ぶれない台風と共に歩く   作:テフロン

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話をした、疑問が消えた

 3人の手は、重なった瞬間すぐさま離れた。3人の手が重なっていた時間は1秒もないほどだっただろう。紫が炬燵の中央で手を重ねた直後に少年の手を放したため、少年の手が中央からすぐさま離れたのである。

 紫は、ゆっくりと膝元に手を引き戻す。

 少年は、眉にしわを寄せながら素早く手を引き炬燵の中へと入れる。

 藍の手は、そのまま炬燵の上に落ち着いた。

 少年は、意味の分からない紫の行動に声を荒げた。

 

 

「何しているんだよ。貴方は何がしたいんだ!」

 

「私のやりたいことはこれで終わったわ。後は貴方と話すだけよ」

 

「話すだけなら別に手を重ねる必要はないだろ。よく分からないことをせずに話を進めてくれよ」

 

「じゃあ話しましょう。一つずつね」

 

 

 紫は、自分の唐突な行動に表情を険しくする少年に対してあくまで平常心で対応する。先程と違う真剣な表情を少年に見せていた。

 

 

「…………」

 

 

 少年は、紫の真剣な表情に気押される。紫からは、沸き立つような威圧感が滲み出ていた。

 少年は、紫の真剣な雰囲気を感じて一度押し黙ると、ばつが悪そうな表情を浮かべる。紫の目は少年を逃がさないと言わんばかりに射抜くように少年を見つめていた。

 

 

「貴方の言動は、色々気になる所があった。初めて会った時からずっとおかしかったわ」

 

 

 二人は先程の手を合わせる行為がそもそも無かったように話し始める。向かい合って目を合わせ、口を開く。

 

 

「貴方には私が見えていたのにもかかわらず、どうして無視するようなことをしたの?」

 

「普通無視するだろ。どう考えてもあんたは異常だった」

 

 

 紫は、少年に無視され続けてきたことを気にしていた。まるで、一切話しかけられていないような少年の雰囲気に―――少年が自分の事を視認していたにもかかわらず、一切それを気取らせなかったその在り方に疑問を持っていた。

 見えている物を見えていないものとして扱い、相手に気取られないように振る舞うというのは意外と難しい。無視しようとするものが常軌を逸していればいるほど、平常心を保つことは難しくなる。

 そういった意味では、紫の存在を無視するという行為は凄まじく難しい行為のはずだった。

 

 

「俺は普通でいたかったから、普通で生きるって決めたから、あんたを無視した」

 

「普通でいたいから……ね」

 

 

 少年はさも当然のように答えた、無視するのが当然だと―――断言した。

 少年はもう、紫に対して敬語を使うことはない。どうやら誰かに物事を教わる時だけ敬語になるようである。

 

 

「そんなもので私の存在を無視し続けることが可能なのかしら?」

 

 

 紫は、少年の答えに納得できなかった。少年の答えには、どうやって紫を無視することができたのかの方法が提示されていない。

 

 

「確かに私が見えることは他ならぬ異常だわ。でも、よくもあれだけ気付いていることを悟らせなかったわね、本当に見えていないのだと思ってしまったわ」

 

「決めつけにかかれば、ある程度のことはできるものだよ」

 

「そういうものかしら?」

 

「そういうものだよ」

 

「……やっぱり貴方、変わっているわ」

 

「なんとでも思ってくれればいいよ」

 

 

 少年は、やればできると言わんばかりに言う。

 紫は、そんなわけがないと不思議に思っていたが、再三の確認をしても、同じように断言してくる少年に質問を重ねることを諦めた。

 

 

「じゃあ、次の質問よ」

 

 

 紫は、これ以上話しても見返りがないことを察して次の質問に移った。

 紫には、少年が異常な存在に見えている。そんな少年も、自分自身の事をどこかおかしいと、異常だと自称していた。異常だと言った紫の言葉を否定しなかった。

 しかし、少年の在り方は普通というものにこだわりを見せている、普通になろうとしている、普通を演じている。紫は、普通にこだわる少年の在り方に疑問を持っていた。

 

 

