インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-   作:クラッチペダル

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疑念
未だに分からぬことは多い。
それは、闇が深すぎるが為。

今回から代表戦編が始まります。


10 Doubt

パーティーから一夜明け、一夏は昨夜遭遇した食屍鬼の事をセシリアにも伝えるため一緒に登校していた。

本来ならばこの事は他人には広める気は無いのだが、セシリアは別である。

セシリアの魂は、こことは別の世界で共に戦った戦友であり、雇用主でもあった覇道瑠璃その人の物なのだから。

人物的に信頼できると言うこともさることながら、理不尽に立ち向かうための正しき怒りももっている。

彼女に伝えないと言う選択肢は、一夏には無かった。

 

「なるほど、食屍鬼が……その裏に居ると言うのですね? 邪神が」

「あぁ。食屍鬼には大まかに二つの派閥があるんだ。一つは伝統派って言って、そのとおり今までのように墓荒らしをして死体を手に入れ食らうって言う奴等だ。それはそれで迷惑だが、少なくとも理由無く人間を襲わねぇし、この派閥に属してる奴等は十分コミュニケーションも可能だ……精神が瘴気に耐えられれば、だけどな」

「今回襲ってきたのはもう一つの方ですの?」

「そ。背教派って呼ばれてて、欲のまま人を襲い死体を手に入れるまさに害悪。こいつらにコミュニケーションなんざ期待するだけ無駄って事」

「本当に迷惑極まりないですわね」

 

一夏の言葉にセシリアはため息をつく。

魔術の世界に触れ続け、それで居て100歳ほどまで生きて大往生した身としては、できれば平穏無事に過ごしたかったという思いもあったからだろう。

いくら準備をした所でそれが無駄になってくれたのならそれはそれでいいし、字祷子反応が出てもそれらが表世界で迷惑をかけるようなことをしなければそれもまたいいのだ。

 

が、こうして人ならざる者が人の世界へと踏み込んでしまった。

そして、それに気づいているのは今のところ一夏とセシリア、そしてセシリアの従者の極一握りである。

 

そりゃため息もつきたくなるだろう。

そんなセシリアの心情を十分理解できるのか、しばらく間を置いて一夏は言葉を続けた。

 

「で、伝統派が信仰しているのはモルディギアンって奴で……まぁこっちは今はどうでもいい。問題は背教派が何を信仰しているのかって事だ」

 

そこで一端言葉を区切り、一夏はセシリアを見やる。

セシリアも聞く覚悟は出来ているらしい。

その事を確認した一夏は、口を開いた。

 

「背教派が崇めているのは……ナイアルラトホテップだ」

「……かの世界の裏で糸を引いていた、あの邪神を……」

「あぁ。だから、今回の襲撃もナイアルラトホテップが絡んでるのは確実だ……気をつけてくれよ姫さん。あいつはまだ諦めてねぇ。混沌の生まれでる場所、外なる神々の宇宙、アザトースの庭の解放を」

「いよいよ以って、ため息をこれでもかとつきたくなる現状ですわねまったく」

 

セシリアの言葉を尻目に、一夏はしかし、と疑問に思う。

 

(でも、あれを開放するにはトラペゾヘドロンがいる……でも、それは今なくなってるはずなんだ)

 

そう、あの最終決戦で、二つに別たれていた神器は自分の元で一つになり、そしてデモンベインと一緒に失われたはず……

 

(いや、別にトラペゾヘドロン自体が失われたわけじゃないか……が、そう簡単に奴はあれに手出しできないのは確か。それに、二つの神器は一つになってる。トラペゾヘドロン同士をぶつけ合い、互いを破壊することで解放するなんてのは不可能……)

 

何か、言いようの無い何かが一夏の思考に引っかかる。

何か見落としていると警鐘を発する。

しかし、一夏にはそれが分からない。

いったい、自分は何を見落としているのだろうか……?

その何かに手を伸ばし、何とか触れようとするが、それに触れることは出来なかった。

 

「……あぁくそっ! なんかすっきりしねぇなぁ!」

「そうですわね……っと、教室に着きましたわよ、一夏さん」

「……ん、おぉ、さんきゅ、姫さん」

「……今の私は覇道瑠璃ではないので、出来れば昔の呼び方はやめてくださいませんか?」

「わりぃわりぃ、なんつーか、昔の癖でさ」

 

先ほどまでとは違い、軽口を叩きあいながら教室に入る。

そしてふと気づく。

何やら教室の中が妙に騒がしいような気がする。

 

「……なんだ?」

「さぁ……?」

 

とりあえず入り口で首を傾げていても何も分からないため、手っ取り早く情報収集。

まっすぐ箒の席に向かうと、箒も一夏に気づき挨拶をする。

 

