インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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シャルロット

誰がその人に救いの手を差し伸べるのか?


21 Charlotte

一夏とシャルルの視線がぶつかり合い数分、その間に交わされた言葉は一夏の最初の問いかけ以来ゼロ。

二人は無言でただ視線をぶつけ合っていた。

 

「……とりあえずそこ座れ。んでいろいろ聞かせてもらうぜ? だんまりは無しな?」

 

そういうと一夏はベッドから降り、部屋の電気をつける。

暗かった室内が照明で明るくなった為に目を細め、そしてシャルルの方へ振り向き……

 

「……は?」

 

そこでようやく一夏はそれに気づいた。

一夏の視線は、まっすぐにシャルルの胸部へ向かっている。

 

--あれ? 膨らんだ胸?

 

自分の方へ視線を向けたまま黙りこくった一夏の様子を不思議に思ったのか、シャルルが小首をかしげる。

その僅かな動きでもそれはふよんとゆれた。

 

「……シャルルさんや、一つ聞かせてくれ」

「……何?」

 

シャルルはここで自身が責められることを覚悟していた。

当然だ、重要なデータが入っている端末を操作し、情報を抜き出そうとしていたのだから。

が、ネクロノミコン写本が妙に瘴気を発し始めた瞬間に起きた一夏はシャルルが何かをしようとしていたという事は分かるが、何をしようとしていたのかは分からない。

故に、彼は今目の前に横たわっている一番大きな疑問について、シャルルに問いかけた。

 

「……性転換手術?」

「…………」

「うぼふぁ!?」

 

とりあえず、無言で一夏の頬を殴りつけたシャルルだった。

これはさすがに殴られても一夏は文句は言えないだろう。

 

 

※ ※ ※

 

 

「さっきのは絶対一夏が悪いと思うよ」

「おう、言ってからさすがにあれは無いと自分で反省した、すまねぇ」

 

すったもんだの後に落ち着いた二人は、現在テーブルを挟んで向かい合って座っている。

とりあえず殴られながらの対話により、シャルルは男ではなく生まれながらの女だという事は理解した一夏だった。

 

手に持ったコーヒーを一口のみ、小さくため息をついてから一夏は口を開く。

 

「……で、結局お前さんは何をしようとしてたんだ? 俺の端末で何かしようとしてたんだろうが……見ても面白いものは何も無いぜ?」

「そうだね……面白いものは何も無いんだと思う。けど、必要なものなら絶対ある」

「……なるほど、アイオーンのデータか?」

 

一夏の言葉に、シャルルは小さく頷く。

あっさりと認めたシャルルに対し先ほどよりも大きなため息をつき、一夏は部屋の天井を見上げた。

 

「……大体理由は想像付くが、とりあえず聞く。なんでだ? 俺が男性操縦者だから? だからと言って、方法は他にもあっただろうに、なんでまた身分詐称なんてリスクが高い方法で?」

「もちろん、一夏が現在、世界で唯一の男性操縦者だって言うのも理由の一つ。でも他に、もっと切羽詰った理由があるんだ。だからリスキーでも、手っ取り早く情報が欲しかった」

「へぇ」

 

シャルルの言葉に相槌をうつと、一夏はまたコーヒーを一口飲む。

そのまま顎で話の続きを促した。

 

「……イグニッション・プランって、知ってる? もしかしたら授業で習ってるかもしれないから」

「イグニッション……あぁ、確か欧州の統合防衛計画だったか?」

「うん。でもね、フランスはそれに乗り遅れちゃったんだ。何でか分かる?」

「何でって……」

 

いきなりのシャルルの質問に、一夏は首を捻る。

 

先ほども言ったとおり、イグニッション・プランとは欧州連合が一体となって行っている、統合防衛計画だ。

各国が己が国の技術の粋を尽くして作り出したISをトライアルに提出し、そこでもっとも評価が高かったISが欧州連合の次期主力ISとして登録される。

 

たかがそれしき、と吐いて捨てるには、次期主力ISという称号はあまりにも大きい。

なにせ、それが次回のコンペまでの防衛の主力として採用されると言う、純粋な利益だけではなく、そのISを作り出した企業を有する国は連合に所属している他の国よりも高い技術を持っているという、いわば優位性のアピールになるからだ。

 

そして、シャルル曰くフランスはそれに乗り遅れたという。

一夏は以前授業で習ったイグニッション・プランについての知識を引っ張り出し、そこでふと気づく。

 

「……プランに提出されてるのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタII型……どいつも第三世代ISか」

