機動戦士ザクレロSEED   作:MA04XppO76

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ヘリオポリスZAFT駐留中

 ヘリオポリス。ZAFTの押さえる宇宙港。ここに、本来ならばクルーゼ隊の所属艦である、後続のローラシア級モビルスーツ搭載艦ツィーグラーが合流していた。

 その格納庫内。

「やっと俺専用が戻ってきたか」

 ミゲル・アイマンが嬉しそうに言う。彼の目の前には、オレンジ色の塗装のジン……ミゲル・アイマン専用ジンがあった。これは以前の戦闘で破損し、修理していた物だ。

「正確にはジン・アサルトシュラウドになります」

 整備兵は、ジンにアサルトシュラウドという追加装備を付けた事を説明した。

 このアサルトシュラウドは追加装甲として働き、また高出力スラスターを追加する事で機動力の向上も果たしている。そして、右肩に115mmレールガン「シヴァ」、左肩に220mm径5連装ミサイルポッドが装備され、火力を大幅に強化してもいた。

「ミサイルはともかく、レールガンはあの化け物にも効きそうだな」

 ミゲルは、強力な武器を手に入れた事に安堵する。攻撃が効かない敵と戦いたい訳がない。

 如何にも強力そうな砲を見て喜んでるミゲルの横で、オロール・クーデンブルグは整備兵に聞いていた。

「俺のは? どっかの蜜柑色が壊した片腕のジンじゃ、どうにもならないぞ」

 オロールのジンは中破しており、しかもそのまま動かしていたのでかなりガタが来ていた。可能ならば、工場に戻して修理した方が良いほどに。

 その点は整備兵も話を聞かされており、代替機は既に考えられていた。

「……あれはどうですかね?」

 整備兵が指をさして見せたのは、格納庫の奥に固定された白のジン・ハイマニューバだった。

「これって……」

 心当たりのある機体を見て、オロールは言葉に詰まる。

 整備兵は、何でもない事のように言った。

「ラウ・ル・クルーゼ氏の予備機ですよ。シグーの前に乗っていた。でも、パイロットが居ないのに余らせていても仕方ないですし」

 クルーゼは既にほぼ死亡扱いとなっている。つまり、彼の為の機体は余っていた。だから、使える人間に渡そうという算段なのだ。

「やったぜ! あ、でも、色はノーマル・ジンに戻してくれよな。どっかの蜜柑色みたいに、エースを主張して狙われたくないんでね」

「蜜柑色、蜜柑色、うるさいんだよオロール!」

 調子に乗っているオロールを、ミゲルは後ろからチョークスリーパーに固めた。

「うわ! ギブ! ギブだ!」

 バタバタと二人して楽しそうなミゲルとオロールに、整備兵は溜息をつく。

「遊ぶ暇があるなら、自分の機体の調整してくださいよ。で、自分の艦に持って行って」

「あ……そうだな」

 ミゲルがそう言われればと腕を放し、解放されたオロールが苦々しい表情を作る。

「確かにそうだけど、めんどくせぇ」

 二人はそのまま、各々の機体へと向かった。

 

 

 

 ガモフの艦橋。

 ガモフ艦長のゼルマンは、ツィーグラーの艦長からもたらされた情報に眉を寄せていた。

「月から?」

『ああ、第8艦隊が出撃した。コースを見るに、確実にこちらへ来る』

 ツィーグラーの艦長が通信越しに言って、持ってきたデータをゼルマンに送る。

 ゼルマンが手元のモニターにそのデータを表示すると、簡易的な宇宙地図と、月から出た第8艦隊とその航跡が表示された。

 月から出撃した連合軍第8艦隊が、ヘリオポリスに向かってきている。確実に、奪われた連合MSの再奪取が目的だろう。

「いやはや、動けなかったとは言え、長居しすぎたか」

 溜息をつくも、それでどうにかなる筈もない。

「嘆いてもしかたない。合流で戦力は揃ったが、一艦隊相手はきついな」

『いや、本国から迎撃艦隊が出された。敵は大艦隊な分、足が遅い。迎撃艦隊は高速艦で編成すると言っていたから、ここに辿り着く前に一戦ある筈』

 ツィーグラーの艦長が、さらにデータを付け加えた。

 宇宙地図の上に、プラントから出た艦隊と、その航跡が記される。

 ゼルマンが予定コースを表示させた所、第8艦隊とプラントの艦隊は、ヘリオポリスの手前の宙域で激突する事になるのがわかる。

 連合側が大艦隊の派遣ではなく、少数精鋭による速戦を選んでいたなら、ゼルマン達はヘリオポリス内で身動きとれないままやられていたかも知れない。敵の判断ミスに助けられたか。

 もっとも、MSを擁するZAFTに、数しか取り柄のない連合が少数精鋭で挑む選択をする事は難しいだろうが。

「なるほど、これならば最悪でも、抜けてきた残存戦力や別働隊を迎え撃つだけですむか」

 どれだけ残して戦場を抜けるか、どれだけ別働隊としてくるか、それが問題だ。今までの連合なら、たいした事は無いだろうが……

『ついでというわけではないのだろうが、連合MS回収用の艦隊と、占領統治の為のスタッフもヘリオポリスに派遣されてくるそうだ。警戒は必要だが、焦る事はないのじゃないか?』

 余裕を見せているツィーグラーの艦長に、ゼルマンは少し考えてから言った。

「敵に新型MAが含まれていなければな」

『MAごとき、何を心配している? MSの敵ではないだろう』

 ツィーグラーの艦長は通信の向こうで笑った。

 だが……ゼルマンは決して笑わなかった。

 

 

 

「この腰抜けがぁ! もう一度言ってみろ!」

 今やZAFTの占領下にあるヘリオポリスの港湾部の一室、いわゆる赤服のお坊ちゃん達にあてがわれた待機室で、イザーク・ジュールの怒声が盛大に上がっていた。

 その怒声を叩きつけられているのは、イザークに胸ぐらを掴まれているアスラン・ザラ。

 アスランは、イザークの怒りに少しも動じる事無く、決意を胸に言葉を返した。

「軍を辞める。もう決めたんだ」

 事の始まりは、キラ・ヤマトだ。

 かつての親友とは、ほとんどわだかまりが無かったので、すぐにかつての仲を取り戻した。

 キラは昔と変わっていなかった……だが、アスランは変わっていた。彼は兵士となり、憎しみで戦い、ナチュラルを殺す事に心動かされる事も無くなっている。キラはそれを悲しみ、昔の優しかったアスランに戻って欲しいと願った。

 争いだの愁嘆場だの和解だの色々あって、アスランは決意したわけだ。軍を辞める事を。

「このまま戦えば、俺はまた大事な人を失ってしまう……そう気付いたんだ」

「……くっ! 貴様、本気で……」

「……おい」

 激昂しかかるイザークを、二人の争いを見ていたディアッカ・エルスマンが肩を叩いて止めた。そして、イザークの耳元に囁く。

「あのな……」

「っ!? な、男同士だぞ!?」

 何を囁かれたのか、イザークはまるで何か汚い物に触れていた事に今気付いたのだと言わんばかりにアスランの胸ぐらを掴んでいた手を放し、何か振り払う様に手を振った。

 それから、アスランを嫌悪と不安の混じる表情で見てから、何かの間違いである事を祈るかの様にディアッカを見る。

 ディアッカは、沈鬱な表情で首を横に振った。

 イザークは続けて、アスランと仲の良いニコル・アマルフィを見る。待機室の真ん中に置かれたテーブルにつき、事を見守っていたニコルは、イザークの視線を受けて困った様な表情で僅かに首を縦に振った。

