インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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迷いはない

既に迷う余地などないほど、私はあの方に全てを捧げているのだから


29 Determined

ふと目を覚ます。

視界に広がるのは真っ暗闇。

 

果てなど見えぬ、ともすれば自分の体さえも見えなくなるくらいの、深い、深い闇。

しかしそんな中で、自分の体はやけにはっきり見える。

光っているわけじゃないのに、なぜかはっきりと。

 

そんな現状を確認し、ラウラは思う。

 

「……どこだ、ここは」

 

自分は先ほどまでIS学園のアリーナで織斑一夏と戦っていたはずだ。

 

が、ここにはその織斑一夏はいない。

それどころか、そもそもIS学園のアリーナですらなかった。

 

「いかんな、早く戻らなくては。お嬢様の元へ」

 

けど……どうやって?

 

何とか戻る方法を思いつこうと頭を捻っているまさにそのときだった。

 

--力を望むか?

 

「……む?」

 

聞き間違いかと思った。

何せ、何の脈絡もなしに、いきなり投げかけられた言葉だからだ。

 

周囲を見回しても、その声を発したと思われる存在が見えなかったことも、聞き間違いと判断した理由としては大きい。

 

--お前は、力を望むか?

 

が、どうやら聞き間違いではないようだ。

再び、どこからとも無く聞こえる声。

ラウラは周囲を見回し、言う。

 

「四の五の言う前にまずは姿を見せてみればいいのではないか? 礼儀がなっていないぞ?」

 

その言葉を聞いてか、目の前に光が生まれる。

青白いその光は、よく見ると発光している0と1が集まって出来ているものだ。

そして、その光が収まると、目の前には先ほどより光は弱まっているが、それでも発光している人型。

あえて人型と称した理由は、目の前にあらわれたそれが人型をしているだけだったからだ。

 

目も、口も、鼻も、顔にあるべきパーツはことごとく無い。

光で見えないのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

これでは、人型と呼称されてもおかしくは無いだろう。

 

「一応こちらの言葉は理解しているようだな……力を望むか……か。それを聞いてどうするつもりだ?」

 

--お前が望むなら、力をくれてやろう。比類することなき、文字通り『世界最強』の力をな

 

「ほう……」

 

世界最強、なんとも魅力にあふれる言葉だろうか。

そんな力があれば、お嬢様を守ることもたやすいだろうな。

 

ラウラはそう判断し、そして答えた。

 

「いらん」

 

そう言い放とうとした。

しかし、それを予想していたのか否か、ラウラの言葉を遮る形で人型は投げかけた。

 

--力があれば、もう捨てられないぞ?

 

「……っ!」

 

ズキリ、と胸が、そして左目が痛んだ。

 

--力が無かったから、お前は捨てられたのだろう? 祖国に、仲間であったはずの者たちに。

 

 

「ちがう……」

 

--力があればお前を捨てるようなことは無かっただろう。力を与えるはずのその左目に、お前は力を奪われた。

 

「やめろ、それ以上言うな……」

 

--力があれば……『失敗作』などと言われなかっただろうにな。

 

「ーーーーっ!!」

 

思わず耳をふさぐ、目をきつく瞑る。

しかし、声はラウラの頭に直接響き、人型の姿はまぶた越しだというのにはっきり見えた。

その人型の表情は……嗤っている様にも見えた。

 

--もしここで負けたら、あの女はお前をどうするだろうな?

--その弱さに失望するかな?

--『いらない』と言われるかもな?

 

「い、いやだ……そんなのは……お嬢様に捨てられるなんて……」

 

それは、今のラウラにとって唯一無二の居場所がなくなると同義だった。

一度捨てられた絶望から掬い上げて(救い上げて)もらったラウラに、果たしてそれが耐えれるだろうか?

ラウラの瞳から、光が消える。

虚ろな瞳は、何を映しているのかさえ曖昧だ。

 

人は、ぬくもりを失うことを恐れる。

一度それを失ったことがあるなら、なおの事。

今のラウラが、まさにその状態である。

 

優しい主、優しくも厳しい義姉、そして財閥の人々。

どれも、とてもまぶしく、暖かい、ラウラにとっての『光』。

ラウラは、それを失うことが怖かった。

 

--ならば願え、望め、欲せ。力を。何者にも負けぬ力を、心の底から、魂の底から!

