インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
ついに、闇が動き出す。
と言うわけで五話目です。
あいかわらずウェストの台詞回しって難しいです。
少しはらしくなっているとは思うんですが。
昼休み。
一夏は学園の食堂にいた。
一夏の向かいの席には箒の姿もある。
二人は食事をしながらも、一週間後に行われることになってしまったクラス代表決定戦について話していた。
「……で、勝ち目はあるのか? 一夏」
「んなもんない!」
一夏の両目にエビフライが突き刺さった。
「ふざけるな」
「目が! 目がぁぁぁぁぁ!!」
物理的にも目が痛いが何より油が目に入り痛い。
一夏は思わず痛みに悶え、床を転げ回る。
そして一夏をこんな目にあわせた下手人は投げたエビフライが床に落ちる前に回収し、悠々と食事を再開している。
「いつつ……けど箒さんや、よく考えてみてくれ。勝てると思う? あ、根性論は抜きでよろ」
「うぐっ、それは……」
次に一夏が後ろ向きな事を言い出したら、気合いが足りんなどと言おうとしていた箒は、しかしあらかじめ釘を刺されたため言葉に詰まる。
後に知った事だか、セシリアはイギリスの代表候補。
いわばエリートだ。
しかもこの世界がたどるはずだった本来の流れのセシリアと違い、男相手の侮りなど一切なし。
そんな相手に、果たして勝てるのだろうか?
「だ、だが! 気持ちで負けていては勝てるものも……!」
「今回の戦いがそもそも勝てる物か? ……いくら根性あっても、勝てない時はある。弱気だとかじゃなくて、こいつは現実さ」
一夏の脳裏によぎるのは、自身が大十字九郎だった頃、初めてかの魔人と相対した時のことだった。
あの夕暮れの教会で、自分はかの魔人と戦った。
……いや、恐らくあれは魔人にとってみれば戦いでもなんでもない、ただの享楽、遊戯であっただろう。
そんなことも分からず、怒りを、闘志を燃やし、果てはデモンベインと言う魔を断つ使命を帯びた剣まで呼び出し……
負けた。
あの時は、確かに気持ちは負けていなかったとは思う。
だが、実力があまりにも違いすぎたのだ。
故に、一夏は分かる。
気持ちがなければ勝てないが、気持ちだけでも勝てないのだ。
そして何より、今の自分には絶対的に足りていない要素がある。
(……アル)
そう、大十字九郎の絶対の伴侶。
唯一無二の相棒、アル・アジフの存在が足りない。
今、彼のそばにアルは居ないのだ。
比翼の鳥の片割れが居ない今、彼は飛べやしない片翼の鳥である。
「……ま、もちろん全力は尽くすさ。じゃないと千冬姉に何されるか分からないしな」
「そうか……」
箒は、それ以上なにも言えなかった。
一夏の寂しそうな、遠くを見ている目を見て、なんと声をかけていいか分からなかったのだ。
思えば、織斑一夏と言う少年は、度々このような目をする。
その度に、箒は何故か一夏が遠く感じるのだ。
(一夏……お前は一体何を見ている? その瞳で、何処を見ているのだ?)
昔から付き合いのある幼馴染みなのに、それが分からない事が、箒は悔しかった。
付き合いが長いと言う事実を、他でもない一夏自身に否定されたように思えるから。
しかし、それと同時に、この年齢では決して出せないような表情を出す、大人びた一夏に惹かれてもいる。
(いつか私にも分かる時が来るか? お前のその瞳を、その悲しげな表情の理由が分かる時が……)
ちなみに話は逸れるが、本来の世界でこの場面で声を掛けてくるはずだった上級生は、一夏の愁いを帯びた表情にノックダウンされたため、声を掛けてはこなかったという裏事情があったりなかったり。
※ ※ ※
1021号室。
今この空間はカオスに包まれていた。
そのカオスの中に響き渡る、場違いなエレキギター。
ひとしきりギターを演奏し終えた西村は、目の前の少女に向き直る。
「……と、言うわけで此方の失態を我輩のギター捌きに免じて水に流して欲しいのである」
「はぁ……」
いきなり部屋に突撃してきた男に目の前でギターを演奏され、そして投げかけられたこの言葉に、さすがの簪も唖然とするしかなかった。
というか思考が追いつかない。
なにこれ?
