インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
海には余りいい思い出が無いね、彼は
「海だーーーーー!!」
「静かにしろ」
そう叫び、千冬がどこからか取り出した出席簿の投擲を受け気絶したのは一体誰だったか。
「あ、相川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「メディック! メディィィィック!!」
「傷は深いわよ! 清香ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くそっ! いったい誰がこんな事を……!」
「なんてことを……これが人間のやることなの!?」
「ほう? 文句があるようだな小娘共」
「「「「「あるわけ無いじゃないですかやだー!」」」」」
「そうかそうか、それは良かった……が、貴様等も騒いだからな、同罪だ」
「「「「「HEEEEYYYY! あァァァんまりだァァァァ!!」」」」」
……どうやら最初に叫んだのはクラスメイトの相川清香だったらしい。
そしてそんな清香をダシに騒いだクラスメイトも同じ末路を辿る。
……あ、今五回轟音が聞こえた。
そんなバスの中の騒ぎをよそに、一夏は窓から見える海を見やる。
「……綺麗だな」
視界一杯に広がるのは日差しを乱反射する海。
そこにはかげりなど一切無く、記憶の彼方にあるあの海のように気味の悪い離島も無い。
正真正銘、バカンスに最適な海だ。
その光景を見て、一夏は純粋に美しいと思う。
あの世界が嫌だったわけではない。
ただ、あの世界ではどこにも必ず魔術が、闇が裏側に潜んでいた。それゆえ、ぱっと見綺麗だとしてもその裏にある闇がどうしても美しさに陰りを作る。
しかし、ここにはそんなものなど無い。
それゆえ、純粋に美しいと感じたのだ。
この海には臨海学校……まぁ、早い話が校外でのIS装備の試験のためにきたのだが、それは翌日であり、今日は自由時間がある。
「……楽しまないとな」
きっと、この海ではそんなトラブルとかは起きないはずだから。
……が、彼自身忘れていた。
彼がいかに厄介事を引き寄せるのかという事を。
※ ※ ※
程なくしてバスが一行がたどり着いたのは海に程近い一軒の旅館。
外観から見ても相当な広さであり、普通に止まるとなると果たしていくら取られることだろうか。
バスから降りた生徒達は千冬先導の元旅館の入り口をくぐる。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました、皆様」
入り口をくぐるとそこには着物を着た従業員がずらりと並んでおり、おくから一人の女性が歩み寄ってきて挨拶をする。
どうやら彼女がこの旅館の女将らしい。
千冬もそれに習って礼をする。
「こちらこそ、見ての通り騒がしい連中ですが、よろしくお願いします。それと今年は急に無理を言って申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらずに……そちらの方が、あの……?」
女将の視線が自分に向いていることに気が付いた一夏は、女将に対して頭を下げる。
「織斑一夏です。なにやら自分のせいで無理をさせてしまったようで申し訳ありません。短い間ですがよろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いします。礼儀正しい、いい子じゃありませんか」
「いえいえ、まだまだ至らぬところのある愚弟ですよ」
内心、千冬の物言いにひでぇと思いながらも、しかし千冬の表情が自慢げなのを見てまぁいいかと思い直す。
千冬としても、弟が褒められるのは嬉しいらしい。
その後も何度か女将とやり取りをかわした千冬は生徒達の方に振り返ると、口を開く。
「さて、それではしおりに書いてある部屋割りどおりに解散だ! 荷物を置いた後は……喜べ、お望みの自由時間だ、海へでて遊ぶもよし、部屋で休んでいるも良し、思い思いにすごせ! ただし、IS学園の生徒であるという自覚を忘れず、節度ある行動を心がけろ……では、解散!」
千冬の言葉で生徒達は旅館内の自分に割り振られた部屋へと向かう。
一夏も部屋へ向かう……訳でもなく、千冬の元へと向かう。
何故か?