「そう、そしてフランス企業が製造してるISで現状最新なのはデュノア社のラファール・リヴァイヴ。さて、ラファールは第何世代のISでしょう?」

「……もしや、フランスは第三世代ISを製造できていない?」

「正解。もちろんなんとか第三世代ISを作ろうと躍起になってはいるよ? でも、その取っ掛かりすらまともにつかめていない。そんな企業が第三世代を作るまで、政府は気長に待ってくれるはずも無し……ここからはオフレコでね? ただでさえ、今のデュノア社って経営難に陥ってて政府からの資金援助で成り立ってる会社なんだ。政府がデュノア社に第三世代を製造することが不可能だと判断されたら……」

「だからって何でお前さんが……って、お前さんは『デュノア』だったな。そのデュノア社の身内って訳か」

「……ただの身内だったらよかったんだけどね」

 

シャルルの言葉に、一夏がため息をつきつつそう言い放つ。

それに対し、シャルルは自嘲気味に笑いながら小さく呟いた。

 

「確かに僕はデュノア社の社長の娘だよ……社長と愛人の間に生まれた子だけどね」

「……っ!」

 

シャルルの言葉に、一夏は目を見開く。

驚愕している一夏をよそに、シャルルは言葉を続けた。

 

「これが普通に正妻との間の子だったら良かったんだろうけどね。でも僕は愛人の娘。何かあったら僕を切り捨てればそれで終了だから、リスクが高いこともやらせられる。つまりそういうことだよ」

「ちょっと待てよ、おい……んだよ、それは……っ!」

「最初は驚いたよ。母さん、父さんの事聞いても何にも教えてくれなくて、なのに母さんが死んだ後、いきなりデュノア社の社長に呼び出されて、それで会社に言ったら見たことも無い女の人にいきなり頬をはたかれて、『この泥棒猫の娘が!』って言われちゃってさ……その後社長にあったらいきなり僕は自分の娘だとか言われて……母さんも、言ってくれればよかったのにね」

「…………」

 

一夏は、そこまで一息に言ってのけるシャルルに対して何も言わなかった。

否、言おうと思っても言えないのだ。

言えるわけが無い。

仮にこの場面で何かを言うとして、ならばなんと言えばいいと言うのか?

 

『大変だったな』?

『辛かったな』?

 

どれもあまりにも安っぽく、薄っぺらい言葉ではないだろうか?

なにせ、自分は彼女の苦労を、苦悩を、今しがた聞いた彼女の言葉でしか知らない。

実際に彼女が説明したそれらの場面を見たわけでもない。

そんな自分が、果たして彼女に掛けれる言葉などあるのだろうか?

 

悲しいはずなのに、辛いはずなのに、涙さえ流さず、自身の過去をまるで他人事のように話す彼女に、果たしてなんと声をかければ届くというのだろうか。

 

「……でも、最後にこうやって全部をぶちまけちゃえたのは、まぁ良かったかな?」

「……最後?」

 

けれど、それでも一夏はその言葉だけは聞き流すわけにはいかなかった。

今、彼女は何と言った?

『最後』?

 

「うん。ほら僕っていろいろ偽ってここに入学しちゃったわけでしょ? 国の代表候補が、性別とかを偽って入学なんて、国のスキャンダルだよ。だから、ばれなければそれでよし、ばれたら他の国に拡散しないうちに内々で処理、それで終了。結果、僕元々は存在しませんでした。そういう事」

「っ! んなのありかよ!? お前さんは好き好んでこんなことやったわけじゃないのに、失敗しましたじゃあさようならって、そんなの! 第一、俺が黙っておけば……!」

「多分、ここで見逃してもらってもいずれ他の誰かが気づくよ。それに、僕自身も疲れたんだ。皆をだますのが」

 

シャルルの声は、震えも無く、感情も見えない、平坦な物だった。

つまり、自分の境遇に対して何も思うところが無い、もしくは既に諦観してしまっている。

そんな声だった。

 

--許されるのか?

 

一夏の心に去来するのはその言葉。

 

--こんなことが許されていいのか?

--一人の少女が、普通に笑顔で暮らせたはずの少女にこんな表情をさせているという事は、果たして許されるのか?

 

「……シャルル、お前はそれでいいのかよ」

「いいも何も……仕方ないんだよ……」

「そりゃそうかも知れねぇ !でも、もう駄目だって諦めて、俯いてたら誰かが差し伸べてくれた手も見えねぇじゃねぇか!」

「……誰も僕を助けようなんて思わないよ。利点が無いじゃないか」

「俺が助ける!」

「っ!?」

 

一夏の言葉に、シャルルが息を呑む。

 

「助ける利点? んなもん知るか! 助けたいから助ける! それで十分だろ!!」

「な、なんでそこまで……? 一夏は関係ないんだよ!? むしろ一夏のISのデータを盗もうとしてたんだよ、僕は!? それなのに、一夏は僕を助けるの!?」

「助ける!!」

「何で!?」

「ダチが困ってるってのに見捨てたら後味わりぃだろ!?」

 