「えっと、つまり、弐式についての謝罪……でいいんですよね? というか謝罪ですよね?」
「その通りである。我輩のギターを生で聞ける機会はそうそうないであるぞ? ガール」
いや、確かにギターはうまかったけど、と簪はぼんやりと考える。
そして脳の隅では同時にこう思った。
--誰かこの空気何とかして。
そんな簪をよそに、西村は話を続けていく。
「と、さすがにこれで水に流せというのは虫が良すぎる話であるな。だから此方に弐式を渡して欲しいのである。責任を持って、此方で完成させるである」
その言葉に、簪は思考が冷静になった。
そして、冷静になった思考を以って、その言葉を言い放つ。
「……お断りします」
「……ナヌ?」
さすがの西村も、この返答は予想外だったのか、信じられないと言うような目で簪を見る。
しかし、簪は冗談を言っているような表情をしていない。
「弐式は私が作ります……作らなきゃ駄目なんです」
「ふぅむ……」
その言葉から、西村は何かを感じ取ったようで、懐からメモ用紙を取り出すと何かを書き込み始める。
そして、そのメモ用紙を簪へと押し付けた。
手渡したではなく、押し付けたあたり、彼はやはりかの迷惑科学者、ドクター・ウェストである。
「? これは……」
「我輩の個人的な連絡先である」
「……ですから、弐式は私が」
「分かっているである。しかして! 人間の心は移ろうもの。昨日はカレーが食べたくとも、今日はカツカレーが食べたくなるかも! そんな貴方の心変わりにばっちり対処。アフターサービスも完璧である」
「……カレーとカツカレーはほぼ同じでは?」
が、そんなツッコミどころは彼にはどうでもいいらしい。
未だに土下座をしていた野田の首根っこを引っつかむと、そのまま部屋を立ち去ろうとする。
「したらば少女、これにてさらば。我輩は次なる発明のために旅に出る。あぁストレンジ・ジャーニー。孤独な旅を私は行く。え? 僕を置いていっちゃうの? 待って、行かないでよバァァァァァァァニィィィィィィィィ!!」
最後の事は、やはりカオスに満ちていた。
嵐が去った1021号室。
そこで、簪は今万感の思いを込めてこの言葉を言う。
「……なにあれ」
そんな事、かの千の無貌だって分からない。
※ ※ ※
主が留守の倉持ラボ。
そこの一角に鎮座する一機のISがあった。
その傍に、闇が生まれる。
それは暗く、昏い、底の知れぬ闇。
覗き込んだものの魂さえも引きずり込みそうな深淵。
やがてその闇は、一人の人間の姿をとる。
まるで不思議の国のアリスがそのまま飛び出したかのようなファンシーな服装。
そして頭には機械式のウサギの耳。
そんな不思議な格好をした女性が、闇から生まれた。
「あらあら、まだここまでしか行ってないんだ。おっそいなぁ」
女性はそういうと、懐から光る何かを取り出す。
「さてと、君はこれに入ってもらうよ。大丈夫大丈夫。これはあの子の元に行くのはもはや確定しているから」
その言葉に、その光る物体は光を強める。
「やだなぁ、よしてよ。私が君をそんな姿にしたわけじゃないんだよ? それに関して、私は無関係だよ」
そういうと、女性は光る物体を無造作にISに向かって放り投げる。
その物体は、ISにぶつかるとそのまま装甲に沈み込むように消えていった。
「これでよし。舞台の準備は着々と。それじゃ、まったねぇ!」
その言葉を残し、女性は消える。
現れたときの状況を巻き戻すかのように、姿が闇に飲まれ、その闇がやがて消える。
残ったのは、鎮座するISのみ。
闇の目撃者は、物言わぬ鉄の塊のみだった。
※ ※ ※
「いてて……本気でやらんでくれ箒さんや。体中あちこちが痛い」
「ふん! 貴様が軟弱なのが悪いんだ」
放課後。
一夏と箒は二人で寮へと向かっていた。
しかし、一夏はふらふらと足元がおぼつかない。
なぜなら、先ほどまで一夏は箒と一週間後に控えたクラス代表決定戦に備えて、と言う名目で剣道の組み手をしていたのだ。
そう、女子剣道全国大会優勝者の箒としていたのだ。当然、箒に勝てるはずもなく、結果一夏はぼこぼこにされてしまったのだ。
「軟弱って、そりゃ剣道やめて久しいから腕はなまってるに決まってるだろ?」
「そもそもそれだ! 一夏、お前は何故剣道をやめてしまったのだ! あれほど筋は良かったのに……」
かつて、まだ一夏と離れ離れになる前まで箒と一夏は同門の士であった。
故に分かる。
一夏は本来なら自身と互角、いや、それ以上の実力を持っているはずだと。
だというのに、一夏は剣道をやめてしまっている。
その理由が知りたかった。
「何でってお前……千冬姉に家事をまかせろと?」
「う……」
「俺が生きるためにはなぁ、うまい飯を食うためにはなぁ! 俺自身がやるしかなかったんだよぉ! 千冬姉は家事がてんで駄目だから、洗濯掃除料理って俺が全部やってたんだよ! そんな事やってて剣道やってる暇なんかあるかぁ!!」
「それはそうだが……」
