インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
学生が夏休みであろうとも。
いや、そうやって人間がのうのうと休んでいるからこそだろうか?
「最近多くねぇか!? こいつ等!!」
「知らぬ! 口より先に手を動かさんか!!」
人知れぬ闇の中で、醜悪な存在が蠢き、ひしめいているのは。
つまり何が言いたいのかと言うと……
織斑一夏、嫁と一緒に仲良く怪異ハンティングなう。という事である
学園敷地内、学生寮の裏にある小さな林。
普段であれば木々の間から日が差し込み、木々以外何も無い故に誰も訪れず、静かな空間であったはずのそこは、今では怪異共の精神を捻り、狂わせる奇声と断末魔、そして常人が耐える事かなわぬ瘴気にまみれる混沌とした空間と化していた。
怪異自体だけでなくその奇声一つ、瘴気一つでも漏れ出し、それを聞く、ないしそれに触れればこの学園にいるおおよその存在が狂ってしまう危険性があるそれらを結界で外へ出ぬように閉じ込め、またこの空間に一般人が決して入り込まぬように締め出す。
その結界は結界に入り込む術を知らぬものを弾く。
正確には、人が半球状に展開された結界の中を通り過ぎるようなルートを通ろうとした場合、外周を沿うようにぐるりと遠回りしてしまい、結界内の空間へは入れない。そして、当の本人は自分が外周に沿うように曲がりながら移動していると認識できないのだ。
本人の感覚ではまっすぐ歩いている。なのに実際は曲がりながら歩いている。その事に気付くことは魔術を知らぬ存在では不可能であり、また違和感さえもを持つことが出来ない。
故に決して結界の存在は気付かれないのだ。
そして、そんな結界の中で一夏とアルは
一夏が右手に握る魔銃が
二つの魔銃が唸る度、怪異はその身を撃ちぬかれ絶命する。
そこに一切の例外は無い。
右の魔銃はその威力により、掠り弾でさえ致命傷へと昇華させるが故に。
左の魔銃はその誘導性によりに、決して急所を外れること無きが故に。
断末魔の叫びを上げることさえ赦されず、怪異はその命を散らす。
そんな一夏の死角を突くかのように、地面へ落ちた空薬莢により生み出された鋭角から、腐臭を漂わせ怪異が飛びかかる。
ひとたび獲物を見つけたら、時間や次元さえも超えて永久に追い続ける怪異、ティンダロスの猟犬。
空薬莢故に、落ちていたのは一夏のまさに足元。
そこから、まるで飛び上がるかのように犬とは似ても似つかない怪異は一夏に襲い掛かる。
……もっとも、それを察知できない程、この男は鈍くは無いのだが。
腐臭を感じるさらにその直前。
鋭角から発せられる瘴気を察知していた一夏は、思考が脳へ到達し、その脳が指令を下すより早く体を動かす。
金色の獣の母をもってして、未来予知じみていると言わしめた勘……それが一夏の体を動かす。
後へ飛び退る一夏と入れ替わり現れたのは……彼の最良のパートナーにして最愛の伴侶。
かの魔本、ネクロノミコンの原本である獣の咆哮、アル・アジフ。
だが、入れ替わったという事は、つまり彼女が危険なのでは?
……否。断じて否である。
彼女はただ傷つくために飛び込んできたわけではない。
その証拠に、彼女の振りかぶられた拳には、既に魔力が集まっている。
まさに阿吽の呼吸。
言葉を交わさずとも、互いが互いを信頼しており、各々が何をすべきかをしっかりと把握している。
故に、彼女が飛び込んできたという事は、既に猟犬を返り討ちにする準備は出来ているという事であり。
「吹き飛べ! 下郎が!!」
ならば猟犬が辿る結末は既に決まりきっており、その結末は改変不可能回避不能。
頭部に拳を叩きつけられた猟犬は、拳に込められた魔力によりその頭部を砕かれ、それだけに飽き足らず魔力の奔流がその頭部をまるで高速ミキサーの如くさらに細かく粉砕し、かき混ぜ……
猟犬はその頭部を文字通り『消滅』させ、絶命することとなった。
「うひ~、おっかねぇ。ぜってぇそれ俺に向かってやるなよ?」
「やるわけが無いであろう。せいぜい盛大に吹き飛ばす程度しかやらぬわ」
「その吹き飛ばすのもやめてもらえませんかねぇ?」
「無理だ」
「何故!?」
「愛だからだ」
「愛か~」
愛なら仕方ない。
ゼヒモナイネ!!
