インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
アルとのデートの翌日。
一夏は再び外出届を提出し、アルを伴って学園の外へと出ていた。
またデートしに行くのか?
否である。
いや、二人きりで出かけている為、完全に否定できるかどうかはなはだ微妙だが、少なくともお題目はデートではない。
違うったら違う。
「一夏、今日はどこへ向かっているのだ? 昨日向かった場所とは別方向のようだが……」
「ん? 今の俺の実家がある町。ダチにアルの事紹介しようと思ってな」
そう言って、一夏は乗っていたバスの窓から外を見た。
見えるのは、それほど離れていたわけじゃないのに、何故か妙に懐かしいと感じる光景。
一夏が中学卒業までをすごした町だ。
今日は、そこで友人にアルを紹介しようという訳だ。
……そして、ある一つの事に決着をつけるという目的もあった。
※ ※ ※
この世界に来て、ISという存在になってからも、アルは自身のセンサーを通じて周囲の事は見ていたし、聞いていた。
しかし、ISとして一夏の元へ届けられる以前の一夏の事はまったくと言っていいほど分かっていないのだ。
せいぜい、どんな友人が居たか程度しか聞いていない。
……一体どこに住んでいて、そこでどのような出会い、別れを経て、どのような生活を歩んでいたのか。
アルは、それを知らない。
……いや、聞こう聞こうと何時も思ってはいたのだ。
思ってはいたのだが……
知っても触れられない『かつて』より、触れる事が出来る『今』を優先してしまっているという話である。
バスを降りた一夏は、アルを引きつれ、ただただ歩く。
とても懐かしそうに町の光景を見ている彼の様子は、まるで数年もこの町を離れていて、今ようやく帰ってきたかのようだ。
実際に離れたのは数ヶ月前だというのに、だ。
「ま、そんだけいろんな事があったんだろうよ、なぁ?」
「何故妾に同意を求める?」
「お前もその『いろんな事』の中の一つだからだよ」
「……そうか」
というか、大体7~8割を占めているのだが、それは言わないでおこうと心に決めた一夏だったりする。
そうやって取り留めのない会話をしながらたどり着いた先は、一軒の食堂。
看板には五反田食堂と大きく書かれている。
「ここは?」
「俺のダチの家族がやってる食堂。ちなみに一番人気は業火野菜炒め」
「豪華ではなく、業火……ずいぶん物騒な名前だな。火でも吐くのか?」
--それは思ってたけどあえて言わなかったのに!!
ここの店主が聞いたら確実にお玉が飛んでくるであろう言葉を発するアルに驚愕しつつ、一夏は暖簾をくぐる。
店は昼食時を過ぎた頃とあって客席に人は少ない。
店にいるのは、多少遅くに食事を始めた数人と、空いたテーブルの拭き掃除をしている、恐らく店員であろう赤毛の少年。
「ん? いらっしゃい! 五反田食堂へようこそ! ……って、お前……!」
「よう、弾。久しぶり」
「一夏……一夏か!? てめぇこの! 生きてやがったか一夏!! 今まで連絡もよこさねぇで、この!」
「ぬぉあ!? いきなり拳を振り上げてくるのは一夏さんはどうかと思うんですがね!?」
「うるせぇ! 一緒に藍越行けると思ってたらIS起動したとかニュースで出てきて、IS学園へ行っただぁ!? 女の園に入り込むなんてこのうらやまちくしょう!!」
「故意じゃない! 故意じゃないから情状酌量の余地を!!」
「余地? んなもんねぇよ!!」
「……なんだ、これは」
それはアルだけでなく、恐らくその光景を見た全員の感想であろう。
その声でアルの存在に気付いたのか、少年……弾はアルの方を向く。
「ん? ……お、おい一夏! 何だこの『一見目つきとかから強気とか、わがままとか、そんな感じを思わせておいて、その実寂しがりやなとこも多くあるまるで子猫』みたいな美しょ……美よ……なぁ、幼なのか? 少なのか? 美であることは確定してるが、どっちなんだ!?」
「邪悪でもない初対面の人間をここまで殴りたくなったのは流石の妾も初めてだぞ……?」
弾の言葉に思わず拳を握りこむアル。
が、一夏の親友であるという事を何度も自分に言い聞かせ、何とか怒りを抑え込む。
流石にアルが自分の言葉で不機嫌になったことを察したのか、弾は咳払いを一つすると、改めて口を開く。
「……で、このお嬢さんは一体誰だよ? 少なくとも中学にはいなかったよな?」
「ん? あぁ……俺の……大事な奴。何を失くすってなっても、こいつだけは失くしたくない……そんな奴だ」
一夏のその言葉に、弾ははっとした表情を見せ、再びアルを見る。
「……なるほど、この子がお前の言ってた……?」
「ああ」
弾はため息を一つ吐くと、眉間を揉み解しながら、天井を見やる。
「まぁ、あれだ。再会できたことは素直に祝福してやるよ……が、その子を連れてきたって事は、つまりそういう事か?」
弾の何かをぼかしたような発言に、一夏は無言で頷く。
その返答に再びため息を、先ほどよりも大きく吐くと、弾は口を開いた。
「お前がそうしようって思ったんなら別に止めねぇよ。この件に関しては俺も口出ししねぇ……いや、しちゃいけねぇしな。だからお前に助言もしてやれん。どうなってもお前が何とかしろよ?」
「そもそもそのつもりで来たんだよ」
こうして二人はなにやら傍から見れば良く分からない話をしていく。
その様子を見ていい気分がしないのはアルだ。
--……妾という者がいながら、二人で会話を進めるな!
