ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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第6章の4話目です。
6章は、紅魔郷に入る前のお話になります。
これで、いったん日常回は終了となる予定です。


噛み合わない、組み合わない

 博麗神社へと帰ってきた僕と椛は、気絶している妖怪を寝かせようと僕の部屋に向かって歩いていた。

 今のところ椛に抱えられている妖怪が動く様子は見受けられていない。起きるまでには、しばらくの時間がかかると直感的に分かった。

 早めに寝かせて食事をとろう。そして、いつも通りの流れを汲もう。新しく椛が生活の中に加わったとはいえ、流れは大きく変わらないはずだ。

 やるべきことをして。

 どうでもいいことをして。

 笑って、悩んで、苦しんで。

 それを抱えて明日へと向かう。

 僕は、そんないつも通りの日常を過ごしていく予定である。

 

 そういえば、椛はどうやって日々を過ごすつもりなのだろうか。妖怪の山とはずいぶん勝手が違うはずだし……だからといって僕に合わせる必要も全くないから、自分のペースで自分の流れに乗ってもらえばいいのだけど―――どうなることか。

 お互いの生活について話し合いをしなければならないかもしれない。噛み合わせが悪いと、色々なところに不具合が出てくる。流れの違う川同士は、ぶつかった時に氾濫を起こしてしまう可能性を秘めている。

 いつ話し合いの時間をとろうか、夜でも大丈夫だろうか。そんなことを考えていると、目の前に博麗神社の主である博麗霊夢が立ちはだかった。

 

 

「っと……どうしたの?」

 

 

 霊夢は、酷く不機嫌な顔で僕と椛を見つめている。まるで値踏みでもするように椛の足元から肩口へと視線を向けていた。

 霊夢の視線が動きを止める。霊夢は、一言こう言った。

 

 

「なによそれ」

 

 

 いつも通り一言の質問が投げかけられた。僕は、霊夢の言葉でまたしても思考の中に潜り込むことになった。

 “なによそれ”とは、どれのことを言っているのだろうか。

 霊夢は、いつも言葉が足りないから察するのに結構な努力が必要になる。何度か今までも分かりやすく言ってとは伝えてきたが、全く直る気配がないところを見ると、これ以上言っても無駄であることはなんとなく分かり始めていた。

 結局のところ―――僕が僕なりに変わらない部分を持っているように、彼女は彼女なりに変わらない部分を持っているということなのだろう。

 それにしても“なによそれ”とはなんだろうか。普段話してこない霊夢が話してくるってことは、何か気になることがあったっていうことだよね。

 変わったところ、変わったところ。僕たちが昨日と違うところ。普段と違うところ。思考がぐるぐるとこれまでに足跡をつけていく。

 

 

「和友さん、これです、これのことです」

 

「あ!」

 

 

 椛が歩き回っている僕に回答をさし示した。ちょうど肩に乗っている妖怪に向けて指をさしてくれている。

 ああ! なるほど!

 

 

「なによそれって、妖怪かな。気絶した妖怪。尻尾とか耳とか毛とか生えているのを見る感じ、獣系かな?」

 

「獣系……? 妖獣ですよ、和友さん」

 

 

 ようじゅう? ようじゅうってなんだろう? 今まで聞いたことのない言葉で漢字変換もままならない。

 妖怪の新しい区別の仕方かな。人間だって、大人、子供、外国人、日本人、色々な区別の仕方があるんだ。妖怪に無いということもないだろう。

 思えば、僕の周りにはこのタイプが最も多い気がする。妖怪にどんな種類があるのか余り詳しく知らないけど、妖怪は妖怪でしかないと思っていたけど、僕の近くには尻尾が生えている獣系が複数いることに今更ながらに気付いた。

 

 

「そういえば、なんだか僕の近くにいる妖怪って獣系が多い気がするね。藍も、橙も、椛も、鈴仙も、獣系だもんね」

 

「和友さん、ですから獣系じゃなくてですね」

 

「そういうことじゃないわよ! 昨日の今日でまた妖怪を連れてきたの!? それも獣系ですって!?」

 

「ご、ごめん」

 

「霊夢さんもですか……それに、突っ込みどころが間違っていません?」

 

 

 霊夢がものすごい剣幕で、信じられない物を見るかのような視線で距離を詰めてくる。

 僕は、余りの勢いに押されて後ずさり、思わず謝ってしまった。

 そんなにがっつかれても、獣系であることに弁論できることなんて何もない。たまたま出会ったのが獣系だっただけだ。僕がえり好みしたわけじゃないし、僕が出会おうとして出会ったわけでもないのに、獣系であることに理由づけなんてできるわけがなかった。