 イザークは、深い深い溜息をつき、それから哀れむ様な目でアスランを見て言う。

「……もう良い。俺には理解出来んが、好きにしろ」

「いや、待て。何か勘違いしてないか?」

 イザークの不穏な反応に、アスランは困惑を露わに詰め寄ろうとした。が、イザークは後ずさってアスランから距離を取る。

「触るな。俺にそんな趣味はない」

「安心しろイザーク。お前はアスランの好みのタイプじゃない。むしろ危険なのは……」

「え? 僕ですか!? 困りますよそんなの」

 嫌悪丸出しで言うイザークに、ディアッカが言いながらニコルの方を見る。ニコルは、困った表情を浮かべてアスランの方を見て答えた。

 それで、だいたいの状況を悟り、アスランはその顔に怒りの表情を浮かべる。

「お前達……俺とキラの関係を、そんな不純な物だと思っていたのか!? ふざけるな、キラはそんな奴じゃない! キラは……そんな奴じゃないんだ」

 言い立てるとアスランは、一同に背を向けて待機室を出て行った。

 その背を見送り、ディアッカが苦い表情で呟く。

「……自分がそう言う奴だって思われた事は否定すらしないのかよ」

 アスランにしてみれば、キラを侮辱された事に怒るあまり、自分の事をすっかり忘れただけではあるのだが……この場の誰もが、それを察するどころか、ディアッカと同意見であったのは言うまでもない。

 アスランの性癖について疑惑が深まった所で、待機室の空気は重くなった。

 特に、アスランを密かにライバル視すらしていたイザークはショックが大きかった様で、苛立ちを隠せずにいる。ライバル……つまりは、その実力を認めていた男が、ノーマルな同性として微妙な性癖を持っていたというのだ。ショックを受けない筈がない。

「くそ、あんな男を俺は……」

 後悔たっぷりにイザークは声を吐き出す。

 蔑めば内心でアスランを認めていた自分が惨めだし、かといってアスランをライバルとして評価し続ける事はもう出来そうにもない。

 もう少し理解力ついてくれば、それもまた人の個性であり非難すべきではないと、事実を受け止める事が出来るのだろうが、まだ十代の若者にそれを求めるのは難しい物があった。ましてや、癇癪の激しいイザークの事である。

 まあ、全てが悪い事ばかりではない。アスランが軍を辞める決意を固めた事について、イザークは納得に到っていた。つまり、人に理解出来ない性癖を持つのだから、人に理解出来ない決意を固めても仕方ないと。

 それが無ければ、イザークはアスランの決意を決して認めようとはしなかっただろう。認めなかったからどうだと言うものでもないのではあるが、当面の間はつきまとって怒鳴り散らす位はしただろうし、最悪、キラを原因と見て怒りをぶつける可能性もあった。

 アスランにとっては不本意かも知れないが、実際には良い結果だったのかもしれない。

「ま、まあ、アスランの事はともかく……」

 空気の重さに辟易としたニコルが、とりあえず話題を変えようとした。

「みんなは、これからの身の振りって考えてますか?」

「とりあえず、連合MSを持って凱旋だろ?」

 他に何があるんだと言わんばかりにディアッカが返す。

 議員の子息である自分達がこの作戦に就いたのは、政治的な理由が多分に含まれている。それぐらいの事がわからないディアッカではない。

 母艦のヴェサリウスが航行不能状態にある等の不測の事態で動けないで居るわけだが、議会としてはさっさと呼び戻して宣伝に利用したい筈だ。英雄となった議員の子息という、戦争を遂行する議員達の正当性を象徴するものを。

 それを考えると、アスランの様に軍を辞めるというのも悪くはない。軍を退いたとしたら、今度は政界で生きる事になるのだろう。英雄という肩書きは強力な武器となる筈だ。

 何にせよ、プラント国民に連合MSを奪取した英雄達を大々的に宣伝する所までは、確実に起こる事だった。そして、それを拒否する理由は誰にもない。

 だからこそ、ディアッカはニコルの質問に返したのだ。他に選択がないのに聞く意味は何なのかという問いを含めた答えを。

「ラスティは残るって言ってるんですよ。この艦隊に。それで、他のみんなはどうなのかなって思ったんです」

 ニコルは、肩をすくめてそう答えた。

 残って何をするか……考えるまでもなく、普通の兵士として前線で戦闘を続ける事になるだろう。それだけだ。そこに何も利は見いだせない。

「あいつ、何を考えてるんだ? 残ると言ったのが、イザークならわかるけど」

「俺ならわかるとは、どういう事だ!?」

 ディアッカが首をかしげて言った台詞に、イザークが噛みつく。ディアッカは、釣り針に魚がかかったのを見た釣り人みたいにニヤリと笑い、すぐに言い返した。

「お前なら、政治の道具になるより、ナチュラルと戦ってプラントに貢献する事を選びそうだと思ってよ。それに、クルーゼ隊長の仇をとるって息巻いてたろ?」

「ぐ……それは確かにそうだが……」

 イザークは言葉に詰まる。確かにその通りで、その選択が許されたなら喜々としてそうした事だろう。そう、許されれば。

「ママには逆らえないもんな」

 ディアッカは、イザークの弱みを突いた。

 イザークの母親もまたプラントの議員だ。彼女は、イザークが危険な任務に赴く事を望んではいないが、英雄になる事は望んでいた。

 その辺り、出世をさせたいという様な息子を思っての部分もあるだろうが、政治的にそれが求められていたと言う意味合いの方が強い。過保護極まりない部類に入る彼女は、愛息子を戦場に送り出す事に、さぞかし悩んだ事だろう。

 それが今や、イザークは英雄となって堂々と凱旋出来る様になった。となれば、イザークに、これ以上の危険な行軍を望むわけもない。つまり、戦い続ける事を選択するなら、イザークは母親の意思に逆らう事になる。

「母上は関係ない!」

 母親離れ出来ていない事を揶揄され、イザークは怒りに声を荒げた。

「れ……連合MSを、本国まで持ち帰るのが任務だ! それを放棄して、ここに残る事など出来るものか!」

「おっ、上手く逃げたな。俺もその言い訳を使わせてもらうぜ」

 怒るイザークの前で、ディアッカは感心した様に言う。それから、改めて首をかしげた。

「ま、でも、そうなるよな。俺達の任務は、連合MSを奪って持ち帰る事だ。ここに残って戦うなんて、大儀も無ければ、政治的意味もないし、出世とも関係ない。アスランみたいに恋人に言われたとかでもなければ、理解出来ないよな」

「恋人ですか? そう言えば……何か冗談で、恋をしたとか何とか言ってたましたよ。本当に誰か好きな人が居るのかも知れませんね」

 ニコルが、何日か前の事を思い出しながら口を開く。

 ラスティが、浮かれた様子で何やら口走っているのを聞いた。もっとも、その内容はどう考えても冗談以外の何物でもなかったのだが。

「あれに恋人ねぇ?」

 ディアッカは、疑問に出しながらも、それは無いだろうと確信していた。

 

 

 

 ヘリオポリスにあった連合のMS開発基地は、MS奪取時のZAFTによる戦闘行動と、その後のアークエンジェル脱出の際に連合軍の手で行われた破壊工作により、かなり徹底的に破壊し尽くされていた。