もっとも、流石のアルもこの場の空気は呼んでいるつもりであるので、今何かを言うようなことはしない。
だが、絶対後で一夏相手に腹いせをすることだけは決意した。
「ま、何はともあれ帰ってくるまで時間かかるだろ。ついさっき買出し行ったばかりだしよ。つーわけで何か食ってけ。俺ん家の売り上げに貢献しやがれ」
「もとよりそのつもりで来たからいいけど、何でかイラっとした。殴っていいか? 弾」
「もう殴られてるんだが、それは」
……腹いせのランクをもう1ランク上げてもいいかもしれない。
そう思い直したアルだった。
……よくも妾を蚊帳の外に置きおってからに。
※ ※ ※
注文した業火野菜炒めに舌鼓を打ちつつ、一夏は待つ。
その表情は真剣そのものだ。
同じく業火野菜炒めをモゴモゴと食べているアルには、一夏が誰かを待っているという事までは分かった。
が、誰を待っているのかまでは分からない。
何度か聞こうとも思ったが、それも一夏の纏う空気によりできそうにない。
とりあえず、アルがちらちらと一夏を見るたびに、一夏はアルに対して微笑をむけ、「大丈夫」と言ってはいるが、それでも気にはなるものだ。
一体何を、誰に話すのだろうか。
気になる。ひっじょーに気になる。
アルがうぐぐと唸りながらやきもきしていると、食堂の扉が開く。
開いた先から入ってきたのは、一人の少女。
「ただいまー。おじいちゃん、言われてた物買ってき……た……」
「おいっす、久しぶり」
少女は、一夏の存在に気付くと、しばらく呆然とした後、はっとし、そして……
「い、い……一夏さん!?」
盛大に驚いた。
具体的には両手に持っていた買い物袋を取り落とすぐらいに。
「うおおおおお! 卵とか割れるぅぅぅぅぅ!?」
が、それは弾の全力ディフェンスで地面に落下することは防がれた。
もっとも、代わりに弾が体のあちこちを擦りむく羽目になったが。
「お、おい蘭! 買ってきたもん駄目にしたらどうするつもりだ!? しこたま怒鳴られるの俺なんだからな!? 何でか俺なんだからな!?」
当然、弾は少女……蘭に文句を言うが、それを聞いたか聞かないか、蘭は弾を引っ張り上げると食堂の隅へと引っ張っていく。
なお、買い物袋は引っ張られる前に弾が床にそっと置いていたため被害ゼロである。
「ちょっとお兄!? どういう事!? 何で一夏さんいるの?!」
「それを俺に聞くな! 俺だって連絡無しに来て驚いたくらいなんだからよ!!」
「どーすんの!? 私こんな格好見せちゃってるんですけど!? みっともない格好なんですけど!?」
「みっともないって、最近普段からその格好してるじゃねぇか。なんで一夏相手だけにその恥じらいが出てくるんですかねぇ?」
「お兄はお兄、一夏さんは一夏さん」
「一応俺も一夏と同じ男なんだが!? 差別イクナイ!」
「差別じゃないわよお兄。これは区別よ。というか家族にそこらへんの恥持てってどうよ」
「……恥じらいのある妹……イイ!」
「死ね。氏ねじゃなくて死ね」
「……なにあやつ等はコントをしておるのだ?」
「何を話してるのかは聞こえてねぇけど、とりあえずあの兄妹が平常運行してるってのは分かった」
ちなみに、五反田兄妹のやり取りは全て小声で行われているため、一夏達には聞こえなかったりする。
が、表情の変化などはばっちり見えるわけであって、なんと言うか、百面相が面白いなぁ、という感想を一夏は抱いていたりする。
しばらく兄妹の会話は続き、ようやく一段落したのか、蘭は一夏の方へやってくると……
「すみません、なんかばたばたしちゃって」
「いや、気にしてねぇよ。面白いもん見せてもらったしな」
「面白いもの?」
「弾と蘭の百面相」
「うなーーーーーー?!」
先ほどの兄妹のやり取りを見ていたといわれて奇声を発する蘭。
だが、あれで何故見られていないと思っていたのかは謎である。
謎だったら謎である。
「……で、わざわざうちに来たって事は、何か用でもあったんですか?」
露骨な話題逸らしである。
が、あのままからかっていても本題には入れないので、むしろ一夏にとっては好都合である。
「あぁ。まず一つ目は今まで連絡してなかったし、顔見せすっかなぁっていうのを。まぁ、こっちはついでか……もう一つの方が本命だ」
「本命?」
「おう。あぁ、あらかじめ言っておくと、今から俺、蘭にとってすっげぇ残酷な事言うぜ?」
「え?」
一体何を言っているんだろうか。
なんで、わざわざ前置きとして、自分にとって残酷な事を言うと宣言しているのか……?
