インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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立ち止まっていても景色は進んでしまうなら
ならばせめて自分から歩み始めた方が数倍もマシだ

だから彼女は前へ進む決意をしたんだろうね


55 彼女は前に歩み始めたか

「一夏、アル……ちょっといいかな?」

 

彼女は、覚悟を決めたと言わんばかりの瞳で二人を見つめながら、そう言い放ってきた。

 

「……手伝って欲しいの。私が……壁を乗り越えて前へ進むためにも」

 

そんな彼女の言葉を受けて、一夏とアルは思わず顔を見合わせた。

 

 

※ ※ ※

 

 

アリーナでデモンベインを展開し、一夏は待つ。

そんな彼の視線の先。

つい数分前彼がでてきたアリーナピットとは反対にあるピットから、一機のISが飛びだしてきた。

そのISはまるで何かを確かめるように空をしばらく旋回すると、一夏の正面、やや離れた地点へ降りてきた。

 

「……ようやっと完成したんだな、打鉄弐式」

「うん。ようやく正式版。調整もばっちり」

 

降りてきたのは簪。そして彼女が纏う打鉄弐式は今までのそれとやや姿を変えたように思える。

打鉄弐式自体のフォルムは変わってはいない。

しかし非固定浮遊部位がその姿を変えたため、そのように見えるのだろう。

今まではただの大型の追加スラスターであったそれは、今ではより大型な物になっている。

 

打鉄弐式が打鉄弐式である由縁。

彼女が、彼女に協力した者が、そして□□□□が一番苦心したところ……いや最後の□□□□はあまり苦心してないだろうけど……とにかくそんな箇所。

 

「6×8門……48発のマルチロック可能ミサイルとかなにそれこわい」

「端的に言ってやられた側にとってはクソゲーだな」

 

どう避けろと。

 

「アハハー、ソウダネー」

 

一夏達の言葉に乾いた笑いを浮かべる簪。

……このやけに棒読みな笑みの理由が自分達の言葉だけではないと、一夏達が気づくのは……あと数十分くらい後である。

 

「で、あとは模擬戦やって実働データを取ってってところか」

「そう言うこと。協力してくれる?」

 

――私がやりたい事の為には、打鉄弐式を完璧に作り上げないといけないから。

 

「……へっ、前へ進もうとする若者への協力は惜しまない一夏さんでありますよこちとら。遠慮なくかかってきんしゃい!」

「どこの生まれだ汝は」

 

一夏の言葉に簪は苦笑する。

それと同時に感謝も。

 

――ありがとう、一夏。

 

そしてついでに思う。

 

――それと……ごめん。

 

多分、この後に待ちうけているであろう光景を想像し、簪は表で苦笑し、心の奥で一夏に拝むように両手を合わせていた。

 

そう、拝むように、である。南無南無である。

……まぁ、つまり彼にとってとんでもない事が起きるのは確定しているのである。

 

 

※ ※ ※

 

 

「で? まずはどうする?」

「まずは夢現での近接戦闘データが欲しいかな」

 

一夏の質問に、簪が手に持った薙刀を軽く振りながら答える。

簪が振るう薙刀こそが、打鉄弐式の近接武装である対複合装甲用超振動薙刀『夢現』だ。

 

「へぇ、なんか慣れてる感じじゃねぇか、薙刀。いや、よくわかんねぇけどさ」

「昔、まだ私が今以上にお姉ちゃんに追いつこうって必死だった頃、いろいろ手当たり次第にやってた時があってね。薙刀もその一つ」

 

――結局、追いつけなかったからやめちゃったけども。

――気持ちはわかるが、そういう悲しい事言うのは今はやめよう?

 

とりあえず自嘲するように言い放つ簪に、そう言っておく一夏だった。

自ら鬱へ向かってはいけない。

 

「忘れよう、そしてさぁやろう。やれば忘れられるから。それ以外考えられなくなるから」

「……それもそうだね。それじゃあ、お願い」

 

とりあえずこのままでは簪がまた何時暗黒面に堕ちるかわかった物ではないため、データ取りを行う事にする。

夢現のデータを取るという事で、まずはバルザイの偃月刀を呼び出す。

 

「さて、長物相手か……そういや長物相手はやった事無かったか」

「あの脳筋……は長物とはまた違うか。腕は伸ばしたがな、彼奴は」

 

