インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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優秀なあなた、そうじゃない私
挑まれたあなた、挑んだ私。


56 越えなきゃいけない

その日、IS学園生徒会長更識楯無は戦慄していた。

 

IS学園生徒会長は生徒の中で最強であれ。

そんな規則の元、実力を以ってして生徒会長となり、今の今まで生徒達の長として活動して来た彼女。

しかし、そんな彼女を戦かせる程の力が、彼女の持つ物……白い封筒にはあった。

 

信じたくないと悲鳴を上げ、軋む心をなんとか押さえつけ、まずそれを見やる。

封筒の表には、デカデカと、かつ達筆な文字でとある文字が書いてある。

『果し状』と。

 

――うん、これはいい。

 

生徒会長は最強たれ、つまり自分に勝てば生徒会長の座を手に入れられるのだ。

こんな風に戦いを申し込んでくる生徒は一人や二人といった数では済まず、そしてその誰もに彼女は勝利して来た。

だから、別に果し状自体は良いのだ。

だが……

 

封筒を裏返す。

ご丁寧に、これまた達筆な文字で差出人の名前が書かれていた。

そう、問題はその差出人の名前だった。

 

『更識簪』

 

妹だった。

いや、もしかしたら同姓同名かもしれないと僅かな希望を持って生徒名簿をひっくり返し全校生徒の名前を確認した。

 

……更識簪はIS学園内に一人しかいなかった。

そう、自分の妹である更識簪しかいなかったのだ。

どんなに目を擦っても、どんなに見返しても、学園で更識簪という生徒は自分の妹ただ一人しかいないのだ。

 

この事実に、楯無は戦慄したのだ、そう……

 

「簪ちゃん……あなた……こんな古風な果し状なんて送ってくるキャラじゃあなかったでしょう……!?」

 

どちらかと言えば簪はインドア派で、デジタルなサイドの人間だと、楯無は認識している。

なのに、こんな古風な果たし状を送ってくるようなキャラだっただろうか?

 

しかも、今まで果たし状を送ってきた人々と違い、筆と墨と硯を用いて、一文字一文字に意思を込めて書いたと思われる文字……

 

楯無は妹が分からなくなり、戦き、そして泣いた。

だが、泣いてばかりもいられない。

果たし状を送られたからには、ちゃんと読まねば。

どんな存在からであれ、どんな理由であれ、そしてどんな手段であれ、生徒会長に挑むという意思表示なのだ。

生徒会長として、何より姉としてしっかりと受け止めなければ。

 

……中身を読んで、楯無は二度泣いた。

 

だって、中の文字も筆と墨で一文字一文字書いて、そんな文字がびっしり敷き詰められた果し状からは、最早怨に近い念が放出されてるんだもの。

もう暗い紫っぽいオーラが果たし状から全方位にブワーっと放出されてるのが見えてるもん。

いつの間にか隣で見てた従者も思わず冷や汗たらしちゃってるもん。

というかなんか果たし状読み始めてから空気が生ぬるい。

まるで生徒会室がこの瞬間から心霊スポットになったかのようだ。

 

――流石の会長も、妹からのこれには泣くわ。

 

 

※ ※ ※

 

「で、大丈夫か? 簪」

「何が?」

「いや、何がって……」

 

そこまで言って一夏は口を噤む

だってなんかもう、体全体からピリピリとなんか電気っぽいの発してるのが見えてるから。

しかも触ったら感電じゃ済まなそうな感じに。

まるで興奮状態のピ〇チュウのようだ。

 

(まぁ、分からなくもねぇけどよ)

「じーーーーーーーーーー」

 

何せ、今日は簪が姉である楯無と決闘する日であり、今まさに決闘直前というタイミングなのだから。

モニターに向かう簪の表情は真剣そのもの……否、もはやそれを通り越して鬼気迫るといったところか。

 

「今回外野の妾等が気をもんだところで詮無きことであろうに。汝がそわそわしてどうする」

「いや、訓練とかいろいろに付き合った身としてはさすがにな」

 

さすがに無関心でとはいかないものだ。

 