その残酷な事とは、一体……
そこで、蘭はふと、一夏の向かいの席に座っている少女を見やる。
銀糸を織って作り上げたかのような、長い髪。
翡玉を埋め込んだと思わせるような瞳。
白く、穢れを知らない肌。
……この少女は、一体何者だ?
そこまで考えて、はっとする。
もしかして……いや、でも……
頭に浮かんだ考えは、確かに蘭にとって残酷で、最悪なものだ。
「つーわけで、アル、こっち来い」
「む? ようやく妾の出番か。今の今まで蚊帳の外に放り出されていい加減飽き飽きしていたところだ」
一夏は蘭をよそにアルを呼び寄せる。
そしてアルは一夏の隣に立つ。
この光景を見て、蘭は自分の先ほどの予想が当たりだと確信する。
--蘭は知っている。
織斑一夏が自分の知らない誰かにずっと恋焦がれている事を。
でも、蘭はそれを承知で……
「……蘭、こいつはアル……俺の恋人……いや、それ以上に大事な奴だ」
蘭は、それを承知で一夏に恋をしていた。
いつか、その姿も知らない存在から、自分へと振り向かせて見せると決意し、今の今まで恋をしていた。
……そう、『いた』のだ。
だって、その恋心も、ここで砕かれることになるのだから。
他でもない、自分が恋した一夏の手によって。
「……だから、蘭の気持ちには、悪いけど答えられない……すまねぇな」
あぁ、ほんとに残酷だ。
一夏の今の台詞は、つまり自分の恋心に気付いていたという事なのだから。
気付いていてなお、その恋心を自分が一夏に伝える前に砕いたのだから……
ほんとに、なんて残酷。
「……そう……ですか……」
そうとしか、言えなかった。
続けて何かを言おうとしても、口は嗚咽しか出してくれない。
視界が揺らめく。
まるで水中に潜ったかのように視界はぼやけ、そこで自分が泣いているという事に気が付いた。
それを自覚して、嗚咽しか出ない口を動かして、何とか言葉をつむぐ。
「……ひどい、です……伝えようって、そう思ってたのに、伝える前に、そんな事……酷いです……っ」
「あぁ、だから言ったんだ。残酷な事言うって」
「……えぇ、ほんとに、ほんとうに残酷です……こんなの……残酷です……っ!」
俯き、涙を流す蘭に、一夏はかける言葉を持たなかった。
泣かせてしまった罪悪感は……もちろんある。
でも、あのままずるずると希望を持たせるわけにも行かなかった。
だから、これでいい。
一夏が内心そう思っていると、急に体が持ち上げられる。
見ると、そこには顔を般若のように怒りに染めた、五反田食堂の主であり、弾や蘭の祖父である五反田厳がいた。
「てめぇ、うちの孫娘を泣かせやがったな……?」
「…………」
まぁ、これもあらかじめ予想していた。
厳は孫を愛している。
弾には厳しいことをなんだかんだといい、何かあれば拳骨を飛ばしているが、それも弾への愛情の裏返しだった。
そして、蘭相手には、最早溺愛しているといっても過言ではない。
そんな溺愛している孫を泣かせたのだ。
こうなるだろうな、とは思っていた。
厳がその拳を振り上げる。
しかし、拳は振り下ろされる前に止められていた。
片腕で軽々中華鍋を振るうという技を見せる、まるで丸太のような腕に抱きつき、ぶら下がるような形になった弾によって。
「おいじじい! 何しゃしゃり出てやがる?!」
「弾! 何で止めんだよ! 蘭泣かせやがって、一発殴んねぇと気がすまねぇ!!」
「ふざけんな! こいつは一夏と蘭の問題だろうが!! 外野が首突っ込んでいい問題じゃねぇんだよ!!」
「んな理屈あるか!!」
「あるんだよ! クソジジイ!! 蘭を溺愛してるのは分かるけどよ、それとこれとは別問題だろうが!! いいからひっこめよ!! 」
「てめぇ、祖父に向かってふざけた口聞くじゃねぇか!!」
