インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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人の日常を覗き見るのって、わくわくするよね。
え? ストーカーみたいなこと言うな?

その正論は僕に効くからやめてくれないかい?


59 彼女達はどう過ごしてるのか

──自分は何度、この光景を見てきたのだろうか。

 

部下に指示を出しながら、彼女は内心呟く。

 

――自分は何度、この光景を見てきたのだろうか。

――そして、自分は何度この光景を見なければならないのか。

 

自分への問いかけは、しかし無常にも自分自身が答えを持っているが為に現実を叩きつける。

そしてその答えは、先の二つの疑問に対してたった一つで済んでしまう。

 

――決まっているだろう。『何度でも』だ。

 

自分自身が彼女へ告げる。

 

――自分の立場を考えろ。分かりきっているだろう?

 

部下が走っていった先を見る。

 

赤……否、紅。

それは赤と呼ぶにはあまりにも混じりけのない色彩を放ち……そして、赤と呼ぶにはあまりにも禍々しい物である。

 

この場にいる全員が、確信している。

 

――これは人の世ならざる世の物である、と。

 

覚悟はしている。自分も、部下も、この場にいる誰もが覚悟をしている。

『ソレ』に関わるという事を覚悟しているのだ。

だが、しかしそれでも……いい気分はしない。

 

(ま、でも『いい気分はしない』程度で済んで万々歳なのかもね)

 

下手をすれば、いい気分はしないどころの話ではなく、いい気分も悪い気分もあったものではない、なんて状態になってしまうかもしれないのだ。

そう、狂ってしまったが故、そもそも良いも悪いも感じるどころではないという状態になってしまう、という意味でだ。

だから、こうして狂わずに正常な感覚を持てる事は……きっと幸せなのだろう。

少なくとも、この紅の被害者であろう、もはや人種も、性別も、身元の判明にかかわるであろう全てを判別不能にされた死体と比べれば……それは間違いないことだ。

 

しかし、同時にこうも思う。

 

――狂った環境において、狂わないという事こそがむしろ異常なのではないか?

――狂って当たり前なのに狂わないという事は、それこそが狂っているといえるのではないか?

 

脳裏によぎるこの考えは、一度や二度程度浮かんだものではない。

このような稼業をしている中、何度も思ったことだ。

 

しかし、浮かぶだけだ。

かつては自身を苦悩させたこの思考も、もはや彼女を苦しめることはない。

 

何せ、とある人物に言われたからだ。

 

――あ? 狂わんのならそれにこしたことないだろ。自分から狂いたいとか何? Mなの? ドが頭につくMなの?

 

……あれ? なんか頭に血が上ってきたぞ?

 

なんか別なことで気が狂いそうになった気がしないでもないが、深呼吸深呼吸。Be coolだ更識楯無。

とりあえず脳裏に浮かんできた、姉妹関係で恩はあるがそれはそれとして自分に対して無礼千万な後輩の顔面に拳を一発くれてやることで冷静さを取り戻す。

我生徒会長ぞ? 我先輩ぞ? 貴様後輩ぞ? 分かっちょるんか? おぉ?

 

――いいか? 俺達は人の世界で生きてるんだ。仕事だなんだで闇にどっぷり浸かることもそりゃあるだろうさ。それでも、俺達は人の世界()で生きてるんだ。だったら、どっちを自分の芯にして生きてきゃいいか、わかるだろ? 会長さんはさ。

 

脳内でもう一発顔面に食らわそうかとも思ったが、件の後輩から言われた先ほどの言葉の続きも思い出したところで、脳内で振り上げた拳を下す。

良かったな、脳内の後輩よ。今日の私は気分がいいようだ。

と、そこまで考えたところでため息一つ。自分は一体何をしているのだろうか……

 

「……覇道のご党首様に連携の提案……考えた方がいいかしらね……」

 

頭を振り、思考を今後の事に切り替える。考えるのは……この世界の第一人者……というか第一組織? との連携について。

現在、この世界で『こういう類』の出来事にもっとも備えがあり、知識もあるのは間違いなく覇道財閥ことオルコット財閥だろう。

誰もが失笑し、取り合わなかったこれらの出来事に、だれよりも早く備え、そしてすでに解決の実績を数多く重ねているのだから。

問題は……

 

