インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
子を愛さない親などいるだろうか?
少なくとも、彼等はその子を愛していたよ。
たとえ、片方は血が繋がって無くてもね。
「シャルロット・デュノア?」
「あら、デュノアさん、まだ一夏さんに説明なさっていないのですか?」
「えっと、はい」
セシリアの言葉に一夏が驚くと、セシリアはそんな一夏に対して驚きをあらわにし、シャルロットに向き直る。
「何か、説明しない理由でもおありで?」
「えっと、ただタイミングを外しちゃっただけだから、特に理由は」
「では、手っ取り早く話を進めるために私から説明させていただきますわ。一夏さん、彼、否、彼女ですわね。彼女のシャルルと言う名前は偽名で、本名はシャルロット・デュノアと言うのです。シャルロットの男性形がシャルル、捻りも何もありませんわね」
セシリアの言葉に感心したように頷く一夏。
どうやら彼は本気で気づいていなかったようだ。
「……ミスカトニック大学陰秘学科の優秀な生徒だったはずなんですがね、あなたは。まぁそれはいいでしょう。様子からして、彼女が何故入学してきたかの説明は受けたようですし」
「あー、その事なんだがセシリア、シャルル……じゃない、シャルロットか、の事なんだが、何とかできないか? このまま国に見捨てられるなんて、後味悪いにも程がある」
「はっきり言いますわ、どうしようもありません」
きっぱりと切り捨てられてしまった。
あまりの即答に、一夏もしばらく唖然とし、眉間をもんでから口を開く。
「……やっぱセシリアが代表候補だからか?」
「よくお分かりで。『IS学園一年一組在籍のセシリア・オルコット』は、あくまでイギリスの代表候補。他国の代表候補に肩入れすることは出来ませんし、しようと思いもしませんわ」
「そっか……」
分かっていた。
分かってはいたのだが、しかしこうしてきっぱりと無理といわれるとさすがに凹む。
そんな一夏を尻目にセシリアは再び書類作業に取り掛かる。
瞬く間に判を押され、サインをかかれ山となっていく書類。
さすが元覇道財閥の総帥、現オルコット財閥総帥と言ったところか。
「ところでその膨大な書類はいったいなんだ? 別に問題起こしたわけでもないだろうに」
「あなたと一緒にしないで下さいませ一夏さん。これは『オルコット財閥総帥』としての仕事ですわ」
「へぇ……ん?」
セシリアのつっけんどんな返答にまたもや凹みながらも、一夏はふと今のセシリアの言葉に疑問を持つ。
なぜ、今彼女はこれ見よがしにオルコット財閥総帥という言葉を強調していたのだろうか?
それに疑問を持つと、そういえば先ほどのIS学園一年一組在籍のセシリア・オルコットという言葉や、他国の代表候補と言う言葉もやけに強調して話していたような気がする。
しばらく悩み、そしてふと気づく。
「……なぁセシリア」
「何ですか一夏さん。あ、ラウラ、まだあるはずなので持ってきてください」
「分かりました」
ラウラから追加の書類の山を受け取ったセシリアを見やりつつ、一夏は口を開いた。
「確かにイギリス代表候補としては無理でも、オルコット財閥総帥としてなら、シャルロットを何とかできるか?」
「……さすがに露骨過ぎましたか」
一夏の言葉にセシリアは作業の手を止めると、席を立ち、一夏の目の前へと歩み寄る。
「ええ、可能です。天下のオルコット財閥を舐めないで下さい。それを可能にする力も、金も十分持ち合わせていますわ……ですが、当然いろいろな方面から反発があるでしょう。それらを黙らせてまでやるメリットはありませんわね。それでも、私に、オルコット財閥総帥セシリア・オルコットに何とかしてほしいと?」
「ああ、俺の頭じゃそんぐらいしか解決方法が思いつかねぇからな……無理か?」
「無理ですわ……といいたいところですが、そうですわね……そこまで何とかしてほしいなら誠意を見せていただけます?」
「誠意?」
「例えば……そうですわね、土下座とかが分かりやすく……って!?」
セシリアの言葉を聞いた一夏は、彼女が最後まで言い切る前にそれはそれは見事な土下座を行った。
瞬きする間もないくらいの早業だった。
「……一夏さん? えっと、さっきのは冗談だったんですが……」
「頼む! 俺が土下座して何とかなるんなら何度だってやってやる! だから、シャルロットを何とかしてやってくれ!!」
「あの、一夏さん? 一夏さーん?」
慌てたセシリアがすぐさま一夏に土下座をやめるように言おうとするのだが、一夏はまったく聞いていない。
何度も何度も、それこそ頭を地面に叩きつけるように土下座をする。
「……あぁもう! これじゃ私が悪者みたいではないですか! ラウラ! 一夏さんを起こしてください。まともに会話できませんわこれじゃ!」
「起こせといわれても……とりあえず」