「貴方は、人間には異常があると言った、あってしかるべきだと言った。それなのに貴方は、自分自身の異常を認めようとしていないように見える、普通であろうとしているわ。それはなぜなの?」

 

「決まっているだろ? 異常にも限度がある。許容できる幅がある。俺にとっては、それが許容できなかっただけだ。あんたが見えるという異常までは、みんなが許容できないと思っただけ」

 

 

 少年は、紫の質問に的確に答えた。

 どうやら少年は普通というものの境界線を周りの人間が許容できるかどうかで基準を設けているようだった。当然であるが紫の存在が見えるというのは、周りの人間が許容できる話ではない。

 妖怪―――そんなものが見える奴は、普通ではないのだ。見えないものが見える人間というのは、普通というくくりで見られるものではないのである。

 一般の人に許容されるのは、幽霊が見えるという程度までである。幽霊が見えるという程度ならば、真偽のほどは別としてテレビでも何人か出ているレベルだろう、それならば何とか許容できる。

 だが、妖怪は無い、絶対にない。頭のおかしい人と思われるのが関の山である。

 

 

「みんなが許容できないなら、俺も許容できない、だから無視したんだ。あんたを許容するということは、普通に生きるという俺の決めたことに反する」

 

 

 少年の普通を守ろうとする意志は、相当に固かった。不可侵条約が結ばれているように、しっかりとした領域が存在していた。

 少年は、普通と異常との境をしっかりと見極めている。そして、自身が異常であることを理解していた。

 

 

「もう、ここに来た時点でぼろぼろの決まりだけどさ……はぁ、嫌だなぁ……」

 

「確かに、普通に生きたいというのなら私の存在は無視するべきでしょうね」

 

 

 紫は少年の答えに納得した。普通であるという目的があるのならば、自分の存在は無視されるべきなのだ。紫自身も少年と同様に、自分が普通とは縁の遠い存在だと自覚している。

 自分と関わっている人物が普通という範囲に入るのか。そう問われたときに、紫は即座に首を振るだろう。

 紫は、自分と関わっている人物が普通という範疇に入るなんて微塵も思っていなかった。

 

 

「でもそれは許容できる、できないというよりも信じられる信じられないだと思うわよ。妖怪は神様と同じで、許容するものじゃなく、あると信じるものだから」

 

「そんなものはどっちでもいいよ。ちょっとした表現の違いだろ?」

 

「全然違うわ。許容するというのは、否定しないということ。信じるというのは、肯定するということなのだからね」

 

「俺は、どっちでも変わらないと思うけどね」

 

 

 紫は、少年の答えに理解を示すと同時に少年の認識で誤っている部分について指摘した。

 だが、少年は紫の言葉の言い回しの意味が分からなかった。信じると許容するにどんな違いがあるというのだろうか。

 少年は思ったままを口にし、これまた興味がなさそうに軽い口調で答えた。

 確かに、許容すると信じるという言葉には大きな隔たりが存在する。

 許容するというのは、実に曖昧なものである。

 それは、許容するというのが受け入れるという意味であって、存在を認めるという意味ではないからだ。

 宇宙人の存在を許容するというは、つまり宇宙人がいてもいなくてもどっちでも構わないと言っているのと同じなのである。

 いうなれば、否定はしていないけど、肯定もしていないということと同義。

 

 対して信じるという言葉は、存在を認めるという意味を持つ。

 宇宙人の存在を信じると言えば、その人の頭の中には宇宙人の存在が確かにあって、存在が認められていることを示すのだ。

 

 

 

「……次の質問よ」

 

 

 紫は、上手く噛み合っていない会話を沈黙で打ち切り、次の質問に移った。

 

 

「貴方は、異常と言われることをむしろ望んでいるように見えた。それは、あの時言っていた、その方が世界の在り方として普通だからということでいいのかしら?」

 

「そうだよ。世界中俺みたいな奴ばっかりだったら気持ち悪いからね。というか俺みたいな奴ばっかりだったら、俺はこんなふうになっていなかったかもしれない」

 

「確かに、貴方みたいな人間ばかりだったら世界が滅んでしまうわね」

 