彼が必死になる理由は、たったそれだけのシンプルな物。

 

『後味悪い』

 

たったその一言で、彼は戦い続けてきた。

彼にとって、何かに必死になるために特別な理由は要らないのだ。

 

「……必死に手を伸ばせば届くかもしれないのに、あぁだこうだ考えて伸ばさないで、結局酷いことになるほうが嫌だからな。もう後悔しないようにしようって俺は決めてんだ」

 

そう言い放ち、一夏は胸を張る。

 

ドヤ顔だ。

むかつくくらいにドヤ顔だ。

 

「……だったら、どうやって僕を助けてくれるの?」

「うぇ!? あ、いや、それは……」

 

が、シャルルの言葉でドヤ顔も消え去ることとなる。

……正直、まったくそこら辺は考えていない。

さっきまでは勢いでいろいろ言っていたが……

 

「……い、今から考える!」

 

勢いが落ち着けばこんな感じである。

 

「……ぷっ」

「ぬあ!? 笑ったな!? 俺は結構真面目だというのに!」

「だ、だって……あははははは! 無理! 我慢できないよ! あははははははは!!」

「うぐぐ……」

 

内心歯噛みしながら、まぁこれはこれでいいかと一夏は思う。

なにせ、さっきまであんな生気の薄い表情をしていたシャルルが、今はこんなに笑っているのだから。

 

「はぁ~なんだか久しぶりに大笑いした気分だよ……」

「へんっ、どうせ俺は考えなしですよー。その内きっと肉体派文科系とか言われちまうんですよーだ」

「そんな子供みたいな拗ね方はどうかと思うんだけど……?」

 

とはいえ、やっぱり悔しいものは悔しいと思う一夏であった。

 

 

※ ※ ※

 

 

翌日の早朝、まだ殆どの生徒が寮の部屋で本日の授業の準備をしていたり、ゆったりとしていたりする時間、一夏はシャルルを伴ってセシリアの下へと向かっていた。

必死に頭を捻った結果、セシリアなら何とかしてくれるのではないかと言う結論に至ったのだ。

 

もちろん、安易にセシリアを頼るべきではないと言うことは重々承知している。

いくら彼女が欧州、否、世界でも有数の力を持った財閥のトップだとしても、今このIS学園においては彼女はあくまでイギリスの代表候補生。

他国の事情にあまり肩入れすべきではないのだ。

それでも、一夏はもしかしたらという一縷の望みに賭け、セシリアの下へと向かっている。

 

「昨日あれだけ言っておいて、すまねぇ。結局他人の力頼みだ」

「ううん、気にしないで一夏。一夏がこうして考えてくれてるから、もしかしたらどうにかなるかもしれないって可能性が見えてきたんだから」

 

そして、以前セシリアに教えられていた番号の部屋の前へとやってくる。

 

「……うっし、たのもー!」

 

部屋の前で深呼吸を数回すると、一夏は覚悟を決めて扉をノック……

 

「お待ちしておりました、織斑様、デュノア様」

 

……しようとしてその前に中から扉を開けられた。

思わずつんのめる一夏。

そんな一夏の様子を、扉を開けた張本人、ラウラが小首をかしげて見つめていた。

 

「ラウラ、一夏さん達ですか?」

「ええ。さすがお嬢様。予想通りのタイミングでいらっしゃいました」

 

部屋の奥から聞こえるセシリアの声に返事をすると、ラウラは一夏達を部屋の奥へと案内し始めた。

一夏とシャルルは互いに顔を見合わせる。

 

「「……予想通りのタイミング?」」

 

先ほどのラウラの返答を聞くと、どうやらセシリアは一夏達が来ることをあらかじめ予想していたという。

何故予想できたのだろうかと首をかしげながらも、部屋へと入ると、そこにはテーブルに山と詰まれた書類と格闘しているセシリアがいた。

 

「……また魔王(書類)に魅入られたんすか?」

「えぇ、まったく忌々しいことこの上ないですわ。もっとも、今回ばかりは殆ど自業自得ですが……それより」

 

セシリアはそう呟くと書類作業を一旦止め、シャルルを見やる。

 

「おはようございます、シャルル・デュノアさん。いえ、シャルロット・デュノアさん、と呼んだほうが宜しいでしょうか?」

 

セシリアの瞳が、まっすぐにシャルル……否、シャルロットを射抜いた。




と言うわけで、次はシャルさんがこの話ではどうなるかという場面になります。
このままフェードアウトという事は絶対にないです。


あと、そろそろ打鉄弐式がどうなったかとかの話も書きたいです。

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