セシリアの命を受けたラウラは、まず一夏を普通に持ち上げようとする。
……体格差と一夏が抵抗しているという事もあり、当然持ち上がらない。
次は何を思ったかわきの下などをくすぐりだす。
多少震えたが、それでも一夏は土下座をやめない。
どうしても起きない一夏に、ラウラはしばし考えた後、スカートを少したくし上げ、レッグバンドに固定されている軍用ナイフを取り出し……
「プスリとな」
刺した。
ラウラがナイフから手を離す。
一夏の頭の頭頂部に刺さったナイフは倒れない。
しっかりと刺さっている証拠だ。
「……ラ、ラウラ、な、なにを……?」
「いえ、痛みで起きるかと思いまして」
さすがのセシリアも、自分の従者の暴挙に震えだす。
そして見ると、一夏も先ほどくすぐられた時より震えだしている。
そして……
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!? 何これ?! 刺さってる!? 俺の頭になんか刺さってるぅぅぅぅぅぅぅ!?」
起き上がった。
ちなみに頭には未だにナイフは刺さっており、そこから噴水のように血が吹き出ている。
ぴゅーという効果音がどこからか聞こえてきそうだ。
「ちなみに完全に刺さってるので、恐らく相当痛いかと、織斑様」
「何他人事のようにのたまってやがりますかねこのロリっ子メイドは?! おいセシリア! 従者の教育どうなってんの!?」
「教えることはただ一つ、私に忠実であれ、ですわ(震え声)」
「声震わせるな! それにもっと他に常識とかそういうところも教えれ!! このままこの非常識メイドを世に出すのはあまりにも危険すぎる!!」
「私、ラウラ手放す気ありませんから」
「お嬢様以外に仕える気は無いので」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「……とりあえず一夏、頭のそれ、とれば?」
あれ? 僕何のためにここに来たんだっけ?
シャルロットがそう思ったかは定かではない。
※ ※ ※
「……と、まぁいろいろあった気がしますが、それは置いといて」
「オイコラ、置いといていいレベル超えてるぞあれは」
一夏の言葉をスルーし、セシリアは言葉を続ける。
「とにかく、先ほどの土下座云々はちょっとしたジョークですわ。イッツ・アーカムジョーク。で、シャルロットさんの件ですが、実は既にこちらで動いておりますわ」
「笑えねぇジョークだなおい。って、もう動いてる?」
「と言っても、元からシャルロットさんの為に動いていたわけではありませんが、結果的にはシャルロットさんをどうにかできる、と言ったところでしょうか。ラウラ、あの書類を一夏さん達に」
「かしこまりました」
セシリアはラウラに指示を出すと、ラウラはある書類を持ってきて、それを一夏に手渡す。
一夏とシャルロットは手渡された書類の内容を見て、目を見開いた。
「……『デュノア社との技術提携について』……って、こいつは!?」
「まぁこうなることは目に見えてましたわ。とうとうデュノア社、政府からの支援打ち切りが秒読み段階になったそうです」
当然、先日のシャルロットの説明の通り、経営難に陥っているデュノア社はこのままでは倒産してしまう。
そこに目を付けたのがセシリアだ。
いくら第三世代を開発できないとしても、ラファール・リヴァイヴという非常に完成度の高いISを製造できる力がある企業だ。
このまま消え去っていくのを黙ってみているだけではもったいない。
「と言うわけで、こちらから第三世代の技術をある程度融通し、向こうからは信頼できる既存の技術をより高めるための技術を得る、と言ったところでしょうか。あぁ、もちろんBT兵器関連の技術は渡しませんわよ? あくまで第三世代ISの基礎の基礎、どの第三世代ISに共通して使われている部分のみの情報を開示します。デュノア社、そこにすらたどり着いていませんでしたし。それだけあればデュノア社も第三世代ISを開発するまでにこぎつけるでしょう」
「いや、簡単に言うけどさセシリア。そのデュノア社、フランスの企業なんだろ? いいのか?」
「どうでしょうね? ですが、既にフランスは別の企業に目を付けていますし、そもそも私は別にフランスからデュノア社を奪おうとしているのではありません。あくまで技術提携をしようとしているだけですわ」
それに、とセシリアは言葉を付け加える。
「市場には競争が無ければならない。競争なくして技術の革新は成し得ず、ただ停滞するだけです。デュノア社が第三世代ISを開発したならば、それは恐らく市場に今までに無い競争を生むでしょう。あのラファールを作った企業の第三世代、誰も見向きもしない、などという事はありえませんからね。そして競争は革新的な技術のみでなく、需要をも生みだします」
「そういや、オルコット財閥にはIS関連のパーツ製造を請け負ってる企業もあったな」
