インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
あまりにも異質
故に人は不安を覚える
授業開始のチャイムがなる直前に千冬はグラウンドにやってきた。
「全員いるな? クラスメイトで遅刻している奴がいれば報告しろ。そいつにはしかるべき報いが待っているからな」
グラウンドで整列している全員が、周囲を見渡し、見知った顔が全員いるかを確認する。
……全員がいっせいに安堵のため息をつく。
どうやら誰一人かけている人はいないらしい。
その様子に満足げに頷くと、千冬は再び口を開いた。
「さて、今日は以前から言っていた通り一組と二組の合同授業だ。他クラスの友人などと一緒で嬉しいかもしれんが、授業は真面目に受けろ」
千冬の言ったとおり、グラウンドには明らかに一クラスでは納まらない人数の生徒が整列している。
一夏は千冬の言葉を聞き、そのような事を思い、ふと考える。
(……そういや、鈴の奴大丈夫かねぇ?)
そう、二組にいる幼馴染の一人の事が頭をよぎった。
邪神の瘴気をほんの僅かではあるが真正面から浴びてしまい、錯乱していたあの少女は、果たして無事なのだろうか……。
視線を巡らせると、大体自分の右斜め後ろのあたりで鈴音を見つける。
鈴音も一夏に気が付いたのか、はっとしたような表情で一夏を見つけ……
「…………」
顔をそらされた。
もっとも、彼女としては何か悪意などがあったわけではなく、ただ単に錯乱している最中に一夏が自身に行った行動に照れ、そしてそれを素直に受け入れていた自分を恥ずかしがっているだけなのだが。
そう、今思い返すと自分も自分がやった行動が恥ずかしくて、寮の部屋で簪に不審がられながらも恥ずかしさに悶え転げていたのだ。
恥も外聞もなく、子供のように泣き喚いたところを見られてしまった鈴音の恥ずかしさは恐らくそれ以上だろう。
が、そうとは分かってはいても、やはり顔をすばやくそらされて若干泣きたくなった一夏だった。
そして、視線を前へ戻す途中で、箒とも目が合った。
「……っ」
やはり顔をそらされた。
彼女の場合、顔を背けた理由は一夏への後ろめたさである。
ちなみに、彼女はあのガタノトーアの一件以来、まともに一夏と顔を合わせていなかったりする。
そして下手に外部から今の箒へ干渉したとしても、恐らく反発を招くか、余計意固地になるだけであるという事を一夏は理解している。
なぜなら、それは本人の心の問題ゆえに。
そのため、何とかしたいと思いつつ、結局時間に任せることしか出来ていないのだ。
千冬の授業開始の声を聞きながら、一夏は誰にも気づかれぬようにため息をついた。
※ ※ ※
「さて、今日は先ほども言ったとおり一組と二組の合同授業だ。さすがの私でも二クラスをいっぺんに面倒を見るのは骨が折れる。そこで今日は私と山田先生の二人体制で授業を進めて行こうと思う。なお二組の担任、副担任は別件で授業は見れない。いないからと言って手を抜くことは無いように」
千冬の言葉を聞き、生徒達が互いに顔を見合わせる。
真耶が実技を担当するということに驚きを隠せていないのだ。
なぜなら、今まで真耶は副担任として、座学を担当し、実技は千冬が担当と言った役割分担になっていた。
つまり、真耶に実技が務まるのかと言う疑問があるのだ。
なお、二組の生徒も同じように、あの真耶が実技を指導している場面が想像できなかったため、一組の生徒と同じような反応をしている。
そんな生徒達の反応は予想済みだといわんばかりに、千冬が不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ、だからお前らはひよっこのガキなんだ。ここは『IS学園』だ。この学園の教師で実技を担当できない教師はいないぞ? 情報科の教師でさえ、基礎的なことから基礎から一歩踏み出した領域までなら実技を指導できる。ましてや……」
その言葉を遮るように、千冬と生徒達の間を何かが通り過ぎ、通り過ぎた際に風が吹く。
「……彼女なら基礎から応用、遠距離近距離何でもござれだ」
千冬が視線を動かしながらそう言い放つ。
生徒が千冬の視線を追いかけると、そこにいたのはISを纏った真耶。
真耶は空中で方向転換すると、ふわりと千冬の隣に降り立つ。
「褒めすぎですよ、織斑先生。私はそんなに立派じゃありませんよ」
「何を言う。モンド・グロッソ射撃部門に出ればヴァルキリーになれるとまで言われていたくせに」
「結局代表候補止まりでしたよ。他の人が優秀すぎましたし」
「はっ、どうだかな」
果たして、今の彼女を見て誰が普段の真耶を想像出来るだろうか?