「無関心になれとは言っておらん。ただ汝がそわそわしたところでどうにもならんと言っている。それに、外様が落ち着かんと当の本人も落ち着けまい?」

「……まぁそれもそうなんだが」

「じーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

分かっちゃいるがどうにもならぬとはまさにこのことである。

 

「しっかし、最近急にいろいろ協力してと頼まれると思ったら、まさかねぇ……」

「うむ、それに関しては妾も驚愕しておる」

 

「「あの簪がまさか果たし状を書いて自分から決闘を挑むとは」」

 

しかもめっちゃ念込めて果たし状書いてたし。

死に場所を求める武士かな? と言わんばかりだったのはいまだに記憶に残っている。

 

――なお、一枚の果たし状を完成させるまでに何枚もの紙が所々紫に染まると言う珍事が起こったりしてた気がするけど、きっと気のせい。

 

と言うかなんでよりにもよって果たし状なのだろうか。

しかもばっちり墨と筆で書いた奴。

普通にペンでさらりと書いたのじゃ駄目だったのだろうか?

 

「恐らく、今そう言う系のアニメでも見ておるのだろう」

「簪、結構アニメの影響受けやすいからなぁ」

「そこ、少し黙ってて」

「「アッ、ハイ」」

「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

集中している人のそばでのひそひそ話は普通の会話よりむしろ耳に入ってくるから、みんなもやらないようにしよう。

 

「だが簪さんや、黙る前に一つ聞かせてくれ」

「何?」

 

モニターから顔を離さずに答える簪に、一夏は自分をさっきから超至近距離で「視線で穴よ開け!!」と言わんばかりに見つめるソレを指さし問う。

 

「この俺をずっと見つめるどころか自分で効果音を言っちゃってるこの子は何者?」

 

一夏の指の先には緑の髪した少女。おでこになんかプレート入ってて、耳もなんかとんがってて……

どっかで見たことあるというかそんなレベルじゃない気がする……いや、現実逃避はよそう。

一夏の記憶にあるあの存在そっくりそのままの姿である。

とにかく、一夏の記憶の中にあるアレの相方そのものの姿をしてる少女の事を問われた簪はキーボードのタイピングをやめ、そして言い放つ。

 

「……某誰かさんが作った弐式用サポートメカ……というお題目のナニカ」

「あ(察し)」

「ロボ?」

 

つまりそういうことである。

 

 

※ ※ ※

 

 

一方、楯無はと言うと。

 

(落ち着け、落ち着くのよ楯無。そう、これは前向きに考えるべきなのよ。そう、今の今まで私と話すどころか顔も合わせようとしなかったあの簪ちゃんが自分から私に何かアクションを向けてきた、そう、そう考えるのよ楯無。そのアクションの方向性が明らかに『あ、これアカンやつや』な感じだとしても、そこは姉としてきっちり前向きにとらえてあげるのよ! そう、姉として! 今、私の姉力が試されているんだわ!!)

 

簪が今まさに一夏やアル相手に『これはいけません!』な顔を向けているまさにその頃、こんな事考えてました。

まぁ、最終的には姉として妹を受け入れるという態勢に着地したようだが……

 

「……なーんて、自分で言ってて何て説得力のない言葉だこと」

 

――姉として。

 

果たして自分にそんな事を言う資格などあるのだろうか?

妹と疎遠になっていった時から今までを振り返ってみろ楯無。

その中で自分が妹に姉らしい事をしてやった記憶は、果たしてあるか?

 

――無い。

それが純然たる事実が、そこにあった。

 

事情があった。

理由があった。

それを言い訳に、簪を突き放したのは、他でもない誰だ?

そう、自分だ。

 

当時はそれが正しいと思っていた。

だからこそ、あんな事も言ったのだ。

妹の為という大義名分があったからこそ、あの時はあんな事をした。

 

更識。

日本政府が有する暗部。

対暗部用暗部……いわば国内外問わずの後ろ暗い連中へのカウンター組織。

裏の世界と言うものは危険と隣り合わせだ。

表では罷り通らない事が、裏では平然と罷り通ってしまう。

そんな危険な世界から、妹を……簪を遠ざけるため……だからこそ、自分のあの時の行動は正しかったのだと、今までは思ってきた。

 

――本当に?

