インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也- 作:クラッチペダル
それは、誰が為の舞いなのか。
昼食後の箒の様子は、言ってしまえば炭酸の抜けたコーラのような物だといえば分かりやすいだろう。
つまり、授業どころかありとあらゆる物に力が入っていない。
それに自身で気づき、何とか集中しようとするも、数分後にはその集中もまるで穴の開いた浮き輪から抜ける空気のようにどこぞへと消え去ってしまう。
当然、そんな彼女を見かねた千冬が何度もその出席簿をかの偃月刀もかくやと言わんばかりの勢いで叩きつけているのだが、彼女にはさしてダメージを与えることは出来なかったようだ。
この時点で、ようやくクラス全員(教師含む)の思いは一つになる。
--アカン、重症や。
※ ※ ※
様子がおかしい人という物はそっとしておくに限るが、それが知り合いであり、なおかつ昼から放課後までずっとおかしなままであったら、やはり気にかけてやるのが人情という物だろう。
「……と思ったんだが、ろくな反応しないんだよなぁ、今の箒」
「昼のあの話題が相当ショックだったのでしょうね」
現在、一夏達はアリーナへと向かっている。
迫るクラス対抗戦の練習のためだ。
もっとも、一夏は昼の約束を律儀に果たそうという意図もあったのだが。
セシリアはクラスの副代表と言うことで付いてきている。
なお、先ほど一夏が言ったように、箒は未だに気の抜けた炭酸状態だが、誰が何も言わずとも、一夏についていくあたり、げに恐るべきは人の執念と言えばいいのだろうか。
「……で、一夏さん、篠ノ之さんがこんな状況だからあえて聞きますが、どうなさるおつもりですか?」
「…………」
セシリアの質問。
それは箒の思いを受け入れるか、断るかと言うことだ。
一夏は鈍感ではない。
箒が自身にどのような感情を抱いているかなど、当の昔に分かりきっていた。
そして、その抱いている感情は、決して自分は受け入れることが出来ない物だと言うことも重々承知している。
「貴方は凰さんの思いはきっぱりと断りました。篠ノ之さんにだけ曖昧、と言う態度は許されるものではありません」
「……そうだな。分かってる、分かってはいるんだが……」
そこで一端言葉を区切り、やがて一夏は答える。
「……でも、断ったら断ったでどうなるか分からないんだよな……そこら辺はセシリアも分かるだろ?」
「……まぁ、十中八九感情が暴走しますわね、篠ノ之さんなら」
なぜそれでありながら一夏は箒にきっぱりと言わないのか。
それは、彼女の気性が大きな理由である。
彼女は昔から荒い気性を持っており、そしてその気性の制御をふとしたことで手放してしまうことが多々あるのだ。
そんな相手からの好意を断ったとしたら……何が起こるか分からない。
自分に対して手や足が飛んでくる分にはまだいい。
彼女の行為を受け入れられなかった自分への罰だということでそれは甘んじて受け入れよう。
が、もしそれが自分だけではなく、周囲に向けられてしまったら?
そう思うとどうにも言い出せないのだ。
とどのつまり……
「要するに一夏さんヘタレ乙ということですわね」
「ほんと歯に衣着せてください、俺の心がもうボロボロです」
そう言う事である。
※ ※ ※
「待ちくたびれたわよ一夏!」
アリーナにたどり着くと、既にそこにはISを纏った鈴音が居た。
彼女が纏っているISはワインレッドと黒い装甲で構成されている。
そして一番目を引くのは、両肩から少し離れた場所に浮遊している二基の非固定浮遊部位だ。
「わりぃ、待たせた」
「さ、早くIS出しなさいよ。こちとら話聞いてからあんたと戦うの楽しみにしてたんだし!」
「代表になったってなんならわざわざ今やらなくてもいいだろうに」
「観客多いと変にやりづらいこと、無い?」
「確かに、それは言えてるな」
そういうと同時に首にかかっている旧神の紋章を象ったネックレスを握り締める。
そして展開されるのは、一夏の全身を露出させることなく覆う鋼の体躯。
「……へぇ、それがあんたのISって訳。全身装甲だなんて珍しいじゃない」
「俺としちゃ、こういう類の方が親しみやすいけどな」
鈴音は一夏のISを見て感想を言うと、両手にもった柄の短い青龍刀、双天牙月の内、右手に持ったそれを一夏へ向ける。
それを見て、一夏も状況に最も適した武装を呼び出す。
呼び出されたのは二振りの小剣。
それを両手でそれぞれ逆手に持ち、構える。
「……行くわよ」
「来いよ、鈴」
そう言いつつ、二人は動かない。
動きの無い二人の間を、生ぬるい風が吹き抜ける。
そして、その風が不意に止んだ。
瞬間、金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡った。
見ると、いつの間にか二人は混ざり合おうとしているかの如く近づき、互いの得物を相手へと叩きつけていた。
もっとも、その攻撃は互いにもう一方の手に持っている得物に遮られ、ダメージを与えるには至らない。
「っ! やるじゃない、今のに反応するなんて!」
「はっ! これぐらいはなぁ!!」
そこから始まるのは、激しい剣舞。
刃を振るう際に生み出される風切り音をBGMに、刃がぶつかり合う際に発生した火花をライトアップの照明に。
舞い手は二人。
鋼を纏う少女と鋼を纏った少年。
二人はまるで示し合わせたかのように刃を振るい、刃を遮り、一時たりとも同じ場所で打ち合わぬよう立ち居地を常に変えながら舞い続ける。
「激しい、けど、綺麗……」
その言葉を呟いたのは、観客席に居る箒か、セシリアか、はたまた二人が舞う場面を偶然見ることが出来た名も知らぬ生徒か。
「破ァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「死ァァァァァァァァァァァァァァ!!」
そんな声など知ったことかと、刃はぶつかり合う。
今、この世界にいるの居は二人だけ。
そして、その世界には何人たりとも入る事はまかり通らない。
そこはまさに聖域。
ならば二人の剣舞は、聖域の神に捧げた舞なのか?
