インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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襲撃
平和な日常の影から、闇がついに襲い掛かる。

今回はどちらかと言えばデモベよりの話です。


09 Raid

「それじゃ、主役も到着したことだし……」

「織斑一夏、クラス代表就任記念パーティー! はっじまーるよー!!」

 

「わぁい!!」

「パーティー会場に乗り込めー^^」

「おっと貴様は三組の者だな!? ここから先は一組生徒にのみ許された楽園(アヴァロン)さ!」

「その入り口、殺してでも押し通る!」

 

「……なにこれ」

「ふふふ、モテモテ、と言う奴ですわね、色男」

「姫さ……セシリア、そうからかうなって」

「ふふ、これは失礼」

 

目の前で繰り広げられる光景に、一夏はもはや項垂れるしかない。

寮の食堂を貸しきって行われたのは、一夏がクラス代表になった事を祝うパーティーだった。

当然、それに入り込もうというほかのクラスの猛者も居たのだが、悲しきかな一夏はあくまで一組の代表。

参加資格は一年一組生徒であるという物だった。

上級生相手でもこの掟は絶対で、一組生徒が上級生特権を振りかざし入ろうとしてきた上級生をそのプレッシャーで退散させたことはもはや伝説であろう。

 

そんなこんなでパーティーを楽しもうとする者、不法参加者を取り締まる者、そんな門番を通り抜けようとする者など、かの千の無貌さえも匙をアザトースの庭に放り投げそうなほどの混沌が、そこにはあった。

 

……むしろあの邪神なら一緒にはやし立てる側だろうか?

 

そんな事を思いながら、一夏はセシリアとの会話のある一場面を思い出していた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「世界中のあらゆるところで字祷子反応が?」

「ええ。ここも人の世である以上、表には出ていなくとも裏の世界で魔術があるのかもしれない。そう考えた私達は持てる技術を総動員してそれに対抗する術を開発してきました。そんな中、世界の各地に字祷子反応が現れだしたのです」

 

つまりそれは、この世界にも魔術師が居る、と言う事だ。

 

「私が貴方に目を付けたのは、当然貴方からも字祷子反応があったからです。もしかしたら、かの逆十字(アンチクロス)のような世界を混沌に陥れる魔術師なのでは? と。まぁ見ているうちにうっすらと大十字さんなのでは? と思えるようになり、実際のその通りだったのですが」

 

セシリアの口から聞かされたその言葉に、一夏はばつが悪そうにする。

恐らく、自身の字祷子反応の原因は、かのネクロノミコンの写本であろう。

なにせ正真正銘のマスター・オブ・ネクロノミコンである一夏……九郎が、その脳に刻み込んだアル・アジフの記述をそっくりそのまま書き記したのが現在所有しているネクロノミコン。

すなわち、内容的には他の写本のように欠けている部分など無い、アル・アジフと同等の魔導書なのだ。

この本が数十年ほどの年月を経れば、精霊化するかもしれないほど、と言えばどれほどの力を秘めた写本なのかが良く分かるだろう。

が、あくまで写本は写本。

それほどの力があろうと、アル・アジフそのものよりは確かに劣っているのだ。

 

 

「……しかし、世界各地に字祷子反応が……碌な事にならなきゃいいけどな」

「常に最悪は想定しておくべきです。それも、とびっきりの最悪なら特に念入りに」

 

そういいつつ、セシリアは一夏の手をとる。

 

「……あの頃は、結局あなた方に背負わせてばかりでした……ですが、今は違います。邪神どもにどれほど対抗できるかは分かりませんが、それでも私はISと言う戦う力があります……今度は、貴方の背中ぐらいは、きっと守って見せます」

「……姫さん」

 

それは、セシリアの、否、覇道瑠璃の決意。

いつも彼女は彼の背中を見る立場に居た。

九郎が戦っているときはいつも覇道邸地下の司令室で彼を見ていたのだ。

安全な場所で、ただ見ていたのだ。

もちろん彼女にはそこですべき事があり、決して怯えてそこにこもっていたわけではない。

それでも、危険の真正面で戦っている九郎よりははるかに安全なのだ。

 

だと言うのに、殆ど全てを任せてしまっていたのに、九郎はそのことを責めようとはせず、むしろそれが当然だとばかりに笑い、そして瑠璃達の前に率先して飛び出て戦うのだ。

 

--後味が悪い。

 

ただこの一言で、彼は自らが傷つくことも厭わない。

そんな彼の様子が頼もしく、同時にそんな彼を見るのが痛々しく、そして、そう思いつつ彼の痛みを減らすことが出来る力が無い自分が、瑠璃は悔しかった。

 

