機動戦士ザクレロSEED   作:MA04XppO76

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序章-ヘリオポリス襲撃

「連合によるモビルスーツ開発計画ですか? 正気の沙汰ではないですね」

 手に持った古風な黒電話風の受話器を通じて、ムルタ・アズラエルは溜め息混じりに言った。

 アズラエル財閥の所有するビルの一室。完璧に環境を整えられた快適な執務室にいるのに、アズラエルの顔には不快の色が現れている。

「MSだなんて。あの宇宙の化け物どもの真似事をして、戦争に勝てると本気で思って居るんですか?」

 アズラエルが反発するのは、何もコーディネーターへの嫌悪からだけではない。

「今から開発……まあ、機体が出来るのは早いかも知れません。しかし、動かす為のOSの開発の時間は? それに、訓練はどうするんです? MAのパイロットだって、1000時間を超える訓練をして、やっと一人前だというのに」

 MS自体は宇宙開発用の工作機械から発展した既存技術でもあり、完全に新技術というわけでもない。人型の機械人形を作るのは、難しいとは言えないかも知れない。

 一番、問題に思えるのが、OSと訓練時間だ。

 実際、MSと言う物は操作が煩雑であり、コーディネーターに対して基礎的な能力に劣るナチュラルでは、まともに動かす事すら困難な代物なのである。

 OSによるサポートに加え、パイロットの訓練も必要だろう。

 パイロットの訓練も、数週間で終わりと言うようなものではない。

 それを、戦時中に1から始めようという考えが、どれほど悠長なものか……だいたい、全部上手く行ったとしても、MSの運用に関しては、ZAFTが年単位で先を行っている。後を走ったところで、追いつけるとはとても思えない。

『ハルバートンが、調子に乗ったのですよ』

 電話の向こうで、答える男の声。その男の声も、苦々しさを強く表している。

 アズラエルは、電話の向こうの男の、苦虫をかみつぶしたような顔を想像した。映像付きの通信ならそれも見られたのだろうが……ZAFTがばらまいたNJのせいで通信機器はまともに使えず、有線の電話という古い物を引っぱり出して使うハメになっている。

 何事も、ZAFTのせいで、非常に忌々しい。

 男の声を聞きながら、戦争が始まって以来、続きっぱなしのイライラに浸っていたアズラエルは、電話の向こうの男……連合軍の高官なのだが、彼がハルバートン准将への不満を並べ終わるのを見計らって答えをかえした。

「多分、彼はモビルスーツ偏執症になったんですよ。病気です。静養をお勧めするべきですね。正常な脳なら、今からモビルスーツ開発を始めるとは言い出さないでしょう」

『モルゲンレーテに唆されたとも聞きますが』

 アズラエルは、オーブの敵対企業の名を聞いて眉を寄せた。

 平和主義の中立国を騙るオーブ。その国の企業が兵器開発分野に首を突っ込んでる。果ては、モビルスーツ開発にまで手を広げようと言うのか。

「モルゲンレーテなら、連合にスクラップを卸しても良いのでしょうね。自分達の国は戦争の外側ですから。連合が負けても、痛くもない」

 しかし、アズラエルにしてみれば、連合に負けて貰っては困る。

 ブルーコスモスの頭首であるという事もあるが、何より商売が立ち行かなくなる。路頭に迷ってしまっては、コーディネーターの粛正どころではない。

「やはり、MSなどより、今までの実績のあるMAを使用すべきです。MSの研究はしておくべきですが、この戦争には間に合いません。やはり、MAです」

『しかし、MAでMSに対抗できますか? 戦場では、一方的にMAがやられています』

 電話の向こうで、男が問うた。

 連合製MAのメビウスが、ZAFTのMSに対して5対1の戦力比と言われている。

 ドッグファイトに対応できる機種でその成績であり、他の船外作業艇モドキのMAでは、戦力比を考えるのも馬鹿らしい。

「当たり前です。過去の兵器は、現在の戦場に対応していないのですから」

 MAが負けているのは、MAがレーダーや通信が使えていた時代の兵器なのに、レーダーや通信が使用できなくなった戦場で戦ったからゆえの結果だ。

「とはいえ、いっそ今のままメビウスを量産しつづけても、今度の戦争には勝てますよ? 人口と資源の差を考えてください。こっちが揃えられる兵士とMAの数は、ZAFTの10倍以上なんですから。でもそれでは、無駄に資源を浪費して、人の被害を増やすだけです」

 宇宙の化け物が減るのは大歓迎だが、人の被害が大きいのは困る。だから……

「現在の戦場にあわせて、MAを作り直せばいいのですよ。攻撃力で負けているなら、より強大な火砲を持たせればいい。防御力に負けるなら、より重厚な装甲を。機動力で負けるなら、より高出力なバーニアを。MSを凌駕するMAを作ればいい。違いますか?」

 アズラエルは、言いながら机の上に置いてあるファイルを手に取り、そこに挟まれた資料に目をやった。

 アズラエル財閥兵器開発部門に属するMA開発研究所が上げてきた、新型MAの企画書である。

 そこには、アズラエルが上げた、攻撃力、防御力、機動力、全てにおいて現在のMAを凌駕する筈の物が描かれていた。

 新型MAの開発には、今までのノウハウが利用できる。だから、MSの新開発よりは、手堅い物が出来上がる筈だ。また、パイロットも、MAのパイロットが機種転換訓練をする事で対応可能。

 この新型MAは、MSなどよりも、兵器としての完成度は高くなるはずだ。

「新型MA開発プラン。やっと、本題に入れましたね。連合に対して、当社が提案する最新兵器というわけです。詳しい資料は、まずは貴方に1部……そして、後ほど公式に連合へもお送りします。さしあたっての根回しを、お願いしたいのですが?」