 しかし、MSの部品や、コンピューターなどの情報源となりそうな物が破壊を免れ、瓦礫に埋もれて残っている事から、ZAFTによってその発掘作業が行われている。

 作業はまず、瓦礫の山となった地上の建物を取り除く所から始まっていた。

 乱暴に行ってはならない。瓦礫の下に埋もれた物を傷つけない様、慎重に慎重を重ねて瓦礫を除去する。そういった作業にも適しているのが、MSと言う物であった。

『なあ、ミゲル』

 ミゲル・アイマンは、通信機から聞こえるオロール・クーデンブルグの声を聞き流しつつ、MSを使った瓦礫除去作業に集中する。

『……おい、黄昏の屑拾い』

「うるさいな! 何だよ、さっきから!」

 ミゲルは思わず通信機に怒鳴り返した。

 その間も、ミゲルの乗るオレンジ色の機体、ミゲル専用ジンは掴み上げた瓦礫を集積場所に放り投げる作業を続けている。

『いや、ZAFTのエースが高性能専用機で穴掘り作業ってのは、どんな気分かと思って。

 楽しいか?』

「お前だって、ジン・ハイマニューバで穴掘りだろうが! 高機動性を活かして、ちゃっちゃと作業を進めろよ!」

 ミゲルが睨むモニターの中、オロールが乗るジン・ハイマニューバが、やる気なさげに瓦礫を持ち上げ、適当極まりなく放り投げるのが映っていた。

 ミゲル専用ジンもジン・ハイマニューバも高性能機なのだが、こんな作業ではその性能を生かせるはずもない。と言うか、作業用の低性能機で十分だ。

『せっかく新型が手に入ったのに、最初の任務がこれかよ……機体が泣くぞ』

 ミゲルにも、オロールの嘆きは理解出来た。

 新型MSに乗り、連合との一戦で華々しいデビューをと逸っていた所が、与えられた任務は穴掘りである。ミゲルも、連合の新型MAとの雪辱戦を望んでいたのに、完全に思惑とは違ってしまった。

 連合MS奪取の達成を補完する重要な任務だという事はわかるのだが……

「しょうがないだろう。ワークス・ジンなんて無いし、ツィーグラーのMS隊は哨戒任務に要る。俺達しか浮いてないんだよ」

 免許があれば誰でも使える、ワークス・ジンの様な作業用MSは無い。ローラシア級モビルスーツ搭載艦ツィーグラー所属のMS隊は、母艦と共に周辺宙域の哨戒任務に出動している。

 一方、ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフは、先の戦いで受けた損傷を修理中。また、所属するMS隊がミゲルとオロールの二機分しか無い事から、率先して動ける態勢にはなっていない。つまり、暇なMSはガモフ所属のミゲルとオロールしか居ないわけだ。

『半端はつらいねぇ』

 オロールもその辺りは理解しているので、溜息混じりにそう言ってくれた。

「ああ……こんなんじゃ、給料も上がらないしな」

 ミゲルも溜息をつく。弟の治療費に金が要るのだ。いつまでも、こんな所でしけた任務をしていたくはない。

「新しくMSでも見つかれば別かも知れないけど」

 ZAFTが全く情報を掴んでいなかった未知のMSがヘリオポリスから持ち出されたと聞いていた。ひょっとすると、他にもまだあるかも知れない。

 ミゲルは独り言を呟きながら、そんな事を考えていた。と……

『おい、ミゲル!』

「何だよ。愚痴ならもう聞かないぞ」

 オロールからの再度の呼びかけに、ミゲルはウンザリしながら答える。

 だが、オロールが伝えたかった事は、愚痴などでは無かった。

『瓦礫の下に空間がある! 格納庫っぽいぞ!』

「本当か!?」

 ミゲルは、今自分が担当している場所を放棄して、オロールの元へと向かう。

 オロールは、さっきまでの態度とは打って変わって、せっせとジン・ハイマニューバを動かして瓦礫を除去していた。

 確かに、ジン・ハイマニューバの足下には、四角く切り抜いた様な大きな穴が開いている。恐らく、元からあった搬入口か何かで、上の建物が崩れて塞がってしまったのだろう。

 幸い、穴は埋まっておらず瓦礫が乗っているだけの様で、瓦礫を除ければ中に入れそうだった。

「よし、手伝うぞ」

 ミゲルは、その穴を埋める瓦礫を取り除く作業に参加した。しばらくの間、二人はMSを使って黙々と作業を続ける。

 瓦礫を取り除き、後は建物の骨組みだった鉄骨だけとなって穴の底が覗ける様になると、どうやら穴の底は巨大なエレベーターになっている様だとわかった。つまり、何か大きな物を地下に搬入する為の入り口と言うわけだ。

「……本当にMSとかがあるかもな」

『良いなそれ! 本当なら、ボーナスもんだ』

 オロールが喜びの声を上げて、鉄骨の片づけを急ぎだした。MSのパワーを持ってしても折り重なって絡み合う鉄骨はなかなか動かないが、それでも本数が少なくなってくると作業は楽になり作業進行も早くなる。

 しばらくすると鉄骨は全て取り除かれ、そこには穴だけが残った。

『よし行こうぜ』

「ああ」

 二人は、MSを軽く跳ばせて、穴の中へと入らせる。

 スラスターを軽く噴かせて、緩やかに下に降りると、そこには壁一面の巨大シャッターが待ち構えていた。

「基地の電源は死んでるんだったか?」

『ああ。こじ開けるしかないな。俺は右。お前、左な』

 シャッターと言っても、鋼鉄の一枚扉だ。なかなか破る事は出来そうにない。シャッターを動かすには電気が要るが、そんな物の復旧はしていない。

 オロールが言って、シャッターの右側に取り付いた。ミゲルは左につき、シャッターに専用ジンの指を添える。

『せーの』

 オロールの声が聞こえると同時に、ジン・ハイマニューバがシャッターを持ち上げ始め、シャッターが軋みを上げた。

 ミゲルも、専用ジンでシャッターを押し上げる。二機のMSのパワーで、重たいシャッターはゆっくりと持ち上がっていった。

 ややあって、シャッターは完全に持ち上がる。

 その奥に広がっていたのは、かなり広い空間。しかし、そこにミゲルとオロールが夢見た様な物は無かった。

『MAだな』

 オロールの声は落胆に近い。そこにあったのはMA。

 ここは開発部門ではなく、整備工場だったのだろう。半ば分解された状態のMAが、整備台の上に置かれたまま放置されている。

「連合の新型は無いか?」

 ミゲルはモノアイを動かして中を眺め回す。

 思い出すのはザクレロ。あの新型MAなら、連合製MS並に価値がある。

 MAはナチュラルが使う時代遅れの兵器というのがZAFTでの共通認識になっているので、認めない者も多いだろう。しかし、戦った自分達は、あれが事によってはMSよりも厄介な敵になるだろう事を知っていた。

 もし、実物が手に入るなら、解析して対策を練る事が出来るわけだ。

 しかし、ここには新型MAも無かった。オロールが舌打ち混じりに言う。

『全部、メビウスとか言う奴だ。おっ、こっちのこいつだけメビウス・ゼロだぜ』

「宝の山かと思ったら、ゴミの山か」

 流石に、普通のMAなど必要ない。

『つまらねぇな。全部、ぶっ壊すか?』

 オロールがそう言って、整備工場の奥へと入っていこうとする。ミゲルが、参加しようとは思わないまでも、「好きにしろ」とでも言おうと考えた所で……何者かが通信に割り込んだ。

『壊すですって!? 何、馬鹿な事言ってるのよ! これだから、MS乗りは……』

 若い女の声。それは、すっかり怒りの色に染まっている。

『あんた達の足下。踏まないでよね』

 言われてモノアイを向けると、いつ降りて来たものやらか、つなぎの作業服を着て安全ヘルメットを被った人がいた。見た目、少年の様でもあるのだが、さっきの声の主という事は少女なのだろう。

 作業服と言うことは、メカニックか何かなのだろうか?