「事実を知ってしまっている今となっては、言い返すこともできないよ」

 

 

 紫は、自虐する少年にある確信を持つ。やはり少年は、自分自身の事をおかしいと、異常だと確信している節がある。

 紫は、冗談を言うような軽口で話しているが、紫の言葉は誇張でも過大評価しているわけでもない。少年は、夢を正夢にできるほどの力を持っている。どこかで歯車が狂ってしまえば、世界が滅ぶぐらいの事が起きてもおかしくはない。

 そして、少年も紫の言葉が冗談ではなく本当のことなのだということを理解している。病室で夢を正夢にする能力について告げられているため、紫に対して何も言い返すことができなかった。紫の言葉は意見ではなく事実なのだから、反論の余地など存在しなかったのである。

 

 

「じゃあ、次」

 

 

 紫は、少年が自分の能力の危険性を把握していることを理解し、少年の自分の能力に対する認識を把握すると、一度目をつむり、すぐさま次の質問を開始した。

 紫は、少年に向けて3つ目の質問を投げかける。

 

 

「貴方の夢が正夢になって、強盗が貴方の家に入った。貴方の家族は、強盗に殺された。その事実を知ったとき、貴方はとても冷静に見えたわ」

 

 

 紫は、少年の強盗に対する対応に疑問を抱えていた。

 夢で見ているとはいえ、強盗に襲われることが分かっていたからといって、あれほどすんなり動けるとは到底思えない。それほどに紫から見た少年は、落ち着いていたし、冷静に見えた。

 紫は、少年が冷静でいられたのには何か別の理由があるのではないかと考えていた。でなければ、おかしいと思っていた。

 

 

「それは、何度もその光景を見ていたという経験があったからということでいいのかしら?」

 

「まぁ、大筋にはそうかな。何度も見た光景だったし、慣れていたっていうのはあるんだと思う。でも、さすがに親が死んでいるとは思わなかったよ」

 

「……あなた、知らなかったの?」

 

 

 少年は、少し悩むようなそぶりを見せた後に、昨日の段階で両親が死んでいることを知らなかったと答えた。

 紫は、少年の言葉に耳を疑った。少年の言葉をそのままの意味で汲み取るならば、少年は夢の中で両親の死を知っていなかったということになる。

 それはつまり、殺人犯と相対したあの場で―――いきなり両親の死を告げられたということなのである。もしも、少年の言っていることが真実ならば、少年は両親が死んでも動揺するような心を持っていないということと同義だ。

 紫は、確認のために再度少年に尋ねた。

 

 

「親が殺されていることは、夢に出なかったの?」

 

「さすがに家の中の様子までは夢の中で見ることはなかったからね。夢で見ることができるのは、あくまで俺が見えているものだけだよ」

 

 

 少年の言う通りだった。夢というのはあくまで一人称視点で進む自分の見えている世界しか見えないものである。そんな夢の中で両親の死を知る術は、犯人との会話からか自身が家の中に入る他ないだろう。そう考えると、少年が知らないのも仕方ないことだった。

 少年は、表情を変えることなく言葉を続ける。

 

 

「でも、そんなのは別にどっちでもいいよね。親が死んでは駄目なんていう決まりはないんだからさ」

 

「え……」

 

 

 紫は、少年の物言いに動揺した。少年の言動は、あまりにも普通とはかけ離れすぎて違和感というレベルに収まらなくなってきている。

 紫は、心の動揺を押し殺して、平常心で少年の言葉を繰り返す。

 

 

「親が死んでは駄目なんていう決まりはない?」

 

「死んでは駄目ということはないんだよ。親が死んでも悲しむな。それが、両親が俺に与えた決まり事だったから、悲しまなかっただけだ、悲しんじゃいけなかっただけ」

 

「……貴方は、ずっとそう思って生きてきたの?」

 

「そうだよ? 何か変かな?」

 

 

 紫は、目を細めて少年を凝視する。

 少年の目に揺らぎは見えない。当然だと、自然だと、それが普通の事のようにしゃべっている。あくまで自然体で揺らがず、心はありのままを保っていた。

 

