インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
それは求めた片割れ
ようやく……ようやくでてきた!
作戦へ向かう一夏達を見送り、箒は憂鬱な表情を隠そうともしなかった。
ただ、彼等の背中を見送るしか出来ない自分が悔しかった。
--戦いたい。一緒に……皆と、一夏と……
しかし、千冬にはでることは禁じられ、結局箒は旅館へ戻ることしか出来なかった。
そんな彼女に背後から忍び寄る影。
その影は箒ににじり寄ると、そのまま襲い掛かり……胸をもみ始めた。
「!?!!?!?!!?」
「おおう何と言うやわらかさ、そして大きさ。箒ちゃんの胸は実際豊満であった」
すぐさま背中に仕込んでいた竹刀を取り出し、まずは後に向かって蹴りを繰り出す。
そのけりは不届き者の脛にあたり、不届き者はその痛みから箒の胸をもむ手を放す。
そのまま振り向き、先ほど取り出した竹刀にてから竹割り。
竹刀はそのまま不届き者がはやしている鋼鉄の兎耳の間に吸い込まれるように当たった。
脛の痛みに続いて、頭の痛みにも悶える不届き者。
それに蔑みの視線を向けつつ、箒は言い放った。
「……殴りますよ? 姉さん」
「も、もう十分に打ってるよ? 箒ちゃん……」
不届き者……束はようやく痛みが引いてきたのか、何とか立ち上がる。
「おお、まだ痛いや……で、箒ちゃん、何してるの? ここで」
「何、とは?」
「うん、せっかく箒ちゃんに紅椿上げたのに、なんで箒ちゃんはここにいるのかなぁって。いっ君と一緒に行かなかったの?」
束の言葉が、箒に突き刺さった。
「……私は素人ですから、ここではお呼びで無いですよ」
「えー、紅椿ならあんなやつちょちょいのちょい何だけどなー」
「……姉さん、誰と戦うか知ってるんですか?」
情報が決して漏れないようにしていたはずだが、なぜ無関係なこの姉が知っているのだろうか?
「便利だよねー人の情報見れるって」
「もしもし、警察ですか」
「わーわー!! シャレにならないからヤメテ!」
ハッキング行為という犯罪をやりましたと胸を張って言ってのけた姉に対し、箒は携帯を取り出しガチで110番。
しかし、携帯を取り上げられ、電源を切られたため、通報は叶わなかった。
「ふぃー……って、こんな漫才も程ほどにしておこうかな?」
箒から携帯を取り上げた束はしばらく息を整えると、不意にまとう雰囲気を変えた。
それを感じ、箒は……背筋に氷を突っ込まれたかのような感覚を受けた。
なんだ、なんだこの感覚は……こんなの……こんなのは……
「箒ちゃん……こんなところにいたら、いっ君がどんどん離れていくだけだよ?」
「で、でも、織斑先生が……」
「……ふぅ、箒ちゃん? いや、篠ノ之箒……」
束の言葉に、箒がしどろもどろに返す。
その言葉を聞いた束は、ため息一つつくと、口を開いた。
「『行け』」
「……っ! ……はい」
束の声と別の誰かの声が重なった、人間ではありえない声。
それを聞いた瞬間、箒の意識は闇に沈み、体は箒の制御を離れる。
うつろな目をした箒はふらふらと旅館を出ると、紅椿を起動させ、戦場へと向かっていった。
残ったのは……三つの炎を顔に燃やす闇。
「やれやれ、こういった修正も必要だからめんどくさいんだよね……」
闇はそういうと、嗤った。
「でも、それを望む演出に修正する……それもまた演出家の醍醐味って奴だろう? ……君たちもそう思うよね? ご覧の諸兄の皆様?」
闇は嗤いながら、『こちら』をみてそう言い放つ。
狂ったフルートの調べが、聞こえてきた……気がした。
「そうそう、そろそろ仕込みも花開く頃じゃないかな? ……はてさて、向こうはどうなりますことやら……皆々様、乞うご期待あれ!」
※ ※ ※
墜ちていく、落ちていく……
一夏が落ちる場面をみて、箒はただただ唖然とするしかなかった。
なぜ、なぜこんなことになっている?
箒は決して馬鹿ではない。
先ほどの鈴音の言葉から、何故こうなったのか分かりきっている。
しかし、認めたくない。
だって、だってそうだろう?