 

「力を……欲す……」

 

居場所を失う恐怖から、ラウラは人型へと手を伸ばしていく。

少しずつ、ゆっくりと、ためらいながらも、しかし、確実に。

 

人型が端から見ても明らかなほど、嗤う。

そして、ラウラが人型に触れようとした、その瞬間だった。

 

--『……それでも、私はあなたが。「ラウラ」と言う一人の少女が欲しいのです』

 

ふと、ラウラの脳裏によぎったその言葉に、ラウラはその腕を止めた。

 

「……あ」

 

そしてそれを皮切りにあふれ出していく、セシリアとの記憶。

それらを見て、ラウラの瞳に光が戻る。

 

「……い」

 

--何?

 

「いらない……力なんていらない……お前に与えられる力など……必要ない!!」

 

ラウラの拳が握りこまれ、のばした腕はそのまま人型に向かってのばされた。

 

……ただし、それは求めたゆえではなく、目の前の存在を殴り飛ばすために、だが。

 

「ああ、私はなんとも不出来な従者だろうか。お嬢様に向けていただいた思いを、未遂とはいえ否定してしまうところだったのだから」

 

殴り飛ばされた人型を見やり、ラウラは芝居がかった動作で言う。

 

「お嬢様は、今の今までお嬢様は私に『力』を求めていた無かった。お嬢様は、いつも『私』と言う存在を求めていた。それゆえに、私が弱かったからと言って、お嬢様が私を捨てるなど、万が一にもありえないだろう?」

 

 

それは、今のラウラが始まりとなったときの記憶。

自分は惨めな失敗作であり、誰にも必要とされない弱者であると自嘲したときだった。

 

『……知りませんわ』

『私はあなたが強いから欲しいわけではありませんし、何かが出来るから欲しいわけではありません。弱くても良い、何が出来ずとも良い。これから強くなればいいのです。これから出来るようになればそれでいいのです』

 

『だから、惨めでも、弱くても、何も出来なくとも……それでも、私はあなたが。「ラウラ」と言う一人の少女が欲しいのです』

 

 

「お嬢様は言った。私が欲しいと。弱くてもいいと、何も出来ずともいいと、惨めな私を受け入れてくれた。だから、私はお嬢様に報い続けよう。我が全てを賭けて」

 

 

そういいつつ、ラウラは自身の左目を覆い隠す眼帯に手をかける。

 

「だから、そんな私の忠義に横槍を刺そうと言うのならば……」

 

--私の前から……疾く去ね!!

 

眼帯が投げ捨てられ、右の赤い瞳とは違う光……金色の光を放つ瞳が人型を射抜く。

 

--ーーーーっ!?

 

その瞳に萎縮し、人型はラウラに背をむけ、逃げ……出そうとした。

が、人型は既に詰んでいる。

 

「秘技……即興拳舞(トッカータ)!!」

 

いつの間にか、人型の周囲を"三人"のラウラが取り囲んでいた。

そしてそのどれもが、人型に向かってその拳を振り下ろして……

 

 

※ ※ ※

 

 

目を開ける。

そこにはIS学園のアリーナが広がっている。

 

「……申し訳ない。待たせてしまった」

「なぁに、いいって事よ……目つき、変わったな、お前さん」

 

視線の先にいる一夏に、ラウラは謝罪する。

ふと、ハイパーセンサーによる周囲の視界の中に、自分を心配そうに見つめるセシリアが見える。

 

そちらの方に振り向かず、しかし微笑む。

 

--大丈夫です、お嬢様。私はもう迷いません。

 

「続き……いや、そもそも始まってすらいなかった。ここから開幕だ」

 

ラウラは一夏に向かってそう言い放つと、左目を覆う眼帯に指をかける。

 

『ラウラ!』

 

その光景を見たセシリアが、ラウラを止めようとプライベートチャンネルで通信を入れる。

しかし、ラウラは短く返答する。

 

『ご心配なく』

 

そして、ためらい無く眼帯を投げ捨てた。

金色に光る瞳が晒される。

 

「そいつは……」

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。私の全てを狂わせた呪いであり、私とお嬢様を得合わせた祝福でもある……こいつは暴走していてな。動体視力などの視覚能力を向上させると言う機能の制御が利かない。今では多少まともになったが、昔は大層苦労したよ。そして、多少マシになったとはいえ、未だに不自由がある」

「そんな代物を無意味には出さないだろ?」

「あぁ、言っただろう? 視覚能力の向上の制御が利かないと。つまり、こいつは際限なく能力を向上させるんだよ。つまり……」

 

--どんな高速になろうと、見えるだろう?