 この妖怪と出会ったのは偶然だ。そして、こういうことを考えていると、いつも思い出す言葉がある。それは、どこかで聞いた言葉である。

 

 

「出会いは必然で意味がある」

 

 

 僕は、この言葉を聞いたことがある。あるいは、これに似た言葉と言った方がいいだろうか。

 どこで聞いたのかも、いつ聞いたのかも覚えていないし、一字一句を覚える技量なんて持っていないから、間違えて覚えている可能性もある。なので、はっきりと断言なんてできないが―――僕はこの言葉に疑問を感じていた。

 出会いは全部偶然で、意味なんてないと思う。こう言うと語弊が生まれるから言い直そう。

 出会う相手は偶々出会った相手で、意味は出会った後に生まれた結果によって決まると思っている。

 これはあくまでも僕の価値観だ。

 僕の意見をどう思うかは人それぞれ。

 肯定する人、否定する人、中立にいる人、色々あってしかるべきだ。

 人はみんな違う人なのだから違って当然で、違っている方が普通で、違っている方が何より面白くて安心する。

 そう―――面白いと思うんだ、安心すると思うんだ。

 みんな一緒よりは、みんな違って、違う人間で、違う主張をしている方が、なんだか個性を感じるっていうと陳腐な言葉になっちゃうけど、塗り潰された一色よりも無造作な七色の方が綺麗に見える―――僕はそういう人間である。

 

 

 話を戻すけど、僕の主張を端的にまとめる。

 出会いは偶然の方がロマンがあるし、意味なんてあったら出会いというものに先入観が生まれてしまって楽しめない。

 ―――これが僕の主張である。

 分かり辛いかもしれないから具体的に説明すると、出会いが必然だったら、偶然そうなったという驚きが無くなってしまうと思うんだ。

 宝くじは、偶然当たるから驚きがある。僕だったら、驚きと喜びで大はしゃぎすることだろう。

 だけど、当たることが必然だったら驚きはなく、ちょっとばかりの喜びがたむろする程度に留まってしまう。

 それはなんだかもったいない。

 偶然だから驚いて。

 たまたまだから嬉しくて。

 奇遇だから笑顔になれる。

 偶然上手くいったことが、何かを変えるかもしれない。

 偶然出会ったことが、何かを生み出すかもしれない。

 そういう予測できない何かは、新しい何かを生み出す材料になる。

 何より―――わくわくするだろう? あくまでも僕の場合は、という注釈が入るけどね。

 それこそ、出会った意味なんて別になくてもいいじゃないかと思う。意味があるなんて常に思っていたら、最初に会った時に先入観が生まれてしまう。きっとこの出会いには、自分がこうなるための意味があるなんて思った瞬間から、その人のことをそういう人にしか見ることができなくなる。

 出会った意味なんてものは後付で十分だ。今思えばそうだったなで十全だと思うのだ。

 この気絶している妖怪と出会ったことだって、あくまでも偶然で、出会った意味なんてない。この偶然の出会いがどんな未来を見せるのか楽しみにしていればいい。

 その方がワクワクするだろう。

 たまたま出会ったことが、何かを変えるきっかけになる。

 後から思ったら意味があったことになる。

 意味のないものに意味付けをしていくのは、あくまでも未来の僕たちの役目である。

 

 

 話が大分逸れちゃったね。

 霊夢の言葉に対する返答をしないといけない。出会ったのがこの妖怪であったことには理由も意味もないけど、連れてきた理由はしっかりとある。

 連れてこようと思って何かが起こったわけではない。予想しない未来があって、未知の未来がやってきてこうなった。僕が選んだわけでも、夢で見たわけでもなかった。そんな偶然が重なってこうなってしまっているが、何も考えなしに、理由なしに連れてきたわけじゃなかった。

 僕は、言い訳も何もできない状況でありのままを話した。

 

 

「こうなる予定なんてなかったんだけど……予定外のことがあってさ。そのまま放置もできなくて」

 

「当たり前でしょ!? そんな予定があったら止めているわ!」

 

「あの……」

 

 

 椛が酷く困惑している。喧嘩になりそうな雰囲気にそうなっているのか、それとも霊夢も僕も「ようじゅう」を「獣系」と言い続けていることに対してなのか、僕には分からない。