 彼女は携帯通信機を使い、ミゲルとオロールに向かって声を荒げていた。

『ほら、ぼさっとしてないで全部運び出しなさい! 壊さない様に慎重にね』

『待てよ、こんなガラクタ、どうするんだ?』

 オロールの疑問は、ミゲルも同感だ。MAなんかを大事に扱う意味は全くわからない。

 しかし、少女にとってガラクタという表現は好ましくはない物の様だった。

『ガラクタですって!? MSなんて機械人形の玩具みたいな物に乗ってるくせに!』

『玩具だって!? 聞き捨てならないぞ、この……』

 オロールの言葉に少女が噛みつき、それを受けてオロールが怒鳴り返す。

 後は、低俗な悪口の応酬……馬鹿アホ間抜けなどという基本はもちろん、お前の母ちゃんでべそ等という様な高度な語句まで飛び出す始末。ちなみに後者を言ったのは少女だった。

 ともあれ、話を聞いてるとどうも、少女はMSとMSパイロットがたいそう嫌いらしい。

『MS乗りなんて最低ね! 女の子に、よくもそんな事が言えたもんだわ! まあ、MS乗りなんて臭くて風呂にも入らない、外を出歩く服もない、女の子にもてない連中なんだもの。女の子の扱い方がわからなくて当然よね!』

『も……もてないだと!? お前に何がわかる!』

「オロール、お前の負けだ」

 いい加減、口喧嘩を聞くのにウンザリして、ミゲルは口を挟む。それから、わざと慇懃に少女に疑問をぶつけた。

「で、お嬢様はMAをどうなさるおつもりで? 運び上げるのは構いませんが、それだけ教えてはいただけませんか?」

『MAでマフィンを焼くとでも思う?』

 少女は冷たく一言で返す。それから、ミゲルの方は話が通じるとでも思ったのか、少しだけトゲを引っ込めて話を進めた。

『ともかく、基地で見つかった物は全部回収する様に命令が出てるでしょ? 横着してないで、MAも全部回収しなさい』

「わかった。確かに、命令は全部回収だ。全部回収しよう」

 口は悪いが、少女の言い分が正しい。とりあえず回収するのが自分達の任務であって、捨てるかどうかの判断は誰か他の人間がやってくれる。

「オロール。ここから、運び出せる物は全部出すぞ」

『面倒くせぇ。俺、瓦礫除去に戻るわ。ここは任す』

 オロールは、手伝うのはまっぴらだとばかりに、外へ向かってジン・ハイマニューバを歩かせていった。

 残されたミゲルは、どうした物かと考えながら、少女に目を落とす。

 少女は奥へと駆け込んで、整備中のMAが並ぶ中を走り回っていた。凄い楽しそうである事はわかるが、何が楽しいのかは全くわからない。

「何だかな……」

 ミゲルは、とりあえず手近な物から運んで、さっさと終わらせようと、専用ジンの操縦桿を握り直した。

 

 

 

 ヘリオポリスは、月に対して地球を挟んだ反対の位置にある。よって、ヘリオポリスからでは、地球の影にある月を見る事は出来ない。無論、月周辺で起こっている事象も同じ。

 月基地より発進した連合軍第8艦隊はついに地球を回り、ヘリオポリスから光学観測によってその姿を確認できる様になっていた。

 アガメムノン級宇宙母艦一隻と、ネルソン級宇宙戦艦三隻、ドレイク級宇宙護衛艦五隻で構成される艦隊は地球上空にて足を止め、地上からマスドライバーで打ち上げられる物資を直接受け取る形で補給を受けている。

 恐らくは、この補給を終え次第、ヘリオポリスに進軍を開始するのだろう。

 また、連合軍基地アルテミスの駐留艦隊に第8艦隊と同調した動きが見られた。陽動……あるいは実際に出撃して共同作戦をとるのか、はたまた独自にMS奪還に向けた動きを取るのか、それは現段階ではわからない。

 これらの事態に対しZAFTは、ナスカ級高速戦闘艦二隻、ローラシア級モビルスーツ搭載艦四隻からなる艦隊を、ヘリオポリス沖の宙域に派遣。第8艦隊との決戦に臨む構えを見せる。

 ヘリオポリス沖が不穏な空気を漂わせる2月9日。接近を続ける連合軍第8艦隊に先んじて、連合MS回収任務を帯びたナスカ級高速戦闘艦“ハーシェル”と輸送艦一隻がヘリオポリスに到着した。

 

 

 

 ローラシア級モビルスーツ搭載艦“ガモフ”の艦長、ゼルマンは、ガモフの艦長室でコンピューター端末を動かし、ハーシェル到着の報告と共に届けられた補給品のリストを確認していた。

 今回、到着した輸送艦は、ヘリオポリスに駐留している部隊への補給任務も兼ねている。

 弾薬や食料といった通常の補給物資の他、ZGMF-1017ジン十機とパイロットの補充もあり、これでガモフとナスカ級高速戦闘艦“ヴェサリウス”の戦力も定数を満たしたと言えるようになった。

 また、先の戦いで大破しているヴェサリウスの修理の為、ナスカ級の艦橋部と推進器、砲塔の部品も運ばれてきている。もっとも、修理には時間がかかる為、第8艦隊との戦いには間に合わないだろう。

 更にZGMF-515シグーが五機も送られてきているが、これは政治家の御曹司である所の赤服パイロット達に用意された物らしい。つまり、全て連合MSと一緒にご帰還という事になる筈だ。

「ん? ハーシェルに搭載されるシグーは四機?」

 ゼルマンは、自分の想像を確認する為に新しい部隊編成表を確認して、数が合わない事に気付いた。

 搭載されるのはシグー四機とジン一機。つまり、ジン一機は来てそのまま帰るという事だ。

 その疑いは、直後に部隊編成表の中から答えが見つけ出される。

「ラスティ・マッケンジー……残ったのか」

 赤服パイロットの一人であるラスティ・マッケンジーの名が、自分の艦のMS部隊の中に移っていた。旧クルーゼ隊は全員がハーシェルに移り、そのままプラントに帰還するものと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

 ラスティがガモフに残る事になったので、補充パイロットの一人が入れ替わりになり、ジン共々ハーシェルに残る事になったのだろう。

「赤服か……まあ、ミゲルに任せよう。さぞ嫌がるだろうがな」

 色々と政治的なバックもあって面倒な赤服の事。ゼルマンは、早々にそれをMS隊のエースであるミゲル・アイマンに押しつける事に決めた。

 ガモフのMS戦力は、ミゲル専用ジン・アサルトシュラウドのミゲル・アイマン、ジン・ハイマニューバのオロール・クーデンブルグ、シグー?のラスティ・マッケンジー、今回やってきた通常型ジンの他3名という所。なかなか充実していると言えよう。