「お上の方々は、果たして納得していただけるのかしら、って所ね……」

 

ただでさえ、このような事件が起きてなお、怪異の存在に懐疑的な思考を全く持って崩さない日本政府の高官達が、果たしてこの提案を是とするかどうか、だ。

もちろん、こうして政府お抱えの組織として動けている以上、怪異に備えるべきだと唱える存在もいないわけではないが……正直その数は多くなく、こうして更識が独自に動くならともかく、国の垣根を越えて協力という、国を動かすほどの力が自分の家にあるかと言われると……否と答えるしかない、悔しいことだが。

結局、人にとって一番の脅威はこういった怪異でも何でもなく、同じ人間なのかもしれない。

 

「でも、なんとか頑張って……公に協力宣言は駄目でも更識が独自で協力できるようになんとか……いや、やっぱ無理かなー……」

 

結局、あれこれ悩むがどうにも解決しそうにない。

 

――人は、大きな危機が迫れば団結できるという。

――なら、それがないなら……まぁ、こんなもんか。

 

ため息をまた一つ。はてさて今月だけで、何度ため息をついただろう。そして、今月の終わりまでに果たしてどれほどため息を重ねるだろう……あぁ、考えたくもない。

 

「平和、ね。ええ、いい意味でも悪い意味でも、平和なのよ……」

 

大事が起こっていないという、いい意味での平和。

そして国のトップの動きはまるで変化がない、という意味での平和。

何より、団結する必要がないほどいつも通りだ、という意味での平和。

 

そう、結局どれも平和であることに変わりはないのだ。

大事が起こっていないという事はわかりやすい平和であり、国の動きが変わらないという事は変える必要がない位現状安定しているともとれるため、そう考えれば正しく平和と言えるだろう。

団結する必要がないというのも同じだ。少なくとも、世界は国同士がいがみ合うくらいの余裕は、まだあるのだ。

まぁ、変わらない理由がただ平和なだけとは限らないのだが……そこを深く考えても栓無き事だ。

ポジティブに物事を考えなくてもよい。ただしネガティブに考えるのはよろしくない。

 

「あ~あ、いっそもう、根本的に解決、誰かしてくれないかしらね」

 

そうすれば、国のお歴々を相手にするなんて面倒、もとよりしなくても済むのに……と。

 

「例えば、そう、最近噂の……」

 

――二闘流(トゥーソード/トゥーガン)……とか?

 

それは、裏の業界に最近まことしやかに流れている噂。

闇の中において、その闇を切り裂くかの如く、もしくは打ち抜くかの如く煌く光。

その手に持つは二振りの刃、そして二丁の拳銃。

二刀流(トゥーソード)にして二丁拳銃(トゥーガン)

故に、二闘流。

 

「……って、無い無い。さすがに無いわ、噂に縋るなんてね」

 

大体、一体どこのヒーローコミックの登場人物だ?

外連味があふれて物語映えしそうな設定だとは思うが、現実に居るわけないだろうに。

つか、そんなん居るならマジで自分はこんな苦労してないわ、と。

 

……疲れているんだ、きっと自分は。

そう、こんなありえない噂に、一瞬とはいえくらっと傾いてしまう位には。

 

「……平和、続けばいいわねぇ……」

 

疲れた自分をごまかすかのように楯無がぽつりと呟いた言葉、それををあざ笑うかのように、生温い血の匂いを乗せた風が吹いた。

 

 

※  ※  ※

 

 

――私は、魔物囚われているのだろう。

 

自身の境遇を嘆き、そんな事を思う。

ああ、現状はまさに魔物に囚われた姫君、それに相違ないだろう。

 

見よ。自身を囲うように聳え立つ高く、太い無数の柱を。

見よ。向こうを見通せぬほどに聳え立つ白き壁を。

 

私の手は見えない枷に囚われ、ただひたすらに同じ動きを強制される。

私の体は見えない鎖に縛られ、ただひたすらにその場に縫い留められる。

 

物語であれば、勇敢なる戦士が颯爽と自分を救いに現れるであろう。しかし、これは現実だ。物語では決してない。

ならば、そんな私の前に現れるのは救いの戦士ではなく……

 