もし試合等で戦うならば、懐に潜り込んで……となるが、今回はあくまでデータ取りだ。

そこを間違えないように立ち回らなければ。

 

「それじゃ……行く!」

「応よ!」

 

言葉と同時に、簪がまっすぐ一夏へ向かってくる。

そしてそれを真正面から迎える一夏。

二人の距離はすぐさま縮まり、簪が夢現を振るう。

 

自身のリーチよりも遠くから放たれたその一撃を、一夏は慌てずに偃月刀で受ける。

瞬間、腕にただ受けた以上の衝撃を感じる。

 

「っ! 厄介だな振動するってのはよっ!」

「むしろ振動刃受けて切れるどころかヒビすら入らないその剣の方がすごいと思う……っ!」

「何度も受ければ流石にわかんねぇけどな!」

 

なお、アルから呼び出した訳でもない、ISの武装としてあるこのバルザイの偃月刀も、実は構成物質が謎だったりする。

目下倉持が研究中であり、もしかしたら新技術が生まれるかもしれないとか生まれないかもしれないとか。

 

 

閑話休題

 

 

「で、どうよ? 実際使って見て」

「ん……想定より重心がちょっとずれてる感じがする……まぁちょっと装飾追加するとかで修正できると思う」

「さよけ」

 

あれからしばらく打ち合いを続け、ようやく納得がいく量のデータが取れたのか、一夏達はしばし休憩中。

因みに、何度も振動刃を受けたせいで地味に一夏の腕はプルプルしてたりする。

 

「……なんか、ごめんね?」

「で、でぇじょうぶでい!」

 

体感ではそれほど大きくない振動だろうと、普段感じる事が無い感覚を感じ続けると人間余計に疲労するものである。

後に、一夏は「なんか動いてないはずなのに、腕がこう、上下左右に動き回ってる感じがした」と語っている。

 

閑話休題

 

休憩を挟み、続いては荷電粒子砲『春雷』のテスト。

威力はどうか? 連射型と言うことで連射性はどうか? 動かない標的への命中率はどうか? 自分が止まり、動く標的を射つ際のブレはどのくらいか? 逆に自分が動きながらの射撃の場合のブレは? などなど。

それぞれをあらかじめ算出されたカタログスペックと照らし合わせ、想定された性能を引き出せているのかを事細かくデータとして収集する。

 

この際、悪い方面でも良い方面でも、カタログスペックとあまりにかけ離れている場合は要修正案件としている。

悪い方面はともかく、良い方面ならば良いのでは? と思う諸兄もいると思うが、良かろうが悪かろうがズレはズレ。

環境により数値が変わり、カタログスペックと全く同じ数値になることはあり得ないとはいえ、カタログスペックとは理想の動作環境にて測定した、いわば理想的な数値。

ソフト面、ハード面問わず、機械にとってそれから大きくズレると言うことは致命的なのだ。

 

「アニメとかだとカタログスペック上回る限界突破はお約束で激熱展開だけど、現実でそれやったらエラー祭でデスマーチ確定かフレームが耐えきれなくて修理祭でやっぱりデスマーチ確定だから……」

 

そう語る簪の横顔は、また一つ現実を知ってしまった悲しみに煤けていた。

 

「やっぱ現実ってクソゲーだな」

「わかりみ。ロマン溢れる世界に旅立ちたい」

 

でもドリルは勘弁な。

ただでさえ現時点でドリルドリルうるさい奴がいるのってのに。

 

ちなみに簪さん、あなたの隣にいる奴、機械でどころか生身でも度々限界突破してますよ。

 

閑話休題

 

「で、最後は件のマルチロックミサイルか?」

「うん。今までは調整上手くいかなくてただのミサイルだったけど、もうそんな事は言わせない」

 

そう言いつつ、ドヤァと胸を張る簪。

当初からこれが打鉄弐式の肝であると公言して憚らなかった簪、渾身のドヤ顔である。

これには思わず一夏君もほっこり。

気分はさながら姪を見守る叔父である。

 

精神的には実際そんな感じの年齢差なのはこの際無視。

 

そんなこんなで、最後の搭載武装のテストを行うのだが……

ここで一夏は泣きを見た。

 