 

シュヴァルツェア・シルトの脚部シールドが展開し、展開したことで生まれた装甲の隙間から陽炎のような揺らめきが見え始める。

……否、よく見ればそれは空間の歪み。

限定された空間のみ、空間がどんどん圧縮されていく。

本来ならばありえざる現象が、空間をゆがめていく。

そして……

 

「……脚部シールド『ヘルモクラテス』……起動!!」

 

瞬間、今までとは比べ物にならないほどの大きな炸裂音が響く。

それと同時に、ラウラの姿は消えていた。

 

「っ! そこかぁ!!」

 

一夏はしかし、すぐさま反応し、振り向きざまに銃口を向ける。

そこにはラウラが……いなかった。

 

「っ!?」

 

一夏が銃口を向けたその時、既にラウラはふたたび響く炸裂音のみを残して姿を消していた。

すぐさま一夏は周囲を見回す。

 

しかし、ラウラの姿は見えず、ただただ炸裂音が連続で響くのみ。

そして、ラウラの姿が一夏の目の前に唐突に現れた。

 

それに一夏は驚愕しつつも、銃でラウラを殴打しようと振りかぶり……

 

「『偽式・アトランティス・ストライク』!!」

 

響いた炸裂音と同時に吹き飛ばされた。

 

見ると、ラウラはその右足を振り抜いた状態で宙に浮いている。

……一夏を蹴り飛ばしたのだ。

 

蹴り飛ばされた一夏は、そのままアリーナの壁に叩きつけられる。

たたきつけられたことで壁が損壊し、それにより発生した砂埃が一夏の姿を覆い隠す。

 

しかし、ラウラは油断しない。

一瞬も隙は見せぬと砂埃を睨みつけ……

 

「舞え! 偃月刀! ロイガー! ツァール!」

 

砂埃の向こうから投げつけられた二つの飛翔体に拳を振りかぶる。

そして拳がバルザイの偃月刀とロイガー・ツァールに触れた次の瞬間……

 

ガラスが割れるような音が響き、偃月刀とロイガー・ツァールが割れた。

 

「なにぃっ!?」

 

二つの意味で予想外の展開にラウラが動きを止める。

まず目の前で一夏の武装がガラスのように割れてしまったこと。

そしてもう一つが……確かに触れたはずなのに、『触れた感覚がまったくしなかった』こと。

 

そんな彼女の動揺をよそに、二つの刃が割れて出来たガラスの破片は、しばらく宙に舞うと光の粒子となって消えた。

そして、その光の粒子の向こうから現れたのは、ひび割れた、しかし確かにそこに顕在している鋼。

その手にはもはや愛剣と言っても過言ではない、バルザイの偃月刀。

 

そして、動揺から立ち直りきれていないラウラの胴体を横一閃。

 

「……私の負け、か」

「あぁ、俺の勝ちだ」

 

それにより、先ほどのヘルモクラテス連続起動により減少していたシールドエネルギーがゼロとなる。

 

一夏vsラウラの戦いは、紙一重の差で、一夏の勝利だった。

 

「もっとも、こいつが土壇場で使えるようにならなきゃ、負けてたのは俺だけどな」

 

そう言い放つ一夏のハイパーセンサーの視界の片隅には、あるメッセージが。

 

--コアよりロックされていた武装の使用許可がおりました。

--許可された武装:ニトクリスの鏡

 

「はぁ……小出しにすんじゃねぇよ……これ、ぜってぇ出待ちだろ……」

 

一夏のその呟きは、誰に聞かれることも無く宙に溶けた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ラウラが負けましたか……」

「みたいだね、どうする?」

 

ラウラが落ちた場面を見て、セシリアはそう呟く。

シャルロットは彼女の呟きを聞いてそう言い放つが……

 

「いえ、この状況で勝てと言うのはさすがに無理ゲーでしょう? 貴方のその物量に負けはせずとも勝てない中、一夏さんとも戦えと? 無理無理。ぜぇ~ったい無理ですわ」

 

真面目なのか不真面目なのか、セシリアはそう返答すると、スターライトをしまう。

 

「と言うわけで……降参いたしますわ。誠に不本意ながら」

 

そして、降参宣言をした。

 

「……え~っと、つまり、僕たちが勝ちでいいの?」

「ラウラは文句なしに負け、私も降参した。つまりはそういうことですわ」

 

『え、え~っと、ラウラ・ブランケットエネルギーゼロ、セシリア・オルコット棄権により、勝者、織斑一夏&シャルル・デュノアペア!!』

 

放送席にいた司会役の生徒も、思わず声をどもらせる結末となった。

 