『わかりました。大西洋連邦派閥は、ハルバートンを良く思っておりません。対抗出来るプランがあるならば、多くが飛びつくと思われます。他の派閥からも、賛同者を探してみます』

「ありがとうございます。では、お礼はまた後ほど」

 電話の向こうの男が答えたのに満足し、アズラエルは受話器を置いた。

 そして、もう一度、手の中のファイルに目を落とす。

 新型MA……その姿は、MSに無い力強さに満ちている。

 これが、宇宙の化け物共が作った人形を次々に討ち滅ぼす……その想像は、アズラエルの顔に満足げな笑みを浮かべさせていた。

 

 

 

 ――その後。

 ハルバートン主導のMS開発計画に、対抗するように立てられた新型MA開発計画は、MS開発計画とは別枠で開発が進められる事となった。

 そして、完成した新型MAの先行量産機の一機が、ヘリオポリスへと運び込まれる。

 そこで開発された5機のMSとの評価試験に望むために。

 

 

 

「……大きいわね」

 マリュー・ラミアス技術大尉はドック内を見渡す指揮所の窓の傍らに立ち、停泊中の輸送船から降ろされている、コンテナの予想外の大きさに、そんな言葉を漏らした。

 このヘリオポリスで開発されたMSより、かなり大きい。新型MAとは聞いていたが、通常のMA等とは比べものにならない大きさがあるようだった。

 マリューは、輸送船の到着に伴い、荷下ろしに先んじて送られてきた分厚い資料をめくる。

 そして、その顔を疑問と不快さに歪ませた。

「こんな物を……連合軍は、本当に使おうというの?」

「当然です。新型機にかかれば、MSなど玩具みたいなものですよ」

 突然、かけられる不満げな声。マリューが顔を上げると、いつ指揮所に入ってきていたのか一人の連合兵がいた。どうやら、彼も技術士官らしい。輸送船に乗ってきたのだろう。

「搬入作業終わりました。受領証を確認していただけますか?」

 言いながら、書類を差し出してくる。

 マリューは、自分の不用意な発言が彼を怒らせた事に気付き、書類を受け取ってから詫びの言葉を探す。

「ごめんなさい。悪く言う気はなかったの。でも……」

「謝罪は不用です。ですが、開発に関わった者全てが、これで戦局を覆せると確信しています。ご理解、いただけますでしょうか」

「……ええ」

 口ではそう言いながらもマリューは、このMAは、好きになれそうにもないと思っていた。

 しかし、好悪の感情で、戦力をはかれるものではない。

 マリューは、手近のコンソールに触れ、港湾内各部署の作業進展状況を確認の後、受領証にサインをした。

「TS-MA-04X……受領。確認しました。任務、ご苦労様です」

「はい……では、テストの方をよろしくお願いします。もっとも、新型MAが負ける事は、絶対にないですが」

 根に持ったのか、受領証を受け取りながら技術士官は声だけは平静にそう言って、マリューに礼をして指揮所を出ていく。

 マリューは、彼の背が締まる自動ドアの向こうに消えるのを確認してから、溜め息をついて再び資料を見た。

「負けない……か。そうよね。MSの方はまだ、動かす段階にもなってないんだから」

 開発中のMSは、OSの開発で止まっている。現状では、ナチュラルが動かすことはもちろん、コーディネーターだって満足に動かせそうにもないのだ。

 その点、資料を信じるなら、手堅い技術で固められた新型MAは、ナチュラルによる動作テストを既に終了している。まあ、軍の公式の資料を疑う理由もないのだが。

 OS開発の技術者達に、またデスマーチの日々が訪れるのが目に見える。マリューも、それとは無関係でいられない事を考えると、溜め息ばかりが出てくるわけで。

「また、お肌が荒れるわね」

 つまらない事を言って気を紛れさせながら、資料のページを繰る。

 とにかく、この資料を一通り頭に入れようと……マリューはその場で資料を読みふけり始めた。

 

 

 

 ――そして、翌日。事件は起こった――

 爆音と砲声。合間を埋める銃撃音の中、マリューは格納庫を目指して、基地内の廊下を走っていた。

 突然、襲い来たZAFT。

 3機のMSが既に奪取され、残る2機のある格納庫も襲われている。

 一刻も早く格納庫へと向かい、MSの奪取を阻止しなければならない。あそこにあったMSは、ZAFTに対抗するために必要な物なのだから。

 MAの資料に熱中してなければ……

 マリューは、走り続けながら悔やんだ。

 MAの資料……技術士官として、魅力的なそれに熱中していたため、今日は格納庫へは行かなかった。普段なら、格納庫のMSの側にずっといただろうに。そうしていたら、MSに乗り込んででも、ZAFTを阻止できたかもしれない。

 しかし、現実は、遠く格納庫を見ながら走っているわけで……

 と、その時、轟音が響いて格納庫が炎と黒煙を上げた。

 中から、巨大な人影が2体、立ち上がる。連合製MS2機……

「しまった。遅かった!?」

 マリューは声を上げて足を止める。状況はあきらか……間に合わなかった。

 MSは全て奪われた。なら……どうする? 奪還する? どうやって?