「おっす箒」

「む、おはよう一夏」

「さっそくだけど、何の騒ぎ?」

「何でも、二組に転入生が来たそうだ。中国の代表候補だとか」

 

それを聞いて、一夏は納得する。

 

代表候補生とは読んで字の如く、各国のISの代表の候補。

つまり、エリートである。

故に、IS学園の生徒達には半ば尊敬の目で見られるのだ。

いわば一種のアイドルのようなものである。

 

「ふむ、でしたら、『この私の実力を危ぶんでの急な転校でしょうか、おほほほほー』とでもいったほうが宜しいでしょうか? 世間一般の貴族キャラ的に」

「妙な軋轢産むだけだからやめれ」

「……む」

 

二人の横合いから、いつの間にか教室で別れていたセシリアが半ば棒読みの台詞を携えてやってくる。

それに対し、一夏は冷や汗を流しながら反応し、箒は急に間に入ってきたセシリアに若干の敵意を向ける。

そしてセシリアは……

 

(……まるで炎のような方ですわね、篠ノ之さんは)

 

そうとばれないように箒の事を見ながらそう評価していた。

 

若さ故という物もあるだろうが、それを抜きにしても自身の感情に素直で、強い意思の光を放っている。

しかし、炎はどれほど注意を払い扱っても、少しの不注意で燃え上がり、周囲を焼き尽くすように、彼女も少しの事で感情の制御が狂い、周囲に甚大な被害を与える可能性が非常に高いとセシリアは見ている。

それに、何もなくとも彼女自身が元来感情の制御もやや苦手なようだ。

現に、恐らく普通の人でも分かりやすい位に表情が変わっている。

 

これはセシリア……否、瑠璃が自身が生きている間に培った観察眼から導き出された評価。

自分で言うこともおかしいかもしれないが、彼女自身もその観察眼を信頼している。

 

(……何事も起こらなければいいのですがね)

 

そう思いながら、セシリアは人知れずため息をつく。

そんな望み、神はかなえてくれやしないと分かりきっていながらも。

 

そしてふと彼女が気が付くと、一夏が女子生徒に囲まれていた。

 

「転校生のことも気になるけど、それよりも差し迫ったクラス代表戦だよ!」

「絶対勝ってよ? なにせデザート半年フリーパスがかかってるんだからね!」

「二組の代表は専用機持ってないんだし、織斑君なら楽勝だよ!」

 

女子の言葉を聞いて、今度は呆れのため息をセシリアはつく。

 

どうにも、専用機=無条件に強いと勘違いしている人の多いこと多いこと。

世の中には専用機持ちを量産機で倒すような存在も居ると言うのに……

 

例えば、自分の財閥で保護した少女みたいに。

 

そんな事を思っていると、急に教室の扉が開く。

開いた先に居たのは、一人の少女。

 

「その情報、古いよ」

 

少女はそういうと、すたすたと教室の中に入ってくる。

まっすぐ目指すは……一夏。

彼女と一夏の間に居た生徒達は、少女の放つ気迫に押され、まるでモーゼに割かれた海のように脇に退き、道を作る。

そして、少女は一夏の目の前までやってきた。

 

「二組の代表、ついさっき専用機持ちの私になったから」

「……久しぶりだな、鈴」

「えぇ、お久しぶり」

 

それっきり、二人の間に言葉は無い。

二人はそのまま見つめあい……いや、一夏の方が若干目をそらしている。

その顔に浮かんでいるのは……申し訳なさ?

やがて、鈴と呼ばれた少女がため息をつくと、さっと後ろへと向き直り、いう。

 

「ま、今回は挨拶よ。他クラス代表へのね。と言うわけで、それじゃ」

 

言いたいことだけ言うと、彼女は教室を後にした。

一夏はそんな彼女の背中を見ようとはしなかった。

 

「い、一夏! 今の女は誰だ!? やけにお前と親しそうだったが、いったいどんな関係……っ!」

「わりぃ、箒。それに関しては今度にしてくれ」

 

二人のやり取りを見ていた箒が一夏を問い詰めるが、一夏はそれだけいうと、箒の問いに答える気はないとばかりに自身の席へと戻っていった。

 

「……別方向から厄介ごとが次々に飛んできますわね」

 

そろそろ胃薬とか頭痛薬とか、用意したほうがいいかなーなどと思うセシリアだった。

 

 

※ ※ ※

 

 

昼休みとなり、一夏は箒とセシリアを引き連れ食堂へと向かっていた。

……いや、どちらかと言うと食堂へ向かう一夏に箒が少女との関係を問う為に張り付き、セシリアはそんな彼女のストッパーとなるべく付いてきているだけである。

しかし、何度問われても一夏は答えることは無い。

問われるたびになんだかんだとはぐらかしている。

 