 

「ふーん、なるほどね。何となく分かったわ」

 

 

 紫は、少年に尋ねた質問の答えから少年の抱えている異常を把握してきていた。

 少年の言動には、普通ではありえない言葉が混じっている。なぜそんな言葉が出てくるのか、どうして今のような状況が生み出されたのか、紫は原因を特定してきていた。

 

 

「その貴方の考え方を作りだしているのは、貴方の心の中に起きている現象ってことなのね」

 

「心の中?」

 

 

 少年は、紫の言葉に疑問を持った。紫の言動は、まるで心の中を覗いたような口ぶりだった。

 少年は、疑問を口にして暫くすると何か思いついたように言う。

 

 

「あ、もしかしておまえ、病院で俺の腕をつかんだ時に俺の心の中に入ったのか?」

 

「へぇ、よく分かったわね」

 

 

 紫は、一気に答えまで飛躍した少年の質問に驚いた。

 

 

「そうよ。私の能力は、境界を操る程度の能力。貴方の心の中に入る程度、造作もないわ」

 

「境界を操る程度の能力か……」

 

 

 少年は紫の言葉を聞いてこれまでの努力が無駄であったことを理解した。

 そして同時に、過去に積み上げてきたものが一気に崩れ去ったような、どうしようもない気持ちに襲われた。

 

 

「ああ、そういうことか、そういうことだったんだ」

 

 

 ―――境界を操る程度の能力。少年は、その能力の名前を聞いてこれまでの経緯に納得した。

 少年が納得したのは何のことはない、紫の能力が本当に境界を操る能力だとして、少年の能力が境界線を曖昧にする能力であれば、紫に見つけられるのは必然のような気がしたからである。少年によって境界線が乱されれば、境界線を動かすことのできる人物のアンテナに引っかからないわけはないのだ。

 

 

「俺の普通に生きるって目標は、あんたがいる時点で最初から無理なものだったんだ」

 

 

 少年がいくら能力を使っている認識がなく、能力の発動が無意識だとしても、夢が現実に割り込むほどに境界線を揺るがしている事実は変わらない。そこまで揺らいでいる境界を、境界を操る程度の能力を持った少年の目の前にいる人物が感知しないわけがないのである。

 

 

「俺の努力とか、運によるとか……そんな曖昧なものじゃなくて初めから無理な話だったんだな」

 

「残念ながら、貴方の目標は私がいる限り達成できないでしょうね」

 

 

 少年は、普通に生きていこうとしていた。

 だが、そんなことは目の前の女性がいる限り不可能だった。どう頑張ろうが関係ない。少年が少年である限りにおいては、少年の努力は最初から無意味で、徒労だったのである。いくら努力しても、いくら願っても、どれほど祈りを捧げたところで不可能な事だったのである。

 

 

「貴方の能力と私の能力の特性はほぼ同じ。貴方が境界を歪めれば私がすぐに感知することになる。それが例え、無意識で歪めていたとしても関係ないもの」

 

「っ……」

 

 

 少年は、ここまでの無駄になってしまった出来事を思い出す、努力してきた日々を思い返す。それら全ては、紫に見つかった時に終わりを告げた、儚くも一瞬にして散ってしまった。

 少年は、唇をかみしめ、気持ちを抑え込もうと強がる。

 

 

「でも、俺の心に入ったって自信満々にしゃべっているけどさ。声をかけられるまで心から出られなかった癖に、よくもまぁ自信満々に言うよな」

 

 

 少年は、なんとか紫に意趣返しをしようと病室で腕を掴まれた際のことを話し始め、声を震わせながら必死に強がった。気分が悪いことをそのまま言葉に表現し、紫の真剣な表情とは対称的な笑顔を作って、紫に言った。

 

 

「…………」

 

「そうかぁ……俺の心の中に入ったんだ」

 

 

 紫は、押し黙ったまま一言も話さず、話している少年の目を真っすぐ見続ける。

 少年は、反応を示さない紫に肩を落として脱力し、紫の視線を避けるように大きく下を向いた。

 

 

「それなら、そんなにたくさんの質問をしなくても分かっただろうに……時間の無駄な気がする」

 