普段は柔和な笑みを浮かべるその顔は目つきも鋭い戦士の顔をなっている。
その所作も普段とはうって変わりきびきびとしており、無駄が一切無い。
生徒達は誰しもが思う。
--あの人、本当に山田真耶先生?
「まぁ、いきなり言われても誰も納得はしないだろう? そうだな……オルコット、凰、お前らで山田先生と戦ってもらう」
「わ、私!?」
「ですが織斑先生、一人ずつやっていては授業の時間が……」
「誰が個別にやれといった。お前ら対山田先生だ」
「……ほう」
千冬の言葉に、セシリアが何かを考え込むようなしぐさをとる。
「でも千冬さ……織斑先生。代表候補二人相手ですよ? 教員とはいえ」
「そうだな。今のお前らでは組んだところでまけるだろうな」
鈴音も千冬に反論するが、千冬はどこ吹く風といわんばかりに、むしろ鈴音たちを挑発するような言葉を言い放つ。
--ぷっつーん
何かが切れるような音がした。
「ふ、ふふふ……そこまで言われちゃ……私にも代表候補としてのプライドがあるのよ!! ただでさえ恥ずかしいこと最近しでかしちゃったばっかだし、鬱憤晴らししてやるぅ!!」
「……とまぁ、こんな風に鳳さんも乗り気なようですので。それに私にもプライドがありますわ」
「と言う事だ、山田先生。任せました」
「はい。ところで、どのくらいOKですか?」
「ふむ……二十分までなら」
「ならその半分くらいで結構です」
真耶の言葉に、鈴音はさらにヒートアップし、そんな彼女の様子に嘆息しながらもセシリアも空へと上がる。
そして最後に真耶が空へあがり、準備は整った。
「準備はいいな? それでは……始め!!」
千冬の声を合図に、二人と一人がぶつかり合った。
※ ※ ※
空では三人がそれぞれ絡み合い、解け合いながら戦っている。
その様子に、生徒達は見入っていた。
美しい戦い方だった。
人が空を飛ぶ手段を得て。それを用いて戦っているのではなく、まるで鳥が、飛ぶのは当たり前だといわんばかりの自然さで飛んでいるように、真耶の戦い方はあまりに自然で、美しかった。
「……さて、デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてもらおう」
「へ? あ、はい。山田先生が現在使っているのはラファール・リヴァイヴ。『
そこまで言うと、シャルルは空で鈴音とセシリアを手だまにとっている真耶をみやり、言葉を続けた。
「ですが、あれは教員用だからかカスタムされてます。外見から見ればスラスターの大型化と各部への補助用バーニアを配置。それにより速度と運動性が強化されている……これでいいですか?」
「ああ、これ以上無い解説だ。っと、そろそろ十分か」
その言葉と同時に、空中から爆発音が聞こえてくる。
見上げると、空中でいつの間にか一箇所に集められていた鈴音とセシリアが爆発に飲み込まれていた。
その爆発に何とか耐えた二人だったが、爆炎を目くらましに真耶が二人に接近する。
その両手には、ショートブレードが握られていた。
そして、その刃が十字に交差する軌跡を描いて振るわれた。
「……あれは」
その真耶の姿に、一夏はある天使の姿を垣間見た。
『
穢れなく白い、どこまでも優しい正義の味方だった、あの天使を。
一夏の感傷ににた思考など知るわけも無い鈴音達がふらふらと地面に降りてくる。
「うぅ……なんか最近私いいとこなしな気がするわ……」
「甘く見ていたつもりは無かったのですが……まだまだ上には上がいる、ということでしょうか。まさかあそこまでぐうの音が出ないほどに負かされるとは……」
二人とも大なり小なり負けたことにショックを受けているようだ。
そして、真耶が静かに千冬の隣へと降り立つ。
「9分34秒だ。宣言どおりだな」
「もう少し早く終わらせられると思ってたんですが、やはり代表候補生だということでしたね」
「君が言うと皮肉にしか聞こえないな」