否、否である。
二人はこの舞を神などに捧げる気は毛頭ない。
捧げるならば、今打ち合っている相手に。
この舞は、互いが互いに捧げる剣舞だ。
刃の速度は徐々に上昇していく。
そこまで来て、ようやく二人の動きに差が生まれ始めた。
鈴音が、次第に一夏の動きについていけなくなっているのだ。
その事に気づき、やや顔を苦々しいものにする鈴音。
しかしだからと言って事態が好転するはずもなし。
故に、鈴音は一夏の腹部を蹴り、その反動で一夏から距離をとる。
剣を振るうことに集中していた一夏に、それを避けるなどという思考を生む余裕などあるはずも無く、一夏は蹴られた衝撃で鈴音からはなれる事となった。
それを見た鈴音は、手にした双天牙月の柄を連結させ、一つの両剣とする。
そしてそれを一夏に向かって投げた。
それを見た一夏も、手にした少剣を連結させ、変形させ、一つの刃とする。
それは、忌むべき双子の名を冠する刃。
二つそれぞれが独立した存在とも、二つは一つに繋がっているとも伝えられている伝承からか、それも二つに分けた状態と一つにつなげた状態で扱える。
その刃の名は……
「ロイガー!! ツァール!!」
その刃の名を叫ぶと同時に、一夏もロイガー・ツァールを投げる。
そして、二つの刃はぶつかり合い、その衝撃で勢いが無くなったのか、そのまま地面へと落下していく。
それを見届ける事無く、鈴音は一夏へ向かって空を翔る。
その手には、先ほど地面へと落下していったはずの双天月牙。
一つの武装が、たった一つしか搭載されていないなら、その武装を紛失すれば戦う手段は減っていく。
故に、予備の武装を搭載しておくことは最早当たり前の事であろう。
鈴音が今持っている双天牙月も、何らかの理由で紛失した場合でも戦闘を続行できるように搭載されている予備の物だ。
当然、一夏も鈴音を黙って懐に迎え入れる気などさらさらない。
その右手にはバルザイの偃月刀。
そして、今度は双天牙月とバルザイの偃月刀がぶつかり合う。
しかし、今度は一夏が劣勢となる。
当然だ。
相手と自分、どちらが手数が多いかなど火を見るより明らかなのだから。
それでも、鈴音からの攻撃を受け、受け流し、時に大きく体を動かしてかわして損害を最小限にしている一夏。
そして、鈴音の両方の刃と、バルザイの偃月刀がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態となった。
「やるじゃない一夏! ここまで付いてこれるなんてね!」
「へっ! ずいぶん余裕じゃねぇか!」
「そうね、このまま押し切れば私の勝ちだもの!」
「そいつぁ無理だな!」
「そう思う?」
「あぁ思うね! だってよ……」
--もう布石は打っておいたんだしよ。
瞬間、鈴音は背中からの衝撃で大きく体勢を崩す。
それを見た一夏は、バルザイの偃月刀を持つ腕に込めている力をより強め、鈴音を押し切る。
そして、そのまま偃月刀を鈴音へ向かって振り下ろした。
「っ!? くぅっ!!」
しかし、その一撃は彼女のIS、甲龍の肩部の非固定浮遊部位が間に入ってきたことにより鈴音自体に当たることは無かった。
その隙に鈴音は体勢を整えると、いったい何が自分の背中にぶつかってきたのか確かめようとする。
ハイパー・センサーによる360度の視界を見渡し、そして見つけた。
アリーナの空を、光を鈍く照り返す何かが翔けている。
それはしばらく空を翔けたかと思うと、急激に方向転換。
空いている一夏の左手に収まった。
「それは!?」
「わりぃ、こいつ、動かせるんだよ」
一夏の左手にしっかりと握られたそれは、先ほど双天牙月とぶつかったはずのロイガー・ツァールだった。
一夏を視界内に納めながら先ほど地面に落下した双天牙月を見やる。
その傍には、一緒に地面に転がってい無ければならないはずのロイガー・ツァールが無い。
「やってくれるじゃない。遠隔操作できるなんて……それ、BT兵器かしら?」
「さぁな」