 いや、その前に、ZAFTの攻撃の前に基地が……いや、このヘリオポリス自体が危ない状態にある。

 ZAFTを撃退しなければ……

 そこまで考えて、マリューはその存在を思い出した。

 資料には、操作マニュアルが付属していた。それに、MAの操縦も動かすくらいならした事がある。

「そうよ……見てなさい。まだ、武器は有るんだから!」

 そう思い至った瞬間、マリューは走り出していた。

 今度は、昨日、コンテナを運び込んだ格納庫へと。

 

 

 

 格納庫。いま、そこには誰も居ない。

 戦場より少し離れたせいか、砲声もやや遠く、むしろ静寂が勝っている。

 走り込んだマリューはようやく足を止め、両の膝に手をついて荒い息を沈めようとした。

 そして……彼女は見上げる。そこに居座る、連合製新型MAの姿を。

 そこに、巨大な顔があった。

 昆虫の複眼のような目。その目は前方に鋭く伸びた涙滴状の形で、前をぐっと睨み付けているように見える。

 その下には、大きく開いた口。5本の牙があり、今にも噛み付いてきそうだ。

 その巨大な顔の横には、先端が鉈になった腕が二本。

 足はなく、巨大な円筒状のバーニアが、後方に向けて伸びている。

 既存のMAとは全くかけ離れた……そして、MSとも違う。兵器としては、あまりにも異質な姿だ。

「……思ったよりも、良い面構えじゃない。やっぱり、見合い写真よりも、実物を見なきゃってところね」

 資料添付の写真で見たときには、その姿に呆れたが、実物を見ると、その巨大さもあって、身体が震えるほどの威圧感を感じる。

 伝説の中の魔獣と向き合えば、こんな気分になるのだろうか? そんな事を考えながらマリューは、新型MAのコックピットに向かった。

 ワイヤーリフトを使って、機体のコックピットまで上がり、中に入って座席に身を沈める。

 OSを起動。既存のMA用OSをバージョンアップさせたのであろうそれは、MSのOSとは違い、頭文字が「GUNDAM」と読める文字列を表示しない。

 ややあって、このMAの機体名が表示され、そしてMAは完全稼働を開始した。

「頼むわよ。貴方しか、いないの」

 マリューは呟きながらコックピットハッチを閉じ、操縦桿を手にする。

 そして、目の前のモニターに映る、凶悪な鋼の魔獣の名を目でなぞった。

 

 TS-MA-04X ZAKRELLO

 重火力、重装甲、高機動を併せ持つ、MSを凌駕する新型MA。

 

 ――連合製新型MAザクレロが、その姿を現した瞬間であった。

 

 

 

「ここまで壊されたんだから、追加で屋根の一枚くらい良いわよね」

 マリューは、ザクレロの姿勢制御バーニアを使って僅かに機体を浮かせた。

 そして、徐々に機首を上げ、ザクレロに上を向かせる。

「よし……じゃあ、行ってみましょうか」

 言うが、ザクレロは動かない。

 何か問題があったのかと、コックピット内を見回したマリューは、操縦桿を握る指先の震えに気付き、安堵とも苦笑とも取れぬ顔をした。

 緊張で、身体が動かなかっただけ。踏み込むべきフットペダルは、まだ軽く足が乗せられているだけだ。

「落ち着いて、マリュー。こんなの、入隊試験前の24時間耐久教科書丸暗記に比べたら、どうってことないわよ」

 気休めを言う。それでも、多少なりとも落ち着きは取り戻せた。

 こんどこそ……行ける。

「マリュー・ラミアス! ザクレロ、行きまあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 台詞の途中で、マリューの声は濁った悲鳴に変わる。

 フットペダルを躊躇無く踏んだ直後、マリューの身体を凄まじい圧力が押し潰した。

 ザクレロは、派手に噴射炎を吐き出した直後に飛び立ち、屋根を紙のように突き破って、コロニーの空へと舞い上がる。そして、そのまま一直線に加速を続けた。

 その間にも、複眼に似た複合センサーは周囲の空間を見渡し、精細な情報をコックピット内にもたらす。

 もっとも、中のマリューが、ザクレロの急加速で発生したGで押し潰されている状態では、その情報は何の役にも立たなかったが。

 ザクレロはコロニーのガラス面へと真っ直ぐに向かいながら順調に加速を続け、そのまま愚直にガラス面へと突っ込み、大穴を開けて宇宙へと飛び出していった。

 

 

 

「何だ、あれ」

 ZAFT製MSジンに乗っていたミゲル・アイマンは、格納庫を吹っ飛ばして一直線に空へと登っていった物を見送った。

 機体のデータが無いので正体はわからなかったが、少なくともMSではなかった。宇宙に飛び出したことだし、当面の脅威にはならないだろう。それに、外には隊長が居るはずだ。

 ミゲルは、MAを甘く見ている事に気付かないまま、今見た物のことを頭の片隅に追いやった。

「アスラン、ラスティ、撤退準備は?」

『OSの書き換え完了。大丈夫だ』

『…………』

 通信機に問うと、イージスのアスランが通信で答え、ストライクのラスティは無言のままストライクの手を振って答える。脱出準備は完了。

「じゃあ、先行したイザーク達と合流する。俺が最後尾になるから、二人は先に行ってくれ」

 ミゲルはそう言って、アスランとラスティを先に行かせた。

 この作戦は、連合製MSの奪取が目的。量産機のジンで支援に出たミゲルが、盾になるくらいの事は最初から折り込み済だ。それに、もし連合MS強奪組に何か有れば、ただではすまないと言う予想もある。

「政治家のお坊ちゃん達は良いよな」

 彼らを嫌いではないが、立場の違いはやりきれない。

 呟きつつ、ミゲルはジンを歩かせた。

 

 

 

 宇宙。そこでも戦闘は行われていた。

 連合製MSのパイロットを運んできた輸送船が、折り悪く今日の襲撃に巻き込まれたのだ。

 輸送船は、護衛の連合製MAメビウスの部隊を発進させて抗戦。

 しかし、ZAFTの側はローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフとナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスという戦闘艦2隻にMSジンの部隊という戦力。