「ええ、貴方のことは心の中を覗いてある程度分かっていたわ。だけど、本当の所は貴方の口から聞きたかったの。貴方自身の言葉で聞きたかったのよ」

 

 

 少年は紫の質問の意図を把握し、落ち込む気持ちを切り替え始める。大きく息を吐き、再び顔を上げ、一度逸らした視線を紫に対して向けた。

 

 

「へぇ、そういうことだったのか。それで、聞けて満足できる結果でしたか?」

 

「ええ、満足はしていないけど妥協できるレベルだったわ」

 

「そうかい、それは良かった。じゃあ今度は俺から質問してもいいか?」

 

「何? 私が質問した分ぐらいは答えてあげてもいいわよ」

 

 

 紫は、これまでの話から少年の対するおおよその疑問を解消しており、少年の言葉に機嫌よく答えた。

 今度は、少年が質問する番である。

 普段であれば少年の質問に答える気にはならなかっただろうが、二つの要素が紫に少年の質問を受け入れさせた。

 第一に、現在の紫の心境がすがすがしかったからである。紫は、疑問が解消されて心の突っかかりが無くなり、気を楽にしていた、率直に気分がよかった。

 第二に、それ以外にもこれまで少年に対して散々質問をしてきたお詫びというのか、少年に悪い気持ちがあったためだった。あまりに一方的な尋問をしたことに対して悪い気持ちがあった。

 この二つの要素が紫に少年の質問に答える気持ちにさせていた。

 

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……色々と聞きたいことはあるんだけど。とりあえず、一つ目」

 

 

 少年は一言言った後、質問を投げかけ、一つ目と告げて質問を開始する。紫が自分で質問した数である3つを越えても答えてくれるか分からないなと不安を持ちながら、限りある質問のうちの一つを切り出す。現在最も重要視される問題について質問を投げかけた。

 

 

「俺、お前と話している間ずっと思っていたんだけどさ。最初に手を重ねたのって、こいつを俺の心の中に入れるためだよな?」

 

「そうよ。その方が藍にとっては説明するより分かりやすいでしょう。百聞は一見に如かずっていうじゃない」

 

「やっぱりそうだったのか」

 

 

 少年は目線をチラッと左前に動かす。少年の視線の先には、座っている藍の姿が変わらずにそこにあった。

 少年は、紫の話が始まった時から、どうして藍は動かないのだろうか、話さないのだろうかとずっと考えていた。

 

 そして、その答えは―――紫との会話の中で得られた。

 

 確かに紫の言うとおりで、その人のことを理解するために一番早い方法として、実際に心の中身を見ることが挙げられる。普通にはできない方法であるが、紫ならばできることである。

 心の中を見ることができれば、一瞬にしてその人の在りようがよく分かるのは間違いがない。最も早く、最も真実に近いものが見られるはずである。

 

 

「だけど、どうなっても知らないぞ。俺の中に他人を入れることなんて今までほとんどない……いや、今まで全くなかった」

 

 

 少年は、表情を若干重くして言葉を続ける。

 

 

「だから保障ができない。俺は、俺の中が普通じゃないって何となく分かる。だからこそ、普通でいようとした。だからこそ、みんなは俺みたいな異常ではなく、普通の人間なんだと思っていた」

 

「言っている意味が分からないわ。はっきり言いなさい」

 

 

 紫は、少年の言葉の意味が分からなかった。少年の言葉は、要点がはっきりしておらず、理解まで至らない。

 少年は、左前を右手の人差指で指さし、二回つつくように動かす。

 

 

「何よ、そっちになにかあるの?」

 

 

 紫は、少年の指さす方向に視線を向けた。

 そこにいるのは、先程紫に呼ばれて自己紹介をした人物である。先程まで怒ったような表情していた人物である。

 少年の指差した先には、少年と紫としゃべっている間、不自然に全くしゃべらなかった人物がいた。

 

 

「藍?」

 

「こいつ、死んじゃうかもしれないよ?」

 

 

 藍は、両方の瞳から涙を流しながら完全に固まっていた。

 


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