 事によると、運用出来るMSの内四機を赤服新兵が占めるハーシェルより上かも知れない。まあ、少なくとも面倒事は少なかろう。

 これで連合の新型MAザクレロに対抗出来るか……その一点は判断に迷う所だが。

 ゼルマンは椅子の背に深く身を預けて、目を閉じる。そして、いつか見たザクレロの姿を思い浮かべた。

 炎の尾を引きながら迫り来る魔獣の姿。口腔より雷を放ち、爪で引き裂くモノ。宇宙の深淵から来るモノ。鋼と肉と魂を貪るモノ……

 

 ――不意に、室内に艦内通信の呼び出し音が鳴り響く。

「うぉっ!?」

 ゼルマンはその音に驚き、身を震わせて目を開けた。

 そして椅子の上で身を起こそうとして、背中が汗で重く濡れている事に気付く。

 ザクレロの事を思い返していたのは僅かな時間だったと思っていたが、端末のモニターの片隅に表示されている時計は、かなりの時間が経っている事を示していた。少なくとも、背を汗で濡らし尽くす程度の時間が経ったのは確かだろう。

 回想に耽り、時を忘れたとでも言うのか? しかし、楽しい回想では無かったはずだ。あれはむしろ、悪夢に……

「……疲れている様だな」

 ゼルマンはそう言って首を横に振って、大きく溜息をついた。

 居眠りでもして、考えていたザクレロの事をそのまま悪夢に見たのだろう。ヘリオポリス襲撃以来、多忙な日々を送っているのだから、そろそろ疲れが出てもしかたがない。

 そう自分を納得させて、ゼルマンは先ほどから呼び出しを続けている通信端末の受話器を取った。

「ゼルマンだ」

『艦長。ヘリオポリスの政務官の方が、先ほどからお待ちです』

 ゼルマンは言われて思い出す。

 ハーシェルには、今後ヘリオポリスを管理するコロニー運営スタッフが乗り込んでいた。まあ、コロニーは軍人だけで動かせる物ではないので、それは当然の事だ。

 そして、その中には政務を担当する者も居り、彼は現在までヘリオポリスの占領統治に当たっていたゼルマンとの面会を望んでいた。

 悪夢にうなされている間に、その面会時間が来てしまったらしい。

「わかった。もう少し、待って貰ってくれ」

 ゼルマンは言ってすぐに通信を切る。

 この汗にまみれた格好では、誰に会う事も出来まい。ゼルマンは、新しい服とタオルを探して、部屋に作りつけのクローゼットへ向かった。

 

 

 

 ヘリオポリス港湾部の一角。応接室に赴いたゼルマンを出迎えたのは、黒い長髪の美丈夫だった。

「ギルバート・デュランダルです」

 立ち上がって手を差し出すデュランダルの手を握り返し、ゼルマンは名乗る。

「ZAFT所属ガモフ艦長のゼルマンです。議会の若き天才と噂はかねがね……」

「いえ、ただの学者崩れの三流議員ですよ」

 軽い社交辞令混じりの挨拶を、デュランダルは笑顔で遮った。

 ギルバート・デュランダル。穏健派……つまり、今行われている戦争について、ナチュラル側との講和も一つの解決であると考える派閥の議員の実力者……だった。

 プラント全国民が一丸となり、ナチュラルを屈服させる為の戦争に熱狂している現在、穏健派は国民から支持を受けていない。勝利以外の結末を望む穏健派は異端なのだ。

 よって、デュランダルがどれほど優れた人物であっても実際の政治権力はなく、三流議員という自己評価は正しいとも言えた。そうでなければ、厄介事以外の何物でもないヘリオポリスの政務担当などに飛ばされる筈がない。

 だからと言って「その通りですね」などと言っていては社交は成り立たないのだが。

「ご謙遜を」

 ゼルマンは、政治家の相手を早くも面倒に思いながら、当たり障りの無さそうな事を言っておいた。

 それを受けてデュランダルは、自嘲気味に微笑んでみせる。

「謙遜ならば、クライン派へと鞍替えなどしないでしょう」

 デュランダルは、あまりに不利な状況を脱する為、比較的穏健な政治方針をとっていた現議長であるシーゲル・クラインと彼に従う議員達のクライン派閥に参入する事を選んだ。

 もっともクライン派も、現在では戦争推進に熱心なパトリック・ザラ国防委員長のザラ派に人気を奪われており、国民の支持を失いつつある。デュランダルは、沈む船から乗り換えた船が沈み始めたと言う様な状況に立たされたわけだ。

 それに、シーゲル・クライン等が開戦前後にとった政策にはナチュラルとの戦争をむしろ望んでいたのではないかと思われる様な物が多く、再びその様な政策は掲げないという保証は無い為、デュランダルとしてはいつまで同調していられるのか不安が残る。

 そして、もしシーゲル・クラインが、開戦前後の時期から戦争を望んでいなかったのならば、彼のとった政策は明らかに愚策ばかり。そんな人物についていくというのは、やはり不安で仕方がない。

 結局、自分の先行きは真っ暗だと……そこまでの政治的な裏事情を含めての自嘲だったのだが、ゼルマンにしてみればそこまで政治に詳しいわけではないので、ただ曖昧に頷くのがやっとだった。

「……本題に入りませんか? こういったやりとりは苦手です」

 ゼルマンは内心を吐露しつつ頼み込む。そして、強引に話を進めようと、用意してきたファイルをデュランダルに差し出した。

「ヘリオポリスの現状は、こちらに用意しました資料にまとめてあります」

 デュランダルは、少々ばつが悪い様子の笑みを浮かべ、ファイルを受け取る。

「失礼しました。軍の友人は、こういった話が好きだったのでつい」

「軍に?」

 デュランダルが漏らした台詞に、つい興味を引かれて聞き返すゼルマン。彼にデュランダルは、態度を少しも変えずに返した。

「ラウ・ル・クルーゼ。彼の散った地に赴任してきたのも、私の運命なのでしょう」

「それは……」

 彼の事を忘れる筈もない。このヘリオポリスでの最初の戦闘で戦死した英雄だ。

 正確には行方不明と言うべきなのかも知れないが、MSに積んであった空気が既に尽きているだろう事と、救助がされた……あるいは捕虜となったという報告が何処からも上がって来ない事から、戦死という事で処理されている。

「……彼の最後を聞かせてはくれませんか? もちろん、機密に触れない範囲でかまいません」

 デュランダルの顔から笑みが消え、真摯な表情でゼルマンに頭を下げた。

 ゼルマンは僅かな時間だけ迷い、そして口を開く。

「隠すべき事はほとんど無いのですが……あれは内部に突入した部隊が、連合MS奪取に成功したとの報告を送ってきた後の事でした。ヘリオポリスから、あの魔獣。いえ、連合の新型MAが姿を現したのは……」

 あの戦いを思い出しつつ、ゼルマンは知りうる限りの事を語り始めた。

 とは言え、クルーゼが倒されたのはザクレロが姿を現した直後の事。あまり語れる事は多くない。むしろ、クルーゼの敗北の理由を伝える為、ザクレロについて多くが語られる。

 デュランダルはそれを無言で聞いていたが、ゼルマンが話し終えると問う様にポツリと漏らした。

「彼の命を奪った魔獣……ですか」

「正式にはザクレロという様ですが、兵の一部は魔獣と呼んでおります。私も、艦長席でモニター越しに見ただけですが、確かに同じ印象を感じましたね。何と説明したら良いのか言葉が見つかりませんが」