 戦闘は一方的で、メビウスは次々に屠られていた。

 もはや、残るメビウスは1機のみ。メビウス・ゼロという、有線式ガンバレルを装備した特殊な物だ。

 最後に残ったそれも、白いカラーリングのシグーに一方的に追われ、苦戦の最中にある。

 シグーの中、ラウ・ル・クルーゼは顔を覆う仮面から垣間見える口元を歪ませて言った。

「どうも、君との縁もここまでのようだな。エンデュミオンの鷹くん」

 皮肉げに追いつめつつある敵のことを考える。

 エンデュミオンの鷹……ムウ・ラ・フラガ。連合のエースパイロットであるという以外に、色々と因縁のある相手だ。

 もっとも、ムウの方はラウをZAFTのエースパイロットとしてしか見ては居ないだろうが。

 だからといって、因縁をとくとくと語るまでもない。ラウにしてみれば、ムウは因縁があるにしても、歩む道に落ちた石に過ぎない。排除して進むだけだ。

 ラウがトリガーを引くと同時に、シグーはその手の重突撃銃から銃弾を吐き出す。

 銃弾の奔流が、宙を滑るように走るメビウス・ゼロの後を追った――

 

 

 

 ラウが、メビウス・ゼロの撃墜を確信した瞬間。虚を突いて、コックピット内に警報が鳴り響いた。

 コロニー方面に熱源反応。高速で接近中。

 それだけの情報を読みとったその時には、メビウス・ゼロは既に攻撃から逃れてしまっていた。

 タイミングの悪さを残念に思いながら、ラウは新たに現れた物を確認する。

「何だこれは?」

 大きさからすれば、脱出艇か何かにも思えるのだが、それにしては速度が速すぎる。驚異的な速度で、それは真っ直ぐにこちらへと突っ込んでくるのだ。

 ラウは、カメラの映像を拡大して見る。その時の操作……拡大率を若干大きめにしたのは、ラウの失敗であった。

「顔!? 巨大な顔だと!」

 拡大表示したモニター一杯に映し出されるザクレロの顔。

 凶悪なその人相に睨まれた瞬間、原初的な恐怖感がラウの身体を襲った。

「MA風情が、大きければ良いという物では!」

 僅かな恐怖が、判断を鈍らせる。

 ラウは、躊躇することなくMAに対するのと同じ対処を行った。

 その動作は正確無比であり、シグーの手にある重突撃銃から撃ち出された銃弾の奔流は、正確にザクレロを捉える。

 MAならば、それで粉微塵になる……そう、並のMAならば。

 ザクレロは、全ての銃弾をその装甲表面で弾いた。

 PS装甲ではない。ザクレロの重厚な正面装甲は、そんな物に頼らずとも、ZAFT製MSの基本装備である重突撃銃に耐えられる厚さが持たされている。

 敵に正面から突っ込み破砕するのがザクレロ。

「ちっ……」

 手元で、重突撃銃が最後の銃弾を吐き出し、弾倉が外れた。

 それを報せる警告音が、ラウを現実に引き戻す。あらゆる攻撃を正面から弾きながら迫る魔獣と言う悪夢から、現実へと。

「連合の新兵器……MSだけでは無いというのか!」

 回避をとラウは操縦桿を倒す。しかし、その動作は遅きに失していた。

 いや……それでもラウは早かったのかもしれない。致命的な直撃は避けられたのだから。

 ザクレロの口から、前方に広がる様にビーム粒子が飛んだ。それは、回避するシグーをわずかの差で、その効果範囲に捉えた。

 下半身にビーム粒子を浴びたシグーは両足を砕かれ、その衝撃は脱出の機会を奪う。

 直後、ザクレロは、脚部の爆発に煽られて宙を漂うシグーに突っ込み、はじき飛ばした。

 力の抜けた人形のように出鱈目に手足を振り回して回転しながらシグーは、宇宙の彼方へと飛ばされていく。

 不規則な高速回転の中、コックピットの中で出鱈目に振り回され、ラウはその意識を失った……

 

 

 

「!? あいつが消えた!」

 その瞬間、メビウス・ゼロの中でムウはその事実に驚く。と、同時に、今が最大のチャンスと言う事も察した。

「やっぱり俺は、不可能を可能にする男だったってわけだ! ここで、戦局逆転させられるなんてな!」

 ムウは即座にメビウス・ゼロを駆り、後方に位置するZAFT戦闘艦を目指す。

 指揮官であるラウを失ったことで、ZAFT側は軽い混乱状態にある。その空隙を突いて、ムウはナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスに肉薄する。

 機を逃してではあったが、ヴェサリウスは対空砲を撃ち始めた。

「遅いよ。残念だけど」

 弾幕を抜け、メビウス・ゼロは対装甲リニアガンの射界にヴェサリウスを捉える。同時、有線式ガンバレルは既に展開を終えて、艦の要所に狙いを定めていた。

 引き金を引く。

 ヴェサリウスの艦橋が、対装甲リニアガンの直撃を受けて引き裂かれた。

 そして、二つの有線式ガンバレルは砲塔に銃弾を浴びせ損傷を与える。残る二つ有線式ガンバレルは、艦の後方にまわって推進機に銃弾を叩き込んだ。

 ヴェサリウスは艦橋を崩壊させ、そして砲塔二つを拉げさせた。推進機の損傷は確認できないが、無傷とは行かないだろう。

「撃沈とまでは行かないか……っと」

 艦橋を破壊されたせいで一瞬止まっていたヴェサリウスの対空放火が復活した。ついでとばかりに、ローラシア級モビルスーツ搭載艦ガモフが接近し、対空放火をばらまき始める。

 十字砲火でメビウス・ゼロを確実に仕留めるつもりだろう。

 そうなる前に、ムウはこの空域から離脱する事を決めた。

「十分な戦果だね。で……あの、不格好なMAはどうなったかな?」

 

 

 