右手にバルザイの偃月刀、左手にロイガー・ツァールを持った一夏は、そのままその二刀を構える。
「で? まだ続けるか?」
一夏の言葉に悩んだ鈴音は、やがて手にした双天牙月を格納領域に収納する。
「あ~やめやめ。今回は私の負けだわ。非固定浮遊部位も壊れちゃったし、修理しなきゃ」
「あ~、わりぃ、やりすぎちまったか?」
「ん、無問題。結構こういう無茶な使い方してたから予備のユニットはちゃんと用意してるわ。せいぜい接続と調整で終わりよ」
そういうと、二人は地面に降り立ち向かい合う。
「しっかし、強いじゃないの。こりゃクラス対抗戦が楽しみね」
「そんな事言っていいのか? 今俺に負けたくせに」
「あら、あれが甲龍の全てだと思った? 持ち札は極力隠すものよ。切り札なら余計にね」
「それは同感だ。こっちもまだまだ札は隠してるしな」
そう言って笑いあうと、二人は互いの握りこぶしを軽くぶつけ合う。
「……楽しみにしてるわ」
「おう、楽しみにしてろ」
その言葉に満足したのか、鈴音は一足先にピットへと戻っていく。
それを見届けた一夏も、ピットへと戻っていった。
※ ※ ※
ピットへ戻ると、そこには観客席にいたはずの箒とセシリアが居た。
「お疲れ様です、一夏さん」
「サンキュ、セシリア」
「中国の代表候補にあそこまで戦えるのか、開いた口がふさがらんぞ、一夏」
二人は一夏が帰ってくると各々ねぎらいの言葉をかける。
なお、箒はどうやら復帰した模様だ。
「でも、鈴もかなり強かった。こりゃ気を抜いたら次は俺が負けるかも知れねぇな」
「そうですわね。あの素早い動き、甘く見ていると高くつきますわね」
「……む」
一夏が相対した鈴音について、体感したことを口に出し、それに対しセシリアが自身のIS戦闘の知識を用いてアドバイスをしていく。
なんだかんだと言って、どうやらうまく代表と副代表としてやっているようだ。
しかし、それが面白くないと感じる人物が居る。
「……む」
まぁ予想通り、篠ノ之箒である。
一夏は代表であり、セシリアは副代表である。
そして、模擬戦などの訓練のできなどについて二人が話し合うのは当たり前の事だ。
そうと分かっていても、箒は面白くない。
一夏が自分以外と話しているのが気に食わないのだ。
「一夏、私は先に帰っているぞ」
ここにいては機嫌は悪くなる一方。
そう自分でも思った箒は、ピットからすたすたと出て行く。
その様子を見ていた二人は互いに見つめあい、そして深くため息をついた。
「……難儀ですわね、彼女」
「まぁ、それが箒なんだけどさ……」
彼らの悩みは、どうやら尽きないらしい。
乾いた笑いが、ピットの中で物悲しげにこだました。
※ ※ ※
「…………」
1021号室の中。
その部屋の中の自分のベッドの上で、簪は悩んでいた。
自身の視線の先には、一つの紙切れ。
それに書かれているのはある人物への連絡先だ。
「……う~ん」
それを見て、簪は悩む。
連絡をとるべきか、とらざるべきか。
悩みに悩み、悩みぬいたところで、一回頷くと、簪は傍においてあった携帯を操作する。
打ち込むのは、紙に書かれた連絡先。
電話のコール音が、しばらくなり続ける。
5秒、10秒、15秒、20秒……一向に出ない。
時間が悪かったのかと電源ボタンをし、通話を切ろうとしたそのときだった、
『ぬお!? ぬぅおおおおおおおおお! 待った待った、ちょっとタンマである!! 失礼した少女よ、今我輩は一世一代の大発明に着手しておったゆえ、応対が遅れたことを許せ』
「は、はぁ……えっと、はい」
一度折れたフラグが、再び立った音が聞こえた。
\ピコーン/
あ…ありのまま 深夜 起こった事を話すぜ!
「俺は深夜のテンションで話を書いていたら一度折れた弐式ドラム缶フラグが再び立っていた」
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが(以下略
とまぁ、眠気と戦いながら書いてたら、いつの間にか簪さんがやらかしました。
に、弐式だけは!弐式だけは守らなきゃいけない!!