 ザクレロと対峙した時の感覚を表すのは難しい。一言で言えば「恐ろしかった」ですむのだが、それではチープ過ぎて真実の欠片も伝わるまい。

 実際、報告書で言葉を尽くしてみたが、それは大方の予想通り無視された。考えてみれば、むしろ戦争神経症を疑われなかっただけましだったのかもしれない。

 それに、ZAFTとしてはその報告を受け入れがたい下地がある。

「このMAについて、報告を上げましたが、誰も重要視はしてませんね。MAはナチュラルの使う時代遅れの兵器だと言う意識が強いようで」

「でしょうね。私も、ラウが倒されたと言う事実がなければ、信じる事はなかった。そのMAはプラントにとって脅威となる……」

 ゼルマンの落胆を、デュランダルは理解出来た。

 ラウ・ル・クルーゼは世界樹攻防戦でMAを三十七機に戦艦六隻を撃破したエースなのだ。それを連合のMAが一蹴したという事実は大きく取り上げられるべきだ。

 しかし、ZAFTは……いや、プラントの全てのコーディネーターに言える事だろうが、MSによる戦果に大きな自信を持っている。つまり、連合のMAでは、ZAFTのMSに対抗出来ないのだと。

 それが妄信に過ぎないと知る時が来るとしたら……だが、その警鐘には誰も耳を貸さない。落胆して然るべきだ。

「いえ、それも早急な判断でしょう。戦ったのは、まだ自分達だけ、しかも一度きりなのです。過大評価の可能性の方がずっと高い」

 ゼルマンが少し会話のトーンを落とし、デュランダルがザクレロの脅威について結論を下そうとするのをとどめた。

 ゼルマンの言うとおり、過大評価の可能性は高い。クルーゼとて、ちょっとした不運で討ち取られる事があってもおかしくはない。また、ゼルマンや他の兵士達の抱いた恐怖の感情も、戦場で命を賭けているのだから恐れはあって然るべきだ。

 公式記録に残る戦闘は、ヘリオポリスでのたった二回。ザクレロを完全に理解したとはとても言えまい。

 たとえ、ゼルマンの心の奥底から、“あのMAは違う”と囁くモノがあっても……

「だからこそ、次の機会があれば、必ず討ち取って見せますよ。あのMAも他のMAと同じ、ナチュラルの時代遅れの兵器だと証明してみせれば良いんです」

 その言葉は軍人としての矜持が言わせた言葉だったが、内心ではそれを行う事によってザクレロへの恐怖を消し去りたいという思いもあった。

 心の奥底に小さな棘が刺さっているかの様に、恐怖が疼く。それは酷く不快な事だ。

 それに、内心では不安にも思う。このまま抱え込んだ恐怖が更に大きくなっていったら……自分はどうなってしまうのだろうかと。

 故に、恐怖に打ち勝つ為にも、魔獣に挑まなければならない。神話の時代の勇者達がそうしてきたように。人類を超えた存在の筈のコーディネーターが、遙か古代のナチュラルをなぞるというのは皮肉ではあったが。

「……まあ、ザクレロの件は、ZAFTにお任せください。それよりも、今はヘリオポリスでの仕事が優先でしょう? すっかり、話し込んでしまいましたが……」

 苦笑を浮かべて言うゼルマンに、デュランダルも表情を緩めた。

「そうですね。それぞれが、それぞれの役割を果たすという事で……貴方は魔獣を追う。私は、このヘリオポリスの諸問題に頭を悩ませる」

 言いながらデュランダルは、先ほどゼルマンから渡されたファイルを開く。そして、流し読みながらページを繰った。

「住民の抵抗運動は終結したのですか? 地球の占領地では、ゲリラが発生してその対応に追われているそうですが……」

「抵抗分子は居ましたが、組織化されたゲリラが発生する前に、無策なまま個別に抵抗運動を起こしましたので、そこで多くを逮捕する事に成功しました。いわゆる初期消火が成功したというところでしょう」

 デュランダルの質問に答えてから、ゼルマンは更に付け加える。

「それに、ある事情から、占領軍である我々よりもオーブ本国の一派閥が住民の憎しみを買っている為、多くの住民は我々に対して従順です」

「そうですか……ならば、住民のヘリオポリスからの退去も順調に行えるかもしれませんね」

 デュランダルはファイルから目を上げ、事務的な冷たさをもって言った。ヘリオポリスの住民の望む所ではないのは承知しても、そこに同情は無いという事を示す様に。

 一方、プラントの政治家がどんな交渉をしているのか知る由もなかったゼルマンは、その話を聞いて少し驚いた。

「退去ですか?」

「ええ、プラントは、この占領によってオーブと敵対的にはなりたくないんですよ。そうなるとオーブの国民を支配し続けるわけにもいかないでしょう。それに……ナチュラルが多い事を厭う声もありましてね。そこで、住民には出て行ってもらおうと。

 それに、オーブ政府も他の交渉事に優先してこの件に回答をしてきましてね。住民回収の為の部隊を早急に送ると……」

 そして、デュランダルは静かな声に嘲る様な響きを滲ませて続ける。

「もっともオーブは、占領軍に退去させられた国民の保護と言わず、外患援助……つまり『敵内通者の逮捕』であると主張していますが」

「逮捕? しかも内通者として?」

 その言葉に、ゼルマンは退去という言葉を聞いた時以上に驚いた。

「内通者が居なかったとは言いませんが、このヘリオポリスの住民全てがそうだったと? 馬鹿げています」

 ヘリオポリス行政官などは、このヘリオポリスを守る為とは言え、ZAFTにかなりの便宜を図っていたし情報も流していた。彼を内通者であると言うのならば理解も出来る。

 しかし、全住民にその嫌疑をかけるというのは、常識では有り得ない。そんな事はデュランダルも十分に理解していた。

「私にも理解は出来ません。が……現に、このヘリオポリスから脱出してオーブ本国へと帰った市民全てが逮捕され、糾弾されていますよ。内通者としてね。どうも、“抵抗せずに、降伏した”事が罪との事ですが」

 オーブで今何が起きているか。デュランダルも、それくらいの情報は仕入れている。

 オーブはその事を隠してもいないので、調べようと思えば簡単に知る事が出来た。

 しかし、このことが世界に知れ渡っているのかと言えばそうではない。諸外国ではニュースにもなっていないと言うのが実情だった。

 もっと平和な時代なら人権がどうこうで諸外国でもニュースになったかもしれないが、今の世界情勢では外国の内情になど興味を持つ者は少ない。それに、プロパガンダに利用出来そうな、ニュースにしがいのある、もっと悲惨な話が他に幾らでも転がっている。

 とは言え、知ってしまえば嫌悪の一つも抱いておかしくない話ではある。

「オーブ軍は、市民を煽って抵抗運動をさせた。結果、市民が対MS戦闘に参加し、死ななくても良い市民が大勢死んだ……次は戦わなかった市民を逮捕だと? ヘリオポリスの市民を根絶やしにするつもりか! 狂人どもめ!」

 ゼルマンはあからさまに不快感を表した。

「ナチュラルは自業自得だ……愚かさの罪に、罰を受けると良い。しかし、コーディネーターが巻き込まれて良いはずがない。コーディネーターだけでも、プラントの手で救済出来ませんか?」