 一方でザクレロは、まるで何事もなかったかのように、そのまま飛行を維持していた。

 かなりの速度で宙を突っ走ったため、敵のいる場所からは遠く離れてしまっている。

「は……ははっ……落ちた」

 シグーを吹っ飛ばしたお陰で加速に歯止めがかかり、Gから開放されて座席から身を起こすことが出来たマリューは、フットペダルから足を放してコックピットの中でただ虚ろに笑う。

 操縦不能のまま真っ直ぐ敵に突っ込んでしまい、恐怖にかられて拡散ビーム砲のトリガーを引いた。後は全部、ビギナーズラックとザクレロの高性能さ、そしてザクレロの顔の怖さのお陰。

 誇る気分には全くなれない。というか、着ている作業服の、股間が濡れているのが不快で仕方なかった。

 無事だったとは言え、自機に対して銃撃を行う敵に真っ直ぐ突っ込んだのだ。その恐怖は、なかなかの物だった。その恐怖の残滓に、呆然としてしまったくらいに。

 と……その時、通信機が叫んだ。

『ザクレロの搭乗者! もうすぐ奪取されたMSが宇宙に出るぞ!』

「……うわ、そんなの相手するの無理。って、その声はナタル?」

 怒声じみた警告。その声を聞いてマリューは、知り合いの連合少尉を思い出す。彼女は、最新鋭強襲機動特装艦アークエンジェルの艦橋要員だったはずだ。

 改めて通信ウィンドウを見れば、そこには思った通りの顔があった。

『ラミアス大尉? 正規のパイロットでは……』

 ナタル・バジルール少尉の声は少し戸惑った様子だったが、すぐに元の調子に戻って言う。

『ラミアス大尉。奪取されたMSが外に出ます。すぐに撤退してください』

「でも、敵はどうするの!?」

 ZAFTがそこにいる以上、何とかしなければ殺されてしまう。ヘリオポリスを破壊されたら、民間人にまで被害が出る。

 そして、誰が戦えるかと言うと、自分達しか居ないのだ。

 しかし、ナタルは首を横に振って言う。

『ラミアス大尉が敵の指揮官を撃墜、また味方のメビウス・ゼロが敵戦闘艦に重大な損傷を与えたようです。敵もすぐには戦闘出来ません。今の内に、防衛体制を整えましょう』

「……それは、基地司令の命令? それとも艦長?」

 聞き返したマリューに、ナタルは深刻な声と表情で返した。

『……お二方とも、ZAFTに攻撃を受けた際に戦死いたしました。現在、士官は私だけです。下士官も兵も被害甚大で、手が全く足りていないんです。だから、私が代理で指揮を執っています』

 状況は、マリューの想像以上に深刻らしい。

「わかったわ。ザクレロ、これより帰還します」

 答え、マリューは操縦桿を握る。そして、慎重にそれを動かして、ザクレロの進路をヘリオポリスに向けた。

 

 

 

 ザクレロのコックピットの中、マリュー・ラミアスは慎重に操縦桿を傾け、それこそ舞い降りる雪片のようにそっとフットペダルに足を落とす。

 ザクレロは、マリューでも制御できる速度でゆっくりと動き出し、その進行方向をヘリオポリスに定めた。

 前方、ヘリオポリスから脱出する光点を、ザクレロの複合センサーが確認。

 内5機を連合機と判断したが、それが奪取されたMSで有る事は確実だった。

 一瞬、マリューは戦う事を考えたが、このまともに動かせないザクレロで6機のMSを相手にするのは分が悪すぎると判断する。

 そして次には、敵がこちらに来ない事を祈った。

「……そんだけ分捕ったんだから、これくらいは見逃しなさいよね。欲張りは嫌われるわよ?」

 

 

 

『敵がいるのだぞ! みすみす逃すのか!』

 通信機の向こうで騒ぐイザーク・ジュールに辟易としながら、ミゲル・アイマンは答えを返した。

「俺達の任務は、MSの奪取。それを完璧にこなす事が第一なんだよ」

『臆病風に吹かれたか! クルーゼ隊長の仇だぞ!』

 そう言う問題じゃないだろうイノシシめ。そんな感想が、思わず口から漏れそうになるミゲルだったが、言っても自分の立場を悪くするだけだ。

 ミゲルの役目は、要するに実戦経験のない若造共のお守り役。それでも、ここで任務を果たせば、明日の食事に繋がる。

 お守り役はお守り役で、ちゃんとその役目を果たさないと。

「だから……」

『イザーク、俺は死にたくないぜ?』

 茶々を入れるかのように、ディアッカ・エルスマンの声が通信に割り込む。

『こんな、マニュアル読みながら動かしてるようなMSで戦えるかっての』

「ディアッカの言うとおり。初めて乗った連合製MSで、クルーゼ隊長を落とした新型MAに勝てると思うのか? 無理無理」

 ラウ隊長が、連合の新型MAに落とされたとの連絡は、ついさっき届いていた。

 エースである隊長……しかも新型のシグーを一蹴した新型MA。それは確かにこの宙域に存在している。

 幸い、こちらに攻撃を仕掛ける意図はなさそうで、遠く離れた位置からこちらを監視しているようだった。

 この際、敵の気が変わって襲撃してくる前に、母艦と合流したい。

 こちらは、連合の新型MS5機を持っているとはいえ、乗ったばかりで操作に慣熟しておらず、戦力としてはとても評価できない。

 こちらから仕掛けるなら、少しばかり整備したり、機種転換訓練をしたりしてからでも遅くないだろう。

「とにかく、ここの先任は俺だ。まずは指示に従ってくれ。勝手な行動をしても、支援はしないぞ」

『ちっ……腰抜けめ!』

 通信が切れる。幸い、イザークも勝手に敵に攻撃をかける事はしなかった。

 ミゲルは天を仰ぎながら呟く。

「はいはい、腰抜けですよ。俺は、死ぬわけにはいかないからな」

 