「尊敬できる相手にならいくらでも敬意なんざはらってやらぁ!! だが今のあんたはまるで尊敬できねぇよ!! 当人同士の問題にしゃしゃりでて、殴って解決させようなんざ尊敬できるかボケ!! 祖父だからって無条件で敬意払ってもらえるなんざ勘違いしてんじゃねぇ!!」
「弾、テメェェェェェェェェェ!!」
「……いい加減にして!!」
弾と厳の言い争いがヒートアップし、厳の拳の標的が一夏から弾に変わろうとしたまさにその瞬間、厳をとめたのは他でもない、蘭の叫びだった。
「いい加減にしてよ! お兄の言うとおり、これは私と一夏さんの問題!! おじいちゃんは関係ない!!」
「だ、だがよ……」
「……悲しいよ! すっごい悲しいよ! でも、覚悟はしてた!! だって知ってたもん! 一夏さんが私が知らない誰かにずっと恋してたって!!」
そこまで涙ながらに叫ぶと、蘭は深呼吸をして、そして涙を流したままの瞳で、それでもまっすぐ厳を見る。
「だから、ここでおじいちゃんが一夏さんを殴るのを認めたら、私が恥ずかしい女になっちゃう! ……私をそんな女にしないでよ……!」
それっきり蘭は俯き、言葉は無かった。
ただただ、蘭の嗚咽が響くだけだった。
「……一夏、とりあえず」
「おう。行くぜ、アル」
「う、うむ……」
弾は、しばらく蘭を見つめていたが、一夏の方へ向き直り、一夏を店の外へと連れて行く。
一夏は弾に頷き、店の外へ向かい、いきなり起こった光景に唖然としていたアルも一夏の言葉に正気に返り、一夏の後をついて行く。
「……こう言っちゃあれだが、俺はむしろ感謝してる。ありがとな、蘭を振ってくれて……って言うのはおかしいか」
「てっきり、お前も怒るかと思ってたぜ」
「俺は、まぁ知ってたしな。それに……蘭、見てられなかったからさ。お前さんはずっとその子の事を思ってて、それ以外には見向きもしないってのに、自分に振り向かせようってしてるあいつが、見てられなくって……痛々しく見えてきてさ。だからこれでいいんじゃねぇかって、俺は思ってるんだ」
そういうと、弾は空を見上げる。
「だからさ、もううちに近寄らなくなる、なんてしないでくれよ? まぁ、しばらく気まずいだろうけど、蘭も覚悟してたみたいだしな。あのじじいは、まぁ何とかしとくからさ」
「サンキュ、弾」
「なぁに、ダチだからな……っと、そろそろ俺は戻るわ。わりぃけど今は……」
「おう、分かってる。じゃあな、弾」
一夏に軽く手を上げて返事をすると、弾は店の中へと戻っていく。
それを見届けた一夏は、しばらく空を見上げた後、店に背を向けた。
「……これでよかったのか、九郎」
「一夏って呼べっての……まぁ、覚悟はしてた。いいかどうかは……どうなんだろうな」
「そうか……」
そんな顔でそう返されてしまっては、それ以上何も言えないではないか……
「でも、遅かれ早かれこうなってただろうよ。お前と再会したんだしよ」
「……そうか」
そんな、つらそうな顔で言われては、妾には何も言えないではないか。
なぁ、九郎よ……
さよなら、私の恋心。
※ ※ ※
えー、おおよそ2ヶ月、更新できずじまいで申し訳ありませんでした。
なんだかんだで12月終わりごろに再就職が決まり、それから新しい職場の環境、新しい職場での仕事を覚えるとやる事ずくめで、ろくに更新作業が出来ませんでした。
それに、今回の話自体が結構難産だったというのもありますけど。
と言うわけで、今回の話は蘭との関係にケリをつける話でした。
いやぁ、厳さんの扱いに手間取った手間取った。
難産の理由の8割が厳さんのせいです
そんな手間取りながら作った話ですので、突っ込みどころは一杯あると思います。
そこら辺はご了承の程を。
……え? 何で五反田兄妹今の今まで出なかったかって?
……いえ、特に理由はないですよ?
存在を忘れてたなんてあるはず無いじゃないですかやだー