「……ありがとな、姫さん。でもやっぱ俺は今までみたいにとにかく前に出るさ。気にくわねぇやつは自分でぶん殴りたい奴なんだ、俺は」

「わかってますわ。ですから、その時は勝手についていきますわね?」

「……そっか」

 

それっきり、二人の間に言葉はない。

それでも、それは決して気まずい沈黙などではなかった。

 

 

※ ※ ※

 

 

(魔術師か……ただでさえISで世界は混乱してるってのに、ここで魔術師まででしゃばって来られちゃ……)

 

恐らく、いや、確実にろくな事にならないだろう。

そして、そうなった時は……

 

(アル、どうやら俺は平穏無事に過ごすってのは遠い理想みたいだ)

 

だが、少なくとも今は。

このように宴に騒いでいる人がいる今だけは、せめて平穏であってほしい。

一夏は切にそう願う。

 

「……主役が隅に居てどうする、一夏」

「千冬姉……でいいよな、今は? 放課後だし」

「ああ。今はな」

 

そんな一夏の傍にコップを二つ持った千冬がやってくる。

放課後、それも宴の席と言うことでいつも以上に堅苦しさが抜けていた。

千冬は、二つ持っている内のひとつを一夏に手渡す。

中に入っているのは色からしてオレンジジュースのようだ。

 

二人は並びながら壁に寄りかかり、無言でコップの中の飲み物をあおる。

しばらく無言が続くかと思ったそのとき、千冬が口を開いた。

 

「平和だな」

「なんだよいきなり」

「……いや何、私が居て、お前が居て、私を慕うあの馬鹿共が居て……ほんとに平和だなと思っただけだ」

 

何の脈絡の無い言葉に、一夏は怪訝な顔をする。

それに対し、ふとでたこの言葉の理由を述べようと思い、やめた。

千冬の胸中によぎるのはクラス代表決定戦の時の、あの不可解な異常。

システムチェックでは正常であったはずなのに、実際には異常が発生していて、それがまるで一夏達の試合を見届けたかのように消えた。

もちろんその後に通信系統のみならずアリーナに関わる全システムをチェックしてもやはり異常は一つも見つからなかった。

その事に、千冬は何か良くない物の気配を感じているのだ。

もちろん、それが何かまでは分からない。

ただ自分のあずかり知らぬ領域で、何かが起こっている。

それだけは、千冬でも分かっていた。

 

それに対する不安を一夏に打ち明けようとし、しかし彼女はそれを止め、当たり障りの少ない言葉に変えた。

 

それは、このようなことで宴の主役にいらぬ不安を抱かせないようにと言う配慮と、それを一夏に言えば、一夏がどこか遠くへ行ってしまうと言う確信めいた予感があったからだ。

一夏も、その言葉にまだ何かを言いたそうにしていたが、そんな千冬の思いをを察したかのように口を閉ざす。

 

一夏達が並んでいる一角のみ、宴の最中とは到底思えぬ空気が流れていく。

そんな中、一人の少女が一夏達に近づいていた。

その少女の名は……篠ノ之箒。

箒は一夏達の傍へ来ると一夏の腕を掴み千冬に口を開く。

 

「すみません。パーティーの主役がいつまでたっても来ないので迎えに来ました」

「ちょっとま……いや、なんでもない。連れて行くといい」

 

箒のその言葉に彼女を止めようとした千冬だが、このまま一夏と居ても恐らく何も進展は無いだろうと思いなおすと、箒に一夏を連れて行くように言う。

千冬の言葉を聞いた箒はそのまま一夏をパーティー会場となっている食堂の中央へと引っ張っていった。

 

引っ張られたことによりやや体勢を崩しながらも、一夏は転ばぬように何とか箒と並び立つと、呟くように言った。

 

「……ありがとな、箒」

「……ふん」

 

その言葉に反応した箒の頬は、真っ赤に染まっていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

その後もパーティーは続き、新聞部が取材という事で鉄壁の門番の許しを得て一夏に取材しにきたり、その際一夏とセシリアのツーショット写真を撮ろうとしたり、その写真に一組生徒全員が入り込もうとしたり、それをセシリアが華麗なインターセプトで阻止し、見事ツーショット写真に仕立て上げたりとこまごまとしたことはあったが、おおむね平和にパーティーは終了した。

そして寮への帰り道。

一夏は一人で敷地内の森の中に居た。

まるで夜の森を散策しているかのようにゆったりとした足取りで森を歩き、やがてその足を止めた。

 

「……で? さっきから付いてきてる奴は何のようだ?」

 

そして振り返りざまに森の闇にそう言葉を投げかけた。

その声に返答したものはいない。

 

……否、木陰から影が一つ歩み出る。

その影は、森の闇よりなお昏い姿をしている。

まるで周囲の闇を服のようにまとっているかのようだ。

 