 

 

「行ってくれたわね」

 遠ざかるZAFTのMSを見送り、マリューは安堵の息をついた。

 そして、操縦席にモニターにヘルプ画面を表示させて機能を確認しつつ、マリューは機体設定の変更をする。

「巡航モード……これ?」 

 設定を変えると、暴れ馬のようだったザクレロの反応が、ずっと穏やかになったのが実感できた。

 流石に戦闘モードの加速力ではコロニー内は飛べないと判断して、より穏やかな加速と低速度での安定した飛行をする為の巡航モードにしたのである。

 巡航モードでは低速度故に戦えないが、敵も退いた様なので、戦闘はもう無いと判断したのだ。

 ザクレロは、ヘリオポリスの港湾部からコロニー内へと入り、そして強襲機動特装艦アークエンジェルが潜む軍用のドックへと進路をとる。

「こちら、マリュー・ラミアス技術大尉です。ザクレロ、ドックに入りました。着艦許可を」

『了解、ラミアス大尉。シャトル用のデッキに着艦してください』

 アークエンジェルに送った通信に、ナタルの声が答える。

 本来なら通信士が答えるはずで、これはおかしいのだが、マリューはそこまでは気付かなかった。着艦に備え、緊張していたのだ。

 ザクレロは大きすぎて、MSや通常のMAが出入りするデッキからでは入る事が出来ない。

 そこで、シャトルやランチを出入りさせるデッキに入る。

 見れば、アークエンジェルの船腹の一部が開放され、そこから発光信号が送られていた。

 確認すると、ガイドビームも出されている。これなら、自動操縦で着艦が可能だ。

 ザクレロが自動で着艦するように操作し、あとはコンピューターに任せて、マリューは操縦席に身を任せて深く息をついた。

 なにか、凄く疲れた気分だった。

 ややあって、コックピットが揺れる。ザクレロが、デッキに着艦した衝撃。

 じゃあコックピットハッチを開けて外に出るか……と、考えたところで、マリューは自分の格好を思い出した。

「あ……どうしよう」

 作業服の股間に広がる染み。Gに潰されかけた時に失禁して、そのままになっていた。

 さすがに、このままでは出られない。しかし、この中にこもったままでは、どうする事も出来ない。

「でも、ずっとこもってたら、乾くかも」

 情けない解決策を思いつき、マリューは苦笑する。

 と、その時、何の前触れもなくコックピットハッチが開いた。

 外からの明るい光がマリューを照らす。そして、のぞき込むコジロー・マードック曹長。

「大尉! 初陣って奴はどうでした?」

 コジローの笑顔を呆然と見上げた後、マリューは顔を赤く染めて股の辺りを手で隠した。

「あ、ちょっと! ちょっと……待って……」

 慌てるマリューを見て、コジローはちょっと驚いた表情を見せた後、何か悟った様子で目をそらした。

「あの……見た?」

 マリューに問われ、コジローは着ていたジャケットを脱いだ。

「ああ、新兵はたいていやらかすんです。こいつを腰に巻くと良いですよ。下りたら、整備の更衣室へ行って、自分のロッカーから予備のツナギを持って行って良いですから」

「あ……ありがと」

 差し出されたジャケットを素直に受け取り、それを腰に巻く。

 そうしてからやっとコックピットで立ち上がるマリューに、コジローは後は任せろとでも言うかのような目線を向けつつ笑顔を見せる。

「掃除をして、臭い消しもまいときます。なに、痕跡が消えるまで、ここには他の誰も入れませんよ」

 シートも汚れている。これを内緒で掃除すれば、マリューの粗相はバレる事はないだろう。

「ありがとう、曹長」

「いや、良くある事ですんで」

 気にする必要はないと笑うコジローを背後に、マリューはザクレロのコックピットを出る。

 入れ替わりにコジローがコックピットに入ったのを見送ってから、マリューは昇降リフトを動かして高所に位置するザクレロのコックピットから、ドックの床へと下りた。

 そして、そのまま急いで更衣室に行こうとする。

 だが……その時。

 ドックに無遠慮な声が響いた。

「うっわ、格好悪! こいつに比べたら、俺のメビウスのが百兆倍は格好いいぜ!」

 ドックの中、一人のパイロット……ムゥ・ラ・フラガ大尉が、格納庫に置かれたザクレロを指さして笑っていた。

 戦闘が終わり、メビウス・ゼロでアークエンジェルに着艦した後、ザクレロの着艦を聞きつけてわざわざやって来ての行動だった。

「そこのパイロット! ザクレロを笑ったわね!? 時代遅れの役立たずに乗ってるくせに!」

 脊椎反射的に怒りを表し、マリューはムゥを指さして怒鳴った。

 それを聞き、ムゥも愛機をけなされて怒りを覚え、マリューに歩み寄る。

 しかし、マリューにある程度近寄って、彼女の体の一部……正直に言うと、はち切れんばかりの胸を見た時、マリューと諍いを起すのは損だと考えを改めた。

「怒ったなら謝るよ。君がパイロットなのかい?」

「ええそうよ。正規パイロットじゃないし、初搭乗だけど」

 怒りを保ったまま、マリューはムゥをにらみつけて答える。

 ムゥは、最初の接触を間違った事を少々後悔しながら、挽回を目指して言う。

「そうか。でも、初搭乗でMS1機撃墜……しかも、あの、ラウ・ル・クルーゼをだなんて凄いじゃないか」

「えぇっ!? アレ、ラウ・ル・クルーゼだったの!?」

 いきなり出てきたZAFTのエースの名に、マリューは驚きの声を上げる。

「ん? まあ、確実だね。あの、嫌らしい気配は他にない」

 答えて……ムゥは不幸な事にマリューからかすかな臭いを嗅ぎ取った。そして、不用意にも何も考えず言葉を続けた。

「凄い戦果だった。初めてでそれだけやったんだ。漏らしたって気にする事無いさ」

 そのムゥの声に、廻りで働いていた整備員が手を止めた。

 そして、マリューを一斉に見て、それぞれに無言のまま反応を示し、そして作業に戻る。

 直後、マリューは、容赦なくムゥのその頭をぶん殴った。

「バっカじゃないのあんた!!」

 