一夏の隣で戦いたいと思っていただけなのに、そんな自分が、一夏の邪魔をしたなんて……
「ああ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
箒はただ、叫ぶしか出来なかった。
※ ※ ※
墜ちていく、落ちていく……
セシリアとシャルロットは、一夏の落ちていく様子を見て、ただ叫ぶことしか出来なかった。
初めはなんとか福音を一夏から引き剥がすことが出来たのだ。
そして一夏に銀の鐘を破壊され、機動力の大半を失った福音ならば、今のセシリアたちでも捉えることは可能。
故にこのまま福音に攻撃を加えつつ、一夏を安全な場所まで……
しかし、ここで予期せぬ事態が起きた。
破損した銀の鐘からぶくぶくと黒色の泡のようなものが吹き出し、銀の鐘を覆っていく。
泡はしばらくすると割れて消え去るが、割れた後からは、傷一つ無いしかし黒く染まってしまっている銀の鐘が見えている。
じょじょに修復されているだけでなく、何かしらの変化が現れているのだ。
それをみたシャルロットは、あの泡を見てはいけないと本能的に察したのか、すぐさま視線をそらす。
そしてセシリアは、その泡に向かってレーザーを放つ。
少しでも修復を遅らせることが出来るのではないかとの期待をこめて放たれた攻撃は、しかしまったく意味を成さない。
泡を消す速度より、泡が現れる速度の方が余りにも速い。
そして、泡が完全に銀の鐘を覆い、そして泡がいっせいに割れた。
そこから現れたのは、損傷が無くなった銀の鐘……しかし、その色や形状さえも、先ほどまでと大きく変わっている。
先ほどまでは福音の名の如く、眩く、神々しさを感じさせた銀色の翼は、今では禍々しさを感じさせる黒い、まるで悪魔の翼のように変わってしまっている。
「黒く不定形であり、何者にも、何にでも姿を変える……まさか、ツァトゥグァの不定形の落とし子!?」
セシリアは冷や汗を流す。
まさかこのタイミングで奉仕種族が出てくるとは……
黒く染まった銀の鐘は、セシリアの言葉に同意するかのように蠢き、黒く粘つく触手や鉤爪を形成する。
「セ、セシリア……あれ……なんなの……?」
シャルロットの声が震える。
いや、声どころか全身が震えている。
当然だろう。
あれは邪神に使える奉仕種族。
字面だけを見るととても危険層には思えないが……人知の外にある奴等を人知の内の考えでくくってはならない。
特にこの不定形の落とし子は肉食を好む凶暴な奉仕種族だ。
あの触手につかまりでもしたら……その結末など想像もしたくない。
「……シャルロットさんは下がってくださいな」
だから、セシリアはシャルロットに一夏を頼み、下がらせる。
邪神、そしてそれに連なる者たちと戦うのは、今のシャルロットでは不可能。
原初の恐怖に侵され、犯され、とても戦える様子ではない。
だから、一夏が戦えない今、自分が戦うのだ。
そう意気込み、戦い始めた。
だが、やはりまともな戦いにならなかった。
不定形の落とし子が変じたものとはいえ、銀の鐘のスラスターとしての機能は健在でその速度にセシリアは翻弄される。
そして、セシリアを蹴り飛ばした福音はそのまままっすぐ……恐怖に震えているシャルロットに向かっていった。
「!? させませんわ!!」
すぐさまセシリアが福音を追うが、追いつけない。
ならばとレーザーライフルを放つが、そのどれもを回避されるか、もしくは銀の鐘が変じた黒い盾に防がれてしまう。
やがて、福音がシャルロットの目の前でとまる。
「ひっ!」
目の前に現れた、未知の存在。
その恐怖に、シャルロットは震えることしか出来ない。
ゆらり、と鉤爪が動き、シャルロットへ向けて振るわれる。
黒く粘つきながらも、爪の部分はむしろ鋭く黒光りしている。
それを見て、シャルロットは恐怖する。
--殺される……!
