インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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46 イギリスにて、何思う

今生でざっと十数年生きて来た、馴染みのあるはずの光景。

でも、今では懐かしいと感じてしまう光景を、セシリアはひたすら呆然と眺めていた。

 

「……お嬢様、いかがなされました?」

「いいえ。ただ……数ヶ月離れただけだというのに、懐かしい光景だ、と思ってしまうあたり、ずいぶん濃い学園生活を送っていたという事を再確認しただけよ、チェルシー」

 

自身の幼馴染にして自身がもっとも信頼を置く従者。

そして、現在オルコット家に仕える従者の中で唯一自身の正体を知っている『もっとも付き合いの長い従者』であるチェルシー・ブランケットが運転する車に乗り、流れていく景色を見ながら、セシリアはチェルシーの言葉に答える。

 

現在、セシリアがいるのは彼女の母国、イギリスの地。

要はセシリアは今、里帰りをしているのである。

 

……言うまでもないだろうが、当然セシリアの隣にはラウラがいたりする。

 

 

※ ※ ※

 

 

車はある門の前で停車する。

この門の向こうに、オルコット家の領地は広がっているのだ。

 

チェルシーは門の脇にあるインターホンに声を投げかける。

すると目の前の門が自動で開いていき、彼女の領地が姿を現す。

彼女の領地は、ざっくばらんに言ってしまえば、広かった。

そんな広い敷地の彼方に、これまた大きな屋敷が聳え立っているのが見える。

……そう、『彼方』なのだ。

 

比喩でもなんでもなく、入り口である門から屋敷までの道が異様に長い。

歩いて行こうものなら玄関まで何分かかるのか。

きっと、一夏がこの場にいたなら以前のように、生まれてきてごめんなさいな気持ちになってしまいそうなほど長い。

そんな道を、車で移動する。

だって歩けば時間かかるから。

 

「……家までが長いですわね……えぇ、ほんとに」

 

徐々に近づいてくる家を横目に、そう呟く。

いったい誰がこんな家にした。

......自分の先祖だと言う答えに思い至り、ため息を吐くのだった。

 

そんな彼女のため息をよそに、車はようやく玄関前へと到着する。

チェルシーがセシリアが座っている席に面した扉を開け、セシリアはそこから車外へ出て、自身の屋敷を見上げた。

 

「……ただいま戻りました、お父様、お母様」

 

呟くようにそう言うと、しばし目を閉じる。

やがて、目を見開くと、玄関の扉を開け放った。

 

玄関ホールで待ち構えていたのは、オルコット家に仕える侍女、執事の列。

彼等は、セシリア達の姿をみとめると、全員が最敬礼を以って出迎えた。

 

「お帰りなさいませ! セシリアお嬢様!!」

「ええ、ただいま戻りましたわ、皆」

 

自身を出迎える従者達に、セシリアの表情もほころぶ。

そして、従者の出迎えを受けながら、セシリアは自分の部屋へと向かう。

 

「……ど畜生ですわ……」

 

……部屋で待っていたのは、書類、書類、書類、書類……(以下略)。

とにかく、書類の山だった。

 

まぁ、分かってた。

だって家にいようが学園にいようが、自分が数多くの企業を束ねているオルコット財閥の総帥であることに変わりはないのだから。

変わりないんだったら、どこで何してようと、書類は溜まるよね。

そして、そんな書類の中で、自分にしか処理できない書類が出てきたら、こうやって部屋に持ち込んでおくしかないよね。

いくらか学園の方に送って処理するにしても、限界あるよね。

 

さっきまで上がっていたテンションが90度の角度で直滑降していく様を、セシリアは確かに見たのだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

もう里帰りに来たのか、仕事しに来たのか分かんねぇなこれ、な状態を持ち前の書類処理能力で何とか片付け、セシリアは机に突っ伏した。

ぐでっと、もう淑女にあるまじき様相で。

なんか机に突っ伏した彼女の頭の両隣に、やる気のない卵みたいな奴と黄色い全身タイツの男が踊っていた気がしたが、それはきっと気のせいだ。

 

「お嬢様、お茶が入りました」

「……そこに置いておいて、チェルシー」

「分かりました」

 

チェルシーはセシリアの言葉を受け、すっかり書類がなくなった机に紅茶と茶菓子を置く。

それを横目に見て、ポツリと一言。

 

