インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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魔を断つ剣


さぁ始めようか。
荒唐無稽な御伽噺を


39 DEMONBANE

「……あぁ」

 

セシリアは『それ』を見て、無意識のうちにため息をついた。

それは、呆れなどの感情から来るものではなく、紛れも無く安堵の感情から来るものだ。

 

セシリアは、否、覇道瑠璃は知っている。

その鋼の威容を。

鋼でありながら、確固たる断魔の意思を込めたその双眸を。

 

……邪神の一流脚本(シナリオ)を砕く、荒唐無稽な三流脚本(御伽噺)を。

 

「……皆さん、顔を上げてくださいな」

 

ゆっくりと、囁くように……されど、確かに誰の耳にも聞こえるように、セシリアが口を開く。

 

「怒りを忘れろなどと言いません。恐れを捨てろなどとも言いません……ですが、信じましょう。決して、我々は負けぬのだと」

「お嬢様、なにを……?」

 

ラウラの言葉に答えず、セシリアは語る。

 

「ええ、負けません。負けなど……すでに訪れるはずもありません……彼が、彼等が戻ってきたのなら……我等は……負けない!」

 

今までに見た事が無いセシリアの様子に、その場の全員が首をかしげる。

そう、まるで御伽噺をせがむ子供のように、今のセシリアは興奮を隠そうともしていないのだから。

セシリアの瞳はずっと、海中から現れた『それ』を見つめている。

 

「……其は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙。其は流された血を舐める炎に宿りし正しき怒り。其は無垢なる刃……お帰りなさい……デモンベイン!」

 

 

※ ※ ※

 

 

閉じていた目を開く。

目に入るのは、かつて自分が駆った、あのデモンベインのコックピットの光景。

前方やや下方には、いつものようにアルがまたがっている。

しかし、これは現実の光景ではない、あくまで一夏のイメージが映像となっているだけだ。

 

そして感じる、今まで以上の一体感。

以前までと違い、まるで自分がデモンベイン自身になったかのような、そんな全能感。

サイズが以前の物と違い、ISサイズにまでダウンサイジングされているため、以前のようにコックピットに乗り込むという事は出来ない。

 

ならば今、一夏はどういう状態なのか?

今、一夏は文字通りデモンベインと一つになっている。

 

量子転換。

 

ISに当たり前に使われているその機能を応用し、自身を量子転換し、デモンベインの一部となす。

 

鋼の装甲は一夏の肌。

全身をめぐるように流れる水銀(アゾート)は一夏の血。

燃える双眸は、一夏の瞳だ。

 

自身の目となった瞳に入り込むのは黒雲に覆われた空と、その空を支配する邪悪。

今まさに、目の前に世界を侵す邪悪がいるのだ。

 

だが……何故だろうか、負ける気がまるでしない。

理由はすぐに思い当たる。

 

アルがいる、デモンベインがいる。

 

ならば、俺が負けるなどという事はありえない!

 

「全システムチェック完了……うむ、多少以前と異なるが、良好だ! 九郎!!」

「応よ!!」

 

頭部から雄々しく天へと突き出すようにあるブレードアンテナから、緑の光を放つ鬣が現れ、揺れる。

 

--それだけで、福音がたじろいだように後ずさる。

 

背部に存在する赤い翼……シャンタクがその存在を誇示するかのように一回羽ばたく。

 

--それだけで、空を覆う黒雲が吹き飛ばされた。

 

既に、ここは光差す世界。

そんな世界に、暗黒など住まう場所があろうか?

 

否! 否否否!!

 

住めぬ、住まわせぬ。

 

彼等がそれ許さぬのだから!

 

「アル! モード『D.Ex.M(デウス・エクス・マキナ)』!! 相手は外なる存在……全力で行く!!」

「了解! 行くぞ!!」

 

一夏の言葉に、アルが答え、アルの言葉と同時にデモンベインの双眸が光る。

 

モード『D.Ex.M』。

 

デモンベインと言う『IS』が邪神、ならびにそれに連なる者共と戦うために、制限していた機能を開放した状態。

すなわち、この機能を発動させた今、デモンベインは『ISサイズの鬼械神』となる!!