負けてしまった二人のプライドを考慮してか、千冬と真耶は二人に聞こえないように言葉を交わす。
しばら千冬と真耶が言葉を交わし、やがて千冬が生徒の方へと向き直る。
「さて、諸君らも見たとおり、これが学園の教員の実力だ。これからはきちんと敬うように。では授業を始めるぞ!!」
※ ※ ※
授業内容は専用機持ちを中心に生徒達がグループを作り、準備された訓練機を使って歩行訓練などを行うといった物だった。
当然、グループ分けの際に一夏とシャルルに生徒が殺到したのだが、まぁそこは織斑千冬。
一喝で生徒全員をきちんと出生番号順に振り分けることに成功した。
だが、指導を開始する前に一夏は千冬に聴かなければならない事があった。
「所で先生。預けてたアイオーンは?」
「ん、あぁ。ここにある。お前に返しておこう」
そう、クラス対抗戦で大破し、修復作業のために預けていたアイオーンについて聞かなければならない。
状況次第では、この授業での指導のやり方を変えなければならない。
一夏の言葉に今思い出したとと言うような様子を見せた千冬は、懐から五芒星をあしらったネックレスを取り出す。
それはまごう事無くアイオーンだった。
それを受け取り、首にかけつつ一夏は呟く。
「まぁ、帰ってきたことはいいんですが、やけに修理早かったんですね。もうちょっとかかる物とばかり」
「……そうだな、本来だったらその筈だった」
千冬の言葉に、一夏が疑問を覚える。
その筈だったとはいったいどういうことなのだろうか。
「いや、正直話しても与太話としか思われんだろうが……我々が手を出すまでも無くそいつは自己修復していた。完璧にな。ISには多少自己修復機能があるとはいえ、ここまでの修復機能はありえん。故に、今まで預かっていたのは修理と言うよりむしろ調査だな。結局今までどおり何も分からなかったのだがな」
「……へぇ。ま、直ったんならそれでいいですよ」
千冬の言葉をさして気に留めた風も無く、一夏は自身が受け持ったグループへと向かう。
これにそこまでの自己修復機能があるというのは最早分かっていたことだ。
なにせ、あの声を聞いてしまったら確信せざるを得ないだろう。
故に、一夏は特に驚いたりはしない。
「一夏!」
「?」
しかし、そんな一夏を千冬はとめる。
振り向いた一夏が見たものは……不安そうな千冬の表情。
「……私はお前にそれ以上ソレを使って欲しくはない。あまりにもソレは異質だ。普通のISじゃない……お前に何かあったら、私は……」
「千冬姉……」
いつに無く弱気な千冬に、一夏は苦笑する。
普段は教師と生徒という立場で向き合っているため分かりにくいが、千冬は一夏を大事な弟と思っている。
故に、時たまこのように心配がるときがあるのだ。
「……大丈夫だよ、千冬姉」
だから、自分はそんな時、千冬を安心させるのが役目だ。
首にかけたアイオーンをちらつかせながら、一夏は口を開く。
「そんなに心配するようなもんじゃないさ、こいつは。だからいつもみたいにふんぞり返ってればいいんだよ、千冬姉はさ」
「……いつ私がふんぞり返っていたって?」
「おおっとこいつぁ薮蛇だ。じゃ、授業に戻ります、織斑センセ」
一夏の言葉に反応した千冬に怯えるように。一夏はグループの元へと帰っていく。
そんな一夏の背中を見送り、千冬は嘆息した。
「……やれやれ、教師は敬えと先ほど言ったばかりなのだがな」
誰にもばれないように自身の両頬を叩き気合を入れなおすと、そこにいるのはいつもの一年一組担任の織斑千冬。
「まぁ、弟に心配されているようでは姉失格だな」
そう自嘲しながらも、彼女の心は軽くなっていた。
と言うわけで、今回はちょっと弱気な千冬さんを。
ぶっちゃけ、最近ありえないことばかり連続してるなかで弟も怪我したとなれば、いくら世界最強でも弱気になるのではないか、と。
それと、今回ある人の影がちらほらり。
そして皆さんに言っておく。
読者の中に預言者多すぎじゃないですか?
それとも分かりやすすぎなんですかね。