そそんなやり取りは、食堂に入ってからも続き、食券を買って列に並んでからも続いた。

そして、それぞれが料理を受け取り、席を探していた矢先だった。

 

「あ、やっほー。こっちこっち」

 

元凶が優雅に大盛りラーメンをすすっていた。

声をかけられた当初はそれでも別の席を探していた一夏だが、周囲を見渡して席が少女の周りしか空いていないことに気づくと、ため息を一つついて席に着く。

当然、箒は一夏の隣に座り、セシリアはこれ以上箒を刺激しない為に少女の隣に座った。

 

「改めてお久~。相変わらずしけた面してるわねぇ、一夏」

「……るっせ」

 

少女の言葉に、一夏はそっけなくそう答える。

その様子に苦笑しながら、少女は箒たちの方を向く。

 

「そういえばあんた達は始めましてさんね。中国代表候補の凰鈴音よ。よろしく」

「イギリス代表候補のセシリア・オルコットですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」

「へぇ。あのオルコット財閥の党首にしては、なんていうか普通ね」

「そりゃぁ、今の私はセシリア・オルコットと言う一生徒ですから」

「なるほどね、で、そっちは? こっちは自己紹介したんだから、そっちもするのが礼儀だと思うけど」

「……篠ノ之箒だ」

 

少女……鈴音が二人のそう自己紹介し、セシリアは自分から、箒は鈴音に促されて自己紹介をする。

なお、その際に箒から飛んでくる敵意に、鈴音も苦笑している。

 

「……一つ聞きたい。お前と一夏はいったいどのような関係なのだ? 問いただしても一夏は答えん」

「んー? そうねぇ……簡単に言えば、私が告白して、一夏はそれを振ったっていう関係かしら?」

「な、なにぃ!?」

 

鈴音の言葉に、箒は思わず身を乗り出す。

それは、一夏が告白を受けていたと言うことはもちろんだが、一夏がそれを断ったと言うことにも驚いているからだ。

一方、一夏の方は顔中、いや、体中脂汗まみれになっている。

 

「なんでも、『昔離れ離れになって、今はどこにいるか分からない、また会えるかもわからない、だけど好きな人』が居るんだってさ」

「な、な、ななな、ななななな……?」

 

そして続く鈴音の言葉に箒はわなわなと震える。

一夏に好きな相手が居るなどと、彼女は初耳だったのだ。

それも離れ離れになってもなお想うほどの人物がいるなどと、予想できるはずも無い。

 

「あぁ、でしたら貴方と対面してから彼の調子が悪かったのは……」

「あぁ、それ多分罪悪感みたいな感じ。私の事振っちゃったことに対するね。と言うか、あれから数年経ってもまだ気にしてたんだ。私もう気にしてないのに」

「……う、うっせぇ! ていうかそんな事食堂で暴露するんじゃありません!」

「え~、振られた腹いせ?」

「気にしてないんじゃねぇのかよ!?」

「それとこれとは話が別~」

「別~じゃねぇよ! 何? この急遽暴露!? まるで俺が女々しい男扱い!?」

「いや、数年も引きずってる時点で、もう女々しいの確定だし」

「う、うわ~ん! おかぁちゃ~ん! 鈴がいぢめる~!!」

「あーはいはい、大変ですわねぇ」

「マジ泣きするなっ!? あんたもノリよく混ざるな!?」

 

箒が衝撃の事実に固まっている間に、話は進む。

と言っても、鈴音が一夏をからかい、その果てに一夏がマジ泣き、そしてそれをセシリアが棒読みで慰めていたというだけだが。

 

が、急に鈴音は真剣な表情になり、一夏に問う。

 

「……で、その人は見つかったの?」

「……いや、まだ」

「ふぅん。ま、どうでもいいけどね」

 

そういうと、鈴音は器に残っていたスープを飲み干すと、食器を持って立ち上がる。

 

「それじゃ、私はこれで。あ、そうだ。どうせなら放課後模擬戦やってみない? イギリスの代表候補と引き分けたって噂だし、あんたの強さが気になってね」

「ういうい」

 

そう言い残し、鈴音は立ち去っていった。

残ったのは、未だに固まったままの箒と一夏とセシリア。

 

「……で、どうするよ、箒さん」

「熱湯かければ戻りませんかしらね」

「即席めんじゃないんだからそれは無い」

 

そしてしばらくの後、同時にため息を付くと、一夏とセシリアは食事を再開した。

昼休みの終了が迫っていたからである。




と言うわけで、この話では鈴ちゃん、振られてます。
し、仕方がないんや! ロリババアな正妻が強すぎるんや!

もっとも、最初の頃は引きずってましたが、今ではあんまり気にしてません。
むしろ振られたからこそ、気負って接する必要がない分親しさはあるのではないかと。

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