 

本当にあれが正しいやり方だったのだろうか?

本当に、そんな理由なだけであんな行動を、あんな発言をしたのか?

本当に、本当に妹の、『家族の為』なんて正しい理由だけで妹を突き放したのか?

 

時間が経つにつれ、楯無の中で揺らぎ始めるあの時の『正しさ』。

 

――『……でも、簪ちゃんもひどいと思わない!? 私が仕方なく、嫌々、渋々、しょうがなく、苦渋の決断の末にあんな事言ったって察してくれても良いと思うの!!』

 

あの時、あの二人に言ったあの言葉。

あれはきっと……自分で自分の正しさを信じきれなくなった自分が、せめて誰かに正しいと言ってほしかったから出た言葉なんだろう。

仕方なかった、それしか手段はなかった、だからあの時はそれが最善だった、と誰かに言ってほしかった。

自分で信じきれず、崩れそうになった正しさを誰かに補強してほしかったのだ。

生徒会長とは言え、暗部の長とは言え、その実自分は10代の小娘であるが故に、せめて……と。

 

……まぁ、結果として補強どころかむしろ粉々に粉砕される事となったわけだが。

 

ともかく、補強どころか粉みじんに粉砕されたわけだ。

普通だったら恨みそうであるが……ここまでやられるといっそ清々しいものである。

そして、そんな正しさを完全に砕かれ、自分のあの時の行動の正しさを取り払われてしまったからこそ浮かび上がってきた……否、すでに目の前にあったであろうが、見て見ぬふりをしていた、あの時に抱いたある思い。

それを楯無は自覚した。してしまった。

 

「……あはは……そっか、私……あの時こんな事も思っちゃってたのね……」

 

知らなければ、無かったことのままでいればどうという事はない。

だが、人間は一度認識してしまった事を完全に無かったことにする事は難しい。

 

口では何と言おうと、その心は囚われてしまうが故に。

 

そして、そんな思いをあの時抱いた自分が……今更姉として……?

どの口がほざくか更識楯無。

これではあまりにも……あまりにも

 

「都合が良すぎよ……そんなことをのたまう自分に反吐が出るくらいに」

 

それでも彼女、更識楯無は……否、更識■■は、更識簪の姉でありたいという思いも、捨てられずにいる。

 

――更識楯無に、なりきれずにいる。

 

 

※ ※ ※

 

 

向かい合い、果たしてどれほどの時間が流れたのだろう。

つい数秒ほどの事のように思えるし、しかしながら既に数十分も向かい合っているようにも思える。

 

ただただ見つめあう二人の間に想いが巡る。

その想いは、一体何なのだろう。

その想いは簡単に形容できる物であり、然しながら形容が難しい物でもある。

 

……様々な想いが、入り乱れているのだ。

一つ一つの想いに名を名付けることは可能だが、それらすべてをひっくるめるとするならなんと表せばいいのかが分からない。

 

互いに言いたい事が、互いが伝えたい事がある。しかし、あまりにもありすぎるそれらが、一度に溢れ出し、そして言葉になる前に消えていく。

 

……ただただ、時間だけが過ぎていく。

 

簪が、夢現の柄を握る力を強める。

楯無が、それに答えるかのように自らが振るう大型ランス『蒼流旋』を握る力を強める。

 

「……っ!!」

 

先に仕掛けたのは……簪。

迎え撃つのは……楯無。

 

既に試合開始の合図は鳴り渡っており、然しながらそれでも動かなかった二人の均衡を破ったのは簪。

 

二人の得物がぶつかり合うその光景は、挑む妹と受け入れる姉という姿をまざまざと現していた。




力を先に込めたのも私で、それを見て力を入れたのはあなた。
先に動き出したのも私で、それを受けるのはあなた。

私とあなたはどうしようもないほど正反対で、だからきっと手の伸ばし方を知らなかった。

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