 けれども、そんな困った表情を浮かべている椛のフォローに回る余裕はなかった。椛に対して申し訳ない気持ちはあるが、一旦椛へと割いている意識を全部霊夢へと向ける。

 僕は、目の前で問い詰めてくる霊夢への対応に全力を注ぐことにした。

 

 

「そんなに怒らないでよ。霊夢だって、あの部屋は僕の自由に使っていいって言ったじゃないか」

 

「言ったわよ。確かに言ったけどね……あんた、ここを妖怪屋敷にするつもり? ここはあくまでも妖怪退治を生業としている私がいる博麗神社なのよ?」

 

「うん、分かっているよ」

 

「妖怪退治をしている私の神社が妖怪まみれなんて……」

 

 

 霊夢が頭を抱える。

 それほど問題なことだろうか。妖怪退治をしている霊夢の所に妖怪が集まることにどんな問題があるのかさっぱりである。

 妖怪なんていてもいなくてもどっちでも変わらないだろう。僕の頭はしきりにそう訴えていた。

 このままだと思考が袋小路に入ってしまうから―――視点を変えてみよう。あくまでも状況的に、客観的に考えるから何も出てこないのだ。霊夢視点に立って主観的に考えてみよう。

 視点を変えてみると、新しい考えが頭の中に湧いてきた。もしかして、霊夢は妖怪云々ではなく、多くの存在が集まることを嫌がっているのではないだろうか。もともと一人だったところにいきなり沢山の人間や妖怪が集まることに煩わしさを感じているのではないだろうか。

 

 

「霊夢は嫌なの? 賑やかなのは嫌い?」

 

「あの、和友さん、そういう問題じゃないと思いますよ?」

 

「賑やかなのは別に嫌いじゃないけど……ってそういうことじゃないのよ! 体裁の問題なの!」

 

「体裁? 誰に対する?」

 

「参拝客よ! 博麗神社に妖怪がうようよいるなんて知られたら他の人間からなんて思われるか。参拝客がこれ以上減ったらここはもう終わりよ!」

 

 

 理由は、参拝客に対する体裁―――予想と全然違っていた。

 確かに、神社にお参りに来たら妖怪でいっぱいだったなんて、とんだ冗談だろう。博麗神社へと来た人の目的が妖怪退治の依頼や妖怪除けのお守り目的だったらもっと面白くなる話である。博麗神社を訪れた人にとっても、話のネタにはもってこいの話題性のある体験になるだろう。

 ちなみに、そんな体験をしようと思って博麗神社に来ている者はいないはずである。少なくとも僕は、そんな目的で博麗神社を訪れている者をこの1週間で1人も見たことがない。

 参拝客は、そのほとんどが人里に住んでいる人間である。いや、ほとんどなんていう曖昧な表現は止めよう。全部が人里の人間である。

 人里に住んでいる人間は、人里の外で妖怪に会うことに対して大きな恐怖感を抱えている。だから、博麗神社が妖怪まみれになってしまうと絶対に参拝客は減ってしまう。

 しかし―――減ってしまうというのは、それなりの数がいる時に言える言葉である。妖怪を怖がるような人間は、そもそも獣道しかないような道を通って遠くにある博麗神社へ来ない。

 そう、少ないのだ。参拝客が減るという言葉を使うには、少なすぎるのである。

 具体的な数字を出せば、これまでに僕が見たことがある参拝客の数は―――1人だけだった。

 

 

「ここ1週間見ていたけど、1人しかいなかったよね―――参拝客。それ以外に来たのは、空を飛んで遊びにきた人間だけでしょ?」

 

「えっ!? 博麗神社ってそんなに参拝客が少ないのですか? 一体どうやって生活しているんですか?」

 

「そうよ、そうなのよ! ただでさえ生きていくのがやっとなのに、これ以上減ったら生活苦で死んでしまうわ!」

 

 

 霊夢の言い方から、相当に切羽詰まっていることが感じ取れた。

 それにしても、本当に1人しかいなかったんだね。僕は、午前中ほとんど博麗神社にいないし、午後も練習していて集中していることが多いから、見落とした数も相当あると思っていたけど、本当に一人しかいなかったんだなと少しばかり驚いた。

 偶然やってくる程度の、雀の涙ほどの参拝客に頼った収支では、とてもじゃないが生きていくのは厳しいだろう。収入を他人の動きに頼っているというのは、とても細い綱を渡るようなものだ。その相手との関係性が薄いほど、お金の流れが細くなればなるほど、切れやすくなる。関係性を太くすればある程度安定するが―――どうしたものだろうか。