「デュノア社と我が財閥の利益、双方を考えた結果の決定です。いわばこれはビジネス。何も問題はありません」
物は言いようと言ったところである。
だが、ここまで聞いても分からないのは、それらの事柄がシャルロットの問題解決に関係しているのかと言うところだ。
話を聞くと、確かにデュノア社の問題は解決しているが、シャルロット個人が抱えている問題は解決しているようには思えない。
彼女の抱えている問題は、デュノア社の問題が解決すればそれにつられて解決する類の物ではないのだ。
「それがどうデュノアさんに関係しているのか? と言いたげですわね。もちろんそれについても説明いたしますわ。デュノア社側は技術提携の際、オルコット財閥に技術のほかにも提供するといった物があります」
「それは……?」
「……シャルロット・デュノアの身柄です」
「っ!?」
「おいそれって、デュノア社はシャルロットを捨てたって事かよ!?」
セシリアの言葉に一夏が激昂し、シャルロットはその肩を大きく震わせた。
そんな二人を、セシリアは何の感情も悟らせない瞳で見つめる。
「…………」
「なんか言ってくれよ! 本当にシャルロットの父親はシャルロットを捨てたのかよ!? なぁ!?」
「……やっぱり私には無理でしたわね、黙っておくなんて」
「……へ?」
しかし、その瞳に感情が宿り始める。
そして深くため息をついたセシリアはシャルロットを見やる。
「シャルロットさん、信じられないでしょうが……これはデュノア社社長夫妻があなたを助けるためにやむなくとった方法なんです」
「……父と……社長婦人が……?」
セシリアの言葉に、シャルロットは呆けたように呟く。
それも当然だろう、自分のことなどどうでもいいと思っているはずの父、そして自分を忌み嫌っているはずの社長婦人が、自分を助けるためにやむなく……?
二人には悪いが、それはシャルロットにとって到底信じられない内容だった。
「あなたはこのままでは、いずれフランス政府により裁かれてしまいます。故に、社長夫妻はそれを防ぐため、あなたのフランス国籍を消し、自由国籍を取得させて。フランス政府に裁かれる前に、罪を犯したシャルロット・デュノアと言う存在を消しました。ですが、そのままではあなたが寄る辺の無い存在となってしまう。その寄る辺になって欲しい……それが、社長夫妻の願いでした」
「そんな……嘘……だって……!」
「……『愛人の子でも、私が愛した人の子だ。私が愛さない理由はない』。社長はそう仰っていました。そして社長婦人もあなたへとある言葉を」
「……婦人は、なんて?」
「『あなたにしたことは許されるとは思っていない。けれども、許されるなら、あなたの母の代わりなれれば』……婦人本人から話は聞きました。確かに彼女はあなたに酷い仕打ちを行った。ですがそれはあなたを守るため。社長の正妻である彼女があなたを受け入れた場合、あなたを快く思わない存在が必ず何らかの行動を起こすかもしれない。現在後継者のいない次期社長の座を狙うものが、あなたにその座を取られるのではないかなどと考えて。だからこそ、あなたを遠ざけたのです」
セシリアの言葉に、シャルロットは何も言えない。
彼女の瞳には涙。
その涙は、果たして何に由来する涙なのか。
「……この書類にあなたが署名すれば、あなたのフランス国籍は剥奪され、正式に自由国籍権を得ます……当然、現在保有しているフランス代表候補という肩書きも消滅します」
「……他に、方法は無いんですね?」
「申しわけありません……ですが、ほとぼりが冷めれば再びフランスに帰属することも可能です、もちろん、他の国の国籍を得ることも」
「…………」
シャルロットは、涙を拭うと、セシリアから書類を受け取る。
「……ペンを、貸してください」
「こちらを」
ラウラからペンを受け取ったシャルロットは、そのまま書類に署名をする。
署名がなされた書類を受け取ったセシリアは、不備が無いか確認すると、その書類をラウラに渡す。
ラウラがその書類をどこかへ持っていく背中を見やりながら、セシリアはシャルロットに言った。
「社長夫婦は、いつでもあなたを待っていると言っておりました。いずれ、しっかりと話し合ってはいかがでしょうか?」
その言葉に、シャルロットは無言で頷いた。
……さぁ! 突っ込みなどを受け付けようか!!
いえ、本来はセシリアが財閥パゥワァで『その時不思議なことが起こった!』をしようかと思ったんですが、さすがにそれはあんまりだろうといろいろ考えたらこうなりました。
自分でもどうしてこうなったのか。
自分で書いてて突っ込みどころ満載です。
勢いで書くとこうなっちゃうから恐ろしい。でも自重しない。
いろんな小説では小悪党だったりかなりの悪だったりするデュノア夫婦、この作品ではそうでもないです。
いずれ、親子でしっかり話し合う場面も書きたいなぁ。
……書きたい場面がどんどん増えていく……だと……!?