インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
何を思っていたんだろう
IS学園、第二整備室。
第一整備室と違い、普段から人が少ない整備室であるが、今は夏休みだという事もあり、何時も以上に人が居ない。
というか、三人しか居なかった。
一人は更識楯無が妹、更識簪。
もう一人はその親友にして従者にして護衛、布仏本音。
じゃあ、残りの一人は……?
「……よし、こっちは調整完了。本音、そっちはどう?」
「んー? 大丈夫だよかんちゃん。ばっちしー」
「そう。じゃあ、西村博士、そっちはどうですか?」
「ふむ、とにもかくにもドリル。あっちにもドリル、こっちにもドリル。ドリル、ドリルをつけるのである。とにもかくにも、一心不乱の大ドリルを! なんでドリルをつけるかって? そりゃドリルは男の浪漫だから。そして我輩は男の子! だから浪漫に誘われ、ドリル、つけちゃった☆ 嗚呼、我輩の右脇腹の浪漫回路がギュンギュン回転してエネルギー発生させちゃうのほぉぉぉぉぉぉ!! らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
こいつだった。
ソウルネーム、ドクターウェスト。
本名、西村。
そう、皆さんご存知の□□□□である。
何故彼がここにいるのか。
まぁ単純に簪の専用機、打鉄弐式の調整のためである。
……調整、のはずである。
あるのだが、彼の言葉から察するに、もはや調整でなく別の何かをつけようとしているらしい。
具体的にはドリルあたりを。
そんな彼の言葉を聞いた簪は、音も無く西村の懐にもぐりこみ、遠慮なく彼の右脇腹にえぐりこむようなフックをかました。
「残念。右脇腹から発生するのはエネルギーじゃなくてタダの痛み」
「痛みが我輩を強くするぅぎゃあああああああああああああああああ!?!?!?! 浪漫回路が回っちゃいけない別方向にギュンギュン回って、回って回って回り尽くして美味しいバターになりました。(原材料:トラ)」
「……ヘイワダナー」
のほほんとしている本音も、流石のこれには遠い目。
自分の仕えている主にして親友が元気なのは嬉しい。嬉しいのだが、ちょいと元気が有り余りすぎじゃあありませんかねぇ……
今なおあーだこーだわめいている西村に対しマウントをとりつつボッコボコにしている簪をみやり、一人ごちる。
「だから! あれほど! 人のISに!! 変なものを!! 取り付けるなと!! 言いましたよね!!?」
「へ、変な物だとぅ!? それは聞き捨てならぬふぅ!? ちょ、ちょっと待つである、我輩にもちゃんとしゃべらっぶぉう?!」
「シャラップ!!」
「うぶおぁ?! な、殴ったね?! 親父にも打たれた事無いのに!!」
「有名リアル系ロボットアニメの台詞を冒涜してんじゃぬぇええええええええ!!!」
「うぎゃああああああああ!! 我輩の体が曲がっちゃいけない方向にぃぃぃぃぃ!!? うわぁぁぁん! ママぁぁぁぁぁ! 我輩シャチホコになるぅぅぅぅぅぅ!!」
――あ~あ、かんちゃんの逆鱗に触れちゃったし
ロボアニメ大好きなかんちゃん相手にロボアニメの台詞をこんな場面で言っちゃったら、そらこうなるね。
仰向けからうつ伏せにされ、逆エビ固めを食らっている西村を見て、ため息一つ。
「あ、できれば我輩がシャチホコになったらどこぞの城の天守に飾って欲しいのである」
こいつ、意外と余裕だった。
「……ふん!」
「あひん」
あ、とうとう気絶した。
「……ほんと、へいわだなー(棒)」
おねーちゃーん、帰りたいよう……
「まったく……普通にしてれば普通に天才なのに、なんでこう……」
「ふん! 我輩が普通などと言う枠にはめれると思ったら、それはそれはインポッシブルなのである。我輩はそう! 『普通』などという枠に囚われない。我輩はそう、自由! あぁ、さらば束縛の日々。あの向こう側の世界へ、我輩はLet's Dive ! あーいきゃーんふらーーい!! 最後のガラスをぶち破るのである!!」