 

 

「これまでどうやって生活していたのですか。とてもじゃないですけど、そんな生活、人間だったらすでに死んでしまっていますよ」

 

「まるで私は人間じゃないみたいな言い方ね」

 

「あ……いえ、そんなつもりで言ったわけでは」

 

「何よその間抜けな“あ”って、しまったっていう文字が顔に出ているわよ」

 

 

 椛は、しまったという顔をしながらたじろいでいる。

 けれども、実際に考えてみても異常である。1週間に1人の参拝客がどれほどのお金を寄付しに来ているのかは分からないが、霊夢が妖怪だって考えた方がすんなりと受け入れられる話だ。

 僕は、解答を求めるようにじっと霊夢を見つめた。霊夢はそんな僕の視線に負けてか、口を開いた。

 

 

「……臨時の収入があるのよ。主に妖怪退治の謝礼ね。食べ物も貰えるから今まで何とかなっていたのだけど……今はそんなことを言っている状況ではないわ」

 

「まぁ、収入源が参拝客のお賽銭と臨時の妖怪退治の収入しかなかったら生きていけないよね。そんな他人任せじゃ、不安定になるだろうし……うーん」

 

 

 臨時収入が妖怪退治の謝礼か。やっぱり不安定な収入なんだよね。

 本当に、どうしたらいいのだろうか。これからを生きるために、どうしたらいいのだろうか。

 家賃として僕の稼いだお金を渡していく方法を取ってもいいが、その方法では2年ももたない。霊夢の人生は、僕と違って長く続くのだから長い期間繋げていける繋がりが必要になる。

 僕がこれからのことで何とかしようと考えていると、椛が霊夢に向かって口を開いた。

 

 

「霊夢さん、言っていて恥ずかしくはないのですか? お金がなくて生きていけないなんて惨めな気持ちになりませんか?」

 

「別に恥ずかしくなんてないわ」

 

「そこは大丈夫なのに体裁は気にするのですね」

 

「それとこれとは別よ。生活が懸かっているのよ!」

 

 

 体裁―――生活が懸かっているからとか、参拝客にどう思われるかとか。

 そんなものどっちでもいいし、どっちでも変わらないだろう。

 参拝客に妖怪まみれだと思われたくないという感情。

 参拝客によってようやく支えられている貧しい生活を送っていることを知られたくない感情。

 同じように体裁を守りたいという想いを抱えてもおかしくない。

 ただ、霊夢は前者はあっても後者はなかった。それだけのことなのだ。

 見てくれだけ整えて、綺麗に見せながら頑張るのも。

 ありのまま、自分をそのまま表現しながら頑張るのも。

 違いはあっても、優劣の差はない。

 価値観が違うのに―――違う人間なのに、そうだと思うこと自体が間違っているのだ。偶然か必然かを語る場合もそうだが、都合のいい方を選ぶのが最も賢いやり方だろう。

 なんてどうでもいいことを考えているのを見透かすように―――乾いた音が空間に広がった。

 

 

「そうよ、この手があったわ。和友の今月分の家賃の支払いを前払いにするわ!」

 

 

 それはまずい。とてもじゃないが払えない。前払いにされても、現時点では払える余裕がない。今まで貯めていたお金の大部分は、紫に渡してしまっている。これまで僕にかかった費用として、マヨヒガへと還元してしまっている。手元に残っているお金なんて、今月僕が生きていくのに必要な分しかない。

 今の状況で払ってしまったら、僕が暮らしていくのが厳しくなる。椛が増えたことを考えるときつすぎると言っても過言じゃない。何とか思い留まってくれないだろうか。

 

 

「それはちょっとやめてもらえないかな。僕のお金はほとんど紫に渡してしまったし、渡せるお金なんてないよ」

 

「だったら、今すぐ出て行きなさいよ!」

 

「そんな無茶苦茶ですよ……」

 

「うーん……」

 

 

 霊夢の意見は、掛け値なしに無茶苦茶である。

 今すぐにお金を手に入れる方法―――参拝客を一気に呼び込む方法。何かないものだろうか。霊夢がこの神社で生きていくために、お賽銭をくれる参拝客を増やす方法。

 

 あっ―――あるじゃないか。

 

 お金を手に入れる方法は、別に参拝客を呼ぶだけじゃない。

 

 

「そうだ! 霊夢も働けばいいじゃないか!」

 

「「え?」」

 

 