 

 

 しばらくの後、アークエンジェルの艦橋。そこに、マリューとムゥの姿があった。

 マリューの中でムゥの評価は、「私の可愛いザクレロを嗤って、わざわざお漏らしを皆にばらしたバカ男」という所まで落ちている。

 一方のムゥも、マリューの評価を「胸はでかいが、メビウス・ゼロを時代遅れのゴミ扱いしたクソ女」という所で落ち着かせていた。

 要するにあの後、喧嘩になり、お互いが乗った機体の貶しあいになったのである。

 感情にまかせての言い合いは、呆れて下りてきたコジローに止められるまで続いた。

 そして今、二人はナタル・バジルール少尉に呼ばれて艦橋にいる。

 ちなみに、マリューは新しい作業服に着替えを終えていた。

 ふたりは艦橋で、ナタルから現状を聞いている。ナタルは、僅かに疲れた様子で、それでも毅然とした態度を崩さずに言った。

「艦長も、基地司令も、他の士官も全員が戦死。残ったのは下士官と兵だけで、それも足りない状態です」

 状況は最悪。それだけは理解した。

「艦は動かせるの?」

 少なくとも、通信士は居ないらしい。マリューは、だからナタルが直接通信に出たのだと理解した。

 マリューの問いに、ナタルは頷く。

「最低限の人員は居ます。本当に最低限ですが。ただ、艦を統率する者が居ません」

「艦長か……」

 ムゥが唸る。艦長を欠いては、戦艦はまともには動かない。

「最高階級は、ラミアス大尉かフラガ大尉ですが」

 ナタルは、マリューとムゥを見ながら言った。

 それに、ムゥは即答する。

「俺はこの艦を知らない。艦長なんて出来ないぜ?」

「私は……」

 艦長、やっても良いかなとか、マリューは考える。しかし、

「ラミアス大尉。実は、アークエンジェルには戦力がありません。大尉には、MAパイロットとして、これからも戦って欲しいのですが」

「え? 何で!? MAパイロットぐらい、他にも……」

 マリューの問いに、ナタルは首を横に振った。

「敵の襲撃により、MAパイロットは全員が戦死しました。乗れると言うだけなら、他にも居るかも知れませんが、実戦経験があるのはラミアス大尉だけです」

「こいつ、MAパイロットなんじゃないの?」

 マリューは、ムゥを指さして聞いた。だが、直後にムゥは鼻でせせら笑って答える。

「俺は、あんな顔のでかい奴に乗るのはゴメンだ」

「何ですってぇ!?」

「フラガ大尉は、メビウス・ゼロがありますから。ラミアス大尉が、ザクレロに乗っていただけるなら、戦力はメビウスゼロとザクレロの2機を保有できます」

 激昂しかけたマリューを無視して、ナタルは戦力についての話をする。

 1よりも2の方が多い。単純な話だ。

「じゃあ、艦長はどうするの?」

 少々ふてながらマリューは聞いた。ナタルは、最初から決めていた言葉を返す。

「暫定的に、私が指揮を執ります。お二人には、それを認めてもらいたいのです。何分、私の指示に従っていただく事になりますので」

 階級が低いナタルが、この場でより高い階級の二人を差し置いて、勝手に艦長を名乗る事は出来ない。

 だから、承認が欲しいという。

「俺はそれで良い」

「……良いわ。ナタルなら、きっとやれる」

 ムゥは何でもかまわないからと承認し、マリューはナタルを信じてその職務を任した。

 というか、マリューは技術士官なので、艦の運用は門外漢なのだ。階級が高いという理由だけでは、人も物も動かせない。

 その点、ナタルは艦橋勤め。マリューよりは艦長に近い。

「ありがとうございます。艦長としての任務、つとめさせていただきます」

 ナタルは二人に、軽く敬礼して答えた。そして、

「では、早速、失礼して……」

 言いながらナタルは、艦長席に歩み寄り、通信機を手に取った。

 そして、基地及び艦内に向けて放送を行う。

「総員聞け! ナタル・バジルール少尉だ! ムゥ・ラ・フラガ大尉およびマリュー・ラミアス大尉の承認を受け、アークエンジェル艦長として命令を下す!

 技術関係者は、重要情報の回収。機密に関係有る物で、運び出せない物は全て破壊!

 陸戦隊はコロニー内の避難壕をまわり、連合国籍の者を全員集め、アークエンジェルに避難させろ!

 残る全兵は基地内の物資を、洗いざらいアークエンジェルに運び込みなさい!