「……んな怪我とお友達な愛は出来ればご遠慮願いたい、ね!」
「ふむ、この前更識の小娘に見せられた作品に愛するから傷つけるというのがあったが」
「それは二次元の世界だけのお話だ。その理論を三次元に持ってくるのはNG」
軽口を叩き合いながらも、二人はよどみなく怪異を葬っていく。
今相手にしている怪異がそれほど脅威ではないという事も理由の一つであり、何より既に体に、魂に染み付いているのだ。
怪異を討伐するという動作が。
それほどまでに、怪異だらけだったアーカム。
やはり魔都であった。
ちなみに、アルと簪、意外と仲が良い。
一度デモンベインの造形に関して熱く語り合ったのがきっかけだろうか?
詳しくは一夏も知らないが、いつの間にか仲良くなっていた。
そういや最近出会わないが、何かあったんだろうか?
「っと、これでラストっと」
最後の一体が魔銃から持ち替えた偃月刀で切り裂かれ、燃え尽きる。
まだ瘴気は濃いが、それでも発生源をしっかりと潰したせいか、先ほどよりは薄くなったように感じる。
あとは……
「第四の結印は
アルの詠唱と共に宙に描き出されるのはエルダーサイン。
詠唱により蜂起された字祷子が放つ淡い光が瘴気を打ち払い、空間を清める。
「……これでよし。漏れ出す物もあるまい」
「んじゃま、今夜のお仕事も終了だな」
一夏がそういうと、結界消え、世界はあるべきカタチへと戻る。
そこに、先ほどまであった異質な世界は無く、ただただ瘴気による穢れのない世界があった。
「…………」
大きく息を吸い込み、吐きつつ思う。
別に、自分がこの世界を守ってるだなんて自覚はさらさらない。
むしろ自分は、アルは知っている。
自分たちが、人がこの世界を守っているわけでは無く、むしろ逆。
世界に、自分たちが守られているのだと。
でも……そうだとしても、だ。
(そんな世界の手助けをほんのちょっとするくらいは、そうしたいと思うくらいは……別に許されるだろ?)
守られているから、だからじゃあそのまま守られてよう。
自分は何もしないで居よう、というのは性に合わない。
何かできるはずなのに、何もしないのは後味が悪いから。
「さて、今日はこれで向こうさんは打ち止めだろ。帰るぜ、アル」
「うむ。しかし彼奴等め、日に日に数を増やしておる……近くは無い、だが遠くも無いうちに良くないことが起こるであろうよ」
「だろうな。ま、できるだけ遠くで起こることを祈るとしようぜ」
「ふむ、俗に言う『ふらぐ』とやらが立ちそうな発言だな」
「おう、洒落になんねぇからそういうの止めい」
まぁ、一夏自身も薄々……いや、はっきりと感じている。
――何か起こるとしたら、ぜってぇ自分の近くで起こるんだろうなぁ、と。
いつぞやアルに言われたように、最早運命なのだろう。
これから確実に起こるであろう厄介事を思い、一夏はひっそりとため息をついたのだった。
※ ※ ※
部屋のカーテンの隙間から日光が入りこんでくる前に、その人物は起床する。
起床してまず行うのはルームメイトである少女の安否確認。
ルームメイトとして接しても居るが、自身の本質は少女の護衛であるが故に。
……隣のベッドに寝ている少女はいつも通りすやすやと寝息をたてている。
その穏やかな寝顔に思わず笑みがこぼれる。
本日も異常無し。
この穏やかな寝顔を守り通そうと、今まで何度もして来た決意を再び新たに、その人物はベッドから飛び降り、風呂場へと向かう。
もっとも、昨夜入浴後に風呂桶の湯は捨ててしまっているため、残念ながらシャワーを浴びる事しか出来ないが……
寝汗を流す程度ならそれで十分だろう。
さっとシャワーで寝汗を流し、タオルで体を拭きながら部屋へと戻る。
もし同室の少女が起きていた場合、ここで「裸で部屋をうろつくとかしないの!」とお小言をいただくだろうが、残念ながら彼女は夢の中。
気兼ねなく行けるというものだ。
しばし身軽……どころではないのが……の感覚を堪能し、体が冷え切らないうちに昨日用意してあった制服を着込む。
本来なら、また寝巻きを着てベッドへリターンするのだが、残念ながら今日はこれからやらねばならない事がある。
非常に、誠に、壮絶に残念ながら。
「……ほんと、この仕事は嫌いじゃない筈だけど、こう言う時だけは心底思うね。『嫌になる』ってさ」
誰に聞かせるでもなくそう呟きながら、あまった袖の中にいろいろ詰め込み、制服のスカートで隠れている部分へ小さな苦無を隠す。
そしてベッドで未だに夢の世界を旅しているルームメイトへ向かって口を開く。
「それじゃ、今日はいつもよりす~っごく早くいってきま~す……かんちゃん」
ルームメイトの少女……簪に向かってそう言うと、布仏本音は部屋を出た。
目的地は生徒会室。
そこで待っている人物に、護衛対象についての定期報告をするのだ。