「おかげで人並みちょい下だった俺の料理の腕前も、いつの間にか人並みより上だと自負できるほどに……嬉しいっちゃ嬉しいけど、素直に喜べねぇ!!」
そこには、男の涙があった。
底知れぬ悲しみがあった。
「あ、あぁ、すまない。私が悪かった。だからもう泣き止め、な?」
マジ泣きしてしまった一夏を、箒は慌てて慰める。しかし、それでも一夏には剣道を続けていて欲しかった。
なぜなら、一夏と離れ離れになった箒の心の支えが、他でもない剣道だったのだ。
剣道は一夏と共にやっていた事、ならば離れ離れになっていても剣道さえしていれば一夏の事を思い出せる。
そうやって思い出した、一夏と共に切磋琢磨していた思い出こそが、彼女の心の支えになっていたのだ。
もっとも、他にも剣道を続けていた理由はあるのだが、どちらかと言えば先ほど行った理由の方が大きい。
だというのに、当の一夏は剣道をとっくにやめてしまっていた。
それが、自分と一夏のつながりが断たれたかのように思えて嫌だったのだ。
「千冬姉、もうチョイ自身の身の回りぐらい綺麗に出来ないのかなぁ。せめてビールの空き缶はすぐ捨てるとかさぁ、やっぱいろいろあると思うんだよ方法は」
「だめだ、一夏がトラウマモードに入っている」
結局、箒と別れる直前まで一夏はトラウマモードのままだった。
なお、この時とある教員が職員室でくしゃみをしていたのだが、因果関係ははっきりしていない。
※ ※ ※
「ふぃー、ただいまー」
「お帰り」
寮に帰ってきた際、なんとなく普段の癖で帰宅の挨拶をして部屋に入ったのだが、それに答える声があった。
その声を聞いて一夏は思わず周囲を見回す。
しかし、部屋にはルームメイトしかいない。
思わずそのルームメイトをじっと見つめる。
「……何?」
黙って自身を見つめてくる一夏を不審がったのか、簪はジト目で一夏にそう言い放つ。
その際の声は、先ほどの帰宅の挨拶への返事のとき聞こえた声と同じ。
「…………」
「だからほんとに何!?」
思わず滝のように涙を流してしまった。
それにはさすがの簪も大慌て。
「お父さん、お母さん、寮でルームメイトになって早二日、まったく会話しない一日目を乗り越え、ルームメイトが心を開いてくれました! 一夏感激!!」
「……えっと、なんか今までごめん」
思わず簪も謝ってしまうほどに感激していた。
一夏に対してそっけなかったのには理由があったのだが、さすがにやりすぎたか、と簪は反省する。
簪ちゃんは反省のできる子なのです。
どこかの誰かさんと違って。
なお、この時生徒会室である生徒がくしゃみをしていたのだが、やはり因果関係ははっきりしていない。
閑話休題
「いや、いいんだ! こうして心を開いてくれただけでお父さんうれしいから!」
「えっと、何で貴方が私のお父さん?」
西村が来たとき並のカオスが、そこにはあった。
それからしばらく、一夏は簪とそこそこに打ち解けていた。
そう、何で一夏に対してそっけない態度をとっていたかを説明してもらえるほどには。
「でも、本当は貴方を恨んだって仕方ないことだって分かってたし、そう思ってた矢先に倉持から謝罪? があったから」
「なるほどね。俺にも一端はあったなら、俺も謝罪せんと。実に申し訳ない」
「あ、いいよ。さっきも言ったとおり、きっかけは織斑君でも、倉持の方が放り出したのが悪いんだし」
それもそうか、一夏は納得し、下げていた頭を上げる。
しかし、と一夏は思う。
既に受けていた依頼をほっぽり出すような企業に自分のISは作られているらしい。
はたしてそのISは本当に大丈夫なのかが不安だった。
また別の興味があることが出てきたら自分のISまでほっぽり出されるのではないかと言う不安もあるし、そんな浮気性な技術者が作ったIS自体も問題ないのかが不安だ。
正直な話、断って他の企業に作ってもらったほうが良いのではと考えるほどである。
現時点で、一夏の倉持に対する評価はストップ安である。
「信用問題って言葉、知ってるのかね、倉持の方々は」
「……どうだろ」
二人の脳内ブラックリストに、倉持技研の名前が入った瞬間であった。
(しかし……)
一夏は簪から聞いた謝罪しにきた人物の特徴をもう一度思い浮かべる。
(緑の髪して、なんかアンテナみたいに立ってる髪があって、エレキギター……いや、まさかなぁ……)
なんだか、頭が痛くなってきた一夏だった。
なにやら重大な伏線っぽいものを放り投げてみました。
結構重要です。
テストには出ませんけど。
これからの展開を考え、簪ちゃんとは早々に和解してもらいました。
しかし、倉持ってほんと大丈夫なんでしょうかね?
企業が以前受けた依頼を放り出すって、一番やっちゃいけないことだと思うんですよ。
それがのっぴきならない事情ならいざ知らず、「男用のIS作るからあんたのIS製作中止な!」なら余計に。
まぁ、それ聞いてさっさと引き取っちゃう簪ちゃんにも問題ないわけじゃないですけど。