 霊夢と椛の声が綺麗に重なった。

 意外そうな表情をしているが、そんなに意外性のある回答だっただろうか。むしろ、周り回って正当な気がするけど。正当というか、真っ当だ。

 職を探すのは別に難しくない。今日いきなりは難しいかもしれないが、探せば日雇いの仕事なんていっぱい見つかる。人里は自営業の人が多いから、なおさら日雇いの方が多いし、僕が探した時でも色々あった。

 永遠亭に働く前に人里で職を探したことがあったので、斡旋できる場所はないにしても目処を立てることはできる。

 

 

「職は僕が探してきてあげるよ。日雇いぐらい、人里でなら見つかる見つかる」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 

「何か意見でもあるの?」

 

「なんで、私が別の所で働くことになっているの?」

 

「決まっているじゃないか。霊夢を支えるのは僕じゃなくて、霊夢自身であるべきだからさ」

 

 

 自分を支えるのに、相手に頼っていちゃいけない。不安定すぎて足元がおぼつかなくなる。なにより依存の原因になりかねない。

 霊夢の世界は余りに小さい。この博麗神社から外に広がっていない。霊夢の領域は幻想郷全体ではなく、博麗神社の敷地内なのだ。霊夢が言葉を一言でぶつ切りしてしまうのも、他の人間との関係性が希薄だからかもしれない。

 きっと、外に出れば何かが生まれるはず。新しい何かが生まれるはず。僕は、霊夢が見た外の世界の話を聞いてみたかった。

 

 

「霊夢は、もっと外と関わっていくといいよ。きっと新しいものが見つかるさ。霊夢の心が動かされるような新しいものが」

 

「ここはどうするのよ!? 博麗神社の掃除や参拝客の対応は!?」

 

「僕に任せてよ。こう見えても僕は無遅刻無欠勤の優良人だよ。休みぐらい取ろうと思えば、取れるからさ」

 

「……ぐぬぬ」

 

 

 1日休むぐらいなら都合をつけられないわけでもない。先生はそこらへん厳しいけど、これまで積み立ててきたものが、きっと僕の意見を通す要素になる。休むことについては、そこまで悩むことでもなかった。

 

 

「…………」

 

 

 霊夢は、難しい顔をしてあと一歩を踏み出せないでいる。

 何も悩むことなんて無い。一回やってみて、学んでみて、理解してからでも遅くはない。できないならできないでもいい。その時また考えればいい。

 迷ったら前に出ろ。迷ったらとりあえず動いてみることだ。止まったままじゃ、新しい景色を見ることはできないのだから。

 

 

「騙されたと思ってやってみようよ。明日にでも見つけてくるから。霊夢も知ってみるといいよ。自分の働きで何かが変わる。自分が役に立っているって感覚をさ」

 

「分かったわよ、やればいいんでしょ!」

 

 

 霊夢は、怒ったような口調で捨て台詞を吐いて部屋へと戻っていった。

 

 

「ふふっ、霊夢の仕事の件はひとまず置いておいて、まずはそっちから片付けようか」

 

「そうですね」

 

 

 僕と椛は、去って行った霊夢の後姿を見てクスリと笑い、当初の目的である自分の部屋へと入った。

 まずは、気絶している妖怪のために布団を敷かないとね。椛を寝かせたときのように自分の布団を畳に敷いて、椛に妖怪を横にしてもらう。

 

 

「すみません、私が怪我をさせてしまったせいで和友さんの布団をまた占領してしまう結果に……」

 

「そうだね。このままだと僕の寝る場所がなくなっちゃう。今日は畳の上かなぁ」

 

 

 僕の部屋には、布団が2枚しかない。来客用に最初から供えられていたものだけである。妖怪を寝かせる場所として僕の布団を使ってしまうと、残り1枚しかなくなってしまう。

 残りの1枚は、さすがに椛の分だろう。昨日の出来事を考えれば、畳の上に寝させるわけにはいかなかった。

 畳の上で寝る、それも悪くないだろう。一度も試してみなかったことだ。霊夢にも言ったように物は試しである。何か新しい発見があるかもしれない。

 そんなふうに自己完結しそうになっていると、僅かに頬を紅潮させた椛が僕に向かって言葉を口にしてきた。

 

 

「あの、もしよかったら、私の布団で一緒に寝ませんか? 温かくなってきたとはいえ、畳の上で寝てしまったら風邪をひいてしまいます」

 

「ふふっ、顔真っ赤だよ?」

 

 