本能が叫ぶ。
こいつには、ISのシールドなんてまったく役に立たないと。
そんな物……こいつには紙ほどの障害にもなら無い、と。
余りの恐怖ゆえに、体はまったく動かない。
恐怖ゆえにまぶたを閉じることすらも出来ず、ただただ鉤爪が自分に振るわれる様を見つめることしか出来なかった。
「……あ」
そして、赤い血が舞う。
「……がはっ」
「……い、いち、か……?」
しかし、シャルロットには傷一つ無い。
傷を負ったのは……シャルロットに抱えられていたはずの一夏。
その体には鉤爪食い込んでおり、そこからは今でも血液があふれ出している。
シャルロットの声に、一夏は痛みに歪んだ笑顔を見せながら、口を開く。
「よ、よぉ……怪我、ねぇか?」
「ど、どうして……なんで……」
「さぁ、な……勝手に、体が動い……っ!?」
一夏の言葉は、最後まで続かなかった。
福音が新たに槍のように尖った触手を生み出し、それで一夏の体を貫いたのだ。
「ぐがっ……!?」
それにとどまらず、福音は槍状触手を抜くと、再び突き刺す。
まるで、先ほど翼を破壊された恨みを晴らすかのごとく、執拗に。
最早一夏は悲鳴すら上げられない。
そして……
「…………」
最後にもう一度、勢いよく一夏を突き刺した福音は、一夏が動かなくなったことを確認すると、そのまま海に向かって投げ捨てた。
「あ……あぁ……!」
落ちていく。
まっすぐに、海に、暗い闇に、一夏が落ちていく。
「一夏さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「一夏ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その光景をみた二人はただただ叫ぶしかなかった。
※ ※ ※
堕ちていく、落ちていく……
体は重く、まるで何かに体中を掴まれているかのようだ。
(……あれ、俺、なんで……)
ぼんやりと、一夏は目を開ける。
視線の先には、じょじょに小さくなっていく光。
それは、海面に差し込む夕日の光だった。
それがじょじょに遠ざかっている、つまり……
(あぁ、俺……沈んでるのか……)
妙に他人事だった。
本来なら、焦るべき事態なのだろうが、しかし体がまるで動かず、思考もぼんやりとしており、考えることが億劫だ。
視界に、赤い煙のようなものが立ち上っているのが見える。
それは自身の体からあふれ出ている、血液だ。
(なるほどなぁ、血が流れて足りないのか……そりゃだるいし、頭もぼんやりするわけだ……)
思考は時間が経つほどにぼんやりとなり、体のだるさも増していく。
(……俺、死ぬのかな……)
ぼんやりとした思考の中、自分に死が近づいていることだけは明確に分かる。
だが、それでも、力の入らない体ではどうしようもなかった。
じょじょに、じょじょに落ちて行く。
やがて、視界も闇に閉ざされ始め、意識も遠のいていく。
そんな中、最後に想った事は……
(……アル)
最愛の伴侶の事だった。
『勝手に死ぬな! このうつけがぁぁぁぁぁぁ!!』
やけに近くに、求めている存在の声が聞こえた気がした。
※ ※ ※
「……ん」
気が付くと、一夏は砂浜でうつぶせになって倒れていた。
先ほど比べ、頭もすっきりしており、体も軽い。
「……これは……死後の世界?」
とり合えず、うつぶせ状態では何も始まらないため、起き上がり、体についた砂を払い、周囲を見渡す。
人っ子一人見当たらない場所だ。
ただ、広い海と白い砂浜が広がっている。
「なんつーか、現実味の無い光景だな、おい」
しかし、ほんとにここは死後の世界なのだろうか?
一夏は自身が想像していた死後の世界との違いに首を捻る。
「……~~っ!!」
「……~~っ!?」
ふと、どこからか声聞こえてきた。
声からして、それほど遠くは無いようだ。
声がしているほうへと向かう。
人がいるなら、ここがどこなのかを聞こうと思ったからだ。
声が、徐々に近づいてくる。
「……から……と……だ!」
「で……そん……!!」
「……この声は」
聞こえてきたのは、女の声。
一つは大人の女性であろう声。
しかし、もう一つの声は……
「まさか……!」
一夏の歩みが早くなる。
声が、じょじょに大きくなる。
「くど……! こ……ていた……! みてら……!!」
声が、徐々にはっきりとしてくる。
間違いない。
一夏はただひたすらに走る。
そして、ついに声の発生場所にたどり着いた。
それと同時に、叫ぶ。
「っ! アルーーーーーーーーー!!」
そうして叫んだ一夏が見たものは。
「ええい! いいからさっさとコアの主導権を渡さぬか! このうつけがぁぁぁぁぁ!!」
「絶対にいやですぅぅぅぅぅぅ!!」
「お姉ちゃん達喧嘩しちゃやだーーーーーー!!」
なにやら白銀の鎧を着た女性を四つんばいにさせ、その背中に乗っている少女と、そんな二人のそばで大泣きしている白いワンピースを着た幼い少女。
「……何やってんのアルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」
一夏はそう突っ込みながら、走ってきた勢いそのままにすっころんだ。
それを見て、三人は一夏の方に視線を向ける。
「……九郎?」
そんな中、女性の背中に乗っていた少女が呆けたように一夏を見つめ、そう問う。
「……よ、よう、アル」
なんか締まらねぇ再会だなと内心思いながらも、一夏は立ち上がり、少女に声をかける。
その声を聞いた少女……アル・アジフは感極まったように瞳に涙をため、駆け出す。
「九郎……九郎ーーーーーー!!」
「アル……!!」
そして、アルが九郎に飛びつくように抱きついた……と見せかけて。
「この……うつけがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぶげろっぱぁ!?」
思い切り殴り飛ばされた。
「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
それを見ていた女性と少女は思わず口をあんぐりとあけて唖然としてしまった。
殴り飛ばされた後、マウントポジションを取られ未だに殴りつけられている一夏は思う。
(……なんぞこれ)
そんなの、こちらが聞きたい。
と言うわけで、苦節37話目にしてようやくアルさんが出てきました!
ふ、ふふふ、まさか40話目前になるまで出せないなんてクラッチも吃驚です。
この話考えた当初は25話目くらいにはもう出てたはずなんだけどなぁ