 

「断鎖術式、壱号『ティマイオス』! 弐号『クリティアス』!!」

「時空間……歪曲!!」

 

瞬間、デモンベインの姿が消えた。

福音は消えたデモンベインを探そうと周囲を策敵し……

 

真正面から向かってきていることに気が付く。

 

真正面から、まっすぐに、少しもぶれる事無く自身へと向かってきている。

そして自身に突き出されているのは……足。

 

 

--時間と空間には密接な関係がある。

 

時間が歪めば空間は歪み、その逆もまたしかりだ。

そして、歪んだ物が元に戻ろうとするのもまた道理。

その際、歪みが大きければ大きいほど、元に戻ろうとする際の力も大きくなる。

 

脚部に備えられた脚部シールドである断鎖術式『ティマイオス』『クリティアス』

 

この機構の効果範囲では、常に時間は未来へ進んだかと思えば、過去へとさかのぼり、また未来へ進むを繰り返す。

……はたしてそれは正しい時間の流れと言えるか?

否。それは決して正しい流れではない、歪んだ流れである。

そうして歪められた時間に引きずられ、空間もゆがみ始める。

その歪んだ空間が元に戻る際の衝撃は、福音をしてデモンベインの姿を見失うほどまでの加速を実現する。

 

……では、そこまでのエネルギーを相手に直接叩き込んだ場合、はたしてどうなるだろうか?

 

デモンベインの繰り出した蹴りが、福音にあたり、あたった足を通じて時空間歪曲エネルギーが福音に流れ込む。

それは瞬く間に福音ならびにその周囲の時間、空間を歪ませ……そして元に戻る。

 

そう、これは、ティマイオス・クリティアスを用い、それが起こす時空間歪曲のエネルギーを相手に叩き込む近接粉砕呪法。

すなわち!

 

「「『アトランティス・ストライク』!!」」

 

瞬間、福音は文字通り吹き飛ばされる。

盛大に歪められた時空間が元に戻った際の衝撃は、其れほどまでに強烈だったのだ。

 

「逃がすかよ!!」

 

シャンタクが一回羽ばたき、そしてデモンベインが空を翔ける。

その速度たるややはり福音と同等……否、それ以上。

 

福音もそれをみて、曲線的な軌道、鋭角的な軌道を織り交ぜ、何とか食いつかれまいと、追いつかれまいと空を飛ぶが……其れも最早無駄な抵抗だ。

 

再び、空間が爆ぜる。

その衝撃により、デモンベインは速度を維持したまま鋭角的軌道を描くことを可能とする。

さながら、稲妻の如くジグザグの軌道を描き、再び、デモンベインは福音を捕らえた。

 

『〇!√#ゝ+*!!!』

 

福音の背中に取り付く落とし子が、その表面に無数の瞳を出現させ、それを全て見開かせる。

そして発せられる異界の言葉。

普通の人間にはもはや言語であると理解できないそれは……紛れも無く、落とし子の恐怖の叫びだった。

 

「そういえば、貴様は九郎をこれでもかと串刺しにした挙句、海に叩き落したのだったなぁ……?」

 

アルが声のトーンを低くし、落とし子に言い放つ。

 

「串刺しは出来ぬが……代わりに切り刻み、そして同じように海に叩き落としてくれるわ!!」

 

デモンベインの右手に炎が走り、バルザイの偃月刀が顕れる。

そして、アルが一時的にデモンベインに制御を取り上げ、福音ごと落とし子を切り刻み始める。

 

「ふ……ふふふ……っ! ふふふふふふふっ! ふぁーっはっはっはっは!! あーっはっはっはっは!!!(注:ヒロインの笑い) 今の今まで出番をもらえずにいただけなのに『出待ちか?』 『なんという出待ち』などと言われ続けた怒りもついでにぶつけてくれるわ!! と言うかなんだ出待ちって! 好きで今まで出てこれなんだ訳ではないわ! 40話近くもまともに出て来れなかったのは決して、断じて! 妾のせいではないわぁ!!」

「あの、アルさん? アルさーん?」

 

一夏の声も届いていないのか、アルはそのまま福音を滅多切りにすると、足を振り上げ……

 

「さぁ……墜ちるがいい!!」

 

かかと落としのようにアトランティス・ストライクを放ち、福音を宣言どおり海に叩き落した。

 

「さぁ終わらせるぞ! 九郎!!」

「応よ!!」

 

福音が海から上がってくる前に、デモンベインは自ら海面へと降下していく。

そして、丁度福音が海から上がってきたと言うタイミングで、デモンベインは福音の頭上を取る。

そして……そのまま落とし子に手をかけた。

 