そして、その影が森の木々の隙間から差し込む月の光に照らされたことにより、一夏もようやくその影の正体を察することができた。

 

それは、おおよそ人と同じ大きさではあるものの、その身体はまるでゴムのような質感を感じさせる爛れた肌をしており、その顔は飢えた野犬のよう。

その身をつねに前かがみにして動くそのかげの正体は……

 

食屍鬼(グール)か。なるほど、道理で……昏い闇の臭いがするわけだ。鼻につく、やな臭いだぜ」

 

その言葉に反応したかのように、影……食屍鬼は常人が聞けば魂を削られそうな叫びを上げながら一夏に飛び掛った。

もし、一夏が本当に普通の人間であれば、この時点で彼の精神は粉々に砕け、魂は瘴気に侵され、その果てに発狂し、死を迎えるだろう。

しかし、あぁ、だがしかし、一夏は普通ではない。

確かに、その肉体はまごう事なき人間である。

しかし、それでありながら、彼は外道の知識を用い、外道を狩る者なのだ。

 

「……接続(<<アクセス>>)っ!!」

 

その言葉と同時に、不意に風が起こり、一夏が着ている制服の上着の裾がたなびく。

そのたびに見え隠れするのは、ホルダーを以って腰に固定されている一冊の書物。

その書物……ネクロノミコン写本から、僅かに光が漏れる。

もれでた光は、常人には理解できない文字列……術式の螺旋となって一夏の周囲を舞う。

その術式が、やがて一夏の突き出した右手で炎をとなる。

その炎を振り払うかのごとく腕を振るえば、その手には一振りの刃。

 

「ヴーアの無敵の印に於いて……力を与えよ!!」

 

それは、一夏がアイオーンを纏っていた際に使っていたバルザイの偃月刀だった。

しかし、あれは通常のISでは走らせることは出来ないプログラムで出来てはいたが、しかしISでも使えるように改変され、模造された物。

しかし、今一夏が握っているそれは違う。

それこそ、外道の識を以って外道の式を操り練成した、まさに書に記されしバルザイの偃月刀そのものなのだ。

 

バルザイの偃月刀は、刃であると同時に魔術師の杖でもある。

握るだけで、それは一夏の魔力を底上げしてくれていた。

 

迫り来る食屍鬼の鉤爪のような手に、底上げした魔力での身体能力強化の魔術をかけて反応し、刃でそれをそらす。

そしてがら空きとなった胴体に刃が吸い込まれた。

何の抵抗も無く刃は食屍鬼の身体を通り抜け、刃の通り道をなぞるように炎が上がる。

炎とは、古来より浄化の力があるとされる。

ならば、その炎はさながら外道の魂へのせめてもの慰めか。

 

燃え尽き、灰すら残らずに闇に溶けていった食屍鬼を見届け、一夏はただ立ち尽くす。

 

そんな一夏の背後に迫った影が……振り向いた一夏によって撃ち抜かれた。

 

いつの間にか偃月刀を左手に持ち替えていた一夏の右手に握られていたのは……黒と赤。

その口より吐き出すのは、暴虐の限りを尽くす50口径弾。

 

「バレバレなんだよ」

 

背後から迫っていた新手の食屍鬼に振り向きざまの一発をお見舞いしていた一夏は、そのまま地面で僅かに痙攣している食屍鬼に無慈悲に弾丸を食らわせた。

やはり、この食屍鬼もその遺体は闇へと溶け、塵すら残らなかった。

 

「しかし、なんでったって食屍鬼がこんなところに……」

 

完全に周囲の闇の気配が消え去ったことを確認すると、一夏はポツリと呟く。

セシリアの話により、この世界にも知られざる闇の世界が広がっていることを知った一夏だが、それでもその世界の住人がこうして実際に目の前に現れたという事は衝撃的なことである。

 

そして、コミュニケーションをとることさえ可能な彼らが言葉も無く襲い掛かってきたと言うことは、襲い掛かってきたのは食屍鬼二つの派閥のうちの一つ、自らの欲のために屍を作ることも厭わない、背教派と呼ぶにふさわしい派閥に所属する者たち。

そして、その派閥で崇めているのは……

 

「……まさか、てめぇが居るのか……? ナイアルラトホテップ」

 

そう、背教派が崇めているのは、かの邪神、千の無貌、ナイアルラトホテップである。

 

ここでようやく、一夏はこの世界に闇が近づいていることに気が付いた。

 




今回は一夏は食屍鬼に襲われました。
ここに来て、一夏はようやくナイアルラトホテップがこの世界に居るのでは?
と疑いだしています。

次回からはクラス対抗戦編になります。

ちなみに、一夏と鈴の関係も原作とは違ってますので、その点はご了承の程を。

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