 そう言ったら、もっと赤くなった。

 

 

「一緒の布団で寝る……か」

 

 

 一緒の布団で寝るという方法があるのは知っている。それで、布団の数が少ないという問題を解決できるのも分かる。好意を向けられている相手ということもあって、近い距離にいたいという椛の気持ちも分かる。

 だけど―――そうしたくないと思うのは、やっぱり過去のことがあるからだと思った。

 思い返せば、一緒に寝るということをしたのは両親と藍だけだった。

 両親については言うまでもないだろう。子供の時に一緒に寝ていただけである。

 

 

 ただ、藍の場合は両親とは明らかに違う理由で一緒に寝ていた。

 藍が精神的に不安定になっていた時期、一緒に寝ていた。

 藍は一緒に寝ているといつも抱き付いて来た。前から横から後ろから、どんな体勢でも関係なく、季節関係なく、くっついてきた。

 幻想郷には暖房なんてなかったから冬は暖かくて良かったものの、暖かい日は暑すぎて苦しかった思い出が今でも鮮明に思い出せる。

 藍はいつも震えていた。そして、その震えをごまかすように強く抱きしめてきた。それは別に寒いからじゃない。表情は微笑んでいるように見えたが、藍の瞳は失うことの恐怖で染まっていた。

 藍のことを念頭におきながら椛を見つめてみる。椛からはそんな雰囲気は感じられない。ただ、そうしたいからそう言ったという様子だった。

 やっぱり違う。藍の場合は、そうしなければ死んでしまいそうだった。そうしたかったというのももちろんあるだろうけど、そういう希望ではなくて、渇望に近いものがあった。生きるために水を必要としているというレベルの問題だった。

 勿論、一緒の布団で寝たのは、僕が藍にある程度信頼を置いていたのもあるし、家族としての絆があったから、大切に思っていたからという理由もある。藍がこうなってしまったのは僕の責任でもあったし、そうしなければ死んでしまいそうだったから。そうしなければ、終わってしまいそうだったからという理由があったからだ。

 だけど、椛にはそういう理由はない。椛は、藍と同じところにいないし、藍と同じ結果になってはいけない。近づいて、近づいて、離れることができなくなったら目も当てられない。そんな結果になりたくないから今を進んでいるのに、椛までそうなってしまったらという不安が僕の中に溢れ出してくる。

 椛は僕のためにと言ってくれているが、僕は僕のために椛に遠慮してほしかった。僕はできるだけ分かってもらえるように、直接的に椛へと訴えた。

 

 

「椛……僕のために言ってくれているのなら、椛がこの妖怪と一緒の布団で寝てもらえないかな?」

 

「え?」

 

「お願い。僕は、もう誰も引きずりたくない。誰も追い込みたくない。椛は僕の気持ちを分かってくれる?」

 

「そ、そうですよね。もともと連れてきたのは私のわがままですし、和友さんはそういうことにならないようにこれから生きてくって話していましたもんね……」

 

 

 椛は、僕の意見を飲んでくれた。

 結局、その日―――妖怪は起きなかった。

 そして、口にした通り、椛がその妖怪と一緒に寝て、僕は一人で寝ることとなった。

 

 

 Next Day

 

 暑かった。体に伝わってくる熱が、体を無理やり叩き起こした。いつもの時間に起きていないことは、目を閉じている状態でも薄々感じられる。

 身体を動かそうとするが、身動きがとれない。強い力で縛られているようだった。なんだか、知っている感覚である。そっと下を見てみると、若干爪の伸びた手が腹部に巻き付いているのが確認できた。

 首を思いっきり左に回して状況を確認する。耳元で寝息が聞こえる。背中が熱い。べったりと背中にくっついているものがある。

 これは、誰か完全に抱き付かれているな。過去に藍が抱き付いてきた経験もあって、感覚的に女性が背中に抱き付いていると分かった。

 

 

「なんで」

 

「ん~あったかぁい……」

 

 

 僕は暑いよ。

 何とかして抜けないと―――そう思うがこういう場合は、大概が抜け出すことが不可能である。

 藍が抱き付いてきたときに無理矢理抜けようとして死にそうになったことがある経験を持つ僕は、そっと息を吐いて、目を閉じた。

 




今回のお話は、妖怪を連れてきたときの会話。
そして、霊夢が働くことになったという話になります。

日常回は、ここで終わらせる予定です。
この後の展開を書いて欲しい等の要望があれば書きますが
何もなければ、原作の方に突撃するつもりです。

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