それはしおりに一夏の部屋割りだけかかれていなかったからだ。
「織斑先生、俺の部屋割りですけど……」
「あぁ、お前の部屋は私と山田先生と同室だ」
「はぇ?」
何ゆえ生徒である一夏が教師である千冬と同室なのか。
いくら姉弟とはいえ……などと思っていると、千冬はため息をつきつつ言う。
「お前を普通の部屋に割り振った場合、明らかに女子どもに襲撃を食らうだろうよ。と言うわけで、私達と同室だ。こうすれば馬鹿をしでかす輩も出ないだろうしな」
「なるほど……」
確かに千冬の言うとおりだろう。
現に、一夏の部屋が教師と同室であるという事で明らかに肩を落としている生徒が多数。
彼女等はどうやら一夏の部屋への襲撃を画策していたようだ。
まぁ、その計画もこの場で潰えたわけだが。
そんな生徒達を横目に、一夏は旅館の奥へと進んでいく千冬の背中を追いかけた。
※ ※ ※
荷物を部屋に置き、旅館で引きこもるのもどうかという事で海に向かおうと廊下を歩いていた一夏は、旅館の中庭をじっと見つめている幼馴染を見つけた。
「箒? 何見てんだ?」
「あぁ、一夏か、あれだ」
箒が指差した先には旅館の中庭。
その一角に、異質なものが置いてある。
……機械仕掛けの兎耳だ。
どっからどう見ても兎の耳だった、鋼鉄製の。
「……あれって」
「しらん」
「いや、でも……」
「しらん」
あれを設置した下手人の関係者であろう箒に声をかけるが、彼女は関与を否定。
自分には関係ないことだといわんばかりにさっさとと立ち去ってしまった、
そんな彼女の背中と兎の耳を交互に見て、一夏は……
「……触らぬ神に祟り無し」
同じように立ち去った。
中庭に一陣の風が吹き、鋼鉄製の兎耳を揺らす。
やがて、耳の揺れが大きくなっていくと、地面が盛り上がり、現れたのは……
「ちぇー、せっかくドトン=ジツ使って潜ってたのにぃ」
一人の女性。
その成熟した体を不思議の国のアリスもかくやと言わんばかりの格好に包んだ、そんな一歩間違うと痛いとしかいえない女性。
「まぁ、ほーきちゃんは無視するって予想してたけど、いっくんまで無視するなんてなぁ……」
「「ほんとに……酷い
誰にも気づかれずに、闇が嗤った。
※ ※ ※
海に出てきた一夏は、日差しの強さに目を細める。
天気は快晴。
屋内から出てきたばかりの一夏の目にはまぶしいくらいだ。
やがて目が慣れるとそこに広がるのは……
「……なんつーか、ここまで来ると目の毒だな、おい」
各々が思い思いの水着を着ている女子の姿。
何人かは一夏を見つけると手を振ってきて、また何人かは恥ずかしげに身をよじり、また何人かは見せ付けるように大胆なポーズをとる。
おい、ポーズ取ってる連中、己等は何をしとるか。
とりあえず海には来たがまだ泳ぐ気は無かった一夏は手近な木陰に非難。そのまま座り込む。
「さっそく日陰に飛び込んでますわね、この日陰者」
「るっせ、俺みたいな奴は日陰が丁度いいんだよ」
しばらく呆然と海を見ていると、セシリアが近づいてくる。
その身は以前買い物のときに買った青いビキニに包まれていた。
ただでさえ、同年代の少女よりも育っているその肢体がビキニに包まれていると言うのは、男の理性にかなりダメージが大きい。
思わず視線をそらそうとして、彼女の背後にいる存在が目に付いた。
「で、やっぱりそうなるのか? おたくの従者は」
「まぁ、メイドですから」
一夏の視線の先には、普段どおりにメイド服を着ているラウラの姿が。
この暑さから、少なくとも袖くらい短くなっているだろうと思った皆様。
甘い。甘すぎる。
本当に普段どおり、きっちり長袖ロングスカートのメイド服である。
「やっぱり思うが、この炎天下で従者にその格好を強いるのはおかしい。いじめか?」
「ですが、メイドですのよ? それといじめではありません」
「ええ、私はお嬢様のメイドですから。それといじめられていません」
「それでええんか、ラウラさんや……」
見上げた従者根性に、思わず涙が流れてくる一夏だった。
……せめてもう少し通気性のいい格好をさせてやって欲しい。
そんなやり取りをしている一夏達の足元に、ビーチバレーのボールが転がってくる。
「……?」
「ヘ~イ、そこな少年、そちらに転がっていったボールをこちらへプリ~ズ!!」
思わず拾い上げ、首をかしげていると、どこからか男の声が。
その方向を見ると、そこにはやはり一人の男の姿が……
その男の姿を見て、一夏の表情が思い切り引きつる。
ついでにセシリアの表情も引きつる。
「……い、一夏さん、あの男、まさか……」
「分からん、ただ見た目が似てるだけであって欲しいが……あって欲しいんだが……」
二人が見つめる先。
そこにいたのは……
いつぞやと同じように上下一体型のストライプ模様の水着を着た□□□□だった。
「む、むむむ!? 貴様は織斑一夏ではないか! ここであったが百年目! さぁ、そのボールを我輩によこすのである!」
「何でお前さんがいるんだよ、えーっと、西村だっけ?」
「ノォォォォォォウ!! ノォォォォォォォォォォォウ!! 我輩をそんじょそこらにいそうな名前で呼ぶでないのである!」
「謝れ! 今すぐ全国の西村さんに謝れ!!」
「我輩は宇宙が生み出した奇跡! 数千に一人の大・天・才! ドクタァァァァァァァァ・ウェエェェェェェェェェェェスト!! であ~る!」
「こいつ、絶対本人ですわね」
セシリア……否、瑠璃は目の前でどこからか取り出したギターをかき鳴らす男を見て確信する。
こいつは間違いなくあの世界のあの□□□□であると。
たぶん自分と同じような境遇にあるのでは無いだろうか?