 ナチュラルはどうなってもかまわない。ナチュラル同士であるのなら、罪を着せようが、虐殺をしようが、勝手にしててくれればいい。

 しかし、コーディネーターは一応、他国の者であっても同胞だ。ナチュラルの愚行の犠牲となる境遇から救ってやりたいと思う。

 ZAFTの戦力を使えば、市民を捕らえに来るオーブの先兵を蹴散らす事など容易い。守りきる事は幾らでも可能だろう。

 だが、デュランダルは静かに首を横に振った。

「プラントとしては、オーブには中立国でいて欲しいですから……オーブにとっての犯罪者をかくまう様な事は出来ません。残念ですが、こちらからは手出し出来そうにありませんね」

「そう……ですか。残念です」

 ゼルマンは無念の思いに奥歯を強く噛みしめる。

 今のところ、プラントとしてはオーブと事を構えるつもりはない。弱みをたっぷりと握り、政治的に優位な立場を得ている為、それを戦争で御破産にしたくはないのだ。

 アスラン・ザラに見出されたキラ・ヤマトの様に、数人を密かに亡命させるという事なら可能だが、ヘリオポリスのコーディネーター全員を救い出すと言った事は不可能だ。

「ヘリオポリスの市民に対し私達が出来るのは、彼らの退去の際に混乱が起こらない様、準備と覚悟をさせておく事くらいです。犯罪者扱いと言う事は、少しでも抵抗した市民に対してオーブ側がどうするか、容易に想像が出来ますからね」

 無駄な抵抗による犠牲者を出さない事。それが最初の仕事となるであろうデュランダルは、物憂げに溜息をついた。

「ヘリオポリス市民の滅亡もまた運命。誰もがそれに従うしか……」

「運命をも喰い破るモノ……」

 ゼルマンの呟きが、デュランダルの台詞を遮る。

 そして、ゼルマンは自分の口から漏れた言葉に驚いた様子で目を見開き、口を右掌で覆った。

「……いえ、何でもありません」

 何故そんな事を言ってしまったのかはわからない。だが、ゼルマンは悪い予感がして、考える事を止めた。

「仕事の話をしましょう」

「……そうですね」

 無理矢理に話を変えるゼルマンに合わせて、デュランダルは頷く。

 その後、二人の話は逸れる事無く、事務的な話に終始した。

 

 

 

 ミゲル・アイマンとオロール・クーデンブルグの二人は、ZAFTが使用している港湾部の中、保養施設として特別に営業されているレストランに向かっていた。

「めんどくせーなぁ。酒くらい、好きに飲ませろよ」

「補充兵との親睦を深めておかないと、いざって時に後ろから撃たれるぞ」

 オロールの方は仮眠の途中で叩き起こされたせいか、先程から通路を進みながら文句を並べ続けている。一方のミゲルは、そんなオロールを適当に宥めていた。

 レストランに向かうのは、そこで補充兵としてやってきたMSパイロット達を歓迎し、親睦を深める為である。

 一緒に戦う仲間なのだから、友好的な関係を構築しておくに越した事はない。特にミゲルは、ガモフでMS隊をまとめる立場となるので、人心掌握の為にもコミュニケーションをとっておく事は重要だ。

 だが、オロールにとってはそうではない。

「俺は関係ないだろ。お前の僚機だもんよ」

 オロールの立場は何も変わっていなかった。ミゲルと一緒に出撃して、戦う……それだけだ。補充兵は別に小隊を組むので、関わる事すらないかもしれない。

「だいたいね。昼に、あいつらと就任の挨拶しただろう? 男ばかりだったじゃないか。しかも前線組じゃなくて、本土で哨戒機の座席を磨いていたような連中だぜ? 学校の成績は良かったんだろうが、新卒にポジション奪われたんだろ。そんなのが役に立つのかよ」

「今時、他の戦線から引き抜きなんて出来るわけ無いだろ。それに、男だからどうしたんだよ」

 いい加減、宥めるのにも疲れてきたミゲルに、オロールは大げさに嘆いてみせる。

「わかってねーなぁ。俺がグラスを傾ける横には、綺麗なお嬢さんに居て欲しいのよ。これは、切実な願いですよ?」

「はいはい、わかったからしばらく黙ってろ。席に座って大人しくしてれば文句言わないから」

 ミゲルはそう言いながら、レストランの入り口に当たるガラスの自動ドアの手前で足を止めた。

 そこにあるのは、典型的なファミリーレストランといった様な店。軍服とはあまり相性が良くない。もともと港を利用する客の為の店で軍事施設ではないので当然ではあるが。

 オロールはミゲルに言われた事には答えず、入り口脇のサンプルが並ぶショーウィンドウを、子供の様にガラスにべったり手をついて覗き込んだ。

「わぁい、お子様ランチ頼んで良い?」

「何でも良いから、お前の口の中にねじ込んで、黙らせてやりたいよ!」

 ニヤニヤしながら棒読みで言うオロールに言い捨てて、ミゲルは自動ドアをくぐって店内に入った。

 待ち客用のベンチと精算カウンターが待ち受ける店内入り口。店の中の方は仕切で細かく区切られ、そこにテーブルが一つずつ収められている。

 案内に来るウェイトレスが来るのを待って……と思ったミゲルだが、その耳に思いもかけぬ怒声が飛び込んできた。

「もういっぺん、言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやるわよ! MSなんて玩具みたいで格好悪い! 本当の格好良い兵器ってのは、MAみたいな兵器の事を言うのよ!」

 両方、聞いた覚えがある声だが、誰だったかはすぐには思い出せない。

 首を伸ばして店の奥を覗き込んだミゲルは、テーブルの一つに陣取った男三人と、通路に立つ女の子が激しくやり合っているのを見る。

 男三人はすぐに誰だかわかった。ミゲルがここで親睦を深める予定だった補充兵のパイロットだ。先に一杯やっていたのか、もう酔っている。

 女の子の方も見覚えはあるのだが、どうにも思い出せない。肩辺りで切り揃えられた髪をヘアバンドで飾った、勝ち気な性格がそのまま顔に表れたような気の強そうな女の子。背は小さい。……着ている服が、つなぎの作業服なのが妙に引っかかる。

 女の子の知り合いなど多くもないのだから、何処かで引っかかりそうなものなのだが、記憶の底を浚ってみても出てこない。

 悩むミゲルに、背後からオロールが声をかけた。

「おいおい、あそこで喧嘩している子、こないだの女の子じゃないか? ほら、連合の格納庫で。MA拾いさせられた」

「ああ、あの子か……させられたって、お前はあの時、逃げたろうが」

 言われた瞬間、記憶と目の前の女の子が結びつく。以前、連合基地の発掘作業をしていた時、MAの整備工場で自分達に怒鳴り散らしたメカニックの子だ。

 その時、ゴミ同然の連合MAの回収作業をさせられたわけだが、オロールは逃げている。

「気にするなよ。それよりどうする? あの子は好きじゃないが、男三人がかりで女の子とやりあってる所で、男に加勢になんぞ入りたくもない。放っておくか?」

「放っておくわけにも行かないだろ」

 オロールに言われ、ミゲルは答えながらレストランの中を見渡す。

 他にもZAFT兵はいるが、敢えて火中の栗を拾うような気はない様で、無視するか見物するかしていた。

 来て間もない補充兵にはまだ知り合いもいない。だから、敢えて味方しようとする者が居ないのもわかる。

 女の子の方は元々いるクルーの筈。しかし、彼女と同じメカニック連中もいるが、助けようという者はいないらしい。その点はミゲルも奇妙に思ったが、同じメカニックでも艦が違うなどの理由があるのかも知れないと自分を納得させた。