何に泣きを見たか……まずは単純に48発という数の暴力だ。

なんと恐ろしい事にこの簪ちゃん、撃ち出したミサイルの大体7割程……約30発程をマニュアルで、残りを

某□□□□と共同開発したAIを使ったオートで、それはもうグネグネと動かしてきたのだ。

撃ち落とそうとしてもクトゥグアは回避するは、イタクァで対処しようにも一度に撃てる数に8倍の差があるわ、しかもどれもこれも「俺達は板○サーカスの団員だぜ!」と言わんばかりに美しい軌道を描き迫ってくるのだ。

 

泣く。

流石の一夏も泣く。

 

そして更に一夏を泣かせたのは……

 

「……聞いてない……一夏さん聞いてないよ……」

「えっと、その……ごめん、一夏、アル」

「聞いてないよ……それが48発のマルチロックミサイルだってのは聞いてたよ。でも……48発のマルチロック『ドリル(・・・)』ミサイルだなんて、一夏さんひとっことも聞いてない!!」

 

ドリルだった。

そう、ドリルだったのだ……

どこからどうみても、どこに出しても恥ずかしくない位、雄々しく光り輝くドリル……

そんな物が頭についていたミサイルだったのだ……

 

因みに、簪はミサイルがドリルになっている件については一切関わっていない。

故に、いざテストしようずとなって、最後にざっとデータ確認を……といった段階でミサイルがドリルミサイルになっていた事に気付いたのだ。

当然、そんな直前になって元に戻すだなんて出来るわけも無く、故に簪は南無っていたのである。

 

「エリャァァァァハッハッハッハァッ! どぉだザマァ見たであるか! ドリルは世界を救うんですぅ! 科学は無敵なんですぅ!!」

 

あ、諸兄は分かってたと思うけど、もちろんコイツの仕業である。

余りにおおっぴらにドリルを付けようとする度に、やれシャニングウィザードだのパロスペシャルだのロンドン名物タワーブリッジだの食らい続けた結果、ついに学んでしまったのだ。

 

――おおっぴらにつけたらバレるのなら、コッソリ付ければ良いのである。

 

……何という事をしてくれたのでしょう。

その結果、洗練されたミサイルちゃん達は哀れ□□□□の毒牙にかかり、雄々しきドリルミサイル君へとその姿を変えてしまったのだった。

 

もちろん、普通ならこんな急な仕様変更などすれば動作に不具合がでる可能性が高くなるし、何より事前に変更前の情報のみを把握していた簪も、事前に覚えた扱い方との齟齬が発生し、下手をすれば大事故が起きる可能性も十分あった。

科学者として、やってはいけない悪手……だったのだが……

 

変態に技術を与えた結果がこれだよ!

と言わんばかりにこの□□□□は、ドリルは付けた、ミサイル推進用の搭載燃料等のタンクもダウンサイジングしつつ高効率化をした、ついでに他の性能も2割程上げた……と言った事をしつつも、動作不良なんてあるわけないっ! 操作性? 仕様変更前全くと変わらないよ! という無駄に洗練された美しいお仕事を成し遂げたのだ。

 

その結果、余りのミサイルの数に、エネルギーシールド『旧神の紋章』でミサイルを防ごうとした一夏は、目の前で障壁に行く手を遮られながらも搭載したドリルで障壁を削り貫こうとするミサイルを見せ付けられる羽目になったのだ。

 

……流石に想定して無い状態でそんなの見せられたら誰だって泣くわ。

 

因みに、性能だけ上がり、どこも悪化した点が無い以上、簪としても責めるに責める事が出来なかったりする。

むしろ「あ、このくらいならまぁいいかも」とか思っちゃったりしている。

……ドリルの汚染が広がってきている証左である。

 

そんなアクシデントもありながらも、とりあえずのデータ取りは全て終了。

途中で泣きを見ながらも仕事は最後まできちんとこなす当たり、なんだかんだでやるべき事はやる一夏である。

 

解散時、自分でも知らん間にこんな武装になっていたと簪から事の真相を聞き、あの□□□□ぜってぇ一発殴ってやろう、と一夏はアルと共に決意を新たにしながら歩いていると、ふと前に見知った顔が立っているのが見えた。

その人物は見慣れた人物、しかし、今この時間でここで出会うとなるといささか珍しい、そんな人物。

 

「む? 真耶ではないか。」

 

そう、山田真耶だった。

真耶はアルの言葉にアリーナに向けていた視線を外し、一夏達の方へ向ける。

 

「あ、織斑君、アルちゃん。実は更識さんの事が気になって」

 

真耶の言葉に内心小首をかしげる。

一組の副担任の真耶が、四組生徒の簪のことを?