……□□□□と同じ境遇の自分って……
思わずその場でくずおれる。
今、セシリアのアイデンティティが危ない。
「ふふふ、我輩のこのギター捌きも懐かしいものだろう? 織斑一夏……否、我が生涯のライバル、大十字九郎?」
「っ?!」
「ふんっ! 気づいていないと思っていたであるか? 生憎、初めて貴様に会ったあの日に既にあたりはつけていたのである。貴様は隠そうとしていたようであるが……あぁ、それでも気づいてしまった我輩の天才的な頭脳、なんと罪深いほどであろうか」
「そんなに罪深いならさっさと牢屋に入ってろ」
「ことわぁる! と言うか、大十字九郎よ……」
そんなセシリアをよそにあれこれやり取りを続ける一夏と西村。
しかし、ふと西村が手にしたギターをポイ捨てして一夏の肩をがっしりとつかむ。
「……んだよ?」
「……こうして貴様とまた相見えれたことは誠に僥倖である……あの時の決着、今度こそ付けてくれる! 楽しみにしているのである」
「……はっ、こっちこそ、何度でも返り討ちにしてやらぁ」
「うむ、それでこそ我がライバルである!」
互いに不敵に笑い、そう言い合う。
なんだかんだ言って短い間であったが共闘した間柄だ。
一夏……九郎も西村……ウェストの事は認めているし、ウェストも九郎の事を認めている。
だからきっと、二人のやり取りはこのような形がもっとも適しているのだろう。
「所で、なんでお前がここに?」
「おかしなことを。我輩の作品の一つである打鉄弐式の試験があるのだろう? 我輩が来ないはずが無かろう」
「あぁ、そういやお前さん簪と一緒に作ったんだっけ?」
だがあえて言わせてもらおう。
−−来るの一日はえぇよ。
※ ※ ※
周囲に誰もいない海岸。
そこで箒は一人海を見つめていた。
その胸中で思うのは、一夏の事。
「……どうすればいいんだろうな、私は」
初恋だった。
しかし、初恋の相手、一夏には既に好きな相手がいると言う。
--好きな人がいるとはいえ、今はいない。ならば私の方を見てくれる可能性が僅かでも……
そう考えたこともあった。
だが、それは甘い考えだった。
そばにいなくても、一夏はその人の事を愛している。
自分が入り込む余地など無いほどに。
それが……分かってしまった。
諦めたくない。けど、もとより勝ち目が無い……いや、勝ち目が無いどころか勝負にすらならない。
「なんで……一夏のそばにいないんだ、お前は」
一夏のそばにいたら、目の前にいてくれたら、恨みつらみをぶちまけれるのに。
そしたら、少なくとも諦めはつくのに……
その存在が今この場にいないからこそ、だからこそありもしない希望が見えてしまう。
もしかしたら、ひょっとしたらと言う考えがよぎってしまうのだ。
「……一夏、私は……」
箒の呟きが、波に飲み込まれていった。
さて、楽しみにしていた皆様には謝罪しなければなりません。
……破壊ロボ、出せずに申し訳ありませんでしたぁ!!
いえ、最初は出そうと思ったんですよ。
で、やっぱり錆びさせようとしたんですよ。
でも良く考えてみたら……
--IS世界で破壊ロボって……無理じゃね?
と言う考えに至ってしまったんです。
と言うわけで破壊ロボが出せませんでした。
でも、それに近いものはいつか出したいなぁと思っております。
さて、次回は……もう一つ皆様が楽しみにしているあのイベント書く予定です。
さぁ……今回も犠牲になるのだ、九郎、否、一夏!(ゲス顔)