 普通の店なら止めに入る筈の店員は、厨房の入り口辺りに溜まって当惑した様子を見せている。ZAFTに占領された側であるオーブ人が、ZAFT兵の喧嘩に割り込むのは難しいだろうから、これは仕方ない。

 結論、誰も止めそうにない。では、他の誰が止めるかだ。

「しょうがないよな」

 どうしてこんな厄介事にと舌打ち一つしてから、ミゲルは喧噪の場に歩み寄って行った。

 その喧噪の場は、険悪さを加速度的に増している。

「何だと!? 女だと思って下手に出てりゃあ……」

「触らないでよ! MS乗りは臭うんだから」

 男の一人が立ち上がり、女の子の襟首を捕まえる。

 そんな状況で男を挑発する様な事を言う女の子に、ミゲルは頭が痛くなった。それでも、止めないわけにも行かない。

「おいおい、止せよ」

 言いながらミゲルは、女の子の襟首を掴む男の手を横合いから掴み、間に割り込む様にして二人を引き離そうとした。が……

「この、MA女め!」

 男が吼える。直後、ミゲルの頬に男の拳が叩き込まれた。

「ぶっ!?」

 拳を頬で受け止め、首を斜めに傾げたミゲル。

 男は、殴った相手が女の子ではなくミゲルだった事に気付くと、驚きの表情を浮かべた。そしてその表情は、犯してしまった過ちに戸惑う表情へと変わる。

 殴った相手が戦場を共にする仲間で、しかも先任で、部隊をまとめる役にある。いわば、会社の上司を殴ってしまったというのに近い。普通に考えても、失態という言葉ではすまされない状況だ。

 しかし、余程腹に据えかねていたのか、ミゲルに対する敬意よりも女の子をかばった事への怒りが勝ったらしい男は、すぐに表情を侮蔑と怒りに変えた。

「お前もMS乗りだろうに、何でこのMA女をかばうんだ!」

 ミゲルの頬に当てられていた拳が引かれ、直後にミゲルの胸をもう一撃が襲う。

 今度は拳ではなく、突き飛ばしただけだった。とは言え、かなりの強さで押されたミゲルは、後ろに姿勢を崩す。

「おっと大丈夫か、ミゲル?」

 ミゲルの身体を支えたのは、後ろまでやってきていたオロールだった。

「なんだミゲル。殴られちゃってまあ」

「そんな女をかばうからだぞ!」

 オロールの軽口に、ミゲルよりも早く男が怒鳴る。この反応の早さは、ミゲルを殴った事への負い目が自己正当化をさせたというのもあるのだろう。

 もっとも、ミゲルは仲裁に来たのであって、どちらか片方だけを擁護する気はなかったのだから、男の怒りは的外れではあった。ただ、残念な事に男はそれに気付かない。

「ちょっと! この人は関係ないでしょ!」

 女の子が強く怒りを表して声を張り上げた。今まであった挑発する様な響きがないという事は、関係ないミゲルが殴られた事で今度は本気で怒ったのか。

「……なんだっていうんだ」

 ミゲルは、殴られた頬の熱さを感じながら、オロールに支えられていた身体をしっかりと立たせた。

「俺は、喧嘩を止めに来ただけだ」

「関係ないなら引っ込んでいろ! こいつは、俺達MSパイロットを侮辱したんだぞ!」

 男が、女の子を憎々しげに睨んで言い放つ。テーブルに残っている二人の男も、その言葉に賛同の声を上げた。

「お前もMSパイロットなら、その女を黙らせたらどうだ!」

「それとも、ここのMS乗りは、その女の言うとおりMAに負ける奴ばかりか!?」

 ミゲルは、男達の罵声を浴びた後、顔の向きを変えて恨みがましい目で女の子を見た。

「……何よ?」

「MS乗りに喧嘩を売る趣味でもあるのか?」

「こっちが喧嘩を売ったんじゃないわよ。こいつらが声をかけてきたの。だから言ってやったのよ? 『MS乗りなんかとお酒を飲む暇があったら、格納庫でメビウスでも磨いてるわ』って」

 女の子の釈明に、ミゲルは天を仰いだ。

 それで喧嘩を売っていないつもりというのは無いだろう。MAと比べられて、MAの方がましと言われたMSパイロットが怒らないわけがない。

「どうしろって言うんだ」

「ミゲル……俺に任せろって」

 苦笑しながらオロールが、ミゲルの肩を叩いた。それから歩み出て、ミゲルを殴った男の前に立つ。

 何か凄い嫌な予感がして、ミゲルはオロールを止めようと手を伸ばした。

「おいおいおい、止せよオロール」

「こう言う時はなぁ、何より先手必勝!」

 雷光のごとき速さで繰り出されたオロールの拳が、ミゲルを殴った男の顔に叩き込まれた。男は、残る補充パイロット二人のいるテーブルの上に盛大に突っ込み、料理と皿の破片を撒き散らす。

「友達を殴られて、黙って見てる男じゃないぜ?」

 男を殴った拳を掲げ、オロールは得意げに笑みを浮かべた。

 そんなオロールを、テーブルに残っていた二人の男達は呆然とした様子で眺め……すぐに怒りの表情を浮かべて席を立とうとする。

 しかし、レストランのテーブル席は、素早く立ち上がるには向いていない。まごつくその隙に、蹴りが叩き込まれる。男達二人同時に。

「オロール! ぶち壊しにしてくれたな!」

 オロールと同時に男を蹴り飛ばしたミゲルが、オロールを睨み据えて声を上げる。

「穏便に終わらせようと思ってたのに、全部パーだ!」

「殴り合ったら、友情が生まれるかもよ?」

 悪びれずに言うオロール。その言葉に反応したわけではないだろうが、次の瞬間、テーブルの上に転がっていたミゲルを殴った男が跳ね起き、オロールに飛びかかった。

 反応が一瞬遅れ、オロールは男に組み伏せられる。

 助けに入ろうと思ったミゲルだったが、残り二人の男がテーブルから立ち上がろうとしているのを見てそれを断念した。

 二人を迎え撃つ体勢を整えながら、ミゲルは苦々しく呟く。

「とんだ歓迎会だ」

 

「……どうしようかな」

 三対二で激しく殴り合う男達を少し離れて眺めながら、女の子は考えた。

 ともかく、降りかかった災難はミゲルとオロールが被ってくれたので、女の子にとってしなければならない事はあまり無い。

 かといって、殴り合いに参加するのは馬鹿らしいし、レストランの一角を着実に破壊しつつあるこの騒動を放っておくのも問題がある。

「MPでも呼んでおこっか」

 MP。ミリタリーポリス。軍警察の事で、基地内での犯罪取り締まりを行う。

 呼んで来れば、喧嘩に参加してる全員をしょっ引いて、鍵のかかる快適とは言い難い部屋に放り込んでくれるだろう。もちろん、全員であるからしてミゲルとオロールも同罪になるだろうが、女の子は気にしない。

 別に、女の子が『喧嘩をしてくれ』と頼んだわけではないのだから。

「ごめんなさい。電話貸してね」

 女の子は、厨房に歩いていくと、そこにいた店員達に頼んだ。

 

 通報から十分もしない内に屈強なMP達がやってきて、レストランの中の騒動を暴力的に鎮圧した。

 ミゲル、オロールとMSパイロットの男達は全員、薄暗い部屋の中で一夜を過ごす事となった……


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