 

※ ※ ※

 

 

「申し訳ありません、お嬢様。ヘルモクラテスも使っておきながら……」

「そこまで気に病む必要もありませんわ。むしろ一夏さんをあそこまで追い詰めたことを誇っていいと思いますわ」

 

試合終了後、控え室でラウラがセシリアに謝罪する。

その謝罪に対し、セシリアがそう返答すると、控え室の扉が開き、一夏とシャルロットがひってきた。

 

「お疲れさん、二人とも」

「ええ、一夏さんもお疲れ様です。今回は負けてしまいましたわね」

「何言ってやがんだ。こっちもぎりぎりだったっつーの」

 

一夏の言うとおり、ラウラを落とした時点で一夏のエネルギー残量は僅か二桁だったりする。

 

「しっかし驚いた。まさかラウラのISに『アレ』がのっかってるなんて……つーかのっけていいのか? あれ」

「えぇ、構いませんわ。別にヘルモクラテスにはあれ(魔術理論)は使っていませんもの」

 

一夏のいっていた『アレ』とは、かつて一夏が……否、九郎が操った魔を断つ剣に搭載されている断鎖術式の事である。

しかし、一夏の言う『アレ』が何なのかを理解しているセシリア自らそれを否定している。

 

「あれはいってしまえば飛ばない衝撃砲ですわ。対象の近くの空間を圧縮し、圧縮した空間を炸裂させた際の反発力で物体を飛ばす……ラウラのシルトに搭載されている物はそういう物ですわ」

 

つまり、シュヴァルツェア・シルトのヘルモクラテスは魔術などと言うアングラなものを利用したものではなく、表の世界できちんと存在している技術を用いて作られているという事だ。

 

断鎖術式とヘルモクラテス。

どちらも結果、物体が飛ぶと言う点では似ているが、まったく違うものだ。

 

そしてラウラが放った偽式・アトランティス・ストライク。

あれはいってしまえば尋常ではない加速をさせたただの蹴りだったりする。

 

閑話休題

 

「むしろ私たちは最後のあれに驚きましたわよ……あれ、確か割れた後刺さりませんでしたっけ?」

「ん? あぁ。その事なんだけどな……まぁそっちのヘルモクラテス? とかいう奴と事情は似たり寄ったり。あれを再現したって言う武装だから、そのものじゃなくて、ただ単にハイパーセンサーに偽の映像と音声流すしかできないんだわ、開示されたデータによると」

「……逆にそれ、凄い気がしますが……気のせいでしょうか?」

 

セシリアが思わず首を捻る。

ハイパーセンサーに偽の映像と音声を流すという事は、僅かな時間とはいえ、相手のISをハッキングしたことと同義なのだから。

 

しばらく首を捻り、そしてセシリアは……

 

「……まぁ、いいでしょう」

 

脇に置いといた。

所謂「もうどうにでもな~れ」状態である。

 

そんなセシリアをよそに、ラウラは一夏の元へと歩み寄る。

そして、右手を差し出す。

 

「お?」

「次は勝つ。お嬢様と義姉にかけて」

「……ははっ、また返り討ちにしてやんよ」

 

ラウラの言葉に苦笑し、一夏はその右手を握る。

そして、握手。

 

男女間では成立し得ないと言われている友情、それに似た何かが、そにはあった。

 

「ラウラったら、口調が昔に戻っていますわよ」

 

そんな光景を、セシリアは微笑み混じりで見やり……

 

「むぅ……なんか僕が空気みたいだよ」

 

シャルロットが拗ねた様子で見ていた。




クラッチが書きたかったシーンの一つ。
『ラウラがトラウマ振り切ってヴォーダン・オージェご開帳』

いやぁ、ようやく書けました。
……しかし、書いてて思った。
この話の主人公、ラウラだったっけ?

ちなみにこの話でのニトクリスの鏡の設定をちょろっと。

・ニトクリスの鏡
だましに使って良し、防御にも使って良し、攻撃に使っても良しという半ばチートなんじゃないか本気で筆者が思っている魔術兵装……の模倣。
対象のハイパーセンサーをハッキングし、偽の映像と音声を流す。
いってしまえばそれだけなので、デモベ原作みたいに割れたガラス片が敵に突き刺さったりなどはしない。
ちなみにハイパーセンサーをハッキングして偽の映像を流しているため、傍から見れば何が起こってるかさっぱり。
今回の件で言うとなんでラウラ虚空を殴ってるの? になる。

……さぁ、異論等を受けつけようか!!

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