「……私、何しに帰ってきたんでしたっけ?」

「里帰り、と聞いていますが」

「でもやったことって書類処理だけじゃない! 帰ってきて、ちょーっと感傷に浸って、従者に迎え入れられて気分が良くなったところでこれよ!? 後はもう書類書類書類! サインサインサイン!! 私は書類処理機ではありませんわ!!」

「ですが、あの頃よりは少なかったはずですが」

「……えぇ、その通りですわ。忌々しいことに、あれだけの量がありながら、あれだけの量でありながら、かつて大十字さんが私によこしてくれやがった書類の山々に比べれば圧倒的に少ないですわよ!!」

 

そこまで一息に言うと、うがーーー!! と叫び出し、やがてまたぱたりと机に突っ伏した。

処理していた書類は街一つ分と全世界分と規模が違うが、問題を起こす頻度は明らかにかつての方が多かったりする。

 

……駄目だ。これ以上思い出してはいけない。

 

とりあえず、ある程度持ち直してきたので体を起こすと、チェルシーが淹れた紅茶を一口。

 

「……やっぱり、貴方が淹れた紅茶が一番合うわね。ラウラが淹れた物が悪いわけじゃないけれど」

「私としても指導はしていますが、いかんせん……年季が違いますので」

「あなたなら、どれだけオルコット家に仕えている従者に対しても年季が違うと言えてしまうでしょうね、チェルシー……いえ、ウィンフィールド」

 

ウィンフィールド。

かつて、覇道財閥にて覇道家に仕えていた執事。

彼は、何の因果か、こうして今もセシリア(瑠璃)に仕えている。

 

……なんでか性別間違っちゃってるけど、本人はまったく気にしてないので、まぁほっといてもいいんだろう。

 

「しかし、最初あなたに会った時は驚いたわ。性別からして別存在ですもの。そして、後に従者としてうちに来た時もどれほど驚いたか」

「でしょうな。ですが、こうして再びお嬢様に、ひいてはお嬢様に連なる家にお仕えする事が出来たのは非常に僥倖です。まったく、以前も今も、仕え甲斐がある家に仕えることが出来、従者として冥利に尽きますな」

「……そう、貴方にとっても、この家は仕え甲斐があった?」

「ええ。才にあふれた奥様、その上を行くお嬢様。そして……愚者を演じきった、獅子である旦那様。どなたも誠に仕え甲斐のあるお方でした」

「……そう、ね」

 

チェルシーの言葉に、セシリアは部屋に飾られている写真立てに目をやる。

写真に映っているのは、まだ幼い自分と、母と、そして父。

今はもう亡き、両親との写真。

 

 

※ ※ ※

 

 

父は、嫌われ者だった。

もともと入り婿という事で、家内での立場は弱いものだった。

だが、それだけじゃそこまで嫌われなかっただろう。

 

では何故嫌われていたのか?

それは、その卑屈さ……と言っていいのだろうか?

それのせいだった。

確かに、セシリアの母は当時オルコット家の力を大きくした、才媛だった。

そんな相手に嫁いだのだ。

そりゃ、多少後ろ向きな感情が出てくるのも無理はないだろう。

しかし、それにしたって、父は……余りにも情けなさ過ぎたのだ。

 

セシリアは父が何時も母に頭ごなしに怒鳴られている様をその目で見ていた。

それこそ、毎日、毎日のように。

 

傍から見れば、情けない夫と、そんな夫に愛想が尽き掛けている妻のやり取り。

事実、周囲の存在はそう捉えていたようだ。

しかし、セシリアはそうは思わなかった。

 

なんて、食わせ物、と。

セシリアはそうとしか思えなかった。

 

嫌われていた、というわりには、父の周りには、何時も人がいた。

もっとも、それはオルコット家に害をなそうとする存在なのだが……

ともかく、そんな存在が何時も父の周囲にはいた。

しかし、しばらく経つとぱたりと、いなくなるのだ。

やがて、新しく取り入ろうとする人々が群がってくるが、彼等もまたしばらくの後にぱたりといなくなる。

 

恐らく、父は撒き餌……囮なのだろう。

オルコット家の転覆を狙おうとする存在を自分の周囲に引きつけ、一網打尽にするための。

何故そう思うか?