「まずは! てめぇを引っぺがしてやらぁ!!」

 

そして、そのまま腕に力を込め、落とし子を引っ張り始める。

わざわざ引っぺがす理由は、言わずとも分かるだろう。

 

福音もISであり、つまり操縦者がいるわけで、下手に落とし子ごと倒すとなれば操縦者がどうなるか分かったものではないからだ。

それを抜きにしても、外なる存在の瘴気から一秒でも早く引き剥がしたいと言う思いもある。

 

落とし子は抵抗し、福音の背中にしがみ付くが、力負けしているのか、徐々に引き剥がされていく。

そして……

 

「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

デモンベインはそのまま落とし子を引き剥がすと、空に向かって放り投げる。

 

「福音は任せた!!」

 

セシリアにそう通信を送ると、すぐさまデモンベインは落とし子を追いかけるように急上昇。

アトランティス・ストライクでさらに上空へと落とし子を運んでいく。

そして、何をしようと誰も被害を受けないであろう高度まで到達すると同時に、落とし子を蹴り飛ばす。

 

「アル! レムリア・インパクト、行くぜ!!」

「了解!! ヒラニプラ・システム、アクセス!」

 

アルが一夏の要請に答え、デモンベインの右手に秘められた機構を作動させる。

そして、かつての世界で最終決戦直前に覇道瑠璃から託された解除キーを用いて全制限を解除。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

瞬間、デモンベインの中で荒れ狂う魔力。

しかし、それは一夏達を止めるほどではない。

荒れ狂う魔力を集め、束ね、右手へと流していく。

 

両手の指を剣指とし、それを頭上へとあわせたまま持ち上げ、そこから両腕を開くように動かす。

それにあわせて、デモンベインの背後に顕れるのは巨大な旧神の紋章。

紋章が顕れると同時に、落とし子とデモンベインの周囲を結界が覆う。

周囲への被害を極力防ぐと同時に、これから叩き込む攻撃の威力を余す事無く相手へとぶつけるために。

 

天上へ伸ばされた右腕が徐々に、下がっていく。

 

「光射す世界に、汝ら暗黒棲まう場所無し!!」

 

その言葉と同時に、デモンベインはまるで右手を相手に見せ付けるように開き、腕を突き出す。

その開かれた右手のひらには、膨大なエネルギー……別次元宇宙から取り出した無限熱量が収束している。

 

「渇かず、飢えず、無に還れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

右手を振りかぶり、デモンベインが落とし子へと突撃する。

其れに対し、最早落とし子は抵抗する術を持たない。

 

「ーーーーーーーーーーっっ!!」

 

ただただ、声にならない声をあげるだけだ。

 

これこそが、無限熱量を相手に叩き込みそれにより塵一つ残さず相手を『昇華』させる、第一近接昇華呪法。

 

「レムリアァァァァ……インパクトォォォォォォォ!!」

 

デモンベインが、右手のひらを落とし子に押し付ける。

其れと同時に、手のひらの無限熱量が落とし子を包み込み、徐々にその身を消滅させていく。

そして……

 

「昇華!!」

 

アルの音声に反応し、結界が収縮。

その後、叩き込んだ熱量が弾け、周囲一帯ことごとくを焼き尽くした。

当然、その爆心地とも呼べる地点にいた落とし子がその存在を維持できるはずも無く、塵さえも燃やし尽くされ、文字通り昇華した。

 

はるか上空で炸裂したにもかかわらず、レムリア・インパクトの衝撃は海面を叩き、海水が弾け、周囲に飛び散るほどだった。

飛び散り、まるで雨のように降り注ぐ海水に、おもわず腕で顔を覆う専用機持ち達。

そして、海水の勢いが弱まったところで、全員が空を見上げた。

 

ゆっくりと、海水が反射する光の粒を纏い、デモンベインが降下してくる。

その姿はまるで絵画のように神々しく、誰がいったかはわからないが、確かに誰かが呟いた。

 

「……かみさま?」




と言うわけで、普段よりちょっと短めですが、39話です。

いやぁ、長かった。ここまで本当に長かった。
あと1話2話ぐらいで臨海学校編は終了となります。

臨海学校編が終わったら、夏休み編とか、ちょいと時間をさかのぼって35話でちらりと話題に上がっていたシャルさんの専用機の話とかについてをやろうかなと思います。

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