そんな事を思っていると、一夏の表情で一夏が何を思っているのかを察したのか、真耶が口を開く。

 

「更識さんの事は全教師が知ってますからね、担当クラスか否か関係無く皆心配してたんですよ」

「あー……」

 

まぁ、一時の簪は相当酷かったらしいし、心配されるのも無理はないのかも知れない。

一夏は酷かった姿を直接見てないからあまり分からないが、どんな状態だったかは耳に入ってくる話からおおよそ推測はつく。

 

更に今真耶から聞いた話だと、数徹は当たり前な時もあったらしく、そらもう教師という教師が心配していたのだそう。

おまけに当の本人が他人の心配や助力の申し出などを一切シャットアウトもしていたという事もあり、倍ドンである。

結果、実はいろいろな教師にいろいろな場面で見守られると言う事態に発展したそうな。

 

「でも、今はそんなことも無いですし、何かあったら他の人を頼ったりとかもしてくれて、こっちとしてもほっとしてるんですよ」

「まぁ、自分がであったときもなかなかにキてましたけどねぇ」

 

初対面でそっけなくされたりとかあったし……まぁあれは白式関係もあったからだが。

 

「織斑君、アルちゃん。これからも更識さんの事、お願いしますね?」

「あー……まぁ、出来る範囲でやりますわ」

「まぁ、目が離せん小娘だからな。妾達がしっかり見てやらねばまた潰れかねん」

「んー? アル、なんかお前にしちゃ妙に気にかけてるな?」

「ふん、妾とてアニ友の心配ぐらいするわ、うつけが」

「アニ友て……」

 

そういや何回かアルと簪が一緒にいる場面を見たことがあるが……

まさか簪が魔導書にサブカルを叩きこむという快挙を成し遂げていたとは。

 

「……でも、そんなに周りが心配する必要も無いんじゃないです?何だかんだで、簪はしっかりしてますよ」

 

――……ガキんちょ共みたいにさ……なぁ、ライカさん。

 

「……何時から気付いてました?」

「ん? だーいぶ前から」

 

前々から、所々で重なって見える事はあったのだ。

故に、出会ってそれほど経たない内に、おおよその察しはついていたりする。

 

「……九郎ちゃんは帰ってこなかったから分からないかもしれないけど……どこか似てるの、更識さんが」

「でかくなったアリスンに、だろ?」

 

一夏の言葉に頷く真耶。

どこかおどおどしたところがあって、けど頑固で、実は負けず嫌いで……

もし一夏……否、九郎が知ってるアリスンがその性質を大きく変えないまま成長したのならば……まぁ確かに簪とアリスンは似てると言われれば似てるかも知れない。

 

「大きくなったあの子に、ほんとそっくりなの。大きくなったけど、すこしおどおどしちゃうような所がまだ残ってて、でも頑固で、負けず嫌いで……えぇ、ほんとそっくり。だから、どうにも他の子達よりも気にかけちゃって……」

 

教師として依怙贔屓は駄目なんだけどね、とは苦笑しながらの真耶の弁。

 

「そう心配するな。なんやかんやであの小娘の周りには人が溢れておる。汝一人が気にかけんでも、別の誰彼が彼奴を構い倒すであろうよ」

「……そうかしら」

「ああ、きっとアルの言うとおりだな」

 

実際に本音辺りは簪と高確率で一緒に行動しているし、下手すれば簪の背中にへばりついてる時もあるし。

 

「ああ、だから……きっと大丈夫だよ」

 

心配して構うのも愛、だが信頼してそっとするのもまた愛である。

なら、今まで心配で構ってきたのなら、そろそろ信頼して一旦遠くで見守ってみても良いのでは無いか。

 

そんな一夏の言葉に、真耶はやわらかく微笑み、頷く。

しかし、すぐさま表情を曇らせて……

 

「……でも、更識さん、ロックオンされちゃってるんでしょ? □□□□に」

「アイツへは能動的対処施すんで」

 

結局、イイハナシダナーで締まらないのだった。




ウェスト、こっそり弐式目玉武装にロマンを注入の巻

そして作中でようやく真耶=ライカさんと明言できた……
もっと早くにそこら辺だすはずだったのになぁ……

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