もし自分がどこかの家に取り入る、またはどこかの家を瓦解させようというなら、その取っ掛かりとして取り入りやすいだろうからだ。

情けなく、蔑まれ、そんな焚き付けやすそうな存在。

傍から見れば、父はそんな存在に見えるだろう。

つまり、余りにも露骨過ぎるウィークポイントなのだ、父は。

 

だからこそ、セシリアは父をとんだ食わせ物だと思うと同時に、母と同じくらい尊敬している。

 

「セシリア、僕はね? 母さんの足を引っ張ってばかりの、情けない男なんだよ」

 

嘘つき。

何も出来ないなんてうそばかり。

いつもこの家を守ろうと行動してるくせに。

 

「……お父様、でも私はお父様が大好きですよ?」

「……ありがとう、セシリア」

 

きっと、母も父が大好きなのだろう。

そうじゃなきゃ、既に母は父を捨て、別な男を迎え入れているだろうから。

それが出来る立場にあるのに、そうしないのは、きっと母も父を心から愛していたから。

 

心苦しかっただろう。

愛している父を、情けないと怒鳴らねばならないのは。

 

もっとも、それもセシリアの想像でしかない。

事実かどうか、確かめる術はもう永久に失われてしまったのだから。

 

……両親の事故死、という出来事により。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……あの時、私が大好きだ、と言った時のあの父の表情。泣き出しそうになるのを堪えながら浮かべた笑顔は、決して忘れない……忘れられないわ」

「お父様も結局男だった、という事ですよ。どんなに情けなくても、泣く姿だけは娘には見せまいと、そう為さろうとしたのでしょう」

「えぇ、きっとそうでしょうね」

 

それから、しばらく会話はなかった。

ただただ、ティーカップなどが軽くぶつかる、カチャカチャという音が響くのみだった。

 

「……ねぇチェルシー、私はそんな偉大な両親が残したオルコット家を、両親に胸を張れるほど守れている? 貴方達が残した家を、立派に守れていますと言い切れる?」

「……ええ。これ以上無いほど、胸を張れるかと」

「そう……」

 

セシリアは、カップに残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。

 

「これからもっと忙しくなるわ。財閥関連企業の事もそうだけど……」

「ええ、邪神……今までIS学園を直接狙っていましたが、今回は福音を経由して攻めてきています。他国を巻き込むなど、行動が徐々に大胆になってきている……本格的に動き出しますか……」

「ええ。我々はそれに備えねばならない……付き合ってもらうわ、チェルシー(ウィンフィールド)?」

「承知いたしました、お嬢様」

 

最後に、セシリアは両親との写真に目をやる。

 

(……見ていてください、お父様、お母様)

 

一瞬、何かに思いを馳せるように閉じられた瞳は、しかしすぐさま開かれるのだった。

なにせ、長々と目を閉じている暇など、きっと無いのだから……




「僕にはこれぐらいしか出来ないからね。遠慮なく僕を使ってくれ」
「でも、こんな……! 私にもっと力があれば……こんなこと……っ!」
「そう思ってくれるだけで僕は満足さ。だから、ね?」
「……ごめんなさい。こんな方法しか取れなくて、ごめんなさい……!」
「僕こそごめん。君の泣いている顔は見たくないのに、だから守ろうとしてるのに、そのせいで君を泣かせてしまって」
「ううん、いいの……ねぇ、忘れないで? これから何があっても、私は貴方を愛しているわ」
「ああ、僕もだよ……」

それは、誰も知らない、もう誰にも知られることの無い、二人だけの秘密のやり取り。


※ ※ ※


えー、今度は一ヶ月も間が空いてしまって申し訳ありません。
しかも文字数も少なく、展開もかなりgdgdな話になってしまい、重ね重ね申し訳ありません。

ちょっとしたスランプ入っちゃってたみたいで、中々筆が進まないという状態になりまして。
うーん、同じ両親関係の話のシャルロットの方は面白いほど筆が進んだんだけどなぁ……

やっぱり、故人を出すってなると難しいでしょうか。

それはともかく、夏休み編、後どれくらい書こうかなぁ……
とりあえず、かんちゃん&西博士は書きたいなぁ
ウォーターワールドの話も書きたいっちゃ書きたいし……

うぎぎ……迷うのう、迷うのう

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