「……だ・か・ら……」
ポツリと簪が呟いた言葉に、さっき気絶したばかりだと言うのにもう復活した西村の言葉が返される。
その言葉に、簪はしばらく俯き、ぷるぷる震えると……
「アニメの台詞だのOPだのを冒涜してんじゃぬぇええええええええええええええええええええ!!!!」
「……嗚呼、人はなぜ、過ちを繰り返すのであろうか……ア○ロ、刻が見え……」
「うばっしゃああああああああああああ!!!」
「ギニャアアアアアアアアア!!!?」
ほんとに、なんでこの□□□□は過ちを繰り返してるんだろうか。
それは誰にも分からない。
だから……
「……アハハ、ほんねちゃんもうしーらない!」
本音に分かるはずも無い。
そしてこの混沌とした状況の中、自分の親友兼主さえも、いつもと違う、というか違いすぎると言う状況。
そんな状況に晒された結果、本音は考えることをやめた。
と言うか、だれか本音に救いの手をあげて欲しい。
精神的に相当キてる目をしちゃってるから。
※ ※ ※
と、そんなことが第二整備室で起こっているまさに同時刻。
場所を変えて、ここは剣道場。
普段は剣道部員が練習をするこの場も、夏休みという事で利用しているのは一人のみ。
利用しているのは……篠ノ之箒。
彼女は剣道場の中心で正座をし、目を瞑っており、その脇には竹刀が置かれている。
「…………」
無言。
ひたすら無言で目を瞑り、息を整え、瞑想の如く、自身の内面と向き合う。
「……っ!」
しかし、その顔がふと歪み、それと同時に呼吸が乱れる。
目を開いた箒は、ただ荒く呼吸をしながら、自分の左手首に付けられている『それ』を見やる。
赤い紐で繋がった、金と銀の鈴。
それは箒の専用機、紅椿の待機状態だった。
……そう、専用機である。
あれ程望んだ、専用機。
彼の……一夏の隣に並び立つための力。
……そのはずなのに、何故だろう。
「…………」
その力が、今はただただ怖い。
左手首のこれが、なにかおぞましい物のように見えてたまらない。
理由は分かっている。
あの臨海学校の際に起こった銀の福音との戦い。
そのとき、自分は気が付くと何故か戦場の真っ只中に居た。
そう、気が付くと、だ。
あの時、千冬に作戦への参加を止められた彼女は、確かに部屋に戻ろうとしていたのだ。
無論、作戦に参加したいとは思っていた。
けれども、いくら最新型のISを持ったからと言って、自分がこと戦いにおいてはズブの素人であることは事実だ。
そんな状態で参加したところで、まさに気違いに刃物。
皆の足を引っ張るであろう事は火を見るより明らかだ。
そのときの悔しさは今でも覚えている。
近づけたと、隣に立てたと思ったのに、実際はぜんぜん隣になんて立ててなくて。
だから、その悔しさが、自分は作戦に参加できずに居たと言う何よりの証明だった。
そうだったはずなのに……ふと気が付けば、自分は渡されたISを纏っていて、作戦領域に居て……
――一夏が墜ちる様を見てしまった。
「っ! こんなもの!!」
思わず、手首から紅椿を外し、それを床に叩きつけようとする。
しかし、その手を振り下ろすことは出来なかった。
「……うぅ……っ」
なんと、なんと浅ましいのだろうか。
こんなに恐怖しているのに。
なくなってしまえばいいと思っているのに。
……本当は、この力を手放したくないと、醜くすがり付いている。
「私は……私は……っ!」
振り上げた腕が、力なく降りる。
けれども、待機状態の紅椿を握る手にだけは、しっかりと力が入っている
それが自分の、「紅椿を手放したくない」という心の奥底の思いを表していて……
それが余計、箒を惨めにさせた。
そんな箒の気も知らず、紅椿はちりんと、小さく音を立てた。
本当に小さく、小さな、澄んだ音色を。
……小さいはずなのに、やけに耳に響いたその音が、疎ましかった。
※ ※ ※
またまた同時刻、別の場所。
今度は……IS学園職員室。
夏休みという事もあって、職員室にいる教員の数も少ない。