 作業完了後、速やかに全員がアークエンジェルに乗艦。脱出する。

 総員かかれ!」

 

 

 

 キラ・ヤマト。そして、彼の友人であるミリアリア・ハウ 、サイ・アーガイル 、トール・ケーニヒ 、カズイ・バスカーク。

 工業カレッジの学生一同は、シェルターを出てカレッジに戻っていた。

 戦闘の巻き添えを食って崩壊した建物を眺めながら、校庭に腰を下ろして話し合う。

「戦争、始まるのかな?」

 カズイが、不安そうに呟いた。

 戦闘は一段落ついて、ZAFTは今はコロニーの外にいる。しかし、いつまた攻めてくるかも判らない。

「オーブは戦争に関係ないのに」

 ミリアリアが言う。

 実際にはMSを開発していたわけで、少なくともヘリオポリスだけは戦争に関係がある。

 だが、それを知っているのはこの場ではただ一人で、そのただ一人であるキラは思考にふけって話を聞いていなかった。

 戦場で出会ったアスラン・ザラ。かつての親友の事で、頭がいっぱいだったのだ。

「これからどうなるんだろ」

 カズイのぼやきがまた漏れる。

 と……そこに、遠くから車の音が聞こえてきた。

 トールが立ち上がって、音のする方を見る。

「連合のジープ? あれ、フレイじゃないか?」

「フレイだって?」

 その名を聞いて、サイが立ち上がる。

 その時には、ジープはかなり接近してきており、助手席で手を振るフレイ・アルスターの姿がよく見えた。

 ジープはそのまま走ってきて、一同の前で止まる。

 直後、ドアを開け放って、フレイはジープから飛び出した。

「サイ!」

 フレイはそのまま、婚約者のサイの胸へと飛び込む。

「……どうしたのフレイ?」

 フレイを受け止め、彼女の背中をそっと撫でながら、サイは聞いた。

 フレイは少しの間、サイの胸に身を預け震えていたが、ややあって口を開く。

「サイ……お別れなの……連合の市民は、連合の戦艦でヘリオポリスを脱出するって」

 ヘリオポリスはオーブ領だが、フレイを始め連合国籍の市民はそれなりにいる。

 彼らには、アークエンジェルに乗ってヘリオポリスを脱出するよう、命令が出されたのだ。

 それを聞き、トールはジープに残っていた連合兵士に詰め寄った。

「連合の人だけが逃げるんですか!?」

 オーブ国民を見捨てて逃げるのかというニュアンスの問いに、連合兵は強く言い返す。

「オーブ国民は、ここに居た方が安全なんですよ!」

「どういう事ですか? 説明してください」

 ミリアリアがトールを抑えて割って入り、連合兵に聞く。

 連合兵は、言い聞かせる口調で、説明を始めた。 

「ヘリオポリス行政府は、連合軍の撤退と同時に無防備都市宣言を出します。

 これ以上、このコロニーを戦場とさせないために、外のZAFTに降伏するんです。

 プラントとオーブは戦争をしてませんから、市民の安全は保障されます」

 まあ、オーブ領内であるヘリオポリスで連合のMS開発が行われていたのだから、オーブが政治的にZAFTから締め上げられる事は避けられないだろう。

 しかし、それはオーブ政府が責任を取る事であって、オーブ国民には罪がない。危害を加えられる事はないだろう。

「ZAFTの兵士に逢わないよう、しばらくは家に隠れている方が良いかも知れません。

 不安でも、武器は絶対に持たない事です。ゲリラと間違われると殺されても文句は言えません。良いですね?」

 連合兵は、アドバイスを付してトールとミリアリアを諭した。そして、付け加える。

「脱出と言えば逃げられるとお思いかもしれませんが、実際には軍艦への同乗ですから、敵に艦を沈められる危険がつきまといます。とても、安全とは言えませんよ」

「そんな危険なら、どうして連合の市民を脱出させるんです?」

 聞いたのはサイだった。フレイを抱きしめながら、思い詰めたように連合兵を見据えている。

「連合市民の場合、虐殺は無いにしても、収容所送りは確実です。政治的に利用される可能性もあります。連合軍として、保護しなければなりません」

 連合市民の場合は、オーブ国民の場合とは状況が違う。プラントの厚遇は全く期待できないのだ。

 説明を終えて、連合兵士はフレイに声をかけた。

「アルスターさん。そろそろ良いですか? 時間がありません」

「はい……」

 促され、フレイは名残惜しそうにサイから身を離した。

「サイ、待っててね? 戦争が終わったら、必ずヘリオポリスに戻るから。必ずよ?」

「……でも……いや、わかったよ…………」

 サイは答えに詰まり、いくつもの言葉を飲み込んで、やっとそれだけを言う。

 そのまま、どうする事も出来なくて俯くサイ。

「サイ」

 フレイは名を呼ぶ。直後、サイの口に、フレイは唇を押しつけた。

「さよなら」

 そしてフレイは、泣き顔を隠す為にサイに背を向けジープに駆け乗る。

「行ってください!」

「…………」

 連合兵は、フレイの気持ちを思いやって、無言のまま車を走り出させた。

「フレイ!」

 後を追って走ったサイだったが、その足は数歩で止まる。ジープに追いつくすべはない。

 そしてサイは肩を落とし、大地に膝をついた。

「サイ……」

 トールが、サイの肩を叩き、そして言葉に詰まる。なんと言ってやればいいのかわからない。

 かわりに、ミリアリアが気遣わしげに声をかける。

「大丈夫よ。フレイも言ってたでしょ? しばらく経てば、またここで逢えるわよ」

「でも、外にプラントの軍艦が居るんだろ? 逃げられるかな?」

 カズイが空気を読まず、余計な事を言った。

 直後、トールとミリアリアに睨まれ、カズイは黙り込む。そして……

「……フレイ」

 その名を呼び、サイの顔が苦悩に歪む…………

 

 

 

 一方。

 サイとフレイの愁嘆劇を横目で眺めながら、キラはフレイの事を心配しつつも、他の事を考えていた。

「アスラン……」

 横恋慕の美少女なんていう浮ついた事より、かつての親友の方が大事だと……

 しかしキラは気付いていなかった。サイを見るとイラつく自分と、だからこそ無意識にサイとフレイの事を考えず、アスランの事を考えている自分に。

 だが、悩んだにせよ、どうせキラに出来る事なんて何もないのだ。

 フレイを守って戦える訳じゃなし。アスランの真意を問い質しにZAFTまでいけるわけじゃなし。

 何せ、MSに乗ってる訳じゃないのだから。


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