気がする。クラスメイトに一人はいたタイプである。論理をすっ飛ばしてやりたい放題やっている。僕が一番苦手なタイプだった。

 もはや噛み合っていないとしか思えない。僕は彼女を適当にあしらいながら自分の部屋のふすまを開けた。

 そこでは一人の女性と相変わらずうつむきながら暗い表情をした椛が座って待っていた。

 

 

「あ、なごみ! 起きたんだ! 今ご飯作ってきたから食べよーよ!」

 

「それ、僕が作った料理な」

 

「だから小さいことは気にするなって言ってんでしょ?」

 

「はぁ……」

 

「あー、ため息つくと幸せが逃げていくんだぞー?」

 

 

 誰のせいだ、誰の。心の中で突っ込みが入る。

 突っ込みが出るのと同時に自然と顔に笑みが浮かんだ。心の中が僅かに喜んでいるのが感じられる。なんだろう―――とても新鮮な感覚だった。いつも振り回すのは僕だったからかな。こうして振り回されている感覚は今まで感じたことのないものだった。

 

 

「それはさておき、状況を伝えないとね!」

 

 

 黒髪の少女がなごみと呼ばれる少女に向けて手で合図する。次々と形を変えていくサインが送られると、今度は別のサインが返ってくる。二人は偶に表情を変化させながら、感情を交えて言葉を表現していた。

 

 

「それが手話なの?」

 

「そうよ。今、現状を伝えているから」

 

 

 音もなく繰り出されるサインに目移りしながら会話が終わるのを待つ。なごみという少女は特に表情が豊かで驚いたり、笑ったり、とても忙しそうだった。

 僕は二人の手での会話を見ながら、暗い表情をしている椛に目をやった。この状態を生きていると呼称していいのだろうか。心が完全に打ち砕かれて生気が感じられない。どうにかしないといけない。そう思うが、僕には昨日の落ち込んだままの椛になんて声を掛ければいいのか分からなかった。

 大丈夫という言葉だけは口にできなかった。

 だって、どう見たって大丈夫じゃなかったから。

 頑張れという言葉だけは口にできなかった。

 だって、何を頑張ればいいのか分からなかったから。

 僕にできるのは、傍にいることだけ。いつも通りに接してあげることだけだった。

 

 

「ご飯、食べよっか」

 

 

 椛は何も反応しなかった。

 でも、生きているからには何かを食べないといけない。作ったおかゆの数も4人分ある。僕は、こぼさないようにそっと椛の前におかゆを置いた。

 椛はおかゆを見て、流れるようにこちらを見つめてくる。

 

 

「ほら、食べよう?」

 

 

 そっと頭を撫でてやる。嬉しそうに見える瞳の中に暗い影が差しているのは何も変わらない。僕にできることなんて何もないかもしれない。それでも、こうなってしまった原因の一端を担っている僕が何もしてあげないというのは無責任だと思った。

 しばらく撫でてやると明らかな作り笑顔を張り付けた椛がおかゆを食べ始める。

 

 

「おいしい?」

 

「…………」

 

 

 何も言わずに。

 何も伝えようとせずに。

 言葉を失ってしまったように。

 まるでロボットみたいに黙したままおかゆを口に運んでいく。

 表情も崩れて何も感じられなくなる。

 

 

「まだまだあるから、いっぱい食べて早く元気になってね」

 

 

 落ち込んでいる椛を何とかしてあげたい。

 何かできることはないかと考えるけれども、その答えがどこにも見つからない。

 一体僕に何ができるのだろうか。

 心がボロボロになっている椛に何ができるだろうか。

 僕が椛の代わりに苦しんであげられたら……なんて考えが浮かんでは消える。

 でも、この苦しみの先に答えを見つけられたらきっと―――僕が普通を目指したように生きるための目標が見つかるかもしれない、そう思う。

 結局僕にできるのは、傍にいて手を差し伸べて待つことだけだ。

 僕を見ていた両親もこんな気持ちだったのだろうか。

 椛を見ていると何とかしてあげたい気持ちでいっぱいになる。

 何もできない自分の無力さに苛立って。

 見守るしかできない自分の不甲斐なさに悲しくなる。

 

 

「僕は、僕が諦めるまで―――椛が立ち直るのを待っているから」

 

「…………」

 

 

 椛は、僕の前で自分の罪を見せつけるように静かにおかゆを食べていた。

 




唐突にオリキャラが出ましたが、簡単な紹介は次回の話に記載します。
落ち込んでいる側もそうですが、それを見ているのも辛いものですよね。


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