「……お嬢様、追加の書類です」

「……どれくらい……ですの?」

「この位です」

 

そう言いながら書類を抱える従者の姿は……下半身しか見えなかった。上半身がなんか白い柱に隠れて見えなかった。そしてその柱はこれまた非常に高く、大きかった。

戦士の代わりに現れたラウラは、確かに年齢にしては小柄も小柄、超ミニマムコンパクトだ。可愛い。

だが、それでもだ……そんな従者の体を縦に二人分並べたくらいの高さの書類(魔物)は……果たして何枚あるのだろうか……

 

「……どうして……どうしてあの頃の様に……! 大十字さんがビルを壊し! アル・アジフがタワーを壊し!! あのイカレポンチキ科学者が街を壊し!!! ブラックロッジのド阿呆共が世界を壊そうとし!!!! ……そんな日常とは全く真逆なこの平和(当人の認識による比較に基づき算出された評価)な世の中なのに……どうして……どうしてぇ……? どうして書類は減っていないんですの? むしろなんで嘗てより増えているんですの? ……あんまりではありませんか……!!」

「お言葉ですがお嬢様……仰られている嘗てとは何の事なのかは皆目見当もつきませんが、現在のこの状況でしたら、恐らくそれは……お嬢様が手広く、それはもう手広く様々な事に手を伸ばした結果では?」

「いくらチェルシーの弟子だからって正論パンチはノゥ!!」

 

ラウラの言葉に耳をふさぎ、滝のような涙を流しイヤイヤする財閥総裁。

知ってるか? こいつの中身……100歳越えなんだぜ……?

 

「仕方ないではありませんか!? お父様とお母様が亡くなった直後の家を立て直すには、最早選り好みなんてしている余裕はなかったんですもの! とにかく残った資産を使って、あらゆる芽が出そうなところに投資! 投資!! 投資!!! とにかく投資して元手を増やさなければ!! 当時の私にそれ以外どうしろと!?」

「でもその結果立て直すを飛び越えて財閥作っちゃってほぼ世界牛耳りだしているような……?」

「あ゛ー! あ゛ー! 聞こえない聞こえない聞こえなーーーーーい!!」

 

知ってるか? こいつの中身、100歳越えなんだぜ?(2回目)

 

ひとしきり騒ぎ、泣き喚き、それに疲れ果てパタリと机のわずかに残ったスペースに頭を横たえ……

 

「……嗚呼、亡きお父様とお母様が河の向こうで手を振っている……」

「お嬢さま、それ見えちゃいけない光景です。ヤバいです」

「いいですわねー、そっちは楽そうでー、私なんて書類タワーに囲まれてますわ……え? そっちはそっちで大変ですって?」

 

なんかヤバい感じに電波を受信し始めた。

ラウラもこの事態に『あ、ヤッベ』と思ったものの、当のセシリアはどんどんヤバい電波を受信していく。

 

「またまた、そんなお父様、そっちにはこんな書類(白い魔物)なんてないじゃな……え……?」

 

これ以上受信し続けるなら、さすがにベッドに無理やりにでも放り込むべきか……そうラウラが考えた時だった。

何やらセシリアの様子が変わりだす。

 

「……あ、えっと……それを娘に伝えて、お父様はどういう……? あの、お母様もどうしてそのような物を……? え、えぇ……?」

 

一体彼女が受信している謎電波では、父は何を言っているのだろうか、と気になる反応をしだすセシリア。

暫くうんうん唸った後、ようやく電波受信が終わったのか、セシリアが顔を上げる。

 

「……お嬢様、大丈夫ですか……? 流石に一度休憩を……」

「……知ってはいけない両親の秘密を知ってしまいましたわ。まさかお父様がお母様にあんなことをさせて喜ぶなんて……」

「お嬢さま、今すぐGo bed ! hurry up !!」

 

とりあえずラウラが無理矢理ベッドへ放り投げた。

放り投げられた直後にスヤァしてたってさ。




彼女が一体どんな光景を見たのか……、彼女は頑として語らなかったそうな。


※  ※  ※


2年も更新しないでいた筆者がいるらしい。
自分だった……・

というか、前の更新2年前とかマ?
これじゃあもうクラッチペダルどころか廃車レベルの遅さだろ……

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