「……でもそれってさ、『アレ』伝えなきゃ駄目なんだよねぇ……」
『アレ』を伝えた場合、果たして彼女はどういう反応をするであろうか……
……十中八九頭を抱えるであろう事は想像に難くなかった。
※ ※ ※
生徒会室。
そこではつい先ほど本音が想像していたとおりの光景が広がっていた。
「…………」(通夜のような沈痛な面持ち)
「…………」(通夜のような沈痛な面持ち)
「だから言ったのに……」
ご丁寧に、『見れば絶対通夜に行った時みたいな顔になるかも。ってかなる。絶対。』とあらかじめ注意はしておいた。
故に私に罪はねぇ。
「……ねぇ本音。こマ?」
「残念ながら、マ」
本音の視線の先。
生徒会長と書いてあるプレートが置いてある机に肘を付いて顔を伏せている水色の髪の少女は、まるで縋り付くかのように本音へと声をかける。
だが、現実は非情であり、思う通りには行かないものだ。
あっさりと現実を付き返された。
本音の言葉を聞き、少女はついに机に突っ伏す事となる。
布仏本音、撃墜1である。
「簪ちゃんが元気なのは嬉しいけど……嬉しいけれどぉ……!」
「こんな元気さは求めてなーーーーい!!」と天井に向かって叫ぶ少女。
まったく以って同意である。
本音は心の中でうんうん、と頷く。
引っ込み思案どころか、引っ込んで引っ込んで、ちょっとあなた引っ込みすぎじゃありませんのこと? と言いたくなるくらいだった簪が元気になってくれた事は純粋に嬉しい。
嬉しいのだが……ちょっと元気の方向性を変えてくれないかなぁとか思ったり。
『弐式のマニピュレーターをドリルにしてんじゃぬぇぇぇぇぇぇ!』
『ふっ、ただのドリルではない。なんと……飛ぶのである。飛ばせ~♪鉄拳~♪ブーストナッッコォ!!』
『あ、ちょっと格好いいかも……とでも言うと思ったかヴァカぁぁぁぁぁぁ!!』
あ、映像の中で西博士が宙を舞った。
簪渾身のアパカッ!で。
「ねぇどうしよう虚ちゃん。このままじゃ簪ちゃんがストリートでファイトな感じに鉢巻巻いてぼろぼろ胴着を着るようなマッシヴな方向での元気っ子になっちゃう」
虚と呼ばれた、机の横に立っている眼鏡の少女に、青髪の少女は涙目で縋りつく。
文字通り、椅子から立ち上がり、ずるずるとすがり付いている。
それに対し、虚……布仏虚はずれた眼鏡を直しながら、言い放つ。
「……諦めるのがよろしいかと。私はそうします」
「虚ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!?!?」
神は死んだ。
そうとばかりに嘆く少女。
どうしてこう、ちゃんとやれば優秀だし、真面目にしてれば凛としてかっこいいのに、妹絡みだとこんな情けなくなるのかこの人は……
しかし正直な話、あの現状に一番被害を受けているのはそこで嘆いている人ではなく自分なのだ。
人様の事を情けないだなんだ言っている暇はない。
このままでは私も危ない。
精神的ダメージな意味で。
そこでふと思い出す。
そういやアレ、おりむーとたまに仲良さげに話してたなぁ、と。
弐式調整のため、倉持に行くとたまに一夏に出会うときがあるのだ。
そのさい、やけに親しげに話してたよーな……
ちなみに一夏の名誉のために言うと、親しげに話しているというより、一夏はじゃれついていくる狂犬をなんとかいなしていると言うのが正しいのだが……
扱いに手慣れているため、端から見ればそう見えなくもない……かもしれない
が、そんな真実を知らない本音は、ぽそりと呟く。
「おりむーに相談してみようかなぁ」
そしてその呟きは……
「おりむー? それはもしかして織斑一夏の事かしら?」
さっきまでorzしてた少女の耳にバッチリ届いていた。
「織斑一夏なら、簪ちゃんを魔の道から引き戻せる術を持っていると?」
「誰もそこまで言ってない」
思わず真顔で言い放ってしまった。
ちょっとこの会長、妹の事となるとポンコツが過ぎやしませんかねぇ……
「そう、そうなのね……丁度彼とお話ししたいこともあったし……」
そう言うと、少女は懐から取り出した扇子を広げ、口許を隠す。
「簪ちゃんを救う術を聞くついでにちょっとお話し聞いてこようかしら」
「本来の仕事がついでかい」
思わずまた真顔で言ってしまった本音であった。
そして思う。
こんな妹馬鹿がこのIS学園生徒会長、更識楯無でほんとにいいのかなぁ……と。
いや、優秀なのは分かるんだけど、やっぱり、ねぇ?
半年ぶりです皆様、お元気ですか
と言うわけで半年ぶりに更新
ようやく会長登場。
ほんとは一夏達と会話させるまで持っていこうと思ったんですが……
そこに至るまでが予想外に膨らんだので、次のお話しに持ち越しということで。
それでは皆様、よいお年を……