そんな中、大量の書類に埋もれるように、彼女達は居た。
「……ようやく終わりが見えたな、山田先生」
「ええ、ほんとに……ほんとにようやっと……」
彼女達……織斑千冬と山田真耶はそう言うと、デスクにおいてある紙コップに入ったコーヒーを一口。
……冷めてて苦味が強調されていた。
その苦味に眉を顰め、千冬は一枚の書類を手に取る。
「……可能なら、さっさと引き離して、こっちで管理してやりたいものなんだがな……」
「そうですよね……篠ノ之さん、あれ以来相当参ってるみたいですし
「思い出すんだろうよ。あの光景を。私も未だに夢に見るくらいだ……モニター越しでこれだ。当事者となった篠ノ之はそれ以上だろうさ」
千冬が忌々しげに見つめるその書類。
それは箒が紅椿を所持するための手続き書類だ。
そう……あれだけのことが起こっていながら、そして彼女自身も苦しんでいることを分かっていながら、それでも千冬達は箒に紅椿を所持させるという判断を下したのだった。
もっとも、その判断に納得がいっていないのは、他でもない千冬自身である。
なにせ、この判断を下さざるを得ない状況に持っていかれたのだから。
「やってくれる……束……っ!」
そう、あの
簡単に言うと
――箒ちゃんに紅椿持たせてあげてねー? 持たせてあげなかったり、取り上げたりしたら、束さんどうしちゃおっかなー?
と言うわけである。
具体的に何をすると言っているわけではない。
だが、他でもない、篠ノ之束という存在が、あえてはっきりと何をすると言わない、という事が千冬の選択肢を狭めた。
なにせ、何が起こるか分からない。
そして何があろうと、篠ノ之束はやると決めたことは自分の能力の全てを駆使して『必ずやる』。
ちょっとした悪戯程度の事も全力で『やる』
そして……世界崩壊級の事だろうと、やはり全力で『やる』。
ここで無理に箒から紅椿を取り上げ、束が行動を起こすくらいなら、最初から行動を起こさせない。
つまり、束の要求通りにするしかないのである。
「確かに、あいつは束の妹だ。世界中の何よりも、誰よりも束のウィークポイントになる存在だ。その箒が自衛のため、専用機を持つことも、まぁ百歩譲ってよしとしよう……だが、その持たされたISが第四世代だと!? 今世界中で第三世代の試験機を開発、ないし第三世代の理論構築という、今の時期第四世代だ! それも束お手製の! ブレイクスルーにも程がある!」
「織斑先生、落ち着きましょう」
真耶の声に、ヒートアップした頭が若干冷える。
しかし、それでも……
「……それに何より、あいつの苦しみを何とかしてやれない、今の自分の無力さにほとほと呆れるよ」
「織斑先生、自分を責めてもどうしようもありませんよ。こうなってしまったからには、これからどう支えていくかを考えなければ」
「……しかし」
「後悔したり、自分を責めたりなんていつでも、いくらでも出来ます。それこそこれから先の未来でも十分可能です。ですが、篠ノ之さんは今苦しんで居ます。そして、『今苦しんでいる篠ノ之さんを支えれるのは今しかない』んです」
真耶の言葉に、千冬が俯く。
「……今はただ、彼女を支えてあげる。それが大人の役目ですよ」
「大人、か……」
大人。
自分も、もうそう呼ばれるような立場になったのか……
大人という物に、一種の憧れを抱いた。
大人になれば、何でもできると思っていた。
でも、実際大人になるという事は、こう言う事……
「……辛いな、大人になるという事は」
「否が応にも、誰もが大人になります。なら、せめて後から続く子供達のお手本になれる大人になりましょう、織斑先生。たとえ、辛くても……」
再び、コーヒーを流し込む。
やっぱり、冷めたコーヒーは苦かった。
ざっと二ヶ月……
更新の間が空くのがデフォになりつつ……
これはいけない。
と言うわけで、お久しぶりです。
今回は一夏達が夏休みを堪能してるその瞬間、別の人々はどうしているのかを少々。
……なんか簪ちゃんと箒、千冬さんとの寒暖差がおかしなことになってるぞぉ?